イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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 今回推奨戦闘BGM『思春期を殺した少年の翼』


42・そのままそこで朽ちていけ

 

 

 

 

 イオクの討伐へと向かう最中、艦内にてザックは機体の整備に追われていた。

 なにしろ阿頼耶識システム担当班長として抜擢され、給料が上がると同時に責任を負わねばならない仕事が増えた。泣き言を言いそうになりながら、デインを助手として引っ張り込んで、なんとか仕事をこなしていく。一息つく頃には汗だくだった。

 

「ふい~、やっとこさ片づいたか」

「お疲れ。ほい」

 

 一言ねぎらいの言葉をかけたデインがドリンクチューブを差し出す。それを受け取って封を切りながら、ザックは言う。

 

「さすがにグシオンとフラウロスは手間取ったな。バルバトスほどじゃないけど」

「新型のシステムだからか……けど」

 

 デインは首を傾げる。

 

「バルバトスだけやたらと手間取るのはなんでだ? システムは同じはずなのに」

「ああ、そりゃ『三日月さんの方が面倒なのさ』」

 

 どういうことだとデインが訊ねれば。

 

「三日月さんは3回阿頼耶識の手術を受けてる。で、システム変更後は3倍量のナノマシンが活性化して、やりとりするデータ量が桁違いになってんのさ。その分調整も面倒ってわけだ。まあかわりに性能も桁違いなんだけど」

「じゃあみんな追加で阿頼耶識の手術受ければ……」

「同じ事聞いたら、そいつは無理って先生(キシワダ)言ってたぜ。なんでも阿頼耶識を複数回施術すんのは『本来想定されていない』んだと。受ける回数が多いと性能が上がるっていうのはこれまでの無茶苦茶な環境の中で偶然発見された要素で、実際の所安全性が上がった今でもヤバいらしい。三日月さんの3回ってのはもう奇跡とかそういう領分だってよ」

 

 三日月のような成功例の裏には、恐らくとてつもない数の犠牲があったはずだとキシワダは見ていた。ゆえに研究が進み安全性が確立されるまでは複数回の施術は禁止すると宣言している。そして今のところ確立する目処は立っていない。ほぼ唯一の阿頼耶識システムが権威をしてそう判断せざるを得ない危険性がどれほどのものか。想像に難くない。

 と、そんな話をしている所に、自分の機体の調整を行っていたチャドとダンテがやってくる。

 

「お、そっちも休憩か」

「はい、何とか一通り片づきましたんで」

「あとは再チェックだけか。……頼むぜ、今回の仕事はマクマード会長直々の依頼だ。手は抜けねえからな」

 

 なんという事のない会話。そんななか、デインが妙に浮かない顔をしていることにチャドが気付いた。

 

「どうしたデイン、なんか気になることでもあるのか?」

「あ、いやその……」

 

 問うべきかどうか躊躇っていたデインだが、意を決して疑問を口にする。

 

「その、マクマード会長の依頼ですけど……なんでまた今回に限って『敵の殲滅』っていう指示が出されているんでしょうか?」

 

 これまでマクマードが鉄華団に戦闘系の依頼を出したことは幾度かある。しかし今までは相手の処遇に口を出すことはなかった。鉄華団も、降伏した相手をむやみに虐殺するような真似はせず、手当すらして火星支部に引き渡すなりしていた。

 だが今回に限ってGH艦隊を殲滅するよう言い含められている。これまでにない強気の姿勢に、デインは疑問を抱いていたのだ。

 彼の問いにチャドとダンテは顔を見合わせてから、応える。

 

「そうだな……いくつか理由はあるんだがまず一つ。『見せしめ』、だな」

「徹底的にGHと敵対するという意思表示。同時にGHと敵対するであろう他の組織に対して実力を示し同調を促す、ってことを目論んでるんだろ」

 

 チャドは2本目の指を立てた。

 

「二つ目。『相手の戦力を削る』。情報通りなら相手は6隻。ハーフビーク級だけで40隻以上っていうアリアンロッドからすれば一部でしかないけど、それでも第2艦隊の半分で、司令官も乗ってる」

「片づけられりゃ後が楽になるって寸法さ。最低でも第2艦隊はまともに機能しなくなるから、向こうも立て直しが必要になるだろ」

 

 そして、とここから先は声に出さずに、二人はマクマードの思惑を推察する。

 

((多分、『俺達を護りやすくする』って理由もあるんだろうなあ))

