イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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14・往くも戻るもお前ら次第

 

 

 

 ファリド家が所有する人工島。そこに用意された邸宅へ、マクギリスは足を踏み入れた。

 

「マッキー! お帰りなさい!」

「アルミリア、待たせてすまなかったね」

 

 マクギリスの姿を確認した途端彼に飛びついてきたのは、まだ幼さを残した少女。【アルミリア・ボードウィン】、マクギリスの婚約者であり、ガエリオの年の離れた妹だ。

 まだ10才に満たない少女との婚約は、明らかに政略的な思惑が見て取れてるのだが、それとは関係なくアルミリアはマクギリスを心から慕っている様子であった。

 己の腹にやっと届く背丈の少女を抱きかかえ、マクギリスはまんざら演技でもなさそうに優しげな表情で語りかける。

 

「今日は1日ゆっくり出来る。今まで待たせたお詫びに、何かして欲しいことはあるかな?」

「じゃあ今日はマッキーにお茶をごちそうして上げる! クッキーも焼いたのよ、食べて!」

「ああ、ご相伴にあずかろう」

 

 危なっかしい手つきながらも、心の底から楽しそうに茶の用意をするアルミリア。そんな彼女を見守るマクギリス。

 様々な思惑によって形作られた歪な空間。だがそこには、確かな暖かみと安らぎがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗闇の海岸線で蠢く影がある。

 

「そっち引っかけてくれー」

「おーし、ゆっくりだぞゆっくり!」

 

 フロートを付けたコンテナが、次から次へと引き上げられる。モンターク商会の降下船から投下された物資。夜陰に紛れ海上に投下することによって、衛星軌道上からの目を誤魔化したのだ。もっとも大した時間稼ぎにもならないだろうが。

 

「ま、やらねえよりはましか。MSは全部格納庫に入れたな?」

「はい、武器弾薬も運び込みました。後は細々した日用品とかですね」

 

 頭を掻きながら言うオルガに、確認していたヤマギが応える。無事ミレニアム島に上陸した彼らは、休む間もなく物資やMSをすぐにも使えるよう整えていた。

 まだ終わらない。クーデリアを送り届けたその先、『なにかがある』。それは漠然とした予感ながらも確信的なものであった。

 

「まあどのみちこっから火星に帰る算段も考えなきゃならんわけだがな。……あまり借りは作りたかねえが、場合によっちゃ『あの男』に頼む事になるか」

「それですけど、ランディさんがなんか心当たりがあるって言ってましたね。いま連絡(つなぎ)を取ってるはずです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そっちの景気はどうだい?」

「まあぼちぼちと言ったところさ」

 

 用意された宿泊施設の一室、そこでランディは何者かと通信を交わしている。

 

「ふん、お前から連絡とは珍しいこともあるものだ」

「またまた、大体話は聞いているんだろ? 予想はできるんじゃねえか?」

「『いざというときに地球から逃げ出す算段』か。コブつきじゃ留まって地下に潜るのも難しいだろうしな。……で、そうなった場合報酬は?」

「『中古のシュヴァルベ・グレイズ1機』。……とおまけでグレイズとかそのあたりのが何機か分つくってところか。そのくらいならコロニーあたりまで連れてく『逃がし屋』雇えんだろ」

「自分の愛機を差し出すとは大盤振る舞いだな。随分入れ込んでるじゃないか鉄華団とやらに」

「ああ、あいつらが『俺の目的に一番近い』。鍛え上げりゃあモノになる」

「は、やっかいなのに惚れ込まれたなそいつらも。……用意はしておく。必要となったら声をかけろ」

「ああ、頼むぜ『大尉殿』」

「火遊びは程々にしておけよ、『ジャンクヤードプリンス』」

 

どうやら話は纏まったようである。通信を切ったランディはにやりと笑って席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っていうわけで、こいつはバラしてパーツ揃えておいてもらえねえか? 売らなかったとしても今んとこ予備パーツにしかならねえしな」

 

 そういうランディが指し示すのは、コクピットブロックが損失したシュヴァルベ・グレイズ。キャリアに寝かされたそれを見ながら、雪之丞はぼろぼりと頭を掻いた。

 

