イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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16・決めたら往け、怯まずに

 

 

 

 

 アーヴラウはエドモントン。そこにある野党本部の建物の廊下を歩む人物がいる。

 【アンリ・フリュウ】。野党党首であり、今回の選挙で蒔苗が戻ってこなければ代表に選ばれるであろう人物であった。

 蒔苗派は一応ナンバー2である【ラスカー・アレジ】の元ひとまとまりになっているように見えるが、その実蒔苗がいなければ右往左往するしかない連中の集まりだ。この状況で選挙を行えば票が割れるのは目に見えている。現状ならば十分な勝ち目があると、アンリは睨んでいた。

 ゆえに今必要なことはどうやって蒔苗の身柄を押さえ、彼の参戦を阻むかだ。彼女は色々と算段しながら建物を出て、玄関前に止まっていたリムジンへと乗り込む。

 

「首尾はどうだったかね?」

 

 リムジンに乗っていた『先客』が語りかけてくる。アンリは対面のシートに腰を下ろしながら応えた。

 

「まずまずといったところね。所詮蒔苗がいなければ烏合の衆、選挙までに意見を統一することは出来ないでしょう」

「それは重畳。我々も色々と動いた甲斐があったという物だ」

 

 満足そうに頷くのはGHの上級仕官服を纏った初老の男。現ファリド家当主にしてGH地球本部司令官、イズナリオ・ファリドである。

 彼はGH内での権力掌握に止まらず、アンリの後ろ盾として彼女の政権を擁立させ、実質的にアーヴラウの実権を手に入れようと企んでる。各経済圏の政治には関わらないというGHの基本理念に背く行為であるが、それを何の迷いもなく行う剛胆さであった。

 どこまでも欲深いその本性をおくびにも出さず、彼は済ました顔で話を続けた。

 

「現在こちらの手の者が蒔苗 東護ノ介の捕縛に向かっている。ほどなく吉報が入るだろう」

 

 クーデリアと鉄華団を取り逃がし、それを追って地球に降りたカルタの行動は、イズナリオから見れば『それを理由に蒔苗の捕縛に動いた』と捉えられていた。お飾りだと思っていたが案外使える駒だと、若干の勘違いで悦に入っている。そうと知らないアンリは、いやらしい笑いを浮かべた。

 

「期待しているわ。これで議会の掌握は叶ったも同然」

「まだ最後の詰めが残っている。油断はせぬようにな」

 

 言いながらイズナリオは、己の隣に座らせた『養子として引き取った身よりのない子供』の頭をなでつける。その子供が微かに怯えの色を瞳に浮かべていることなど、二人は歯牙にもかけていない。

 彼らの夢想は、当然取らぬ狸の皮算用でしかない。

 それが証拠に程なく届けられたのは、カルタ敗退の知らせであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 降り出したスコールはことのほか長く続いた。このことが、ミレニアム島を脱出する鉄華団にとって有利に働く。

 雨に紛れた脱出行はGHの追跡を断念させ、また雷雲により衛星からの監視網も役に立たない。豪雨の中、前もって多量のコンテナに詰めていた物資をピストン輸送でモンターク商会の船に運び込み、彼らは島を離れ海原に赴く。

 嵐が過ぎてやっと一息吐いた……ところで再燃する問題がある。無論、今後の進退についてだ。GHの襲撃により有耶無耶になっていたが、いつまでも先送りにしていて良い物ではない。最早決断をせねばならぬ時に来ていた。

 タンカーに偽装した輸送船の一室で、オルガとビスケットは対峙していた。いつもであれば他の主要なメンバーも参加しているはずの話し合いであるが、今回は二人きりだ。そうする必要性を、共に感じている。

 

「……正直、迷ってる」

 

 しばらくの沈黙の後、口火を切ったオルガが零したのはそんな言葉であった。

 ビスケットは目を丸くする。オルガがここまで長々と決断できずにいるところを見るのは初めてだったからだ。

 オルガ・イツカという少年は迷いを持たない。持ったとしてもすぐにそれを振り払い即決する人間だ。周囲の人間に相談という体で話を持ちかけることもあるが、大体の場合はすでにその腹は決まっている。

