イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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鉄華団参戦からのBGM、Gジェネより【クロスボーン!】


25・鍛え方が違うんだよ

 

 

 

 小一時間ほどで、第2艦隊は夜明けの地平線団の艦隊を視認可能な距離まで詰めていた。

 

「敵艦隊、停止しています。こちらに応戦する模様」

「は、たかだか3隻で我等に立ち向かう、その度胸だけは認めて……」

「っ!? 敵艦隊後方にエイハブウェーブ反応! これは……敵艦隊はリアクターをスリープさせた僚艦を曳航していた模様! 敵艦隊の正確な数は……10隻です!」

「なに!?」

 

 出鼻をくじかれる。確かに第2艦隊は高い錬度を誇る。だが歴戦の海賊が倍の数で襲いくるとなれば苦戦は必至と言わざるを得ない。

 しかし。

 

「ふ、ふん! 味な真似をしてくれる!」

 

 多少の動揺は見せても、イオクは引かない。プライドと自信、そして自覚のない過信が引くという選択を取らせない。

 

「MS隊を出せ! 私も出る、機体の用意を急がせろ!」

「しかしイオク様が自らお出になる必要は……」

「賊どもに我等が威光を示さねばならん! それに折角ラスタル様が気を配って新型機を優先的に回して下さったのだ。良い実戦テストとなろう」

 

 自分が敗北することなど欠片も考えていない。これまではそうたいした相手と遭遇もせず、危ういときには部下がフォローに入ることで危機を免れてきた。『本物の命の危機』というものを、彼はまだ体験したことがない。

 颯爽と身を翻し格納庫へ向かう。これから先が本当の戦場であるとイオクは理解しているのかどうか。

 ともかく彼は、迷うことなく修羅場へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアンロッド艦隊の反応を見て、旗艦のサンドバルはにやりと笑みを浮かべた。

 

「ほう、やる気か。さすがはGH最大戦力といったところだな」

 

 相手がアリアンロッドだと分かっていても何ら動じることはない。それほどまでに彼は己の持つ戦力に自信を持っていた。

 

「こちらもMSを出せ。ヒューマンデブリの兵を先行させろ」

 

 そう言ってから彼は「そうそう」と付け加える。

 

「手柄を立てた奴には『IDを返してやる』と伝えておけ。その上で希望するなら正式に取り立ててやるともな」

 

 それはヒューマンデブリたちに自由を与えるということだ。その言葉に背後に控える側近――双子の男たち、その片割れが問いを投げかける。

 

「いいんですかい頭目? そこまでしてやって」

「なに、そう言えば死に物狂いで働いてくれるだろうさ。ここ以外に居場所がないとはいえ、自暴自棄になられても困る。目の前に人参ぶら下げておいたが良いだろう」

 

 別に彼は嘘など言っていない。ただGHの兵相手では手柄を立てるどころか生き残るのも難しいであろうが。

 

「せいぜい連中を疲弊させてくれれば御の字よ。まだ戦力に余裕はある。連中の『後詰め』も控えているんだ。本命は取っておかないとなあ」

 

 彼らも独自の情報網があり、今回の状況は大体理解している。アリアンロッドと新設部隊、鉄華団。共闘はしていないがどちらかが先に仕掛け、もう一方がそれに乱入する形になると踏んでいた。まあどのような形になるとしても十分な戦力を用意してある。纏めて返り討ちにし、夜明けの地平線団の名を世に轟かせてくれる。サンドバルはそう決意していた。

 彼には野望がある。テイワズの下部組織である鉄華団、そしてGHを蹴散らし、自分たちの武威を示す。それで名を上げさらに夜明けの地平線団が規模を拡大し、新たな一大勢力――自分の『王国』を作り上げる。そのような目標があった。

 今回の戦いは彼にとっての桶狭間、この先の行く末を決める大勝負である。それに勝つために彼は準備を整え、そしてそのことに自信を持っている。故に己の勝利を疑っていない。

 だが、想像以上の『怪物』が待ちかまえているとは、夢にも思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初の交戦から自力に勝るMS部隊が果敢に攻め込み、第2艦隊の有利に戦況が進んでいるように見えた。

