イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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18・ほんじゃあでかいのかましてやれや!

 

 

 

 

 

 深海から浮かび上がるかのように、意識が戻る。目を開ければ、映るのは廃墟の中の薄汚れた天井。

 ぼんやりとした意識は瞬時に復帰し、少年は身を起こそうとするが。

 

「うあいたたたた!?」

「あ! ダメだよ無理しちゃ!」

 

 少年は痛みに悲鳴を上げ、それをアトラが留める。そこは廃墟の一室に設けられた簡易の治療所。負傷を受けたものたちが幾人か横たわり手当を受けている。

 呻きながら再び毛布の上に横たわる包帯だらけの少年。彼は顔を顰めつつ口を開く。

 

「くそ、ドジっちまった。……戦況は、どうなってる? 団長は、みんなは?」

 

 少年の手当を続けながら、アトラはそれに応える。

 

「大丈夫、オルガさんは予定通りにいってるって。今は休むことだけ考えて」

「情けねえ……こんな大事なときに……」

 

 少年は目元に手を当てて嘆くが、アトラは胸をなで下ろす。意識を取り戻して本当によかったと。そんな彼女に背後から声がかかった。

 

「アトラさん、そろそろ一旦休んでは」

 

 同じように負傷者の治療に当たっていたフミタンである。彼女に加えメリビットまでがここを切り盛りしていた。アトラを気遣っての言葉だったが、かくいう彼女もほとんど不眠不休である。

 フミタンの言葉に、アトラは気丈に頭を振る。

 

「大丈夫です。みんな頑張ってるんだから、私も頑張らなきゃ」

 

 笑顔を作って応えるアトラに「そうですか、無理をなさらぬよう」と言って会釈し己の仕事に戻るフミタン。彼女が背を向けたのを見計らって、アトラはそっと呟いた。

 

「そう、大丈夫だよね……三日月」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エドモントン攻防戦。後の歴史に刻まれたその戦いは、鉄華団が都市郊外に展開するGH地上部隊に奇襲を仕掛けるところから始まった。

 鉄道の定期便を警戒していたMS部隊は全く別方向、荒野からの奇襲に不意を突かれ防衛戦を崩され、開いた穴をトレーラーとMWに乗り換えた鉄華団が一気に突破していく。

 かつてのエドモントン市街を二分するように流れている大河。その南東方面、現在は廃墟と化した旧市街地に鉄華団は陣地を設営。市街地に展開していた陸戦隊との交戦を開始する。同時に鉄華団のMS部隊も防衛戦を展開。GHの部隊と火花を散らす。

 戦闘開始より2日。議会選挙の開始は、あと数時間に迫っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鉄華団陣地から市街に侵入する最短のルート、河にかかる大橋を中心に攻防戦は続いていた。

 市街地を(正確には議会を)防衛しているGH陸戦隊の隊員達は、時間が経つごとに脅威というか不気味さをひしひしと感じている。

 

「なんなんだあいつらは。いくらMWを破壊されても懲りずに前面に押し出してくる。死ぬのが怖くないとでも言うのか」

 

 たかだか傭兵がなぜそこまでと、戦慄すら覚えた隊員の言葉である。そう、橋の対岸に陣取る鉄華団は、障害物に隠れながらとはいえ惜しげなくMWを前面に押し出して果敢に攻撃を加えていた。被弾どころか撃破されても構わないと言うがごとく。

 現在の地上戦にて主力であるMWであるが、旧世代の戦車に比べて小回りがきき高い機動力を持つのと引き替えに、その防御力は紙にも等しい。勿論通常の歩兵火器程度では破壊するのは難しいので、そういったものに関しては十分に対応できる。が、同程度以上の兵器に関しては装甲などあってなきがごとしだ。

 故にMWの戦闘は機動性に任せて攪乱しつつ攻撃を行うか、遮蔽物に隠れながらの射撃戦。あるいは完全に後方支援に徹するか。運用方法としてはそういったものが適切とされる。しかし鉄華団はそのセオリーを半ば無視して、損害などおかまいなくMWを突っこませてくる。当然ながら突っこんでくる最中に撃破されるが、そこから搭乗員を救助する様子もなく、損害が酷ければ回収すらせずに遮蔽物として利用している。冷徹と言うよりは無機質なまでの戦いぶりに、陸戦隊の中に不気味さというか気後れのような空気が蔓延し始めていた。

