アンカレッジ。アラスカにあるその港湾都市に、鉄華団を乗せた輸送船は密かに到達していた。
この地よりテイワズが現地で運営している鉄道の大型貨物定期便を利用しエドモントンまで赴く。それがクーデリアが提案した順路であった。アンカレッジに赴くこと自体がかなりの大回りとなり、加えて定期便を使うことで経路が露見するリスクを回避する。そういった思惑であったが。
「まあ十中八九どっかで襲撃を受けるだろうな」
ランディはあっさりとそう言ってのけた。
「どっかから情報が漏れてるってのか? だがモンタークには最小限の情報しか流してないはず……」
渋面を作るオルガに、ランディは応える。
「奴が情報をリークしなくとも、代表選挙に間に合う手段ってのは限られてる。そっから逆算すりゃあ、ある程度の目処はつくさ。そうでなくてもエドモントンで待ちかまえてりゃいい話だからな。まあ途中で襲撃する分にゃあ戦力を分散させないといけねえから、来たとしても撃退するのはそう難しいモンじゃねえだろ」
領土外であったミレニアム島ならいざ知らず、アーヴラウ本土でGHの活動は大幅に制限される。そもアンリがごり押ししテロ対策の名目で無理矢理戦力を展開させている状態だ。多くの政治関係者も非協力的であり、また地球外縁軌道統制統合艦隊以外の派閥は様子見を決め込んでいるため、領土全体を警戒するのは難しい。的を絞ったとしても人海戦術とは行かない以上限界がある。付け入る隙は十二分にあるとランディは睨んでいた。
「途中の襲撃は小手調べ程度に考えとけ。本番はエドモントンに着いてからさ。向こうは蒔苗のじいさんが議会に入るのを絶対に阻止しなきゃならねえ。死に物狂いで防衛するはずだ」
「ただの力押しは通用しないな。……ビスケットがなんかアイディアあるらしくて、整備の連中と相談してるが」
「この際使えるものは何でも使って、知恵は絞れるだけ絞ろうぜ。モンタークからは出せるだけの物資は出して貰ったんだ。精々使い潰してやろう」
「大盤振る舞いも良いところだな」
現在鉄華団は受け取った物資を搬入する作業でてんてこ舞いである。少年達がほとんど総出で作業する中、選挙前の忙しい最中を縫って蒔苗派のナンバー2であるラスカーが直々に、蒔苗と打ち合わせのため訪れていた。
「先生! ご無事でなりよりです!」
「おお、おかげさまでぴんぴんしとるよ。それで、議会の方はどうじゃ」
「なんとか落ち着いてますが……やはり先生がおられない事が堪えております。体制を一度見直す必要があるかと」
「そうさのう。儂もいつまでも生きてはおられん。出来れば早急に後継者を見繕っておきたいが……」
「私では精々次の世代までの繋ぎにしかなれませんでしょうな。若手もまだ育ってはおりませんし」
「ま、それは此度の事を乗り越えてからじゃな。……おっと、忘れてはいかんな。こちらが件のクーデリア嬢じゃ」
「クーデリア・藍那・バーンスタインと申します。この度はわざわざのご足労、痛み入ります」
「お初にお目にかかる、ラスカー・アレジです。あなた方の助力で我々は窮地を乗り越える事が出来るやも知れません。感謝致します」
「まだそうと決まったわけではございません。乗り越えるためには、アレジ先生を始めとした議員の方々にもご協力して頂く必要があるかと」
「無論可能な限りの協力は惜しみませんぞ。して、我々はどうすれば?」
「はい、まずは……」
それぞれが着々と嵐に備える。少しでも、一つでも、己に出来ることを。
俺達は止まらない。ここで終わらないと、かつてオルガは言った。
それを現実の物とするべく、彼らはあがき続け、走り続ける。
アンリに後を任せヴィーンゴールヴに戻ったイズナリオは、早速カルタを呼び出していた。
「此度の失態、申し開きようもありません」
「詫びるのであれば私ではなく、君の父上に詫びるのだな。さぞかし失望されることだろう」
それはどうかしらねと、跪いた殊勝な態度の下カルタは皮肉げに思う。
イズナリオからの強い勧めがあったからと言って、自分を後継者ではなく名代とした父だ、病床でなければこの失態を理由に喜び勇んで席を辞することを促し、縁談をねじ込むくらいはやりかねない。
