イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

58 / 65

 今回推奨……いやむしろこれを流すべし戦闘BGM。Gジェネレーションシリーズより【Ex-Sガンダム VS ガンダムmk-Ⅴ戦闘BGM(あるいはEx-Sガンダムテーマ)】。
 let's Rock'n'roll!!





54・ちょいと地獄(そこ)まで付き合えよ

 

 

 

 マクギリスとラスタル。両軍のトップが墜ちるその少し前。

 誰も介入できない。誰も近寄ることが出来ない。壮絶な戦いがいつ果てるともなく続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 速い。純粋に速度が、ということもある。だがそれだけではない。

 反応が。取り回しが。先読みが。常識外に速い。相手との先の読み合い、常に先手を繰り出そうとする、いわば『先の先』の取り合い。それを常人では追い切れないほどの速度でこなしている。

 2匹の怪物の舞踏は、止まらない。

 

「はっはっはっはァ! いいねいいね最高だねェ!」

 

 狂った笑い声を上げながら、モルガンを振り回すマリィ。通常のMSの数倍はある巨体だが、慣性制御および推進剤なしで駆動するスラスター群のおかげで、とんでもない機動性を見せる。

 

「はっ、機嫌がよろしくてなによりだ」

 

 皮肉めいた口調で言うランディ。機体自体はレギンレイズ・ハイムーバーと同程度の大きさだが、その動きはまるで別物だ。空間を蹴飛ばしながらモルガンと存分に渡り合っていた。

 互いにまだ余裕があるように見える。未だ様子見の域を出ていないようだ。特にランディは、相手の機体を考察できる余力もあった。

 

(しかし、よく破綻なくあんなモン振り回せる。阿頼耶識をつけていても……いや、『つけているからこそ、負担も大きい』だろうに)

 

 阿頼耶識は本来MS――『人型の機械』を動かすための物だ。より正確に言えば、『阿頼耶識を介して人間を制御中枢としたため、MSは人型となった』。人間の思考、運動中枢を利用するためナノマシンを使った神経接続システムが生まれ、それを最も効率よく運用できるのが人型の機械だったのだ。人体が動くための物を利用するのだから当然と言えば当然である。

 逆に言えば、元々阿頼耶識システムは『人型以外の物を動かすようには出来ていない』。MWや宇宙船が動かせるのは、それらの操作が『人体よりも単純』で負荷が少ないからだ。(さすがに複数同時制御とかになると難易度が爆上がりし、ユージンのようにぶっ倒れる羽目になる)

 一応人型の範疇にあったレギンレイズ・ハイムーバーならともかく、可動スラスターと武装の塊と言ってもいいモルガン・ブライドは人型の範疇から大幅に外れており、その制御は本来複座以上でなければ難しい物だろう。阿頼耶識を用いれば確かに一人で運用することも可能だろうが、かかる負荷は並大抵の物ではあるまい。阿頼耶識システムに関しては門外漢のランディでも、それくらいは推測できる。

 それをまあ自分と互角のレベルで振り回すとは。感嘆と言うよりは呆れ気味の心境で鼻を鳴らす。

 対するマリィは実のところランディほどの余裕はない。

 

(よくこの機体に追いついてくる! あれからまだ腕を上げてるってのかい!)

 

 以前戦ったときより明らかに技量が向上している。ハイムーバー状態のモルガンと互角程度であったはずが、『強化されたモルガン・ブライドと互角にまで上がっていた』。以前に手を抜いていたのではない。それが証拠に『分身を思わせるような機動偏向を使っていなかった』。

 通常の機動(イナーシャーコントローラーを使った三次元機動が通常なのかは甚だ疑問だが)のみで追いすがる。それが出来る理由は何のことはない、『ランディが鍛練を重ねた』。それだけだ。

 イオク率いる第2艦隊がタービンズ本拠を襲撃した際の戦闘。それ以降ランディは暇を見て機体の調整と自己鍛錬を続けていた。しかもシミュレーターの難易度を桁違いに上げて、である。

