イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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今回推奨BGM、ゾイド・ジェネシスより【夜鷹の夢】




55・どう終わらせるのか、見せてもらおうか

 

 マクギリスの所在が不明となり、時を同じくしてラスタルが討たれた。その事実は両軍を揺るがす。加えて――

 

「教官のシグナルがロストしただと?」

「は、はい! 同時に交戦していた敵機のシグナルも途絶えてます! あ、相打ち……なんでしょうか?」

 

 報告したオペレーターの少年が不安げな表情となっている。オルガは意外にも落ち着き払って口を開く。

 

「あの人がそう簡単に死んだとは思えねえな。……誰か足の速いヤツを反応が消えたあたりに向かわせてくれ。機体のトラブルって可能性が一番高い」

 

 ランディの場合、直接死体を確認しない限りは死んだなど信じられないとオルガは思っている。いや、場合によっては死体だと思ってたら息を吹き返したなんてことすらあり得ると、半ばオカルトじみた確信があった。

 まあそれはいい。オルガは思考を切り替える。

 

(マクギリスの所在不明、こいつは予想範囲内だ。皆覚悟している。だが狙い通りにラスタルを討った結果、これがどう出るか。確かに軍勢として統率がとれなくなることは確実だが……)

 

 大金星どころではない決定打。それをたたき出してなお浮かれず騒がず、オルガは冷静に状況を窺う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凶報と吉報が同時に訪れた。この状況で一番冷静だったのは、決めの一打を放ったサカリビ――ビスケット以下の面子である。

 

「次弾装填! アリアンロッド分艦隊それぞれの旗艦をターゲッティングしつつ、別命あるまで砲撃体制のまま待機!」

 

 スキップジャックのブリッジを粉砕した、それを確認してなおビスケットは警戒を解かない。

 『ブリッジを粉砕しただけで、ラスタルの生死は確定していない』。そう思っているからこその判断であった。最悪の場合、別の艦どころか艦隊の外から指示を下していたなんてこともありうると、用心を重ねている。かてて加えて。

 

「ダンテ、例のでかいビーム砲。あれの位置はマークしたままだよね」

「ああ、追尾は続けてる。……『こっから狙い撃つつもり』か?」

 

 ダンテの言葉にビスケットは頷く。

 

「場合によってはね。大将を失ってもいなくても、連中がどう出てくるか分からない。どう出ても対応できるようにしておこう」

 

 常に最悪を想定し、即応出来るよう心がける。地上支部支部長として積み重ねた経験、そしてアーヴラウで行ったテロとの戦いは、着実にビスケットの糧となっている。

 風貌に似合わぬ鷹のような鋭い目で、彼は事の推移を見逃さぬよう注意深く観察していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マクギリスが生死不明になったとの知らせが行き渡るが、反逆軍は動揺した者こそ出ているものの、秩序を保っていた。

 

「代表より指揮を譲渡されたエンザ一尉だ! 総員、現状を維持せよ! 代表は命を賭けて敵の目を引きつけ、その結果ラスタル・エリオンは討ち果たされた! 我々は代表の意思を引き継ぎ、この戦いの決着をつけなければならない! その意思がある限り、頭を失った烏合の衆に我々は負けぬ! 奮起せよ! ここからが本当の戦いだ!」

 

 あちらこちらから雄々しき声が上がる。とりあえずこれでこちらが瓦解することはないと、ライザは密かにため息をはいた。

 

「……私のがらではないのだがな、こういうことは」

 

 艦隊の指揮能力を見いだされてこの役目を引き受けたものの、ライザ自身は人を引きつけるカリスマなど全く持たない。あくまで『マクギリスから直に命じられた』という背景があるからこそ、皆がその言葉に従うのだと言うことを誰よりも本人が理解している。

 虎の威を借る狐。しかしながら、それで戦意が保てるならばその立場に甘んじ演じきってみせるしかない。この一戦を乗り切れば、マクギリスと自分たちが切り開こうとしていた未来に手が届く。それまでやりきれば良いのだ。

 半ば開き直りにも似た心境のライザ。その彼の元に通信が入る。

 

「なかなか見事な演説ではないかね」

「穴があったら入りたい心境ですよ。どちらかと言えば一佐殿のほうが向いているのでは?」

「向いていなかったから干されたのさ」

 

