イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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27・休む暇すらありゃしない

 

 

 

 GH総本部ヴィーンゴールヴ。マクギリス主導の海賊討伐は成った。だが、彼らの『戦い』はむしろここからが本番である。

 

「任務は達成致しましたが、まだ多くの問題があることが浮き彫りにされました。時期尚早とは思いませんが、色々と改善するべき点は多いかと」

 

 報告の席で、マクギリスはそう締めくくった。その言葉尻を捕らえ、憤りを隠さぬイオクが食って掛かるように言う。

 

「問題どころではない! 我々の任務を妨害し成果を横取りするなど厚顔無恥も甚だしい真似をしておいて!」

 

 対するマクギリスはあくまでも冷静、というか冷徹なまでに淡々と返す。

 

「海賊討伐はこちらの任務であると決定されていたもの。突如予定を変更し横槍をかけてきたのはそちらでしょう。それに部下の報告によればこちらの問いかけに対し非協力的で、さらには警告を発していた民間協力者に対し戦闘の妨害行為に及んだとのことですが、その真偽はいかに?」

 

 当然ながら、『ランディの機体も警告は流しっぱなしにしていた』。そのことは試験艦隊はおろか第2艦隊のレコーダーにもしっかり記録されている。

 

「っ、それは! その民間協力者とやらに元GH隊員を名乗る不埒者が存在した! 見過ごすことが出来るはずは無かろう!」

「辺境の地においては、名の売れた者を騙る傭兵などごまんとおります。そのような相手に一々食って掛かっていては、それこそきりがない。指揮官としてはその程度の些末ごと受け流す度量が必要でしょう。余計な諍いを起こし、任務に支障を来すようでは本末転倒と言わざるを得ません」

「む、ぐっ……」

 

 イオクの痴態とも言える様もしっかりと記録され、報告として提出されている。そこを指摘されればさしものの彼も言葉に詰まる。

 そこでラスタルが口を挟んだ。

 

「……今回の『行き違い』についてはこちらにも非がある。責任者としてそこは謝罪しよう」

「らすた……エリオン公!」

「その上で、今回生じた損失はこちらで補填させて貰う。もちろん民間協力者に対する報償もだ」

 

 イオクを押さえ、そして譲歩を申し出る。その言葉にマクギリスは頷いた。

 

「そこまでして頂けるのであれば、こちらは矛を収めましょう。今回の件に関しては遺恨を残し蒸し返すような真似はいたしません」

 

 手打ち、ということだ。イオクとしては納得のいく結末であろうはずがない。だがラスタルが決めたことに異を唱えるような真似はできなかった。不満を押し隠そうともせず彼は押し黙る。

 

「こちらの試験艦隊については本格的な編成を行い、正式に発足させると言うことで、皆様よろしいでしょうか?」

 

 表面上の異議がないことを見て取って、マクギリスは微かに笑みを浮かべる。

 

(さて、ここからだ。表と裏で攻勢は増すだろうが……次はどう動く? ラスタル・エリオン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういうことで報償は滞りなく出る事になった。当然そちらの損害に関しても保証はされる」

「了解した。疑ってた訳じゃないが、やはりほっとしたぜ」

 

 石動からの通信に、オルガは胸をなで下ろす思いであった。死者こそ出なかったが、先の依頼と夜明けの地平線団による襲撃で、鉄華団はそれなりの損失を出している。……とは言っても、襲撃に関しては撃破したMSを鹵獲したおかげでむしろ黒字。あとは依頼に関する支出がきちんとしていれば最低でも損はないはずだった。

 とは言っても団員たちを食わせていかなければならない立場としては、かつかつの支出は避けたいと思ってしまうのは当然であろう。そう言う視点から見れば十分な結果は得られた。だから『これ以上は贅沢だ』としても、オルガは問わずにはいられない。

 

「報酬の件は了承した。……それでだ、打診した『ヒューマンデブリの保護』についてなんだが」

「ああ、それに関してはすまないが、やはりそちらに預けるのは通らなかった。所有物扱いとはいえ犯罪に荷担していた以上、無罪放免というわけには行かなくてね」

 

 鉄華団はこれまで、敵対した組織の所属であってもヒューマンデブリの人員を引き受けるようにしてきた。人道的なと言うよりはオルガたち主要なメンバーの気持ちと、物理的な人員不足を補うためという理由で行ってきたことだが、仮にもGHが絡んだとなれば早々簡単にはいかないようであった。