 自分と互角に戦える相手が出てきてむかついた……からではない。単純に勝率を上げるためである。闘争に狂っているランディであるが、その一方で慢心を反省しそれを生かして次につなげるクレバーさもある。彼にとって戦場は楽しい遊び場であるが、最大限に楽しむためには相応の準備と努力が必要であると、妙な生真面目さのようなものもあった。

 結果以前にも増して技量が上がっている。より無駄なく、より鋭く。それを体感すると同時に、マリィは『機体と自身の限界』を感じ取っていた。

 すべての面において爆発的な性能の向上を果たしたモルガン・ブライドだが、その機動特性は『今までの延長線上でしかない』。確かに速く、小回りもきく。だが言ってみれば『それだけ』なのだ。その動き自体は今までのモルガンとさしたる差はない。

 それは機体の能力のせいばかりでもなかった。マリィ自身がこの化け物を『使いこなせていない』のだ。

 先にランディが推察したとおり、現状の阿頼耶識ではモルガン・ブライドの制御に負担がかかり、そのスペックを完全に生かし切れていない。それでも一般兵からすれば束になってかかっても対処不可能な性能差がある。現在のランディのように対処できるのが異常なのだが、その異常な相手をなんとか出来なければ話にならない。そのためだけに生み出された物なのだから。

 相手を上回るべく手に入れた力。それにあっさりと追いつかれた。そのことにマリィは――

 

「ふひ、ふふふふふ……」

 

 歓喜の表情を浮かべる。

 これだ、これでこそランディール・マーカス。たどり着きたい高みだ。目指すべき頂点だ。

 こんなもんじゃない。この程度の化け物に易々と屈するような人間じゃない。もっと上が、もっと先がある。『それを追い続けられる』。背筋に、胎の底に、ぞくぞくと快感が奔る。この余裕のなさ、この綱渡りの感覚が、追い求め続けた至福の時。彼女は幸福の最中にあった。

 実にはた迷惑な狂いっぷりである。しかしながら余裕のないのも事実。様子見のはずが、このままでは先にマリィが力尽きてしまうことは必至だ。

 ではどうするのか。

 当然ながら『その先がある』。

 狂った女はぬたりと嗤う。

 

「そろそろ良い感じで温まってきたねぇ。じゃあ……生本番といこうか! 【阿頼耶識システムTypeB】、フェイズ2!」

 

 かしゅ、と音を立てマリィの首元に備えられた注入機構が、彼女の体内に薬液を投入する。

 かつてエドモントンで鉄華団の前に立ち塞がったグレイズ・アイン。それには肉体を切り刻んでシステムの中枢とする外道な手段の他に、反応速度の向上および接合の齟齬を緩和するため、精神に異常をきたすほどの薬剤投与が行われていた。

 それを改良し応用したのが、モルガン・ブライドに搭載された阿頼耶識システムTypeBである。反応速度と動体視力を向上させる薬物の最高級品ブラッディ・アイをベースにした薬物を投入することによって、阿頼耶識を用いることによって生じるシステム的、物理的負荷を『忘れさせる』機構。パイロットの知覚、反応を鋭敏化すると同時に阿頼耶識が元々備える痛覚緩和を補って負荷を『認識できなくなる』が、負荷がなくなるのではなく知覚できなくなるだけなので、パイロットの限界を超え自壊してしまう危険性があった。

 諸刃の剣どころではない。明らかに死地に向かう片道切符を、彼女は迷うことなく死神に差し出した。

 

「……あはァ♪」

 

 甘美なる毒が脳髄に満ち、彼女は蠱惑的な声を漏らす。

 ゆっくりとした動作でモニターを捉える目は、瞳孔までもが紅く染まっていた。

 モルガン・ブライドの姿がかき消える。同時にランディは機体を無茶苦茶な動きで退かせた。

 一瞬で数度。リニアガン、ガトリング、グレネードカノン、そして高周波ブレードが、ラーズグリーズの存在した空間を薙ぐ。複雑な機動をしながら矢継ぎ早に武装を放ったのだ。咄嗟に分身機動に持ち込まなければ、どれかに当たっていた。