 今まではそうだったのだ。

 

「悪くない話だとは思う。上手くすりゃあアーヴラウにでかい恩を売れて、テイワズの覚えもめでたくなるだろう。……けどな、これから先、GHの追撃は激しさを増す。逃げ回ったとしても、どっかで絶対にドンパチやらかさなきゃならない」

 

 ぎ、と歯噛みする。

 

「そりゃ俺達は傭兵だ。今までだって命張って仕事をしてきた。『そうしなけりゃ生きられなかった』からな。……けど今回は、『別に降りちまっても構わない』。最低限の義理は果たしているし、逃げ出す手段もある。地球までGHの妨害をかいくぐりお嬢さんを送り届けたっていう、この事実だけでそれなりに箔も付いた。そこそこの仕事はやっていけるはずなんだ」

 

 椅子の背もたれに体重を預け、天井を仰ぐ。今までこれほど頭を悩ませたことはあっただろうかと自問しながら、オルガは話を続けた。

 

「ここで命を賭けてじいさんを送り届けるべきなのか、それとも降りて火星に帰るべきなのか。……いや、火星に帰るべきなんだろうな、やっぱ」

 

 かかっているのは自分の命だけではない、地球に降りた団員達全員の命がオルガの判断にかかっている。ちょっと関わっただけの年寄りのために、命を張れと言えるのか。

 慎重になったと言うべきなのか、それとも臆病になったと言うべきか。オルガの意志はここで引くことに大きく傾いていた。だが、踏ん切りが付かない。心の中にわだかまるもやりとした感覚が、逃げ出すことに歯止めをかける。

 このもやりとした感覚を覚えたのはいつからだっただろうか。ドルトでGHの行いを知ったときか、海賊をけしかけられたときか。いや……もしかしたらもっとずっと前から抱え込んでいたのかも知れない。それは収まることを知らず、ここにきて考えに待ったをかけるくらいには大きくなっていた。

 姿勢を戻してビスケットに目線を向ける。多分ビスケットは諸手をあげて降りることに賛成するだろう。オルガはそう思っていた。

 しかし。

 

「そうだね。俺も帰るべきだと思う。……『思ってたつもりだった』」

 

 その言葉に今度はオルガが目を丸くする。元々ビスケットは慎重な性格だ。だから危険を避けられるのであれば避けようとするし、そのことをしっかりと意見もする。だが今回は、どうにも歯切れが悪かった。

 『オルガと同じように』。

 

「俺も、迷ってる。それで三日月に言われたんだ。迷ってるのは俺が降りたくないって思ってるんじゃないか、って」

「ミカが?」

 

 オルガの問いに、ビスケットは頷く。

 

「多分ね、ドルトのことが……俺の両親のことが引っかかってるんだと思う。でもこれは、俺の、『俺だけの都合』だ。それを理由にして、みんなに命を賭けろなんて言えるわけがない」

 

 しかし、それでも。そう理性では判断していても。

 迷いは、晴れない。

 はは、とビスケットは力無く笑った。

 

「なんか初めてだね、二人揃って悩むなんて」

「そうだな。いつも意見合わせてばしっと決めてたもんな」

「……俺は時々反対してたよ?」

「え? ……そ、そうだっけか?」

「そうだよ。オルガが聞いてくれなかっただけ」

 

 くく、と今度は二人して笑い声を漏らした。

 ひとしきり笑った後、オルガは再び天を仰ぐ。

 

「あ~、やっぱすっきりしねえ。……行っても逃げても後に引きそうな気がするぜ」

「このままだとするね、後悔。どっちでもさ」

 

 意見は揃っている。答えが出ないだけだ。しかし出さねばならない。時間はいつまでも待ってはくれないのだから。

 

「……ちょっと外の空気吸ってくらあ。気分変えないと煮詰まっちまう」

「ん、少し休憩しようか」

 

 ビスケットに見送られ、オルガは部屋を出る。そのまま彼は船の甲板に上がる。

 夜の潮風が吹き付ける中、適当な段差に腰を下ろしてオルガは息を吐いた。

 