 まあしかし、種を明かせばなんと言うほどの物ではなく。

 

「18台目、沈黙!」

「よし、『遠隔操作(リモート)の回線』を次に回せ。回収はできるか?」

「アンカーの打ち込みはちょっと難しい位置です。遮蔽物として使った方が」

「あんま置きっぱにするといい加減おかしいと思われるかも知れねえが……へまこいて弾喰らうよりはマシか」

 

 部隊が展開している後方、天幕下の作戦指揮所でオルガは指示を飛ばしていた。

 彼らが行っているのは『無人のMWを遠隔操作して敵の砲火に突っこませる』という、実に単純だが現在では忘れ去られた戦術である。制御機構を無線操作できるようにすれば、MWはでっかいラジコンへと即座に変わるのだが、なぜだかこの手を使おうとするものはほとんどいない。最低でもGHでは『機動兵器は必ず人が乗って動かす物』という風潮が頑固なまでに徹底されている。それを逆手にとってオルガたちは多量のMWを突っこませ、GHの動揺を誘っているのだ。

 しかしながら、全く人的に損害なしと言うわけにはいかなかった。無人の車両ばかりでは相手に策が露見してしまうと言う危険もあったので、遠隔操作のマスター機も兼ねていくらかの有人機も混ぜねばならなかったし、随伴兵も必要となる。その数は少ないとはいえ、被弾の危険は常にあったし、実際10人近い負傷者がすでに生じていた。幸いと言うべきか死者こそなかったが、GHと比べ人員が限られている鉄華団の団員達は徐々に疲労を積み重ねている。

 

「……ふむ、予定通りとは聞いているが、やはりどうにも落ち着かんのお」

 

 陣地の後方、拠点としている駅の廃墟で、蒔苗は顎髭をしごきながら言う。それに応えるのは、ドレスに着替え真っ直ぐ戦場の方向を見据えたクーデリア。

 

「焦りは禁物です蒔苗先生」

「分かっておるよ。……しかし時が経てば経つほど無益な血は流れる。少年達の血も、そして『向こうさん』の血もな」

 

 本来であれば、『GHと戦う必要など全くなかった』。上が余計なことをしたが故に、前線の兵達は良い迷惑であろう。蒔苗は同情などしていなかったが、無益であるなと嘆きのような感情は覚えていた。同時にGHの上層部に対して反感を強めている。やはり彼らの増長は見過ごすわけにはいかぬと、密かに内心の決意を改めていた。

 

「それにしても、彼らの発想には驚かされる。MWの遠隔操作もそうであるが、『列車をMSで担いで運ぶ』などなかなか思いつくものではないぞ?」

「MSを『人と同じ事が出来る機械』と捉えるのであれば、思いついてしかるべき事ではあるのですが……それが出来る人間は少ないのでしょうね」

 

 そう、1日遅れとはいえ鉄華団が議会選挙に間に合った理由。件の戦闘で破損した線路の上を、切り離した車両を一両づつMSで担いで運んだのである。後処理は鉄道会社に丸投げし、ロスした時間を取り戻すべくほぼ途中停車なしの強行軍を敢行し、なんとか1日の遅れだけでエドモントンにたどり着いたのだった。これには肝の据わった蒔苗も驚くやら呆れるやらである。あとでそのあたりの面倒事をあれこれするのは儂なんじゃろうなあと、じいさんちょっと遠い目にならざるを得ない。

 

「さて、その突飛なことを考えた人間は、出ずっぱりのようじゃがな」

「彼については心配するだけ無駄なような気がしますけれど」

 

 二人は後方で陣取りMS戦闘の指揮を執っている男について思いを馳せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音を立てて、陸戦仕様のグレイズが地に伏せる。

 

「くっ! 各機散開しながら後退! 後続と入れ替われ!」

 

