イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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 今回BGM、もちろん【Survivor】で。


20・そろそろ締めるとしようかね!

 

 

 

 コーリス率いる地球外縁軌道統制統合艦隊地上部隊は混乱の極みにあった。

 

「増援の機体が市街地に突入!? ええい、なにがどうなっている!?」

 

 今回の任務で予想外のことが起こるのは慣れたつもりであったが、いい加減勘弁してくれと頭を抱えたくなる。そんな気持ちを心に押し込め、牽制の射撃を行いながら通信機向こうのオペレーターに問うた。

 

「敵が市街地に侵入したのではないのだな!?」

「は、そのよう……いえ、今1機件の機体と接触した模様です。恐らくは交戦を開始したものかと」

「くっ、この状況では少し離れると通信の傍受もできんか。おまけに土煙で全体の戦況も確認できん」

 

 MS同士の激しい混戦によりエイハブウェーブが安定しないため、少し離れるとまともに通信が出来ない状況であった。故に彼らは増援があった事こそ察知したものの、どのような展開になっているかまでは把握できていない。

 

「ともかく陣地の撤収を急げ! こいつら相手では防戦にも限度が……」

「あ、新たに2機、こちらに来ます! 件の機体の相手をしていた連中です!」

「ちぃ! ボードウィン特務三佐は何をしている!」

 

 何のための増援だと憤りながら、コーリスは弾の切れたアサルトライフルを投げ捨て、腰のバトルブレードを引き抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戸惑うガエリオのキマリスに刃を向けたまま、赤い機体――グリムゲルデはランディのシュヴァルベ・グレイズを油断なく見据える。

 鼻を鳴らしてランディは言う。

 

「黙っていてもそれなりのケリはつく。このまま顔を出さなくてもよかったんじゃねえか?」

 

 ある程度目の前に立つ人物の目的を予測しているのか、それともかまをかけているのか。ランディの言葉はどちらともつかないが、モンタークはこう返す。

 

「決着は己の手でつけたいのです。……お察し下さい」

 

 沈黙。僅かな時間を経て、ランディは剣を収めた。

 

「貸しにしておいてやる」

「感謝を。いずれ必ずお返ししますので。……急いだ方が良い。あの機体の戦闘能力は本物です」

「おう。精々後悔しないようにな」

 

 後退して離脱するシュヴァルベ・グレイズを見送るしかないガエリオ。突如現れた機体は敵なのか。ならばなぜランディを止めたのだ。先の論戦――と言うより一方的に言い負かされただけだが――のショックも抜けきっていない彼は、まだ混乱から冷めていなかった。その時、赤い機体から通信が入る。

 

「君の相手は私がしよう、ガエリオ」

 

 その声に、ガエリオは目を見張った。

 

「……その声……ま、まさか、お前は」

 

 グリムゲルデのコクピットで、鬘と仮面が取り払われる。その下から現れた顔は、紛れもなくマクギリス・ファリドのものであった。

 

「マクギリス……!? なぜ、なぜだ? なぜおまえが!?」

 

 混乱に拍車がかかる一方のガエリオ。対するマクギリスは淡々と言葉を紡ぐ。

 

「鉄華団とランディール・マーカスには勝利して貰わねばならない。我が目的を果たすためにもな。そして……」

 

 グリムゲルデが、改めて剣先をキマリスに突きつける。

 

「君にはここで果てて貰う」

 

 マクギリスは務めて冷酷に告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 受け止められた一撃。だがそれはことのほか重く、バルバトスの足下が地面を抉り膝が折れようとする。

 機体の各所から軋む音が漏れる。まともに受けなければ良かった話だが、そう言うわけにはいかなかった。後ろにはオルガが、クーデリアが、アトラがいる。彼らが何とかこの場を逃げ出し安全圏に至るまで、一歩たりとも引くことは出来ない。

 だから。

 

「出せよバルバトス、お前の力を」

 

 つう、と三日月の鼻から血が伝わる。阿頼耶識の同調率を上げ、その対価に神経系への負荷がかかったのだ。バルバトスのカメラアイがより一層力強い光を放ち、リアクターが1オクターブ高い音を奏で出す。

