イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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 今回推奨戦闘BGM イ二Dから【Night of Fire】




49・イカサマはお互い様

 

 ドルトコロニー群。現在その全てのコロニーで、大規模なデモ活動が行われていた。

 労働者が住まうドルト3……だけではない。労働者、カンパニー関係なく『全てのコロニーで』デモ活動が行われているのだ。

 彼らは声高く主張する。「GHの腐敗、不正を許すな」と。「アリアンロッドをコロニーから追い出せ」と。

 ドルトに駐留する陸戦隊は動けない。今アリアンロッドは決戦の真っ最中だ。そうでなくてもGH自体が末端に命令を下せる状況にない。自分の頭で考えることをしなかったものたちが反応できないのも、やむかたないことではある。

 これはドルトだけではない。地球圏のコロニー群のほぼ全てが同調し同時に行われている事であった。滞りなくすすむ状況を見て、サヴァランは安堵の息を吐く。

 そうしてから彼は傍らの人間に声をかけ頭を下げた。

 

「ありがとうございます。貴女のおかげでタントテンポの協力を得られれた。感謝極まりない」

「よしてくれよ、アタシはただの連絡係さ。感謝するなら頭目のお嬢に言っとくれ」

 

 ぱたぱたと手を振って応えるのは少し幼げに見える女性、【キム・セルリアン】。ドルトの若い女性を纏めていた人物だが、訳あって暫くタントテンポに身を寄せていた。連絡係などと自称しているが、今回のデモに際してコロニー間の繋ぎを取るのに大きな役割を果たしている。

 謙遜することでもないのだがとサヴァランは思うが、この人にも色々都合とか何やらあるのだろうと察する。

 

「ともかくドルトはアフリカユニオンからの支援も得て、自衛する戦力も整いつつあります。この機に乗じてアリアンロッドの勢力下から脱したいというのが上の判断でしょう」

 

 GHの信用度が下がると同時に、各経済圏は自力で防衛力を強化し、GHの影響下から抜け出そうと試行錯誤していた。その影にはモンターク商会などの暗躍があり、情報と戦力が融通され、経済圏は静かに力を蓄えつつある。それは経済圏間の緊張も呼んだが、まずはGHという脅威に対抗する為にそれは一旦棚上げされ、各勢力は協調して水面下で動いていた。

 そしてマクギリスの蜂起を機に、一斉に動き出す。それに同調していくつかの企業――テイワズやモンターク商会、そしてタントテンポなどが協力を開始。GHに対して圧力をかけ始めたのであった。

 

「首尾良くいけば、タントテンポとの取引を前向きに考えるとユニオンは申し出ています。あとは交渉次第ですね」

「そこまでしてくれれば向こうは十分。……それで、『こっちの話』は?」

「ええ、女性団体への支援も予算に組み込むとのことです。もちろん一度になんでもかんでも出来るわけではないので、優先順位をしっかりと考えて貰わなければなりませんが」

「分かってる。お互い腰を据えてかからなきゃならないことだからね」

「ええ、長い付き合いになるとは思いますが、よろしく頼みます」

「こっちも素人ばかりだから迷惑をかけると思うけど、よろしく頼むよ」

 

 固く握手が交わされた。

 決戦の裏側でも、アリアンロッドは追いつめられていく。

 彼らの帰る場所は、なくなりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 継ぎ接ぎだらけの艦体。しかしながら威風堂々と姿を現したケストレルのブリッジで艦長席に座るのは、【アンダーセン】『元』一佐。2年ほど前に閑職を辞して野に下ったはずの人物である。

 

「ふん、よくぞこのロートルをお祭り騒ぎに引っ張り出してくれたな小僧ども」

 

 口調は憎々しげにも聞こえるが、その表情は不敵に笑んでいた。と、そんな彼にブリッジのスタッフが声をかける。

 

「司令、アリアンロッドから通信が入ってきましたが」

 