 潮時と見計らって部隊の指揮を執っているコーリスが命じ、中隊は追撃を警戒しながら後退していく。それを見送りながらランディのシュヴァルベ・グレイズが幅広剣を振り収めた。彼の機体は現在左腕に盾を備えており、一見騎士のような様相に見える。勿論中身はバーサーカーであるが。

 

「ふん、俺が2日で3機しか喰えないとはな。よく鍛えてやがる。……昭弘、ラフタ。そろそろお前らは下がって休息と補給だ」

「まだ俺はやれるぜ」

「こっちも余裕だって」

「二人とも長期戦にゃ慣れてねえだろ。待ってる間にも肩に力が入ってんのが丸分かりだぞ? いいから休んどけ。……丁度交代要員も来たことだしな」

 

 そう言うと同時に、陣地の方から土煙が上がる。補給をすませたシノの流星号とアジーの漏影だ。

 

「お~う、おまっとさん」

「やっぱり『同じ状況』だね。……1機仕留めたみたいだけど」

「ああ、連中中隊規模で不規則に奇襲を仕掛けてくるのは相変わらずだ。積極的に攻めてこねえが、『落とされない』ことに最重点をおいた良い連携取ってきやがる」

 

 指揮を執ってるヤツァなかなかのもんだと、相手を褒めるランディ。対処しやすい敵というものは、それはそれでおちょくりがいがあって良い物だが、骨のある敵というものはなかなか巡り会えるものではない。それがさんざんこき下ろした後にはい上がってきた者ともなれば感慨もひとしおだった。ボコりがいがある的な意味で。相変わらず最低というか狂った男である。満面の邪悪な笑みがなんか色々と物語っている。

 これにそんなことで一々目くじら立ててもしょうがないと、周りは早々に諦めて気持ちを切り替えた。

 

「まあいいや。ラフタ、代わるからここは下がんな。まだいけるはもう危ない、姐さんもよく言ってたろ?」

「……む~、分かったわよう」

 

 アジーに言われ、渋々と後退するラフタ。同様に昭弘と交代したシノは、周囲を警戒しているように見えるバルバトスに通信を入れた。

 

「三日月、お前も交代……」

「ふぉあ? まふぁふぁいほうふはって(まだ大丈夫だって)」

「って戦場のど真ん中で飯食ってんのかよ!?」

 

 画面の向こうでソイバーをもきゅもきゅと頬張っている三日月に、思わずツッコミを入れるシノ。緊張感がないにもほどがあった。

 その様子を見てランディはくく、と笑う。

 

「三日月は緩急の付け方が上手いからな。もう少し踏ん張れるだろうさ。……じゃ、俺も一休みさせて貰うぜ」

 

 言うが早いか彼は盾を地面に突き立て、それに身を隠すように機体を跪かせる。そして。

 

「……くか~」

 

 寝た。どこぞの眼鏡少年かと思わせるような見事な寝落ちであった。確かに暫くは再襲撃はなかろうが、それにしても度胸があるというか狂ってる。

 

「こっちはこっちで戦場のど真ん中で寝てるし」

「……もうなんか色々と言うだけ無駄だね、うん」

 

 あまりの非常識さにげんなりするシノ。アジーは警戒しながらも遠い目だ。

 戦況はまだ予断を許さないはずなのに、緊張感はどこか遠くへ投げ捨てられている。

 あるいはこれは、嵐の前の静けさなのかも知れなかった。何かが大分おかしいが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後退し補給を受けるGH部隊。解放されたコクピットでドリンクチューブを口にしながら、コーリスは戦況を顧みる。

 

「6機落とされたか。リボン付きを相手取っているにしては、よく保たせているとは思うが」

 

 消極的な戦法が功を奏した……と楽観視は出来ない。向こうが防衛に徹しているからこそこの程度の損害ですんでいるといった方が良いだろう。ここで投入されたのは1個大隊。コーリスはそれを中隊規模に分け、交代で不定期に波状攻撃を仕掛けている。幸いにして、まだ『最悪の状況には至っていない』が、それも相手が『最低限の節度』を守っているからだ。