 がいん、と音が響いた。鍔迫り合いから、バルバトスが強引にグレイズアインのマチェットを弾き飛ばしたのだ。

 

「またしても! またしても貴様か! 罪にまみれた咎人が! それをあがなうどころか罪を重ね、血にまみれる! 貴様は永劫に救われなどしない!」

 

 咆吼と共にグレイズアインは両のマチェットを嵐のように振り回し叩き付ける。三日月はそれを全て凌ぐ。

 しかしまだだ、まだ『足りない』。もっとだ、もっとバルバトスの能力を引き出さねば。

 

「もっとだ、もっとよこ……」

「条約も脳に残ってやがらねえかこのど阿呆がァ!」

 

 バルバトスの力をさらに引き出さんとしていた三日月だが、それは怒声と跳び蹴りによって妨げられた。無論敢行したのはランディのシュヴァルベ・グレイズだ。

 横合いからの蹴りを、グレイズアインは難なくマチェットを振るって弾き飛ばす。が、ランディもそれを読んでいたのか蜻蛉を打ってあっさりと着地した。

 

「は、単に感覚を繋いだだけじゃなくセンサーの類も直結しやがったか。どこまでいぢくってやがんだよ」

 

 阿頼耶識については門外漢だが、機体の反応から大まかな状況は掴める。随分と非人道な真似をしていることだけは確証が持てた。

 

「ランディール・マーカス! リボン付きの悪魔! その名の通り邪悪に落ち咎人に荷担するか反逆者! 貴様も断罪の刃を受けざるを得ない!」

「しかもなんかラリってるときてやがる。条約どころかネジが全部すっとんでやがんな」

 

 多分無理矢理接続した阿頼耶識の齟齬を誤魔化すため、投薬の類もされているのではないかと推測。もはやあのパイロット正気ではあるまいと、口車でどうにかするのは即座に諦める。

 ならば少々『マジでやるしかない』。

 

「がらじゃねえんだよ、こういう真っ向勝負は。……三日月、まだいけるな?」

「当然」

「仕掛けるぞ。俺は右からいく、適当に合わせろ」

「ん、了解」

 

 オルガたちが蒔苗を救出し、即座に立ち去ったのを確認した三日月は頷く。もうこれで後ろを気にする必要はない。2体のMSは電光の速度で左右に散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何を……何を言っているんだ?」

 

 呆然と言葉を放つガエリオ。心を折られた挙げ句にこれだ。彼は現状を受け入れることができなかった。しかしマクギリスは容赦などなく。

 

「ここまで言えば、もういい加減理解できるだろう?」

「……まさか……まさか、お前は!?」

「そうだ。この状況の幾ばくかは、私の書いたシナリオだよ」

「裏切ったのか! お前は、俺を! GHを!」

 

 理解すると同時にガエリオの心に怒りがみなぎる。彼はその心のまま、スロットルを開けた。

 打ちかかってきたキマリスの剣を、グリムゲルデはなんなくかわす。そうしながらマクギリスは言葉を紡いだ。

 

「GHが提唱してきた思想と真っ向から相対する存在、阿頼耶識搭載機。それを自らの手で産み出してしまった。そしてそれは組織の歪んだ実情を示す生きた証拠となる。市街地で暴走する彼の姿は、多くの人間に恐怖を与え、GHに対する不信感は膨れあがるだろうな」

「それを提唱したのはお前だ!」

「ああ、そうだとも。しかし『それを決定したのは君だろう』?」

「それは! お前が!」

「お膳立ては整えたさ。だが『そうしろとは言わなかった』。最終的には、全て君の意志に委ねていたはずだ」

 

 その言葉に、ガエリオの記憶が呼び起こされる。アイン延命させるため、阿頼耶識を使うことを決めたとき。地球に帰ってからもクーデリアを追うと決めたとき。復讐に燃えるアインを受け入れたとき。……いや、それ以前からずっと。

 ことあるごとに、選択肢を与えられ『決断させられた』。そのことに、やっと気付く。

 

