今回戦闘BGM、アニメ【カウボーイ・ビバップ】OP、【Tank!】でいってみよう。
「ミカが!? そりゃ一体どういう事だ!」
ランディ達を送り出した直後、歳星のビスケットから通信が入る。それはオルガを仰天させた。
バルバトスの最終調整で、機体のシステムと接合された途端、三日月が意識を失ったというのだ。神経質なまでに安全の配慮をし事に挑んだというのに、なんでそうなるとオルガは食って掛かるが。
「先生が言うには、安全的には問題ないって事らしい。ただ何で意識が失われたのかまではまだ分からないって」
「……本当にそれは大丈夫なのか?」
「ともかく今は、作業としては順調にいっているっていう先生の言葉を信じるしかない。オルガはタービンズ関係のことに集中して。状況が変わったらまたすぐに連絡を入れる」
「分かった。頼んだぜ」
通信を切ったオルガは、大きく息を吐きながら天を仰ぐ。
「次から次へと……なんだってんだよもう」
そんな彼の様子を見て、作業中のメリビットが声をかける。
「少し休まれたらどうです? 大分参っているように見えますし」
「……わりい、気を使わせた」
姿勢を正し、オルガは苦笑した。
「下手に休んだら、色々考えて逆に疲れちまいそうだ。先にやるべきことをちゃっちゃと済ませるさ」
そう言ってデスクに向き直り、作業を再開する。「またそうやって根を詰める……」などと呟くメリビットは不満そうだが、オルガの言うことにも一理あると思ったのか、意見を押しつけるつもりはなさそうだ。
キーボードに指を走らせながら、オルガは祈るように思う。
(なんだかよく分からねえが……ミカ、お前はこんな所で立ち止まってるタマじゃないだろ?)
そして歳星では。
「バイタルデータは安定しておるの。レム睡眠に近い状態、か?」
「システムの書き換えとプログラムの打ち込みは正常っす。気を失うほどの急激な進行じゃないはずなんすけどねえ」
三日月とシステムチューニングの課程をモニタリングしているキシワダとザックが揃って首を捻る。
作業自体は順調すぎるほどに順調だ。だがなぜ三日月が意識を失っているのかが分からない。阿頼耶識システムにおいては右に出る者が居ない技術者と、システムエンジニアリングに関しては図抜けた才能を持つ秀才の二人をもってしても分からない事態。当然周囲のものたちは不安に思う。
「先生、三日月は大丈夫ですよね?」
三日月の世話をするために歳星に居座っていたアトラが、涙目でキシワダに詰め寄る。
その様相にさすがのキシワダもたじろいだ。
「う、うむ大丈夫じゃぞ? 多分、きっと」
「多分やきっとじゃダメでしょお!?」
「げ、原因は分からなくともデータ上は安定しておるし、異常は見あたらんのじゃ! 上手くいっておると判断するしかないじゃろお!?」
半ば逆ギレし始めるキシワダ。そんな光景を背後に、あ~も~ほっとこうとか思っているザックが各種データを再チェックし――
「……ん? もしかして……先生!」
「大体こういう場合目覚めたら覚醒するものと相場が……ってなんじゃい」
「いやここ、三日月さんのピアスと機体のメインシステムのやりとりなんすけど、データ量は今までと変わらないんですが、『やたらと重い』んですよ」
ぱっと見やりとりしているデータ量が変わらないので気がつかなかったが、明らかに速度が遅い。その事実にキシワダの表情が真剣な物となる。
「ザック、機体のシステムの書き換え状況を洗い出せい。儂は三日月の方を確認する」
「了解っす」
暫くして。
「なるほど、こちらで行っているセッティングに合わせるように進行していたから気付かなかったんじゃな。ピアス――三日月の体内にある阿頼耶識ナノマシンと、メインシステムが相互にデータの書き換え……『自力での最適化』を行っておる」
「どういう事ですかそれ? やっぱり異常事態なんじゃあ?」
心配そうに問うビスケットの言葉を、キシワダは否定する。
