イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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21・勝って兜のなんとやら

 

 

 

 

 

 アーヴラウ事変。GHによる火星ハーフメタル利権交渉への介入から始まったとされるその事件は、GH部隊の撤退と、代表選挙の決着によって終幕を迎えた。

 改めて代表に選出された蒔苗 東護ノ介は、早速アンリ・フリュウとイズナリオ・ファリドの癒着を公表。その上でGHに対し激しく抗議を行い、徹底的な追及と第三者機関による内部監察を要求した。

 それを何とかのらりくらりとかわそうとするGHであったが、その社会的な信用と権威は地に落ち、今までのように煙に巻いた誤魔化しで済ますことは出来なかった。

 『生け贄』は、必要だったのである。

 

「義父上、亡命の準備が整いました」

「マクギリス……っ!」

 

 主犯格であるイズナリオの処分。GHに残るのであれば、それこそ地位の剥奪、裁判の末の実刑などは免れないであろうが、中立国に亡命するという形でそれを免れることは可能だ。

 しかしこれは事実上の追放と言っても良い。それを逆手にとって処分はなされたと言い逃れするのでだろうが、イズナリオはよほどのことがなければ再起することは叶わぬであろう。

 ここにいたって、彼は己の養子が策略に乗せられたのだと気付いていた。

 

「お前という男は……孤児であった所を引き取ってやった恩を忘れたか!」

「恩義を感じているからこそ、『この程度』で済むよう働いたのです。そもそもあなたがいらぬ欲を抱かなければ、このような事態にはならなかった。私はそれに便乗したに過ぎません」

 

 臆面もなく言い放つマクギリス。歯ぎしりするイズナリオの両脇を警務局のものたちが固める。拘束こそされないが、逃げ出すのは難しいだろう。

 促され、退出しながらも、イズナリオは捨て台詞を忘れない。

 

「分かっているのだろうなマクギリス。そのような生き方をしている貴様の先には、絶望しか待っていないぞ」

 

 そう言い残して彼が去った後、マクギリスはひとりごちた。

 

「もとより、まともな終わりを迎えられるとは思っていないさ」

 

 人並みの幸福など求むべくもない。すでに修羅道を歩んでいるこの身、前のめりの倒れるまで進むだけである。

 ともかくイズナリオは退場した。元々以前から『裏』も含めてファリド家の実権は掌握しつつある。もうすでに彼は用済みに近かった。丁度良いタイミングの退場と言っても良い。これで、計画は一つ前に進む。

 

(贖罪は請わない。……例えそれが地獄行きの道であろうともな)

 

 密やかな覚悟を胸に、マクギリスは野心の炎を燃やし続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 諸々の後始末のため、状況が落ち着いた頃を見計らって名瀬を筆頭としたタービンズの面々と、テイワズのものたちが地球を訪れた。

 

「兄貴、色々とご面倒をお掛けしました」

 

 頭を下げるオルガ……の額に、名瀬のデコピンが放たれる。

 いづっ、と面を上げるオルガに向かって、名瀬はにやりと笑いながら言った。

 

「何言ってやがる、お前はちゃんと仕事をやり遂げたじゃねえか。胸を張れ」

「……兄貴のおかげです。ユージンたちを寄越してくれなかったら、もっと被害が出ていた。そうでなくとも、死なせちまった連中だっています」

 

 今回の仕事でも幾人かの死者が出ている。ブルワースとの、ミレニアム島での、そして、エドモントン攻防戦の終盤にて、GH陸戦隊を引きつけるための戦いでも。その事実がオルガの心に影を落としていた。

 それでもと、名瀬は諭す。

 

「オルガ、お前は前に言ったな? 「団員の死に場所は、団長として自分が作る」って。倒れた奴らはただ命じられて死んでいったんじゃねえ。お前の、その心意気に準じて、腹決めて逝ったんだ。……後は、お前らが『死んでいった連中に恥じない生き方』をしていくんだよ」

「恥じない、生き方……」

「そうだ。どんな形にしろ、人はいずれ死ぬ。お前も、俺もな。そんとき先に逝っていた連中に、どうだ、俺はこんな風に生き切ったたぞって、胸張って誇れる生き方をな」

 