それが一人娘を思う親心であることは分かる。だが目の前の男にそのあたりを上手く突かれて良いように操られているのが現状だ。病床にあって心身共に弱っているという理由があるとしても情けなさ過ぎる話であった。
「君はセブンスターズの一角を担うイシュー家、ひいてはギャラルホルン名に泥を塗ったのだ、分かっているな?」
現在進行形で泥を塗り続けている人間に言われたくはないが、ぐっと堪える。目の前の男に対抗するためには何もかもが足らない。そんな状態で抗する事を企んでも叩き潰されるだけ。いまはまだ雌伏の時であると己を律する。事実結果を出せなかったのだ。今は何を言われても仕方がない。
「しかしながら、君の後見人である以上黙って見ているわけにはいかないのでな、今一度名誉挽回のチャンスを与えよう」
「……はっ! ありがたき幸せ!」
恩着せがましく言うイズナリオ。まあ『そうするしかない』のでしょうけれどねと、カルタの内心はどこまでも冷めていた。
地球本部司令官を務めるイズナリオ――ファリド家であるが、自身が所有する戦力は驚くほど少ない。これはファリド家がどちらかと言えば政治家寄りの家系であったことに起因する。故にイズナリオは武門であるイシュー家や監察局に影響力を持つボードウィン家との繋がりを強めたのだ。そんな彼が動かせる武力の駒はカルタ率いる地球外縁軌道統制統合艦隊しかないと言っていい。アリアンロッドや他の勢力が静観を決め込んでいる現状では、結局カルタだよりにならざるを得ないのだ。それが分かっていてどこまでも高圧的に振る舞うイズナリオの姿は、滑稽にすら映る。
己も似たような物だがと自嘲気味に思いながらも、カルタは跪いた姿勢からイズナリオを睨め付けるように目線を合わす。
「すでに我が部下が、蒔苗 東護ノ介とその郎党がエドモントンに向かっていると予測しその経路の割り出しを行っております。お許しが頂けるのであればすぐにでも出陣致したく」
「う、うむ。こちらでも同様の情報を得ている。マクギリスも是非とも君にと薦めるのでな。対処を任せよう。マクギリスと協力し、事に当たれ」
「はっ! 恩赦のほど、感謝致します!」
カルタの勢いに、僅かにたじろぐ様子を見せるイズナリオ。敗退によりカルタの心が弱っていると思ったのだろう。そこにつけ込み恩をなすりつける腹積もりだったのだろうが、そんなものにいつまでも付き合っていられない。礼もそこそこにカルタはさっさと退出した。
「司令、いかがでしたか?」
「許可は出た。私はこれからファリド特務三佐と会わねばならん。貴様らは準備を整えよ」
「はっ!」
外で控えていた部下に告げながら、カルタは歩みを進める。
今はただ、前に進むことだけを考えて。
アンカレッジを発った大型輸送便は、一路エドモントンへと向かう。その車内では、戦いの準備が着々と進められていた。
「これだけの数があると壮観ですね」
臨時の格納庫と化した車内の中にひしめくMWを見ながら、メリビットが溜息を吐くように言った。
ドルトのデモに使われる予定だった物をパク……譲り受けた数台に加え、モンターク商会から供給された多数。それらの整備が今急ピッチで進められている。その進行状況を確認しながらオルガが応える。
「これでもまだ足りねえ……ってのは贅沢な話か。モンタークにも結構無理をさせたみたいだし、今あるモンだけでなんとかやるしかねえな」
GHに露見しないようこれだけの数を集めるだけでも、かなりの苦労があっただろう。利用し合う間柄ではあるが、このあたりは素直に感謝しておくべきだと、わりに律儀なオルガは考えていた。
「阿頼耶識は積まないのですよね、これ」
「ああ、時間もねえし、『作戦通りにいけるんなら、そもそも必要ねえ』からな」
「上手くいくのでしょうか」
「いかせるっきゃねえのさ。でなきゃちびどもをこいつに乗せなきゃならなくなる。生身よりはましつっても、出来るんなら避けてえ」
