イントルード・デイモン   作:捻れ骨子

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9・細工は隆々、仕上げをごろうじろってな

 

 

 

 

 ドルトコロニーに到着するまでまだ幾ばくかの時間が必要であった。その間、オルガはナボナやサヴァランと連絡を取り合ってなにやら画策をしており、さらに彼の命を受けた整備班がなにやら細工している。

 そんな中、ハンマーヘッドの方では。

 

「おっし、5分越えた!」

「へへ、調子上がってきたじゃねえか!」

 

 最近はもっぱらシミュレーターと化している百錬2機のコクピットが開き、汗まみれの昭弘とシノが姿を現す。二人はブルワースの件が片づいて以降、多くの時間を鍛錬に裂いていた。元々鍛錬馬鹿である昭弘はともかく、ちゃらんぽらんに見えるシノまでが懸命に鍛錬に打ち込んでいるのは、正規パイロットに昇格したから……だけではないようだ。 彼はブルワース戦のおり、突入部隊を率いて旗艦に乗り込んだが、その際内部で相手のヒューマンデブリたちと壮絶な銃撃戦を行ったようで、なにやら思うところがあったらしい。表面上の態度は変わらないにしても、所々何か、今までにない真剣みのようなものを感じさせるようになっていた。

 成果は着実に現れており、今では2人ともランディ謹製シミュレーションプログラムを平均して4分以上は持ちこたえられるようになっている。(なお三日月は10分以上持たせられる模様)

 

「地球までにゃあ10分いっときてえなあ」

「ああ」

 

 休憩しチューブドリンクを煽る二人。軽口を叩くシノに昭弘は言葉少なに返して、虚空を見上げた。

 

「あいつらにゃ、格好悪い所を見せられねえからな」

 

 昭弘が思いを馳せるのは、弟の昌弘を含むヒューマンデブリの少年達。彼らは今、鉄華団とタービンズで手分けして世話をしている。まずは何が出来るのか、何をしたいのか。そこから手探りで勉強させたり教え込んだり色々とさせていた。

 鉄華団は年少組の子供達に様々なことを教えた経験があるが、それは主に戦闘や兵器の扱いに関することである。だからどうしても偏りが生じてしまう。対してタービンズは受け入れた人間(女性に限るが)に様々な仕事のやり方を教え込んだ実績があった。元々世話好きな人間が多いこともあって、彼女らの手を借りてしまうのはやむを得ないことと言える。

 ありがたいことであると、オルガ以下鉄華団の主要な面々は感謝すること然りだ。同時にいつまでも頼ってばかりもいられない。この仕事が落ち着けば自分たちにも出来ることを増やしていけるようにしなければ。そういう考えを持ち始めてもいた。

 昭弘はさほど複雑なことを考えているわけではない。あいつらを、鉄華団を護ると誓ったのだ。であれば最大限に努力するのみ。大言壮語になってはそれこそ格好悪いと奮起しているのである。シンプルであるが、だからこそ余計彼の意志は強く、堅かった。

 

「それにここまでして貰った。気合いを入れなきゃ面目が立たねえ」

「へへ、確かに気合いが入るってもんだ」

 

 彼らが視線を向けるのは格納庫の奥。そこでは2機のMSが急ピッチで仕上げられていく真っ最中だ。

 新たなる乗機。その姿に感慨深い何かを感じつつ、昭弘は大きく頷いた。

 

「……おし! じゃあもう一本行くぞ!」

「張り切ってんねえ。……んじゃ、付き合うとしますか」

 

 ドリンクのパッケージをくしゃりと潰してダストシュートに放り込み、2人は再びコクピットへと潜り込む。

 その様子をキャットウォークから眺めていたラフタは、ふうんと呼気を漏らした。

 

「まったく、よくやるわね。……コクピットが汗くさくなっちゃうじゃない」

 

 ぶつくさと文句を口に出す。しかしその目は、不満とは何か違った色を宿している。

 彼女の隣で手すりを背に寄りかかっていたアジーがからかうような調子で言った。

 

「気になるかい?」

「うーん、気になるって言うか……」

 

 ラフタはべたりと手すりに顎を乗せる。

 

「あいつ頑張ってるよね」

 

