イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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 今回戦闘BGM、モンハンより『銀翼の凶星』で。



36・宴終わって後始末、と。

 

 

 

 

 ヴィーンゴールヴ、セブンスターズの会議室にて、イオク・クジャンは窮地に陥っていた。

 

「この不始末、どう責任を取るおつもりか」

 

 静かな。しかし怒りを湛えた言葉が放たれる。放ったのはテーブルに肘をつき、口元で手を組んだマクギリス。彼にしては珍しく、というかセブンスターズの前で始めて怒りを露わにした様子であった。

 火星にて発掘されたMAハシュマル。その確認と、状況が許せば解体し回収することを目的としていたマクギリスの思惑を妨害し、あまつさえハシュマルの覚醒を促し危うく火星を滅ぼしかけた。言い逃れの出来ぬ大失態であるとマクギリスは詰め寄っていたのだ。

 その怒気に気圧されるイオク。しかしなけなしのプライドが、ぎこちなくも反論を産み出す。

 

「それは! 貴公が七星勲章を得んがための我欲から生じた物で……」

 

 はん、と鼻で嗤う気配。イオクの言葉を叩き斬るように、マクギリスは言う。

 

「『そんなもの』に目が眩んだのは貴公ではないのか? この時代に置いて七星勲章などどれほどに意味があるものか。厄祭戦時代の遺構など、今を生きる人間には無為に過ぎる。ましてや被害を被った民草に対して何の慰めにもならない代物でありましょう」

 

 その言葉に、ラスタルは密かに眉を顰めたが、気付いていないのか気付いていてあえて無視しているのか、マクギリスは一瞥もくれずに話を続けた。

 

「その結果が『これ』だ。貴公の行動はただ火星を窮地に追いやっただけではない。『アーヴラウが後押しし圏外圏の企業が参入して開発された採掘施設の壊滅』。これによりアーヴラウとの関係は悪化、加えて関連企業から損害賠償を要求されている。こちらに誠意が見られない場合には、訴訟も辞さないとかなり強硬な姿勢だ。さらにはほかの経済圏も同調する動きを見せているところがある。GHの信用は揺るぎ権威は再び地に落ちてしまった。これはもはやただの失態ではすまされない事態であると理解されよ」

 

 ぐう、と言葉に詰まるイオク。無駄に部下を失い同僚の足を引っ張った。彼のやったことを簡単に言えばそのようになる。しかしイオクからしてみれば、マクギリスの奸計を打ち破らんがため戦いを挑み、しかしMAをけしかけるなどと言う卑劣な手段にて部下を失い撤退せざるを得なかった、と言う風に受け取られていた。状況を理解していないと言うよりは自分の都合の良いように曲解しているのだろう。

 MAの力を目の当たりにし、部下を目の前で失った彼は、我知らずのうちにその憤りをマクギリスに向けていた。己が無能で無力だったからという事実から目を背けたかったということもあるし、本来憎悪をぶつけるべき相手であるMAは『すでに討伐された後』であり拳の振り下ろし先がないということもある。しかしこれは完全に八つ当たりであった。そのことをイオク自身がどこまで自覚しているかは分からないが、本能的には察していたようで、ゆえに言葉に詰まる。

 しかしそれでも行き場のない憤りは、彼に激情のままの言葉を放たせようとする。それを制したのは。

 

「――今回の責任は、クジャン公を派遣したこの私にある。改めて謝罪しよう」

 

 そう言って頭を下げたのはラスタル。その行動にイオクは面食らうどころではなかった。

 

「ラスタ……エリオン公!?」

 

 狼狽えるイオクを尻目に、ラスタルは淡々と言葉を紡いだ。

 

「加えて、今回の件で生じた被害、損失に対しては、エリオン家とクジャン家の固有資産から賠償する事にしよう」

「エリオン公! それは!」

 