 モニターの向こうでアンダーセンがにやりと笑う。ライザは冗談めかしたため息をはいてから、真剣な表情となった。

 

「これから一佐の部隊も前に出てもらいます。ラスタル・エリオンの生死が不明な今、敵の混乱をつく絶好の機会ですので」

「ふむ、スカーフェイスは? 前に出ていないようだが」

「彼らには代表の捜索を。無事であればそれに越したことはないのでしょうが……せめてバエルは回収する必要があります」

「そうか。……やれやれ、年寄りをこき使ってくれる。……了解した。これより標的艦隊残党は攻勢に移らせてもらう。攻め手は得意ではないのだ。期待するなよ?」

「ご謙遜を。……今しばらく、お力添えをお願いします」

 

 反逆軍はマクギリスを失ってなお、前に進む。彼の作った乾坤一擲の機会を逃すものかと。

 攻勢が勢いを増す。頭を失い艦の数は減ったものの、その流れはとどまるところを知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、各員現状維持! 現状維持!」

「ラスタル様は、スキップジャックはどうなっている!」

 

 対するアリアンロッド艦隊は混乱の極みに墜とされていた。

 総司令であると同時に精神的支柱でもあるラスタルが討たれた。動揺どころではない、何をどうすれば良いのか誰にも分からなくなってしまったかのようだ。このようなときのために取り決めやマニュアルがあるはずなのだが、艦隊司令クラスの人間ですら狼狽えが先に来る。

 まともに思考するのがラスタル以外にいなかった。その弊害がここに来て表面化する。

 

「と、ともかく隊員たちを落ち着かせろ! まだラスタル様が倒れたと決まったわけではない!」

 

 順当に行けば指揮を受け継ぐはずである第3艦隊の指令は、具体的な指示を出せずスキップジャックとの通信を再起しようと躍起になるだけだった。

 他の艦隊も似たり寄ったり……かと思いきや。

 

「おのれ……イオク様に加えてラスタル様までも! 我らが命に代えても反逆軍を討つ!」

 

 第2艦隊残存兵たちがいきり立っていた。元々イオクの敵討ちのために参戦した彼らはそもそもの士気が高い。が、反面現実が見えていない部分があった。

 MS部隊は無謀な攻めを続けその半数以上が撃破。結果ラスタルから機会が訪れるまで防衛に回るよう指示され、彼らは不承不承ながらもそれに従っていた。しかし彼が討たれたことで、そのたがが外れてしまう。

 

「第2艦隊全艦、前に出るぞ! ぶつけてでもヤツらを仕留める!」

 

 他の艦隊が躊躇する中、猛り狂った彼らは後先考えずにむやみに砲撃を繰り返しながら突貫していく。

 その様子を忌々しげに見る者たちがいた。

 

「愚かな、あれでは的になるだけだぞ」

 

 イッヒ率いるシュネー中隊である。彼らはランディやスカーフェイス、標的艦隊の面々などと交戦しながらも、艦を含め全員が健在であった。

 手堅い戦いを繰り返してきた成果である。防戦に関して言うならば、彼らはすでに一流の域だ。それ故に第2艦隊の無謀さが理解できた。

 無策で突っ込めばただ餌食になるだけ。戦いを続けるにしろ何にしろ、体勢を整えるのが先決だろう。しかしながらシュネー中隊に彼らを止める手立てはない。イッヒたちは所詮外様だ。興奮状態にある第2艦隊の面々は警告しても聞く耳を持たないだろうし、下手をすれば利敵行為を取ったと攻撃対象にするかも知れない。

 現状を考えれば停戦を申し込むのが一番良い手立てだろうが、果たしてアリアンロッドのどれだけがそれを理解できるものか。どうすれば無駄死にを減らせるか、イッヒが考えていると。

 

「一尉! 敵陣を強引に突破しようとする機体が1機!」

「早まった真似を……っ!」

 

 ここからでは後を追うことも出来ない。このままだと突出したものに釣られて前に出るものが増え、戦闘は続くだろう。指揮系統が混乱している今のアリアンロッドでは、各個撃破されていくのが関の山だ。