 どこか面白がっているような問いに、アンダーセンはふむ、と考え、こう呟くように言う。

 

「……ここは「ばかめと言ってやれ」にするか、それとも「おかけになった電話番号は現在使われておりません」にするべきか……」

「司令司令、シリアスぶっ壊すのは止めましょうや」

「冗談だ。まあそれはそれとして無視しておけ。どうせうるさいことをぐだぐだ言うだけだろうよ」

 

 実際アリアンロッド艦隊はケストレルの存在に揺るがされていた。なにしろこの艦、本来であれば『廃艦された後に解体されているはず』なのだから。 

 種を明かせばどうということはない。廃艦処分が決まり艤装を解かれた時点で、マクギリスが裏から手を回し密かに保存されていた、というだけだ。

 だが、この艦が現れたと言うことは『その次』を想像することは容易い。『元標的艦隊の旗艦』であるケストレルが現れたと言うことは――

 

「全機を出せ。派手に引っかき回すぞ」

 

 かつて『ランディが所属していたときの』標的艦隊司令であった男が命を下す。それを待っていたとばかりに飛び出すのは10機のMS。

 

「やれやれ、いい加減便利屋扱いは勘弁して欲しいんだがな。……ガルーダ1、タリズマン。エンゲージ」

 

 神鳥の長に続くは3機。

 

「新型というわけではないが、良い機体だ。タリズマンに続くぞ。ガルーダ2【シリウス】、エンゲージ」

「張り切ってるねえ。んじゃ、適当に頑張るとしましょうか。ガルーダ3【サザンクロス】、エンゲージ」

「かったっぱしからアリアンの連中堕とせばええんやろ? 派手にいこうやないか。ガルーダ4【ラウド】エンゲージ! ヒャッホゥ!」

 

 ガルーダ4のコクピットに備えられたスピーカーから流れる大音量ユーロビートをBGMに、4機のスタークグレイズが戦場に飛び込む。

 

「さて観客は満員、良い舞台になった。精々派手に踊ろうか。……ウォードッグ1ブレイズ、エンゲージ」

 

 牙を剥く戦場の狗に従うは3機。

 

「了解。近いところから食い付くわ。ウォードッグ2【エッジ】エンゲージ」

「慣例だからって女の子にこのTACってどーなのかしら。ウォードッグ3【チョッパー】、エンゲージ」

「また多いこと多いこと。俺ちゃん生きて帰れっかな~。……ウォードッグ4【アーチャー】エンゲージ」

 

 そして――

 8の字を横倒しにしたような、メビウスの輪を模したマークの上に2と3の数字が刻まれた2機のスタークグレイズ。

 

「稼ぎ時だな。……まあ殺しゃしねえ。無事で済むかはしらねえが。……メビウス2【ロッソ】、エンゲージ」

「偵察任務以外は久しぶりだ。鈍ってなければいいが。メビウス3【スノーウィンド】エンゲージ」

 

 かつて標的艦隊でGHの度肝を抜いた3小隊。その全員がこの戦場に揃ったのだった。

 

「なるほどなーるほど。こういう趣向か」

「ば、ばかな! 奴らいつの間に集結を!?」

 

 交戦しながら口笛を吹き鳴らすランディ。対してシュネー隊は目に見えて動揺を見せた。当然だろう。なにしろ事前の情報では、標的艦隊の面々はばらばらな道を進み、積極的に連絡を取り合ったり集結したりする様子を見せなかったのだから。

 実際はマクギリスや石動が手を回し、秘匿チャットや人づてを通じて連絡を取り合っていた。そして決戦が始まるぎりぎり直前になって集結したのだ。

 完全に不意打ちである。ランディを含む少数以外は予想外と言ってもよかった。

 

「お気に召して頂けたかな。これくらいは読んでいただろうエリオン公」

 

 秘匿チャットでリボンの4を名乗り管理人を務めていた石動はちょっとドヤ顔だ。

 それはさておき、交戦しながらもランディは古巣の面子と言葉を交わす。

 