 しかし。

 

「自由だ! 俺は自由になるんだああああ!!」

「死ね死ね死ね死ね死ねェ!」

「な、なんだ、なんだこいつらは!?」

 

 ガルム・ロディを主力としたMS部隊は決して強くはない。だが誰も彼も機体が損傷しようが四肢がもがれようが、果敢に、いや死に物狂いで襲いかかってくる。その気迫というか鬼気迫る勢いに、徐々に押され気味となっていた。

 死兵と化した。そう言っても良いヒューマンデブリたちの奮起には理由がある。彼らがサンドバルの言葉を信じたのは、これまでも手柄を上げた者は相応に待遇を良くされたからだ。

 基本ヒューマンデブリは使い捨ての兵として扱われるが、中には生き延びて技量を上げる者もいる。そう言ったものたちが反抗したりすれば面倒なことになるのは目に見えているので、それを防ぐために待遇を改善するのである。

 目に見えた飴と鞭であるが、他に縋るもののないヒューマンデブリにとっては天から垂らされた蜘蛛の糸も同然であった。そんな経緯があるが故に、彼らはサンドバルの言葉を信じ、死力を尽くす。どうせ元々ゴミのように扱われる命だ、それをかけて自由を手に入れられるのであれば安いもの。死か自由か。彼らが奮起し死に物狂いになるには十分な理由であった。

 徐々に流れが変わりつつあるそんな戦場の一角で。

 

「もらったあああああ!」

「くっ!」

 

 1機のガルム・ロディが、体勢を崩したグレイズにとどめを刺さんと得物を振り上げる。

 その刹那、横合いからの打撃がガルム・ロディを吹き飛ばした。

 

「無事ですか!? 一旦下がって体勢を整えて下さい!」

「た、助かった三尉、恩に着る」

 

 割って入ったのは、一般のグレイズと同じく緑色に塗り上げられたGH最新鋭機【レギンレイズ】。試験的に実戦投入されたその先行生産機を駆るのはジュリエッタ。彼女はラスタルの直轄として単独行動を許されており、遊撃として戦力に穴が開いたところを埋めるべく奮戦していた。

 だが先程からこのような事を繰り返している。徐々に押されつつある戦況を、彼女は肌で感じつつあった。

 

「こいつら、今までの敵とは違う。このままでは……」

 

 一方。

 

「ふむ、敵もなかなかやる。我々も前に出るぞ!」

 

 戦況を見ていた(理解しているかどうかははなはだ怪しい)イオクは、自ら戦場に飛び込もうとしていた。

 しかし。

 

「お待ち下さいイオク様! 指揮官が軽々しく前に出てはなりません!」

「兵たちを信じ、堂々と構えるのが上に立つものの器量。ここは兵たちにお任せ下さい」

 

 周囲の側近がもっともらしいことを言いながら必死で止める。イオクが乗っているのは黄土色の専用色に塗り上げられたレギンレイズ。しかしながら機体の性能はともかく、彼の技量はそこそこの域を出るものではなかった。試作の大型レールガンを専用装備としているが、射撃の腕は『ちょっと上手い』程度のもので、実の所接近戦をさせないために配下のものが口八丁で説得して装備させたのが真相である。

 そんな彼が前線に出ればどのようなことになるか日の目を見るより明らかである。しかしながらGHではどういう訳だか若手の指揮官は前線に出たがる傾向があった。これに習ったのかイオクもまた前線に出たがる質だ。側近のものたちは毎回それをなんとかして食い止めるという苦労があった。

 

「イシュー家のカルタ殿は、己の命を賭けて前線に赴いたという! セブンスターズが一角としてそれに習わずどうするか!」

「状況が違います! どうかご自愛を!」

 

 部下の機体になかばもみくちゃにされるようにして藻掻く黄土色のレギンレイズ。そうこうしている間にも戦況は動いていた。

 

「あれが指揮官機! 奴を仕留めればァ!」

 