「いや、恐らくはこれが『本来のフィッティング』じゃ。以前からその兆候――『自力でバイパスを形成している様子』はあったが、本来の物に近いシステムを媒介することによって本格的な経路を形成しておるのじゃろう。……速度が遅く、三日月の意識が持って行かれとるのは、それこそ本式のシステムではないからじゃ。逆に儂らが組んだシステムを媒介しなければ、三日月は廃人になっておったかも知れぬ」
例えばエドモントン攻防戦での最終決戦で。例えばMAを前にしたとき機体が超過駆動モードに入った時点で。強引に阿頼耶識の最適化が行われたとしたら。
安全性を全く考慮していないそれは、三日月の神経系に甚大なダメージを与えていただろう。キシワダはそう断言した。
「本来のナノマシンとシステムであればもっとスムーズに、それこそ瞬時にフィッティングが終わっていたかも知れん。じゃが時間がかかっているとはいえ基本的には同じ事が行われておる。焦らず待てば滞りなく完了するであろうよ」
「本当ですね!? 本当に大丈夫なんですね!?」
「じゃーかーらー、大丈夫だと言うとるじゃろうが! 嫁なら嫁らしく旦那を信じてどっしり待っておれい!」
騒ぐアトラとキシワダを尻目に、ビスケットはモニターを食い入るように睨み続ける。
(信じているからね、三日月)
気がつけば、どことも知れない空間の中、三日月は座り込んでいた。
阿頼耶識を接続したところまでは覚えている。その後何が起こったのかはさっぱり分からない。分かるのは、自分が意識を失っているだろう事と……。
「これ、今までやった戦いの記録……だよね?」
目前にいくつも浮かぶ映像が、自分がこれまで行ってきた戦闘の記録だということだけだ。
「システムの最適化がどうこうじいさんは言ってたけど、こういうもんなの? 分かんないや。ともかくのんびりしてるわけには……ん?」
どうにかしないと、そう思っていると画像の一部に変化が現れる。
それは全く覚えのない戦いの記録。多くのガンダムフレームと共闘し、様々なMAと激戦を繰り広げる。いつしか三日月は、それらを食い入るように見ていた。
「そうか、これ、『厄祭戦の記録』か」
話に聞いていた、300年前の戦い。その映像記録の一つ一つが、まるで染み渡るように三日月の脳裏に焼き付いていく。そして――
三日月は振り返る。背後に何者かが佇む気配を感じたからだ。
それは薄ぼんやりとした影のような何か。しかしそれが肩に担ぐ獲物――メイスだけははっきりとした形を取っている。そして、いつの間にか自分の周囲に様々な武器が突き立てられていることに、三日月は気付く。
「なるほど、戦(や)れってことか」
そう言って彼は、手近にあった得物、太刀を引き抜いた。
「あまり時間はかけられないんだ。とっとと終わらせる……よっ!」
迷い無く、影に向かって斬りかかる。
がぎん、と激しく金属音が鳴った。
元々資源採掘用であった小惑星を改装したタービンズ本拠。そこは今、『夜逃げ』の準備で大わらわであった。
「子供らと非戦闘員を優先して1番艦に! 積みきらない物資とMSは破棄で良い!」
アリアンロッドの強制執行を予測し、その前に退去しようと言う腹だ。その状況をハンマーヘッドのブリッジで見守っていた名瀬は、しかめっ面のままだった。
「ここを引き払う、なんてことは想定してなかったからなあ。海賊とかならよほどの相手でもない限り蹴散らせるんだが」
「でも名瀬、ここまで急がせなかったらもう少し余裕があったんじゃ。出払ってる船が戻ってくるまで待ってた方が……」
オペレーターの一人がそう具申するが、名瀬は頭を振る。
「いや、ここの位置は向こうさんに筒抜けだろう。裏航路も仕事で使ってる奴は全部押さえられてると思っていい。ほどなく連中意気揚々と現れるだろうさ」
誰が内通したのか。もはやそれは言うまでもない。ブリッジの中に殺気じみた気配が満ちる。
それはぱんぱんと手を叩く音で霧散した。
「はいはい、ムカつくのは分かるけど、まずはここを乗り切ってからだよ。索敵に集中しな」