 

「慣性制御とスラスターを全開にしたか。だがGと制御負荷はどうしてやがる。下手すりゃ神経が焼き切れちまうぞ」

 

 後先考えないような機体の振り回し方だ。機動特性こそ変化はないが、速度と反応が桁違いに向上している。多分これが本来の性能なのだろう。だがそれは人の限界を遙かに超えた物だ。たとえ阿頼耶識があろうとも、それを操る負荷が消え去るわけではない。

 そのからくりに、ランディは目敏く気づいた。

 

「……薬物投与(ヤク)、か。痛みを感じなけりゃ確かに限界を超えられるだろうよ。それにこの反応、レッドアイかそこら辺だな。エドモントンの時と同じって事か」

 

 そう言っている間にも嵐のような猛攻は続いている。残像を残しながら回避するランディだが、回避に専念するしかなく反撃がおぼつかない。速度と反射、それだけでランディは押さえ込まれていた。

 そんな状況に彼は――

 

「……おもしれェ」

 

 嗤う。

 ここまでする。『ランディール・マーカスという個人を始末するためだけに』。それを判断したラスタル・エリオン、それに乗ったマリィ・フォルク。外道の選択を躊躇わず実行してみせる『敵』に笑いが止まらない。

 実にろくでもない。この事実を世間に知らしめれば、それだけでラスタルは苦境に立たされるだろう。それよりも自分を殺すことを優先したのだ。たった一人のためになりふり構わず後先も考えない。消すことが出来れば何とでもなると思ったわけでもないだろう。そうしなければならないほどの必要性を認めたということだ。『ここで仕留めておかなければ、何をされるか分からない』。出し惜しみをしている場合ではないと見たのだろう。

 滑稽ではある。だが正しい判断だ。このくらい狂っていなければランディール・マーカスという男を仕留めることはできまい。ランディ本人もそういった認識であった。そしてこのような状況は大歓迎である。

 

「いいじゃないか。これで俺も……『掛け値なしの全力』ってのが出せそうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『任意でリミッターを解除できるようにしてくれ』? いや言っちゃあなんだけど、正気?」

「正気じゃないかも知れんが、本気だ」

 

 地球に出立する前、歳星でラーズグリーズの調整を行ったおり、ランディは整備長にそのような依頼をしていた。

 

「前にも言ったと思うけど、リミッターなしの状態で君が全力出したら20Gくらいかかるよ? それに折角整えたバランスも無茶苦茶さ。まともに制御できる代物じゃなくなる」

 

 技術屋としては乗ってるだけで死にそうな代物を仕立てるのは抵抗があった。その心情を理解しているのかいないのか、ランディは機体を見据えたまま応える。

 

「まともな相手だけなら今まででも構わないんだがな……今度は『まともじゃない相手』が出てくる可能性があんのさ」

 

 思い返すのはマリィのこと。彼女が駆っていた機体は阿頼耶識を使用してという条件があるものの、現状のラーズグリーズと互角の性能をたたき出していた。そしてどうにも『まだ先』があるように見受けられる。

 加えて言えば『自分に対する対抗策が彼女一人とは限らない』。ああいった輩をしかも複数、現状のまま相手をするのは……それはそれで面白そうだが、自分一人の戦いでない以上、楽しむにしても少しは真面目にやる必要があるだろう。

 

「出てこないのならそれに超したことはねえが……用心はしておくに越したことはないだろ? 何しろアリアンロッドとの正面勝負だ、やれそうなことは全部やっておく」

 

 整備長は渋い顔つきであったが、ややあって諦めたようにため息をはいた。

 

「分かった、分かったよ。……でもそれやると追加パーツの合わせやってる時間なくなるかもだよ?」

「そっちの方は地球に向かう最中にでもやるさ。現物合わせはよくやったからいけんだろ」

「行き当たりばったりだねえ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのような会話を思い出し苦笑。さすがにマリィのようなのが複数はいなかったようだが、予想を上回る化け物として目の前に立ちはだかってきた。