「よう元気そうじゃねえかおめえら! 良い空気吸ってっかァ!?」

 

 にやりと笑って応える丸サングラス中年男、ロッソ。

 

「ああ、久々の鉄火場だ。精々楽しませて貰うとするさ」

 

 石動以上に表情を動かさないスノーウィンドは淡々と言葉を放つ。

 

「任された以上役目は果たす。いつも通りでいいんだろう? 『隊長』」

 

 本当に良い空気を吸うようになった。ランディの表情がチェシャ猫のような歪みを見せる。

 

「オーライ、じゃあ好きにやってくんな!」

「「応!」」

 

 メビウスのマークを背負ったものたちが、群がる敵陣に挑みかかった。味方が圧されかけていた部分。的確にそれを見出して引っかき回し始める。それはガルーダ隊とウォードッグ隊も同様。戦線は大きく揺るがされ始めた。

 

「くっ、怯むな! たかだか一個中隊足らずだ、冷静に対処すれば戦況を覆すほどのものではない!」

 

 味方に檄を飛ばすイッヒ。確かにそれは正しい判断であったが、それに対応できるものは驚くほど少なかった。

 アリアンロッドの中でも、標的艦隊の『えげつなさ』を実感として知るものは少ない。大体が『尾鰭の減った噂話』でしか知らないだろう。ゆえに不意を打たれる。虚を突かれる。混乱に叩き込まれる。

 何しろ彼らはランディが手ずから鍛え上げ、彼と同等か準ずる技量を誇る。面子の中で『石動が一番弱い』と言えば何となく分かるのではないだろうか。ともかくそんな連中が戦場を引っかき回すのだ。冗談抜きでランディが10人増殖したようなものである。

 とはいえイッヒが指摘するとおり冷静さを保って対処すれば、最低でも足止めを喰らわせることくらいは出来るはずだった。しかし誰もが彼らのように対処できるわけではない。むしろこてんぱんにされて再起できたカルタと統制統合艦隊の連中がおかしいのである。彼らの檄も虚しく、あっという間に戦線は押し返されていく。

 それにいち早く危機感を覚えたのは、サンドバルであった。

 

「先手を打たれた。ここは一度引いておくべきか」

 

 剣戟の勢いを利用して距離を取り、彼は信号弾を打ち上げた。

 

「下がれだと? 今こそ手柄の稼ぎ時って奴じゃねえのか?」

 

 ブルックを含む幾人かが訝る中、理解を示すものもいる。

 

「頭目……いや、隊長が下がるか」

「潮時だな。次の手を打たれる前に俺達も下がるぞ」

 

 双子の機体が状況を放棄し、一目散に離脱する。

 

「こっちの援軍が来たから、じゃねえな。……昭弘!」

「ああ、計画通りに」

 

 想定通りであれば、『次のでかいの』が来る。そのために備えなければならないと男たちは頷き合った。

 そして。

 

「なるほどな! 彼らを次なる動きの布石としたか! 贅沢な布陣だ!」

「金も人脈も惜しみなくつぎ込ませて貰った。……それで、お前は俺の首に拘るか?」

 

 剣戟を繰り広げつつガエリオとマクギリスは言葉を交わす。

 

「無論拘るとも! だが『後ろから撃たれる危険』を犯してまでではないさ!」

 

 キマリスの膝蹴り。そこから飛び出したドリルパイルバンカーを回避したバエル。その隙を突いてガエリオは離脱を始めた。

 

「この勝負、一時預ける! 次に相見える時こそ決着だ!」

 

 マクギリスはそれを追うようなことはしなかった。

 

「今ので一撃入れられただろうに。やはり甘いよ、お前は」

 

 そんな戦場の動きを、黙ってみているラスタルではない。

 