「お前は……ずっと前から!?」

「君の決断は、結果的に鉄華団とクーデリア・藍那・バーンスタインの名を轟かせる糧となる。そして蒔苗 東護ノ介は代表選で勝利するだろう。そうなればアンリ・フリュウと我が養父イズナリオとの癒着は表沙汰となって、GHの権威は地に落ち、その歪みと腐敗は白日の下に晒される。……なかなかのシナリオだろう?」

 

 その台詞に、萎えかけていた怒気が再び燃え上がる。

 

「そんな……そんなことのためにアインを! あいつの誇りを利用し貶めたのか! お前が親友だとしても! いや親友だからこそ許さない! 許せるはずがない!」

 

 謀を用いて他者の運命を弄んだ。そのことに、ガエリオは猛り狂う。

 対するマクギリスはあくまでも冷たい。

 

「ではどうする?」

 

 答えは、全身全霊の打ち込みとなって放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう待てないわ! 蒔苗 東護ノ介は欠席! 選挙を始めなさい!」

 

 再三の遅延工作に苛立ちを募らせたアンリがヒステリックに叫ぶ。与党の議員達はそれに反発し、アンリに従う野党議員は声を荒げて罵る。そろそろ殴り合いでも始めようかという空気の中、それを切り裂くような声が響いた。

 

「やかましいのう。ここはいつから動物園になった?」

 

 議事堂の影から堂々と姿を現す蒔苗。その姿にアンリは目を見張った。

 

「な!? 蒔苗!? ば、ばかな、なぜここに!? 正面にはGHがいるはず!」

「なぜもなにも、儂はここの代表じゃぞ? 抜け道の一つや二つ熟知しておるわ」

 

 事実、彼は議事堂から少し離れたところにある政府所有のセーフハウスから設けられた隠し通路にてこの場に足を踏み入れた。それよりもと、老人の目が鋭いものとなる。

 

「面白いことを言うのおアンリ・フリュウ。GHがいるはず、じゃと? 経済圏の政治には不介入であるはずのGHが、なぜ儂を狙う? そしてなぜお前さんがそれを知っているのかのお。実に興味深い」

 

 ぐ、と言葉に詰まるアンリ。そこで議長が蒔苗に声をかける。

 

「蒔苗先生、所信表明をお願い致します」

「おお、そうか。……しかしそれよりも、彼女に話をさせてやってくれぬか?」

 

 そう言って、蒔苗はクーデリアを指し示した。

 

「蒔苗先生!?」

 

 目を丸くするクーデリアに向かって、蒔苗は頷く。

 

「お前さんがこれまで見てきたこと、感じたこと。それらを纏めて色々と言いたいこともあるじゃろう? 儂の所信証明なんぞより、よほどためになる話であろうよ。一つぶちまけてやってくれい」

 

 クーデリアは戸惑うが、そんな彼女の袖が引かれる。見れば彼女と共に蒔苗を送り届けたアトラが、力強く頷いてみせる。

 腹は決まった。クーデリアは壇上へと立つ。

 

「誰よ!? 議会に関係ないものがしゃしゃり出て――」

「わたくしは、クーデリア・藍那・バーンスタイン。火星のクリュセ区から、ハーフメタルの採掘利権に関する交渉を行うため、アーヴラウ代表蒔苗氏の元を訪れたものです」

 

 アンリの言葉を叩き斬るように放たれた台詞は、議会内にざわめきを呼ぶ。

 

「ここに来るまでの間、わたくしは幾度と無くGHの襲撃を受けました。そして今現在も、わたくしをここまで送り届けてくれた人たちが、戦いを続けています」

 

 流石に議事堂の中まではその影響はないが、市民の多くがその戦いを目にしている。GHの横暴は、もはや隠し通すことなど出来ない。

 無力な小娘であるはずの、少女が言葉は続く。

 

「ただの交渉で終わったはずの話が、ここまで歪んだ。その歪みは、この地を、この世界を飲み込もうとしています。あなた方は、今この場でその歪みと相対している。そしてその歪みを正す力を持っています」