「頭張ってる人間ってのは、みんなこんな事考えてんのか……?」

 

 組織の長という物は、これほどまでに頭を悩ませるものだったのか。あのマルバですらCGSと言う組織を運営していく上で、いくつもの取捨選択があったのだろう。その行く末があの結果だとしたら、道を誤ればいずれ自分も……。

 そんな未来を予測して、オルガは身震いした。自分一人ならまだいい、しかし団員を、『家族』を巻き込んでの破滅など、想像するだにおぞましい。今になって背負っている物の重さを自覚したのか、色々ずしりと何かがのし掛かってくるような、そんな感覚を覚えていた。

 頭をかきむしる。悩みは増える一方、解決する手段など思い当たりもしない。こんな時に限ってランディは放置の姿勢であった。戦術や運営上のアイディア、あるいは何らかの思考誘導的なことは口にしても、組織全体の決断に対して彼は口を挟まない。団長であるオルガを立てたとも考えられるが、こういった面倒から逃れるためじゃねえだろうなと、ついつい邪推してしまう。

 はあ、と溜息。見上げる空に瞬く星はただ輝いているだけで答えをくれたりはしない。しばらくぼんやりと夜空を見上げていたオルガの耳に、微かな音が捉えられた。

 

「…………?」

 

 それは規則的な風切り音。最初は船のどこかが風に煽られての音かと思ったが、どうにも違和感がある。妙に気になって、オルガは立ち上がり、音の源を捜す。

 広い甲板、パイプや構造物をいくつか抜けた場所。ちょっとした広場になっているそこで、三日月が一心不乱に鉄パイプを振るっていた。

 

「ミカ?」

「ん? オルガ、どうしたの?」

 

 オルガに気付いて素振りをやめる三日月。「悪い、邪魔したか」という言葉に彼は頭を振る。

 

「そろそろ終わろうと思ってたから。話し合いは終わった?」

「いや、ちょっと休憩ってところさ」

 

 答えながら、オルガは傍らの構造物に腰かける。

 

「なかなかすっきりといかなくてな」

 

 ふう、と溜息を吐く彼の様子に、三日月は眉を寄せた。

 

「もしかして悩んでる?」

「……分かるか?」

「なんとなくね」

 

 三日月も隣に腰を下ろす。そうしてから彼はこう言った。

 

「オルガはどうしたいのさ?」

「そりゃあ、これから先鉄華団にとって益になる立ち回りを……」

「そうじゃなくて、『オルガ自身はどうしたいのか』ってこと」

「あん?」

 

 思わず三日月をまじまじと見る。彼はいつもの通りぼんやりとした表情のまま、だがどこか真剣な目をして空を見上げつつ続ける。

 

「俺はオルガがどういう道を選ぼうとついていく。『あの時』オルガが手を差し伸べてくれたから俺は生きてる。だから俺の全部はオルガに預けたんだ。……もしも『みんなと違う道を選んだ』としても、俺は最後までつきあうよ」

 

 それは鉄華団との決別すら考慮に入れた言葉。オルガは目から鱗が落ちたような感覚を覚える。

 三日月はオルガの方を向いた。その目はいつものように問いかけてくる。だがなぜか、いつものようなプレッシャーは感じない。

 

「オルガはどうしたい?」

 

 その問いかけもいつもの言葉ではない。『自分たちがどうするのか』ではなく『自分がどうしたいのか』、鉄華団にとって現状の最適解ではなくオルガ個人の望み。そういったものが問われている。

 ああそうか、とオルガは何となく察した。きっと三日月が言いたいのは『初心に帰れ』ということなのだろう。次から次へと突きつけられる困難。それは覚悟の上であったが、予想以上に荒々しく押し寄せられ自分たちを翻弄してきた。その勢いにいつしか『何か』を見失ってしまっている。そんな風に感じられたのかも知れない。

 

「俺のやりたいことか……そうだな」

 