 セブンスターズの各家は、それぞれが資産家である。下手をすれば小国の国家予算に匹敵するほどのものであるが、それでも今回の件で賠償するとなれば相当の痛手になるであろう。それが分かっていて即断できるというのは大した胆力であるが。

 

「過ちを犯したのであれば、責任を取らねばならない。それが上に立つ者の責務だ。良いなクジャン公」

「くっ……承知致しました」

 

 ラスタルに諫められ、口惜しげに矛を収めるイオク。恐らくは状況を理解したからではなくラスタルに言われたから大人しくした、と言った程度であろうとマクギリスは判断する。ラスタルはイオクを庇うと同時に少しでも自分達が有利な方向へと話を持っていくつもりだろう。そういったやりとりに関しては、まだ自分が及ぶところではない強敵だと感じていた。

 

(やれやれ、『あの戦い』とは別の意味で苦戦しそうだ)

 

 苦虫を噛み潰したような心境で、マクギリスは火星での戦いを思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天空から降り立った機体。その姿を確認したハシュマルは、戸惑ったかのように動きをぎこちなくした。

 

「へえ、周波数は細工してるんだが……分かるのか、こいつの心臓がてめえと同じ物だってのが」

 

 にやりと嗤うランディ。そんな好機を彼が見逃すはずがない。

 

「金髪、頭執れ! 俺と三日月でぶっ叩く!」

「承知。我等2人とガンダムフレーム以外は下がって援護に集中! 奴をここから逃すな!」

 

 マクギリスが指示を飛ばす中、黒と白の機体が電光のように駆ける。

 自身と同じMAのリアクターを感知し多少の混乱を見せていたハシュマルだが、流石に攻撃を受けるとなれば反応する。くか、とビーム砲を展開すると同時にテイルブレードを奔らせた。

 

「こういう鞭系の武器ってのはなァ!」

 

 どん、と大気を割ってラーズグリーズが加速。蛇のようにうねるテイルブレードに向かって自ら飛び込み――

 

「らァッ!」

 

 先端のブレード部をかわすと同時にワイヤーを盾で殴りつけた。

 地面に叩き付けられるテイルブレード。勿論すぐに復帰するが、その間にバルバトスの接近を許す。

 

「ふっ!」

 

 バルバトスがシースメイスを振るい、その本体(鞘)が真っ直ぐにハシュマルへと跳ぶ。テイルブレードはラーズグリーズへの対処に回されており、それを防ぐ手段はない――

訳ではなかった。

 飛び出してきたプルーマー。大分数を減らしたがまだ本体の護衛をするには十分な数が残っている。シースメイスに打ち砕かれながらも1体がそれを止め、さらに次々とバルバトスに群がろうとする。

 三日月は焦らず動じず、それに応えるバルバトスは抜刀した太刀を担いで、まるで階段を上るかのように飛びかかってきたプルーマーを足場にして跳躍。ハシュマルの直上に出る。

 一閃。迷い無き一撃は、確かにハシュマルの頭部を捉えた。

 しかし。

 

「!? なんだ!?」

 

 間違いなく太刀はハシュマルの頭部に叩き込まれた。だが装甲を断ち割るはずのそれは、凹みを作っただけに留まる。

 確かにMAの装甲はMSに比べても頑強な物であるが、三日月の技量であれば切り裂けるはずであった。しかし通じなかったその原因を、当の三日月は察する。

 

(阿頼耶識! 打ち込みのタイミングがちょっとだけ『ずれる』のか!)

 

 バルバトスに施されたマニュアルセッティングは、ランディのものをベースに三日月に会わせてある。当然ながらその反応はやたらと敏感で、使いこなせさえすれば阿頼耶識システムを接続したのとほぼ同等の反応速度をたたき出せる。

 だが『感覚』はそうはいかない。指先まで一体化したかと思わせるような神経接続がないのだ。勿論機体の制御システムは三日月のモーションパターンを記録しており、動きそのものは阿頼耶識を接続していたときと全く同じ物になる。しかしそれは、『操作してからの反応』だ。どうしても、ほんの僅かながら遅れが生じてしまう。かてて加えてリミッターを解除された高出力が、機体に『余計な力』を生じさせる。

 元々三日月のMSすら両断する剣技は、卵を縦に積み重ねるような繊細さの上に成り立っているものだ。阿頼耶識を介しない僅かな『ずれ』、機体の出力差。それは『三日月の剣技を成り立たせない』!

