イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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11・右も左も狸ばっかか

 

 

 

 ドルトでの顛末を聞いたアリアンロッド総司令ラスタル・エリオンの反応は、苦笑いであった。

 

「死んではおるまいと思っていたが……やれやれ、厄介な男が帰ってきたものだ」

 

 その反応に控えていた副官は疑問を抱く。厄介などと言いながら、ラスタルはさほど不機嫌な様子ではない。報告によれば、第7艦隊はたった一機のMS相手に敗退し、大恥をさらしたという事なのに。

 

「治に置いて乱を忘れず。良い薬だよ。劇薬ではあるがな」

 

 くく、と忍び笑う。フェアラートの艦長などは、PTSDを発症し病院に叩き込まれたらしいが、それでも生きているだけましだろう。そこから学ばないようであればそれこそ『これから先のこと』にはついていけまい。篩い分けと思えばさほど腹の痛む話ではないとラスタルは思っていた。

 

「しかしながら、なぜあの男を指名手配などなさらないので? 明らかなる『公共の敵(パブリックエネミー)』とした方が遠慮無く対処できるのでは」

 

 現在ランディの扱いは、『MIAであるランディール・マーカス一尉の名を騙る傭兵』である。奴はご丁寧にも圏外圏で不正に戸籍を取得し、堂々と名と姿をさらしていた。見るものが見ればどころではないバレっぷりである。

 だがそれに関してラスタルは何の手も打っていなかった。その気になれば脱走逃亡だけでなく様々な罪をでっち上げ犯罪者とすることも容易いのにだ。副官が疑問に思うのも当然であろう。

 それに対するラスタルの応えは。

 

「そんなことをしてみろ、『奴のたがが外れるぞ』?」

「は?」

 

 あれでもまだ、『ランディは手を抜きまくっている』。それは一応曲がりなりにも、なんとか法の下に収まっているからだ。グレーゾーンというかダークサイドにどっぷり漬かっているような気がするが。

 もし犯罪者として仕立て上げてしまったら、それこそ筋が通らないことを嫌うという信念ぽいものすらかなぐり捨てて全力で殴りに来るはずだ。海賊とか犯罪組織とかを片っ端から潰しまくって資金と物資を集め、ヒューマンデブリをかき集め自由を餌に一流の戦士に仕立て上げて辺境あたりからゲリラ戦を展開、GHを寸断し、さらにはGHに反感を持つものを煽ってテロの多発を誘い混乱を産んでその隙を突く、くらいはやってのけるだろう。最悪条約禁止兵器あたりをどこからか引っ張り出して、ヴィーンゴールヴ(GH本拠地であるメガフロート)やアリアンロッド本拠などを星間域から直接爆撃とかやりかねない。

 

「そんな、それほど大それた事を……」

「やるさ、あの男は。野に放たれた方が手の付けられない野獣だよ」

 

 思い出すのは彼を直接スカウトしようとした時のこと。話を聞いたあの男は、こう言ってのけたのだ。

 

「傑物と聞いていたが……ラスタル・エリオン閣下、あんた実につまらない男だな」

 

 その態度は明らかに小馬鹿にしたもので、その目は完全に見下していた。

 そのような目を向けられたことはなかった。ラスタルとて己が大義の下、非道を行っているという自覚はある。それは乱が起こる前に最小の犠牲で平穏を保つためという理由があるが、ランディはそれを否定するスタンスだ。

 血が流れることを否定するのではない。全く逆で『乱を起こしたければ起こさせたらいいのだ』という思想からだった。

 火星の独立? コロニーの自治? やりたければやらせればいい。それが真に望まれていることであれば暴虐の果てにあろうとも叶えられることだろうし、間違っているのであれば叩き潰せばいい。声を上げる前に不穏だからとかき消すなど『面白くない』。ランディール・マーカスとは平気でそのようなことを宣う男だ。平穏とはほど遠い危険思想と言っても良い。GHとは、いや、ラスタル・エリオンという個人の思想とも決して相容れぬ。それが理解できたから彼を謀殺しようとする動きを止めなかった。上手くいくとは決して思っていなかったが。

 そんな男が帰ってきた。準備を整え殴り込みをかけてくるまで10年は時間があるだろうと思っていたが、いやはやあくまで予想を上回るか。度肝を抜かれたと言って過言ではない。