 

「幸いというわけではないが、彼らはファリド准将の元での預かりとなるよう働きかけている。……決して悪いようにはしない」

 

 淡々としながらも真摯な空気を感じたか、オルガは肩の力を抜いて応えた。

 

「分かった、あんたを信じよう。夜明けの地平線団については全面的にあんたらに預ける。こっちはこっちで『落とし前』をつけなきゃならねえ相手がいるからな」

「テラ・リベリオスだな? その件に関してはプロト本部長代理に全面的な協力を約束させよう」

「無駄にGHの手を煩わせるような真似はしねえ。それはこっちも約束させて貰う」

 

 その後、幾ばくかの会話を交わし通信は終わる。画像の消えたモニターを前に、石動は軽く息を吐いた。

 

(オルガ・イツカ……まだ荒削りだが、傑物の鱗片は見えるか。流石にあの人の仕込みというところだな)

 

 彼は先の任務での、わずかな『再会』を思い起こしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、景気は良さそうじゃねえか」

 

 艦内の廊下にて、胸元をはだけたパイロットスーツ姿のランディが気安く声をかける。事後処理の相談のためイサリビを訪れていた石動は、「お久しぶりです」と頭を下げた。

 

「おいおい、三佐殿が元一尉に頭下げていいのかよ」

「あなた相手に威張ったら、後でどんないぢられ方されるか分かったものじゃありませんから」

 

 からかうように言うランディにすまして返す石動。そうしてから二人は同時にくく、と笑った。

 

「意外と大人しくしているようで驚きましたよ。……鉄華団、仕込みがいがあるようですね?」

「ああ、放っておいたら自滅しかねない連中だったが、様になってきやがった。『金髪の企み』にも十分対応出来るようになるぜ」

「准将も彼らを高く評価しているようです。あなたの仕込みという以前の部分でね。実際事を起こすにはもう暫く時間が欲しいところですが」

 

 マクギリスが何かを目論んでいると言うことを察しているランディ。そのことについて石動は驚く様子もない。野獣並みの感覚を持つこの人ならば当然だろうと、当たり前のように受け入れていた。

 

「相手はアリアンロッド、あの陰険ヒゲだ。そう時間をくれてやるとも思えんが」

「でしょうね。今回のことで向こうもすぐさま次の手を打ってくるのは間違いありません。まあ敵がこちらの都合に合わせてくれるはずもないのはいつものことです」

「分かってりゃいいさ。……ところで金髪は俺らの『古巣』は誘っちゃいねえようだが?」

「かまかけにしても正確な認識ですね相変わらず」

 

 結成されたばかりの艦隊の情報がそう簡単に入手できるはずもない。どうせまた勘で正解を引き当てたのだろうと呆れる石動。勿論ランディは悪びれすらしない。

 

「艦隊とMS見てりゃ分かるさ。『ガルーダ』の連中くらいなら何とかなったろ。あいつら確か地球じゃなかったか?」

「下手に誘えば警戒されますのでね。細工はおいおいというところで」

 

 何か考えがあるのか、不敵に笑む石動。

 

「『祭り』の時は近い。あなたにも満足頂ける舞台になるよう、精々努力させてもらいますよ」

 

 返ってくる答えもまた、不敵な笑みと共に。

 

「期待させて貰おうか。金髪――ファリド准将閣下のお手並みってヤツをな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「若気の至り……というには少々目に余る結果となったな。イオク」

「……申し訳、ございません……」

 

 執務室にてラスタルに頭を下げるイオク。その表情は悔恨と怨嗟によって歪んでいる。そんな彼の様子を見て、ラスタルは鼻を鳴らした。

 

「まあいい、これも経験だ。過信があり油断もあった。そして何より運が悪い。上手くいかないときはそういったものが折り重なって今回のごとき結果を生む」

「己の未熟、恥じ入るばかりです」

「それだけではない、と言いたげだな?」

 

 ラスタルの言葉にぐ、と歯噛むイオク。

 

「……ランディール・マーカス。あれが本物かどうかはこの際問題ではない。どちらにしろあれはお前が決して関わってはならない類の輩だ」

 

 十中八九どころか確実に本人だと確信しているラスタルだが、一からそのことを説明する気はなかった。そんなことはどうでも良く、問題はそこではないからだ。

 

