イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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13・止めてみろ。止められるものならばな

 

 

 

 

 

 ミレニアム島。太平洋上に位置する、四大経済圏が一つ【オセアニア連邦】領の島である。その島に建てられた邸宅にて、一人の男が杯を傾けていた。

 禿頭に立派な髭を蓄えた老齢の男は、傍らに控える部下から注がれた酒をゆっくりと味わう。

 

「ふむ、向こうは了承したか。……楽しみじゃのう」

「は。……しかしながら、現状では交渉もままならないかと」

「それを含めて彼女……彼女らには期待しておる。ふふ、まるで救いの手を待ち望む姫君のようである事よ」

 

 言いながら老人は酒の注がれたグラスを翳してみる。炭酸の泡を弾けさせる酒は、宝石のような輝きを見せていた。

 

「革命の乙女とそれに付き従うものたち。儂の、いやアーブラウの窮地を救う力になれるか否か。見せて貰うとしようか」

 

 南国の日差しがさす縁側。そこで老人は静かに待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「停船信号、放て!」

 

 カルタの号令の元、信号弾が放たれる。しかし目標の船は止まる様子を見せない。規定に沿った行動以上の期待などしていないカルタは軽く鼻を鳴らした。

 

「当然ね。進路は?」

「以前変わらず。いえ、待って下さいこれは……エイハブウェーブが二つ? て、敵艦は二隻! 前方の艦の陰に隠れてもう一隻、縦列を組んでこちらに突撃を敢行してくるようです!」

「前方の艦を盾にするつもりか。どこから調達したか知らないが味な真似を。4番艦から6番艦は先行する艦に砲撃を集中。打撃により進路がずれたところで残りの艦は後方に打ち込め!」

「りょ、了解!」

 

 敵の行動に対し即座に反応しようとする最中、上がる声がある。

 

「具申をよろしいでしょうかカルタ様……司令!」

「なにか。手短に!」

「はっ! 降下船が確認された以上、前方の目標は囮である可能性が高いかと思われますが!」

 

 配属されてまだ日が浅い部下の言葉だった。当たり前に考えればそれは至極真っ当な言葉である。それを指摘できるだけ良い素質を持っていると思うが、それでもその言葉を否定しなければならない。なぜならば――

 

「――普通ならばそれが常道であろうが、相手はランディール・マーカス率いる輩だ。降下船が本命と見せかけて、目の前の艦が軌道上ぎりぎりをすり抜け様に本命を放出するくらいのことはやってのける。可能性は全て潰さねばならん」

「は、はっ!」

 

 具申した者は完全に納得できた様子ではないが、構ってはいられない。一瞬たりとも目の前に迫る敵を見逃すわけにはいかないのだから。

 それにどちらにしろここから降下する船の方に戦力を回しても間に合わない。先に派遣した艦とガエリオ達に任せるしかないのだ。であればここで、成すべきを成す。

 

「囮であろうとも何をしてくるか分からん! 可能な限り短時間で黙らせろ!」

 

 容易くはいかないだろうという予感を抱えつつも、砲火の雨は叩き込まれる。

 

「うおっ!? なんて砲撃だ!」

 

 激しく揺さぶられるイサリビのブリッジで、オペレートを担当しているダンテが悲鳴を上げた。

 ブルワースとの戦いで接収した艦。それをイサリビと有線で繋ぎリモートコントロールで操船し盾とする。簡単に言ったが無論容易きことではない。着弾の衝撃でぶれる進路を安定させ、イサリビと同調させなければならないからだ。マニュアルによる制御ではおのずと限界が生じる。

 

「このままじゃ前の船が保たない! どうすんだユージン!」

 

 同じくオペレートしているチャドが艦長席のユージンに問う。阿頼耶識によってイサリビをコントロールしているユージンは、迷わず告げた。

 

「なら前の船のコントロールもこっちに寄こせ! 同時制御で合わせる!」

 

 無茶な発想だ。艦の制御はMSほど複雑ではないにしろ、二隻の同時制御などどれほどの負荷がかかるか。

 

「無茶言うな! 死ぬ気か!?」

「ここで無茶しないでいつ無茶するってんだ! オルガから任された仕事だ、きっちりこなさにゃ格好つかねえだろ!」

 