「標的艦隊をこのように使うか。スタークグレイズは阿頼耶識を備えたパイロットだけでなく、彼らのために用意したもののようだな」

 

 不意を打たれはした。だが想定していなかったことではない。

 

「『仕込み』を動かせ。同時に『例の部隊』を展開させろ。……フォルク三尉はどうなっている」

「は、間もなく準備が整うようです」

 

 ふむ、と思考を巡らす。そしてラスタルは告げた。

 

「それと『聖剣』の用意を」

「は? し、しかしあれは、まだ満足にテストもしておりませんが」

「使わなければそれに越したことはない。だが用心はしておかなければな」

 

 次に打つ手が通れば、反逆軍に大打撃を与えることが出来るだろう。だがそれが上手くいくとは限らない。さらなる手札を用意するのは当然のことであった。

 そしてラスタルの反撃は、反逆軍側から始まる。

 

「三佐、『例の機体』が動きました」

「そうか。モニタリングを忘れるな。……各艦に通達。『花火』が上がる。それを合図に陣形を変える、と」

 

 ライザと石動がなにやら言葉を交わす。その間にも、密かに艦の影から姿を現す機体があった。

 

「……反逆軍の、ために」

 

 その機体は色こそ反逆軍のものであったが、右腕を丸ごと変更した装備が違う。

 ダインスレイブ。『反逆軍が接収していないはずの武器』を備えたそのグレイズは、迷うことなくアリアンロッド陣営に穂先を向け、引き金を引いた。

 『その行動が、最初から全て記録されていることなど気づきもしないで』。

 閃光が奔る。幾ばくかの戦力を巻き込んだそれにいち早く気付いたジュリエッタが、非難の声を上げた。

 

「ダインスレイブを!? イオク様のような真似をして……通信!?」

 

 憤慨する間もなく、緊急の通信が入った。なんとかラフタの猛攻を捌きつつ聞き取ってみれば。

 

「一時撤退!? そうか、ラスタル様はあれを使う気か」

 

 流石に直属だけあって事前に何をするか聞かされていた彼女は、即座にラフタを振り切って逃れようとする。

 

「逃げる!? させ……」

「追うなラフタ!」

 

 追撃しようとしたラフタを、昭弘が留める。

 

「こっちの増援に呼応してやつらが手を打ってくるようだ。俺達も一旦引くぞ」

「けど!」

「奴らの手を凌いだら今度はこっちの番っす。ここは俺らに任せて下さい」

 

話に割って入ったのはエンビ。敵の主要な戦力が一時後退したのを見て取った彼らが前に出てきたのだ。

 

「あんたら、前に出てきて大丈夫なの!?」

「艦の正面に位置しなきゃそうそう当たるモンじゃないっしょ。それに『最初から撃たせる気はねえっすから』。団長たちは」

「俺らも成長してるって所見せてやるさ。そうそう落とされやしねえよ」

 

 エルガーの言葉に次いで、ビトーもぶっきらぼうながら自信をみなぎらせた言葉を放つ。むう、と呻き声を上げたラフタは、ほどなく折れた。

 

「分かった。任せたわよ! けど無茶すんじゃないわよ!」

 

 グシオンの後を追って帰還する辟邪を見送り、昌弘がく、と笑みを零す。

 

「さて、任されたからにはここを通すわけにはいかないよな!」

「応とも。ごちゃまぜ隊、行くぜ!」

 

 全く不揃いな4機が、散開し未だ戦線に残る敵機に挑みかかった。

 

 

 反逆軍の陣形が変わっていく。

 4隻の艦を先陣に、残りがその後ろに並ぶ縦列隊形。正面への打撃力を完全に捨てたそれは、この先に何が待っているか理解しているからこそのものだ。

 

「全艦ブリッジを収納! 先頭の艦の退避を急げ! 残るスタッフはノーマルスーツの着用を!」

「タイマーをセット。向こうの反応如何に関わらず、スラスターに火を入れます」

 