 ならば応えてやろう。

 

「全リミッター解除。さあ、派手に行こうぜラーズグリーズ!」

 

 解き放たれたリアクターが甲高い音を立ててオーバードライブへと移行。同時にバックパック左右の強制冷却機構が解放。赤外線に変換された熱が放出され陽炎を産む。

 スラスターに供給される推進剤がカットされ、すべてがエイハブ粒子によってまかなわれる。噴出炎が虹色に変わった。

 機体各所に備えられたエイハブコンデンサが互いに連携しない全力稼働を始める。感覚的に言うならば、一歩踏み出したらあちこちからベクトルがかかるようになると言ったところか。まっすぐ進むだけでも困難と言った状況になる。

 すでにこの時点であちらこちらから押しつけられるような感覚を認識しつつ、ランディはスロットルを開けた。

 

it's ShowTime(全力で遊ぼうか)!!」

 

 宇宙に大気はない。だが確かに、轟と空間が唸った。

 閃光が、奔る。

 残像どころではない、一瞬にて機動の残滓だけがかろうじて認識できる疾走。次の瞬間に、ラーズグリーズの姿は『モルガン・ブライドの隣にあった』。

 がつ、とラーズグリーズがもつショットガンと、モルガン・ブライドが備えるカニのハサミ――【カズィクル・ベイ】と名付けられた接近戦用ダインスレイブユニットがぶつかり合い火花を散らす。

 互いに複雑な軌道を描いて後退。マリィは笑いながらのたまう。

 

「はっはっはぁ! アタシの反応が遅れた!? なんてでたらめ!」

 

 ランディは苦悶とも笑うともつかない複雑な表情だ。

 

「はっ! トリガーを引き損ねちまったか! 当たっても大して効きゃしねえだろうがな!」

 

 双方ともに機動するだけで神経をすり減らし命を削るような負荷がかかっている。それに臆するような様子は全くない。

 瞬時に体勢を立て直し、再びの交錯。モルガン・ブライドはありとあらゆる武器を、でたらめに見える有様で矢継ぎ早に放ち、ラーズグリーズはそれをかいくぐりながら『射撃武器をすべて捨てる』。

 

「当たらねえモンはいらねえからなァ!」

 

 シールドからいつもの幅広剣を引き抜く。もはや目に見える得物はそれだけだ。まともにダメージを入れるのには相当の運と機会が必要となるだろう。

 だが臆さない。そんな必要はない。『そんな思考がそもそもない』。

 ランディール・マーカスという男はある意味恵まれていた。『悪い意味で』。

 生まれは厄祭戦の前から存在する都市。そこは一見風光明媚な港町だったが、その実ありとあらゆる悪徳を煮詰めたような、犯罪都市であった。そんなところで生まれ、泥のような悪逆にさらされて生きてきた。

 幸いと言って良いのか、町の顔役にも通じるジャンク屋というそれなりの家庭ではあった。それでも幼少の頃から、こそ泥を対人地雷で吹っ飛ばしたり強盗を高圧電流で黒焦げにしたりしなければ命を失っていたかも知れない。一瞬前まで笑っていた隣人がいきなり銃をぶっ放してくるなんて日常茶飯事であったのだ。

 そんなわけで命のやりとりはなれきっている。なれきった末に彼は『自身の苦痛を無視できる』という特性を持つに至った。

 腕の一本折れた、腹にナイフが刺さった。その程度で怯んでいるようでは生き残れない。むしろ苦痛を置いてけぼりにして死闘を楽しむくらいでなければならなかった。で、できあがったのがこんな人間だ。今更Gで押しつぶされそうになろうが引きちぎられそうになろうがどうって事はない。『死ななきゃ痛いだけだ』。苦痛を無視して己の限界を超える。彼の本気とはそういった物であった。