 

「条約に反してMSを市街地に突っこませるような外道でなかったのが幸いだな。『負傷兵の解放』といい、思ったよりも道義をわきまえている」

 

 先にカルタが行った襲撃の後、鉄華団は撃破したMSを回収すると同時に生き残ったパイロットを手当てし、途中停車した駅で解放していた。打算的な物もあろうが、ただの無法者ではないと言うことは見て取れる。条約によって禁止されているMSの市街地への投入なども行っていないところから、かなり理性的な人物が指揮を執っているか、参謀格にいるのだろう。寡兵と侮れるものではない。

 

「しかしそうであるならば、『あの位置に陣取っている』のが解せんな。守りはしやすいだろうが、攻めには向かんだろうに」

 

 いかなる手段を使ったのかは分からないが、カルタが乾坤一擲の策を乗り越えエドモントンまでたどり着いた彼ら。そのまま勢いで市街地になだれ込まなかったのは分かる。エドモントンに展開しているGH陸戦隊はごく一部とはいえ、それでも鉄華団に比べれば大規模。真正面の戦いでは勝負にならないことは明白。自分たちを囮とし、蒔苗を密かに議会へと送り込むというのであればそれを敢行することもあるだろうが、そのような行動に対しては十二分に警戒を行っていた。向こうもそれを読んだのか、旧市街地に陣取り腰を据えて攻略する腹積もりのようだ。そこまではいい。

 『陣取っている位置』が問題なのだ。現市街地と旧市街地を隔てる大河にかかる大橋の根本。その近辺に他に渡河できるような橋の類はなく、市街地に侵入するのであればどうしても正面の大橋を使わねばならない。当然ながら一度に投入出来る兵力は限られるため、互いに守りやすいが攻め込むことは困難だ。そしてそれが分からない連中ではない。

 何かがある。一体どのような手段でこの状況をひっくり返すつもりなのか。口元を笑いに歪め――それに気付いて頭を振るコーリス。

 

(なにをばかな。これではまるで『奴らが防衛陣を突破するのを期待している』ようではないか)

 

 連日の戦闘で疲れが出たかと自嘲する。と、そこに部下の一人が仮設のキャットウォークを伝って現れる。

 

「三佐、伝令です。カルタ様が意識を取り戻したと」

 

 窮地を救われたカルタはしかし、重体の上意識不明であり、集中治療室で絶対安静という状態であった。一命は取り留めたものの、恐らくもう2度とMSを駆る事は叶わぬ。だがそれでも生きてさえいてくれればと、部下達の誰もが祈るような気持ちで吉報を待っていた。

 コーリスは安堵の息を吐く。

 

「峠は越えたか。まだ予断を許さないが朗報ではあるな。兵に伝えよ、地球外縁軌道統制統合艦隊が命脈、未だ健在とな」

 

 カルタが生きている限り、負けてはいない。彼女が意識を取り戻したという知らせは、兵を奮起させるだろう。と、そう考えていた彼の目に、どこか迷うような表情をした部下の顔が映る。

 

「どうした?」

「は、いえ……このまま、戦い続けて良いのでしょうか。今回の作戦は明らかにアーヴラウに対する内政干渉です。その上カルタ様の指揮下でないというのは……」

 

 その言葉に、コーリスは一瞬口ごもる。彼が、いや戦っている兵の多くがそんな不安や不満を心の奥に押し込んで今回の戦いに挑んでいる。だが戦っていく内にそれは徐々に大きく膨れあがってきていた。目の前の部下だけではない、恐らく兵の中にも戦いに対して疑問を抱き始めた者が多く出てきていることだろう。カルタが倒れたと言うことが、それを加速させているという部分もある。

 気持ちは分かるがしかし、それでも自分たちはGHの兵だ。コーリスは同調しようとする心を押さえ込んで口を開いた。

 

「……今のは聞かなかったことにしておく。我々はただ命令に従い役目を果たすことを考えていればいい。分かるな?」

「っ! は、はっ!」

 