 報告を聞きながら、ライザは頷いた。

 

「向こうの動きから目を離すなよ。……鉄華団艦隊に通達。こちらの背後に……」

「いや、それには及ばねえ」

 

 突如割って入ったオルガは、通信向こうで不敵に笑う。

 

「こっちの正面装甲は『一発だけなら耐えられる』ってテイワズ技術長のお墨付きだ。そっちは自前の艦を護るのに集中してくれ」

 

 鉄華団の艦に増設された追加装甲は、ただの増加装甲ではない。テイワズのメモリーバンクを総ざらいして技術長が再現した、『対ダインスレイブ用の複合装甲』である。その性能は本来のものより低下しているが、1度だけなら確実に食い止められると技術長は保証している。

 と、そこでイサリビの前に割ってはいる艦影。ホタルビだ。

 

「ユージン!? お前何で……」

「一応向こうさんにも『対処しているっていうふり』して見せとかねえと怪しまれんだろ? それに『予定通り』ならどこにいたって一緒だ」

 

 まあ、万が一ってこともあるしなと、声に出さずに呟くユージン。ここまできてしくじりは許されないし、それによってオルガが失われるなどあってはならないことだ。危険性は可能な限り排除しておく。それが副団長たる自分の役目だと、ユージンは腹を決めている。

 反逆軍艦隊の動きはアリアンロッドのほうでも確認されていた。

 

「こちらが何をやるか分かっていて被害を最小限に食い止める腹か。恐らくは先頭の艦を盾にすると同時に、こちらに向けて特攻させるのだろうな」

 

 なるほど、こちらの打つ手を良く理解している。一撃を乗り切れば勝機があると、そう踏んだのだろう。

 しかしそれでは1手足りないと、ラスタルはほくそ笑む。

 

「司令、部隊の配置が整いました」

「よし、全艦隊に回線を開け」

 

 ばさりとマントを翻し、ラスタルは堂々と宣う。

 

「アリアンロッド艦隊総員に告げる。見ての通り反逆軍は条約で禁じられた兵器、ダインスレイブを警告も放たずに使用した。許し難い蛮行である」

 

 実行犯は自害したが、彼が反逆軍に加入する以前の経歴から事を起こすまでの行動――『アリアンロッドの仕込みであるという状況証拠』がしっかりと取られていることなどつゆ知らず、ラスタルは続けた。

 

「ゆえに我等は報復を行わねばならない。目には目を、歯には歯を。無法には相応の手段を持って報いよう」

 

 彼が用意した『報復の手段』。艦隊前面に配置された2個大隊72機のダインスレイブ装備型グレイズ。これを3分し3段撃ちを敢行する。これなら一度に放てる数は少なくなるものの、次弾を装填する間に生じる隙を大幅に減少することが出来る。要するに昔の鉄砲隊がやったのと同じ運用法であった。

 大昔の戦術であるが、ダインスレイブと火縄銃は驚くほど運用方法が似ている。ゆえに戦術が回帰するのは当然の流れと言えた。 

 ダインスレイブ隊の姿は反逆軍の陣からも確認できる。一時後退を指示されたコーリスなどは怒りを隠そうともしない。

 

「厚顔無恥にもほどがあるぞラスタル・エリオン!」

 

 見るものが見れば丸分かりのマッチポンプ。しかもご丁寧に『阿頼耶識を備えた部隊には後退を命じていないようだ』。足止めのつもりなのだろう。感付いたエース級などが自己判断で退避したりして上手くはいっていないようだったが。

 ともかく、布陣は成った。

 『思惑通りに』。

 

「そう、こちらが『艦隊ごと反応してみせれば、それが対策だと思うだろう』?」

 

 にい、と先頭に位置する艦の甲板上でバエルを立たせたマクギリスが笑む。

 同時にイサリビのオルガも。

 

「そして、アンタらは『その位置にしかダインスレイブを布陣できない』」

 