 後でどう処罰されようと、強引に介入して戦闘を停止させるべきか。イッヒは腹をくくろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ああああああああああああああ!!」

 

 ラスタルの死。それを知らされたジュリエッタは吠えた。

 

「貴様ら、貴様らが! ラスタル様をおおおおお!!」

 

 フルスロットル。戦況とか、目の前の敵とか、そのようなものはすでに目に入っていない。ラスタルを奪われた。ただその事実だけが彼女の意識を占めている。

 憤怒に囚われた彼女はただまっすぐにラスタルを討った下手人――サカリビに向かおうとするが。

 

「させんよ!」

 

 石動のヘルムヴィーゲが立ちはだかる。ただ闇雲に加速しようとするレギンレイズ・ジュリアに向かって大剣を振るうが。

 

「なに!?」

 

 ジュリアは『回避しなかった』。まるで大剣が見えていないかのように真正面から突っ込み、そして。

 胴体を大きく切り裂かれる。

 コクピットは外れ、致命傷には届いていない。しかし大きな損傷には違いない。響くレッドアラート音を完全に無視して、ジュリエッタは機体を加速させヘルムヴィーゲの横をすり抜けた。

 

「くっ、抜かれた! だが!」

 

 予想外の行動にジュリアを取り逃がしてしまう石動。しかし『彼が最後の壁ではない』。

 

「1機抜けてきた! サカリビに向かってる? 行かせねえ!」

「弾幕を集中しろ! 勢いづかせるな!」

 

 鉄華団のMSが、コーリス率いるクロウ隊が、雨霰と銃弾や砲弾を浴びせていく。雪崩のような弾幕をもろに受けるジュリアだが、衝撃に弾き飛ばされ装甲を抉り取られながらも速度を緩めない。

 ジュリエッタは前しか見ていない。ただただラスタルの仇を討つために、彼を殺した下手人を討ち果たすためだけに。

 あるいはそれは一種の現実逃避であったのだろう。信じていた全てが粉微塵に砕かれ、心のよりどころを失ってしまった。喪失、絶望、そして怒りと憎悪。全ての感情がごちゃ混ぜになって自身を制御することが出来ない。ほとんど発狂していると言ってもいい。

 だから己が受けるダメージなど一顧だにしなかったし――

 『レーダーの反応など意識の外であった』。

 

「やらせねえよ!」

 

 突然の衝撃。それをなしたのはハッシュの辟邪。横合いからぶつかるように、ジュリアへと組み付いたのだ。

 通常であれば避けるなり迎撃するなりしたであろう。だが怒りに囚われ前しか見ていなかったジュリエッタは、ハッシュ決死の行動に反応できなかった。

 

「こ、のおおおおお! 邪魔をするなあああああああ!!」

 

 吠え猛りながら機体を無茶苦茶に振り回し、蹴りや拳を辟邪に叩き込む。装甲が歪み火花を散らしながらも、ハッシュは必死で組み付き続けた。

 

「やらせねえって、言った!」

「理念も信念もない、塵屑がああああああ!!」

「そんなモン知らねえけどな、意地があんだよ!」

 

 すげえ人たちがいる。自分はその何分の一も出来るかどうか分からない、取るに足らないちっぽけな小僧だ。

 だけど、それでも。

 今までいろいろなものを積み上げてきた中で生まれた、『譲れない何か』が、確かにある。その小さな、なんだか自分でもよく分からない何かのためだけに、ハッシュは意地を張って見せた。

 その意地も、長くは続かない。

 

「いい、かげんんっ!!」

 

 蛇腹剣を強引に振るい、左のシールドユニットごと辟邪の右腕を切り飛ばす。踏ん張りがきかなくなると同時に推進剤の爆発を至近距離で受け、辟邪は堪らず引き剥がされた。

 ジュリアの足が鈍ったのはほんの僅かな時間。しかし、ハッシュは『その僅かな時間を稼ぐだけで良かった』。なぜならば――

 

「三日月さんっ!」

 

 『ケツを持ってくれる人間は、ちゃんといる』。

 

「よくやった。任せろ」

 