 

 本気で敵対するならば、容赦なく叩き潰しに来る。たとえ相手がこの世界の事実上の支配者、GHであろうとも。そのような組織であれば、大概の組織は手を出すことを躊躇するだろう。もちろん危険性を理解し搦め手で何とかしようという輩も出てくるだろうが、そういうのはテイワズの領分だ。いずれにせよ、余計な手出しをされる可能性はぐんと減る。そう言った目論見もあるのだろうと二人は、いやオルガを筆頭に幹部連中は睨んでいる。

 

「ま、いずれにしろ今回の仕事はきっちりカタに嵌めなきゃならない」

「そういうこった」

 

 そう締めくくり、二人はダストボックスへ飲み干したドリンクチューブを放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうは言うものの、こうも一方的だと少し哀れになってくるな」

「楽なのは良いことだぜ。多分」

 

 デブリを遮蔽物にしてレールガンを打ち込むチャドの言葉に、突出してくる敵機の妨害をしているダンテが応える。

 確かに戦況は一方的と言って良いものであった。デブリに囲まれ身動きが取れなくなった艦隊と、同じく思うように動きが取れずほぼ防戦に徹しているMS部隊。かてて加えて重力の異常が感覚を狂わせ、まともに機動することも難しい。デブリでの活動に慣れた鉄華団にとっては、鴨撃ちにも等しい状況だ。

 

「ハッシュ、前に出すぎるなよ。こっちに突っこんできたのだけ相手すりゃいい」

「う、うっす」

 

 ダンテに注意され、機体を留めるハッシュ。大分揉まれて技量を上げた彼であるが、幹部連中から見ればまだまだ危なっかしいと言ったところだ。この戦況でも油断させるわけにはいかない。

 『この戦いは前哨戦にしか過ぎない』。幹部たちはそれをよく理解していた。

 片やハッシュであるが、この戦いの背景などはよく分かっていない。ただ彼は、三日月がどれほど強くなったのか。そしてその戦いぶりを目に焼き付け、少しでも己の糧にしようとすることしか頭にない。

 

「来るか……どれくらいのモンになってるんだ?」

 

 その三日月駆るバルバトスは、戦場を見下ろすような位置にあるデブリの上で対艦ソードメイスを担いで跪き、戦況を伺っている。

 

「なるほど、よく見える。……いや、『感じる』」

 

 カメラアイが捉える光景が、センサーやレーダーから送られる情報が、『感覚として感じ取れる』。そしてそれが『情報として理解できる』。

 数値の羅列ではなくどの数値が何を示していてどういった風に感じられるか。全てが理解できていた。完全に同調した機体のメインシステム、そして補助脳として機能する三倍量阿頼耶識ナノマシン。それらが単なる一体化ではなく、より完成度の高いシステムとして成立している。半ば偶然であるが、それは本来の阿頼耶識システムと同等以上の性能を発揮していた。

 それに三日月の鍛え上げられた技量とセンスが加われば。

 

「……そこだ」

 

 複雑に移動するデブリ。交戦するMSの位置と機動。艦隊の配置。手に取るようにそれらを読みとり――『道を見出す』。

 デブリを蹴り、跳ぶ。瞬時に最大加速。

 群雲のように漂う無数のデブリ、その隙間を縫うように、最小限の蹴りつけで軌道を調整し、一直線に敵艦へと向かう。それは雷光よりも速く--

 

「て、敵MSはんの」

 

 オペレーターの台詞ごと、ブリッジがまっぷたつに断ち割られた。その一撃は艦橋を破砕するに止まらず、艦の竜骨にすら歪みを与え、致命傷を与える。

 一瞬、そしてただの一撃。それだけで、ハーフビーク級が沈黙した。その事実にGHの隊員たちはしばし惚けてしまう。

 

「……ばか、な」

 

 そんな彼らの目の前で、爆煙からゆらりと姿を現す影。眼窩に赤い光を灯した、白き鬼神。

 

「う、うああああああ!」

「この、この化け物め!」

 

 錯乱した兵が策も何もなく銃を乱射する。着弾の火花が散る中、バルバトスはゆっくりと睥睨し――

 駆け抜ける。

 一閃にて、3機のレギンレイズが『粉砕』された。MS1機分はある重量物が目にもとまらぬ高速でぶちかまされたのだ。その威力の前では、ナノラミネート装甲など紙にも等しい。さらにその勢いを殺さぬまま――