 アリアンロッド艦隊から見て地球を背にしているように見える反逆軍だが、ここで真正面からダインスレイブを放っても『地球に当たるわけではない』。なぜなら双方の艦隊は静止しているように見えて、その実衛星と同じく凄まじい速度で軌道を周回しているからだ。逆に言えば真正面から撃てば『絶対に地球には当たらない』。今更手遅れとはいえこれ以上各勢力との関係悪化を避けたいアリアンロッドは『真正面にダインスレイブ隊を配置するしかなかった』。

 

「ここまでお膳立てが整えば――」

「――対策の一つも思いつくさ」

 

 イサリビにて、『スイッチが押された』。

 

「ダインスレイブ隊、第1制射……」

 

 ラスタルが命を下すその直前で、双方艦隊の狭間を漂うコンテナランチャーの1部が起動。もしここで射撃管制がオートのままであったらば、この後のことは防げたかも知れない。だがマニュアルに切り替えた砲座は咄嗟に反応できなかった。

 放たれたのは、数十発に及ぶ巡航ミサイル。それは狙い違わずダインスレイブ隊の元へと殺到し、何らかのアクションを起こす前に近接信管が作動。赤黒い煙幕が広がると同時に、癇癪玉のような小爆発が無数に生じた。

 

「なにっ!? いかん、砲撃……いや、全艦回避行動を取れ!」

 

 ゆっくりと広がる煙幕の正体を悟ったラスタルが即座に指示を出し、艦隊が泡を食って回避し始めた。

 煙幕の正体はとうぜん特製ナノミラーチャフ。そしてそれと同時に硬化レアアロイ製の散弾が混入されたクラスター爆弾がたたき込まれたのだ。結果は当然。

 

「だ、ダインスレイブ隊、沈黙。全機から応答がありません」

 

 騒然とする中で、オペレーターの言葉が重く響く。ゆっくりと移動する煙幕の中から現れるのは、ずたぼろになり赤黒く染まったグレイズの群れ。一目で戦闘不能だと見て取れるほどの損傷具合であった。

 

「各艦、牽制の砲撃をしつつ陣形を立て直せ! 敵がつっこんでくるぞ。距離を維持しながら迎撃せよ!」

 

 混乱しつつある艦隊に向けて命じるラスタル。うかつなとほぞをかむ思いであった。ダインスレイブを読むであろうこと。そしてそれに対処するだろう事は当然読んでいた。だがダインスレイブ隊を一網打尽にする手段を用意していたのは計算外である。

 艦隊からの砲撃、あるいはMSによる強襲。それらの対しては十分の警戒していたが、ダミーだと思っていたコンテナをあのように使うとは。いや、最初からその算段で、ダミーとしての機能は見せ札であったのだろう。注意がそれたところで距離を詰めさせ、こちらが完全に油断したところで射程内に納めたミサイルを放つ。最初から全て計算尽くで仕込まれていたようだ。

 やってくれる。これで札が一つ完全に潰された。ダインスレイブがまともに使えれば、間合いを詰められるまで相手にそれなりの被害を与える事ができただろう。まさか1発撃つことすらできずに叩き潰されるなどと誰が予想するか。

 だが、まだだ。ラスタルの眼差しは、諦観とはほど遠い。

 

「聖剣を……『エクスカリバー』を使う! 敵艦隊の動きにタイミングを合わせろ!」

「司令! フォルク三尉の準備が整ったとのことです! いつでも出られますが」

 

 どうやら運はつきていない。ラスタルは不敵に笑むと声を張り上げる。

 

「よし、フォルク三尉を出せ! 攪乱にはちょうどいい。 彼女だけでなく前に出られる者は全部だ! ただエクスカリバーのタイミングだけは徹底して注意させろ!」

『了解っ!』

 