 だが。

 

「この状況は、利用できる」

 

 報告によれば、現在ランディが荷担しているのは火星のアーヴラウ管理領域における特殊鉱物【ハーフメタル】の採掘関係の利権を求める勢力らしい。であれば現在アーヴラウが野党勢力と綿密な関係を結ぼうとしている己が政敵、現ファリド家頭首【イズナリオ・ファリド】に対してて強烈どころではない打撃となるだろう。ゆえにここは静観しておくべきだとラスタルは判断している。

 それでも将来的な不安は残る。彼の帰還を機にGHは大きく揺るがされるであろう。その影響力を考えれば軽視は出来ないが、数だけ送り込んでも返り討ちに合うのが関の山だ。であれば。

 

「手の付けられない野獣には、それ相応の『猟師』が必要だろう」

 

 にい、と歯を剥きだして笑む。なにも『化け物は彼一人だけではない』。今はまだ準備が整っていないがしかし、ほどなく『仕上がる』であろう。恐れるに足らずとまでは言わねども、対応は十二分に可能だと判断している。

 それまでは静観しておこう。まだ頃合いではないのだから。

 GHで恐らく最高峰の策士は、来るべき災厄を真っ向から見据えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぜこうなった。ノブリス・ゴルトンは噴き出す汗を抑えられない。

 

「一体全体どういう事なのか、説明して貰おうか」

 

 通信向こうの相手は、GHの高級将官。ドルトを巡る策謀のおり、情報提供や武器の供給など密約を交わして便宜を図った相手だ。事が無事に済めば――最低でもドルトの武装デモを鎮圧するという『成果』があれば、GHとの取引に融通を利かせてくれると言う話だったのだが、その絵図面は完全に崩壊してしまった。

 

「武装デモなど起こらなかったどころか、ランディール・マーカスなどという災厄まで呼び込んでくれた。この責任、どう取ってくれる」

「今回のことは私にとっても完全に予想外のことでして、しがない武器商人の身ではいかんともいたしがたい事態ですな」

 

 平然を装っているものの、内心は焦りまくっている。クーデリアの暗殺が失敗したというのは良い。予想外ではあるが全く想定しなかったことではないのだから。だが武装デモが空振りに終わったというのはどういう事なのか。例え武器が何らかの手違いで届かなかったとしても、ドルトの警備部門や重要施設にも仕掛けが施してあったはずだ。それでテロをでっち上げ労働者に罪を被せるという二段の構えであったのに。

 そしてランディール何某とかいう傭兵に関しては予想外どころか出鱈目に過ぎる。誰がたった一人でGH艦隊を翻弄する人間の存在など信じられようものか。加えて言えばそんな出鱈目な人間が現れたことに対して自分は全く関係がない。そんなことに対して責任を取れと言われてもどうしようもないのだ。

 ノブリスにも分かってはいる。これが『八つ当たりに近い言いがかり』であると。そもアリアンロッドの策略に協力はしたが、その結果がどうなるかまでは保証できる立場にはないし、その責任もない。策略が失敗したのは相手が予想を上回ったからであり、アリアンロッドがそれに対応できなかったからだ。恐らくは今回のことで難癖を付けてこちらから譲歩を引きずり出す算段であろう。

 ここで全面的に譲歩すれば、今後足元を見られる一方だ。冗談ではない。勝手に失敗した分際でこちらに当たられるのは至極迷惑である。ノブリスは内心苛つきながらも『交渉』を進めていく。

 

(それにしても、何を考えているあの小娘)

 

 頭の隅で思考する。暗殺が失敗に終わったとなれば、クーデリアには事のいきさつが露見してしまったと考えて良いだろう。だがあれからこっち、彼女からは何の反応もない。同時に傍付きにさせている間諜(フミタン)からの連絡も途絶えていた。事が露見したときに始末されたか、それとも……。

 ともかく現在クーデリアの周辺状況は分からないままだ。何らかの反応があれば対処出来るのだが、実になんというか、不気味であった。

 

(マクマードから入れ知恵でもされたか? ふむ、テイワズに鞍替えされると少々面倒になるな)

 

 彼女が生きているなら生きているで対策を練らなければなるまい。交渉しながらも心の隅でそろばんを弾くノブリス。

 それがまたしても根底からひっくり返されるなど、彼は想像もしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よう、随分と面白いシナリオ書いてくれたじゃねえか?」