 

「くっ!」

 

 刹那。打ち込んで1秒も経たないその間に、三日月はそれを理解して後ろに跳んだ。

 途端にビームが、テイルブレードが、 プルーマーが、一斉にバルバトスへと殺到する。その全てを切り裂き切り払い、バルバトスは地面に降り立つ。

 

「三日月!」

「ミカァ!」

 

 ランディとオルガが同時に声を上げる。

 やれるのか、いや、『斬れるのか』と。

 応える声はいつも通りで、しかし自信に満ちて。

 

「いけるよ。一度で斬れないのなら、何度でもやるだけさ」

 

 その答えに漢(おとこ)たちは揃って不敵に笑んだ。

 真っ先に吠えたのはマクギリス。

 

「三日月・オーガス、ランディール先輩! 2人はそのまま畳み掛けろ! 大口径の砲を持つ者は奴の予測行動範囲にありったけの弾丸を叩き込め! 2人なら何とかする!」

「応! まかせろ! ちょいと遅れた分サービスだ!」

 

 バルバトスに遅れて崖の上に現れた昭弘のグシオンが、両手に持つ300㎜滑空砲を容赦なくハシュマルの周囲に叩き込む。それに追従して上空のスタークグレイズ部隊、大口径の砲を備えた鉄華団のMS部隊が次々と攻撃を加える。それはハシュマルに大したダメージを与える事はなかったが、その動きを阻害し行動範囲を狭めた。

 そして弾雨の狭間を縫って2機のMSが駆ける。

 

「はは! こりゃ派手でいい!」

 

 獣が牙を剥くような笑みを浮かべて、ランディは高速でハシュマルへと肉薄し――

 

「おらよ!」

 

 すり抜けざま、ほぼ0距離でショットガンを撃ち放つ。狙いは足下。大口径のクラスター散弾は、大雑把な狙いでもその役割を果たす。

 蹴りにて迎撃を行おうとしていたハシュマルはその一撃で僅かにバランスを崩した。MAのリアクターを積んでいるラーズグリーズに対しては反応が鈍るという理由もあるが、それ以前に動きが早い。結果対応が僅かに遅れ、隙が生じる。

 そこにバルバトスが飛び込んだ。弾雨の狭間をすり抜け、襲いくるテイルブレードをかいくぐり、ハシュマルと接敵。

 一撃。快音ではなく鈍く重い音。装甲はやはり切り裂けない。しかし先程よりも深く歪んだ。

 

「今度は『早い』、か!」

 

 反撃を受ける前に後退。一撃離脱、それを行いながら三日月は機体との齟齬を修正しようと試みていた。

 

「ふ、あの調子なら、後数回打ち込めば有効打が生じる、か!」

 

 戦況を見ながらマクギリスは双剣を振るいプルーマーを蹴散らす。

 

「こちらは通行止めだ。煉獄(よそ)に向かうがいい」

 

 多少の茶目っ気を発揮しつつ、石動が轟剣を振るう。

 徐々にハシュマルは追い込まれていく。この様子なら、程なく討ち取れる。誰もがそう感じていた。

 その精神的な隙を突いたかのように、乱入者が現れる。

 

「このタイミングなら! 貰った!」

 