 GHが苦心して人間を戦闘機械として仕立て上げようとしていた。その領域に、すでに彼はある。

 

「思い切りが良い! さすがだねェ!」

 

 マリィ・フォルクという人間はランディに比べれば平凡な出自だ。せいぜいが『代々軍人を輩出してきた家系』というくらいで。

 当然ながら一般家庭よりは戦いについて学ぶ機会は多かった。しかしそれだけだ。常識から逸脱したような教育を受けてきたわけでもないし、死地に身を置いて育ってきたわけでもない。GHの士官という進路を選んだのは、成績が良かったからと周囲に勧められたからである。そして水があったのか彼女は飲み込みが早く、頭角を現してアリアンロッドに推薦され、エリートの道を歩み始めた。

 しかし標的艦隊との演習で全てが狂う。

 圧倒的な技量差による蹂躙。それをなした怪物たちの中核にいる男。

 その強さに、その狂気に、『魅入られた』。

 欲しい、そう強く願う。それがランディ個人のことなのか彼の強さなのか、マリィには判別つかない。ただひたすらに、『それ』へと手を伸ばし、気づけば彼に挑みかかっていった。

 己の学んだことは、何一つ役に立たなかった。ただひたすらに致命傷を回避し、食いついていくのが精一杯。だが一打を受けるごとに、彼が先に行くことごとに、獣のような欲が湧き上がっていく。結果的にマリィは完膚なきまでに敗北したが、それ以後はまるで人が変わってしまったかのようであった。

 脇目も振らず、血眼になって強さを求める。幸か不幸か彼女には才能があった。エースと言えるだけの鍛練も積んだ。それでもランディには追いつけないという自覚を覚えた頃にラスタルからの誘い。悪魔の契約に等しいそれを、マリィは迷いなく受けた。

 全ては己の欲望のため。遙かなる高みに至るため。あの日手を伸ばし、欲しいと望んだ物を手に入れるため。

 今日この瞬間のために!

 

「出し惜しみはなしさ! 今日こそアタシは『たどり着く』!」

 

 スロットルを開ける。MAと言う存在の再現を目指したと同時に、機動兵器というものの限界性能を測るため持てる技術の全てをつぎ込んで制作された実験機であるレギンレイズ・モルガン・ブライドという機体は、パイロットの安全性など最初から考慮に入れていない。

 設計段階からそれらは指摘され、可能な限りの安全性を確保しつつグレイズ・アインをベースにして大幅に機能を削り再設計されたのがハイムーバーという仕様だ。元になったブライドのパーツ群は実験やテストのために一応制作されたものの、設計者たちはそれが実戦投入されるなど夢にも思わなかったであろう。

 ラスタルとマリィのごり押しで1機だけ完成し、阿頼耶識TypeBを搭載することによってその性能を全て発揮できるようになった。それと引き換えに、パイロットの――マリィの命は秒刻みで削られていく。

 それが分かっていて彼女は笑う。この瞬間に全てをかけて悔いはないと。

 舞うように、それでいて速く、鋭く。その巨体に似合わぬ俊敏な機動でラーズグリーズの先へ回り込もうとしながら武器を放ち続ける。

 対するラーズグリーズは空間を蹴りつけ、レーザーの反射にも思える軌跡を残しながら全ての攻撃を回避しモルガン・ブライドへと肉薄せんとする。

 最高速、火力、反応速度。基本スペックは全て上回るモルガン・ブライド。ラーズグリーズが勝っているのはトリッキーな機動性と小回りだけだ。火砲が尽きてもモルガン・ブライドには高周波ブレードとカズィクル・ベイがある。どちらもリーチ、威力双方が幅広剣などより上。全てをかいくぐり致命傷を入れるには、ランディの技量を持ってしても難しいと言わざるを得ない。

 その上。

 

「く~、やっぱGがきついわ。こりゃ長引かせるわけにゃあいかねえか」

 