 

 GH将官との交渉を終えて一息つく間もなく、新たな連絡が入った。

 相手はマクマード・バリストン。奇遇にも丁度思いを馳せていた人物だ。勿論友好的な思考ではない。訝しがりながら回線を繋げてみれば、挨拶もそこそこに上記の台詞である。喧嘩腰というわけではない、むしろ面白がっているような気配すら感じさせたが、どうにも雲行きが怪しかった。生き馬の目を抜くような世界を生き抜いてきた長年の勘が告げる。状況は、よろしくない。

 

「さて、何のことかな?」

 

 分かっていてとぼける。向こうも察していることは十分に承知だ。これは刃こそ交えないが『戦争』である。引いたら負けだ。狡猾な武器商人としての才覚を武器に、ノブリスはこの戦いに挑む。

 

「フォルクスを仲介にしてうちに預けた荷物。ドルトの方で方針の転換があったらしくてな、受け取り手続きでちょいと話がこじれて、全部バレちまったぞ? せめて労働者相手には偽名でも使っておくべきだったな」

「さて、フォルクス・マーケットの経営には口出ししていないのだが、誰かが儂の名を騙ったのではないか? 儂の名を使えば商売はしやすいだろうよ」

 

 いざというときは『そういうことになるように』手筈は整っている。そもフォルクス・マーケットの所有権は表向きノブリスのものではない。もっとも公然の秘密というやつではあるが。

 のらりくらりとかわそうとする彼に対して、マクマードは余裕をもってこう返した。

 

「そうかい、じゃあ仕方がねえ。『クーデリア嬢に洗いざらいぶちまけて、ハーフメタルの利権は丸ごとこっちで頂くとするか』」

「!?」

 

 どういうことだと問いただそうとして、堪える。ここで食い付けば相手の思うつぼだ。あくまで予想の範囲内であり、大した痛手にはならないと、そう思わせなければならない。それにはったりや嘘という可能性もある。いくら衝撃的な内容でも簡単に釣られるわけにはいかなかった。

 

「おや、彼女はすでに知っているものと思ったが?」

「『航海中に海賊の襲撃があって、そんときに庇ったメイドごと怪我した』らしいぜ? 本人はかすり傷程度だがメイドは重傷。そのせいか船に籠もりっぱなしでドルトの騒動にゃあ顔出しすらしてねえそうだ。一応うちのモンには口止めしてある。気付いてる可能性は低いと思うがね」

 

 その話が事実ならば間諜から連絡がなかったのも頷ける。その上で主導権が完全に握られているのを理解した。間諜と連絡が取り合えないのであればクーデリアは向こうの手の内。自分たちの都合の良いように情報を与えれば、容易く鞍替えするであろう事は目に見えていた。

 方針を全く変え、完全に切り捨ててしまえばいいのだろうが……どうにもマクマードは彼女の交渉が上手くいくことを前提としているようだ。ノブリスとしては逆で、そもそもが絵に描いた餅に近い戯れ言だと思っていた。人望とカリスマは高くそれなりに利用価値があったが所詮は世間知らずの小娘。地球にたどり着くことすら難しいはずだった。

 テイワズが全面的にバックアップしても、かの組織とて地球圏では一企業にしか過ぎない。だがなにか勝算があるのか。それともはったりなのか。判別は付かない。

 

「ふむ……なにが望みだ?」

 

 あくまで様子見と言った態度で問う。はったりだと思いたいところだが、万が一上手くいけばハーフメタルの利権は惜しい。のるかそるか、ここが分水嶺だという感覚がある。

 果たしてマクマードは、得たりとばかりに言葉を紡ぐ。

 

「ハーフメタル関係の商売。取り扱いや加工技術はうちや圏外圏の企業にノウハウがある。だが、こっちは火星での伝手が弱えェ。何とかならないでもないが……下手な諍いは慎みたいのよ。後は分かるな?」

「こちらで土壌を整えろと、そう言うことか。……しかし儂がそれを受けると思うかね?」

 

 話が確たるものであれば喉から手が出るほどのものだが、浅ましくも飛びつけば足下を見られるだけだ。こちらにも相応の考えがあると匂わせて見るが。

 