ブリッジに入ってきたアミダの言葉である。彼女は本拠にいた子供たちを宥めあやし、避難させる作業にさっきまで従事していた。それがやっと一段落ついたと名瀬に告げる。
「悪い。今俺がここを離れるわけにはいかねえからな」
「後でちゃんと子供たちのご機嫌取っとくんだね。……で、状況は?」
「まだ姿は見えないな。もう少し――」
「! レーダーに感! ハーフビーク級が6。間違いなくアリアンロッドの艦隊です!」
オペレーターが声を張り上げる。画面の端では6つの光点が自己主張を始めていた。
それを見た名瀬は、『わざとらしく顔を顰めてみせる』。
「ちっ、予測よりも早いか。……お前らみんな、ハンマーヘッドから降りろ。少しでも退去を急がせるんだ。こっちは俺がなんとかする」
『え!?』
いつになく緊迫感を漂わせた名瀬の物言いに、オペレーターたちはつい驚きの声を上げた。いかなる時にでも落ち着き払って余裕を見せていた彼が、焦ったように急かすことなど今までない。
「で、でも名瀬一人じゃあ……」
「なに、お前らが来るまでは、一人でこいつ(ハンマーヘッド)を切り盛りしてたんだ。まだ腕は錆び付いちゃいねえよ」
苦笑を浮かべてみせる名瀬。冗談めかしているが、その言葉には有無を言わさぬものがこもっている。これは本当に急いだ方が良さそうだと判断したオペレーターたちは、後ろ髪を引かれつつも退去を始める。
「アミダ……任せた」
「ああ……まったく、『下手な芝居』だねえ」
くすりとした笑みを残して、最後にアミダが去る。それを確認してから名瀬は肩から力を抜いた。
「付き合い長いとあっさりバレちまうか。ま、目的を果たせたらよしとするさ」
焦ったように見せたのは、抜き差しならない状況だと思わせ、オペレーターたちを退去させるためであった。まあ半分は演技ではなく、本当に抜き差しならない状況であるのだが。
「さてと、んじゃあ最後の航海といきますか」
言って名瀬はスーツのジャケットを脱ぎ、自ら操舵席に着く。久しぶりの感覚を懐かしく思いながら、彼はメインスラスターに火を入れた。
ゆっくりとハンマーヘッドが本拠から離れる。己の女房たちが安全圏に離脱するまでは、まだ暫く時間がかかるだろう。最低でもそれまでは囮となる必要があった。
そしてその後は……。
「弟分(鉄華団)ばかりに良い格好はさせられねえし、な」
く、とニヒルな笑みが口元に浮かぶ。
アリアンロッド艦隊に向けて動き出したハンマーヘッド。それにいち早く気付いたのは、辟邪を駆り輸送艦の護衛を行っていたラフタであった。
「ダーリン! まさか一人で突っこむ気!?」
泡を食ってハンマーヘッドに追いすがろうとするラフタ。それを眼前に出没した影が押し止める。
「まずは輸送艦を安全域に逃がすことが先決だ、あんたらはここを離れるな!」
アミダの百錬だ。しかし制止さたラフタはアミダに食って掛かる。
「でもダーリン一人じゃ!」
「名瀬のことはあたしに任せな。なに、あんたらが無事離れたら、とっととケツまくるさ」
何でもないことのようにアミダが言う。いつもと変わらぬ様子に、ラフタは大丈夫だと思ってしまった。『思いたかった』だけなのかも知れない。
「……分かった。気を付けて、姐さん」
「ああ」
機体を翻し、アミダはハンマーヘッドを追う。それを見送るラフタだが、胸にわだかまる不安は晴れてくれなかった。
そして、アミダが追いついてきたことに、名瀬は苦笑を浮かべる。
「まったく、ここまで付き合わなくてもいいんだぜ?」
「どうせ投降するふりをして引っかき回すつもりなんだろう? お楽しみを独り占めとかずるいじゃないか、あたしも混ぜな」
「……ホント、いい女だよ。お前は」
くく、と二人して笑う。悲壮感などない。男と女は覚悟を持って死地に足を踏み入れる。
しかし敵は、彼らの思惑を越えて最低であった。
「敵本拠より艦艇1、強襲装甲艦です」
「ふん、迎撃の用意は調っていなかったか。やはり兵は拙速に限ると言うことだ」