 まだ我らの勝利に揺るぎはない。ラスタルの態度からそう確信した隊員たちはにわかに活気づく。

 痛打は与えた。しかしながらまだ致命傷には届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダインスレイブ隊を退けた影響で僅かに生じた空隙。その間に鉄華団の主力は補給と機体の換装を行っていた。

 

「流星号のブースターは変形させてから取り付けろ! グシオンとは違うぞ!」

「グシオンの方は基本的に前と同じでいい! 得物だけ積み替えろ!」

「バルバトスは両腕のランチャーとシースメイスだけだ。ブースターはいらないってよ」

「ラーズグリーズは教官とおやっさんに任せとけ。俺らで手ェ出せるモンじゃねえぞありゃあ」

 

 突貫工事で仕上げられる機体。コクピットに乗り込みながら、シノはヤマギの説明を聞いている。

 

「ブースターに火が入ったら、後は全部機体の方がやってくれる。色気を出して手柄を、なんて考えちゃダメだよ? 多分そんな余裕ないから」

「分かってらい。行って帰ってくる。そんだけでいいんだろ?」

 

 口うるさいくらいに注意事項を述べるヤマギの頭を、がしがしと乱暴になでるシノ。「だから乱暴にしないでってばあ」などと文句を言いながらも、ヤマギはまんざらでもないと言うような様子であった。

 一方グシオンの昭弘はと言うと。

 

「こいつの加速なら一瞬で事は終わります。一応レールガンの調整もしましたけれど……」

「『まあまず当たらない』、か。……それでいい、奴らの意識を引きつけられれば十分だ」

 

 グシオンの調整を任されていたデインの説明に、昭弘は頷いて答える。シノもそうだが、今の彼は対G機能を強化したパイロットスーツに身を包んでいた。なにやらブースターを使った作戦に従事するようだが、今の会話からはそれがいかなる物か伺い知ることはできない。

 と、そこに辟邪の補給を終えたラフタがよってきた。

 

「昭弘ー、そっちはどう?」

「ああ、今終わる」

「そ。……アタシはついてけないけど、無茶するんじゃないわよ」

「まあそんなことをやってる時間もないんだが……注意する」

 

 ホント気をつけなさいよねー、などとぽんぽん昭弘の肩をたたきながら言う。その様子にデインは何か『違和感』のような物を覚えていた。それを気にしている間にも、会話は進んでいく。

 

「こっちの方は頼む。奴らも死にものぐるいで攻めてくるだろうからな」

「任せときなさい。イサリビにもホタルビにも近づけさせやしないわよ」

 

 自信満々に言い放つラフタを見て、デインは『それ』に気付いた。

 

(……なんか『ラフタさんの頬がちょっと赤い』?)

 

 そうそうそれで、とラフタはさりげなさを装って話を変える。

 

「アンタに渡しておきたいモンがあるのよ」

「? なんだ?」

 

 きょとんとした表情を見せる昭弘。その胸元をひっつかんで強引に顔を近づけたラフタは--

 むっちゅうううううううううううううううう!

 ……ってむさぼり食った。

 ぴき、と格納庫内の空気が凍る。唖然と皆が動きを止める中、思うがまま存分に昭弘の口内を蹂躙したラフタは、きゅぽん、と音を立てて彼を解放する。

 

「ァ……が……な……?」

 

 呼吸することも忘れ目を白黒させながら呻く昭弘に、ラフタは頬を赤く染めたまま笑いかける。

 

「ちゃんと渡したわよ」

 

 そう言って照れくさくなったのか、彼女は身を翻して己の機体の方へと跳ぶ。その途中で振り返り、華もほころぶような笑顔でこう宣った。

 

「帰ってきたらもっとすごいことしてあげるから! がんばんなさいよー!」

 

 そういって彼女は今度こそ辟邪のコクピットに消えた。

 残された昭弘は、なんか青くなったり赤くなったりと忙しい。口元に手を当てた彼は、呆然とした声で呟く。

 

「もっとすごい事って……俺何されんの」

 