「おいおい、お前さんにゃあ『貸し』があるだろう? そいつを返して貰いたいだけなんだが」

「貸し? はて何の事やら」

「とぼけなさんな。ドルトの件、下手すりゃ『うちに飛び火するところ』だったんだぜ? そうなったらちょいと『落とし前』をつけなきゃならんところだ」

 

 む、と小さく唸る。現在クーデリアの身柄を預かり、そしてドルトに武器を運び込もうとしていた鉄華団はテイワズの傘下だ。事がまともに進んでいれば確かにテイワズに疑いの目が向けられる。いざとなれば鉄華団ごと切り捨てるだろうが、それを理由にこちらと敵対するつもりがあるのか。しかしこちらには――

 そこまで考えて、ノブリスは『致命的な失策』に気付く。

 

「今回のことで、お前さんGHからの信頼をちいとばかし損ねたんじゃねえか? それに蜜月の関係にあった火星の本部長様はお亡くなりになってる。後任の人間と似たような関係が築ければいいがなぁ」

 

 確かに。先程将官と交渉を終えたが、手応えはあまりよろしいものではなかった。この先力にならないとまでは言わないが、積極的な助力は控えられるかも知れない。素の武力で言えばテイワズは圏外圏でも頭一つ抜き出ている。表でも裏でも勝負にはなるまい。

 それを読まれているという不覚。ノブリスは密かに奥歯を噛みしめ、内心の悔恨を押し殺しながら平然を装った。

 

「話は分かった。しかしクーデリア嬢が上手くこなせなければ話にならんな。そのあたり何か確たるものがあるのか?」

「詳しくは言えねえが地球までたどり着かせるだけなら伝手はある。なに、上手くいかなくとも我々の腹は痛まねえさ。それでな……」

 

 狸と狸は化かし合う。

 この後、ノブリスとマクマードはそれぞれ役割と分け前を話し合う。それはお互い損のない話に思われたが。

 この時点でノブリスの目には、鉄華団など箸にも棒にもかからぬちんぴらの集団としか映っていなかったし、ランディは異常な腕を持つが一介の傭兵としか映っていなかった。彼の視点からすればそれはやむかたないことではある。

 しかしノブリスはもう少し目線を広げるべきであった。この時点で彼らを過小評価したことが、結果的にこの後の転落人生を決定づける事になったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会談を終えたマクマードは椅子に体重を預け、葉巻を吹かせた。

 

「上手くいったと思いたいが……いやはや、『嬢ちゃんの予想通りの反応を取る』たあな。末恐ろしい事だよ」

 

 先の会談、実はマクマードの独断によるものではない。最初はそうするつもりであったのだが、いざノブリスと連絡を取ろうとする直前で、クーデリアから相談という形で話を持ちかけられたのだ。

 事のあらましを聞いたマクマードは、彼女にどうするのかと問うてみた所。

 

「事を荒立てたくはないのですが……流石に命を狙われた、となると捨て置くわけにはいかないかと」

「ふむ確かに。今までの恩も帳消しにされるくらいのこったな」

「名前を利用される、というだけならある程度のことは目を瞑れます。しかしここまで来ると逆に『落とし前』が必要になるのではないでしょうか」

 

 こちらに合わせたのか、そのような言葉を吐く。マクマードはくく、と笑い声を漏らした。

 

「リボン付きにでも入れ知恵されたかい? らしくない物言いだが」

 

 帰ってくる返事はすました声で。

 

「むしろ相談しようとしたら突き放されました。「あんたみたいな人間が、俺の真似しちゃいかんだろ」って。「まず現状を鑑みて、自分がベストだと思う事を考えてみな」とも。スパルタですのよ、彼」

「……面倒くさいから放っただけじゃねえだろうなあの男」

 

 まあ実際、ランディがこういった話で役に立つとは思えない。自分がその立場だったらまず間違いなく倍返しの報復行動に出るであろう事は確かだが、流石にそれをやれとは言い出さないだろう。クーデリアが変に染まっても困るし、間違った対応ではない。

 

「まあいい。それで、お嬢さんはどうするつもりだい?」

「そうですね。私は今回の件を『知らなかったこと』にしたいと思っています」

「……ほう?」

 

 意外な発想だった。知った上でノブリスを利用する、くらいのことは言い出しかねないと思っていたが。

 