「ちいと勿体ねえような気がするな。誰か適当な奴を乗せる……ってわけにゃあいかねえか」

「今からじゃ阿頼耶識搭載しても、前みてえに機種転換訓練の時間なんかねえ。おまけにこいつはノーマルのグレイズよりじゃじゃ馬ときてる。乗りこなせそうな奴はこぞってパイロットやってるし、整備したところで今のところ宝の持ち腐れさ」

 

 予備機にしておくという手もあるが、そうすると1機分余計に整備や運搬の手間がかかる。平時ならともかく余裕のない現状では控えていた方が良さそうだ。

 

「まあおかげでうちとしてもグレイズ系のデーターが手にはいるから、ありがたい話なんだけどね」

 

 キャリアから降りてきながら言うのは【エーコ・タービン】。名前から分かるとおりタービンズのメンバーが一人で、主にMSなどの整備を担当している。ラフタ達と共に地球へ赴いた彼女は、鉄華団にとって大きな助けとなっていた。

 

「それで、これはバラすとして、『飾り付き』の地上用パーツはあんたの機体に移植でいいのよね?」

 

 三日月が倒して大気圏突入時の盾にした機体はかなり損傷していたが、多くのパーツが流用可能であった。地上での戦闘を前提としたそのパーツのいくつかを、ランディのシュヴァルベ・グレイズに移植しようと言うのだ。

 

「ああ、ぶんぶん跳び回る必要はあんまねえからな。ホバリングで高速移動するほうがガスの消費も押さえられる。取り敢えずブツの移植だけして貰えりゃ、調整(アジャスト)はこっちでやるさ」

「ん、りょーかい。まあバルバトスでもちょっと試したいことがあるから、どっちにしろあまり手間はかけられないんだけど」

「足回りに手を入れて走破性を高める気か。今の三日月ならその方がいいかもな」

 

 機体のセッティングなどの意見を交わしていく。彼らにはまだ、暫く休む間もなさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、蒔苗からの差し入れという魚を食事に出された鉄華団の少年達の多くが拒否反応を示したり、それにムカついた料理人のアトラと魚平気なランディとでほとんどを平らげたりと一悶着があったが、その暫く後に蒔苗 東護ノ介本人との面会は成った。

 老齢にしては隆々とした体躯と威圧感をもつ蒔苗は、好々爺とした様子を見せてクーデリアたちを招き入れる。

 

「遠いところをよう来てくれた。儂が蒔苗 東護ノ介じゃ」

「お初にお目にかかります、クーデリア・藍那・バーンスタインと申します」

 

 クーデリアと共に蒔苗の元を訪れたのは、メイドであるフミタン。鉄華団から代表としてオルガとビスケット。そしてテイワズの代理人としてメリビットが参加している。この中で緊張しているように見えるのはビスケットのみ。オルガは開き直ったか堂々と構え、他の面子は自然体である。

 

「待ちわびておったよ、一日千秋の思いでな。……差し入れなどさせて貰ったが、十分であったかの?」

「はい、ありがたく頂戴致しました」

「ほっほ、それは何より……」

「話の途中申し訳ないが、蒔苗さん、ゆっくりしている時間はあまりねえ」

 

 口を挟んできたオルガに対して、蒔苗は余裕の態度を崩さない。

 

「GHのことかの? それであったら心配はいらん。ここはオセアニア連邦の管轄地でな、連邦の許可がなければ立ち入ることはできんよ」

「連邦が俺達を匿う理由はないはずですが」

「それが実は大ありなのじゃよ」

 

 蒔苗の話によると、鉄華団がドルトで起こした一連の騒動のおかげで一時的にドルトの生産力が落ち込み、そこに乗っかる形で連邦は利を得たのだという。いわば鉄華団は恩人と言ったところか。

 

「それに以前より連邦を含む経済圏はGHに対し、不満をため込んでおる。あの一件でどれだけのものが溜飲を下げ喝采を挙げたことか。感謝状の一つも出したいくらいじゃろうて」

 

 どうにも経済圏は経済圏で色々とありそうだ。ビスケットは嫌な予感に眉を顰めた。

 

「いやいや愉快痛快。それで……ふむ、お前さん方が来た理由はなんだったかな?」

 