第2艦隊の半数、6隻という兵力を持って襲撃をかけたイオクは、満足げに鼻を鳴らす。彼は悪の牙城を崩し正義を示す行為だと信じて疑っていない。そのためには『いかような手段を使っても構わない』とも。
「MS部隊を発進させろ。『例の部隊』も展開を」
「やはりあれを使うのですか。後々問題となるかも知れませんが」
「獅子は兎を狩るのにも全力を尽くすという。圏外圏に巣くう悪を根絶やしにするためにも、出し惜しみをしている場合ではない」
不安げに具申しようとする部下の言葉を切って捨てるイオク。そこで部下が黙り込むから矯正されないのだが、この場にそれを咎める人間はいなかった。
と、そこで相対している敵艦――ハンマーヘッドに動きがあった。打ち上げられる信号弾。それは――
「停戦信号です。敵艦に随伴しているMSは1機。武装を展開している様子もありません。投降する模様のようですが……」
「ふむ、我等の偉容に恐れをなしたか。だが情けは無用。MS部隊攻撃開始!」
容赦なく向かってくる敵部隊の様子に、半ば呆れたような表情を見せる名瀬。
「警告や宣言なしに堂々と停戦信号を無視してくるか。折角投降の台詞考えてたのによ」
「海賊だってもうちょっとお上品さ。ま、こっちも容赦しなくて良さそうだ」
にい、と笑みを浮かべたアミダは、機体の腰にマウントしてあったアサルトライフルとブレードを取り出す。すでに敵の機体からロックオンされている警告ががなり立てているが、かまわずスロットルを開ける。
加速。ハンマーヘッドに先行して、敵部隊の真正面に躍り出た。好機とばかりに先行してきたMS部隊は射撃を開始するが。
「はは、遅い遅い。ランディに比べりゃ止まっているようなモンさ!」
舞うような機動で全ての射撃を回避。最盛期を過ぎてなお、圏外圏最強と謳われたアミダの技量は衰えない。それどころかランディとの模擬戦を幾度と無く行ったおかげで、ますます冴え渡っているようにすら見える。攻撃を機体に掠らせる事すら無く、敵部隊に肉薄。そして。
閃光が奔った。
一瞬で、1個小隊が吹き飛ばされたのだ。2度の蹴りと斬撃と射撃。それをほぼ同時に行い、4機のMSに打撃を与える。言葉にすれば簡単だが実際にそれを行える者はごく少数に限られる絶技。それに対応できる者も、ごく少数に限られる。
「たとえ隔絶した相手であろうとも! 私は引けない!」
稲妻のように奔る閃光に向かって挑む影が一つ。緑色の高機動MS,ジュリエッタのレギンレイズ・ジュリアだ。全てのスラスターを全開にして、強引にアミダの百錬へと追いすがり、両腕の得物を振るう。
ワイヤーによって細かい刃を繋いだ蛇腹剣。正しく蛇のようにのたうち見切りにくい軌道で迫るそれを、アミダは難なくかわして見せた。
「面白い武器を使う。けど使いこなせないんじゃねえ!」
まだ己の武器になれていない。そう見て取ったアミダの銃撃が、ジュリアのコクピット周辺に火花を散らす。
「くっ! 装甲が強化されていなければ直撃だった!」
「見かけ倒しじゃないってことかい!」
双方が同時に舌を打つ。ジュリエッタは容易く倒せない強敵の存在に。アミダは面倒な相手の存在に。苛立ちと不快感を覚える。
そしてさらに戦場をかき回す存在が、この場に姿を現す。
大口径の弾雨が、戦場に巻き散らかされる。それを回避するために、アミダとジュリエッタはその場を飛び退いた。
「何のつもりです三尉! 『私諸共とでも言うつもり』ですか!」
そう、その射撃は『味方であるジュリエッタを巻き込むことなど躊躇しない』ものであった。柳眉を逆立てて噛み付くジュリエッタをよそに、紅い凶風が舞い踊る。
「ちゃあんと避けられるように撃ったよ? 実際アンタ避けたじゃないか」
くつくつと嫌な笑い声を上げながらその女――マリィは宣った。
ジュリアとほぼ同型。機体そのものの違いは頭頂から前方に向かって伸びるセンサーアンテナが増設されている所のみだが、その右腕には大型のガトリングガンが備えられており、左腕には盾――にしてはやたらとごつい何かを保持している。