 全身の骨がきしみ内臓が潰されるような感覚を覚えながら、ランディが呟く。

 いくら痛覚を無視できるからと言っても、『物理的に体が壊れてしまえば意味がない』。操縦に支障が出るほどのダメージが生じてしまえば、否が応でも戦力は低下する。その辺の見極めもかなりシビアであろう。

 事実ランディの口の端からは、微かに血がにじみ始めている。超人的なタフさを持っている彼にしても、やはり肉体的な限度はあった。

 であるならば短期決戦しかない。戦いを楽しむ本能とは別な、冷静な部分でそう判断を下す。実際はマリィが『壊れる』まで粘れば自動的に勝ちが決まる。それまで待たないのは自身の肉体がそこまで保つかどうか断言できないのと、『冷静じゃない部分』が『面白くない』と断じたからだろう。

 ゆえにランディは仕掛ける。

 ラーズグリーズの機動が変化を見せる。モルガン・ブライドの先を取ろうとする動きから、その背面を取ろうとする動きに。わざと速度を落として見せたその動きを、マリィは見逃さない。

 

「背中なら対処できないってェ!? どこ情報よそれェ!」

 

 モルガン・ブライドに急制動をかける。びきりと体のどこかが悲鳴を上げるが構っていられない。そのまま『後ろにカズィクル・ベイを向け直す』。見た目に寄らず、自由度の高いサブアームによって懸架されたこの武器は、機体の死角をほぼカバーできる。今の制動はランディにとって『急に目の前で後方に加速した』ように見えるだろう。これで仕留められるとは思わないが、戦術の幅を狭めることはできる――

 どがん、と言う衝撃が機体を揺るがした。

 

「!? っ!?」

 

 迷わず再加速しその場から離れる。推進器群のど真ん中に『何か』を食らったようだが、ダメージはほとんどない。目まぐるしく動く光景を見据えつつ、今の一瞬を捉えた映像ログを視界の端に呼び出しす。

 画像の中で急激に迫るラーズグリーズ。カズィクル・ベイがそれを捉えようとした寸前で――

 『左のシールドの下から何かが飛び出し、爆発した』。それを見て思い出す。

 以前の戦いで、ランディにしてやられたときのことを。

 

「腕の『仕込み』かい! いや、シールドにも仕込んでいるのかねェ!」

 

 以前は閃光弾だったが、今回はグレネードらしい。構造上、腕には3発も仕込めまい。シールドの方も似たり寄ったりだろう。多くても10発はないはずだ。

 そしてそのサイズのグレネードでは、よほど当たり所が良くなければダメージにならない。モルガン・ブライドのように電磁加速で打ち出しているわけでもないので射程距離も短いようだ。

 つまり、『懐に潜り込まなければ有効打は出せない』。何の事はない、剣と大して変わらないようだ。しかしながら『手段が一つ増えた』。ランディール・マーカスという男はそれを2倍にも3倍にも思わせる人間だ。むしろこちらが迂闊に間合いを詰められなくなった。

 いや全く、『実に楽しい』。

 

「普通の銃が当たらないんなら、当たる物を当たるように使うか! らしいねえ、ゾクゾクするよ!」

 

 己の利点を最大限に生かし不利を覆す。そのための仕込みも怠らない。この状況はランディに『作られた』ものだ。接近戦を警戒していることなど計算ずくであろう。

 もはやすでに罠にはまっている。一体どういう仕掛けを用意しているのか。そしてそれをどう凌ぐか。これほどわくわくして楽しいことなどあるものかよ。無邪気な子供のように目を輝かせて、マリィは死力を尽くす。

 距離を引き離して射撃に集中しても早々当たる物ではない。第一FCSなどとうの昔に役立たずだ。今のマリィは複数の武器を同時に扱うことが出来るが、阿頼耶識を用いた正確無比な射撃をもってしてもランディを捉えることは難しい。

 であるならば、あえて接近戦に持ち込むのも手だ。しかし真っ向からではあっさりと対処されるだろう。そして罠に食いつかれるのは間違いない。

 必要なのは、『ランディの予想を上回る1手』。一瞬でもいいから彼の意識をそらし、隙を生じさせる。それがいかに困難であるかは分かっている。

 