 防衛線を運良く潜り抜けた1機のガルム・ロディが、目敏くイオクの機体を見出す。なにやら諍いを起こしているようだが絶好の機会だ。それなりに生き延び技量もあるせいで支給されていた大型のバスターブレード構え、その機体は後先考えない突貫を敢行する。

 イオクの我が儘にかまけていた周囲の側近は反応が遅れた。気付いたときには致命的なまでに接近を許し、最早回避は不可能と思われた。

 ならば主の盾になるとばかりに敵へと向き直ろうとしたところで。

 

「何をしているのですかイオク様!」

 

 突如割って入った影が、横合いからガルム・ロディを蹴り飛ばす。

 言うまでもないがジュリエッタのレギンレイズだ。

 

「このようなことばかり……ラスタル様の兵とあろうものが情けないっ!」

「ジュリエッタ! 助太刀は無用だと……」

「いいからイオク様は采配に徹していてください! ここまで攻め込まれているということは、状況は芳しくないのですよ!」

「い、言わせておけばこの山猿が……」

『落ち着いて下さいイオク様!』

 

 いきり立つイオクの機体を必死で押さえ込む側近たち。それを尻目にジュリエッタは戦場に向き直った。

 押し込まれてきている。損害はこちらのほうが少ないが、勢いと流れは完全に向こうのものだ。敵MSの数はこちらを少し上回る程度。だが艦数から考えればまだ余力があると見て良い。

 

(イオク様にラスタル様の半分も才覚があればっ!)

 

 ラスタルならこのような無様は晒すまいと歯噛みする。ともあれ今はそんなことを言っても仕方がない。状況が好転するわけでもないのだ。

 

(味方のフォローにはいるのも限度がある……ならば、一か八か敵の旗艦を狙うか?)

 

 あまりにも無謀な思考がジュリエッタの脳裏を掠める。

 しかしそれが実行される前に、新たな動きが生じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良い頃合いだ。オルガ団長、準備は?」

「ああ、こっちはいつでも行けるぜ」

「よし、では始めようか。……総員第一種戦闘配備、全艦最大戦速! MS部隊を順次発進させろ。私も出るぞ」

 

 石動が指揮する艦隊と、鉄華団が牙を剥く。

 大型の推進ユニットを船体後方左右に増設されたハーフビーク改級3隻に続き、イサリビとホタルビが追従する。

 先行するハーフビーク改級から次々と放たれるのは、増加装甲を備えた上両肩や両足、後ろ腰などにスラスターユニットを装備したグレイズ改造機スタークグレイズ。その指揮を執るべく石動は、マクギリスより譲り受けたシュヴァルベ・グレイズを駆る。

 一方鉄華団も順次MSを出撃させていた。

 

「雑魚は適当に蹴散らせばいい。だが頭のサンドバルは生け捕りにしてくれと言うことだ。勢い余って潰さないでくれよミカ」

「苦手なんだけどな生け捕り。……まあ何とかしてみるよ」

「三日月さん、発進準備できました! コントロール渡します!」

「了解。三日月・オーガス、バルバトス出るよ」

 

 先陣を切って飛び出すのはもちろん三日月駆る白き鬼神。それに次ぐのは。

 

「行けるか、昭弘?」

「ああ、問題ねえぜ副団長」

「よし、そいつの初陣だ、派手にぶちかましてきな!」

「応! 昭弘・アルトランド、【グシオンリベイク・明王丸】。出るぞ!」

 

 ユージンが指揮するホタルビから飛び出すのは、バルバトスと共に改装されたグシオン。全体的に無骨さが増したその機体は、主腕と背中の副腕に4丁のアサルトライフルを構え、敵が近づく端から弾丸をばらまいていく。

 そして彼らに続いて獅電やランドマン・ロディが次々と飛び出していく。

 

「これまでにない大規模戦だ、油断するんじゃないよラフタ」

「そっちもね。タービンズ組、行くわよ!」

 

 出向組の二人も躊躇うことなく戦場に飛び込む。

 突然の乱入。それは決して第2艦隊の助けになるものではない。

 