真紅の機体、レギンレイズ・モルガン。同型でありながらまるで別物のような機動を見せる機体を駆りつつ、マリィは言う。
「こいつはアタシが引き受けた。アンタは船を押さえな」
「くっ……了解!」
吐き捨てるように言い放ち、機体を翻す。先の僅かな交戦で、技量の差をはっきりと思い知った。『自分はあの機体には勝てない』、否が応でもそれが分かる。
機体の性能差のおかげで、討ち取られる可能性は少ないだろう。だが自分の腕では相手に攻撃を掠らせることも難しいと悟ったのだ。このまま戦い続けていれば良くて千日手。それでは任務を果たせない。
「訓練を重ねたというのに、まるで届かないとは……っ!」
歯噛みしながら呻くジュリエッタの背後では、紅と桃色の機体が壮絶に火花を散らしていた。
「同じ機体だってのに、まるで別物だねこいつは!」
「はっはァ! あの人との逢瀬の前に、丁度良い前菜さ!」
まるで稲妻がぶつかり合っているかのごとき戦いが繰り広げられている。技量は僅かにアミダが上回り、機動力ではやはりモルガンに分がある。互いに決め手に欠け、らちがあかない。先程の同型機よりもよほど厄介な相手だと、アミダは判断した。
「なら……こういうのはどうだい?」
く、と突如百錬の軌道が変わる。誘うようなその動きに、構わず追いすがるマリィであったが。
「敵機がこちらに!? は、速い!」
アミダが向かったのは、ハンマーヘッドに攻撃を加えんとしていたMS部隊のど真ん中。乱戦に持ち込めば、そう簡単に射撃は出来まいと踏んでのことであったが。
にい、とマリィの口元が歪む。そして。
容赦なくガトリングが火を噴いた。
「なっ!?」
「さ、三尉!? 貴様なんのつもりだ!」
泡を食って回避するアミダ。そして弾雨に晒されるMS部隊。
本気で味方を巻き込むことに躊躇しないそのやり方。外道をなしてマリィはなんの反省も見せない。
「ほらほら、とろとろしてると一緒くたに撃っちまうぞお」
「き、貴様! 軍法会議にかけてやる!」
「それまで生き残ってたらねえ!」
無茶苦茶だ。マリィのイカレっぷりに、さしもののアミダもちょっと引いた。しかしすぐさま気を取り直す。
「そういうんなら、やりようはあるさ!」
そう言って再び敵部隊へと肉薄し接近戦を仕掛ける。すぐさまモルガンからの射撃が襲いくる。それを回避し、あるいは敵機を盾にしてアミダは凌いだ。
味方にすら躊躇しないと言うのであれば、それを利用し戦場を攪乱する。元々こちらは己一人。仲間が巻き込まれることを心配する必要はない。
たちまち戦場は混乱に陥った。一方ハンマーヘッドに向かったジュリエッタであるが。
「くっ! 戦艦の癖にちょこまかと!」
ハンマーヘッドに対し、有効な打撃を与えられず苦戦していた。
名瀬が行っているのはなんと言うことはない。艦を上下左右に蛇行させ、振り回しているだけだ。当然だがそんなことをすれば航行速度は落ちる。だが戦艦の巨体でそれを行えば、MSなんぞが取り付けるはずがない。下手に近づけば弾き飛ばされるどころか即座に宇宙の藻屑だ。
この状態では拿捕どころか有効な打撃を与えるのも難しい。加えてジュリアには戦艦に有効打を与えられる火力がない。GHの艦のように戦闘中もブリッジを展開していれば話は別だったのだろうが、生憎とGH以外でそのような真似をするのはごく少数だ。結局の所、手をこまねくしかないのが現状であった。
「まさか彼女は、これを分かっていて!」
時間稼ぎも出来ないことが分かっていて、艦の相手を押しつけたのか。マリィの思考を邪推し、歯噛みするジュリエッタ。
そして、歯噛みするほど苛立っているのは彼女だけではなかった。
「ええい、たった1隻と1機に何を手間取っている!」
旗艦のブリッジでふんぞり返っているイオクだ。彼の算段としては出てきた艦を即座に下し、返す刀でタービンズ本拠を押さえる腹であったのだが、予想外の抵抗に苛立ちを覚えている。