 バルバトスがジュリアの前に躍り出る。最初から『三日月が追いつく時間を稼ぐために』、ハッシュはジュリアへと挑みかかったのだ。

 もちろんジュリエッタはそんなことなど気づかない。目の前に立ち塞がったものが『己では絶対に勝てない相手』だということも認識できていないのだろう。

 

「おおおおおおおおお!」

 

 ただまっすぐに、邪魔だと言わんばかりの無造作で、蛇腹剣を振るう。それは確かにこれまでにない鋭い太刀筋であったが。

 

「当たらないよ」

 

 三日月とバルバトスには通用しない。するりと蛇腹剣を避けてジュリアの懐に飛び込み、すり抜けざま太刀を一閃。

 一瞬の交錯の後――

 ジュリアの上半身と下半身が分かたれた。

 

「な……っ!?」

 

 ガクンと落ちる速度。パラメーターを示す全ての表示が赤く染まり、機体が戦闘能力を失ったことがいやでも知れる。

 しかし、それでも。

 

「わたしはっ! まだあああああ!!」

 

 上半身だけとなり、ろくに剣も振るえなくなった機体。それでも前に進もうと、ジュリエッタは足掻いて――

 

「しつこい」

 

 がん! という強い衝撃。バルバトスに思い切り蹴り飛ばされたのだと言うことに気づく前に、ジュリエッタは意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タブレット上に記されていたシグナルサインが消え、ヤマジンはため息をはいた。

 

「ジュリーもか。……これでハイムーバーは全滅、と……」

 

 気落ちしている。己が手がけた『作品』が、全て敗退した。口惜しさとも無念ともつかない陰鬱な感情が胸中にあった。

 だが、そのような感情に囚われている場合ではない。

 

「主任! 脱出の準備が整いました! お急ぎを!」

 

 焦った様子の兵が声をかけてくる。ブリッジを失ったスキップジャックは即座に轟沈するわけではないが、指揮能力を失った艦はまともに戦闘することは出来ないし、反撃もおぼつかない艦では的にしかならない。統率を失っていた隊員たちではあるが、それくらいは理解できたようで、泡を食って脱出を始めていたのだった。

 

「分かった。今行く」

 

 落とせるだけのデータを端末とメモリーに落とし、ヤマジンもその場から離れる。持ち出したデータがこの先役に立つのかどうか。いや、そもそも自分の身の振り方がどうなるかすら分からない。

 それでも、技術主任としてやらなければならないことはしておかねばならなかった。この後アリアンロッドが、いやGHそのものがどうなったとしても。それが彼女の矜持であった。

 

「のこるはヴィダール……いや、ボードウィン卿だけか……」

 

 足を速めながら一人呟く。もはや数だけのアリアンロッドに勝ち目は薄い。そして、いかに高性能であってもキマリス1機だけで戦況をひっくり返せるものではないだろう。

 ヤマジンはこの時すでに敗北を予測していた。しかし――

 幕引きは、まったく予想外のものになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 停滞から活性化する戦場。その様子を見ながらガエリオは苦悩していた。

 

「マクギリスに拘った結果がこれか。……俺が拘らなければというものではないだろうが」

 

 彼からしても、ラスタルが容易く討たれるとは思っていなかった。もしそうなるのであれば、もっと戦場が混迷した状態であろうと予想していたからだ。

 速すぎる瓦解。その上で、自分の戦いがあのような形で終わりを迎えるとも思っていなかった。もちろん容易く死ぬつもりはなかったが、死ぬ覚悟はあった。しかし蓋を開けてみれば戦いは中途半端な形で幕を閉じ、そして自分は意味もなく無事である。何もかもが無駄だったような虚無感。ガエリオはそれに囚われていた。

 しかし、だからといってこの状況を見捨てておけるものではない。虚しさをを押し殺して戦場の中央に向かおうとするが。

 

「……だが、『俺はどうすれば良い』?」

 

 戦いをやめろ、と言ったところで止まるものではない。それくらいは理解できる。それ以外で自分が行えることなど、何も思いつかなかった。

 マクギリスと相対することだけを考えて、それ以外を完全に捨て去った弊害である。ガエリオは戦闘以外のほぼ全ての技能を持たない。混乱状態にある兵をなだめ、統率することなど出来るはずもない。