 ジュリエッタのレギンレイズである。彼女はレーダー有効範囲のぎりぎりから、スラスターを全力で吹かし弾道軌道にてハシュマルの頭上から襲いかかったのだ。

 それが出来る技量と判断力は確かに並ではない。事実彼女はハシュマルの肩口に飛び込み、その首元に両手のロッドを逆手で叩き込む芸当をやってのけた。

 悲鳴のような声を上げるハシュマル。高出力の電磁ロッドを長時間喰らえばさしもののMAも耐えられるかどうか。そして位置的にテイルブレードは使えないし、プルーマーは数を減らした上周りの戦力に押さえ込まれている。戦果の横取りであろうが、汚名を返上することはできると、ジュリエッタは勝利を掴まんと足掻く。

 が、状況はさらなる変化を見せる。

 ぎゅいいい、と咆吼したハシュマルは大きく仰け反って――

 そのまま自ら後転し、『頭から地面に叩き付けた』。

 セルフバックドロップ。知るものがいればそう表現していただろう行動。何もない状況であれば単なる自爆に過ぎなかったが。

 

「く、ぐあ!?」

 

 首元に取り付いていたジュリエッタからすれば堪ったものではない。強かに地面に打ち付けられた衝撃で、肺の中の空気が一気に吐き出される。なんとかしがみつき振り落とされることはなかったが、それでは終わらない。

 間髪入れず、慣性制御を全力で使って今度は前転するハシュマル。再び頭から地面に叩き込まれた衝撃は、一瞬ジュリエッタの意識を飛ばす。

 再びハシュマルが身を起こすと同時にレギンレイズが首元から剥離した。突然のことに一瞬唖然とするランディたちであったが。

 

「ちぃっ! 余計な真似を!」

 

 即座に攻撃を再開しようとする。ジュリエッタの機体には構っていられない。救助などしている余裕はないしそんな義理もない。死んだら自業自得と割り切った。

 そのジュリエッタの機体を、『ハシュマルが蹴り飛ばす』。

 糸の切れた人形のように吹っ飛ぶ先は、バルバトスの真正面。

 

「邪魔」

 

 苛立ちを隠そうとしない声で吐き捨て、飛来したレギンレイズを払いのける三日月。

 だがその背後には、レギンレイズを隠れ蓑にするようにテイルブレードが迫っていた。

 この位置では絶対に回避できない。

 

「ミカぁ!」

 

 戦況をモニターしていたオルガの声が飛ぶ。

 バルバトスは吹き飛ばされ、背面の岩壁に叩き付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「申し訳ございませんでした。何の役にも立てず……」

 

 頭に包帯を巻いたジュリエッタが、沈痛な表情でラスタルに頭を下げる。口惜しさがにじみ出しているかのようだ。

 ラスタルはその様子に対し、密かに溜息を吐いた。

 

「少し功を焦り過ぎたな。ヴィダールが撤退を決めた時点で従っておくべきだった」

「返す言葉もございません」

「まあいい、お前が無事だったのは不幸中の幸いだ。今回のことで責任を感じているというのであれば、次の働きで汚名を返上してみせろ」

「はっ!」

「……ついでというわけではないが、損壊した機体の代わりを用意させた。お前が具申していた『あの機体』だ」

 

 ラスタルの言葉で、ジュリエッタは覿面に表情を変える。

 

「ラスタル様! では!」

「現状において戦力の強化は必至となる。……使いこなして見せろ」

「了解致しました!」

 

 ジュリエッタの退室後、ラスタルは深々と息を吐きながら椅子に身を沈める。

 

「イオクを甘やかしすぎたか。自業自得であるが」

 

 イオクがものを考えずラスタルへ盲目的に従っているのは、本人の気質もあるが、『ラスタルがそのように誘導した』という面も確かにあった。

 同格であるセブンスターズの1席、それを思うとおりに動かせることがどれほどの影響力を及ぼすか。当然ながらラスタルは理解している。クジャン家に恩を売りつけイオクに目をかけて、その目論見は概ね叶った。『何事もなければ』ラスタルの立場は盤石の物となったであろう。

 だがマクギリスという乱世の姦雄の存在が、そして目まぐるしく動く状況が、それを揺るがしている。ここにいたってイオクの存在は逆に足枷となりつつあるのかも知れなかった。