 

 呑まれる。少女の言葉に野心を持つものたちは戦き、そうでないものも気圧される。現状を認識しているが故に。

 今議事堂を支配しているのは、クーデリア・藍那・バーンスタインであった。

 

「選んで下さい、今この場で。己が胸を張って誇れる選択を。世界の、未来の希望となる選択を!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クーデリアたちを議事堂に送り届けたオルガたちは、セーフハウスの屋上で『最後の仕上げ』に移っていた。

 

「ドローンの反応正常、LCSの回線を確保。団長、いけます」

 

 通信の調整をしていたタカキが言う。オルガは頷いてマイクに向かって口を開いた。

 

「鉄華団全員聞こえるか!? じいさんとお嬢さんは無事議事堂に送り届けた! 依頼は成功だ! 繰り返す、依頼は成功したんだ! 俺達は勝ったぞ!」

 

 勝利宣言。あえて『GHも傍受できるように』通信の迷彩は緩めだ。通信機向こうから聞こえる雄叫びを確認して、オルガは最後の命令を下す。

 

「野郎ども、後かたづけの時間だ! とっとと『目の前の仕事』を片づけろ! 帰り着くまでが仕事だ、つまんねえドジ踏むんじゃねえぞ!」

 

 その咆吼は、撤退する先陣にも届いていた。

 

「やりやがったな、オルガのやつ」

「ええ……」

 

 輸送トラックのハンドルを握る雪之丞は上機嫌。その隣のメリビットはほっと胸をなで下ろしている。

 

「お嬢様……成し遂げたのですね」

 

 トラックの荷台で、負傷者の手当に従事していたフミタンが、口元を微かに緩めた。

 そういった細かい反応は分からないまでも、概ね満足したオルガは身を翻す。

 

「団長!? どうするんですか!?」

「ここは任せる。まだ『ケリつけてない』やつらがいるんでな、発破かけてくるさ」

 

 表に出たオルガは、MWを駆って戦場に赴く。

 まだ全ての決着はついていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 議事堂が『掌握された』。その連絡を受けたコーリスは即座に決定を下した。

 

「停戦の信号弾を上げろ! 陣地の撤収を援護しつつ、我々は撤退するぞ!」

「し、しかし市街地の陸戦隊は、増援のボードウィン特務三佐は?」

「目標が議事堂にたどり着いた以上、後はアーヴラウの問題だ。これ以上陸戦隊が留まる理由もないしそのような命令も下らん! そしてこちらの指揮系統でないボードウィン特務三佐に命令は出せん。向こうも引き際は心得ているはずだ!」

「は……はっ!」

 

 勿論部下に言ったことは建前である。これ以上茶番に付き合っていられないと言うのが本音である。これ幸いと意義も大儀もないこの戦いから手を引きたいという思いからの判断であった。

 それと同時に、ガエリオに対する不信感が芽生えている。

 

(カルタ様の旧知であるからと介入を許したが……配下の統制もままならないとはな。とんだ『不良債権』だ。己のやらかしたことの責任くらいは、取って貰おう)

 

 流石に立場上、自分たちはどうすることも出来ない。しかし……『今敵対しているものたちならば』。そのような薄暗い感情を抱いてしまうのは、致し方ないのでは無かろうか。

 

(あるいは……彼らに面倒を押しつける……『借りを作る』ことになるかも知れんな)

 

 ある種の期待。それを押し隠して、コーリスは撤退を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撤退していく敵MS部隊。ビトーはそれを追撃しようとしたが、アジーがそれを止めた。

 

「よしな、停戦信号がでてる。これ以上の戦いは必要ない」

「けどあいつらは好き勝手やって!」

「『負け犬』をこれ以上追い立てる必要はないってことさ。それよりこっちも下がるよ。そろそろ残弾もガスも心許ない」

「けどよ、三日月とランディさんがまだ……」

 

 シノが言いかけるが、アジーは首を横に振る。

 

「あたしらじゃ足手まといだ。あのでかいのに手も足も出なかったろ」

 