 吠えながらユージンは思い返していた。作戦前のMS格納庫、降下の準備を行っているシノとだべっていた時のことだ。

 

「お前がそんなにオルガに憧れてたなんてなあ」

 

 ユージン本人としてはオルガに対する不安や文句を言っていたつもりだったのだが、シノはそう取らなかったようだ。「はあ? なんでそうなるんだよ」とユージンは眉を顰めたが、シノは構わずにっと笑みを浮かべる。

 

「いいじゃねえかよ。誰かに憧れる、誰かに認めて貰いたいって気持ちは大事なモンなんじゃねえか?」

 

 そう言われて不意に脳裏をよぎった言葉があった。

 ――お前さん、いい男になるぜ――

 からかい気味の言葉であったかも知れない。だが自分たちの聞いた中では初めての賞賛だったように思う。それを思い出して何となく口ごもる。気恥ずかしさというか、何かくすぐったいような感覚を覚えたからだ。

 複雑な心境で顔を顰めるユージンに、シノはこう言ってのけたものだ。

 

「カッコつけようぜ。オルガみたいにおっかなびっくりを腹ん中に沈めて、踏ん張ってな」

 

 まったく、気楽に言ってくれる。思わず格好つけたくなってしまうじゃないか。

 ユージンは我知らず、獰猛な笑みを浮かべていた。

 

「ああもう、どうなっても知らねえぞ!?」

 

 半ばやけっぱちで、ダンテがユージンに制御を渡す。途端に脳が破裂するかのような衝撃が奔る。それを堪え、鼻血を流しながら、ユージンは咆吼した。

 

「行くぞオルァ!!」

 

 ブルワース艦の動きが突如生物じみたものに変わる。同時に追従するイサリビと完全に同調し、砲撃を完全に受け流すようになった。

 

「何だあの動きは!?」

 

 オペレーターが驚愕の声を上げる。直撃を避け、なおかつ後方の艦の完全な盾となる動き。生きているかのようなそれを目の当たりにしたカルタは、ぎ、と歯を噛み鳴らす。

 

「あの動き、阿頼耶識? しかし完全に同調していると言うことは、LCSか有線で同時制御しているとでも言うの!? なんて出鱈目な!」

 

 阿頼耶識による制御は脳神経などに負担がかかるはずだ。通常の操船ならまだしも二隻同時に操るなど正気の沙汰ではない。そこまで無茶をやれるように仕込んだのかランディール・マーカスは。それが勘違いだと気付かぬまま、彼女は指示を下す。

 

「全艦前方の艦に砲撃を集中! 阿頼耶識の動きであろうとも艦の機動力の限界は超えられん、飽和攻撃で奴らの盾をそぎ落とせ!」

 

 いくら動きが良かろうが、強襲装甲艦というものは全ての砲撃を避けられるほど機動性が高いわけではない。訓練を重ね鬼のように錬度を上げた統制統合艦隊の集中砲撃は、徐々になれど確実にブルワース艦へとダメージを与える。

 しかし時すでに遅し。

 

「予定位置に到達! 『起爆』しろ!」

「あいよォ!」

 

 突然ブルワース艦の装甲が弾け飛び、爆煙がまき散らされる。一見砲撃に耐えきれず爆発四散したのかと思われたが。

 

「!? センサー類の反応が消失! 艦同士のデータリンクが一部断絶しました! これは、ナノミラーチャフ!?」

「あれは実戦では使い物にならないと!」

 

 以前タービンズとの戦いでも使われたそれは、一時的に艦隊に対し目くらましの効果を与える。ブリッジのスタッフは動揺するが、カルタは怯まない。

 

「狼狽えるな! 要は煙幕だ、後退しながらチャフが散布された空域に砲撃を叩き込んで吹き飛ばせ! もう一方の位置を捕捉せよ!」

 

 チャフを散らすと同時にその中から突撃されるのを防ぐ。そのかいあって程なくチャフは拡散し始めたが。

 

「センサー類回復します! 敵艦を捕捉――」

「熱源反応! これは……さっきの艦の残骸です!」

 