「あれは『毒虫』だ。その力で、その言葉で、的確に急所を刺す。まともに相対すれば毒に蝕まれるがごとく心や戦力が削られるのだ。お前のような人間とは徹底的に相性が悪すぎる。あの男に拘り、大局を見失っては元も子もない。幸いにしてあれに対抗する手段は用意できている。お前はあれと関わらず、己の職務を全うすることだけ考えろ」

「で、ですが!」

「今回の任務についても、『得るものがなかったわけではない』。早々に忘れろとは言わんが、せめて失策を糧にして前向きに考えるよう努力しろ。……『次の策』も控えていることだしな」

「次、ですか?」

 

 一瞬心に貯まっていくものを忘れ問うイオク。ラスタルはにい、と笑んで見せた。

 

「マクギリスとその協力者たち。確かに今は勢いがある。だがその分背後が疎かだ。火星周辺を橋頭堡とするべく尽力しているようだが、それ以外ではどうかな? 例えば……『この地球などは』」

「それは一体……」

「まあ見ていろ。すぐにでも動きがある。……場合によってはお前にも働いて貰うかも知れん。その時は存分に名誉挽回に励むが良い」

「っ! は、はい! お心遣い、感謝致します!」

 

 機会を与えてくれるのだと、イオクは感じ入り全力で頭を下げる。チョロい。

 まあこの未熟な配下に関しては取り敢えずこれでいいだろう。自分が釘を刺したからにはランディール・マーカスに対してむやみに動くような真似はすまい。あの男の動きには注意を払わなければならないが、それよりも今はマクギリスだ。

 彼はアリアンロッドと直接事を構える、という状況を想定して動いてはいる。その到達地点はGHの覇権を握ること……だと思うのだが、ラスタルはその確信を持てないでいた。

 それがなんなのか、まだ予測もつかない。だが単に頂点に立つことを目指しているのではないと、漠然とした予感はある。

 

(次に差す一手でそれが見えるとは思わんが。……何を考えているのか鱗片だけでも掴ませて貰うぞ、マクギリス・ファリド)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリュセ市街の古めかしいビル。そこにテラ・リベリオスの本部はあった。組織の長であるアリウムは、今とある来客を迎え、『窮地に陥っていた』。

 

「……そんなわけで、鉄華団はテラ・リベリオス……いや、あんたに今回の損害賠償を要求する」

 

 臙脂色のスーツに身を包んだちんぴら――オルガが、尊大な態度で言う。僅かに身を震えさせつつも、アリウムは必死で反論を試みていた。

 

「よ、夜明けの地平線団のことと我々は無関係だ! あくまで我々は火星の独立のために尽力を――」

「そんなお為ごかしはいい。連中の何人かはあんたの差し金だとゲロってんだ。今更逃げようなんて虫の良いことは考えんなよ」

「それは連中の言い逃れで!」

「……『テイワズが本気で乗り出す前に』話つけてやろうってんだ。今のうちに素直になっていたほうがいいと思うんだが?」

 

 背筋が凍る。直接的な証拠はないはずだ。だが鉄華団のバックであるかの組織が動き出せば『証拠なんぞ必要ない』。場合によっては『疑わしきものは全て対処される』。言い逃れは自分の首を絞めるだけだと、流石に理解せざるを得ない。

 あ、くっ、とか言葉に詰まるアリウムの目の前に、オルガはタブレットを投げて寄越した。

 

「算出したうちの損失だ。耳揃えてとは言わないが、払ってもらおうか」

 

 震える手でそれを確認したアリウムは、悲鳴のような声を上げる。

 

「こ、こんな法外な! 我が組織が財産を全部処分したとしても出せるものか!」

「それだけのことをしでかしたと理解しろよ? あんたはうちだけじゃねえ、『火星の未来も潰そうとした』んだ。……知れ渡れば、今後の活動どころじゃねえよな?」

 

 アリウムの行動はクーデリアの命も危険にさらした。あわよくば鉄華団を襲い脅しをかけるつもりだったと言い逃れをするつもりだったのだろうが、自分の言うことを聞かない小娘なんぞ邪魔だ、排除されれば悲劇を演出し独立運動を焚き付けられると踏んでいたのは間違いない。でなければあんな大規模な襲撃などかけるものか。