 次なる艦の、艦橋が根本に刺突。先端が食い込んだソードメイスの中心線に、紫電が走る。

 仕込まれているのは、電磁射出式のパイルバンカー。その破壊力は、一撃で艦橋を根本からへし折る。襲撃された艦はたちまちに沈黙させられた。

 瞬く間に2隻が潰された。それを遠目で確認しながら、ランディは笑い声をあげる。

 

「はっはァ! やるじゃねえか、こいつは負けてられねえなァ!」

 

 負けず劣らずの電光がごとき機動で、敵艦に向かって突撃。真横からランスっぽい得物を突き込み装甲をぶち破る。

 それは300㎜滑空砲にランス状の外装を備えた、簡素といってもいい急造武器であった。しかし簡素ながらそれは歪まず曲がらず深々と突き刺さり、そしてためらいなく引き金が引かれる。

 装填されていたのは徹甲炸裂弾頭。内部構造を貫き中枢に至ったその弾頭の中身は、『サーモバリック爆薬』。

 固体の化合物を気化させることで粉塵と強燃ガスの複合爆鳴気を作り出し、これを爆発させる爆薬。酸素が無くても自己分解のエネルギーだけでも爆発する物質を生成するため、酸素が不足する燃料過剰の状態、あるいは真空中でも爆発させることが可能。このため、空気の量が限られている密閉空間内でも爆発する。それが艦内で炸裂すれば、結果は言うまでもない。

 爆発と共に、艦が『まっぷたつにへし折れた』。それを背後にいち早く離脱したラーズグリーズが、次なる得物を求めてカメラアイを光らせる。

 

「お代は見てのお帰りだ。ただし三途の川の六文銭だがなァ!」

 

 艦隊の半数があっという間に沈黙した。そしてほどなく残りの艦も同様に沈められるであろう。たった2機のMSでそれを成す。絶望と言うにも生ぬるい現実が、イオクに叩き付けられていた。

 

「ばかな……こんなばかなことが……こんなことがあってたまるかっ!」

 

 声を張り上げ目の前の現実を否定しようとする。当然そんなことで状況が変わるわけはない。

 

「イオク様! ここはお下がりください! 旗艦へ!」

「この場は我々が! 恥を忍び、捲土重来を期して撤退を!」

 

 イオクを庇い果敢に前へと出る部下たちの機体。しかしそれも満足に反撃できず、1機、また1機と沈黙させられていく。

 そして艦隊の残りも。

 

「2つ目ェ!」

 

 1隻がへし折られ。

 

「3つ」

 

 1隻が叩き潰される。

 残すは旗艦のみ。

 

「張り切ってるじゃねえか三日月。機体の方も上がり調子みてえだしよ」

「さっさと終わらせて帰って、アトラの飯が食いたいから。仕事が仕事だから今回連れてきてないしね……っと」

「この悪魔がああああ!」

 

 高速機動の最中気楽に言葉を交わすランディと三日月。そこにデブリを盾にして数機のレギンレイズが襲いくる。

 しかし三日月はあわてず騒がず。

 

「見えてるよ、全部」

 

 きゅば、と何かがバルバトスの背から射出される。それは複雑な軌道を描いて、死角から敵部隊に襲いかかった。

 

「ぐぎゃ!?」

「なんだ!? なにがっ!」

 

 コクピットを貫かれ、デブリに叩き付けられ、あっという間に1個小隊が壊滅する。それを成し終え、バルバトスの背中に戻る物。銛のような形状をしたそれは、大破したハシュマルから移植したテイルブレードである。テイワズの技術陣はそれを、阿頼耶識システムを応用した思考誘導兵器として再生したのであった。

 そしてバルバトスが敵を一蹴する間に、ラーズグリーズは旗艦の懐へと潜り込んでいる。

 

「回避! 回避を……」

「じゃあな」

 

 隊員たちが何をしようとも間に合わず、艦橋の真上からランスが深々と突き刺さる。そして無慈悲にトリガーは引かれた。

 爆発。そして轟沈。これでイオクが率いてきた艦隊は壊滅となる。

 

「あ……あ……」

 

 次々と散る部下。そして蹂躙された己の艦隊。否応なく叩き付けられる現実に、イオクは魂を失ったように惚けていた。しかしやがてその表情が歪む。

 

「おのれ……よくも、よくも私の部下たちを! 私の艦隊を!」

 