 わざとらしくとぼけてみせる蒔苗。それに動じた様子もないクーデリアは、微笑すら浮かべて口を開いた。

 

「はい、以前からクリュセ自治区より打診していました、火星ハーフメタル採掘規制の解放についてのお話ですが……」

「おお、そうじゃったの。それは儂も前々から推し進めたいと考えておった」

「では!」

「しかし今は無理じゃの。何しろ儂は現在失脚して亡命中の身。つまり『何の権限も持っておらん』」

「はァ!?」

 

 何でもないように吐かれた蒔苗の台詞に、オルガは思わずすっとんきょうな声を漏らした。何かがあるとは思っていた。が、流石にこれは予想外だ。しかし考えてみれば兆候はあった。なぜアーヴラウの代表である蒔苗がこんな所で養生していたのか。そこから辿るべきであったかと内心ほぞをかむ。

 こうなると大体次の展開も読めてくる。苦虫を噛みしめるような心境でオルガは口を開いた。

 

「俺達は骨折り損のくたびれ儲けか。……って言いたいところだが、何の考えもなしに話の席を設けたわけじゃねえでしょう。何を考えてるんですかあんたは」

「ふむ、思ったよりも聡いのお。となれば話は早い。儂が代表に返り咲く手段があるのじゃよ」

 

 その手段とは近々カナダのエドモントンにて行われる、アーヴラウ代表選出会議に蒔苗が出席し選出されること。そのためにはエドモントンまで足を運ばなければならない。

 ただし。

 

「儂の政敵がGHと手を結んでおる。妨害があると考えて間違いはないのお。何しろ儂が蹴落とされたのは、GHの裏工作に嵌められたからよ。その上でアーヴラウに留まっておれば命を狙われる危険もあった。ゆえにここで機会を伺っておったのさ」

「……なるほど読めた。だから俺達にそこまでの護衛を頼みたいって腹だな?」

 

 何か言いたげなビスケットを手で制し、オルガは話の続きを促す。

 

「その通り。GHの妨害をくぐり抜けこちらのお嬢さんを地球まで送り届けたお前さんらを、儂は買うておる。その力を是非とも貸して欲しい」

「……その選挙ですが、勝算はあるのですか?」

 

 まるで動じた様子のないクーデリアがそう尋ねる。この状況を予想していたのか、彼女には迷いも揺るぎもない。

 応える蒔苗はその様子を興味深い目で見ていた。

 

「うむ、勝算はほぼ10割と言ってもいい。今の議員達はほとんど全てGHに対し反感を覚えているか不満を募らせておる。政敵の【アンリ・フリュウ】に付いているのはGHに媚びを売って取り入ろうとするごく少数のみじゃよ。選挙時に儂が議会へとたどり着けば、それで勝ちじゃ」

 

 そう言って老人はにやりと笑った。

 

「儂が代表に戻れたならば、相応の報酬を用意しよう。それに国家中枢へと繋がりが出来ることは、『お前さんらの後ろ盾』にとっても旨みのある話ではないかの? 上手いこと話が回ればかなり大きな取引も期待できようさ」

 

 テイワズにとっても悪い話ではないと、そうほのめかす。それを言われればけんもほろろと断るわけにもいかない。オルガはむう、と考え込む。

 

「ま、のんびりとは言わないが、時間はまだある。よく考えるがよかろう」

 

 そう言ってひとまずはこれまでと、蒔苗は席を立った。

 残されたものたちはそれぞれが思いにふける。のるかそるか。重い選択肢が彼らには突きつけられたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるな! こいつを、アインを機械仕掛けの化け物にするつもりか!」

 

 前回の戦闘の後、アインは集中治療室に放り込まれ一命を取り留めた。だがそれもかろうじて命を繋いでいる状態で、その命の火は今にもつきようとしていた。

 その事実を受け入れられず、直せ戻せ仇を討てる体にしろと無理難題をふっかけるガエリオだったが、医師から提示された妥協案に対してさらに激昂する。

 臓器の一部を機械化することによる延命。再生治療ではとてもではないが間に合わないがゆえの緊急的な措置。しかしながらGHでの教育を受け感化されているガエリオにとっては、肉体の機能を機械に置き換えるなど死よりもおぞましいものであった。