 ゆっくりと噛みしめるように考える。鉄華団の事を一時棚上げし、最初に歩き出した時から鑑みれば――

 存外あっさりと、答えは出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 施術が行われ数日後。アインの意識が戻ったと聞かされたガエリオは、施設の研究用ハンガーに急行した。

 そこで待ちかまえていた物は。

 

「ボードウィン特務三佐!」

「アイン、お前なのか!?」

 

 改修作業が進む目の前の機体から響く声に、動揺を隠せない。

 

「成功したのか……良かった……」

 

 口ではそう言ったものの、これで良いはずがないという思いが心の底に澱がごとく積もっていく。

 そんな彼の心境を知るよしもない技術者達は、淡々と現状を報告する。

 

「こちらがダルトン三尉の現在の状況となります。阿頼耶識との同調は滞りなく進んでおり、GHのデータバンクに残されている本来の同調率には及びませんが、それに迫るほどの数値に至っております。これならば十分に実戦に耐えうるでしょう」

「本当に感謝いたします特務三佐! これでクランク二尉の無念を晴らす事も特務三佐のお役に立つ事も出来ます! 心から尊敬出来る方に人生の中で2人も出会えた、これ以上の幸せは有りません! この御恩とても返し切れるようなものではありませんが、この命を持って必ずや返し切って見せます!」

「そうか……期待している」

 

 熱の入ったアインの言葉に、ガエリオは気の乗らない返事を返しつつ端末の画面に見入る。そこに記されたアインの現状は、正しく『MSのパーツとして切り刻まれ機体に埋め込まれた』としか表現できないものだった。

 それに気を取られていたせいだろうか、ガエリオは『アインの発言が微妙におかしいこと』に気付かなかった。

 これからの方針を技術者達と打ち合わせてから、ガエリオは施設を後にしてマクギリスと合流する。

 

「……随分と気に病んでいるようだな。後悔しているか?」

「実際にあのような光景を目の当たりにすれば、気分も滅入るさ。……だが、後悔なんぞするのは、あいつにとって侮辱となる」

 

 自分に出来るのは、せめてアインが本懐を遂げられるよう舞台を整える事くらいだ。彼が己の存在を賭けて戦うのであればそれに応えなければならないという、使命感のような物があった。

 座して虚空を睨み付けるガエリオは気付かない。そんな自分をマクギリスが痛ましい表情で見ていることに。

 

「……あの機体の調整にはまだ暫く時間がかかる。だが彼らもそう簡単にエドモントンにたどり着くことは出来ないだろう。カルタとの交戦の後、足取りが掴めないと言うことは、非合法なルートを使っているはずだ。正規の手段と比べれば相応の時間がかかる」

「カルタは無事なのか?」

「ああ、率いていた部隊は壊滅的な被害を受けたが、彼女は無傷で離脱している。今頃はヴィーンゴールヴに向かっているだろう。私もそちらに向かい、フォローするつもりだ」

「やはりまだ諦めていないのか。だが奴らの行方が知れぬのでは」

「代表選出会議に間に合わそうとするのであれば、自ずと使える手段は限られてくる。そのあたりから絞り込みをかけるさ。もっともカルタの方でも目星を付けているかも知れないがね」

 

 少なくともエドモントンにたどり着くまでには捉えられると、マクギリスは断言する。

 

「分かった。俺も用意が整い次第出る。カルタにもそう伝えておいてくれ」

「ああ、では先に行かせて貰う」

 

 そう言ってマクギリスは部屋を後にする。人気のない廊下を歩む彼の表情は、厳しい物であった。

 

(やはりその道を選んだかガエリオ。……できれば諦めて貰いたかったが)

 

 しかし彼は『選択した』。それは自分と彼との『決別』を意味する。

 最早振り返るまい。マクギリスはただ前に進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日ぶりにすっきりと晴れた朝。オルガは団員達を船の甲板に集めていた。何事なのかとざわめく団員達。その様子を見ながらビスケットは考えていた。

 

(オルガは、話を受けることにしたのかな……?)