「こちらはマクギリス准将配下試験遊撃艦隊。現在そちらと交戦中の目標は、当艦隊が討伐を予定していた賊のはず。一体どういう了見か説明を頂こう」

「こちらはアリアンロッド第2艦隊。現在の状況はこちらが哨戒任務を行っていた最中に生じた偶発的な戦闘である。そも地球圏外の治安維持は我等が責務。非難されるいわれはない!」

 

 それぞれの旗艦に残った士官同士が通信を交わす。お互い状況を理解している上での白々しいやりとり。それは決して友好的なものではない。

 

「先に接敵した以上、交戦権はこちらにある。邪魔をしないで貰おうか」

「そう言われてもこちらとて任務、引き下がるつもりはない。援護及び協力の要請が無かったことは記録させて貰う」

 

 乱暴に切られる通信。試験艦隊の士官たちは、呆れた様子で鼻を鳴らした。

 

「やはり協力を申し出ることはなかったか。石動三佐たちの予想通りだったな」

「あれだけ押されているのに随分と強気で。余裕などないだろうに」

「縄張り意識とプライドが、手助けを許さんのだろうな。……MS部隊を援護する。敵艦隊に砲撃を集中、やつらの戦力を引きずり出すぞ!」

 

 砲火が激しさを増す。乱入により一気に戦況が動いた。奇襲を受けた形になる夜明けの地平線団のMS部隊は、その戦力を削られていった。

 

「あっちもヒューマンデブリか……悪りぃが、手加減してる余裕はなくてね!」

「シノ、できれば1機捕まえてくれ。データを吸い出して敵艦隊の正確な情報を割り出す」

「交戦中だ、十分気を付けろよ!」

 

 ヒューマンデブリの保護にも力を入れている鉄華団だが、流石にこの状況ではそんな余裕もないし、第一完全に我を忘れて死に物狂いで襲いかかってくる相手に向かって投降を呼びかけても無駄だ。結局の所蹴倒していくしかない。

 旗色は変わった。だが旗艦のサンドバルは全く余裕を崩していなかった。

 

「ふん、本命のお出ましか。……連中もなかなかやるようだ。ヒューマンデブリにゃ少々荷が重いな」

「頭目、では」

「ああ。……『正規』のMS部隊を出せ! 粋がってる餓鬼どもを返り討ちにしてやれ!」

 

 海賊の艦から新たにMSが出撃していく。阿頼耶識が搭載された機体のように滑らかな動きではないが、洗練された技量を持つものたちだとはっきり分かる。

 夜明けの地平線団が正規兵。神出鬼没の海賊行為を繰り返す彼らの錬度は、アリアンロッドと比べても勝るとも劣らないものだ。

 

「兵の錬度を底上げしていたのが貴様らだけだと思うなよ餓鬼ども!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新手の登場に、しかしオルガは笑みを崩さない。

 

「は、来やがったか。……だがな、教官のしごきに比べりゃ屁でもねえんだよ」カクカクブルブル

「団長団長! ちょっとトラウマってますから思い出すのやめましょう!」

「お、おう。悪りぃ悪りぃ」

 

 オペレーターの少年に突っこまれ、我知らずかたかた身震いしていたオルガは慌てて身を正す。

 団員たちがある程度の技量になったら受けさせられるランディの教練。オルガたち幹部もそれを受けさせられている。いや、「幹部は一番きついところをやらなきゃならねえ」というランディの持論の元、『彼が全力全開の』教練を『一月』受けさせられた。

 結果、ユージンは白目を剥いて魂を口の端から漏らし、シノはうけけけけと壊れた笑い声を上げ続け、昭弘は斜めに傾いだまま暫く戻らず、ビスケットはゲッター線に汚染されたかのごとく瞳に渦を巻かせ、そしてオルガは真っ白に燃え尽きていた。

 何しろ弱音を吐かない事には定評のある三日月をして、疲労困憊と言った様子で「……ちょっと疲れた」と言わしめたほどだ。メリビットが何をしたんですかとランディに詰め寄っても致し方あるまい。

 もちろんランディはすました顔でこう答えた。

 