 周りの人間は砂を吐いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バルバトスは補給を受けただけで、外観の変化はほとんど無い。両腕に追加された200㎜砲のみが新規の物で、それ以外は今まで使っていた物を備えただけである。

 機体のコクピットでは、三日月がアトラから受け取った食事を口にしていた。

 

「ん、今回のは暖かいね」

「でしょ?」

 

 ホットサンドをスープで流し込む。腕を上げたアトラの料理は、舌をやけどしない程度でありながら確かに温かかった。よほどきちんとタイミングを計っていなければできない芸当である。

 

「次も暖かいのにするね」

「ありがと。楽しみにしてる」

 

 手を振りながら次の差し入れに向かうアトラを見送って、三日月は指に付いた食いカスを嘗め取りつつ呟く。

 

「次の飯までに、ケリつくかもだけど」

 

 そして、一番換装に手間取っていたのがラーズグリーズである。

 

「足首の交換、終わったぞ!」

「オーライ。アジャストする、いったん離れてくれ」

 

 ラーズグリーズの足首は、バルバトスと同じようなヒールの高い物に交換されていた。蹴りつけの衝撃を和らげるための物であるが、最終調整に手間取って今まで装備されていなかったのである。その他にも腰の後ろに尻尾のような追加ブースターを備え、マシンショットガンやグレネードランチャーなどを提げていた。

 

「おし、いける。後は実地でやれるな」

「また戦闘中に調整する気かよ。やめろたあ言わないが」

 

 この男には何を言っても無駄だと、諦め気味に肩をすくめ雪之丞がコクピットに身を寄せる。

 

「『例の仕込み』は2発だけだ。使いどころをしくじるなよ?」

「使わなきゃそれに超したことはねえがな。……下がってくれ。そろそろ出るぞ!」

「もうかよ? 攻勢に出るまでにはまだちょっと余裕あんぞ?」

 

 雪之丞の問いに、ランディはにっと笑みを浮かべ答えた。

 

「多分そろそろ『本命のお客さん』がくる頃さ。デートに遅れるわけにゃあいかんだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 艦隊の立て直しが続く中、スキップジャックに備えられた大型貨物搬入用のハッチが開く。

 そこから現れたのはMS……『ではない』。中央部にレギンレイズのボディが埋め込まれ、無数のスラスター群と武装で構成された巨大な金属塊。通常のカタパルトが使えないため、このような形で射出されるのだ。

 それは金属のドラゴンにも、宇宙から飛来した未知の昆虫にも見えた。深紅の機体がコクピットに納まったマリィは、浮つく心を抑えられないような表情で、熱い吐息のようにも思える口調で告げる。

 

「【レギンレイズ・モルガン・ブライド】。出るよ」

 

 狂気を内包した鋼の魔獣が、今戦場に舞い降りる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *今回のえぬじぃ

 

「いやアレマジで役立てる人間いるとは思わなかったアルよ」

 

 ↑ものすごい数の在庫が処分できたのでほくほく顔の某武器商人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 仕事納め! その直前で風邪に倒れる男捻れ骨子!
 ……しんどかったですげほげほ。

 ともかく風邪を治しつつ今年最後の更新でございます。またもや無理矢理つっこまれるエスコン感。それぞれチームのメンツは適当極まりないぞ! モデルはいるけど果たしてどこのどいつやら。(なお原形はとどめていない模様)そしてカードの出し合いつぶし合いが本格化して参りました。まだ双方共に手札は残っている模様。果たしてどう切っていくのやら。
 マリィさんも満を持して登場し、いよいよ話はクライマックスに……向かうのか!? なんか肉おじイヤな予感のする単語をだしてるけど大丈夫なのか。果たして勝負の行く末やいかに!

 ……と言ったところで来年に続きます。さて一体どこまで引っ張れるやら。()

 そんなこんなで、皆様今年も大変お世話になりました。また来年もどうかよろしくお願い致します。
 それでは良き年末を。

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