 しかしながら、『他人がどう見るかは別問題だ』。

 

「ボードウィン卿!? ボードウィン卿ですか!?」

 

 突如入ってきた通信。先鋒艦隊からのものだ。ガエリオは回線を開く。

 

「こちらガエリオ・ボードウィンだ。戦況は……」

「ボードウィン卿! 艦隊の、艦隊の指揮をお願いします! もう貴方しかいないのです!」

「……なっ!?」

 

 何を言われているのか、一瞬理解できなかった。己に統率能力がないことなど……そう否定しようとして気づく。今この現状、アリアンロッドの中で、『自分が一番立場が上なのだ』と。

 単に階級的なものではない。GHの頂点に立つセブンスターズの後継。ラスタルとほぼ同格の立場にいる自分は、兵たちから見れば『血統的に格が上』なのだ。ラスタルが倒れた今、神輿……いや『拠り所』としたすがってしまうのも当然と言える。

 それが理解できたが故に、否定の言葉を放つのが躊躇われてしまう。その間にも、事態は進んでいく。

 

「おお! ボードウィン卿ならば!」

「マクギリスを討ち取ったと聞いております! その偉功を持って反逆軍に鉄槌を!」

「ラスタル様の弔い合戦を! どうか!」

 

 次々と士官たちが訴えてくる。それに対して「やめてくれ」とはとても言えなかった。

 彼らは『自分と同じ』なのだ。正義を信じ、悪を懲らしてきたつもりでいた。そう信じていたものが崩れ、途方に暮れ、何かにすがらなければならなかった。自分の場合はそれが復讐心で、彼らはセブンスターズの血統という違いはあれど、本質的には変わらない。

 骨の髄までギャラルホルン。かつてランディに言われた言葉が胸中によみがえる。確かにその通りだった。だからこそ彼らを見捨てるという選択を選べずにいた。

 かといって何か具体的な打開策があるわけでもない。どうすればいい。どうするべきなのか。ぐるぐると思考は堂々巡りし、時間は容赦なくガエリオを追い立てる。

 自分はただ、マクギリスと雌雄を決することだけを考えてきた男だ。GHの行く末などどうでも良いと思っていたろくでなしだ。そんな自分がアリアンロッドの命運を背負うことなど出来ようか。ただ私怨を晴らすためだけに全てをかけてきたようなものが、できることなど……。

 いや、あった。『ただ一つだけ、出来そうなことがあった』。

 それは愚策だ。アリアンロッドの面子から支持を受けられるかも分からないし、反逆軍が乗ってくるかも定かではない。だが、それ以外に無駄な犠牲を食い止める手段など思いつかなかった。

 ガエリオは深く息を吐き、覚悟を決めた眼差しで告げる。

 

「……アリアンロッド全軍、一度後退して体勢を整えよ。この場はガエリオ・ボードウィンが引き受ける!」

 

 おお、と士官たちから声が上がるがそれを半ば無視。ガエリオは艦隊の最前線に躍り出て、全方面に向かって回線を開く。

 

「私はガエリオ・ボードウィンである! 我らが総司令であるラスタル・エリオン閣下は討たれた。しかしながら、私はこの手で反逆者マクギリスを討ち果たした! そしてアリアンロッドの勇士はまだ多くが健在であり、未だ我らが戦力的に優位であることは疑う余地もない!」

 

 悪あがきか、と反逆軍の多くは反感を覚える。彼らが何か反応するより先に、ガエリオは言葉を続けた。

 

「しかし、このまま戦えば勝利したとて我らも無事では済むまい。そして反逆軍の者たちよ、貴公らも泥沼の戦いを望んでいるのではないだろう。ゆえに私は慈悲を持って――

 

 

貴公らに『決闘を申し込む』!」

 

 

 ガエリオが思いついた、戦いを泥沼化させず終わらせる方法。はっきり言えばやけくそに近いはったりだ。まともな戦力が自分しか残っていないのならば、自分が矢面に立ち敵を引きつければ良い。決闘という手段は、自分がとれる手段の中で最も手っ取り早いものだった。

 賭けとも言えない博打。反逆軍が受けなければ成立せず、それ以前にアリアンロッドの者たちから支持を受けなければ意味はない。賭けが始まるより先に賭場が立つかどうかすらも怪しい、そんな状況であったのだが。