 名瀬にも色々とあったのだろう。飄々とした様子の中で、その言葉には重みがあった。オルガにはその全てを理解することは出来ない。ただ、言葉の重さがずしりと腑に染み込んでいくかのようだった。

 

「努力して、みます」

「まあ努力するモンでもないんだがな……っと?」

 

 語り合う二人の元に歩み寄る影。誰あろうランディである。

 

「おう、大将に旦那。揃ってるたあ都合がいい」

 

 気楽に話しかける彼に、オルガが問うた。

 

「何か用事か?」

「なに、今回の仕事は無事終わったってことで、これから先の契約をどうしようかってな。『俺はどっちでも良いぜ』?」

 

 このまま雇われるか、解約するか。元々破格の契約だ、正直言って報酬のことだけ考えればランディに利は少ないというか無い。それを踏まえながらも雇われ続けて良いという事を匂わせるのは、何か考えがあるのだろう。そしてそれはきっと、ろくなものではない。

 しかしそのことを理解していながらも、オルガは迷わなかった。

 

「ランディさんさえ良ければ、このまま続けて俺達と契約して欲しい。……俺達にはまだ色々と、いや、『何もかもが足りねえ』。戦いだけじゃなく、そう言った諸々の、色々なことを教えて欲しいんだ。報酬も含めて、俺達に出来ることはする。だから是非とも頼む」

 

 そう言って深々と頭を下げた。そして。

 

「俺からも、頼む」

「兄貴?」

 

 オルガの隣で名瀬も頭を下げた。

 

「本来は兄弟分として俺が色々と教え込まなきゃならないんだろうが、こいつらにはきっと『それだけじゃ足りない』。もっとでかくなれる連中なんだ、お前さんのような人間の教えが必要だと思う。報酬の類ならこっちからも出す。だから受けちゃあくれねえか」

 

 オルガたち鉄華団に共感と将来性を見た名瀬の、本心からの懇願であった。

 それに対し、ランディは気楽な様子でぱたぱたと手を振った。

 

「そこまで大仰にするこたァねえよ。こっちにゃこっちの都合もあるんだ。持ちつ持たれつでいこうぜ」

 

 そう言ってから、にい、と邪悪に口元が歪む。

 

「地球に新しい伝手が出来るってんなら、色々と面白いことも出来そうだしなァ……」

(あ、兄貴。早まりましたかね?)

(けどよ、こいつから目を離した方が怖くね?)

 

 げっげっげっげっと明らかにヤバげな笑い声を上げるランディを前に、引きつった顔でこそこそと言葉を交わすオルガと名瀬。

 微妙に不安は残るが、ともかくランディとの契約は続くようである。それがどのような影響を及ぼすか、まだ分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガエリオ・ボードウィンの死は、任務上の殉職として処理された。

 彼の親族はその死を悼み、悲しみに暮れる。中でも妹であるアルミリアは精神的に不安定になるほど嘆き悲しんでいた。

 

「マッキーはどこにも行かないよね? 居なくなったりしないよね?」

 

 屋敷に戻ったマクギリスにしがみついたまま、涙目でそう問い続けるアルミリア。彼女を抱きしめながら、マクギリスは優しく言葉を放つ。

 

「ああ、どこにも行ったりしないさ」

 

 これは嘘だ。誰よりもマクギリス本人がよく分かっている。そしてこれから先も嘘をはき続けなければならないだろう。目的が成就するまで。

 しかし。

 

「君の幸せは、私が導く。必ず」

 

 この言葉だけは真実としなければならない。例え自分にこの少女を幸せにする資格はないと分かっていても。

 それが、『友だった者とのただ一つの約束』なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件を機に、世の流れは変わっていく。GHが権威の衰退。火星と地球の関係。経済圏のパワーバランス。これもそういったものの一つだろうとマクマードは感慨深く思いながら、ノブリスと相対する。

 

「……だいたいこんなモンか。後はお嬢さんが火星に帰ってきてから話を詰めることになるな」

「ノーマン・バーンスタインの失脚が前提となるが……彼女は出来るのかね? 自分の父親を追い落とすことが」

「放っておいてもGH火星支部のガサ入れついでに芋蔓だろうさ。何よりクリュセの親元はアーヴラウだ、風通しを良くするために膿は全部出し尽くす腹じゃねえか?」

 