「俺の知ってる技術、知識を三週間ぎっちり詰め込んで、残りの一週間不眠不休でこれでもかっていう最悪の状況下の各種訓練及びシミュレーション漬けにしただけだ」

 

 ランディが全力全開で行ったそれがどれほどの地獄か想像に難くない。つーか殺す気か最後の一週間。当然ながらこの狂人は正座でメリビットの説教をたっぷり聞かされる羽目になったが、多分懲りてない。

 それはさておき数回にわたって行われたそれは、幹部たちの正気度を削るのと引き替えにして、確かに技能、技量を向上させていった。しかしながら幹部たちのぶっ壊れっぷりから一般の団員には恐れられ、いつしかその地獄の教練は【ランディブートキャンプ・ルナティック】と称されるようになった。ちょっと反抗的な団員とかに「おめえルナティック受けさせんぞ」と言ったら即座に五体投地で許しを請うた、などというエピソードもあったとかなかったとかいう所から、どれほど恐れられたかがよく分かるだろう。

 とにもかくにもそんなモノを受けさせられたオルガたちから見れば、まだこの状況は温い。それは交戦を行っている面々にしても同様であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良い動きはしてるけど、タービンズの人たちほどでもないな」

 

 バルバトスが両手に持つショートメイスでガルム・ロディを片っ端から殴り飛ばしながら、三日月が呟く。

 現在の彼の技量であれば、いくら練度が高くてもそこらの海賊など歯牙にもかけない。その上で、どうにも三日月の事が知れ渡っているのか、敵は前線で暴れるバルバトスに群がってくる。討ち取って名を上げようとでも言うのだろう。だがその行為は狼の前に子羊の群れを投げ込むがごとき真似でしかなかった。大体鎧袖一触っといった感じで蹴散らされていく。

 単純作業のように敵を撃破していく三日月には、ぼやく余裕すらあった。

 

「しかしこの警告? って奴、意味あんのかな?」

 

 通信機のレコーダーから垂れ流しになっている全域通信。それは第2艦隊の兵に向けられたものだった。

 簡単に言えば「こちらは民間の協力者。正規の依頼と契約に基づいて行動しているから責任はGHにあるし、下手に手出ししたら訴訟問題とかになるかもね」という内容を小難しい言葉で語るものだ。鉄華団の少年たちが直に語るには面倒だし正確に覚えられるかも怪しいと、ある種の気を使った石動のアイディアである。

 まあ無視されるであろうが、一応警告を放ったという体は取れる。それで問題が起きればアリアンロッドをやりこめる材料の一つに成るであろうという目論見もあったが、三日月たちにとっては少々煩い言葉の羅列でしかない。

 

「まあいいや。そろそろダンテが旗艦の情報とか吸い出しているころ……」

 

 呟く間に、背後から1機のガルム・ロディが襲いかかる。バルバトスは振り返りもしない。パイロットは仕留めたと思っただろう。

 がきり、とシースメイスを背負ったバックパックが展開する。メイスをホールドしたまま振り回されるそれは、新たに備えられたサブアーム。主腕と変わらぬ滑らかな動きでシースメイスを操り、ガルム・ロディの打ち込みを弾き飛ばす。

 即座に振り返ると同時にショートメイスが叩き込まれ、コクピット周辺を潰された機体が吹き飛ぶ。三日月はむ、と唸った。

 

「これ(サブアーム)便利だけど、慣れすぎるとマニュアルの時に癖で使いそうになって困るかなあ。出来るだけ使わないようにするか」

 

 戦いの中で先のことを考える。本人に自覚は無いが、三日月は朧気ながら『将来のこと』を意識しつつあった。その変化が吉となるか凶となるかはまだ分からない。

 まあそれはいい、今は目の前の戦いに集中だと、彼は意識を切り替える。

 白き疾風は、留まることなく有象無象を吹き飛ばし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四方に正確な射撃を行って威圧するグシオンを脅威と見たか、海賊のヒューマンデブリが駆る機体が一斉に襲いかかってきた。

 

「ふん、三日月よりトロいと見られたか?」

 