 最初に交戦した時点では、根性こそあるものの秀でた技量を持つわけではなかった。しかしランディやアミダにしごかれ、めきめきと腕を上げつつある。それは全て鉄華団と兄弟――『家族』を護るという強い意志からのものだ。

 そんな昭弘に、ラフタは共感じみたものを覚え始めていた。なぜなら彼女もまたタービンズという家族を護るため、戦うことを選んだ人間であるから。その上で、彼女の耳に残った言葉がある。

 「死なねえ」という昭弘の言葉。命を投げ出して護るのではなく、生きて救い、護るという言葉。それに衝撃を受けたのだった。

 ラフタは楽天的に見えてどこか、『家族を護るためなら死んでも良い』と考えている部分があった。自分の命を、心を救ってくれた名瀬に、アミダに、報いるためであれば迷わず命を投げ出すであろう。昭弘がそうしないと言うわけではない。ただ彼は最後まで生きて戦うのを諦めそうにないと、そんな気がした。

 

「うん、頑張ってる」

 

 言いながら、なんかもやりとするなあと頭の隅で思うラフタ。

 彼女がその気持ちに気付くのは、かなり後のことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボードウィン家が所有するハーフビーク級戦艦【スレイプニル】は、現在アリアンロッド第7艦隊に合流し、ドルトコロニー群に向かっていた。

 その艦橋で、アインを従えたガエリオは、不満げに鼻を鳴らす。

 

「統制局らしいやり方だ」

 

 第7艦隊が現在従事している任務。その内容聞いた彼は不快感を隠そうともしない。

 平たく言えばマッチポンプ。もっとも統制局から言わせてみれば、本格的なテロ行為に及ぶ前に不穏分子を纏めて処分し、未然に防いで平穏を保つということであろう。

 気に入らないやり口だ。ガエリオはそう思う。元々正義感の強い彼は、現状におけるGHの内部腐敗に前々から反感を抱いていた。いずれその内に改革をと、僅かずつながら準備を進めている最中ではある。

 しかしながらガエリオはGHのやり口に反感を覚えていても、その行動による犠牲や被害などにはあまり目を向けていない。それにヒューマンデブリや少年兵達に対し、阿頼耶識を付けているからという理由で偏見の眼差しを向けていた。彼らがなぜそのようなものを付ける羽目になったのか、知識はあっても想像も共感もしていない。つまるところ自分の目線でしか物事を見ていないのだ。

 思慮が足らず青臭い。ランディから未だに坊や扱いされているのはそのあたりが理由なのだが、彼には未だ自覚がなかった。

 

「情報によれば奴らの船はドルトに寄港するようだ。ここで奴らを仕留め、クーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を確保する。いいな」

「ですがかの人物の妨害が……」

 

 戸惑いながら問うアイン。それに対して正面のモニターを睨み付けたまま、ガエリオは答える。

 

「あの男はアリアンロッドに任せる。放出した責任は取ってもらわないとな」

「よろしいので?」

「それくらい非情にならねば、あの男は出し抜けない。肝に銘じておけ」

「はっ!」

 

 力のこもった返事を返すアインの反応に、満足げに頷くガエリオ。

 しかしまあ当然の事ながら、彼らの思惑は根底からひっくり返される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドルト2に入港してきた強襲装甲艦。それから運び出されたコンテナを確認して、GH警務局の武装隊員2人は頷き合う。

 任務の概要を聞かされたときには半信半疑であったが、ここまで想定通りであれば疑うべくもない。情報通り、武装テロに使われる武器の受け渡しが行われているようだ。

 彼らは知らない。この任務そのものが虚偽であり、自分たちが捨て駒にすぎないのだという事実を。

 

「動くな! GH警務局だ、そのまま両手を上げて大人しくしろ!」

 

 抵抗はあるだろうが、ここで僅かでも足止めして増援が来る時間を稼ぐ。義務感と功を求める内心に従って、2人は物陰を飛び出し銃を向けた。すると意外なことに、荷物の受け渡しをしていたものたちは驚いた顔をしたものの素直に両手を上げた。

 

「な、なんですかいきなり!? 我々は何もやましいことなどしていませんが!?」

 