 涙を流し、怨嗟の声を上げるイオク。憎悪に歪んだ顔で、モニター向こうの戦場を睨み付ける。

 

「許さんぞ鉄華団! 卑劣な罠で我々を貶めた報い、今ここで!」

 

 これまでなら、周囲の部下たちが全力で止めていただろう。だが今はそれもなく、また生き残っているものたちも戦場のあちらこちらで苦戦し、とてもではないがよそに気を回している余裕はない。

 つまり、イオクを止める者は誰もいない。

 

「うおおおおおおおおお! 我が乾坤一擲の一撃をおおおおお!!」

 

 レールガンを撃ちまくりながら、イサリビに向かって突撃を敢行するイオク。その無謀は、当然ながら通じない。

 突如、強烈な衝撃が横合いからイオクを襲う。

 

「がっ!?」

 

 そのまま機体ごとデブリへと叩き付けられた。レッドアラートが響き、各所から火花が散るコクピット。乱れるモニターの映像は、レギンレイズを踏みつけるような形でのしかかるMSの姿を映し出している。

 

「色が違うから隊長機かと思って不意打ちしたんだけど……なんだこいつ、俺より素人じゃないか」

 

 それはハッシュの獅電。不用意に飛び込んできたイオクの機体をインターセプトしたのであった。

 そうとは知らないイオクは「貴様! 卑怯な……」などと言いつつ抵抗しようとするが、当たり所が悪かったらしく機体はうまく動かない。それに構わず獅電は得物のトビグチブレードを振り上げる。

 

「悪いな、今回は情け無用なんだってよ」

「ま、待て……っ!」

 

 通信が通じていないことも分からぬままイオクが制止の声を上げるが、当然止まるはずもない。

 勢いよくトビグチブレードがレギンレイズの胸部に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵MS部隊、全機掃討しました。敵艦も全て沈黙。生き残りが内火艇で脱出を図っているようですけど、どうします団長」

「放っておけ。なぶり殺しにするつもりはねえが、わざわざ助けてやる義理もねえ。どのみちここから生きて出られやしねえよ」

 

 このデブリベルトの奥地、内火艇では脱出どころかまともに航行することだってできはしまい。少し離れればアリアドネは疎かLCSの通信すらまともに届かないこの空域に救助の手が伸びる可能性は低く、脱出を図った彼らは緩慢に死んでいくしか道はなかった。

 ふう、と小さくため息。そうしてからオルガは全員に通信を開く。

 

「状況終了、撤収するぞ。テイワズの艦と合流後、歳星に向かう。忘れ物すんなよ?」

 

 戦いが終わったことを告げると、一気に場の緊張感が解ける。やはり皆気を張っていたらしい。

 元々ゆるんでいた首元のネクタイをさらにゆるませるオルガの元に、ホタルビを仕切っていたユージンから通信が入った。

 

「お疲れ。こっちは滞りなく撤収作業に入った。損失損傷は無し、全員無事だ」

「ああ、こっちも問題ない。……なんとかやりこなしたな」

「だな。……けど本番はこっからだぜ」

「分かってるさ。だが今は少しでもみんなを休ませてえ」

「おう、じゃあとっとと引き上げるか」

 

 多分ユージンも、いやこの仕事に従事した多くの者が後味の悪さを覚えていることだろう。一方的な虐殺など、気分のいい物ではないのだから。

 この思いは忘れてはいけないと、オルガは思う。忘れてためらいなくこのような仕事をこなすようになってしまえば、『GHと同じような物になってしまう』という危惧があった。必要でなければ、決して手を染めてはいけないと改めて自戒する。

 

「……できればこんな仕事は、これで最後にしたいもんだ」

 

 小さな呟きは、しかし存外重くブリッジに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イオク・クジャンはまだ生きていた。ハッシュが打ち込んだ一撃は、機体の機能をほぼ停止させたものの、コクピットを完全に潰すまでは至らなかったのである。

 これは機能を停止させればそれでいいと事前に言い含められていたゆえに、完全にとどめを刺されなかったからであるが、それは幸運でも何でもなかった。

 

「くそ、くそ! うごけ、動いてくれェ!」

 