 確かに先程の戦いでは三日月がいなければどうなっていたか。それくらい理解できるシノは押し黙る。

 と、そこで昭弘が口を開いた。

 

「あいつらなら大丈夫だ」

「昭弘……」

「兄貴……」

 

 不安げな声を上げるラフタと昌弘。彼女らに頷きながら、昭弘は確信を持って仲間に言う。

 

「ただ強いだけの相手に、あいつらが負けるものかよ」

 

 視線を遠くへ向ける。当然ながら戦いの光景など見えはしないが、彼は三日月とランディの勝利を信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 乾坤一擲の一撃は、しかしあっさりと双剣にて弾き飛ばされる。

 

「足らないな。やはり君はここで死ぬ運命のようだ」

「なにをっ!」

「君が死ねば、アルミリアを娶る私がボードウィン家を次ぐこととなる。同時にイズナリオが失脚した後のファリド家も我が手中となり、彼が後見人を務めていたイシュー家も、カルタが失脚することによって私がその権限を預かることとなるだろう。セブンスターズ7家のうち3つまでを、私が押さえることとなる」

 

 その言葉に動揺した一瞬の隙を突き、グリムゲルデの剣がキマリスの右手首を剣ごと斬り飛ばした。

 

「マクギリス! 貴様! 俺の、父の信用をよくも! カルタをも裏切って! あの高潔な誇り高き女は! カルタはお前に恋いこがれていたんだぞ!」

「ああ、知っているさ」

「っ!?」

 

 それは予想外の反応だった。言葉に詰まるガエリオに向かって、マクギリスは静かに言葉を紡ぐ。

 

「彼女の思いには、昔から気付いていた。恐らく彼女も、私が気付いていた上で素っ気ない素振りをしていた事を理解していただろう」

「だったら! なぜ!」

「彼女は高潔で、純粋だ。そして君も。……だが!」

 

 いきなりフルスロットルで飛び込んだグリムゲルデが、今度は左の盾を弾き飛ばす。

 

「その潔さと純粋さだけでは、『人は救えない』! イノセンスでは世界を変えられないんだよ! ガエリオ!」

 

 その言葉に血を吐くような思いがこもっていることに、ガエリオは気付けたかどうか。彼はただ目の前の紅い機体が振るう剣を捌くのに必死であった。

 

「旧知であることに甘え、『俺』の言葉を疑うこともせず! 己の目で、耳で、真実を捉えることを怠った! だから食い物にされるのだ『お前』は!」

「友を! 誰かを信じることを! それすら否定するのか貴様は! アルミリアをも、あいつが寄せる思いすらも裏切るというのか!」

「それについては安心しろ」

「!?」

 

 突如静かに、マクギリスが返す。

 

「彼女の幸せは俺が導く。その約束が、せめてもの手向けだ」

 

 その言葉はどこまでも優しくて、それでいて残酷なものだった。

 

「……マクギリスううううううううううううァ!!!」

 

 咆吼と共にキマリスが突撃を敢行する。それを真っ向からマクギリスは受けて立つ。

 

「最後の最後まで、お前は言われなければ気付けなかったな」

 

 交錯。そして破砕音。

 コクピットに深々と剣を突き立てられたキマリスが、ゆっくりと地に伏せる。

 

「それでもお前は、俺のたった一人の友だったんだろう」

 

 倒れ伏した機体の各所からオイルが漏れ落ちる。それは血のようにも、涙のようにも見えた。

 

「だがな……俺にはお前の友である資格など、最初からなかったんだよ。ガエリオ……」

 

 その悲しげな言葉はコクピットの中に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激戦は続く。

 鋭く放たれた回し蹴り。その足首から先が、ドリルのように高速で回転しつつ迫る。

 

「みょうちきりんな仕掛けだが、当たるとミキサーだなこりゃァ!」

 

 火花を散らしながら盾でそれを逸らす。飛び退きながら、ランディは冷静に現状を再確認していた。

 

「千日手……と言うほどじゃないが、互いに決め手に欠けるか。向こうの攻撃も当たらんが、こっちも致命打が打てない」

 