命をかける覚悟はあるとはいえ、生存の可能性が少しでも上がるのであればやっておきたい。そう言った方面での欲が、今のオルガには生じていた。
良い傾向なのでしょうとメリビットは考える。出会ってからこっち、この少年を筆頭に鉄華団の面子は生き急いでいるように感じていた。出自や経歴からして仕方がないのかも知れないが、自身の命すらちり紙程度に軽く扱っているように見えたのだ。
それが変わってきたのはやはり――
(彼の影響、なんでしょうね)
破天荒というのも生ぬるい男、ランディール・マーカス。未だに彼の人となりは把握しきれていない部分が多い。というか理解の範疇をぶっ飛ばしている。だが、それでも分かることがあった。彼の戦い方は、冷徹な計算と恐ろしいまでの気配りが両立している。
敵には甚大な被害と恐怖を、そして味方に対しては損害を押さえ勝ち筋を与える。ただ前に飛び出して味方を庇護するのではなく、味方に戦いの準備を整えさせ戦力を底上げするように動いていた。彼がいなければ、鉄華団はただがむしゃらに戦い酷い損耗を出していただろう。彼のやり方を見た少年達は、少しずつではあるがそのやり方を自分たちなりに昇華しているように見えた。
その上で彼は団長であるオルガを立て、自分はアドバイザー程度にしか口を出さない。やろうと思えば鉄華団そのものを手中に収めることも出来るであろうに。それは人情的な所から来ている物ではなく、何らかの打算的な思考が見え隠れする行為であった。
(鉄華団に何かをさせようと……いえ、何かを『期待している』のかしらね)
どちらにしろ、彼には注意を払っておかなければならない。我知らず鉄華団に入れ込んでいるメリビットにとって、ランディは危険人物のままであった。
もちろん間違いではないが、彼女はこれから思い知ることになる。
危険の方向性がなんか違うと。
「久しぶりだなカルタ。無事で何よりだ」
「生き恥をさらしているわ。……気を使ってくれたみたいね。その助力に感謝を」
改めて言葉を交わすマクギリスとカルタ。微妙に目線を合わさない目の前の男に、やはりかと内心落胆を覚えるカルタだが、気を取り直して会話を続けた。
「話は聞いているわね? 蒔苗 東護ノ介の捕縛を改めて許されたわ」
「ああ。……最早君には必要のない物だろうが、可能な限りの情報を収集し纏めておいた。一度目を通して欲しい」
マクギリスから渡されたタブレットに目を通す。
「部下が予測した物とほぼ同じ、いえ、それ以上ね。監察局で揉まれたのは伊達ではない、と言う事かしら」
マクギリスに何か裏の伝手があると言うことを理解しながらも、わざと的のずれた事を言う。このような物は腹芸とすら言えない。ただ相手の真実に踏み込むのを躊躇する、臆病さから来る物だ。我ながら度し難い物だと自嘲する。
「むしろ即座にここまで予測できるよう部下を鍛え上げた君に驚嘆を覚えざるを得ない。見事な物だよ」
「お褒めに預かりと言いたいところだけれど、それで失態を挽回できるわけではないわ」
「あのランディール・マーカスを相手にここまで張り合えるのは他にない。相手が悪すぎるのだよ」
「そんなことは言い訳にならないわね」
賞賛を斬って捨てる。例えマクギリスの言葉でも認められない。自分たちは本来敗北を許されないのだから。
「一人の兵としては彼らに驚嘆、いえ、敬意すら覚えるわ。けれども、だからといって好き勝手を認めるわけにはいかない。今回のことはGHの威信だけではない、地球の、世界のあり方にすら罅を入れるものよ。例えそれが、薄氷の上に成り立っていたものだとしても」
カルタも分かってはいるのだ。クーデリアや鉄華団の行動、いや『その存在そのものを産み出した』のが、『今の世界の歪みから生じたもの』だと。
『この戦いに、大儀などない』のだと。
しかし、それでも。
「……分かっていて、君は往くのだな」
マクギリスが吐いた言葉には、苦渋の気配すら籠もっている。それを感じながらもなお、カルタは止まらない。止まれない。
「これは私の意地。つまらない矜持(プライド)よ。だけどもそれすら捨ててしまったら、私はもう何者とも向かい合えない」