 赤く染まりアラート音ががなり立てるコクピットの中、半狂乱でがちゃがちゃと操縦桿を動かすイオクであったが、機体はうんともすんとも反応しない。

 ここまで窮地に陥ったことなど今まで一度もなかった。訓練を重ね経験を積んでいれば、最低でも無謀な突撃など選択せず、たとえ機体が機能停止に陥っても脱出を計るくらいはやってのけれただろう。しかし部下におんぶでだっこといった具合であったイオクは、パイロットとして基本的なサバイバルの方法すらろくに覚えていなかった。

 

「だれか! おいだれかいないのか!」

 

 部下に通信を繋ごうとするが、受け取る相手はすでにいない。内火艇にて脱出したものたちはイオクの行方を懸命に捜そうとしていたが、内火艇の非常用通信機器ではデブリベルト奥地で機能を発揮しきれず、また思うように航行できないため難航しているのであった。(それ以前に彼ら自身がすでに詰んでいるのだが)

 救いのない窮地に、イオクは正気を失っていく。歪んだコクピットハッチを叩き、無駄な叫び声を上げ続ける。

 

「だれか……だれかァ! 返事をしろ! 私はここだぞ!」

 

 彼は気付かない。この期に及んで『誰一人部下の名前を呼んでいないことに』。『信を寄せ頼れる配下など、一人もいないことに』。もっとも気付いたところですでに手遅れだ。

 涙と鼻水を垂れ流し、彼は無意味に声を張り上げ続けた。

 

「私は、私はここで……こんな所で! だれか……だれか! ラスタル様! いやだ! こんな所はいやだあああああ!」

 

 ゆっくりと黄土色のレギンレイズを乗せたデブリは流れゆく。デブリベルトの奥へ、奥へと。

 

「ラスタル様ァ! だれかァ! 私は! 私を! たすけて……」

 

 真空に声は響かず、イオクの機体は闇の中へと消えていく。

 いずれ電源は落ち、酸素は尽きるだろう。それまでに助けが来る可能性はきわめて0に近い。いや、『ほぼ確実に来ない』。

 イオク・クジャンは、誰にも顧みられることなくじわじわと朽ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄華団が歳星に帰還してすぐ、テイワズの幹部会が開かれた。帰還したばかりのオルガも呼び出され、末席に座している。

 

「今日お前らを呼び出したのは他でもねえ。今後の方針について話しておきたいと思ってな」

「それは構いませんがね親父、ジャスレイの旦那が見あたりませんが?」

 

 前置き無く切り出したマクマードに、幹部の一人が問いかける。それに対して、マクマードはこともなげに応えた。

 

「ああ、ヤツは『大病を患って』な。多分もう『病院から出てこれねえ』」

 

 その言葉に、マクマードの全盛期を知る幹部たちは震え上がった。事実確かにジャスレイは病院のベッドの上だ。しかし『頭半分吹っ飛ばされて、無理矢理機器で心臓を動かされている状態』を生きていると言えるのかどうか。

 財産関係を処理するのに必要な生体認証などを行うためだけになされている処置。それはマクマードが最盛期に裏切った部下やら打倒した敵組織の利権を奪うときによく使った手段だ。今後自分達が裏切ったりすれば『容赦なくやる』。言外にそう示しているのだと、否応なしに理解せざるを得ない。

 戦慄する古株の幹部。そうでないものたちも、ただならぬ空気に緊張感を漂わせる。重苦しい雰囲気の中、マクマードは敢えて軽い口調で言う。

 

「余計なことをしなければ、『病気』にはならんさ。気を付けろよ? ……それはともかくとして本題だ。これより先、テイワズはマクギリス・ファリドを支援し、アリアンロッドと雌雄を決する方向で舵を取りてえと考えている。異存のある者はいるか?」

 

 唐突な宣言に会議場がざわつく。GH最大戦力であるアリアンロッドは、その武力で圏外圏にすら多大なる影響力を与えてきた。直接ではないとはいえ、対立の姿勢を取るのは無謀ではないか。そういった空気が流れる。

 それを見やって、マクマードは再び口を開く。

 

「不安になるのも仕方がねえ。だが……ついこの間、第2艦隊6隻を、司令官ごと始末させた」

 

 ざわめきが大きくなる。疑心暗鬼になる者も多かったが、次なるマクマードの行動で沈黙するしかなかった。

 スクリーンに映し出される、第2艦隊の壊滅。その光景は何よりも雄弁に事実を伝えている。

 

「このように、罠に嵌めてな。たしかに条件を整えてやっとのことに見えるが、逆に言えば『条件さえ整ってしまえば、アリアンロッドにも十分対抗できる』。やつらは不死身でも何でもねえ。なりはでかいが俺達と同じ人間だ。そして……俺はマクギリスという男が、連中と事を構えるに十分な力を持っていると判断した」