 受け取り側の代表らしい男が抗議の声を上げるが、2人はそれに取り合わず威嚇しながら一方的に言う。

 

「ここでテロに使われる武器の取引があるという通報があった。荷を改めさせて貰うぞ!」

「は、はあ?」

 

 船側の責任者らしい女性――その他は年若いものばかりだった――が眉を顰めて疑問の声を上げる。かまわずコンテナの前に立ち、適当な人間に「開けろ」と高圧的な態度で命じる。

 前髪で片目が隠れた少年がそれに応え、コンテナのロックを外した。ゆっくりと開かれていくコンテナ。それを覗き込んでみれば。

 

「…………え?」

 

 武装隊員達は目を丸くする。そこには武器が満載……されてなどおらず、整然と並んだ無骨な鋼材が鈍く光っていた。

 どう考えても武器ではない。まあ持ち上げてぶん殴れば立派な鈍器であろうが、バルバトスじゃあるまいし人間が素手でそんなこと出来るはずもなかった。隙間に混在させているもかとも考えたが、部材の合間は以外と広く、結構奥まで見通すことが出来る。まるっきりスペースがないとは言わないが、さほど多くの武器を隠せるとは思えない。どういう事だと2人は再び顔を見合わせた。

 

「どこからの通報なのかは知りませんが、我々の運んできたのはただの資材です。全部のコンテナを開けて調べて頂いてもかまいませんよ? それに注文書の方もこの通り、不備はないと思いますが」

 

 どことなく憮然とした様子で、責任者の女性がタブレットを差し出す。そこに示されていた注文書には確かに資材だと記されていたが、隊員達は納得しない。

 

「ば、ばかな! い、いやまだ船の中に積んであるのだろう! 調べさせて貰う!」

 

 その言葉に対し、女性はついに呆れたと言うような態度で反論する。

 

「そりゃ積んでありますよ。今回は輸送の仕事をしていますけれど、鉄華団(うち)は基本民兵組織です。武器があるのは当たり前じゃないですか。……まさかと思いますけれど、それを理由に難癖を付けようとかいう話じゃないでしょうね?」

「そ、そんなわけはないだろう! 失礼な!」

「では令状を拝見させて下さい。正式なものがあれば捜査に協力するのもやぶさかではありません」

「え!? れ、令状!?」

 

 だんだんと疑念の視線になってくる女性の言葉に、武装隊員2人は慌てる。緊急の強制捜査(と言う名の生け贄)ということで、捜査令状の発効は後回しにされていた。このあたりのいい加減さもGHの形骸化による手抜かりを示していたが、大方に置いて令状の提示を求められる事も滅多にない。ほとんどの相手がGHの威光に尻込みするからだ。

 故に面食らう。そんな隊員達を見る女性の目はますます冷ややかなものになっていく。

 

「もしかして令状を持ってきていない、と言うのですか? それでは捜査に協力どころかお話にもなりません。一体全体どういう事なのか、管轄支部に問い合わさせて貰います」

「い、いや待ってくれ! これは何かの間違いで……」

「間違いでしたらさっさと連絡して確認を取るするなり令状を発効してもらいに行くなりして下さい! こちらも暇じゃないんです!」

 

 とうとう隊員たちを怒鳴りつける女性。その剣幕に混乱している2人は腰が引けてしまう。彼らもそれなりの経験は積んでいるが、真っ向からこのように反論されたことはない。聞いていた話とまるっきり状況が違っていることもあって、強い不安と心細さを感じているようだった。

 と、彼らの通信機から呼び出し音が響く。

 

「あ、う、ちょ、ちょっと待ってくれ。……はい、こちら……」

 

 少し場を離れ、こそこそと連絡を受ける隊員2人。それを油断なく見据えながら少年――ヤマギは傍らに立った女性――メリビットに小声で話しかけた。

 

「なかなかの名演技ですね」

 

 その言葉に、メリビットは溜息を吐きながら言う。

 

「半分は本気よ。なんて杜撰なのかしら」

 

 まあだからこそ、『付け入る隙』があったわけだが。

 

「彼の言ったとおりね。『撃つ気がない銃』なんて、お飾りにしかならないもの」

 