 

 昨夜部屋に戻ってきたオルガは、妙にすっきりした顔をしていた。腹は決まったのかと問うビスケットに対し、彼は頷いて「明日みんなを集めてそこで言うさ」と応えたのだが。

 集まった団員達の様子を、少し離れた位置で蒔苗やクーデリア、それにランディや雪之丞などの大人達が見守っている。ランディやメリビットはともかく雪之丞は確実に鉄華団の団員であるはずなのだが、今回は外様を決め込むらしい。まあオルガがどういう判断を下すにしろ、しょうがねえとか言いながらついていくのは間違いないだろう。

 

「みんな揃ったか? じゃあちょっとばかし俺の話を聞いてくれ」

 

 おや、とビスケットは思う。まずは今後の方針を決めたと宣言するのかと思っていたのだが。彼の疑問をよそに、オルガは語り出す。

 

「蒔苗さんからの依頼だが……正直、迷った。いや、ぶっちゃけ断って火星に帰っちまおうかと思っていた」

 

 団員達のざわめきが大きくなる。実の所多くのものたちが依頼を受けてエドモントンまで赴くのだろうと思っていた。オルガの性格ならそうするのではと予想していたのだ。

 

「今までは何とか乗り切ってきたが、いい加減GHも本腰を入れてくる頃だ。こっから先進むってんなら、無事ですむ保証はねえ。……誰かがまた犠牲になっちまうことも、あると思う」

 

 確かにそうなのかも知れないがと、団員達は戸惑いを隠せない。いままで押せ押せで物事の舵取りをしてきたオルガが言うのだからなおさらだ。誰かが何かを口にしようとする前に、まあ待ってくれとオルガは手で制して話を続ける。

 

「そこまでする義理はあるのかって、思った。だが考えてみりゃクーデリアお嬢さんも蒔苗さんも、火星のためになるよう動いている。つまり巡り巡って俺達の将来のためになるって事だ。そいつを分かってて放り出しちまうってのは……不義理って奴じゃねえのかなあって気がするんだ」

 

 一つ一つ自身が確認しながらなのか、オルガは考えながら言葉を紡ぐ。

 

「それにな、俺はどうにもGHのやり口が気に入らねえ。火星からこっち、海賊をけしかけたりドルトの人らにいわれのない罪をおっ被せようとしたり、好き放題やりやがる。あれじゃまるで……『マルバ達みてぇじゃねえか』」

 

 己の立場を笠に着て、弱い者を足蹴にする。その有り様がかつてのCGSで受けた仕打ちを思わせると、オルガは感じていた。

 そう、『かつてのCGSとGHは似たような有り様にしか見えない』のだ。CGSも創設当時はそれなりの理念と節度があって、マルバも少しはまともな性格であったらしい。そこから転げ落ちるような腐敗の様相は、時間と規模の差はあれど、確かに現在のGHの有り様とよく似ている。

 

「そんな連中が蒔苗さんの国を乗っ取ろうとしてる。気にくわねえ。気にくわねえし納得がいかねえ。GHだからって、そんなに好き放題させていいのか、ってな」

 

 そこまで言って、けどな、と続ける。

 

「そんな理由で蒔苗さんたちを助けたい、ってのは……『俺のわがまま』だ。本来の仕事は終わってんのに、これ以上必要のない、命がけの仕事に団員を、お前らを巻き込むのは団長としてやっちゃいけない事だ」

 

 火の粉を払うために戦い、テイワズに認められるために戦った。そこまではいい、必要なことだったのだから。だがここから先はそうじゃないとオルガは言う。

 だから――

 

「だからここから先は、『俺とミカだけで行く』」

『……は?』

 

 オルガの言葉に、鉄華団の少年達だけではなくメリビットやフミタンなども唖然とした表情を見せた。

 これがオルガの思いついた『もっとも冴えたやり方』である。団員を巻き込むのがいやならば団員を連れて行かなきゃいいじゃない。突飛と言うか極端な発想であった。

 このへんまだまだオルガは見通しが甘い。そんなことを言ってはいそうですかと大人しく引き下がるような人間は、ここにはいないのだから。

 