 視界とセンサーが回復したのを見計らったかのように、艦隊の方へ流れてきたブルワース艦の残骸がタイマーにより起爆。再びナノミラーチャフがまき散らされ艦隊の目が損なわれる。

 

「っ! 急速後退! チャフの範囲から離脱し索敵をやり直せ!」

 

 迂闊。一度爆発したものはもう一度爆発しないという思いこみ。さすがこちらの裏をかくことに関しては図抜けていると、口惜しさの中にも半ば感嘆すら覚えながらカルタは舌を打つ。

 

「センサー類復帰! 敵艦、捕捉しました! ……こ、これは!? 敵艦最大加速でグラズヘイムⅠへと突撃を敢行します!」

「なんだと!? いかん、間に合わない!」

 

 艦隊への突撃、あるいはすり抜けての離脱ではなく、防衛線を突破した先、『敵の基部そのものに突貫する』。突撃し体当たり(ラムアタック)することを前提とした強襲装甲艦だからこその発想。ランディの薫陶が効いているのであれば、『それが出来るのならやる』。ハーフビーク級戦艦の運用に慣れきっていたカルタの、痛恨の失念であった。

 

「往けよやああああ!!」

 

 ユージンの雄叫びと共に、イサリビはグラズヘイムⅠへと強かにぶちあたる。そのまま表面上を引っ掻くように滑り、離脱する。数瞬遅れて衝突したあたりから炎が噴き出した。

 

「グラズヘイムⅠ、軌道より外されました! このままだと重力に捕まります!」

「救難信号を確認! グラズヘイムⅠ内部に火災発生、その他被害多数!」

「やってくれる……っ!」

 

 こちらが救助に向かい、後を追えないことすら計算に入っていたのだろう。完全にしてやられたと、カルタは歯噛む。

 

「……これより当艦からら6番艦はグラズヘイムⅠの救助に向かう。MS部隊を先行させ作業に当たらせろ」

「は、はっ!」

 

 この場は負けだ。それを認めよう。

 だが。

 

(まだ、終わりではないわ)

 

 カルタの瞳は闘志を失っていない。

 一方、突撃を敢行した後、またしてもナノミラーチャフをばらまいて逃亡したイサリビでは。

 

「どうよお前ら! 格好よかったか!?」

 

 してやったりと満面の笑みでそう言い放ったユージンが、盛大に鼻血を吹いてひっくり返った。

 

「ユージン!?」

「おいしっかりしろ!」

 

 取り敢えず、命に別状はなかったようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最高にいかしてたぜユージン!」

 

 イサリビが首尾良く目的を果たしたと連絡を受け、オルガは喝采の声を上げた。

 作戦の第一段階は成功。ここからが本番だ。

 

「さあて、ない知恵絞った愚策って奴が通じるか否か。一発大勝負といこうか!」

 

 気勢を上げるオルガが乗るのは降下船(シャトル)――『の1隻』。

 彼がモンターク商会に頼んだ『無茶振り』の一つ。それは。

 

「降下船が『10隻』だと!? くそ、これではどれにクーデリア・藍那・バーンスタインが乗っているか分からん!」

 

 背中に大型ブースターパックを追加装備して機動力を上げたキマリスを駆るガエリオが呻く。2隻や3隻なら護衛に出てきたMSの動きなどから当たりをつけられるが、これだけの数があるとどれが本命なのか予測できない。カルタが寄越したMS部隊総出でかかれば止めることも可能だろうが。

 

「……そうは問屋が卸さない、か」

 

 高速で接近するMSの反応。ランディール・マーカス率いる鉄華団のものに違いない。他はともかくランディを押さえ込まなければ降下船に手は出せないと思案するガエリオ。そこに通信が入った。

 

「ランディール・マーカスは我々が押さえます! 特務三佐殿は目標の捜索を!」

 

 カルタの部下達だ。降下軌道に間に合った二個中隊の半分が、迫る先頭の敵に対し果敢に挑まんとする。

 

「待て! 彼の相手は俺が……」

「特務三佐殿にはお役目があるでしょう! それに奴は我等地球外縁軌道統制統合艦隊が怨敵。雪辱を晴らす機会なのです、お察し下さい」

 

 そうまで言われては、引き留めることなど出来なかった。

 