 隊員達の持つアサルトライフル。それはしっかりとセーフティがかけられたままだということを、メリビットは確認していた。

 

「まあまず間違いなく『先に撃たない人間』をよこすだろうな」

 

 ランディの言葉である。自分たちから手を出すことによって後の検証等で立場が不利になるのを防ぐためだ。あわよくば相手が撃ってくれたらそれを理由に堂々と力業で押しつぶすことも出来る。彼はそう断言していたし、どうにもそのように事を運ぼうとしているようだ。でなければたった二人だけ、しかも素人に毛が生えたような隙だらけの人間をよこしたりはしないだろう。

 一応鉄華団側でも、万が一を考えて船の影に狙撃手を潜ませてはいる。しかしこの様子では出番はなさそうだ。上手く事が運んでいるのであれば『そろそろ』のはずであるし。

 果たして。

 

「はぁ!? 『デモが始まっている』!? どうなっているのかって、それは我々が聞きたいです!」

 

 隊員が上げた素っ頓狂な声に、メリビットとヤマギはこっそり、にまっとした笑いを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあMSの壊れたパーツとか、材料はいくらでもあるからな。『資材でっちあげてコンテナの中身をすり替える』なんざさくっと出来るわな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドルト3にあるドルトカンパニー本社社屋前で警備に当たっていたGH警務局陸戦隊員達は緊迫の中にあった。ドルト2の労働者達によるデモ。それが始まったという連絡が入ったからだ。

 事前の情報によれば、労働者達はクーデリア何某とかいう人物から武器の供給を受け、武装してデモに挑んでいるとのことだ。場合によっては戦闘になってしまうかも知れない。その緊張と恐怖が、彼らの表情を堅いものにしていた。

 幸い、と言って良いのかどうか、彼ら陸戦隊は上層部から自分たちが『消耗品』扱いされていることを知らない。コロニーや下級市民の出自である彼らは『出世を餌に幾らでも補充できる駒』としか見られていなかった。今回の任務に置いても何割か『消耗』することが織り込み済みであったのだ。

 だったのだが。

 ――1時間後。

 

「……来ない」

 

 ひゅう、と人気のない正面道路に冷たい風が吹き抜ける中、隊員の誰かが零した言葉が虚しく響いた。

 緊張の中待てど暮らせどデモの労働者達は現れない。情報はガセであったのか。いやいや確かに労働者達はドルト3の港に現れて、こぞって内部に繰り出したはず。であればなぜ彼らは現れないのか。命の危険とはまた別種の、奇妙な不安感が隊員達の中に蔓延しだした頃、焦れた隊長格が出した斥候が戻ってきた。

 

「おお、どうなっている?」

 

 車から降りた斥候の隊員二人は隊長格に問われて、戸惑った様子で状況を告げる。

 

「それがその、デモは行われてはいるんですが……奴らドルト3の繁華街を練り歩きながら、労働環境の改善を訴えているだけでこちらに来る様子は欠片も……」

『はぁ!?』

 

 隊長格だけでなく、聞いていた隊員全員が素っ頓狂な声を張り上げた。

 

「あ、だ、だがしかし、武器は!? 最低でもMWがあるはず……」

「い、いえ、普通のトラックくらいで、武器など影も形も……」

 

 何とも言えない空気が、場に蔓延する。誰かがぽつりと言葉を放った。

 

「それって、ごく普通のデモじゃあ……」

 

 ひゅう、と再び冷たい風が人気のない道路を吹き抜ける。

 今回陸戦隊員達に課せられた任務は、基本カンパニー本社社屋を含む重要施設の警備である。武器を持って迫り来るのであればともかく、ただ普通にデモを行っているだけの相手を捕縛するような命令は下されていないし、カンパニーからの要請もない。故に動くわけにも行かなかった。

 もしかして、自分たちはいま超無駄骨を折っているのかも知れない。言いようのない空気が段々と場を重くしていく。

 その様子を伺っているものたちがいた。

 

「……全然聞いていた話と違うんだけど」

 

 本社正門前。その傍らに留まっている中継車の前で、報道機関【ドルトコロニーネットワーク】のディレクター【ソウ・カレ】とアナウンサーの【ニナ・ミヤモリ】は首を傾げている。