「暗殺については見逃す、ってことかい? ノブリスを無条件で許すと」

「まさか。暫くは『無力な小娘と侮っていて欲しい』ということです」

「話が見えんな。わざわざ侮られる事に意味が?」

「今回の件でノブリス氏は利害が絡めば平気で裏切ると判明しました。それに物申す気はありませんけれど、馬鹿正直に全てをさらけ出す事は危険でしょう。侮っていてくれれば逆にその動きは読みやすくなります。幸いにして彼の間諜……私に付いているメイドはこちらの手の内にありますのである程度の情報操作は可能となりましたが、それだけでは不足でしょう。ですので『説得力を持つ方にご助力頂ければ』と」

 

 いずれノブリスと袂を分かつかも知れない、そんなことすら匂わせている。マクマードは目を細めた。

 

「……だから俺かい。しかしいいのか? 胡散臭さではノブリスとどっこいどっこいの男だぞ?」

 

 その言葉に、クーデリアはくすりと笑みを零す。

 

「いざと言うことがあるとするのならば、私の見る目が曇っていたということでしょう。馬鹿な小娘が身を持ち崩した。それだけのことです」

 

 剛毅と言って良いのか。開き直っただけも知れないがすっぱりと思い切りの良いことである。

 度胸が据わってきたなと、彼女の変化に何らかの手応えを感じながら、マクマードは機嫌良く返す。

 

「いいだろう。だがノブリスが素直に話に乗るかね?」

「十中八九乗ってくるのではないでしょうか。今回のことで彼は多少なりともGHから疑念の目を向けられるはずです。そこで圏外圏最大の勢力を持つ組織であるテイワズから話を持ちかけられたのであれば、抵抗は難しいと考えるでしょう。そんな状況で五分の取引を持ちかければ、疑いを持ちながらも乗ってくるのは間違いないと思います」

 

 なるほど言われてみれば確かに可能性は高い。その上で、クーデリアは「それに」と言葉を続けた。

 

「火星の利権というパイの大きさは限られています。ここで優位に立てば『分け前』も相応の見返りがあるのではないですか?」

「それは俺に交渉の全権を渡すって言ってるのと同義だぜ? 好き勝手に火星の利権を切り売りするようなモンだ」

「どのみちアーヴラウとの交渉が上手くいっても、私だけの采配では手に余る話です。であれば『できる人』に任せた方がスムーズに行くのではないでしょうか」

 

 例えばクーデリアがフミタンを失い、一人で事を考えていたら方針は変わっていたのだろう。だがフミタンは生き残って親身になってくれるし、ランディのような普通は出来ないことをしゃらりとやってのける存在も目の当たりにしている。それらに影響を受けた彼女の思考は変革していると言ってもよかった。持てるカードを見せる相手を選び、あるいは伏せて、あるいは全賭けする。強かさと狡猾さ、未熟なれどそのような物が備わりつつあった。

 面白い人間になってきた。あるいはこのように思わせるのも彼女の手の内かも知れない。だが、それに乗ってみるのも悪くない。久方ぶりに、女にときめかせられるといった感覚をマクマードは覚えていた。勿論色気など全くないが。

 

「そこまで言われてやらなきゃ男が廃る。その話、乗ってやろうじゃないか」

「ありがとうございます。そう言って頂けると信じておりました」

「だが吠えたからにゃあそれなりの結果は見せてくれねえとな。さしあたってはアーヴラウとの交渉か」

「ええ、私は暫くそれにかかりきりとなるでしょう。その間マクマードさんにはいくつか頼みたいことが……」

 

 そして彼女と密約を交わしてから、ノブリスとの会談に挑んだわけだ。蓋を開けてみればクーデリアの見込み通りの反応であった。寝返ったメイドからいくらかの情報を得ていたとはいえ、恐るべき読みである。

 マクマードは口元を笑みの形に歪めた。

 

「こいつは俺も、うかうかしていられねえなあ。……ちいとばかし、褌を締め直さにゃあならんか」

 

 笑顔の中にも、その瞳はぎらぎらとした光を宿している。

 若き革命の乙女に当てられたか、かつて闘争の果てに圏外圏の覇権を手に入れた男は、最盛期の『熱さ』を取り戻しつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と言うことで、マクマード氏は快く引き受けて下さいました。これで暫くは後ろから撃たれることを心配する必要は無いと思います」

 

 会談の顛末を簡単に説明したクーデリア。話を聞いた鉄華団幹部(除く三日月と昭弘)と名瀬は何とも言えない表情だった。

 

(ぶっちゃけ、ノブリスを親分さんに押しつけたって言わんかそれ?)