 GH火星支部とクリュセ代表首相であるノーマンの癒着はスキャンダルとして公表された。ノーマンも悪あがきしているようだが時間の問題だ。下手をすればクーデリアが火星に帰還する前に決着がついてしまうかも知れない。恐らく次の代表首相はアーヴラウの意向を強く反映する人物になるだろう。アーヴラウの益になるよう働けば、上手く取り入ることは難しくない。

 そこから先は、『パイの取り合い』だ。どれだけが互いを、いや、これから介入してくる全ての勢力を出し抜き、己の利権を得るか。そういった戦いになる。

 無論、その勝負に負けるつもりはない。だがそれ以上に。

 

(あのお嬢さんがどう采配を振るうか。そいつが楽しみで仕方ねえてのは、俺も酔狂だねえ)

 

 老いが見えてきた自分たちと若い世代。そのやりとりが楽しみであるとマクマードは思う。

 老獪なる狸たち。あるいはこの勝負、ここで決していたのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄華団に与えられた報酬。それは金銭的なものに留まらなかった。

 アーヴラウで設立される予定の防衛組織。その軍事オブサーバーとして正式に契約を結ぶこととなったのだ。

 実質的には防衛組織の教導に加え、テイワズやノブリスが経営する軍需産業のプロモートと営業を行うこととなる。まだ規模は小さいが、これまで治安の維持をGHに頼るだけしかなかった経済圏の軍事バランスに一石を投じる仕事だ。その注目度は高く、鉄華団の名は注目株として急激に広まりつつある。

 それはともかくとして、諸々の後始末を終えた鉄華団は帰還の準備を始めていた。軍事オブサーバーの窓口として地球支部を開設する関係上、幾人かは残らなければならなかったが、多くのメンバーは火星に戻る。戻る連中も色々と忙しいが、地球に残る面子は多分それ以上に忙しいこととなるだろう。

 

「悪りいビスケット。面倒を押しつけちまって」

「ま、俺が適任だろうしね。任せておいてよ」

 

 地球に残るメンバーのリーダー――鉄華団地球支部長には、ビスケットが収まることとなった。オルガ以外で能力、人望、人格的に任せられるのは彼しか居ないと満場一致で名が上がり、彼自身もまたそうなるだろうなあと半ば納得と諦観が混ざった心境でそれを受けた。彼以外にも補佐としてチャドやタカキ、その他に幾人かが残って地球支部設立のために働くこととなっていた。

 

「クッキーとクラッカにはちゃんと伝えておくぜ。ああ、あんちゃんにも伝言があんならついでに寄っておくか?」

 

 ユージンの言葉に、ビスケットは頭を振る。

 

「むこうもこっちもまだ暫くは余裕がないからね。取り敢えずメールで近況を知らせて、本格的なのは落ち着いてからにするよ」

「そうか。ま、半年もしたらこっちから交代要員を送るって事になったし、テイワズの方からも人手を出すって話が付いてる。そうなりゃ少しは楽になるだろうよ」

「……うん、交代要員の案が『ランディさんから出てなけりゃ』安心できたんだけどなあ」

 

 ビスケットはなんか遠い目になる。そう、地球支部への交代要員を定期的に送り込んで人員の更新を計るという案を、あの男は出していた。何やら考えがありそうだが、どうにも不安になる。

 

「悪いことをするつもりじゃないことは分かってるんだ。それどころかきっと鉄華団の利になる事だと思う。けどなあ……」

「なーんか斜め上の方向にすっ飛んだことをするのは間違いねえよなあ……」

 

 ユージンもなんか遠い目にならざるを得ない。心配はないんだけど不安という、微妙な気持ちで彼らは虚空を見上げている。

 そうやって不穏な空気が流れている一方で、穏やかに一時の別れを告げている者たちもいた。

 

「クーデリアさんも地球に残るんだよね?」

「はい、まだ交渉は始まったばかりですから、やらなければならないことはたくさんあるのです」

 

 スーツ姿のクーデリアとアトラがにこやかに言葉を交わしており、その傍らにはやはりスーツ姿となったフミタンが控えている。まだまだ苦労は多いだろうが、それでも大きな山場を乗り越えたことでクーデリアの心は晴れやかであった。