 泡を食って敬礼しあたふたと役目に戻る部下の背を見送って、コーリスは再び頭を振った。惑わされるな。だから先程のような敵に期待を寄せる妄想を浮かべたりするのだと、自身を叱咤する。

 しかし心の底に貯まる鉛のような感覚は、晴れてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 交戦が散発的に続く中、指揮所の天幕に駆け込んでくる者がある。

 

「団長、予測通りです! 『水が引いてきました』!」

 

 乱れる息の中、それでもしっかりと報告するのは偵察に出ていたライド。彼の言葉を聞いて、オルガは大きく頷く。

 

「よし! ……ビスケット、そっちの準備はどうだ?」

 

 インカムごしに問えば、間髪なく答えは返ってくる。

 

「結局ぶっつけ本番だけど、機構に問題はなし! やってみせるさ!」

「頼んだぞ。……みんな聞いてくれ!」

 

 通信を全員に向けたものに切り替え、オルガは宣言する。

 

「いよいよ大詰めだ! これより鉄華団は最後の勝負に出る! 予定通り負傷兵や非戦闘員から順次撤退準備! 残りはビスケットが『かました』後俺達突入班を支援。突入後はGH陸戦隊を牽制しつつ撤退を始めてくれ! いいか、ここまで来たんだ。つまんねえポカでくたばるんじゃねえぞ! 石にかじりついてでも生き延びろ! 以上だ!」

 

 そう告げて、オルガは席を立つ。そして指揮所に詰めていた団員達に言う。

 

「後は任せる。撤収しきれない資材は放棄して構わない。時間の勝負だが慌てるなよ」

 

 了解だのおすだのいう返事を背に、オルガは天幕を出ながらついてくるライドに問うた。

 

「突入班の準備は?」

「ばっちりっす。団長のMWはタカキが乗るって言ってます」

「んじゃ、ドライブとしゃれ込むか」

「えっと……ご武運を?」

「おう」

 

 無理に難しい言葉を使おうとするライドの頭をぽんぽんと叩いて、オルガは突入班の元に向かった。

 数台のMWと装甲車。最後の整備をすませたそれに駆け寄り、オルガは準備を整えていたタカキに声をかける。

 

「待たせたな、これからビスケットが仕掛ける。それを合図に一気に出るぞ。操縦は任せたぜ」

「はいっ!」

 

 勢いよく返事をし、タカキはコクピットに潜り込む。オルガは上部ハッチから身を乗り出した形で陣取り、周囲のMWも次々と起動し始める。彼らの役目は議事堂まで蒔苗を護衛すること。その本人はクーデリアに促されて早々に装甲車へと乗り込んでいる。それに続いてクーデリア本人も乗り込むが。

 

「え? アトラさん!?」

 

 次いで運転席に乗り込んだのはアトラである。彼女はシートの位置を調整してから腕の筋を伸ばしつつ、クーデリアに語りかけた。

 

「車の運転なら慣れてますから任せて下さい」

「でも、非戦闘員は撤退という話では」

「運転手に一人回せばそれだけ団員みんなの負担が増えちゃいますから。それにこっちは運転だけで戦うわけじゃありませんし」

 

 それでも危険なことに変わりがない。何とか思いとどまらせようとするクーデリアであったが。

 

「ふむ、ならばお嬢さん、しかと頼むぞ」

「はい!」

「蒔苗先生!」

 

 思わず咎めるような声が出るが、蒔苗はほっほっほと笑って返す。

 

「議事堂までたどり着ければむしろ安全となるよ。それに彼女も鉄華団なのじゃろう? 信じてみるさね」

 

 肝の据わった物言いに、それもそうかとクーデリアは思い直す。一息はいて、彼女はアトラに言う。

 

「分かりました。よろしく頼みます」

「うん、任せてください!」

 

 ひまわりのような笑顔で応える少女に委ねる。そして一団は動き出した。

 戦場となっている大橋。そこから少し川上に当たる地点。堤防ぎりぎりの雑木林に身を隠し、オルガたちは戦場と、河の様子を伺っていた。

 

「……よし、これなら十分に渡れるな」

 