「……分かった。武運を祈る」

「感謝を。……総員、疾風怒濤がごとく往くぞ! これまでの成果を見せろ!」

 

 中隊長の号令と共に加速する改装型グレイズ――【グレイズリッター】中隊。それを確認したランディは不敵な笑みを浮かべる。

 

「来たか。……先頭の連中は俺が相手をする。お前らは降下船に近づいてきた奴らを片っ端からぶん殴れ。戦闘時間はせいぜい10分、高度に気を付けろよ!」

「了解」

「応!」

「あいよ!」

 

 三日月達の返事を背に、機体を加速させた。モンタークへの要求で持ってこさせた大型スラスターユニットを両足に装備したシュヴァルベ・グレイズは、重力に引かれる最中でありながらもこれまでと同等以上の加速力を見せる。

 

「調子は良好。さあてどれだけ出来るようになったか、見せて貰おうか麿眉の手下ども!」

 

 目に見えて速度を上げた濃紺の機体を確認した中隊長は、背中に流れるいやな汗を感じながらも命を下す。

 

「各機散開! 動きを留めるなよ、目で追おうとすれば見失う。レーダーとセンサーで常時位置を確認、距離を保て。無理に反撃しようと考えるな」

『了解!』

 

 鳳仙花が弾けるように散る部隊。そのままそれぞれがランダムな動きでシュヴァルベ・グレイズから一定以上の距離を保ちつつ囲い込もうとする。

 

「良い判断だ。だがな」

 

 く、と僅かな動きでスロットルを全開に持っていく。急激な加速だけで、一機のグレイズリッターの懐に飛び込んだ。

 その勢いを殺さずに機体を捻って蹴りを食らわせるランディ。しかし。

 

「なんとおおおお!」

 

 装備した剣(バトルブレード)を盾にするように蹴りを受け止めるグレイズリッター。勿論堪えきれずに吹っ飛び、ランディの機体は彼方だが。

 蹴られた機体は即座に体勢を立て直し、再びシュヴァルベ・グレイズの動きを追う。

 

「それでいい、コクピットに直撃さえ喰らわなければなんとでもなる! 恐れず奴にまとわりつけ!」

 

 蹴りつけられることすら考慮に入れた、対ランディ用の戦術。倒すためのものではない、足止めを喰らわせるためだけのそれは、かつての統制統合艦隊では絶対に選択しなかったであろうやり方だ。

 ランディは感心したように鼻を鳴らす。

 

「ふん、ちいとは頭が回るようになった。こいつは俺の方が誘い込まれちまったか?」

 

 そう言いながらも、彼は余裕の態度を崩さない。

 

「いいだろう、付き合ってやろうじゃねえか!」

 

 彼には確証がある。鉄華団の少年達は、そう簡単には打ち倒されないと。自分一人が足止めを喰らったところでどうと言うことはあるまい。そのくらいには仕込んだ。『彼らが使うシミュレーションプログラムの難易度を、こっそり上げ続けていたのは伊達ではないのだから』。

 味方に対しても結構鬼なランディの思惑はともかく、三日月達もまた戦いの時を迎えていた。

 

「来た。ガンダムフレームは俺がやる」

「あいよ、俺はあっちのグレイズっぽいのだな」

「応、こっちは任せろ!」

 

 降下船の護衛に付いた昭弘のグシオンを残し、バルバトスと流星号は一気に飛び出す。全機が腰回りや両足に追加のスラスターユニットを装備しているため以前より機動性は向上していた。これらもまたモンターク商会に無理を言って取り寄せたものである。

 突貫工事で備え付けたにしてはスムーズに反応する機体に、おやっさんに感謝しないとなとか思いつつ、三日月は敵を迎える。

 

「昭弘が戦(や)った時のデータで見たとおり速い。いや、もっと上か」

「またお前か! いい加減鬱陶しい!」

 

 高速で迫るキマリスのランスを、メイスで弾き飛ばす。そのまま2体のガンダムフレームは目にも止まらぬ速度で斬り結ぶ。

 一方アインのシュヴァルベ・グレイズと相対したシノも激しい戦いを繰り広げていた。

 

「今日こそ貴様らに鉄槌を下す!」

「は、そう簡単にやらせるかよ!」

 