 

「こちらシュネー中隊。我々はボードウィン卿の支持を表明する。……ボードウィン卿の判断は勇気ある英断だと我々は見た。その覚悟に敬意を表する」

 

 真っ先に乗ってきたのはイッヒだった。彼はガエリオの支持を表明することによって、この後の状況に口を挟める立場を得ようとしていた。

 

(渡りに船、と言ったところか。突飛に過ぎる発想だが、便乗させてもらおうか)

 

 うまくすれば無謀な戦いを止められるかも知れない。イッヒはこの状況を最大限に利用するつもりである。

 アリアンロッド艦隊がざわめく。戸惑いながらも流されるままにガエリオを支持しようとするもの。どうすれば良いのか分からずに狼狽えるだけのもの。自分自身の手でラスタルの仇を討ちたいが、セブンスターズの御曹司に逆らうのはいかがなものかと悩むもの。反応は様々であったが、声高に反対意見を述べる者はいないようだ。そう見て取ったガエリオは、ここぞとばかりに声を張り上げ勢いで押し切ろうとする。

 

「私は逃げも隠れもしない! この場で策を持って討ち取るというのであればそれも良いだろう。しかしそんな手段を執ったその瞬間、貴公らは塵にも劣る畜生に成り下がると知れ! ……さあ、私と正面切って剣を交えようという、強者はいないのか!」

 

 そう嘯きながらも、ガエリオの心中は祈るような面持ちであった。

 

(反乱軍よ、お前たちが本当の改革のために起ったといういうのであれば、俺の真意をくんでくれるのであれば。……頼む、この申し出を受けてくれ)

 

 身勝手な言い分だというのは分かっている。それでもなお、ガエリオは願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガエリオの行動によって水を差された形だが、アリアンロッドも反乱軍も一端体勢を整える余裕が生じた。

 体勢を整えながらも、反逆軍内ではガエリオの申し出にどう対処するか、その論議が交わされている。

 

「受ける必要はない、と自分は思いますが。むしろ向こうが混乱しているうちなら、我々は確実に勝てた。そしてこれから互いに体勢を立て直しても、勝率は低くはないはず」

 

 淡々と意見を述べるのは石動。次いで口を開くのはライザ。

 

「確かに我々に決闘を受けるメリットはないに等しい。だが向こうもそれは分かっているはず。体勢を整える時間を欲しているのかも知れません」

 

 件のレーザー施設のこともあると述べる。「意見をよろしいか」と口を挟んだのはコーリスだ。促され彼は言う。

 

「ボードウィン卿は腹芸の出来る人間ではないと思われる。彼の性格からすれば、これ以上余計な犠牲を出したくないという想いからの行動ではなかろうか。愚策も良いところではあるが」

 

 他に打つ手を考えられなかったのだろうと、うがった意見を上げ締めた。ふうむと、議長のような立場に置かれたアンダーセンは思案する。

 

「どちらにしろこちらは戦力的に問題はないな。レーザー施設に関しては打つ手もある」

 

 サカリビの用意と、先ほど帰還した2機のガンダムフレーム。破壊するには至らなくとも邪魔するには十分だとアンダーセンは考えている。それも踏まえれば、真正面からぶつかったとしても勝てる戦いだと踏んだ。

 

「決闘に関して言うならば、うちの連中を出してもいい。むしろやらせろと言う勢いさ。まあヤツらでも十分ではあるが……」

 

 自然と皆がオルガの方を注視する。個人戦力で最強を擁しているのは鉄華団だ。ランディと、そして三日月駆るバルバトス。

 ランディは今のところ消息不明だが、あれが簡単に死んでるわけがないと皆意見を同じくしていた。例え半死半生でもあれが敗北するところなど想像もつかない。適当に放り込めば勝ちそうな気がする。

 とりあえず今この場にいない人間は置いといて、ランディ以外にガエリオとの決闘で確実に勝てそうなのは三日月だけだろう。シノや昭弘、標的艦隊の面子であれば互角には戦えるかも知れないが、『確実に勝てるかどうか』は断言できない。何しろ相手はオリジナルの阿頼耶識を使っていたマクギリスと互角に戦っていた相手だ。馬鹿げたことをやらかしてはいても、舐めてかかれる相手ではなかった。