 この季節、エドモントンを割る大河は時間によって流れる水量が変化し、ほとんど川底が見えるくらいまで水が引く。オルガは橋を使わず、水が引いた河を直接渡ろうと考えたのだ。しかしそれも敵に察知されたらば妨害される可能性が高い。

 ゆえに、『度肝を抜く』。

 

「各部正常! ビスケットさん、行けます!」

「よし。みんな、MWの動きはスレイブプログラムに任せるんだ。射撃の反動処理と修正を最優先に。接合部の累積ダメージに注意して!」

『了解!』

 

 橋の元に居並んでいた一部のMWが後退し、『それ』が姿を現した。対峙していたGH陸戦隊は思わず唖然としてしまう。

 

「……じょ、冗談だろ?」

 

 隊員の一人が思わず呟いた。確かにそれは一見冗談としか思えないものである。

『4台のMWに支えられた、グレイズ用のアサルトライフル』。そう、ビスケットはMS用の武器をそのまま使い、簡易戦車を組み上げ実戦投入するというアイディアを思いつき、実行してしまったのだ。

 MSを市街地近辺で使う事は出来ないが、『MS用の武器なら制限はない』。MWが主力となってから大口径の砲は支援火器のみとなっており、接敵した状態では使われなくなって久しい。かつての時代であれば120㎜など主力戦車に当然のごとく搭載されていたものだが、そのような大口径を現代のMW戦で見ることなど、ほぼ皆無と言っても過言ではなかった。

 常識外の登場に呆けていたGH陸戦隊員達だったが、その砲口が自分たちに向けられていると理解してからの反応は早かった。

 

「そ、総員退避ーっ!!」

 

 悲鳴のような命令が飛び、生身の兵達は慌てて物陰に隠れ、MWは押し合いへし合いしながら無理矢理後退しようとする。

 だが勿論、遅い。

 

「撃(て)ーっ!」

 

 ビスケットの号令が飛び、120㎜の砲口は無慈悲に吠えた。突貫工事で組み上げた関係上、アサルトライフルは本来の射撃速度での連射は不可能となっている。しかしそれを補って有り余る破壊力が、それにはあった。

 衝撃。爆発。派手な爆煙と破片をまき散らす。使用されている弾頭は市街地に及ぼす影響を考慮し威力を押さえた炸裂弾頭。とは言っても120㎜だ、MWと歩兵が中心のGH地上部隊にとっては十二分に脅威となる。あっという間に橋の根本に集中していた防衛陣は混乱に陥った。さらに弾丸が撃ち込まれ、同時に鉄華団は残ったMWを前面に押し出し攻勢に移る。

 機会は訪れた。

 

「今だ! 一気にいくぞお前ら!」

 

 オルガの命が下り、待機していた突入班は一気に河原へと飛び出す。

 そのまま渡河をと河の中央あたりまで至るが。

 

「! て、敵の別働隊だ! なんとしても食い止めろ!」

 

 砲撃に晒されながらも、突入班の存在を認めた一部の兵が危険を顧みず攻撃を敢行。水しぶきを上げて弾丸が降り注がれる中、オルガは舌を打つ。

 

「ちっ! さすがに向こうも気合いが入ってやがる!」

 

 このまますんなりと、とはいかせてくれそうにない。交戦を覚悟するオルガであったが。

 突如背後から放たれた砲撃が、GH部隊の動きを封殺する。

 

「はっはァ! 騎兵隊参上ってな!」

「お前らは!?」

 

 それは大口径の砲を搭載したMWの一団。その指揮を執っているのはテイワズ系列のコロニーで待機していたはずのユージンであった。

 

「なんでここに!?」

「名瀬さんに頼んで下ろさせてもらったのさ! ここ一番って時に仲間はずれってのは面白くないんでなあ!」

 

 道理で最近の通信では機嫌が良さそうだったわけだ。エドモントンに向かうときは俺をおいてけぼりとは何事だと憤慨していた癖にと思っていたらこれだ。まったくこいつらも呆れた馬鹿野郎どもである。

 

「ま、給料も出ない内に雇い主が死ぬとか勘弁して欲しいもんな」

 