言って彼女は席を立つ。全ての迷いを振り切るように。
「話が出来てよかった。……マクギリス・ファリド特務三佐、貴方の協力に改めて感謝を」
「武運長久を、祈る」
互いに敬礼を交わし、そしてカルタは去った。
残されたマクギリスは、夕日に赤く染まる部屋の中、一人呟く。
「カルタ、ガエリオ。君たちがもっと賢しい人間であれば。……あるいは、セブンスターズでなければ……」
夕日を背にしたマクギリスの表情は陰り、読みとれない。
真夜中の雪原を、複線仕様の大重量輸送列車が往く。
鉄華団の少年達は、交代しつつ24時間体制で警戒を続けている。団長であるオルガに至ってはほとんど休息らしい休息も取っていない。団長たる者、皆の模範にならなければいけませんよとメリビットから小言を貰わなければ、仮眠すら取らなかっただろう。
「……団長だから休めねえつーの」
オルガの責任感の強さは長所ではあるが、逆にこう言ったときに融通の利かない部分を見せる。修羅場を潜ってきたとはいえ、そこらあたりはまだ若いと言えた。
「気持ちは分かるけどね、ずっと張りつめてたら倒れちゃうよ?」
コーヒーのカップを差し出しながら、ビスケットが言った。しかしかくいう自分もオルガと大して変わらなかったりする。
彼らも人間だ。いつまでも緊張を保っていられるわけでもない。来るなら早く来いという心境にすらなりかけていた。
「今は……ランディさんとミカが警戒してるか。あの二人なら心配ねえって分かっちゃいるがな」
「不意を突かれるよりはマシだと思うしかないね」
互いに苦笑。敵は強大、用心に用心を重ねたとて不安がぬぐいきれる物ではない。自分たちは結局、まだまだ子供なのだ。そう思い知らされる旅路であった。
気分を切り替えるつもりか、オルガが話題を変える。
「そんで、例の『小細工』の方は?」
「必要な部品とプログラムは組んでる最中。実際に組み上げてテストって事まで考えたら1日余裕があるかなってところ」
「そこはおやっさんと整備班だよりか。余裕があるんなら……」
そうやって言葉を交わしている最中、突如爆発音が響く。
機体のセンサーに感。薄暗がりの中で、ランディに口元が笑みに歪む。
「……来たか」
軌道の周囲に炸裂弾が派手にばらまかれ、列車が急停車する。進行方向の先、雪舞う荒野のまっただ中に轟音を立てて降り立つ影。
グレイズリッターが1小隊。その先端を位置取るのは、通常の物より大型の肩装甲を備え赤いラインが一筋入った機体、カルタ専用機である。
「鉄華団に告げる! 蒔苗 東護ノ介の身柄をこちらに引き渡して貰おう! でなければこのまま列車を破壊する!」
選挙の期間中に到着し、MSを含む大量の物資を一度に運び込める手段。であればこの定期便しかないとカルタの部下とマクギリスは予測した。それは見事に的中したのだ。
宣告しながらカルタは機体に剣を構えさせる。告げたことは張ったりではない、何の反応もなければ即座に機関車を破壊するつもりであった。それはあり得ないと分かっていたが。
案の定、反応は早く。
「ミカ! ランディさん! 頼む!」
列車の急制動に顔を顰めながらも、オルガはインカムに吠える。それとほぼ同時に貨車の一部から爆発するような勢いで飛び出す2機のMS。もちろんバルバトスとシュヴァルベ・グレイズだ。
飛ぶように駆けるバルバトスの姿は、グレイズリッターのパーツや追加装甲、装備を纏い大分変化を見せている。だがその機動力にはいささかの衰えもない。
「やはり貴様か白いガンダムフレーム!」
その突撃を真っ向から受けて立つのはカルタ。ミレニアム島での焼き直しがごとく、ブレードとレンチメイスが激しく火花を散らす。そして残りの3機はランディの方へと殺到した。
「昭弘! シノ! 急いで機体を立ち上げて二人の援護を……」
「いや! 残りの連中には周囲の警戒をさせてくれ!」
指示を出そうとしたオルガの言葉を、交戦しながらぶった切るランディ。
「こっちの戦力が分かっていてこの数ってのはおかしすぎる! 増援とかの可能性があるぞ!」