「分かっちゃいるけどやめられない、ってねェ!」

 

 つう、と瞳の端から一筋こぼれ落ちる物。涙ではない、血だ。

 毛細血管が切れ、あふれ出てきたのだ。体もあちこちが感覚を失いつつある。それでもマリィは全く構わず機体を振り回す。

 機動しながらの砲撃が増す。接近戦を諦めたのではない、むしろ砲撃でこちらの動きを牽制して接近戦に持ち込むタイミングを計ろうというのだろう。そしてそれだけではない『何か』を、ランディは感じ取っていた。

 ならば。

 

「乗ってやるさ!」

 

 あえて踏み込む。自分の仕込みとマリィの狙い、どちらが上回るのか。名残惜しいがそろそろ決着の時だ。

 閃光のごとく駆ける。無数の機動偏向によって翻弄されそうになるが、マリィには分かる。いや、『分かるようにやっている』。

 狙いは『真正面』。こちらの狙いを読んだのか、それとも最初から計算していたのか。『どちらでもいい』。ただ全力をぶつけるまで。

 

「そこぉ!」

 

 ラーズグリーズが正面に至る寸前で、モルガン・ブライドの核となっている機体の両肩に備えられたグレネードカノンをパージ。同時に急制動。吹っ飛んでくるグレネードカノンをラーズグリーズは回避――

 する前にガトリングガンが吠え、『カノンの弾倉を打ち抜く』。残っていた弾薬に引火。爆発が生じる。

 ランディは躊躇わない。爆発の衝撃と破片が機体を揺るがすのも構わず、まっすぐ突っ切ろうとする。

 衝撃が奔った。

 

「取ったァ!」

 

 ラーズグリーズの上方にモルガン・ブライドの姿はあった。正面から来るラーズグリーズを乗り越えるように動き、両のカズィクル・ベイで機体の両腕を捕らえたのだ。

 機体そのものでなくとも、『両腕を砕けばラーズグリーズの攻撃力は消失する』。ただそれだけを狙ったマリィの仕掛けは九割九分成った。後はトリガーを――

 

「『俺がな』」

 

 捕まれた両腕を軸に、体操選手のように蹴り上げてくるラーズグリーズ。マリィは構わずトリガーを引いた。

 衝撃が機体を揺るがす。カズィクル・ベイの反動ではない。『何か強力な攻撃を食らった』のだ。

 レッドアラートが鳴り響く中、マリィはダメージをチェック。本体の左腕、そして左のカズィクル・ベイが、サブアームの基部からごっそりと引きちぎられている。戦闘続行は可能だが、様々なダメージが性能に影響を与えていた。

 『咄嗟に機体をひねらなければ、コクピットに直撃を食らっていただろう』。

 

「はっ、仕留め損なったか。さすがにやる」

 

 ラーズグリーズは右肩のスラスターバインダーと左腕のシールドを損失。さらにバランスが狂い性能も幾分落ちているはずだが、見た目動きに支障はなさそうだ。

 その右足の踵からは、何やら砲撃をした後のような煙がたなびいている。【ヒールバンカー】。ハシュマルの両足に備えられていた武装、【運動エネルギー弾射出装置】を参考に開発され新たに備えられた武器だ。

 バルバトスも同じものを備えているが、ラーズグリーズのそれはリミッター系の調整を優先されたため、取り付けられたのが決戦の真っ最中という急場しのぎにもほどがある状態であった。しかし機能はきちんと作動したようで、威力はご覧の通りである。

 互いに直撃は食らわなかったが、それぞれ当たれば一撃と言う得物を備えているのが知れた。ここで一端仕切り直し――『などしない』。

 

「そうだよ……もっと、もっとぉオ!!」

 

 心底楽しそうな狂乱の笑みを浮かべ、迷わず踏み込むマリィ。残った銃器を乱射しつつ右のカズィクル・ベイをセット。そして脚部のブレードを展開し振り回す。

 