 彼らは労働者達が武装デモを行うとの情報を聞きつけ、それを取材し中継するためにこの場を訪れた。だが推測された予定時間を大幅に過ぎてもデモ隊は一向に現れない。厳重な警備を行っているGHの部隊も何やら様子がおかしいし、一体どうなっているのか。さっぱり事情が分からない状態だ。

 と、そこにカメラマンの【ハジメ・ツジ】が慌てて駆け寄ってくる。

 

「ディレクター見て下さい! 今確認したんですけど、デモ隊は繁華街の方で普通にデモを行ってるみたいです! ほら動画サイトで実況してますよ!」

「何!?」

 

 慌ててハジメが持つタブレットを覗き込んでみれば、確かにデモの参加者らしき投稿者が動画を実況していた。繁華街の真ん中で練り歩きながら、主張を訴え続ける労働者達の姿が映し出されている。

 それを見てソウは暫く考え、そして結論を出した。

 

「……行ってみるか。上手くいけば労働者達から直接話を聞けるこも知れない」

 

 思い立ったが吉日とばかりに、彼らは即座に撤収しデモが行われているという繁華街へと向かう。マスコミらしいフットワークの軽さであった。

 後に残されるのは人気のない通りと、ただひたすらに無駄な時間を過ごし続けるGH陸戦部隊。

 冷たい風が、三度通りを吹き抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『武器も持たない重要施設にも赴かないデモ』なら、連中も手出しのしようはねえさ。ああ、まかり間違っても警備用のMSをパクって使おうとしたり重要施設に向かうなんて事はしねえ方がいいぞ? 十中八九罠が用意されてっから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……このようにデモ隊はドルト3の繁華街で労働環境の改善を主張し……」

 

 モニターの中、女性アナウンサーが淡々と現状を告げていた。それを背中にサヴァランは重役達に詰め寄っている。

 

「ご覧の通り彼らは武器を捨て、本社にすら近寄らぬという妥協を見せました。それに対し我々は誠意を見せるべきではないでしょうか」

 

 冷静に、しかし熱さを込めた言葉を放つサヴァラン。対して重役達は渋い顔だ。

 

「だがこれも経営の妨害には違いない。ドルト2の工場を1日止めただけで、どれほどの損害が出ると思うのかね」

「やもすれば暴動に発展するかも知れなかった状況で、工場が止まる程度のことがいかほどのものでしょうか。それに……お渡しした資料が事実であるならば、むしろ積極的に労働者との関係改善を図るべきだと思いますが」

「それなのだが……確かなのかねこの資料、『何者かがドルトの生産効率を落とすため、労働者達を煽って暴動を誘発することを画策していた』という話は」

 

 手にした資料を見ながら重役の一人が疑念の声を上げる。サヴァランは自信を持った態度で頷く。

 

「そう考えるのが一番辻褄が合う、ということです。今回の件については偶然にもクーデリア・藍那・バーンスタイン氏には直接コンタクトを取り確認することが出来ましたが、労働者に話を持ちかけたというノブリス・ゴルドン氏が本人であるかどうか確認できておりません。確かにゴルドン氏は火星の労働者の地位向上を謳うバーンスタイン氏に支援を行っていますが、それは利権の関係があってのこと。しかし彼がドルトの武装デモに協力するメリットは無きに等しいものです。『誰かが名を騙り煽った』と考える方が自然でしょう」

 

 とんでもないでっちあげであった。が、そんなものでも辻褄が合えば理屈として通る。確かに言われてみればと思わせるくらいのことは出来るし、GHが自身の利益のために謀略を仕掛けたなどという『事実』よりはよほど信じられるものだろう。

 サヴァラン・カヌーレ。労働者の出でありながら役員まで上り詰めたのは伊達ではない。

 

「これは8年前に起こった、テロから発展した暴動にも似た状況です。労働者との交渉が難航していた最中、テロにより交渉を行っていた両陣営の代表は死亡。そこから労働者達の統制が取れなくなって暴動が起こり、結果ドルトの生産力は1年近く落ち込みました。……それで損をしたものは誰か、得をしたものは誰か。色々と推測できることはありますが……」

 