ランディの指摘にはっとなるオルガ。確かに罠を張っていたとはいえ大隊以上を壊滅させた自分たちに対して、たった1個小隊で襲撃をかけるなど無謀にもほどがある。戦力を分散させていたにしても少なすぎると言っていい。何の考えもない馬鹿ならいざ知らず、このあいだの戦いから見れば相応のやり手だ。であれば何かがあると見て間違いはないだろう。ランディの考えを理解したオルガは、改めて指示を出す。
「機体を立ち上げたら、列車の周囲を警戒だ! 視界が悪い、レーダーから意識を外すな!」
貨車から流星号とグシオンが身を起こし、急ぎ指示を実行せんとする。その間にも激戦は続けられていた。
「は、この間とは随分と様子が違うじゃねえか! なに企んでやがる!」
幅広剣とマチェットを振り回しながら、ランディは挑発するように言葉を投げかける。
相対しているのは3機のグレイズリッター。それがランディの機体を中心に正三角形を描く形で位置取った。そして積極的に攻め込まず、ランディの動きに合わせて三角形を保ったまま間合いを維持し、戦闘はあくまで受けに徹する。消極的な戦い方は明らかに時間稼ぎを目的とした物だ。だが同様の目的があったミレニアム島と比べてお粗末と言っても良い。何よりも。
「欠員を補充もしてねえたあ、ナメられたモンだなァ!」
そう、今相対しているのはミレニアム島で交戦した小隊である。潤沢と言える人材を抱えているGHであれば、欠員を埋めることなど難しくはないはずだ。そしてカルタの配下であれば、ランディを虞ても尻込みするような人間はいないだろう。この状態でランディを押さえ込めると思うほど愚かではない連中だ、必ず何らかの思惑がある。
とはいえ挑発に乗ってくるとは思えなかったが。
「は、容易く思惑を口にすると思ってもいないだろうが貴様は!」
幅広剣を受け止めた機体――小隊長機からの返答。なんとか重さのある斬撃を弾き、彼は咆吼する。
「この場に我等だけが現れた意味、どのみち貴様はいやでも知る事となる!」
「随分ともったいぶってくれんじゃねえか! 楽しみは後に取っておくタイプってわけじゃあるまいしよ!」
「黄泉路で酒盛りも楽しかろうさ! それまでは我等に付き合ってもらおうか!」
火花を散らしながら交わされる言葉には、己が命を捨てる覚悟が乗っている。死兵。彼らは最初から討ち死にする覚悟でこの場に挑んでる。
ただ命を捨てるだけではない、そこに必ず意味はあるのだ。ランディは機体を舞うように操りながら、後ろに向かって警告を飛ばす。
「昭弘! 狙撃モードで遠距離を探れ! こいつら『自分たちをマーカーにして、遠距離砲撃を叩き込む』気かも知れん!」
「!? りょ、了解!」
グシオンの頭部が変形し、額に当たる部分に備えた長距離索敵システムを主とする狙撃モードとなる。天候により視界は悪いが、現段階では彼らが持つ最大の索敵手段だ。それを用いて昭弘は警戒を強める。
ランディが予想したのは現状で最悪に近い一手。味方の識別信号を頼りに長距離砲撃を行う。つまり『接敵している味方を狙って砲撃を行うことによって、結果的に敵に打撃を与える』という外道。『ヒューマンデブリを前面に押し立てて戦闘を行う海賊などがよく使う手』だ。列車は動けず自分たちも足止めを喰らっている現状であれば、効果的な手段である。相手の覚悟のほどを見て、これくらいはやりかねないとランディは判断したのだ。
(可能性は低いと思うがね)
眦を鋭くしたランディは思考を巡らす。GHはどういうわけだか『蒔苗の殺害ではなく捕縛を目的としている』。どれだけ正確な砲撃でも彼を巻き込む危険性がある以上、それを行う事はなかろうと思う。だがもし状況が変わり蒔苗の生死を問わないということになったのであれば、と可能性は捨てきれない。その他にも考え得る要素はいくらでもある。それに全て対処できるわけではないが打てる手は打っておく。
激戦の中、それでも思考を巡らし気を配るランディの負担は生半可な物ではない。だが。
(太刀筋、動きに揺るぎの一つも出んか! 敵ながら天晴れと言うしかないな!)
