new record   作:朱月望

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ある日の休日 その6

「はぁはぁはぁ……捕まえた!」

 あれから何時間か鬼ごっこを続け、慎二はやっとありすを捕まえる。

「あははは、つかまっちゃった!」

 慎二の気持ちを知ってか知らずか、ありすは反省した風でも悪びれた風でもなく、本当に友達と鬼ごっこをして捕まった時のような、悔しいけど楽しいといった感じであった

「僕、を、からかう、と、どうなるか……」

 慎二は息も絶え絶えに言葉を紡ぐ。

「あははは、お兄ちゃんの顔へんなのー」

「う、るさい、あんまり、走ったこと、ないんだから、仕方ないだろ!」

 慎二は息を整えて続ける。

「ほら、捕まえたんだからさっさと返せよ」

「うん。お兄ちゃん、ありすといっしょに遊んでくれてありがとう!」

「お、おう」

 初めは怒っていた慎二も、ありすの純粋な笑顔に慎二は思わず毒気を抜かれる。

「じゃあ、コレかえすね」

「お、おい」

 少女は電子端末を慎二へ放り投げ、走り去った。

「てか、ここどこだよ……」

 慎二は何も考えずに、ありすを追い回した所為で自分がどこにいるかも知らなかった。

「食堂か? ここ?」

 いつも(まば)らにしかいない食堂の様子が、今日は少し違う。

 一般生徒(NPC)だけでなく、聖杯戦争のマスター、サーヴァントが、広くない食堂を賑わせている。

「おお、シンジ! 良いところに来た、こちらに座れ」

 そんな食堂の一角から、ロムルスが声をかける。

「なんだよ、ていうか人多くない?」

 食堂はどの席も満席で、みな楽しそうに食事している。

『結局、我が王は見つかりませんでした……』

『ほう、あれで探してたのか? キャメロットの人探しはナンパのようで、老骨には理解出来んな』

 老兵と騎士の声が――

『もう、どこ行ってたの? 心配してたんだからね』

『ごめんなさい、ママ。ワカメのお兄ちゃんと遊んでて……』

 “娘”と“母”の声が――

『(むしゃむしゃ)』

『おお、神よ! ただ食べてるだけでその神々しさ! まさにハルマゲドン!!』

 黙々と食べる大王と、暑苦しい男の声が――

『むー? ご主人、そのダーク・マターはなんだ?』

『見ての通り、カレーだが?』

 黒い何かを皿に盛った黒衣の少年と、猫耳メイドの声が――

 様々な声が聞こえる。人によって話す内容は様々だが、そのどれもが楽しげだ。

「どうしたシンジ? 早く食べないと冷めてしまうぞ」

 ロムルスは慎二の今までの苦労を知らず語りかける。

「そうだな。今日はムカつくことがあったけど……」

 だが、思い出してみると、それは存外楽しかったのではないかと、今では感じている。

 慎二が今までに経験した休日は、どれも退屈で、何もなかったからかもしれない。

「こういう休日も悪くないかな」

 そして、慎二はスプーンをとり、料理を口に運ぶ――

 コールタールのような何かを――

 

 

 

「セイバー、首を絞められた七面鳥がような声がしなかった?」

「奏者よ、そんなものは放っておけ。そんなことより、いま賑わっている食堂に行こうではないか」

「そうだね。その食堂、料理だけじゃなく雰囲気も良いって話だから楽しみだな」

 

 最後の参加者たる二人が本戦会場(こうしゃ)に訪れる。

 これから、死闘が繰り広げられるのだが、

 ただ一時、この一時だけは誰にも邪魔されぬように――

 

 

 

 おわり

 


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