 胸中によぎる思いを押し込めて、彼は言葉を続ける。

 

「要因となったのは、労働者達の不満が溜まっていると言うこと。これが解消できなければ元の木阿弥。同じ事の繰り返しになるでしょう。長期的に考えれば、ここで彼らとの関係改善を図ることはカンパニーの利益に繋がることではないでしょうか」

 

 サヴァランの言葉に、重役達は額をよせて話し合う。やがてそれも終わり――

 

「……いいだろう。ものは試しだ、彼らとの交渉を行おうではないか」

「――ありがとうございます!」

 

 返された言葉に、サヴァランは全霊を込め頭を下げた。

 まだこれは一歩目にしか過ぎない。だが手応えはあった。これを切っ掛けに交渉を軌道に乗せ進めて行ければ。彼は希望が見えてきたことに胸が熱くなるのを押さえられない。

 同時に――

 

(お前らの思い通りにはさせるものかよ、ギャラルホルン)

 

 胸の中に宿る憤りが、静かに燃え盛っていくのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水面下の交渉で武装デモを押さえられた、ってことにしとけば『あんたの手柄』にできるんじゃないか? そっからまあ、どう話をもっていくかはあんたの手腕次第だろうが……上手くいきゃあ、親の仇をとるとまでは行かなくとも意趣返しくらいはできるかもよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアンロッド第7艦隊所属のハーフビーク級戦艦【フェアラート】。その艦橋では現在、苛立ったような空気が蔓延していた。

 

「ええい、一向に動きを見せんではないか!」

 

 いらいらと肘掛けの先を指で叩きながら言うのは艦長。演習ついでの哨戒という名目でドルト宙域を訪れた艦隊であるが、肝心のドルトではなんのアクションもない。予定では『テロを画策した反抗分子』が警備用のMSを奪い、大規模な破壊活動を行うのでそれを制圧する、という運びになるはずだったというのに。

 待機したまま時間だけが無為に過ぎていく。と、そこに旗艦からの連絡が入った。

 

「か、艦長。ドルトに展開している陸戦隊より入電があったそうです」

「なに? 状況は?」

「それが……現在テロや暴動の兆しは全く見られず、それどころかテロを行うと見られていたデモ隊が、カンパニーと和解し交渉にはいると……」

「なんだと!?」

 

 驚愕の声を上げた艦長は思わず席から腰を上げる。カンパニーの本社や重要施設、そして警備用MSや戦闘艇には、事前に工作員による細工が施してあり、デモ隊が訪れれば連動して作用することになっていたはずだ。それが全く動いていないということは、彼らはそれらを全て避けていたということになる。

 嫌な予感を強く覚えた艦長は、オペレーターに問いかけた。

 

「武装は? デモ隊は武装しているという情報があったはずだ! ならばそれを理由に介入を……」

「いえ、デモ隊は全く武装していなかったようです。それにカンパニーとの交渉が始まった今、改めて鎮圧の要請が出るとも思えませんが」

「ど、どうなっているんだ一体……」

 

 がくりと力無く席に腰を落とす。そのまま暫く脱力していた艦長であったが、ふとあることに気付いて眉を寄せた。

 

「『情報の漏洩』か」

 

 何者かがデモ隊に情報を流し、行動を変更させた可能性。それに思い当たったのだ。であれば早速具申を……と思ったところで再び連絡が入る。

 

「艦隊司令より任務変更の通達です! ドルトに武器を密輸しようとした容疑者であるクーデリア・藍那・バーンスタインの身柄を確保せよとの事! なお容疑者は現在ドルト2から出航しようとしている民兵組織の強襲装甲艦に搭乗している模様! 停船を呼びかけ、抵抗するようであれば撃沈しても構わないと」

「……なるほど、そう言うことになったか」

 

 恐らくは司令も同じような結論に至ったのであろう。しかし子供のお使いではないのだ、大山鳴動して鼠一匹すら出ないなどと言う結果に終わらせるわけにはいかない。であれば目標を変更するしかないだろう。

 幸いにして、『何もかも罪を被せられる相手』は都合良く存在した。

 

「総員、戦闘配置につけ! 対艦、対MS戦闘準備。単艦とは言え油断をするな!」

 