猛攻の中、小隊長は内心舌を巻く。最低限の人員で襲撃をかけたのはランディの思考を揺るがすという目的もあった。だが思考はともかくその戦いぶりには全く衰えがない。このままでは遠からず圧倒されると、小隊長は判断せざるを得なかった。
しかし。
(我等が命が落ちた時こそ、貴様の負けよ! 『あとはカルタ様がケリを付けてくださる』!)
負けると知っていて、なおも彼らは不敵に笑んだ。
壮絶なまでの覚悟でランディに挑みかかる3機。そこから離れた場所ではカルタ機とバルバトスが激しく鎬を削っていた。
「やっぱり速いなこいつ」
「基本性能はともかく、出力では話にならんか!」
本来であれば厄祭戦時代に製造されたガンダムフレーム――バルバトスは、大量生産を前提とした現代の機体より高い性能を持っていた。しかし今は経年劣化により性能の多くが低下している状態にある。それこそグレイズと同レベルに近い。
『出力以外は』。
ツインリアクター機であるガンダムフレームは、単純に考えてもシングルリアクターのグレイズの倍は出力がある。現状、『とある事情』によりガンダムフレームのリアクターは本来の最大出力を出すことは出来ない。それでもそのパワーはグレイズとは比べ物にならなかった。それを下地に繰り出される打撃は一つ一つが必殺と言っても良い。それを凌ぐカルタは、刃の上で綱渡りをしているような心境であった。
「機体だけではない……こいつ、剣を交える度に技が冴えてくる!」
振り回されているレンチメイスの速度が、技そのものが、徐々に鋭さを増してくる。まるで巣立ち前の若鳥が翼をはためかせ、飛び立つ寸前であるかのように。
ただの傭兵風情がとは言えまい。彼らは火星から困難をくぐり抜け、ここまでたどり着いた紛う事なき強者。ランディール・マーカスと同じく全身全霊を持って相対せねばならない強敵だ。
同時に。
(ああ、全く度し難い。……敵の有り様を『羨ましい』と、そのひたむきさを『美しい』とすら思ってしまうなんてね)
自分のようなしがらみのない、愚直なまでに突き進む勢い。最早失われた、いや最初から持っていなかったのかも知れないそれを持つ彼らに、羨望すら覚えた。
その感情を、無理矢理心の底に押し込む。ここは譲れぬ。今はただ、己を押し通すことだけを考えろと歯を剥きだし、カルタは剣を振るいレンチメイスを弾き飛ばしながら咆吼する。
「意地があるのよ! 女にはァ!」
粉雪を吹き飛ばしながら舞い踊る巨人達の戦いを、鉄華団の少年達は固唾を呑んで見守っていた。
少しでも視界を確保しようと列車の屋根の登ったオルガは、思考を奔らせる。
「あいつら、一体何を企んでやがる」
ランディに指摘された違和感。明らかに何らかの策があるのだろうが、それが読めない。たかだか1小隊で出来ることなど限られている。足止めして増援などの類を投入する様子もない。このままだと彼らはただ無駄死にするだけだ。そんな遠回しな自殺をやる連中でもないはず。
「考えろ、考えるんだオルガ・イツカ」
奴らの思惑を見切れと、オルガは自分に言い聞かせる。GHの通常の思考ではない。あの敵はそんな物を越えた連中だ。であれば当て嵌まるはずもなかった。自分たちに置き換えてみる。あの数で、この状況でどういった手段を取るか。選択肢は数あれど、どれにも当て嵌まらないような気がする。
ではこの状況でもっとも効果的……いや、『もっとも読みにくい思考とはどういうものか』。オルガの脳裏に一人の男の名が浮かぶ。
「『ランディさん』……?」
あの破天荒な男なら、戦力も個人的な技量も届かない状況であれば。
『絶対嫌がらせをやるためだけに行動する』!