 

 ランディはそのような感想を抱いたが、口にするほど愚かではなかった。なんかお嬢さんこんなキャラクターだっただろうか。うん、微妙に怖い。実は内心結構怒っていらっしゃるのであろうか。

 藪をつつくのはやめておこう。他のメンバーと同じく賢明な結論に至ったランディは、気持ちを切り替えるかのように声を出した。

 

「ともかく後顧の憂いは無くなったってこった。後は前に進むだけだが……」

「地球へ降りる伝手には今当たっている。程なく返事が来るはずだ」

 

 気持ちを切り替えたかランディの後を継いで名瀬が言う。彼の言う伝手とは月のコロニーで定期航路を管理する会社らしい。なんでもそこの頭目がマクマードと旧知であり、『裏家業』のほうでも何度か取引があって悪い関係ではないようだ。話の分かる御仁でもあるので、きちんとした取引をすれば力になってくれるだろうとのことだ。

 

「まあそれにしたってGHの事だ、しつこく追っかけて来るだろうな。最低でも降下の時にゃあ一戦やらかさにゃいかんかも知れん」

「ってことは地球外縁軌道統制統合艦隊が相手になると? 連中実戦経験のないお飾りで、張り子の虎って噂だが」

 

 名瀬の言葉に、ランディは皮肉げな笑みで応える。

 

「あ~、以前ちょいとばかし連中を『揉んでやった』事があってな? 連中の頭(司令)から結構怨まれてんだわ俺」

『おいちょっと待て』

 

 流石に一斉にツッコミが入った。

 

「お前さんほんともう、なんでそんなあっちこちに火種ばらまいてくれんの」

 

 こめかみを指で押さえた名瀬はそう言うが、勿論ランディに堪えた様子はない。むしろドヤ顔で。

 

「は、俺が相手見て人おちょくってると思うのか? 自慢じゃねえが老若男女立場階級関係なく、おちょくるときは全力でおちょくるぞ」

「確かに自慢じゃねえよそれは」

 

 まあそれはそれとしてと、ランディは表情を真剣な物に変えた。

 

「逆に言やあ、連中は『俺を優先的に狙ってくる可能性がでかい』ってこった。囮にはなれると思うが?」

『!?』

 

 彼の言葉に全員が目を剥いた。戸惑いを隠せないまま、オルガが問いかける。

 

「それは、『地球には降りない』ってことか?」

「場合によってはな。統制統合艦隊の司令が懲りない馬鹿だったら簡単に出し抜けるんだが……あの麿眉、馬鹿は馬鹿でも全力な素馬鹿じゃないからな。下手すりゃ一皮剥けてるかも知れん」

「その口ぶりからすると、知り合いですか?」

「士官学校時代の後輩さ。俺がなんかやるたび突っかかってきた変わり者だった。毎回やりこめてやったが」

 

 まるっきりの無能じゃないとランディはそう言う。そのような人間を彼は決して嘗めてかからない。オルガに次いで問うたビスケットはうむむと考え込む。ランディが一目置いている相手となればどのような奇人変人いやいや強者か分かったものではない。そのような存在を相手にするのは実にぞっとしない事だ。

 

「策というか、降下の時には一つ工夫せんといかんかもな。……っと?」

 

 ランディが話を続けようとしたその時、ハンマーヘッドのブリッジから連絡が入った。その内容で皆、また頭を悩ませることになる。

 

「おいおい、【タントテンポ】の頭目が亡くなったってのかよ」

 

 話を聞いた名瀬は天を仰いだ。タントテンポ――これから助力を仰ごうとしていた企業のことである。どうにもその頭目が暗殺されたか何かで亡くなってしまったらしく、現在てんやわんやの大騒ぎで、とてもではないがこちらの助けになってくれそうにはない。第一頭目がいなくなったかの企業が協力してくれる保証もなかった。

 