 ノーマルのグレイズより高い性能を持つシュヴァルベ・グレイズだが、百錬の予備パーツなどを使って改修され阿頼耶識を搭載した流星号の性能も劣るものではない。そしてランディの特製シミュレーションとアミダ達からのしごきを受けたシノ自身の技量も向上している。結果繰り広げられるのは互角の戦いであった。

 

「神の国への引導を渡し、クランク二尉の無念を晴らす! 覚悟!」

「勢いだけあってもなあ!」

 

 激しく火花を散らしてぶつかり合うマチェット。決着は簡単に付きそうにない。

 さらに降下船の護衛に付いた昭弘だが。

 

「1個中隊が丸々相手か。ちときついがやるしかねえ」

 

 両手に持った300㎜滑腔砲を迫る敵部隊に向かって放つ。放たれた砲弾は、かろうじて回避された――所で炸裂。多量の金属片を周囲にばらまく。

 

「近接信管か! 各機怯むな、散開し四方から当たれば一機では対応しきれん」

『了解!』

 

 大口径の砲を恐れず挑みかかるグレイズリッターの群れ。それを迎え撃たんと砲を向けるグシオン。しかし本格的な交戦が始まろうとしたその時、上方からグレイズリッター部隊に向かって弾幕が張られる。

 

「なに! 新手か!」

 

 回避する敵。何事だと眉を寄せる昭弘の前に現れたのは、2機のMSであった。その機体から通信が入る。

 

「やっほー、助けに来たわよ」

「ラフタ……さんか? その機体は?」

 

 昭弘の疑問に、もう一方の機体に乗ったアジーが応えた。

 

「百錬のままじゃテイワズでございと宣伝しているようなものだからね、ちょっといじってきたのさ」

「そんなわけでこれからは百錬改め【漏影】ってことで、よろしく」

 

 言うやいなや、ダークグレーに染められた2機のMSは舞うような機動で迫り来る敵を翻弄し始める。「……ありがてえ」と呟いてから、昭弘は再び砲をぶっぱなした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重力が働き始め、突入の時間は刻一刻と迫る。

 そのタイムリミットに焦りを覚え始めたのはガエリオであった。

 

「まずいな、時間がない」

 

 さしもののガンダムフレームも素で大気圏に突入すれば無事ではすまないし、その用意もない。時間がかかりすぎたのは未だ目標の所在を確認できていないのと、目の前の敵が手強すぎるからであった。

 そのバルバトスを駆る三日月であったが、彼にはまだ幾分余裕がある。

 

「うん、大体動きが読めた」

 

 大出力のスラスターを惜しみなく使うことで、キマリスは高度な機動力を確保している。見た目だけであればバルバトスは一方的に翻弄されているように見えただろう。だが改修されたバルバトスの機動性はキマリスに勝るとも劣らない。一方的に見える状態は、偏に三日月がキマリスを『見極める』ために受け手に徹していたからだ。

 そして、大まかではあるが見極めは付いた。

 

「速いけど、雑だな」

 

 機動力こそ高いが、速度に任せた一撃離脱を繰り返すことに拘っている。恐らくはランディ仕込みであるこちらを警戒してのことだろうが、消極的で決め手に欠ける。その上。

 

「それに動きがちょっと崩れてきてる」

 

 焦りによる僅かな動きの乱れ。それが見抜かれていた。ガエリオの擁護をするわけではないが、彼の技量は決して低いものではない。一般の兵より相当上のランクに位置する。しかしながら死に物狂いで生き延び、実戦を重ねてきた三日月はそもそものあり方からして違う。かてて加えてランディやアミダの教練を受け、経験を積んだ彼は爆発的に技量を伸ばしていた。全く同じ条件でぶつかれば、ガエリオの勝率は高いものではなかった。

 だからといってそう簡単に倒せるかとなれば話は別だ。乱れは出てきているが隙があるわけではない。まともに倒そうと思ったら手間がかかるし確実ではないだろう。

 

「だったら」

 

 『隙がなければ作る』。三日月の目が鋭さを増した。

 再度の突撃。それを前にバルバトスは――

 『持っていたメイスを、軽くキマリスの進路上に放り投げた』。

 

「なんだと!?」

 