押っ取り刀でこちらの艦隊も砲撃を開始したが、小馬鹿にしたように蛇行する敵艦にはまともに当たらない。そのことが余計に勘に障った。
「あの野猿は足止めすらも満足にできんのか! MS部隊を回せ! 敵艦の足を止めるのだ!」
「イオク様! 敵拠点より輸送艦が2隻。どうやらこの空域を離脱する模様です」
「なに!? であれば目の前の連中は囮か!」
珍しくイオクは正確な判断を下す。そして戦術的に考えるのであれば、この後の判断も間違いではなかった。
『手段を別にすれば』。
「例の部隊を使う! 目標、敵輸送艦!」
「で、ですが非武装の艦にあれを使うのは……」
「ここからだと艦の砲ではまともな命中弾を得られん! それにやつらの首魁を逃しては元も子もない! 情けは無用だ!」
まさか囮の艦に首魁が乗っているとは欠片も思わず、イオクは容赦なく命を下す。それに応えて艦隊の前面に位置取る部隊があった。
機体そのものはグレイズであるが、その左腕は丸ごと巨大な『砲らしきもの』に換装されている。整然と居並ぶ2個小隊8機、その頭部が展開し大型の望遠レンズが彼方を捉えた。
前触れもなく、一斉射撃。放たれた何かは、瞬時に空を駆け――
衝撃が、輸送艦を揺るがした。
「な、なに!? 砲撃!?」
「2番艦の機関部大破! 損害不明、足が止まる!」
「そんな、ナノラミネート装甲をこんな簡単に!?」
瞬時にパニックへと陥るタービンズの面々。予想していなかった攻撃。その正体を名瀬はいち早く理解した。
「『ダインスレイブ』!? 馬鹿な、条約禁止兵器を使ったってのか! 野郎!」
高硬度レアアロイ製の特殊KEP弾を電磁式射出機で投射するレールガン。ナノラミネート装甲を容易く貫通するそれは、あまりの威力ゆえ条約で使用を禁じられていたはずのものだ。それを容赦なく使い己の『家族』を傷つけた。さしものの名瀬もそれには激昂する。
「ただじゃおかねえ。……この借りは高くつくぞアリアンロッドォ!」
そして一気に窮地に陥ったタービンズ側は、必死なあがきを見せていた。
「2番艦総員、1番艦に退避!」
「隔壁を降ろすだけでいい! 消火は間に合わないから!」
「怪我人を優先して! ……ダメだった子は、せめて、遺品を……っ!」
決して軽くない損害。それに艦の足を止められたというのが痛かった。乗員の救助などに時間を取られては、逃げるに逃げ切れない。
「1番艦を2番艦の影に! あれの直撃を防ぐんだ!」
「MS隊、前に出るわよ! あいつら、許さない!」
アジーとラフタが指示を飛ばし、仲間を率いて本拠の前に出る。少しでも艦の盾になろうとするかのごとく。
旗艦の出力を上げ、名瀬は敵の旗艦に狙いを定める。
随伴機であるフレック・グレイズによって、ダインスレイブの次弾が装填される。高い威力と引き替えに小回りがきかず、また単発であるため連射は出来ない。だが確実に、鋼鉄の槍はその穂先を目標に向け――
「こんにちはそして死ねやァ!」
突如馬鹿みたいな速度で突っこんできた何か――切り離された大型ブースターが、ダインスレイブ部隊のど真ん中に突っこみ、2機ほど巻き込んで吹っ飛ばした。
何事、と反応する間もなく、嵐が吹き荒れる。稲妻のような機動力を持って、瞬く間にダインスレイブ部隊を文字通り蹴散らしたのは。
「だ、大出力のリアクター反応! データに無い機体です!」
「馬鹿な、どこから現れた!?」
驚愕の声を上げるイオク。モニターの先、ジャンクと化したMSが漂う空域のど真ん中で力強くカメラアイを光らせるのは、勿論減速なしで戦場に飛び込んできたラーズグリーズ。コクピットの中では、ランディが凄絶な笑みを浮かべていた。
「メビウス1、エンゲージ! ……なかなか愉快なこと、してくれんじゃねえか。ええ?」
高速域で戦場に飛び込む最中、ダインスレイブ部隊の存在を見て取った彼は真っ先に潰しにかかったのだった。かの兵器がどれほどのものか、理解しているからだ。そしてそれを容赦なく使うような相手を、見過ごすような人間ではない。