 

「年少組の子供達と三日月には、『宿題』を出しておきました。次に会うときは、そのおさらいをしましょうね」

「ん。頑張っとく」

 

 クーデリアからタブレットを受け取った三日月は素直に頷いた。彼自身にも何やら考えがあるようで、文字を読めるよう積極的に学んでいる。その様子を微笑ましくクーデリアは見守っていた。

 

「三日月も体に気を付けて、無理はしないで下さいね」

「無理はしないよ。出来ることをやるだけ」

 

 そう言いながらも彼はさくりと体を張って矢面に立つのだろう。命を賭けるのはこの少年にとって『無理ではない』のだから。それをもう痛ましくは思わない。自分は彼を信じて見守っていこう。クーデリアもまたそのような決意を胸に抱く。

 彼女とアトラ、そして三日月の左手首には、揃いのブレスレットがある。アトラ手製のそれは、確かな絆を感じさせてくれた。

 そう言った諸々の光景を、バルバトスが乗せられた荷台の上でオルガは見回し、頷いた。そして皆に告げるため、大きく声を張り上げる。

 

「みんな、良くやってくれた! 鉄華団の初仕事、お前らのおかげで成し遂げることが出来た! けどな、これで終わりじゃねえ。これからももっと仕事をこなして稼いででかくなってくぞ!」

 

 そう言ってオルガはにかりと笑った。

 

「ま、そうは言っても次の仕事まで間がある。取り敢えずは成功祝いだ! ボーナスは期待しとけよお前ら!」

 

 団員達は一斉に歓声を上げた。皆が騒ぐ中、三日月がオルガの元に歩み寄る。

 

「……やっと終わったな」

「ん、そうだね」

 

 一つの山場を越えられた。彼らはその手応えを改めて感じていた。

 荷台に上がった三日月はオルガに並び立ち、眼下の光景を見据える。

 

「なあミカ、これからどうすればいい?」

 

 いつも違い、オルガが三日月に尋ねた。

 

「そんなの決まってるでしょ?」

 

 言って三日月は、左拳を軽く掲げる。

 

「……そうだな」

 

 ふっと笑みを零して、オルガは右の拳を軽く掲げる。

 

「帰るぞ、火星に」

「ん」

 

 がつ、と音を立て、拳と拳が打ち合わされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして――

 激動の渦の中、まだ名も知れぬものたちも動き出す。

 

「ふうん? 先輩が面白そうだって言うだけはありますねえ」

 

 真実を世界に知らしめようとする鴉。

 

「マクちゃんもちょっと『戻った』かネ? アンタに声かけるってのは」

「おいちゃん悠々自適にいきたかったんだけどねえ。……ま、お声がかかったってんなら、それなりに働くとしましょうか」

 

 猛き時代の残滓が復帰する。

 

「お父様もおじいさまも意地が悪いわね。こんな面白そうな人たちのことを黙ってるなんて」

 

 新たな世代の芽が、時代の風にそよいだ。

 

『リボンの人がやらかした件』

『あの人はいつかやらかすと思っていました』

『うんプロテインだね予定調和だね』

『多分我々も巻き込まれる予感』

『おいばかやめろ』

 

 問題外。

 うんまあそれはそれとして。

 濁流は留まらない。そして人々の運命も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

「肉奴隷だと思っていた養子に好き勝手されるなんて……

でも、感じちゃうっ!」ビクンビクン

 

 最悪かこのショタホモ。

 

 

 

 

 

 

 取り敢えず、一期は幕。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




しゃああああ! 俺氏、ヤフオクにて目的のモノを競り落とさん!
……しかし自分で自分のクリスマスプレゼントと考えるとちょっとテンション下がる捻れ骨子です。
 
はいこれにて鉄血一期、終了でございまする。やっぱり大まかには変わってねえ……と思わせといて最後のあたりでなにやら怪しい気配が。これはオリキャラ大量排出の予兆か? 独自展開の前振りなのか!? 全ては二期で明らかになる……かも知れません。続けばですが。

そういうことで、今年はこのあたりでお暇させて頂きます。
もし話が続きましたらまた来年。
 
皆様、良いお年を。

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