 

 手元に渡った資料を見ながらマクマードの言葉を吟味する幹部たち。数値だけ見れば彼が集められる戦力はアリアンロッドの半数ほど。それに鉄華団が加われば、やりようによっては勝てる戦力差ではある。だがこれが決め手になるものなのか。まだ疑念を持つ幹部たちに、マクマードは『燃料』を投下する。

 

「この戦力だけじゃねえ。マクギリスは『アーヴラウを筆頭に経済圏をいくつか抱き込んでいる』。GHに反旗を翻すと同時に、政治的な圧力をかけるって寸法さ。テイワズもそれに便乗させてもらう」

 

 再び場がざわめく。単に武力によって制圧するのではなく、GHが孤立する包囲網を敷いて追い込もうというのだ。GHの図抜けた武力であれば戦いを切り抜けることは出来るかも知れないが、その後の政治闘争で勝ち目があるかどうか。

 

「要はこの戦、戦場の勝ち負けじゃねえんだ。受けた時点でアリアンロッドは不利になる。やつらは絶対戦いに負けられねえが、マクギリスはそうじゃねえ。敗退してもやりようがある。言ってみればもう『勝ち筋は決まってる』のさ。ここまでお膳立てされて、見逃すにゃあ惜しい話だと思わねえか?」

 

 幹部たちの目の色が変わった。確かにこれならばアリアンロッドを圧することが出来そうだ。その後の利権にどれだけ食い込めるか。勝負のしどころであることには違いない。

 大分場の雰囲気が乗り気に色づいてきた。それを確認してマクマードは――

 

「多分俺の最後の大仕事だ。派手にやりてえよな」

 

 『己の引退をほのめかした』。

 今度はざわつくどころか目に見えて驚愕の声を上げる幹部たち。まああまあと幹部たちを宥めて、マクマードは話を続ける。

 

「こんな大仕事だ、俺もかなり骨を折らなきゃならない。さすがにその後いつまでも頭張ってるって訳にはいかねえ。いい加減隠居も考えるってもんよ」

 

 そこでだと、にやりと意味ありげに笑みを浮かべる。

 

「『有望な奴を、養子にしてみた』。……おう、挨拶しな」

 

 促され会議場に入ってきたのは、マクマードと同じく羽織袴姿の男。その男は深々と頭を下げてから、緊張しながらも堂々とした態度で言葉を放つ。

 

「『名瀬・バリストン』と申します。若輩者ではございますが、皆様にはなにとぞお引き回しのほど、よろしくお願い致します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幹部会が終わってすぐに、オルガは名瀬に呼び出され個室で杯を交わしていた。

 

「驚きましたよ。親父も大胆な手を打ったもんです」

「『圏外圏だからこその裏技』さ。まあ俺もこんな事になるとは思っていなかったんだが」

 

 迂闊なことは言うもんじゃねえと、少しの後悔を含んで名瀬は言う。

 圏外圏は正式にどこの経済圏に属しているというわけではない。ゆえに戸籍データなどは『一応』共有していると言うだけで、いくらでも誤魔化しようがあった。そも宇宙生活者であった名瀬の個人データは元々いい加減なものである。一度死んだことにして新たなデータをでっち上げることなど容易い。

 とは言っても堂々とこのようなことをやってのけるのだ。アリアンロッドに対する意趣返しの意向が多分に含まれているのだろう。同時にマクマードの『本気』が感じ取られた。

 

「GHの武力闘争。それに乗じた大規模の変革。親父はそれに真っ向から立ち向かう気だ。そのために俺を後釜に据えた。……そして自分は『テイワズの暗部を一手に引き受ける』腹積もりなんだろう」

「テイワズ自体も変えていく。確かに親父は前からそんな素振りを見せていましたね」

「ちまちまと不正を潰していくだけじゃ埒があかねえと思たんじゃねえかな。アーヴラウでやらかしてくれた阿呆のこともあるし」

 

 あのような手合いを出さないためにも、組織は改革するべきだ。しかも大胆に。今回のことはそれに都合が良かった。そう言うことなのだろうと名瀬は判断している。

 

「どっちにしろ、俺はもう迂闊に動けなくなった。タービンズの再編成の事もあるしな」

 

