あれから藻女は宮廷で女官として働き始めた。
女官になった際、鳥羽から玉藻の前という名を貰った。宝玉のように美しく、大事にしたいという意味を込めたと鳥羽ははにかんでいた。
鳥羽との交友も良好で、次第に玉藻も鳥羽を求めるようになり、二人は愛し合うようになった。
気が付くと玉藻は側室となっており、幸せの絶頂といえた。
しかし、玉藻が幸せになる一方で気になることが出てきた。
鳥羽の体調が日に日に悪くなっているのだ。
これを気にした士官の一人が、高名な陰陽師を呼んだ。
「ふむ、成程……天皇様、貴方は
「それは……困り、ましたね。その物の怪を退治することは出来ますか?」
「問題ありません。では初めに物の怪を見つけましょう」
陰陽師は式盤を取り出し、呪言を紡ぐ。
「おや、こんなに近くに居るとは。それにしてもこの気配は……成程、信仰を受けれない格落ちの神が
陰陽師は得心がいったように頷く。
「天皇様、隣の部屋に入っても宜しいかな」
「側室の部屋のですが、彼女にも、物の怪が憑いているの、ですか?」
「いいえ、そうとは限りません。ですが、覚悟願いたい」
「?」
陰陽師は玉藻の部屋に入る。
「挨拶もなしに部屋に入るとは何様ですか、貴方は」
「これは失礼。ですが、人のいない部屋に挨拶も不要でしょう」
「は?」
「貴女は人間ではない」
「何を言って……」
「『式』よ、その者の姿を暴け」
陰陽師は式神を飛ばす。
「ッ!!」
しかし、式神は玉藻に届く前に消滅する。
「尻尾を見せたな……狐」
「えっ!?」
気が付くと玉藻の頭に獣の――狐の耳が生えていた。
「玉藻、お前……」
「違います、私は……」
鳥羽に誤解されないように説明しようと立ち上がると尻尾が揺れる。
「私は、私は……くっ」
玉藻は逃げ出した。自分が怪異であったからではない、鳥羽に嫌われたくない一心で逃げた。
行く当てなどない、ただただ人気のない場所を求めて無我夢中で逃げた。
「やっと見つけましたよ、主様」
人里から離れた丘の上で玉藻は声をかけられた。
宮からの追手かと振り向くと、そこには狐がいた。
「下界に降りられてさぞや苦労なされたでしょう、おいたわしや」
狐が喋る――その異様な光景を、玉藻は不思議に思わなかった。寧ろ懐かしいと感じていた。
「ささ、帰りましょう。ここは主様に相応しくありません」
「その前にやるべきことがあります。従僕をここに集めなさい」
狐――使い魔に慣れた様子で命令する。
彼女は全て思い出した。自分が何者なのかを――
「久しいな、オリジナル好みのイケ魂よ」
「ユリウスのサーヴァント!?」
回復した白野が凛にお礼を言おうと廊下を歩いていると、どこからともなくキャットが現れた。
「(しまった、セイバーはマイルームに待機させている。こんなところを襲われたら……)」
「そう警戒しなくてよい、ユリウスは留守だ。ニンジン食うか?」
キャットは胸の谷間から出したニンジンをむしゃむしゃ食べる。
「息災でなにより。元気ついでに我の話し相手になるといい」
「息災でって、呪術をかけたのは君だろ。今も俺の胸には孔が空いてるし……」
キャットのあまりの緊張感の無さに、白野は毒気を抜かれて呆れる。
「君は……」
「待て、キャットのことはキャットと呼ぶがいい」
「キャット?」
「うむ。吾輩の名はタマモキャットだワン! 見ての通りキツネだ。故にキャットなのだ!」
「???」
犬なのか狐なのか猫なのか、白野は首を傾げる。
「タマモ……キャット? 玉藻の前っていう妖怪なら知ってるけど」
「イケ魂よ、それはいけない。その名を言うと
「既にキャットに呪われてるけどね」
「ははははは。それで、何を聞こうとしていたのだ?」
「ああ、キャットのマスター――ユリウスはどんな人?」
「ん? それは
「うん。ユリウスのことが気になって」
「ほう。それは801的な理由か?」
「ヤオイっていうのは分からないけど……
ユリウスの目には強い意志がある、それはレオを勝たせるためだと思っていた。でも、ユリウスはレオの為に行動しているようには見えない。
ユリウスはもっと別の理由があると思う……それが知りたいんだ」
「それは本人に聞くのがいいだろう」
「それもそうだね。でも、ユリウスと話せるかな」
「ふ~む。確かにご主人はシャイボーイだからなー」
「シャイなのかな」
「そうだ! ならば、決戦の時に話すといいだろう」
「でも、それじゃあ……」
「すぐに別れてしまう相手と話すことに意味があるのか……と考えているのか?
だがそれは違うぞ、意味ならあるさ」
「意味……?」
「ああ。そもそもお前がご主人のことを知りたいのは、ご主人のことを救いたいと思っているからであろう。
救う手段が分からない……故に心に触れて相手のことを知りたい、とな」
「救う、なんて大それた理由じゃないよ……ただ、悲しそうな瞳をしていたから」
「やはり白野は優しいな!」
キャットは満足そうに笑う。
「そうやって、温かい気持ちで相手の心に触れることで絆が生まれる。
例え別れてしまっても絆はなくならない。その相手の想いが意志が、自身の胸に刻まれるからな」
「絆……想い……意志……」
「何かに悩んで歩みを止めたとき、後ろを振り向くといい。
僅かな思い出だろうと、誰かと出会い、語り合い、対立し、分かり合い、そして別れる。
その一つ一つが自分自身を形作っていることに気付くはずだ。
そしてそれらは未来へ進む、確かな力になる」
「…………」
「では、そろそろお開きにしよう。少し真面目モードが長かったので眠くなってきた」
「うん。今日は色々話してくれてありがとう」
「うむ。寄り道せずに帰るのだゾ。帰るまでが聖杯戦争
ここのとこ通り魔リッパーが出てマスターもサーヴァントもヒト吞みにするという、物騒な噂も見た。
白野も気を付けるといい。では、またな!」
そう言って、キャットは
「不思議なサーヴァントだったな」
白野は苦笑する。そして、あることに気づく。
「あれ? そういえば俺、名前言ったっけ?」
疑問に思ったが、ユリウスに聞いたのだろうと、考えるのをやめた。
キャットが名前を呼ぶときにどのような気持ちを込めていたかなど、この白野に分かるはずもなかったのだから。
つづく