 水を得た魚のように指示を飛ばす艦長。彼は勝利を疑っていない。

 ゆえにこの後、地獄が待っていようなどと予想できるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあそうするだろうよお前らとしては」

 

 最低限の計器が灯ったコクピットの中、エイハブセンサーから艦隊の動きを見て取るランディは、にんまりと笑みを浮かべた。

 

「ライド、作戦通りだ。俺が出た後合流予定空域に向かえ。ねえとは思うが敵と遭遇した場合には逃げの一手だ。余計な色気だそうとすんなよ」

「う、うっす! 了解っす!」

 

 クタン参型の操縦を任せたライドに告げる。彼の返事を聞いて、ランディはコンテナを解放させた。

 ドルト2寄港前にイサリビから発艦し、慣性航行でここまで流れてきた。位置取りはぴったり。艦隊の上面から襲いかかれるポジションだ。アリアンロッドの間抜けどもはまだ気付いていない。まあ当然と言えば当然だ。ランディの機体のリアクターは現在スリープモード。粒子反応を検出することは出来ない。

 それにしてもとランディはほくそ笑む。第7艦隊とは『実に都合が良い』。どうにも今回はかなりツキが乗っている。ならばそれを最大限に生かさせて貰う。ランディの笑みは、いつしか歯を剥きだした獰猛なものへと変化していた。

 

「さあて、ランディプレゼンツのパーティーはお楽しみ頂けているかな? ……それじゃあいよいよクライマックスといこうか!」

 

 シュヴァルベ・グレイズのリアクターに火が入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「艦隊上方よりエイハブ粒子の反応! MSです! ……な、は、速い!?」

 

 オペレーターが悲鳴のような声を上げる。それに対し「報告ははっきりとせんか!」と苛立った声で怒鳴る艦長。

 

「し、失礼しました! 上空より所属不明のMSが高速で接近! つ、通常の三倍の速度です!」

「リアクターのナンバー、照合出ました! ……!? こ、これは!?」

「どうした、続けろ!」

 

 苛立つ艦長の声に、オペレーターは震える声で照合結果告げる。

 その結果を聞いたスタッフの半数以上が青ざめた。

 

「ば、かな……」

 

 血の気に引いた顔で呻く艦長。彼らはその機体に覚えがあった。いや、覚えがあったどころではない。

 統制統合艦隊との合同演習にて散々コケにされ、その後自分たちの司令官に召し抱えられたが一週間で閑職に回された男。恨みや妬みを持つものと共に行った自分たちの奸計により、その男はデブリ帯の藻屑と化したはずだった。

 こんな所に現れるはずがない、何かの間違いだ。必死で現実を否定しようとする間にも、状況は進む。

 

「も、目標よりLCS全域通信!」

 

 回線が開かれる。そこより放たれたのはただ一言。しかしそれは、第7艦隊全てを震撼させるには十分なものであった。

 

「メビウス1、エンゲージ」

 

 宴(サバト)が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※今回のえぬじい

 

「ドーモ、アリアンロッドのミナ=サン。メビウス1DEATH」どおんっ!

「アイエエエエエ!? リボン付き!? リボン付きの悪魔ナンデ!?」

 

 ランディ・リアリティ・ショックがアリアンロッドに奔る!(シャレになってない)

 

 

 

 

 

 終わるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今の私にとっては休日のビールと食事>>>>>【越えられない壁】バエルだからな。
 こういうマッキーが見たかった捻れ骨子です。

 このような愚作でもお持ち頂いていた方々、誠に申し訳ありません。諸事情により更新が大幅に遅れてしまいました。リアルが立て込み始めて今後もこのようなことが多々あるかと思います。なにとぞご容赦下さい。

 さ、反省はこれまでとしてドルトです。戦わせないと言う選択肢。まさかこうくるとは思うまいよギャラルホルンげはははは。といったノリで。ねえ無駄骨ってどんな気持ち? どんな気持ち? 
 そういうことで次回はおちょくられまくったGHの反撃……ではなくランディさんいたぶり劇場となります。第7艦隊の運命やいかに!? (ヒント、もうだめぽ)

 ……次はもうちょっと速く更新するぞー。きっと。

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