 投げつけた、とかではない行動に虚を突かれるガエリオ。しかし迷いは一瞬。どのみち邪魔な代物だと速度を落とさずそのまま弾き飛ばすが。

 

「!? 奴は!?」

 

 ほんの一瞬目を反らしただけ。メイスに注意が向いたその刹那でバルバトスは姿を消していた。しかしレーダーからの反応がその存在を示している。

 

「上か!」

 

 瞬時に加速し回り込んだのだと気付くが遅い。その時すでにバルバトスは背中にマウントしていた太刀を引き抜き、背面からキマリスに斬りかかっていた。

 

「がァっ!」

 

 衝撃と破砕音。キマリスの背中に装備された追加スラスターユニットが破壊され爆発する。しかしまだ致命傷ではない。

 

「浅いか。やっぱり宇宙(そら)じゃ踏ん張りが効かない」

 

 思い通りの手応えが得られないことに舌を打つ三日月。だが今の一撃で生じた勝機を逃すつもりはなかった。

 

「終わりだ」

 

 とどめを刺さんと突きの構えで突撃するバルバトス。体勢を大きく崩したキマリスの回避行動は間に合わない。

 

「特務三佐殿!」

 

 その時ガエリオの窮地を察したアインが、強引にシュヴァルベ・グレイズでキマリスの前に割って入る。

 太刀の切っ先が、コクピットを貫いた。

 

「アイン!」

 

 力を失ったシュヴァルベ・グレイズを、キマリスが受け止める。ガエリオは必死でアインに呼びかけていた。

 

「アイン! なぜ俺を庇った!」

「あなたは……俺に再び立ち上がる力をくれた。……見殺しには、できない……」

 

 ごぼりと血の塊が吐き出される。

 

「おい! しっかりしろアイン!」

 

 イジェクトが作動し、シュヴァルベ・グレイズのコクピットが射出される。それを掴んだキマリスは身を翻し、即座にその場を離脱した。それに僅かに遅れてシノの流星号が駆けつけてくる。

 

「すまねえ! いきなりそいつが……って片づけちまってたか」

 

 漂うシュヴァルベ・グレイズの様子を見て、彼は状況を察したようだ。三日月は漂う紫の機体に手をかけると、降下軌道に放り投げる。

 

「船に回収してもらおう。ランディが喜ぶ」

「降下中に無茶振りするねェお前」

 

 言葉を交わしてから彼らは戦場に向かう。戦況は膠着状態。ランディはMS中隊と戯れ、グシオンと2機の漏影は降下船を護りつつ交戦中。統制統合艦隊の錬度は高いが漏影の二人は百戦錬磨、しかし数の差が優位を阻む。結果互いに決め手を欠いていた。

 そこに乱入する2機。戦況は傾き始める。

 

「特務三佐が撤退!? こいつら想像以上にやる」

 

 ランディの事を重視していた統制統合艦隊の中隊長は、知らずの内に鉄華団を舐めていた事を自覚した。敵を甘く見るなどなんたる無様と気持ちを改める。

 

「だが簡単に地球へといかせるわけにはいかん! 我等が意地を見せる!」

「しぶといし、結構こなれてる。面倒だな」

 

 グレイズリッター部隊の猛攻に眉を寄せる三日月。と、そこに新たな乱入者が現れた。

 三日月の隙を狙っていた機体の背後を突き、一撃で仕留めた影。華麗とすら言える技の冴えを見せたのは、赤い細身のMSであった。

 

「今の動き……もしかして、チョコの人?」

「ほう、分かるのか」

 

 以前ちらりと一瞥した程度の動きから、赤いMS――【グリムゲルデ】の乗り手が誰だか察したらしい。その乗り手、モンタークは軽く笑みを浮かべた。

 

「そちらに合わせる。蹴散らすぞ」

「ん、助かる」

 

 2機のMSは、まるで長年バディを組んでいたかのように息の合ったコンビネーションを見せる。攻め手であった統制統合艦隊の部隊は逆に防戦一方とならざるを得ない。

 やがて。

 

「そろそろ時間だ、もういいよ」

「了解した。ではいずれまた」

 

 突入の摩擦と圧力で機体の表面温度が上がり出す。頃合いを見計らってグリムゲルデは撤退していった。

 