 雲霞のごとく迫り来る敵に対し、昭弘は余裕を崩さない。弾数が残り少なくなったライフルを破棄し、腰の後ろに備えられたごついシールドのようなものを引き抜く。同時に射撃モードの頭部が展開、露わになったマシンフェイスがカメラアイを力強く灯す。

 弾丸を浴びる危険が無くなったからか、敵は四方八方から飛び込んでくる。連携も何もあったものではない出鱈目な突撃であったが、それが逆に動きを読みにくくさせている。しかしそのようなことなど一切関係なく、グシオンは片っ端から手近なガルム・ロディをシールドで殴り飛ばしていった。

 

「この、こいつっ!」

「なんてえパワーだ!」

 

 ただ無造作に殴りつけているように見えるが、その打撃は一撃で機体を行動不能に追い込んでいる。

 

「スピードは出ねえが、その分力は有り余ってるんでなあ!」

 

 グシオンがパワーに振った調整を施されているのは確かだが、それ以上に昭弘の戦い方が乱雑に見えて巧みなものとなっていた。

 格闘技などで言う『後の先』。先に動いた相手の機先を制して打撃を叩き込む。昭弘は未熟なれどそのような戦い方を習得しつつあった。教練を受け自分でも鍛え試行錯誤した末、そういったやり方が性に合っていると判断したらしい。

 それはどうやら正解であったようで、寄せる敵をものともしない。だが流石に敵も然る者ということか、死に物狂いで挑みかかる。

 そして。

 

「くらああああ!」

 

 1機のガルム・ロディが、頭部を粉砕されながらも組み付こうとしてくる。その機体はすぐさま殴り飛ばされるが、そこに一瞬の隙が生じた。

 

「おおっ!」

「こいつだけでもっ!」

 

 僅かな隙を見逃さず、周囲の機体が一斉に躍りかかり、グシオンへと組み付く。1、2機はふりほどけたが、獲物に集る蟻のごとくまとわりついたガルム・ロディは埋め尽くすようにしてグシオンを拘束する。

 そこに。

 

「よくやったお前ら! そのまま押さえてろ!」

 

 正規の海賊兵が駆る機体が、槍のような獲物を振り上げ襲いかかる。ヒューマンデブリの機体ごと仕留めようと言う腹だったのだろうが。

 組み付かれた機体に埋め尽くされた下で、グシオンのカメラアイが一層力強い光を宿した。

 どがむ、と衝撃が奔り、組み付いていた1機が吹き飛ばされる。それを成したのは左手の盾、その端から飛び出した杭――パイルバンカーだ。

 

「なに!?」

 

 海賊が怯む間に杭は収納され、代わりにじゃきんと刃――高周波ノコが飛び出し、別の機体の肩口に食い込む。同時にグシオンの両肩から垂れ下がったサイドアーマーと、長く伸びた腰部フロントアーマーが展開する。現れたのは細身の『腕』。主腕と背部の副腕、そして新たに備えられた4本のサブアームが、とりついた機体たちをがっしりと掴む。

 さらに加えて増設されたサブアームの先端からまばゆい光が生じ敵機の関節やカメラアイを焼き切っていく。鋼材の切断などに使われるレーザートーチが仕込まれているのだ。

 

「おおるァ!!」

 

 昭弘はスロットル全開でまとわりついた敵機を『引きちぎりながら』無理矢理拘束を解いた。その様はまさに阿修羅のごとく。まき散らされる機体の部品が、海賊兵のガルム・ロディが打ち込みを阻害する。

 

「くっ、この化け物が!」

 

 その兵は悪態をついて後退しようとするが。

 

「逃がすかよ!」

 

 シールドの先端を離脱しようとする機体に向ける。そこから飛び出すのはシュヴァルベ・グレイズのものに似たワイヤーアンカー。それは狙い違わずガルム・ロディの脚に巻き付いた。

 

「うおっ!?」

 

 力任せに引っ張られ、ガルム・ロディは体勢を崩しグシオンの方へと引き寄せられる。スラスターに火を入れ自らも加速しながら、グシオンはシールドを操作する。

 がしゃりと盾が変形を始めた。見る間に形作られるのは巨大な『鋏』。【マルチシザー】と名付けられたそれは、鋏を中心に複数のツールを一体化させた武器であり『工具』である。構えられた巨大な鋏は、吸い込まれるようにガルム・ロディの胴体フレームに食い込んだ。