 基本GHが事実上支配する地球において人体改造は禁忌とされているが、何事にも例外はある。再生治療を受ける金のないものは、未だに旧式の動力すらない義肢を使わざるを得ないし、再生治療が間に合わなかったり使えなかったりする状況で、『無理矢理延命せざるを得ない時』には使用されたりする。ゆえにそう言ったことに対するノウハウや用意は十分になされていた。そのような事実に思い当たりもしないガエリオに対して医師の提案は火に油を注ぐ行為に等しい。

 さらに食って掛かろうとするガエリオだったが、その時緊急の連絡が入ったとの知らせを受ける。憤りを隠さぬまま通信を受けてみれば、その相手は休暇を取っているはずのマクギリスであった。

 

「状況を確認するために連絡を入れさせて貰ったが……話は聞いた。アイン・ダルトン三尉の件、なんとかなるかも知れない」

「なに!? 本当か!?」

 

 即座に食い付くガエリオに対して、マクギリスは深刻な表情で告げる。

 

「ああ、だが人道的かどうかは疑問が残る……いや、はっきり言おう。『悪魔に魂を売る所業かも知れない手段』だ」

 

 これまでにない、重苦しい雰囲気。我知らずガエリオはごくりと喉を鳴らす。

 

「話を聞けば、後戻りはできない。だが、このまま何もしないよりは可能性はある。それを踏まえてガエリオ、『君はどうする』?」

 

 正しく悪魔の囁きのごとき言葉。それを受けてガエリオは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうするべきか。オルガにしては珍しく、今後のことに対して深く迷っていた。

 もしここで地球を脱する手段がなかったとすれば、逆に迷わなかっただろう。蒔苗を助けることでしか、状況を打開する事は出来なかったはずであるから。しかしいつでも逃げられるという選択肢は、これから先へ進むことを足踏みさせてしまう。

 クーデリアをここまで送り届けたことで最低限の義理は果たした。このまま帰ってもそれなりに仕事を続けることは出来るだろう。火星支部が混乱し地球もこの様子では、暫くGHも手を出すことは難しくなる。その間に細々とでも安定した生活基盤を整えることは可能だ。ここでリスクを負ってまで名を上げる必要があるのか。

 かてて加えてクーデリアが、「護衛はここまでで十分」などと言い出した。

 

「逆に少人数の方が、GHの目をかいくぐりやすいと思うのです。幸いにして、伝手はあるのです。油断ならない相手ですが、上手く利用すればエドモントンまでの足は確保できるでしょう」

 

 GHに通じているであろうモンタークを利用することを躊躇わない考え。彼の危険性を考慮してなおそう言うのであれば、それなりの勝算はあるのだろう。だがそれでも、不安を覚えずにはいられない。

 確かに少数で忍んでいけば捕捉はされにくいだろうが、武力にて阻まれた時、彼女らだけでは押し通ることは難しい。自分たちが共にあれば忍び参る事は難しくともいざ争いが生じたときでも対処できる。だがそれは、団員に命を張れと言うことだ。それだけの価値と理由があるのか。ただ目の前の障害をくぐり抜けるために武力を振るってきただけの自分たちにとって。

 ぐるぐると思考が巡る。答えが出ないもどかしさ。プレッシャーとも急かされているのとも違う、焦りにも似た何か。そういったものが心の中に渦巻いているようだ。やはり一人で考えるのは限界があるのか。

 

「……通信が終わったら、ビスケットと話してみるか」

 

 オセアニア連邦所有のコロニーにイサリビごと潜伏しているユージンから入った通信。ビスケットはそれに対応していた。

 彼一人にしたのはわけがある。ユージンがとある人物からのメールを預かっていたからだ。

 サヴァラン・カヌーレ。ビスケットの兄からのものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『このメールを見ていると言うことは、無事に地球にたどり着いて一息入れていると言うことだろう。それならば一安心と言ったところだがどうだろうか。

 こちらは何とか無事交渉を進行させることが出来そうだ。もちろんそれですぐさま全てが解決するわけじゃない。きっと長い時間がかかることだろう。だが今までより前進したことは確かだ。これもお前達のおかげだろう。