「俺たちが帰ってくるまでは、ユージンに任せる。あれであいつはしっかりしてるからな、へたすりゃ俺よりも――」

「ちょーっと待ったァ!」

 

 オルガの言葉を遮って声を張り上げたのはシノである。彼はいつのの調子で言葉を続ける。

 

「ここまで来て帰れってのはちょっといけずじゃねえか? 俺も噛ませろよその話」

「シノ!?」

「GHにむかついてんのは何もお前だけじゃねえぜ団長。俺だって一発カマしてやんなきゃ気が済まねえ」

 

 ばしんと右の拳を左の手の平に打ち付けて、シノはにやりと笑う。さらに。

 

「俺も行く。いや、連れて行ってくれ団長」

「昭弘?」

 

 次いで言葉を発したのは昭弘だった。彼は覚悟を決めた様子で言う。

 

「団長には恩がある。俺と、昌弘を救ってくれた恩が。命(タマ)張るってんなら丁度良い、俺に、少しでも恩を返させてくれ」

 

 言われたオルガは一瞬返答に困る。その僅かな間隙を縫うようにして団員達から次々と声が上がった。

 

「俺も! 俺も行きます!」

「置いてくなんてなしですよ団長!」

「シノが行くんなら俺も……」

「カマすんならみんなでやろうぜ!」

「水くせえっすよ団長!」

「お前ら……」

 

 団員の反応に、今度はオルガが唖然とする。その様子を見て、ビスケットはふっと笑みを浮かべた。

 

「みんな『巻き込まれたいんだよ』オルガ。もちろん俺も」

 

 自分の気持ちはすっかりオルガに代弁されてしまった。そう、自分も納得できなかったのだ、今の世界の有り様が。逃げ出そうという気持ちにブレーキをかけていたのがそれだった。きっと団員のみんなも、大なり小なり思うところがあったのだろう。

 世界を変える、などと大層なことは言わない。しかし目の前に出来ることがあり、それが少しでも自分たちの未来を良くしてくれる物であればやってみる価値はあるのかも知れない。なにより。

 

(GHの鼻をあかせば、きっとすっきり出来るだろうしね)

 

 敵討ちとまでは行かないけれど、とビスケットはこれまでにない不敵な笑みを浮かべる。色々と吹っ切れたようだ。

 オルガは困った顔をして視線を大人達の方に向ける。視線を向けた先の雪之丞は、いつのまにやら煙草を吹かせながら言う。

 

「俺が行かなきゃ誰が整備の指揮とるんでえ」

 

 その隣のメリビットもどこか呆れた様子で。

 

「私は鉄華団の動向を報告する義務がありますから。もちろん付いていきますよ」

 

 らしいことを言っているが、実の所少年達が心配なのだ。それが分かってる雪之丞などは片眉をぴくりと動かし肩を顰めた。

 かてて加えて。

 

「当然あたしらも行くよ」

「ダーリンから面倒を見てやれって言われてるからね」

 

 アジーとラフタも付き合う気満々であった。これにはオルガも泡を食う。

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! 二人は兄貴からの大切な預かり物だ! なんかあったら……」

「はっ、自分の身は自分で守れるさ」

「GHとやらかすのなら、腕利きは一人でも多い方が良いよね?」

 

 これは梃子でも動きそうにない。おどけた様子だが瞳に有無を言わさぬ力がこもっている。オルガは二人を留めるのを断念せざるを得なかった。

 狼狽えるオルガの様子を見ながら、くく、と忍び笑うランディ。そうしてから彼はどうよとドヤ顔をフミタンの方に向ける。彼女はちょっとむっとした様子を見せてから、ふいっと視線を逸らした。それにまた笑い、ランディはオルガに向かって声をかけた。

 

「大将、契約の更新はしてくれるんだよな?」

 

 あんたもか。絶望にも似た表情をオルガは浮かべた。と、傍らの三日月がこちらを見上げているのに気が付く。

 その目はいつもの通りに訴えかけていた。だが同時に……。

 

(ああ……もう『分かっている』さ)

 

 オルガはふう、と溜息を吐く。そうしてから、にい、と獰猛に歯を剥いた。

 