 出力はガンダムフレームと互角以上、リーチも上回り、反応速度も速い。そしてほぼ『死角がない』。三日月達が使う劣化阿頼耶識は、完全な感覚の同化には至っていないが、向こうは機体全てのカメラ、センサーとパイロットが完全に繋がっているらしく、360度全てを認識しているようだ。それ故に技量で上回るランディにも食らいついてきていた。そして本人の反応速度はともかく、機体の反応とパワーでは完全に負けている。ランディでなければ1分保つかどうかも怪しいところであった。

 

「サシじゃ無いだけマシってところだが……っと」

 

 グレイズアインの肩部装甲が展開、現れたマシンガンが弾をばらまき、それを回避したところで背後に回られる。だがそれも難なくかわし、ランディは毒づいた。

 

「周囲の被害もお構いなしかよジャンキーが。……ま、動きにゃ慣れてきたが」

 

 先程から相手は通信機向こうでわけの分からないことをがなり立てているが完全に無視。私怨に『酔っぱらっている』人間の戯れ言なんぞに付き合っている暇はない。

 と、レンチメイスでがっちんがっちんと打ち合っている三日月から通信が入った。

 

「ランディ、こっちはそろそろガスがない。そっちは?」

「ほぼからっけつだ。……いい加減決めねえとだが、動きにゃ慣れたか?」

「慣れたけど、どうすんの」

 

 動きには慣れたが、相変わらず隙がない。何か考えがあるのかと問う三日月に、ランディはにっと笑って見せた。

 

「隙がないんなら、作るだけさ。……仕掛ける。合わせろ」

「了解」

 

 短くやりとり。戦闘に関してだけならこの二人、すでに阿吽の呼吸であった。

 地を這うようにダッシュするシュヴァルベ・グレイズ。駆けながらその左腕の盾を、ランディは迷わず投擲した。回転しながら円盤のように飛ぶ盾を、グレイズアインは難なくマチェットで弾き飛ばし――

 『弾き飛ばされた盾をワイヤーアンカーで掴んで』、強引に振り回し再びハンマーのごとく横薙ぎに叩き付けようとするランディ。

 しかし。

 

「小細工など! 卑劣な真似は通じるに価しない!」

 

 不意をつかれることもなくグレイズアインは跳躍。そこから蜻蛉を打ってランディ機の背後に着地、振り上げたマチェットを叩き込まんと――

 

「どんぴしゃァ!」

 

 吠えるように言い放ったランディは、機体を『背後に向かって』ジャンプさせた。

 

「なに!?」

 

 予想外すぎる行動に面食らい、懐に飛び込まれてしまうアイン。だが相手は背中を向けたまま。この状態で攻撃は出来ない。落ち着いて間合いを離せば……などと考えていたアインの正面視界一杯に、『シュヴァルベ・グレイズの背面可動スラスターユニットのノズルが映る』。

 MSの推進器であるエイハブスラスターは、高温で燃焼する推進剤とエイハブ粒子を吐き出して推進力を得る。ランディの機体に残されていた推進剤は僅か1秒にも満たない量であったが、それを全部フルスロットルでグレイズアインの頭部センサーユニットに極至近距離で噴射すれば。

 

「ぎ、ああああああああああ!!」

 

 苦悶の悲鳴が上がり、グレイズアインは顔面に当たる部分を両手で押さえながら仰け反る。噴射の勢いでバランスを崩しつつも何とか機体を着地させたランディは、してやったりと会心の笑みを浮かべた。

 

「モニター越しならともかく、直結されてんならセンサー灼くのは効くだろうよ!」

 

 目玉や鼻の穴に直接ガスバーナーを浴びせたようなものだ。ただ視界が失われるではすまない。

 それは十分な隙となる。

 

「ぐ、くが……っ! おのれっ!」

 

 画面が焼き付いたかのように白く染まった視界の端、投擲されたレンチメイスを確認したアインはかろうじてそれを左手で受け止めた。

 

「何度も同じ手を食うと……」

 