 名瀬自身もタービンズも、軽率な行動は出来ない。GHの闘争に関しては、全面的に鉄華団へ任せるしかなかった。

 済まないと、名瀬は頭を下げる。

 

「俺は自分の女房たちの仇も討てねえ、情けない男だ。かてて加えて面倒を全部お前らに押しつけちまう。……だがそれでも、頼む。命を張ってくれねえか」

 

 もちろんオルガの答えは決まっていた。名瀬に面を上げさせ、彼は力強く言う。

 

「兄貴が気に病むことはありません。これはもう俺達の戦いだ。必ず、アリアンロッドに一泡吹かせて見せます」

 

 その言葉に迷いはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラスタルの元に、とある人物から連絡が入った。

 

「あんたらとは金輪際縁を切らせて貰う」

 

 開口一番に縁切りを申し出たのはマクマード。元々薄い繋がりを保っていた彼らであるが、その細い線すら断つと彼は宣言する。

 内心の動揺をおくびにすら出さず、ラスタルは応えた。

 

「クジャン公の独断専行については申し訳なく思っている。もちろん相応の補填もさせてもら――」

「3度だ」

 

 ラスタルの台詞を、マクマードは容赦なく叩き切った。

 

「アーヴラウとの商談。火星のハーフメタル採掘場。そしてタービンズ。うちの商売をことごとく潰してくれたよなあ? 仏様でもぶち切れるってもんさ」

 

 今のマクマードは最盛期に近い気迫を持って相対している。加えてアリアンロッドに対して勝算もあった。もはやラスタルの顔色を窺う必要もないと強気である。

 

「クジャン家の御曹司が独断だった、ってなら尚更だ。あのお坊ちゃん、真っ先に非武装の輸送艦を襲わせたそうだぜ。手下の躾も出来ないような人間、商売人としても個人としても信用がならん」

 

 ぎ、と微かにラスタルの口元から歯ぎしりの音が聞こえた。イオクを教育しそこねたのがこういう形で響いてくるとは。直接的な被害ではないが、圏外圏とのルートが失われるのは痛い。かといってこの調子では交渉するのも難しかろう。

 

「まあ、あんたが今度の騒ぎを乗り切ったんなら先のことを考えても良いが……まずはてめえがどうやったら無事で済むか考えるんだな」

 

 そう言って通信は切られる。みしりと席の肘掛けが鳴った。

 ラスタルは、アリアンロッドは追い込まれていく。じわじわと真綿で締め付けられるかのごとく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴィーンゴールヴ、ヘイムダルのために用意された区画の一室にマクギリスと石動は赴いていた。

 ドアが開けばそこに待ちかまえていたのは、幾人かの青年将校たち。監察局、警務局、艦隊など様々な部署の所属らしい彼らは、一斉に敬礼を行った。

 

「お待ちしておりました、ファリド『代表』」

 

 一人の将校の言葉に、マクギリスは頷く。

 

「諸君、よく集まってくれた。……それでは始めようか、慎ましくな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

「え? あれ敵の大将だったの? ……マジで?」

 

 ↑実は大金星を上げていたが相手が相手だったのでいまいち実感のないハッシュ君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 うん、10年近くろくにメンテナンスもしてなかったら壊れるよねPC。
 でもぎりぎりまで買い換えない捻れ骨子です。

 などとアクシデントがあったりしましたが何とか更新いたしました。そして皆様お待ちかねイオクの最後だぜやっふーーー!!
 いやあ長かった長かった。別に意図した訳じゃないのにこの人粘る粘る。話の流れ的には予定通りだったんですが、そこにたどり着くまでがもうね。ともかくイオクに関してはやっと決着。『雑魚のように一蹴され、うち捨てられた挙げ句、真綿を締められるように朽ちていく』。という顛末となりました。その終焉はぼかしてありますが、ここから生き延びることは出来ないでしょう。……出来ないよね?

 まあつまらない死に方をした人はさておき……バルバトス強すぎて戦闘シーンあっさりしすぎ問題。 正しく鎧袖一触としか言いようのないこのありさま。原作ままだったらアリアンロッド風前の灯火なんですけど、果たしてそう簡単に勝利できるのか。まだマリィさんとかガリガリ仮面とかそのあたりが残っているぞ? ジュリ子? 誰だっけマッハで忘れちゃったよ(酷)

 そんなこんなで、今回はこの辺でお開きとさせて頂きます。
 さーて、祝杯上げてこよーっと。

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