 とは言ってもオルガとてふっかけまくっているのは自覚している。払えるとは思っていないというか、『別にアリウムに賠償金を払って貰わなくても良い』。損失はGHから支払われる報奨金+αで十分まかなえる。これがもし団員に死者が出ていたならば話は別であっただろうが、この目の前の矮小な男に多くを求めてはいない。

 

「お願いですから急ぎ融資を……そ、そんな! そこを何とか!」

 

 時間をくれと頼み込んだアリウムはあちこちに金策のための連絡を取っているが、どうにも芳しくないようだ。当然といえば当然で、ただでさえテラ・リベリオスは落ち目であるのに加え、『クーデリアを通じて今回の話が金融関係に流れている』。融資を行う者などいるはずもない。

 

「さて、万策尽きたようだがどうする? 金が出せないってんなら……せめて落とし前はつけさせてもらうってことになるが」

 

 オルガの言葉に応え、傍に控えていた三日月が迷うことなく懐から拳銃を抜き出す。血の気が抜けたを通り越してどす黒い顔色となったアリウムは――

 

「た、頼む! 何でもするからどうか、命だけはっ!」

 

 恥も外聞もない土下座を敢行して命乞いを始めた。それを差して面白くもなさげに見下ろして、オルガは懐に手を入れながら言った。

 

「そうか。それじゃあ『この契約書にサインしてもらおうか』」

 

 暫く後、テラ・リベリオス本部をGH警務局員が包囲する中、精根尽き果てたといった様相のアリウムが連行されていく。その様子を見ながらオルガは横に立つ新江に言った。

 

「ご面倒をかけますが、よろしく」

「まあこっちも余計な手間が省ける。持ちつ持たれつさ」

 

 GHに逮捕されたという体のアリウムは、即日証拠不十分で保釈される――『ということになっている』。そしてその後、すぐさまテイワズの資源採掘衛星に送られる手筈になっていた。衛星の鉱山で働き鉄華団への賠償金を支払う、オルガがサインさせたのはその契約書であった。まあ一生かけても払いきれるものではないが、『余計なことをしないよう拘束できる』。

 この流れは一種の癒着ではあるが。

 

「牢屋で飼っておくのもただじゃない。税金を無駄遣いするよりは、ましな対処じゃないかね」

 

 新江の言葉が全てを語っていた。GHにしても予算は限られているのだ。ヴィーンゴールヴに屯っている連中ならまだしも、余計な荷物は背負いたくないというところが本音だろう。

 ともかく微妙に後ろ暗い取引の後、GHの人員はアリウムとテラ・リベリオスの主要な人員を引き連れて去った。それを見送りながら、オルガは溜息を吐いた。

 

「兄貴の真似をしてみたが、なんか上手いこといった気がしねえなあ……」

 

 その言葉に、三日月が応える。

 

「オルガは名瀬じゃないでしょ? 同じことやっても上手くいくはずないじゃん」

「……それもそうか」

 

 苦笑しながら片目を瞑って頭を掻くオルガに、三日月は問う。

 

「あいつ、殺さなくて良かったの?」

 

 確かに今までのやり方であれば、アリウムは殺しておくべきだったのかも知れない。その機会であったことは間違いないがと思いながら、オルガは応えた。

 

「あの程度の小者、一々殺(や)ってたらきりがねえ。……殺さずにすむんなら、それに越したことはねえしな」

 

 血生臭いことが避けられるのならばその方が良い。将来を見越したオルガの言葉に「そっか」とだけ返す三日月。彼にもまあ、思うところはあるのだろう。

 ともかくこれで一つの騒動は終結を向かえた。だが次なる試練は手ぐすねを引いて待ちかまえているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリウムの処分が決定した。それを確認した後にノブリスはクーデリアと連絡を取っていた。

 

「残念です。いずれ独立運動再起のおりには、力になって頂きたかったのですが……」

 

 クーデリアの言葉はありがち演技でもなさそうであった。実際余計な色気を出さず、地道な活動を続けていれば彼女はアリウムを見捨てなかったであろう。そう判断しているノブリスはさして疑問に思うことはなく言葉をかけた。

 

「勇み足、というには少々乱暴に過ぎましたな。ですがこれはあなたの責任ではない。あまり気に病まぬようにすることです」

「分かってはいるつもりです。……申し訳ありません、湿っぽくなってしまいましたね」

「いやいやお気になさらずに。……ところで最近そちらの景気はいかがですかな? お困りのようでしたらいつでも融資など申しつけて頂ければ」

 