 お前達が武器密輸と裏の事情に気付いてくれたことで、無益な争いと犠牲を避けられた。改めて礼を言わせてもらいたい。そちらの団長さんにもよろしく言っておいてくれ。俺だけではなくナボナさんや労働者一同皆感謝していると。

 こちらはそう言った感じだが、お前の方はどうだ? 危険な仕事だし、無茶をしなければならないことも多いだろう。だが決して無理をするな。無理は視野を狭くして焦りを呼ぶ。少し前の俺のようにな。何事もなく……というのは厳しいだろうが、無事に仕事を済ませて帰れることを祈っている。

 まだ暫くは忙しいだろうから、火星の方に顔を出すのは難しいだろう。だが時間が出来たら必ずそっちに行く。そうクッキーやクラッカ、ばあさんに伝えておいてくれ。』

 

 メールを読み終えたビスケットは、ほう、と息を吐いた。

 

「兄さん……良かった」

 

 自分たちのやったことがちゃんと役に立ったと、ビスケットはこの時初めてその手応えを得た。今までは目まぐるしく変わる状況に翻弄されて、流されるままに対応してきただけのような気がする。ただ闇雲に暴れ回って何とか乗り越えてきた。しかしそれも、終わらせることが出来る。

 

「そうだよな。……もうこれ以上付き合う必要はないよな」

 

 火星に帰るべきだと、ビスケットはそう考える。与えられた仕事はこなした。そりゃあこの後どうなるか心配ではある。しかしだからといってこれ以上のリスクを背負うのはどう考えても割に合わない。GHが再び動き出す前に退散するべきだ。

 そうするべきだと分かっているのに。

 ――親父とお袋は、テロに巻き込まれたんだ――

 ――100%そうだとは言えん。が、可能性は高ェな――

 棘のように引っかかるものがある。それは逃げるべきだと主張する自分の心を足止めするかのように、じくじくと痛みのようなものを与えてきた。

 

「……くそっ」

 

 吐き捨てるように言って頭を抱える。今更敵討ちとか、何をナンセンスな事を考えているんだ自分はと、打ち消そうとしても頭の中から消えてはくれない。微かに覚えている貧しいながらも温かい家庭。それが奪われてからの日々。むくむくと鎌首をもたげる感情は、弱気な自分をまるで底なし沼に引きずり込むかのようだ。

 

「だめだ。……考えが纏まらない」

 

 少し頭を冷やそう。ビスケットは席を立ち、外へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿舎から少し離れればそこは浜辺だ。ビスケットはそこに転がっていた丸太に腰を下ろす。

 潮の香り。寄せる波の音。何もかもが初めての経験だった。しかしそれをゆっくりと感じ取る暇はなかったように思う。

 

「はは、随分と慌ててたからなあ」

 

 夕べはたっぷりと塩水を味わっていたというのにと、妙なおかしさがこみ上げた。少しだけ笑って……そうしてから空を見上げる。随分遠くまで来た。宇宙や火星でみる星空とはまるで違う天の光景に暫し見とれるビスケット。

 そのままぼんやりと天を見上げるその背中に、声をかけるものがある。

 

「あれ? どうしたのビスケット」

 

 振り返ればそこには上半身裸で棒きれを担いでいる三日月。うっすらと汗をかいているのは運動していたせいだろうか。ここまできて鍛錬を続ける彼の姿に、安心感のようなものすら覚える。

 

「ちょっと考え事をね。……三日月は?」

「ん、素振りってのをやってた。カタナ使うときの基本の練習なんだって」

「そっか」

 

 普段はぼんやりしているように見える三日月だが、鍛錬は欠かさないし目的があればさらに勤勉になる。難しいことを考えるのは全部オルガに任せると言ってのけるけれど、その言葉は鋭く物事の本質を突くときがある。オルガが彼の目に急かされているようなプレッシャーを感じるのは、そういった本能的な気質を見て取るからではないだろうか。

 そんなことを思いながら、我知らずビスケットは言葉を発していた。

 

「……俺はさ、ここらが潮時だと思うんだよ」

 

 何を言っているんだと、自分でも思う。だが、きっと誰かに聞いて貰いたかったのだろう。聞いた三日月はきょとんとした表情を見せた。

 