「振り出しに戻ったか。……名瀬の旦那、他に地球に降りる当てはあるかい?」

「大なり小なり取引してるところはあるが……どこもGHの警戒網をくぐり抜けられるかどうか微妙だな。そもそも引き受けてくれるかどうかも怪しいさ」

「となると……仕方がねえ、か」

 

 何かを決意したらしいランディが再び口を開く前に、またしても動きがあった。

 

「今度はイサリビに通信?」

 

 まるでタイミングを計っていたかのように、鉄華団にコンタクトを取ってくる者があったというのだ。

 

「はい、それが……」

 

 イサリビのブリッジに戻ったオルガ達。通信を受けた少年が戸惑いながら報告すると、オルガは眉を顰める。

 

「今更何のつもりだ? ……ともかく繋いでくれ」

 

 結構近場からのようで、映像を伴った通信だ。モニターに現れたのは。

 

「ようお前ら、なんか困ってるらしいじゃねえか」

 

 かつて鉄華団をGHに売ろうとした男、トド・ミルコネン。厚顔無恥にも過去のことなどなかったかのように、へらへらと軽薄な笑みを浮かべて言葉を投げかける。以前とは違い妙にこざっぱりとした様相を内心訝しみながらも、オルガはしかめっ面のまま相対する。

 

「で、何の用だ? こっちは今立て込んでいる最中なんだが」

 

 不機嫌に言うオルガに対し、得たりとばかりにいやらしい笑みを浮かべたトドは言う。

 

「話は聞いてるぜェ、地球に降りる手段がねえってんだろ?」

「だから何だ。あんたが用意してくれるとでも言うのか?」

「おうよ。正確に言えば俺じゃなく『ウチの旦那』が、だがな」

「旦那?」

 

 益々顔を顰めるオルガ。どういう事だと顔を見合わせ戸惑う面子。それに満足げな表情を見せて、トドは宣った。

 

「おうとも。ウチが、【モンターク商会】が慈悲深くも手を差し伸べてやろうってんだ。ありがたく思いな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に『あの』モンタークなのかね。100年以上続く老舗の」

「あの男(トド)を雇ってる時点で怪しいモンです。……けど、策略にしちゃ回りくどすぎる」

 

 合流した『自称』モンターク商会の船。そこから客を迎え入れるため名瀬とオルガは格納庫に向かっていた。

 

「ランディさんと戦いたくねえからじゃねえの? 手に乗ったら途中でとっつかまるとか」

 

 共に付いてきたユージンが言う。まあそんな可能性は……正直高いと思う。しかし。

 

「このタイミングでコンタクトを取ってきたってことは、どっちみちこっちの現状は筒抜けってことだ。だったら接触を試みて、相手の反応を見るってのは悪い手じゃねえ」

 

 まあまだ打つ手はありそうだしなと、意味ありげな視線をランディに向ける名瀬。それに対してランディは肩をすくめてみせる。

 そうこうしている間に格納庫につき、連絡艇を迎え入れる。ハッチから悠々と降りてくるトド。それに続いて降りてきたのは。

 

「初めまして。故あってこのように顔を隠していますが、私がモンターク商会の会長を務めている者です」

 

 灰色の長髪を無造作に伸ばしフクロウを模した仮面を付けた男。

 その姿を見てランディと、そして一緒について来た三日月は。

 

『……なにしてんの「金髪「チョコの人』

 

 空気も読まずに呆れたような声を揃って上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グラズヘイム1。地球外縁軌道統制統合艦隊が駐屯するGHの軌道基地である。その管制司令室にて気勢を上げる者達がいた。

 

「我ら地球外縁軌道統制統合艦隊!」

『面壁九年! 堅牢堅固!』

 

 中心にて威風堂々と立つ女性。彼女の発した台詞に続いて、直立不動で控えていた周囲の部下が一斉に唱和する。それは一見一糸乱れぬ有り様であったが、女性はお気に召さなかったようで微かに眉を動かした。

 

「左から二番目! 0.5秒遅れたわよ!」

「は、はっ! 申し訳ありません!」

 

 ちゃんと聞き分けていたらしい。凄いのだか凄くないのだか微妙だが、女性が次に続けた台詞で印象が変わる。

 

「些細な連携のミスが、戦況を分けるときもある。最低でも職務が始まった瞬間、常時戦場と心得なさい」

「はっ! 了解致しました!」

 