 万全を期するのであれば、三日月が戦うというのがベストであろう。その三日月に命が下せるのはオルガだけだ。

 皆の視線を受けるオルガ。そして。

 

「どうするの? オルガ」

 

 通信越しに問うてくる三日月。その目はいつも通りの圧がある。

 少し考えてから、オルガは口を開いた。

 

「……ミカ、『お前が決めろ』」

「……?」

「『お前が決めて良いんだ』」

 

 意外な言葉に鉄華団の面子は目を丸くする。いつもなら「任せた」と即決で決めているところだ。この期に及んでなぜと、疑問が浮かぶ。

 それに答えるかのように、オルガは言葉を続ける。

 

「この戦い、俺たちは勝てる。『どっちに転んでも』だ。決闘を受けても良いし受けなくてもいい。俺たちが総力をもってすれば、ラスタルのいねえ連中なんぞ相手にならないし、1対1であんな相手に負けるお前じゃねえ。そうだろう?」

 

 過信ではなく確信。驕りではない自負がオルガにはあった。それを踏まえた上で、けどなと言う。

 

「これが鉄華団(俺たち)だけの戦いだったら、俺は迷わずお前に任せた。だがこの決闘は、この大勝負の全部を……いや、ギャラルホルン、経済圏、火星。全部含めた世界の先がかかってる。そんな戦いを、勝てるから、やってくれるからでお前一人に任せるのは……何か違うと、そう思う」

 

 どのような戦いであろうとも、オルガが任せると言えば三日月は応えるだろう。それでも三日月一人に世界を背負わせるのはおかしいと感じる。『世界の中には三日月も含まれるはずだ』。そこに三日月の意思がないのは間違っているのではないか。

 様々な経験を経て、オルガの意識も変わりつつある。今回のことはその発露と言っても良いだろう。そのような自覚があるのかどうかは定かではないが、オルガは三日月に問うた。

 

「ミカ、『お前はどうしたい』?」

 

 圧力をかけるのではない、ただまっすぐな視線で三日月を見据える。

 三日月が考えたのは僅かな間で。

 

「……やるよ。俺」

 

 迷いのない、答え。「いいんだな?」と念を押すオルガに対して、三日月は頷いてみせる。

 

「みんなで戦っても勝てるの確かだ。けどそうすれば犠牲も出る。この戦いは『手段』だ。戦うことが目的じゃなくて、『その先にあるもの』を掴むための。ここにいるみんながそれぞれの目的を持ってる。ならみんながそれを叶えられるのがいい」

 

 己の家族は鉄華団だ、という意識は変わらない。しかし家族以外に多くの人間と接し、それぞれが様々な思いを抱いて生きていると言うことを理解しつつある。敵に関しては相変わらず容赦がないが、とりあえずでも味方についた人間には気を配れるようになっていた。

 三日月の意識もまた変化している。少しずつ、自分の考えをまとめるように、彼は言葉を紡いだ。

 

「それに俺は一人で戦うんじゃない。オルガが、鉄華団や反逆軍のみんなが、蒔苗のじいちゃんが、マクマードのおっちゃんが、ランディが、クーデリアが。他にもいろんな人たちが『勝ち筋』をつけてくれた。……だから勝つ。絶対に」

 

 様々な思いを背負うんじゃない、様々な思いを持った人間が『支えてくれている』のだと。漠然としたものではあるが、三日月はそう感じていた。

 三日月の言葉を聞き、オルガは力強く頷く。

 

「分かった。……聞いての通りだ。鉄華団は三日月・オーガスに全権を委任し決闘を任せたい。反逆軍の意見を伺わせてもらおう」

 

 真っ先に答えるのは、ライザ。

 

「こちらに異存はない。全てを押しつける形になってしまうが……頼む」

 

 次いで石動。

 

「三日月・オーガスならば勝てると信じる。我々の全てを、託す」

 

 コーリスに異論があろうはずもない。

 

「我々はそちらの決定に従うだけだ。任せよう」

 

 そしてアンダーセンは不敵に笑う。

 

「さすがはヤツの直弟子といったところか。たいしたタマよ」

 