 しかしイオクを切り捨てるという選択は取れない。情はある。それ以上にまだ『彼には利用価値がある』からだ。

 イオクの人望、というよりはクジャン家の求心力は大きい。先代の尽力に寄るところであるが、アリアンロッドの何割かはクジャン家に付き従う者だ。無闇に切り捨てれば彼らの信奉を失い、勢力の弱体化を招くのは目に見えている。

 悩ましいところである。加えてマクギリスはなかなかのやり手だ。

 内部はともかく、対外的には正しく『GHの模範とでも言うべき行動を取っている』。様々な勢力と協力関係を結び、秩序の維持に尽力を尽くしていた。それが『結果的にGHの弱体化を招く物』だとしてもお構いなしだ。火星支部の一部権限の委託など良い例であろう。

 本気で平和と秩序のために、と言う人間では決してない。だがGHの権力を全て手中に収め頂点に立つという方向性でもなさそうだ。七星勲章を些末ごとのように切り捨てる有り様からそれは見て取れる。

 未だに本懐が見えぬ不気味さ。ラスタルはそれをひしひしと感じ取っていた。

 

「MAの事件で、その鱗片でも掴めれば良かったのだがな」

 

 結局あれは、『火星に余計な力を与えてしまったと確認するだけのことだった』と、ラスタルは臍を噛む思いで記録映像を思い返す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「調子こいてんじゃねえぞオラぁ!」

 

 ラーズグリーズがハシュマルを蹴倒す。バルバトスが一撃喰らったことに対して動揺の一つもない。

 が、全員が全員そう言うわけにはいかなかった。皆の不安を感じ取ったか、マクギリスが声を張り上げる。

 

「総員現状維持! 三日月・オーガス! 無事だな!?」

 

 その問いに答えが返る。

 

「なんとか。悪い、油断した」

 

 壁面より身を起こすバルバトス。しかしその姿は。

 

「ちっ、右肩に喰らったか」

 

 肩の装甲が丸ごと損失し、ほとんど根本からちぎれかかった右腕。テイルブレードを回避できないと判断した三日月は、とっさに機体を捻り肩口からテイルブレードにぶつかったのだ。これより致命傷は避けられたが、思った以上のダメージを受けてしまった。

 

「右腕をパージ。一旦引いた方がよさそうなんだけど、なっ!」

 

 右腕を切り離した途端、散々ラーズグリーズに打ち込まれ体勢を崩しながらもハシュマルがビームを放ちテイルブレードを打ち込んでくる。どうやらダメージを受けたバルバトスから先に始末しようとしているようだ。

 閃光と刃をかいくぐりながら、三日月は苛立ったのか眉を寄せる。

 

「これじゃ背中を向けられないか。太刀も落っことしたし、素手で何とかするしかないかな」

 

 流石にこの状況で土煙に紛れた太刀を捜し出している余裕はない。三日月はさらりと命を張る判断を下す。と、そこで。

 

「三日月・オーガス! 使え!」

 

 石動のヘルムヴィーゲがバスターソードの柄尻に備えていたメイスを切り離し、剣をバルバトスに向かって投げる。無手で迎え撃たせるよりはという判断であった。

 空中でそれを受けとった三日月は、にっと軽く笑む。

 

「さんきゅ、借りるよ」

 

 先程よりもはるかに重い得物、片腕を失ったことにより大幅に崩れたバランス。それらの不利をリミッターの外れた大出力に物を言わせ強引にねじ伏せて、疾風と化したバルバトスはまたしても一撃を食らわせる。

 ハシュマルは大きく傾ぎたたらを踏むが、太刀を使っていたときよりもダメージは少ないように見える。

 

「片腕じゃ打ち込みの精度が落ちる。……ならこうだ」

 