 本題に入る。アーヴラウとの交渉を終えて火星に帰還し、商会を立ち上げたクーデリア周辺の経済状況は順調であった。人も、資金も、独立運動を行っていた頃より集まり動いている。実の所融資を受けるどころか、利権を回すことによってノブリスに還元されているくらいだ。

 受けた恩は返すと、ノブリスばかりでなく融資を行ってきた出資者たちは同じように利益を受けている。予定通りどころか想定以上の結果であった。だが……。

 

「お気持ちはありがたく。ですがおかげさまで滞りなく回っております。これもノブリス氏を始めとする皆様のおかげです」

「そ、そうですか。順調で何より」

 

 何もおかしな所はない、はずだ。怪我から復帰したというクーデリア傍付きの間諜からの情報からも妙な行動をしている様子は伺えない。だというのになんだろう、漠然とした不安がある。

 GHという大口の取引相手を失った(火星支部の後任である新江はノブリスとの接触を避けている)ノブリスは、武器商人としての規模を縮小せざるを得なかった。全ての繋がりが途絶えたわけではないが、GH相手の収益は見込めそうにない。その代わりにハーフメタル関連の利権で相応の利益を得ている。だがそれはテイワズとモンターク商会が大きく関わり、全てを己が掌握し自由に出来るものではなかった。

 それに関してクーデリアが何か働きかけているのかも知れなかったが、今のところ彼女は自分の采配で可能な限り利分を火星の企業などに回し、経済の活性化を計ることに尽力している。なにやら企む余裕など無いはずなのだ。

 確かにクーデリアは何か特別なことをしているわけではない。色々なところに仕事と『情報』を回しているだけだ。その結果自身の信用を上げ密かに『誰かの信用を落としている』かも知れないが、まあそれが今後どうなるかはまだ分からなかった。

 まあそれはさておいて、彼女は笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「そうそう、今度テイワズの方で、大規模な採掘場を火星の傘下企業に任せるという話を聞きました。ノブリス氏の方にも流通などでお世話になるかと――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歳星がマクマードの屋敷。そこにジャスレイが血相を変えて乗り込んできた。

 

「親父、どういうこった! あのガキどもに火星の採掘場を丸々一つやっちまうってのは!」

 

 激しく机を叩いて言いつのるジャスレイに対し、マクマードは葉巻を吹かしながら応える。

 

「海賊退治の褒美、ってところさ。あいつらは良い仕事してくれてる。そろそろでかいヤマ任せても良い頃合いだと思ってな」

「あいつらまだひよっこもいいところの子供ですぜ!? あの採掘場はこれからテイワズにとっての金の成る木――」

「まあ落ち着け。俺も身贔屓ばかりであいつらに任せるわけじゃねえよ」

 

 にい、と老獪なる男の口元が歪む。

 

「なんと言っても『適任』なのさ、あいつらが」

「ガキどもが適任? どういうことですかい」

 

 ジャスレイが眉を顰め問う。

 

「あの採掘場、ガワは出来つつあるが、まだまだものになるには時間がかかる。金も投資せにゃならんし人も集めにゃならん。そのためにこっちから色々と送り込むより『火星で集めた方が手っ取り早いし安上がり』なのさ。そして価値が高まりつつあるハーフメタル鉱脈を狙う輩は多い。それを守るための戦力があって、なおかつ火星で色々集められる伝手があり顔が利くもの、つったらあいつらがぴたりと当て嵌まるのよ」

 

 他にも火星に傘下企業はあるのだが、事実上最大の規模を誇るのは鉄華団だ。現在飛ぶ鳥を落とす勢いで成長しているアイゼン・ブルーメ商会とも関係が深く、さらには大本であるアーヴラウとの繋がりもある。将来性という意味では比肩するものはなかった。

 

「俺達は将来的にあいつらが差し出す『あがり』を待ってりゃいいって寸法よ。10年もすればあいつらも採掘場もものになる。出すものは最小限であがりが確実に期待できる。そう考えればテイワズにとって美味しすぎるどころじゃねえ金の成る木だろう?」

 

 確かに若輩者過ぎるという不安要素はある。それを考慮に入れてなお押し通すだけの価値があると、マクマードは諭した。

 

「ぬ……けど、なんかあったときが……」

「ケツ持ちは名瀬にやらせるさ。あいつもいい加減女衒扱いから卒業する時期だろうよ。それなりの責任を負うってのはやってもらわにゃ困る」

 