それに思い当たったとき、戦況が動いた。
ついに回避できなくなった一撃が、小隊長機の右肩口を捉える。そのまま溜まらずグレイズリッターは膝をつくが。
「捉えた……ぞ!」
額から流血し血を吐きながらも、小隊長は不敵に笑む。コクピットに届くほどに食い込んだマチェットを、両手でがっしりとホールドしたのだ。これで一瞬でも動きが鈍れば……と言う考えはやはり甘かった。
小隊長が笑んだその瞬間、ランディはすでにマチェットを手放し――
目にも止まらぬ速度で小隊長機の立て膝を足場にして駆け上がるように宙に舞うと、グレイズリッターの側頭部に膝蹴りを叩き込んだ。
「シャ、シャイニングウィザードだとお!?」
偶然にもその技を知っていた小隊長が驚愕の声を上げ、次の瞬間にはグレイズリッターの胸部を強かに蹴りつけ踏み台とし、ランディの機体はさらに宙に舞っていた。後ろから襲いかかろうとしていた小隊機のブレードは空を斬り、蜻蛉を打ったランディ機の幅広剣がその機体に真上から叩き込まれる。
頭部を粉砕されて小隊長機と共に沈む僚機。その姿を見てなお最後の機体は怯まなかった。
「叶わずとも、一矢は報いる!」
腰溜めにブレードを構えての突貫。無論そんなものが通用するはずもなく。
砕かれた機体のパーツと折れたブレードが、雪舞う夜空に散った。
それとほぼ同時にもう一つの戦いも決着を迎える。
激戦の中、三日月は機体を操ると同時に思考を巡らせていた。
「まだ追いつけない、どうすればこいつの速度を超えられる?」
単純に使う得物の重量差……というわけではない。常に自分がメイスを振るう軌道を先回りされているというか、見切られていると感じる。この間戦ったときよりも、確実に強い。
後ちょっと、あるいは僅かな隙があれば届きそうな手応えはある。しかしその僅かが遠い。焦るなと、三日月は自分に言い聞かす。
「力任せに、腕だけで振ってるんじゃダメだ。もっと体全体を使って、運ぶように」
幾度も見た動画を思い出す。
「重さに逆らわないで、流す……」
幾度も振るった素振りを重ねる。
「踏み込みと、腕の振りを同時に」
大気圏に突入するときの、あの感覚。
かちり、と何かが噛み合った。
「まだ速く!?」
カルタ機の剣線をかいくぐるように、轟、とレンチメイスが奔った。
振り下ろしから突きへの動作。雪を蹴散らし体の入れ替えと同時に行われたそれは、その瞬間確かにカルタの剣を越える。顎のように開いたクラッシャーは、回避しきれなかったカルタ機の左腕を捉えた。
しかし。
「たかが片腕でェ!」
自ら機体を捻って左腕の関節をへし折り、さらにブレードを叩き込んで断ち切る。さしものの三日月も、その行動に虚を突かれた。
血のようにオイルをまき散らしながら後退するカルタ機。丁度その時ランディに挑みかかっていた最後の機体が地に伏せた。
「……ここまで、か」
まだ自分は戦える。が、それも長くは保たない。部下同様叩き伏せられることは目に見えていた。最初から分かっていた結末。口惜しさはある。
だがそれでも、カルタはまだ不敵に笑む。
「やはり我等は貴様達には届かなかったようだ。……見事なりランディール・マーカス、見事なり鉄華団!」
オープン回線で告げるカルタ。その時にいたってやっと、ランディとオルガは『彼女の狙いに気付いた』。
「ミカァ!」
「三日月!」
「されどもここは! 我等の勝ちだ!」
『そいつを止めろォ!!』
二人の言葉に応え、三日月は最速で打ちかかる。それより早く、カルタ機は剣を高々と掲げ――
『地面に向かって叩き込んだ』。
間欠泉のように雪と土がぶちまかれる。次の瞬間、バルバトスが振るうメイスが、強かにグレイズリッターへと叩き込まれた。
胸部装甲を凹ませて吹っ飛ぶカルタ機。糸が切れた人形のように幾度か地面をバウンドしてから転がり、そして倒れ伏してそのままぴくりとも動かない。
メイスを振り抜いた姿勢のまま、油断なく見据えるバルバトス。その機体の中で、三日月はぽつりと呟いた。
「……間に合わなかったか」
それと同時に、レーダーに感。
「ちっ! 三日月下がれ! 昭弘! シノ!」
ランディの声に応えて後退するバルバトスの後を追うように、砲弾が着弾し派手に爆煙を上げる。滑空砲を構えたグシオンとアンチマテリアルライフルを備えた流星号が現れた何者かに対応しようとするが。