 三日月の手がコンソールの上を走る。背中に折りたたまれていた右側のサブアームが展開、前方に回って剣を掴んだ。

 多少不格好ではあるが、片腕よりはマシだ。そして三日月にとっては『それで十分』だ。

 一息。そして疾駆。幾度とない焼き直しのような一撃が打ち込まれ、再びハシュマルがよろける。まだだ、まだ『届かない』。苛つきも焦りもなく、ただその事実だけを確認して三日月が後退する。

 その穴を埋めるように死の女神が舞う。

 

「おぢさんとも遊んでくれよ、なっ!」

 

 真正面から飛び込み――『突然軌道が垂直上昇へと変化する』。

 イナーシャーコントローラーによる慣性制御。何もない虚空を『蹴りつけ』常識外の軌道偏向を産む。ハシュマルの頭上へと躍り出たラーズグリーズは、旋回しながらショットガンを破棄し、盾に仕込まれた刃広剣を引き抜いた。

 落雷のような一撃が強かにハシュマルの頭部に叩き込まれる。嘴のような先端が大きくひしゃげ、ビーム砲が歪んだ。

 次々と打ち込みは繰り返される。追い込まれていくハシュマルだが、しかし人類を滅亡の危機に追い込んだ一角は容易く討ち取られるをよしとしなかった。

 体勢を崩しながらも両のバインダー、その根本が展開する。現れるのはマイクロウェーブ照射器。本来であればプルーマーの充電に使われるそれを、前面広範囲に向け最大出力で作動させた。

 紫電が奔る。

 

「なにっ!?」

 

 まるで空間そのものに圧力がかかったこのような感覚を覚え、マクギリスは舌を打つ。

 土煙の中に含まれるハーフメタル。マイクロウェーブを受けたそれはチャフのような効果を発すると同時にエイハブウェーブに干渉する力場を形成する。その影響でMSの機能が若干低下したのだ。

 空間に放電現象が起きる中、マクギリスは散開し体勢を整えるよう指示しようとした。

 その時。

 

「待たせたな! 四代目流星号只今見参、ってな!」

「シノさん!」

 

 渓谷出口付近で展開している防衛線から飛び出したのは、ピンクに塗り上げられたMS。四代目流星号こと『ガンダム・フラウロス』。それを駆るのはシノだったが。

 

「動かしながら調整とか、無茶を言うんだから」

「はは、すまねえな。あとでなんかおごってやっから勘弁してくれ」

 

 シノの膝の上。横抱きになるような形で座しているのはヤマギである。採掘場から発掘された後、失われていたコクピットブロックをMWの物で補い急いで機体を修復したが、阿頼耶識なしでの機体の調整に手間取り、結局は調整しながら無理矢理出撃したのだ。

 この状況で出来ることなどそう多くはないが、『一撃喰らわせるだけ』なら十分な能力がフラウロスにはあった。

 

「『例の機能』を使う。フォロー頼むぜ」

「子供扱いしないでよ。……んもう」

 

 がしがし頭を撫でてくるシノの手を払いのけるヤマギの頬がちょっとだけ赤く染まっていたがそれはそれとして、戦場が視認できる位置までたどり着いたフラウロスは――

 がきんと下半身が反転を始める。両腕のガントレットアーマーがスライドし、獣の爪がごときクローユニットが展開して大地に食い込む。

 バックパックが頭部を覆えば、瞳のようなノーズアートも相まって四つ足の獣のようにも見える姿となった。砲撃形態への変形。高出力の大口径レールガンを運用するために持たされた機能だ。

 両肩のレールガン。その基部にカートリッジを兼ねた動力ユニットが接続される。装填されているのは条約禁止すれすれの高硬度レアアロイ弾頭だ。

 

「誤差修正、出力安定。バレルの電磁加圧正常値。いつでもいけるよシノ」

 

 機体に接続されたタブレットの画面を叩きながら最終調整を行っていたヤマギが告げ、シノは頷いた。

 

「んじゃ、一発ぶちかますぜェ!」

 