 むぐうと、表立って反対する理由を見いだせないジャスレイは言葉を飲み込む。こいつにとっても、もしかしたら分水嶺かもなあと、言葉に出さず思うマクマード。

 現状のままであれば、ほぼ確実にテイワズを後継するのは彼となるはずだった。だがここにきて、余計な『色気』を出すようであれば……。

 マクマードは冷徹に事の推移を見守り、思考を巡らせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テイワズからの報償として採掘場を一つ預けられた。その事実は鉄華団の団員たちを大いに沸き立たせる……とはいかず。

 

「こりゃまたでっかいご褒美だよなあ」

「むしろ面倒くさくなってねえかこれ? 俺達だけじゃ回せねえから人集めなきゃないかんだろ。まあ仕事にあぶれてる連中は多いからすぐ飛びついてくるだろうけど、その分管理が大変だぞ絶対」

 

 下見に現場へ赴いたシノとユージンの台詞である。確かに自分たちにとって大きな収益源と成るであろう報償であったが、その分一気に負担が大きくなる代物でもあった。今すぐどうにかしろと言われているわけでもないので腰を据えてかかれるのだが、何しろこれだけのものを扱うノウハウは全くない。1から手探りで始めなければならないと、真面目な幹部は頭を抱えている。

 

「穴掘れってんなら今すぐにでもやるんだがなあ」

「それだけで片づくものじゃないってのは、面倒だよね」

 

 本部の食堂で、昭弘と三日月が言葉を交わす。彼らの周囲にはライドを筆頭として、昌弘、ビトー、エンビ・エルガー兄弟などの準エース級が集い、それ以外の団員たちは微妙に距離を取るという位置関係が生じていた。

 別に誰かが何かしてそういう状況になった訳ではないのだが、エース級の人間は尊敬されて半ば崇められるような空気がある。そこで居心地の悪さを感じたり逆に図に乗ったりするような人間がいないので、なんとなくそれで落ち着いているわけだ。

 それはそれとして、彼らとて今後どうなるかは気になる。基本的にオルガの方針に従うのみではあるが、何も考えないで動くだけでは痛い目を見ると誰かさんの教練のおかげで骨身に染みて実感したせいで、こういった意見を交わすようになってきていた。

 

「クーデリアに頼んで、潰れた鉱山関係の会社あたりから人引っ張ってくるって言ってたけど」

「任せっきりってわけにゃあいかないんだろうなあ。頭使う方じゃ、俺なんか糞の役にも立てねえ」

「大分みんなも作業用MWの扱いには慣れてきたんで、現場の仕事ならこっちからも人回せるっすけど、やっぱ事務とかそのあたりの人間欲しいっすよねえ」

 

 へにゃりとテーブルに突っ伏すライドが目下一番の問題点を指摘する。今はテイワズから出向してきた人員を加えてなんとか事務関係を回している状態だ。鉄華団の少年たちも必死で机仕事の勉強をしてはいるが、元々文盲の人間が多かったせいもあって、使い物になるにはもう少し時間がかかる。

 大きな仕事を任されるのは良いけれど、その分苦労も増えるものだなと、しみじみ実感している少年たち。そんな彼らの様子を、少し離れた席でアヤは観察していた。

 

(脳天気に手放しで喜ぶような空気はありませんねえ。子供らしくないといえばそれまでですけど)

 

 これまでに積み重ねた経験が彼らから子供らしさを奪った。そのように見ることも出来るし、その経験のおかげで若輩ながら大企業からの信用を得るほどに成長したとも言うことが出来る。要は見方次第だが、はてさてどういう方向性で記事にしていくかと彼女が思考を巡らせていると。

 

(……ん?)