「速い!?」
「くそ、しかも視界が効かねえ!」
巻き上がる雪の向こうを高速で移動する何者か。それは砲弾をまき散らしてさらに視界を遮ってから、あっという間に姿を消した。レーダーに映る反応から、どうやらカルタ機を回収していったらしい。
静寂が戻る。そしてややあって雪のカーテンが消え去った後、大地に残されたのは。
『断ち割られた、線路』。
雪原を高速で駆ける紫の機体。下半身を高速ホバー形態に変形させたその機体――地上用に改修されたキマリス、【キマリストルーパー】を操りながら、パイロットであるガエリオは懸命に通信機に向かって語りかけていた。
「カルタ! カルタ! しっかりしろ!」
小脇に抱え込んだぴくりとも動かない機体。損傷の様子からコクピットにまでダメージが浸透しているのは明白。まさかと焦るガエリオの耳に、微かな声が響いた。
それは。
「くく……くははははは!」
笑っていた。半ば押しつぶされ、口から血を吐きながら、カルタは笑っている。
「は、ははは、『してやった』わ! ざまを見なさい!」
そう、全ては彼女の計画通り。ただこのために、『ランディたちの目の前で、線路を断ってみせるためだけに』、彼女は最低限の戦力を引き連れて現れたのだ。
経済圏のインフラを破壊する。法の守護者であるGHが『行っては成らない手段』だ。露見すれば当然、カルタは何らかの処分を免れない。場合によっては今の役職はおろかセブンスターズとしての立場すら危うくなる。それを理解していていてなお、彼女はやった。『己の保身よりも、ランディに一泡吹かせることを優先して』。
その上で、わざわざ窮地に陥ってまで彼らの目の前で事をなして見せた。『勝利を確信したその瞬間に、盤上をひっくり返すために』。
己の命を的にしてまで、ただこれだけのことをなすためだけに行動した執念。それは確かに結実した。
「……これで……奴らは動けない。……議会にたどり着けなければ、我等の勝利……」
「カルタ! もう喋るな!」
懸命に叫ぶガエリオの言葉など耳に届かない。カルタは朦朧とする意識の中、満足げに微笑んで見せた。
「…………マクギリス、これで……貴方に……」
その呟きは、雪原の中に消える。
呆然とする鉄華団の少年達。列車の屋根の上、オルガは歯噛みしながら足下に拳を叩き込む。
「くそ! やられた!」
三日月達に迎撃を任せる中、無理にでも強行突破するべきであった。だが全ては後の祭り。この荒野の中、緊急に連絡を入れたとて線路の修復には時間がかかる。それを待っていては『絶対に議会には間に合わない』。
カルタの策。その全てを悟ったランディは呻くように呟く。
「やってくれんじゃねえか、『カルタ・イシュー』」
最早彼女は小娘ではない。己の思惑を越えて見せた強者であると、さしものの彼も認めざるを得ない。ああ、ここは負けだ。よくもやってくれたとランディは感嘆すら覚えている。
しかし。
「……だが詰めが甘めェ」
にい、と獰猛な笑みをランディは浮かべる。
それは決して、諦めた者には出来ない笑みであった。
※今回のえぬじい
「……ね、ねえどんな気持ち? 舐め腐っていた小娘にしてやられたのはどんな気持ちゲハァ!」
「カルタァ! 無茶すんなァ!」
血反吐吐きつつNDK的煽りをしようとするカルタ様マジリスペクト。
続かあよ。
銭が貯まりません。私生活でもGジェネでもな。
こんな所でリアル反映させなくてもいいじゃない捻れ骨子です。
はいまたまた大幅に更新遅れておりまーす。いやすんませんホントすんません。これというのもみんな捻れ骨子って奴が悪いんだ俺だよ。出来れば次回はもう少し速く更新したいです。……出来ればいいなあ。(遠い目)
さてそれはともかくカルタ様リベンジ、このような展開になりました。戦力では勝てない、ならばどうするか。捻れ骨子が頭を捻った末だした結論がこれです。うちのカルタ様の答え。いかがだったでしょうか。
そして次はいよいよ第一期終盤へと突入致します。果たして鉄華団はエドモントンの選挙に間に合うのか、そしてガリガリ&アイーンとどう戦い抜くのか。刮目して待たれると良いことがあるかも知れませんよ?
ではでは次回をお楽しみに。