 一団に混じって参加したヒューマンデブリの少年、【アストン】が呟く。オルガに大きな恩義を感じている彼らは、こぞってユージンの計画に乗った。その士気は高い。

 砲撃を続けつつ、ユージンはオルガに告げる。

 

「ここは任せて行け! 俺達の仕事を成し遂げろ!」

「……ああ!」

 

 力強く頷き、オルガは突入班を促して河を渡りきる。

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大将が市街地に入った、俺らはこれから打って出るぞ。敵をこっちに引き寄せるんだ」

 

 オルガたちの行動を伝えられたランディは、打ち合わせ通り攻勢に出る。撤退を開始した鉄華団の支援とGHへの牽制を兼ねた襲撃。全機一度に襲いかかってくるとの知らせを受けたコーリスは、いよいよかと覚悟を決める。

 

「総員、ここが命の捨て時ぞ! 奴らの腕一本足一本でも道連れにする覚悟で挑め!」

 

 これまでにない激しい戦いとなる。逃げ回るだけの消極的な戦法ではとてもではないが乗り切れまい。例え全力で迎え撃っても同じ事だが、彼らに手傷の一つも負わせれば良い土産話になると、開き直って己を奮い立たせた。

 だがそこに入った一つの知らせが、彼の運命を大きく変える。

 

「援軍だと? 今更!?」

 

 ランディたちも『それ』に気付いた。

 

「新手か! 速いな、それにこの反応……」

 

 一方は覚えがある。ツインリアクター独特の反応は見間違えようがない。しかし。

 

「データにないリアクター反応……こいつ、こっちのど真ん中に突っこんで来る気か!」

 

 もう一方は後先考えないような突貫を敢行してくる。そう見て取ったランディは即座に判断を下した。

 

「各機散開! 馬鹿一匹が突っこんでくるぞ、複数で囲んで対処しろ!」

 

 その台詞を聞いた三日月達は即座に四方へ散る。次の瞬間、轟音を立てて『何か』が大地に降り立った。砲弾のごとき勢いで突っこんできたそれは、土煙の中ゆらりと身を起こす。

 

「……おいおい、なんだよありゃあ」

 

 さしもののランディも、唖然とした声を上げてしまう。

 その機体は、異質であった。ボディだけ見ればグレイズであるが、その四肢は異様に長く、結果全高は30メートルに届こうかというくらいの巨体と成り果てている。通常なら、そんな巨体は動きが鈍くなり良い的と成り下がるだけなのだが。

 

「リアクターの反応と言い、こいつはヤバそうだな」

 

 通常のリアクター出力を越える反応、そして本能的な直感がランディに危険を訴えている。なにをおいてもこいつは仕留めなければならない。そう判断した彼は真っ先に挑みかかろうとしたが。

 シュヴァルベ・グレイズの進路を遮るかのように銃撃が叩き込まれ、そして地を滑る影が割り込んだ。

 

「ここを通すわけにはいかない! 貴様の相手は俺だ!」

 

 紫色のガンダムフレーム。高機動形態のキマリスを駆るガエリオが、ランディの前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

 ビデオレターが届きました。

 

「ねえどんな気持ち? してやったと思ってたらあっさり対処されてどんな気持ち?」

「ムギャーーーー!!」

「か、カルタ様ご乱心!」

「メディーック! メディーック!!」

 

 カルタ様の入院が長引きました。 

 

 

 

 

 

もうちょっとだけ続くんじゃよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 車のヘッドランプが点かない。何事じゃふぁっきん。
 またお金が飛ぶよ神とかマジで死んだらいい捻れ骨子です。

 さて今回はエドモントン戦序盤にございます。カルタ様命がけ(でも生きてる)の策があっさり覆される非道。これこそまさに悪魔の所業。さらに悪魔に感化された鉄華団の容赦なき奇策がGH陸戦隊を襲う! 彼らの運命やいかに! 主旨が変わっているのは君と僕との秘密でも何でもない!

 まあそんなこんなで次回いよいよ第一期クライマックスとなります。ガリガリ君とアイーンは一矢報いる事が出来るのか!? 無理か!? 

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