 

「な、が、この!」

「おおおおおりゃあ!」

 

 ガルム・ロディは鋏から逃れようと抵抗するが、構わず昭弘は力を入れる。ほどなく食い込んだ鋏の間から火花が飛び散り、胴体フレームが切断された。

 ふん、と呼気と共に蹴り飛ばされるガルム・ロディの上半身。憤怒を持って仏敵を討つ明王の名を与えられた機体は、鋏を担いで戦場を睥睨する。

 

「さあ、解体(バラ)されたい奴からかかってきな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思ったように有利な状況に動いていない。それどころか押され気味であることに、サンドバルは眉間に皺を寄せる。

 

「やつら思った以上にやりやがる。リボン付きの悪魔に頼ったネズミじゃないって事か」

 

 だが、と彼はまだ諦める様子を見せない。

 

「逆に言えば、奴らの中核さえ倒しせりゃまだ勝ち目はある。……ふん、ここは一つ『起爆剤』を突っこむしかないな」

「頭目」

「では?」

 

 何かを期待したような双子の言葉に、サンドバルは力強く頷く。

 

「総員に伝えろ! サンドバルが出るとな!」

 

 その宣言に、艦橋が沸いた。

 そして。

 

「おお、頭目が!」

「我等がサンドバルが出るぞ!」

 

 戦況に危機感を覚え始めた海賊たちが色めきだつ。誰かが咆吼のように頭目の名を呼び、それはあっという間に仲間へと伝播する。

 

『サンドバル! サンドバル! サンドバル! サンドバル! サンドバル! 』

「なんだ、何が起こっている!?」

 

 通信機越しの咆吼に、イオクが狼狽えた声を上げた。目に見えて勢いが変わる海賊たち。それを見て取ったオルガは舌を打った。

 

「ちっ! ついに動きやがったか。ミカと昭弘は?」

「三日月さんは敵艦隊につっこめる位置にいます。昭弘さんは少し後方、敵を引きつけてますからすぐには動けません」

「よし、サンドバルが出てきたらミカを向かわせて……」

「団長! ダンテだ」

 

 指示を出そうとしたオルガのもとに、敵機を捕獲して後方に下がりデータの吸い出しと解析を行っていたダンテから通信が入った。

 

「敵艦隊のデータ解析が終わった。今そっちに送る」

「分かった、頼む」

 

 応えるが早いかデータが送られてくる。それに目を通したオルガの眉が顰められた。

 

「これは……トロウ、石動三佐に通信を繋いでこのデータを送ってくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュプレヒコールが響く中、夜明けの地平線団旗艦の上部カタパルトに現れるMS。

 逆関節の脚部が特徴的なその機体はヘキサ・フレームをベースにしたMS【ユーゴー】。オレンジに塗り上げられたサンドバル用の機体は、巨大な円月刀を背中に二振り背負っている。その姿から月輪のサンドバルと呼ばれるようになったのだ。

 

「見せてやろう、このサンドバルの戦いをな!」

 

 轟、と勢いよく飛び出す。そのままサンドバルのユーゴーは、戦場のまっただ中に飛び込んだ。

 

「指揮官が飛び出すか! しかし好機!」

 

 自分たちの司令のことは取り敢えず棚に上げ、臆することなく向かってくるユーゴーを仕留めんと、数機のグレイズが襲いかかる。

 しかし。

 

「ふ……温いわ!」

 

 目にも止まらぬ抜刀が、先行してきた2機の胸部をコクピットごと裂く。

 

「な!?」

 

 驚愕して僅かに動きを鈍らせた後続の懐に瞬く間に飛び込んだユーゴーは、それをあっけなく蹴り飛ばす。

 速い、そして無駄がない。荒くれ者の海賊を黙って従えさせるだけの技量を、サンドバルという男は確かに持っていた。

 