「くっ、ここまでか。総員引き上げだ! 仕切直す!」

「引き際は心得ているか。……よし、俺らも船に戻るぞ」

 

 鮮やかに撤退していく部隊を見送り、ランディは戦闘の終了を告げる。それを受けて鉄華団と2機の漏影は降下船に向かおうとする。しかし。

 

「まだだ! まだ終わらせん!」

 

 1機のグレイズリッターが命令を無視して突貫をかけてきた。

 

「三尉!? 何のつもりだ、このままでは重力に捕まるぞ!」

「……先の交戦でメインスラスターをやられました。どのみち軌道上には戻れません」

「なんだと!?」

「カルタ様万歳! 地球外縁軌道統制統合艦隊に栄光あれ!」

 

 スラスターから煙を噴きながらも、その機体は覚悟を乗せた突撃を敢行する。

 

「貴様らには、せめて一太刀!」

 

 振り上げた剣で、降下船に収容される直前であったバルバトスに打ちかかる。咄嗟に引き抜いた太刀でその斬撃は受け止められるが、結果バルバトスは船から引き剥がされることとなった。

 

「ミカァ!」

『三日月!』

 

 三日月の身を案じるオルガとクーデリア、アトラの声が響く中、船の窓にシャッターが降りる。

 

「1機だけでも!」

「しつこい、なっ!」

 

 大上段に振り上げられる剣。瞬時、三日月の集中力が高まった。

 虚空を踏み込むと同時に脚部のスラスターが作動。まさに空を駆けるような加速が生じる。それに乗せた一撃は、見事グレイズリッターの胸部を袈裟懸けに切り裂いていた。

 

「ふ、不覚……」

 

 パイロットは事切れ、機体から力が抜ける。仕留めたことを確かめた三日月は、不思議そうな顔で己の手の平を見つめた。

 

「今のは……」

 

 感じた妙な感覚に戸惑いを覚えるが、今はそれどころではない。降下船から離れ重力に捕まったバルバトスはこのままだとロースト。三日月は蒸し焼きだ。

 

「こんな所で終われないよな、バルバトス」

 

 三日月のその言葉に応えたかのように、バルバトスの両眼に強い光が灯る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上層部を抜け、熱が収まる。窓のシャッターが開くのを今や遅しと待ちかまえていたオルガたちは一斉に窓辺へと詰め寄った。

 

「バルバトスは、三日月は!?」

「いた! あそこだ!」

 

 船から少し離れた位置。夜空の中舞うバルバトスは、倒したグレイズリッターの上にサーファーのごとく乗り、大気圏突入の盾としたのであった。

 

「一時は冷や冷やしたが、やるもんだ」

 

 ランディの言葉に安堵の溜息を吐く鉄華団の面々。

 一方無事窮地を切り抜けた三日月は、モニター越しに夜空を見上げていた。

 

「あれが俺と同じ名前の、三日月か」

 

 光学的と物理的、二重の意味で欠けた月が、夜空に朧気に浮かんでいる。

 鉄華団は地球へ降り立った。

 だが彼らの戦いは、まだ終わりを迎えてはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

「リアクティブアーマー……折角作ったんだがなあ……」

「たまにはこういう事もありますよ、おやっさん」

 

 筆者が忘れていたわけではない。決して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 体がほてって寝られないのよほォ!
 いや変な意味じゃなくて単に暑いだけですが捻れ骨子です。

 と言うことで大気圏突入の巻にござる。レベルが上がったカルタ様率いる地球外縁軌道統制統合艦隊vsレベルが上がった鉄華団。結果カルタ様と地球外縁軌道統制統合艦隊が格好良くなっただけで話の中身原作と何にも変わってないよ! なにやってんの!
 予定通りですよ? 予定通りなんですよ。こっからです。こっからカルタ様の格好良いところが出てくるに違いない多分きっとメイビー。信じて信じてー捻れ骨子を信じてー。

 まあ実際どうなるか分かりませんが、いよいよ地球編です。鉄華団がこれからどう戦い抜くのか。そしてランディさんがどう悪巧むのか。ご期待頂けたら幸いです。

 それでは今回はこんなところで。 


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