「蒔苗のじいちゃんの話、受けないってこと?」

「うん。今までも綱渡りだったけれど、ここは地球だ。GHの懐の中って言ってもいい。どうするにせよ、俺達にとっては一方的に不利だ」

 

 この地球でGHの目をかいくぐるのはとてつもなく難しい。その上で蒔苗をエドモントンに送り届けるなどできっこない。ビスケットの理性はそう訴え続ける。

 だというのに。

 

「……だけど、『ここで降りられない』って、そんな気がして、それがずっと引っかかってるんだ。どう考えてもさ、危ないだけで、得よりも損が多いって思うのに。おかしいだろ?」

 

 自嘲気味に笑う。ここでやめようとか言ったらオルガはむきになるかも知れないけれど、三日月はどうなんだろうと、そんなある種の期待を込めた目線を向ける。

 果たして三日月は、やっぱりよく分かっていない様子でう~んとか唸った後、こう言った。

 

「……それってさ、『ビスケットが降りたくないって考えてる』からじゃないの? よく分かんないけど」

 

 その言葉に、なんだかすとんと胃の腑に落ちたようか感覚を覚えるビスケット。それがはっきりとした何かになったわけではない。ただ三日月に問い返す。

 

「そういうモンかな?」

「そういうモンでしょ」

「……そっかあ……」

 

 もやりとしたまま、しかし何かがビスケットの心の中で形になろうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年達の様子を木陰で伺いながら、ランディは一人満足げに頷いていた。

 

「良い感じで頭回してるじゃねえか。……あんたもそう思うだろ?」

 

 暗闇に向かって声をかければ、現れる人影が一つ。

 それはいつもの乗馬服にも似た様相のフミタンであった。何か思い詰めたような様子であるが、特にそのことに触れるでもなくランディは問う。

 

「その様子だと、『鉄華団が依頼を断ったら』って考えてのことか?」

「……まるで何もかもお見通しと言った様子ですね、あなたは」

「自分の理解できる範囲しか見られんさ俺は。今回のことはその範疇に過ぎんよ。……それで、多分俺にお嬢さんの護衛を頼みたいって話なんだろうが」

「はい。お嬢様はむしろ護衛は要らないだろうという考えですが、何事にも万が一というものがあります。……あなたは正式に鉄華団に所属しているのではなく、別個に雇われていると聞きました。であれば一旦契約をうち切るという形でこちらに再雇用という形も取れるのではないかと思ったのです」

 

 フミタンの言葉に、ランディはくっと嫌らしげに口元を歪めてみせる。

 

「その場合、俺は『高い』ぞ? そのあたりどうする気よ?」

 

 フミタンは、何かを覚悟したかのように唇を噛みしめた。

 

「今即座に前金として払えるものはありませんが……その、わ、『私のこの身』でよければ、手付けとして好きにして頂いても……」

 

 視線を逸らし、僅かに頬を赤らめる。よほど恥ずかしいのか筆者としては超萌えしかもほのかにエロス漂わせて分かってるなこんちくしょうといった有り様である。普通の童貞であれば一発で陥落なのだろうが。

 空気読めてないのか、ランディは微妙に渋い顔であった。

 

「なんかそれ受ける方向だと、俺ものごっついど畜生的なアレじゃねえか。いやど畜生なのは否定しないが」

 

 そう言ってからしょうがないなあと言った風で鼻を鳴らす。

 

「まあそう心配すんな。『俺の見込み通り』なら、あいつらは断らんよ」

「見込み……?」

 

 おずおずと尋ねるフミタンに、ランディはにかりと笑って見せた。

 

「万が一そのへんの勘が外れちまったんなら、出世払いで依頼受けてやらあ」

 

 堂々と宣う。それにほっと安堵を覚えると同時に。

 

(……私は魅力がないのでしょうか)

 

 微妙にむかついた。女として見られていないのかと言う感覚は、沽券に関わるというかプライドを刺激するというか。ともかくなんか気にくわない。

 自分でもよく分からない苛つきを抱えたフミタンが何かを口にしようとした矢先。

 

「いたいたランディさん! 大変です!」

 

 がさがさと茂みをかき分けて現れたのはヤマギ。随分と慌てた様子の彼に「どうした」とランディは問うてみる。

 