「愛してるんだよ! ぶち殺したいほどにィ!!」

 

 対するランディもにぃ、と壮絶な笑みを浮かべる。

 

「は、情熱的だなァ!」

 

 あえて正面。実は双方とも、もはや小細工する余裕がない。無茶な高機動を続けたことによる負荷、そして先ほどの激突の時に相当の衝撃を受けた。骨の数本はすでに折れている。もうそんなに長いこと戦えないだろう。

 これで最後。そう決めて真っ向から2機はぶつかり合う。

  宇宙(そら)を揺るがすような激突、衝撃。そして――

 

「……くはっ」

 

 マリィは吐血する。衝撃で内臓のどこかが損傷したようだ。

 カズィクル・ベイは左腕に内装されたグレネードで放った左腕諸共破壊され、両足のブレードは片方が右足を膝から引きちぎり、もう一方は残ったヒールバンカーでへし折られていた。

 胸元が付き合うほどの極至近距離。そして、『ラーズグリーズの右腕はフリーだ』。

 ランディは口の端や目元から血を流しながら、告げる。

 

「楽しかったが、これで終いだ」

 

 突き込まれた幅広剣が、モルガン・ブライドのコクピットを貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

 以上、ヤバい系ヤンデレが花嫁衣装着て刃傷沙汰を起こしたという、痛ましい事件でした。

 

「いや、間違ってるようなそうでないような……」

 

 大筋であってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけ

 

 EB-08jjc-00x レギンレイズ・モルガン・ブライド

 

 

【挿絵表示】

 

 

 レギンレイズ・モルガンを核に、MAを有人機として再現した機体。

 リアクターを3基搭載しているが、ガンダムのように同調させているのではなく、それぞれ機体の慣性制御、武装、スラスターと機能を分散して運用している。おかげさまでかなりの図体ながらエイハブスラスターをガスなしでドライブすることが可能となり、慣性制御も相まって狂ってんじゃないかと思わせるほどの機動力を誇る。

 またその能力を十全に生かすため、レッドアイの最上級、通称【ブラッディ・アイ】を投与してパイロットの反応速度を向上させ阿頼耶識システムを補強する機能、【阿頼耶識TypeB】を備える。もちろん体にすごく悪い上、慣性制御を超えた負荷を相殺できるわけでもないのでマリィさんの命はがりがり削られていく。

 多くの武装を持つが、特徴的なのは機体上部に備える【自由電子レーザー砲】と、カニのハサミのような近接用ダインスレイブ【カズィクル・ベイ】。レーザー砲は機体を直接破壊するというよりは、センサーなどの電子機器を潰すのを目的としたもの。目潰ししたところでカズィクル・ベイを叩き込むというのがそもそもの戦術。 そのほかにも大口径グレネードカノン、高出力リニアガン、脚部に仕込まれたジャックナイフ状のヒートブレードなどを持つ。

 デザイン的には見ての通りディープストライカーとペーネロペーをパクって足して2で割ったような感じだが、運用法としてはデンドロビウムに近い。

 なおこんななりであるが、大気圏内での運用も可能である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 家庭菜園のキュウリがうまく出来ました。塩もみ、浅漬け、酢の物、味噌。ぐふふふふふ……。
 欲望にまみれて生きる捻れ骨子です。

 はいそんなわけで、キチピーバトル決着編です。推奨BGMを使いたいがためだけにこの戦いはありました。ですがそれに見合う表現が出来たのかどうなのか。楽しんでいただければ良いのですが。
 ともかくこれで、裏も表も決着……だと思ったか! あともうちょっとだけ続くんじゃよ。一体いつになったら終わるのかどこまで引き延ばすんだ捻れ骨子。いや本当にあとちょっとだけですからマジで。
 今年中に終わると良いな~(弱気)とか思いつつ、次回に続きます。

 非常事態宣言は解除されましたが、まだまだ予断を許さぬ状況です。
 皆様、十分注意してくださいますよう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。