「各機、予定変更だ。お前らは輸送艦とハンマーヘッドを守れ。こいつらは……俺が相手する」
「りょ、了解!」
真っ先に応えるのは昭弘。彼はブースターを切り離し、ラフタたちの前へと躍り出る。
「昭弘!? どうしてここに……」
唖然と言葉を零すラフタを背に、グシオンリベイク明王丸――昭弘は言い放つ。
「約束したろうが! お前の背中は俺が護る!」
その力強い言葉。百人力、いやもっと力強い頼もしさを覚えて、目の端に涙を浮かべたラフタは満面の笑みで頷く。
「うん!」
僅かに遅れてハンマーヘッドの全面に展開した鉄華団のMSを確認し、名瀬は毒づくように言う。
「お前ら、来るなって言っただろうが」
「へへ、そいつを素直に聞く奴はうちにゃあいねえですよ!」
流星号のコクピットでにやりと笑うシノが応える。
「大人しくピンチを救われてくださいよ。言ってる間にランディ教官が……」
そう言って戦場に目を向けたシノだったが――
「……なっ!?」
一転して驚愕の声を上げることになった。
「ランディ! 気を付けな、そいつは……」
「あははははは! 待ってたよォこの瞬間(とき)をォ! ランディール・マーカスうううううううァ!!」
アミダの警告の声が響くとほぼ同時に、ランディの元へと飛び込んでくる影。全ての状況をかなぐり捨てて向かってくるのはレギンレイズ・モルガン。その場から電光のごとき機動で離脱しようとしたランディだが、紅き機体は張り付くように追従してきた。
「こいつ、この機動……あん時粘ってきた奴か」
ランディの脳裏に奔るのは、かつてアリアンロッドと地球外縁軌道統制統合艦隊を手玉に取った演習で、最後の最後まで食らいついてきたグレイズの姿。死に物狂いというか『自分と同レベルで頭おかしい輩』と眼前の敵機が同じ物だと判断した彼は、獣のように歯をむき出す。
「リベンジマッチってわけかよ。あの陰険ヒゲこういう手札か」
「そうさァ、貴方のために、貴方だけのために! アタシはラスタルの猟犬となった! さあ受け取ってくれよ、この滾る思いをよォ!」
アミダとの壮絶な交戦すら遊びであったかと思わせるような、目にも止まらぬ攻防戦が始まる。それを目にしたシノは唖然と言葉を零す。
「うっそだろ……教官と互角だってのかあれ」
思わず動きを止める流星号。それに向かって駆けるのはレギンレイズ・ジュリア。
「たかだか数機の増援で!」
振るわれる蛇腹剣。慌ててそれを弾き飛ばし、シノは毒づく。
「くそ、楽勝ってわけにゃあいかなくなったか!」
タービンズの窮地。それはまだ終わりを見せない。
※今回のえぬじい
「待ってたよォこの瞬間(とき)をォ!」
ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃり!
「おいそのツルハシどっから出したそしてなぜ宇宙空間で火花散る」
じつは結構前から考えていたネタ。
よしプラモを作る環境が整った。
そして遅れる更新ホントすんません捻れ骨子です。
はいそんなわけで遅ればせながらタービンズピンチ編更新です。なんか予定よりやたらと長くなったので1回じゃ終わりませんでした。たわけの始末がどうなるのか気になさってる方々、もう少しお持ち下さい。
なにしろマリィさんかなり強いので、そう簡単に楽勝とはいかんのですよ。ランディさん苦戦するかも知れません。もしかしてこの作品初か? あと三日月君のところが長くなったのが主な敗因と思われ。やりたかったんだようこのあたりの話。
そしてダインスレイブ装備機は懐に飛び込まれると弱いと思うので一蹴されました。そりゃあんなごっついもん抱えてたら小回り効かねえだろうさ。でもラスタル戦ではそう簡単にはいかないかも?
ともかくこの戦いどうなってしまうのか。なおたわけは喚いているだけで空気。(確定)
そういうことで、ヒキジツを駆使しつつ次回に続きます。