「どいつもこいつも大馬鹿野郎が……いいぜ、やってやろうじゃねえか」

 

 全員を見回す。そして彼は咆吼した。

 

「ここにいる全員で、エドモントンに殴り込みだ! GHに一発カマして、火星の、『俺達の未来』を獲りに行くぞ!」

『おおーっ!!』

 

 雄叫びが天に響き、数多の拳が掲げられた。その光景を見ながら蒔苗は顎髭をなでつける。

 

「ほっほっほ。期待通りの、いや、それ以上の展開じゃのう」

 

 その横のクーデリアは、どこか誇らしげな表情でこう答えた。

 

「ええ、これが鉄華団です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これからの方針が決定した後、オルガは名瀬に連絡を取り、状況を伝えていた。

 

「すいません兄貴。勝手なことをしました」

「いや、うちもアーヴラウで商売してんだ。蒔苗氏みたく風通しの良い人間が代表だったらありがたい。渡りに船ってところさ。ま、多少無謀だとは思うが、リボン付きもいるんだ、何とか無理を押し通せるんじゃないかね。……それに無策ってわけじゃないんだろ?」

「はい、クーデリアのお嬢さんの案を下地にして、話を詰めているところです」

「ほう、あのお嬢さんそんなことを言い出したのか」

「……もしかしたら一番『化けてる』かも知れません。あのお嬢さんなら本当に火星を変えちまうかもって、思います」

「親父の見立ては間違ってなかったって事だ」

 

 くく、と笑みを零してから、名瀬は真剣な表情を作った。

 

「アジーとラフタの事なら気にするな。あいつらはそんなにやわじゃない」

「ですが……」

「こいつはな、『未来への投資』ってやつだ。自分たちによりよい未来を引き寄せるため、大切な物を賭けて事に挑む。お前達が命を張るのも同じ事だ。何も賭けずに得られる物なんて無いに等しい。でかく張らなきゃいけねえってことは、見返りもでかいってことさ。今回の話にはそれだけの価値がある」

「未来への、投資……」

 

 鋭い目線を向けたまま、名瀬はこう締めた。

 

「抜かるなよ。この大勝負、テイワズにとっても分水嶺になるかも知れねえ。気負いすぎるのも問題だが、心の端には留めておけ」

「……肝に銘じます」

 

 オルガとの通信を終えた名瀬は、笑いながら傍らのアミダに語りかけた。

 

「賭けにゃなんなかったな?」

「そりゃあの子があんたでも同じ事しただろうからね」

 

 地球の状況を調べた彼らは、オルガたちがどういう行動に出るか予想していた。結果はどんぴしゃ。自分たちでもそうしただろうし、恐らくはマクマードもそう判断する。

 さあてどうなるかなと、二人は事の推移を見守る事にした。

 

「賭け金はベットした。あとは天命を待つばかりってね」

 

 そう言って名瀬は、帽子の鍔をぴん、と弾いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

「ボードウィン特務三佐、おはよう……ございましたっ!」

「違っ! それ違っ!?」

 

 なんか混ざったけどいいよねサンライズだし。

 

 

 

 

 

 続くのデス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ビッグパワードを購入するか真剣に悩む。
 いやいやロボットべースのリメイクまで待つかでも出るかどうか分からないしなあうむむと悩む捻れ骨子です。

 諸事情により更新が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした。今度から不定期連載と表示しておきます。(そこじゃない)
 冗談はさておきまして今回のお話、こんな展開になりましたが……悩みまくって引っ張った挙げ句原作と同じ展開に。うんビスケット君死んでないからね、暴走して弔い合戦とか言い出さないんだうちのオルガ君。しかし別の意味であほの子に。そりゃあんな言い方したらみんな付いていくでしょうよ。これ計算じゃなくて天然でやってるところがうちのオルガ君のクオリティです。

 さて、次はカルタ様リベンジの予定です。おや? マッキーの様子が……ってな感じでなにやら妙な気配も漂っていますが、はてさてどうなります事やら。

 それでは今回はこの辺で。


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