 一呼吸。そしてそっと引き金は引かれた。

 轟音。一陣の閃光は、吸い込まれるようにハシュマルの肩口へと叩き込まれた。

 派手な破砕音と共に左のマイクロウェーブ照射器が粉砕され、ハシュマルは大きく後方へと傾ぐ。

 マイクロウエーブの効果は減じ体勢も崩した。しかしハシュマルに諦めるという思考はプログラムされていない。周囲に群がる敵を排除するために、テイルブレードを奔らせるが。

 

「もうそいつは読めてんだよォ!」

 

 ラーズグリーズが上からテイルブレード本体を殴りつけ地面にめり込ませる。それを尻目にバルバトスが駆けた。

 剣を左肩に担ぎ、一息。これまで幾度と無く行った打ち込みで、『そろそろコツが掴めた』。

 

(出力を上げるんじゃない、絞るんだ)

 

 力まずに跳躍。

 

(速くなく、遅くなく。剣の行きたい方向に合わせて――)

 

 流れるように――     

 

(振り抜く)

 

 一閃。

 

 ぎん、という驚くほど小さな音が響き、剣を振るったバルバトスはハシュマルの背後に抜けた。

 途端、時間が停止したかのように動きを止めるハシュマル。

 ずるり、と頭部と左翼を含めた機体上部が『ずれ』――

 蒸気のような物が噴き出すと同時に、参戦していたMS全機のセンサーが一斉に警告音を響かせた。

 

「エイハブ粒子の異常発生!? これは……」

 

 マクギリスが驚愕の声を上げると同時にハシュマルのリアクターが緊急停止。蒸気――噴き出したエイハブ粒子の残滓を纏わせながら、両断された機体がどう、と地面に倒れ込む。

 寸時の静寂の中、ランディが呆れたと言った様子で乾いた笑い声を上げる。

 

「はは……なんてこったい。三日月のヤツ、外殻とはいえ『エイハブリアクターを斬りやがった』」

 

 その言葉の意味を理解した者は少数だったが、戦いが終結したことは誰の目にも明らかであった。

 一瞬の後、どっと歓声が上がる。天地をひっくり返したかのような大騒ぎの中、いつの間にかジュリエッタの機体が姿を消したことに、ほとんどの者が気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……以上が今回の顛末になります」

 

 歳星。屋敷の一室で、オルガはマクマードに事件のあらましを報告していた。

 話を聞き終え、マクマードは鼻を鳴らす。

 

「それで、今回倒した機体が『最後の1機とは限らねえ』ってのは本当か?」

「あくまでその可能性がある、っていう程度の話ですが、可能性は0じゃないとファリド准将は判断しているようです。デブリ帯で見つかった残骸の事もありますし、与太話とは言い切れないかと」

「ふん、こっちへ准将から呈示された資料にも警告があったな。見つけても完全に死んでる場合以外は無闇に手を出すなと。……で、どうよ。奴は信用できそうなのか?」

 

 その言葉にオルガは一瞬言いよどんだが、意を決して言葉を放つ。

 

「決して信用できるとは言い切れません。ですがあの男は『本気で命を賭けて火星のために戦った』。無論打算って物はあるでしょうが、同時にかなりの覚悟を持っているものと感じます。……力を貸すだけの価値はあるんじゃないかと」

「奴の依頼、本気で受ける気になったか」

「どのみちアリアンロッド、いえGHをこのままにしておくわけにはいきません。ここは乗って勝負を賭けるべきだと俺は思います。……その上で、親父にはこれを預かって貰いたいんです」

 

 オルガが恭しく差し出したのは、桐の小箱。それを受け取ったマクマードが開いて中を確認する。

 白磁の杯。それはオルガと親子の契りを交わした杯だ。

 

「この勝負負けるつもりは毛頭ありませんが、勝てるという確証もありません。もしも俺達がヘマを打ってテイワズに類が及びそうになったときには、その杯を割って下さい」

 