「ふはははは! 準備運動にもならんな! アリアンロッドもこの程度……む?」

 

 哄笑するサンドバルだが、レーダーが急速に接近する機影を捉える。

 

「あれがサンドバルか。堂々と出てくるだけはありそうだ」

 

 海賊の群れを抜き、突貫してくるバルバトス。ショートメイスを破棄し背中のシースメイスの柄に手をかけたその姿を見て、サンドバルは牙を剥くように笑んだ。

 

「噂の番犬か! 貴様はそれなりに楽しませてくれような!」

 

 ユーゴーもまた迎え撃たんとスラスターを吹かし、2機は激突する――寸前で。

 が、とバルバトスの打ち込みが受け止められた。

 

「こいつは私の獲物だ!」

 

 割り込んだレギンレイズ。それを駆るジュリエッタは敵意と闘志をみなぎらせてバルバトスと相対する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔」

 

 無論三日月は即座に蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

 ランディさんの用意したシミュレーションデータ(ルナティック)って大体こんな感じ。

 

 ・飛来してくる数千発の核弾頭+白騎士(×10)を全て撃墜せよ。打鉄で。

 ・単騎で7万の兵を食い止めろ。デルフブリンガー? ガンダルーヴの紋章? そんな甘えはない。

 ・MWでスツーカ乗った閣下の相手。

 

 史実相手が一番無理ゲな罠。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おまけの機体解説

 

 EB‐06sr スタークグレイズ

 

 旧式と成りつつある既存のグレイズを改装した機体。フレームの強化、そして装甲とスラスターを増設し防御力と機動性双方の向上を目指したもの。その性能はシュヴァルベ・グレイズに近いものとなったが、その分扱いが少々難しくなりパイロットにも相応の技量が必要となる。若手が多いマクギリスの艦隊だと持てあますのではと思われるが……?

 先行生産型がマクギリス旗下の新設艦隊に配備されているが、この艦隊以外で運用される予定は今のところ無い。

 なおその特性はレールガンを標準兵装としていたり大型対艦武器の使用を前提としていたりと、宇宙空間での艦隊戦を意識しているようだ。そのことからマクギリスが将来的に何を見据えているか伺える。

 某ゲスな仮面ライダーとは何の関係もない。ないったらない。

 

 

 

 

 

 ASW‐G‐11R グシオンリベイク・明王丸

 

 本来であればフルシティと名付けられるはずだった機体。

 基本フルシティの両肩にサイドアーマーが付き、腰部フロントアーマーが長く伸びただけに見える。しかしそれらはサブアーム、所謂隠し腕となっており、リベイクからの4本に加え計8本の腕を有する。さらに追加されたサブアームの先端にはレーザートーチが内装されており、接近戦用の武器として転用する事も可能。

 出力に振ったセッティングを施されており、その膂力はレーザートーチを併用してとはいえ素手でMSの四肢を引きちぎるほどのもの。接近戦、特に組み付かれたときには無類の強さを発揮する。

 メインの武器は腰の後ろに備えられた、シールドから変形する鋏マルチシザー。さらにこの武器は鋏の柄に当たる部分に複数の武器を兼ねたツールを内装している十徳ナイフのような『工具』である。この武器、そして機体の仕様は昭弘が『ある目的』のためにオルガに頼み込んで発注させた。

 8本の腕を持って複数の武器を使い、阿修羅をも凌駕するという意味合いで明王丸と名付けられたこの機体は、その名に違わぬ力を見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 よし、バルバトスとグレイズ改の設計と開発に成功したぞ!
 でも鉄血キャラビスケットしかいねえ捻れ骨子です。

 またしても更新が遅れております申し訳なし。でもクオリティはいつも通り。
 ともかくいよいよ海賊戦でございます。イオク様はやっぱりイオク様だったよ。そして予想通りの展開から颯爽登場新グシオン。(と地味にスタークグレイズ)ここまで待たせたかいはありましたでしょうか?

 さて次回は海賊戦大詰め。しかしこのまますんなりといくかな? うちのサンドバルは(多分)強いぞ?

 そんなこんなで今回はこの辺で。

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