 言いながらレンチメイスを放り投げたときには、すでに太刀を抜きはなったバルバトスが間合いに入っている。

 するりと、風が駆け抜けた。

 

「は?」

「え?」

「!?」

 

 三者が驚きを示す。駆け抜けつつ担ぎの構えから袈裟懸けに振るわれた太刀は、取りこぼしたマチェットを回収した右腕を、綺麗に斬り飛ばしていた。

 実は振るった三日月本人が一番驚いている。彼の算段としては腕を弾いて体勢を崩すつもりだったのだが。だがすぐに我を取り戻し、返す刀で今度は逆袈裟に斬り上げる。それは殴りかかろうとしていた左腕を、同じように斬り飛ばした。

 

「……なるほど、こうか」

 

 得心。先程まで振るっていたレンチメイスと同じような力の配分、振るう流れ。それが三日月の太刀筋にかちりと噛み合ったようだ。剣を振るうと言うこと、それを体得したと言っても良い。

 

「この……化け物どもがあああああああ!!」

「お前が言うなよ」

「よく言われる」

 

 苦し紛れに咆吼するアイン。三日月は呆れて、ランディはすまして返す。戦いの帰趨は決した。

 

「クランク二尉のおおおおお! 俺はあああああああァ!」

 

 肩のマシンガンを乱射しながらバルバトスに向かって突撃。最早それは悪あがきでしかない。

 

「三日月」

「ミカァ!」

 

 にっと牙を剥くように笑んだランディが、MWで戦場に乗り付けたオルガが、同時に吠える。

 

『やっちまえ!』

 

 応える三日月。バルバトスのカメラアイが力強く輝く。

 疾風のごとく。電光の速度で突き込まれた太刀は、紛うことなくグレイズアインの胸部コクピットを貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日が街を染める。跪いたバルバトスの胸部によじ登ったオルガ。その目の前でコクピットハッチが開く。

 

「……おつかれさん」

「ん、オルガもね」

 

 コクピットから這い出して、三日月は鼻血をぬぐいながらオルガに問うた。

 

「たどり着けたの? 俺達」

「……ああ、ここもその場所の一つだ」

 

 穏やかに応えるオルガ。三日月はコクピットの縁に腰を下ろして眼下の光景を見回す。

 

「……綺麗だね」

「そうだな」

 

 少年達は暫くその光景に見入っていた。

 一方ランディは各種通信を傍受し、現状の把握に努めている。

 

「GHは全面的に撤退、議会もじいさんの圧勝か……首尾よくいったんじゃないかね」

 

 く、と忍び笑う。

 

「さて、蜜月の時は終わる。ぬるま湯に浸っていたお前らの足下から崩れていくぞ。どうするんだ『ほら吹きども(ギャラルホルン)』」

 

 その笑みは、正しく悪魔のごとく邪悪であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうしてエドモントン攻防戦は幕を下ろす。

 この事件はアーヴラウにとって、いや、世界にとって大きな転換点となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

「カルタはお前に恋いこがれていたんだぞ!」

「いやあのメイクとか無理だし」

「……ですよねー」

 

 なんか和解した。

 

「クケェーーーーー!!」

「か、カルタさま暴走!」

「ま、麻酔銃を! 急げ!」

 

 でも被害は甚大。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 エレシュキガルとエルドラドのバサカと槍坊主がいっぺんに来た。
 来週あたり死ぬかも知れん捻れ骨子です。

 それはさておきエドモントン攻防戦しゅーりょー。ランディさんが折角もっよこフラグぶち折ったというのに、やっぱり原作とほぼ同じじゃん、同じじゃん。まあコーリスという勝ち組が生まれましたがそれはそれ。彼の今後の活躍をご期待下さい。嘘ですが。
 そしてマッキーですが……変化がびみょー。何やら匂わすだけ匂わしております。焦らしプレイか、やっぱりSなのか。筆者の中であらぬ疑いが生じておりますがはてさて彼は一体どうなってしまうのか。

 そんなこんなで今回はこのあたりで。
 次こそは、次こそは一期のエンディングを……今年中に!  

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