 

 三日月たちの元に歩み寄るものがいる。確か新人――ハッシュとかいう少年だ。彼の背後にはなんか居心地の悪そうなザックと、仏頂面のデインがついてきている。

 何か覚悟を決めたような表情のハッシュは緊張感を漂わせて三日月に声をかけた。

 

「あの……三日月さん、お願いがあります」

「ん? 何?」

 

 応えた三日月の目の前で、ハッシュは深く深呼吸して――

 

「俺を、俺を三日月さんの弟子にしてくださいっ!」

 

 見事な土下座を敢行した。

 

『……は?』

 

 見事に唱和した声が、食堂に響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、彼方地球がアーヴラウにて、鉄華団地球支部は修羅場の真っ最中であった。

 

「MWの配備状況、確認は取れてますか!?」

「建物関係のチェックポイント、直接見に行くよう注意して!」

「弾薬の在庫は? ……OK、すぐ出せるように用意よろしく」

 

 事務所だけでも大騒ぎであった。アーヴラウ防衛組織の発足式、それが間近に迫り、その準備に追われているのだ。

 そんな中、またしてもラディーチェがビスケットに詰め寄っていた。

 

「獅電が発足式に間に合わないとはどういう事です!」

「だからそれはテイワズに言って下さい。向こうもてんてこ舞いだってのは分かり切ったことでしょう」

 

 淡々と応えているように見えるビスケットだが、付き合いの長い団員たちは彼がかなり苛立っているのが見て取れて、内心肝を冷やしている。

 新たに採掘場を任された関係で、獅電の輸送は遅れに遅れていた。とは言っても元々発足式に出す予定など無く、正式に配備されるのはまだまだ先の予定である。今更少々遅れが出たところで問題はなかった。

 だというのになぜかラディーチェは発足式に間に合わせる事に拘り、ビスケット達を急かしていた。前にも言ったが輸送スケジュールを組むのはテイワズである。鉄華団の幹部をつついてもそれが変更されようはずのないというのに。

 

「あなた方がしっかりと上申しないからテイワズものらりくらりと仕事を遅らせるのです! こちらにも予定というものがあるでしょう!」

「元々遅れることを見越してこっちもスケジュールは立てています。トラブルが続いて苛立っているのは分かりますが、我々に当たられても困ります」

 

 その後も話は平行線。ラディーチェは苛立ちを隠さない様子で外回りに出かけ、団員たちはそっと溜息を吐いた。

 溝が深まる一方だが、ああも頑なではこちらとしても相応の対応をせざるを得ない。困ったものだがしかしと、ビスケットは思考を巡らせた。

 

(やけに『獅電の輸送を急がせること』に拘ってるな。……どうにもきなくさい)

 

 正直ラディーチェに対する信用は0に近い。テイワズから送られてきた人間でなければ、退職を促していたところだ。その上でどうにも『テイワズの思惑とは違うことを目論んでいる』ようにも見える。

 一応の身内を疑うのはなんだが、彼には『嫌な大人』が纏う気配がある。保険はかけておくかと、ビスケットは気乗りしないまま溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリュセ市にある繁華街。その一角にある酒場にフミタンは足を運んでいた。

 『ある人物』と話をするためである。

 

「あんたが俺を呼び出すなんざ、珍しい事もあるもんだな」

 

 なんとランディであった。会社帰りのサラリーマンのような目立たない格好をした彼は、いかにもビジネスウーマンといった格好(なぜか微妙に胸元が開き気味であったりタイトスカートのスリットがちょっと深かったりしてるが)のフミタンに問う。

 

「そんで、話って何よ?」

「少々お尋ねしたいことがあります。元GHのあなたなら、もしかしたらご存じかもと思いまして」

 

 別に調べごとが行き詰まっているわけではないが、GH関連の人間であれば必要な知識を持っている可能性がある。情報を集めるのが円滑になればと思ってのことだ。他意はない。多分無い。

 内心で自分自身に言い訳をしながら、フミタンは切り出した。

 

「『火星に施されたテラフォーミング』。それについて何かご存じであれば、教えて頂けないでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

「……抜け出るっ……この地獄から……っ!」

「……愉悦……最下層からむしり取り一時の快楽を得る愉悦……っ!」

 

 賭博黙示録アリウムと1日外出禄マルバ、はっじまっるよ~(嘘)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 愛気が完結……だと……?
 やあまあ無事に終わって何よりですがどっかの富樫とかは見習うと良い捻れ骨子です。

 はい後かたづけと伏線張りなお話でした。人的被害がなかったので餃子ことアリウム命拾い。地下帝国じみたところで頑張るといいよ。あとなんか色々な人が酷い目に遭いそうな予感がするのは気のせいじゃないかも特にハッシュ。
 そして次回から地球編となる予定です。果たして鉄華団は計略を乗り切れるのか。色々感付かれている様子のラディーチェは果たして無事にすむのか(ヒント、駄目)

 ということで今回はこの辺で。


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