「あいつらが、GHがここに来るそうです!」

「……やっぱりか」

 

 緊急の事態に、大して慌てもせずランディは鼻を鳴らす。

 やっぱりお見通しじゃないですかと、フミタンは密かにむくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラズヘイム1。なんとか軌道を立て直し修繕作業に追われている最中、カルタは廊下を歩きながら副官の報告を聞いていた。

 

「地上部隊、ミレニアム島の周囲に配置完了しました。ご命令があればいつでも動けます」

「よし。明朝我々の降下準備が完了するまで待機。日の出と共に作戦を開始する」

「了解しました。……差し出がましいようですが、本当によろしいのですか? やつらもすぐには動けないでしょうし、連邦の許可を待ってからでも」

 

 本来であれば、GHと言えども地球上での活動に置いては活動領域それぞれの経済圏に許可を得なければならない。だがカルタはその許可が降りる前に作戦行動を始めようとしていた。

 

「動けぬ今だからこそだ。時間が経てばそれこそ向こうに付け入る隙を与えるだろう。全ての責任は私が取る。お前達はただ任務を遂行することだけを考えろ」

 

 時間の勝負とカルタは考えていた。汚名を返上するという焦りがないとは言わない。しかしそれ以上にランディ達に時間を与えることを彼女は恐れていた。地球は確かにGHのお膝元であるが、同時に『ランディール・マーカスのホームグラウンドでもある』。時間を与えれば一体どのようなコネを使って、どういった行動に出るか分からない。ミレニアム島に釘付けになっている今が、恐らく最大にして最後の機会であろう。

 この機を逃せば完全なる敗北となる。だが、勝てると確信は出来なかった。

 

「地上に降りている間、艦隊の指揮は二佐、貴官に任せる」

「了解致しました。それと選抜されたメンバー以外にも作戦に参加したいと具申してきたものが多くおりますが」

「人数ばかり増やしてもあの男に餌を与えるようなものだ。それにこの機会に乗じる何者かが存在しないとも限らん。我等地球外縁軌道統制統合艦隊が本分を忘れて奴ばかりにかまけるわけにもいかぬ。皆に言い含めておけ」

「はっ!」

 

 選抜されたメンバーとは言うものの、自分を含めて半分決死隊のようなものだ。他のセブンスターズのものたちはこの期に及んで様子見。被害を被ったはずのアリアンロッドですら動きを見せない。下手をすれば政敵の閥に属する自分が死ぬことを期待しているのかも知れなかった。

 馬鹿馬鹿しい話だ。秩序の守護者である自分たちが、下らぬ政治ごっこで足を引っ張り合っている。高潔でありたいという望みは最早彼方。ただ貫き通したい意地だけが、カルタを支えている。

 

(私も相当に愚かよね)

 

 自嘲するが、自分を曲げる気もなかった。今更賢く生きられるなどと思っていない。胸張って前のめりに倒れるまで進むだけだ。

 ふと、通りすがりに窓の外の光景が目に入る。無限の宇宙と青く輝く地球。カルタにとって見慣れた、だが美しい光景。

 この光景を見るのも最後かも知れないわねと、カルタの胸にはそんな思いがよぎっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

「これこっちでいいですかギャン子……じゃなかったエーコさん」

「次はどうするっすかギャン子……エーコさん」

「ちょっとまてあんたらそのギャン子ってのはなによ」

 

 似てると思ったのは俺だけか?

 

 

 

 

 

終わるし続くし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




護衛艦の飛行甲板エレベーターが作動を眼前で見ましたが、ワンダバコーラス欲しくなるな。
是非とも自衛隊にはBGMの導入を考慮して頂きたい捻れ骨子です。

地上編開始~。基本原作の流れに沿ってるんですが、死んでるはずの人が生きてたりするおかげでキャラクター達の心境に変化が。さてそれがこの先どう影響していくのか。そしてなにやらランディの怪しいコネが発動。相手は一体誰なのか。いやネタであって本編には絡んできませんが。
さらにカルタ様。命を賭ける覚悟の彼女は果たして格好良いところを見せられるのか。その眉が伊達ではないところを見せてやれ!(違)

とにもかくにも次回は激闘となる予定です。さてどう戦い抜くかな?

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