 それはつまりマクマードとの、テイワズとの絶縁を意味する。もしもの時には自分達をスケープゴートにしてテイワズの延命を計ってくれと、オルガはそう言っているのだ。

 ふん、と鼻が鳴る。顔を上げたオルガの直近にマクマードは立っていた。

 静かな、だが深海のような重圧がこもった視線。気圧されそうになりながらも、オルガは腹に力を込めてその瞳を真っ向から見つめ返す。

 ややあって。

 

「……生意気な面になりやがった」

 

 ふ、とマクマードが力を抜く。その表情は悪戯な子供を見守るようなものであった。

 

「いいだろう、こいつは預かっておく。精々割らせないように気張れよ?」

「……はいっ!」

 

 オルガは深々と頭を下げる。

 そう言ったやりとりの後、退室したオルガを待っていたのは名瀬であった。

 

「どうだ、親父は怖かっただろう?」

「ええ、MAなんぞよりはよほど肝が冷えました」

 

 くく、と名瀬は笑ってから、不意に真剣な表情となる。

 

「GHとの戦いに、タービンズもテイワズも直接的な力にはなれねえ。お前たちとマクギリスたちだけで勝ち取らなければならない戦いだ。下手をしたら……『俺がお前たちを始末しなければならなくなるかも』だ。そうはさせないでくれよ?」

「そうならないように全力を尽くします。……ですがもしもの時は、面倒でしょうが介錯をお願いします」

「気が早ええよ。……団員たちは悪いようにはしねえ。後のことは考えずに思いっきりやんな」

 

 覚悟は決まった。道は定められた。

 しかしそれに『余計な横槍』が入るとは、男たちは予想もしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クジャン家の私邸にて、イオクは俯き唇を噛みしめていた。

 謹慎、とまでは行かないが失策を反省し自重しろとラスタルに言い含められたのである。その際去り際に言われた言葉が頭から離れない。

 

「これ以上私を失望させてくれるなよ」

 

 期待に応えられなかった。そのことで己を不甲斐なく思うと同時に怒りがこみ上げてくる。

 

「マクギリス・ファリド……鉄華団! やつらのせいで……っ!」

 

 まごうことなき逆恨みであった。もっとも本人は正当な怒りだと信じて疑っていない。己が正義であり、立ちはだかる者は悪。そんな二元的な物の見方しかできないイオクの了見は狭いものだ。『そう考えるように誘導されていた』とはいえ、人の上に立つ者としての適性に欠けることおびただしい。

 彼はただ己の憤りに任せるまま、その恨みを晴らさんとする。

 

「ジャスレイ・ドノミコルスに連絡を取れ!」

 

 正しき怒りの元に、悪を討つ。本人にとってはそのような行動であっただろうが――

 どう考えても虎の尻尾を踏みつけに行く愚行でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

「ちょ、なかなか火が消えな……あつっ! めっさあつっ!」

 

 ↑みんなが戦ってる間ずっとプラントの火消しをしていたハッシュ君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 よしマンションを買おう。
 なんか吹っ切れました捻れ骨子です勿論中古ですがなにか。

 はいそういうことでものすごく遅れて更新です。そして多分次回も遅れる。いやホントすんません。多分来年まで落ち着かないです申し訳なし。
 それはそれとしましてハシュマル戦決着の巻~。ジュリエッタ即ボッコ、三日月リアクター斬り習得。活躍しないラーズグリーズの三本でお送りしました。どうやって勝たせるかよりどうやって苦戦させるか知恵を絞った結果こんな事に。なにもアクシデントが無ければ3分くらいで勝っちゃいますからねうちの鉄華団。ラーズグリーズの活躍は次回以降をお待ち下さい。たぶんあるはずです活躍の場。

 そして原作通りの展開に……なるはずなんですが、どうにも雲行きが怪しいかも。具体的にはたわけとケツアゴが酷い目に遭うような、そんな予感が。
 果たして捻れ骨子の予言は当たるのか否か! 次回以降をお楽しみに。

 ……いつ落ち着いて書けるようになるかなあ……(遠い目)  

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