 ただの気勢ではなく、部下の調子をも見ていたようだ。この女性、外観はなんか平安貴族っぽいおかしなもとい独特なメイクを施している人物だが、もしかしたらなかなかのやり手なのかも知れなかった。

 カルタ・イシュー。地球外縁軌道統制統合艦隊司令にしてGHを牛耳る7家【セブンスターズ】が第一席イシュー家の長女である。

 病養中の父に代わりイシュー家頭首の名代を務め、若くして一佐という地位にあるが、実際にはイシュー家の箔付けであり、指揮する艦隊自体も常に後方に置かれ式典などでしか動かないお飾りと言われていた。

 しかしそのような評価に腐ることなく、彼女は凛とした態度で日々の職務と研鑽に邁進している。

 

「それで、本日の予定は?」

「は、09:00より艦隊各部よりの報告、およびミーティング。10:00より通常訓練の……」

 

 きびきびと報告する部下の言葉を聞くカルタ。そこにオペレーターから声がかけられた。

 

「お話し中の所失礼しますカルタ司令! 監察局のボードウィン特務三佐より、入電がありました!」

「ガエリオから? ……分かった、繋ぎなさい」

 

 訝しみながらモニターに対峙する。程なくして通信が繋がり、ガエリオの姿が現れた。

 

「お忙しいところ時間を割いて頂き感謝致します。……久しぶりだな、カルタ・イシュー一佐殿」

「そちらも息災そうで何より、ガエリオ・ボードウィン特務三佐。……貴方一人とは珍しいわね。『相方』はどうしたの」

 

 相方、の所に妙に力を入れて尋ねるカルタに、この辺は変わらないかと内心苦笑しつつガエリオは答えた。

 

「休暇だよ。暫く働きづめだったからな、このあたりで纏めてと。妹も望んでいたことだ」

 

 彼の回答に、呆れたような、あるいは機嫌が悪そうな様子で鼻を鳴らすカルタ。

 

「婚約者とはいえ、わずか8歳の子供のご機嫌伺いとは、ご苦労なこと。……それで、何用かしら? 監察を受けるようなヘマはやっていないのだけれど」

 

 露骨な話題変換だったが敢えてそれを指摘するようなことはしない。これでもフェミニストを自称する身だ。無粋はすまいと話に乗るガエリオ。

 

「話を聞いているかも知れないが、ドルトコロニー域でアリアンロッドが『出し抜かれた』。相手は火星の独立を目論むテロリスト……いや、回りくどい言い方はやめておいたほうが良いな」

 

 溜息を一つ。そうしてからガエリオは真剣な表情となった。

 

「還ってきたぞ。ランディール・マーカスが」

 

 その言葉を聞いた途端、司令室がざわめく。戦慄、あるいは恐怖。各々が様々な表情を見せる中、カルタは眦を鋭くする。

 その表情はまるで、親の敵にでも挑まんとするような厳しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

「なるほど……騙くらかせばいいのですね」

 

 ↑ランディプレゼンツ騒動の様子を見ながらうんうん頷いてるクーさん。

 

「お、お嬢様?」(汗)

 

 やっぱランディのせいじゃねえかよああなったの。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 鉄血のキットが、模型店から姿を消した、だと……?
 放送終了して生産の見込み薄いからって買い込むなや俺もだが。こうして積みプラが溜まっていく捻れ骨子です。

 はい今回は地球行きー……のはずだったんですが、なぜか半分以上がおっさん。これでもかってくらいおっさん。おかげでモンターク仮面とカルタさまの出番が削れる削れる。世の中はいつもこんなはずじゃなかったのに云々。
 もしや自分はおっさん好きだったのか。うん実年齢どっちかってーとおっさんの方だしなやかましいわ。それはそれとしてなんか勝手に動く動くおっさんども。そのうちこの話乗っ取られて『鉄血のオルフェンズ(おっさん)』とかになってしまうやも知れず。いや嘘ですけれど。
 
 そしてこっそり外伝とリンク。多分これからもこんな感じでちょろ~っと絡んでくるやも知れません。
 
 ともかく次回はちゃんとモンターク仮面とカルタ様が動きます。動くはずです。動くよな?
 若干不安になりつつ、今回はこの辺で。

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