 襟元をただし、告げる。

 

「了承した。我々標的艦隊残党と反逆軍は、鉄華団と三日月・オーガスに全権を委任しよう。勝敗の如何に関わらず、全身全霊を持って相対することを期待する」

 

 全ての意思が、三日月に預けられた。その一方で石動はライザとアンダーセンに秘匿回線を開く。

 

「一尉、一佐。頼みたいことが」

「分かっておる。万が一の時はかの少年を救出し、『鉄華団諸共逃がせ』というのだろう?」

 

 茶目っ気が乗った表情で言うアンダーセン。ライザも頷いて同意する。

 

「元々は我々だけでけりをつけなければならなかったことです。最後まで彼らを付き合わせる必要はない。……それに、彼らはこの先の希望となり得る存在。ここで失わせるわけにはいきません」

 

 負けるわけにはいかない戦いだが、勝つばかりとは限らぬ。大人たちはそれを見越して、万が一に備えようとしていた。

 ともかく反逆軍の総意にて、決闘は承諾された。両軍が睨み合う真っ只中で、2機のMSは対峙する。

 目の前に立つ白きMSに対し、様々な思いを抱くガエリオ。火星での最悪とも言える出会いから、地球に至るまでの戦い。そして敗れ去り、再起してからここまで。

 最初は怒りがあった。見下していた。相手の事情などまるで考慮に入れていなかった。今では傲慢だと思う。しかし同時にこいつらがいなければという恨みに似た気持ちもないではない。

 そういったごちゃごちゃとした気持ちがあってなお、ガエリオは頭を下げた。

 

「……感謝する」

 

 短い言葉だ。しかしそれも嘘偽りない、紛れもなく本心である。己の自分勝手な意思で売った喧嘩を真っ向から応え買ってくれる。こちらの意思に応えたのではなく、都合があったからかも知れない。それでも、涙が出そうになるほどありがたかった。

 対する相手は何も応えない。ただ太刀を肩に担いだまま、じっとこちらを見やっていた。油断も隙も見せず、最初から全力で挑みかかる気満々だ。しかしそれでいい。勝てるとはとても言えない相手だが、負ける気で挑むのは礼を欠くし、何より双方納得するまい。全身全霊を賭けて戦ってこそ、その結果に意味が出る。

 息を吐く。そして力のこもった目線を向け、ガエリオは告げた。

 

「ギャラルホルン、セブンスターズが一角ボードウィン家。ガエリオ・ボードウィン!」

 

 対峙する三日月も、迷いなく。

 

「鉄華団遊撃部隊隊長、三日月・オーガス」

 

 誰もが固唾をのんで見守る中――

 

「参るっ!」

 

 最後の戦い。その幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

「飲み屋のツケをどうか! ボードウィン卿!」

「合コンのセッティングをお願いしますボードウィン卿!」

「女房に三行半を突きつけられそうなんです何とかなりませんかボードウィン卿!」

「まて貴様ら全部背負うってそういうことじゃないだろ」

 

 

 

 

 

「「「ラスタル様はやってくれましたよ?」」」

「マジで!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 Gジェネで、ランディっさんっぽいキャラを作って鍛えまくった上で鉄血シナリオを蹂躙する……愉悦……っ!
 ちょっとだけ気が晴れます結果変わんねーけど。いい加減戦果でシナリオが変わるマルチエンド希望捻れ骨子です。

 さ、そういうわけでサシの勝負に持って行く話~。まさかこういう展開になるとは思うまい! 大分無理矢理ですがどーですよ。
 実は捻れ骨子、決闘の設定をラストバトルの伏線と思っていました。多分バエルとバルバトスが真っ向勝負するんじゃないかな~って。最終話近くになってもあの状況から逆転の札として使うんじゃないかな~って、期待していた訳なんですが。
 見事に裏切られたよこんちくしょう! 返せよ! 俺に希望を返せよ! ……ということで自分の望んだ展開をぶち込んでみました。ジュリ子? 知らんな。(酷)

 そんなこんなでいよいよ次回は最後の勝負です。世界が注視する中、三日月とガエリオはどのような戦いを繰り広げるのでしょうか。刮目して待たれよ。  

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