new record   作:朱月望

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決戦まであと―――6日

 不意に下界(した)が気になった。

 特に何があったというわけではないが、米粒のような何かがワラワラと集まっていた所為だろうか。

 あれは何ぞ? と気が付けば声に出ていた。

(あるじ)様、あれは人間で御座います」

 近くにいた使い魔の狐がそれに答える。

 それは知っている。その人間たちが何をしているのかを知りたい。

「主様の意を汲めず申し訳ありません。

 どうやら豊穣を祝っているようですね。同時に豊穣に対して、主様に感謝を意を込めて祈っているようです」

 祈り? 私には何も感じませんが。

「それはそうでしょう。下等な人間には何の力もありませんから。

 奴らに出来ることは想うことだけです。都合の良いことがあれば祝い、悪いことがあれば祈る、自分たちでは何も出来ない下等な種族です」

 そうですか。ところで、彼らは何故顔を歪めているのですか?

「顔を……ああ、あれは笑っているのです」

 笑う?

「我々には理解できませんが、人間は幸せなことがあると、あのような顔――笑顔というのですが、それで感情を他者に伝えるそうです」

 何故、幸せなのですか? 何も力を持たないのに、何が幸せだというのですか?

「さて、私どもには図りかねます。

 差し出がましいことを言うようですが、下等な人間の考えなど理解すること自体不要に思います」

 それもそうだ、と話はここで終わる。

 しかし、人間たちの笑う理由が知りたい気持ちは収まらなかった。

 私は今まで笑ったこと――幸せだと感じたことがないのだから――

 

 

 

「……のだ。目を覚ますのだ、ご主人」

 そんなキャットの声でユリウスは目を覚ます。

「今の夢は……」

「早く目を覚まさないとニンジンが冷めてしまうぞ……むにゃむにゃ……zzz」

 辺りを見ると、キャットが(なぜか)ユリウスの布団の中に丸まって眠っている――裸エプロンで。

「目を覚ますのはお前の方だ」

 掛け布団を引き剥がし、キャットを起こす。

「むにゃ……はっ!? なぜご主人がキャットの部屋に……さては夜這……」

「お前が勝手にオレの布団に……まあいい。もう慣れた」

 キャットといつものやり取りをしていると、電子端末が鳴り響いた。

「む? 狩りの時間か、ご主人?」

「ああ、次の対戦相手が発表されたようだ。

 見に行ってくる。お前はここで待機しろ」

「了解した。朝ご飯を作って待っているから、門限は5時だぞ

 それと、他の女に浮気をしたら相手をコロしてキャットもシぬからな」

 キャットは涙目で訴えかける。

「オレの話を聞いて……いる訳ないか」

「むきゅ?」

 はあ、とため息をつきながらマイルームを後にする。

 

「…………」

 2階掲示板の前でユリウスは先客を見据える。

「ユリウス……」

 次の対戦相手――岸波白野は緊張した声を上げる。

「……いっぱしの目をする。随分と腕を上げたようだ」

 ユリウスは正直な感想を口にする。

「これだから分からんな。魔術師(ウィザード)というやつは。

 肉弾での戦いと違って、僅かな期間で急激に伸びることがある。

 ――だが」

 ユリウスはより一層冷たい瞳をして続ける。

「それもここで終わる。

 世界は――聖杯はレオが手にするだろう。

 イレギュラーは起こらない、決して」

 そう言うとユリウスは背を向ける。

「ユリウスにはないの? 聖杯に願うことは?」

 怖くて今まで声が出なかった白野が最後に訊ねた。

「……オレ自身に願いなどない。聖杯がレオの物になる手伝いをすること、それがオレの存在意味だ」

 ユリウスはその言葉に立ち止まり、振り返らずに答える。

「本当に? 君はレオのことを想っているようには見えない。

 もっと別の……誰かのことを想っているように見える。もしかして、その人のために……」

「…………!!」

 ユリウスは思わず振り返り、白野を睨みつける。

「戯言を……」

 そして再び冷酷な瞳に戻り、その場を立ち去る。

 

「ご主人、帰ったか。

 クンクン、男の匂いがする……つまり、浮気相手は男! 女に浮気をするなと言った(キャット)の抜け穴をつくとは!!」

 マイルームに入ると、キャットが出迎え(?)をした――なぜかメイド服で。

「……アリーナに行くぞ」

「うむ、了解した。キャットはご主人の命令は従うぞ。

 だが、断る! それより先に朝ご飯なのだ! ニボシが冷めてしまうからな」

「……分かった。食べてから行こう」

 電脳世界で食事は必須ではない。そもそも現実世界でもユリウスは一食、二食抜いても構わないと思っている。

 しかし、キャットの作る料理は欠かさず食べている。

 理由はユリウス自身、よく分からない。味が良いというのも勿論だが、食べると何かが満たされるような気がするからかもしれない。

「うむ! では、いただこう!」

「…………」

 二人は食卓につき、手を合わせる。

 ちなみに、朝食にニボシの姿はなかった。

 

「ふむ。あの陰気な男はいなかったな」

 アリーナで暗号鍵(トリガー)を入手した後、帰り道でネロが呟く。

「ユリウスはきっと妨害にくると思っていたけど、杞憂だったかな?」

「いや……」

 帰還用の出口付近で黒い人影が現れる。

「…………」

「遅かったではないか。しかし、サーヴァントも連れずに姿を現すとは慢心したな。

 奏者よ、ここで一思いに……」

「いやいや、それはこちらの台詞よ」

「なんと!?」

 ネロの背後から声が聞こえ、思わず振り返る。

 それを見越してか、ネロの心臓目がけて凶拳が振るわれる。

「くっ!」

 直感的に剣を構えていたので、直撃は避けられたが腕に鈍い痛みが走る。

「お前は……メイドだと!?」

 気配なく後ろに現れて強烈な拳を繰り出したことよりも、襲撃者の格好に驚く。

「いや、どうやって気配もなく余の後ろを取った? まさかそのナリでアサシンとは言うまい」

「ふむ、難しい質問をするな。野生では相手の背中を取るのは当然のこと……貴様が見ていたのは残像だったのだ!」

「野生? 残像? よく分からんが、そなた自身のスキル故なのか?」

「然り、野生と知性がそなわり最強に見える」

「そなたは見目は良く余の好みだが、言っておることがよく分からん」

「その調子ではサバンナで真っ先に死ぬぞ。まぁ……」

 獣耳メイドはネロから目線を横にずらして言う。

「そんな貴様のマスターはここで死んでしまうがな」

「ッ!?」

 白野が胸を押さえて倒れる。

「奏者! 貴様、何をした!」

 現れてから今に至るまで獣耳メイドに動きは見られなかった。

「戦いが始まる前から勝敗は決死(けっし)ていたのよ」

 白野の胸に紋様が浮かぶ。

「呪術か」

「然り。オリジナルは暗殺系の呪術は使いたがらなかったが、キャットはそこんとこ敢えて空気を読まずに使ってみた」

「余計なことを話すな……終わったのなら、帰るぞ」

「うむ。帰ったら報酬にニンジンを所望する」

「待て……」

 ネロの制止の声も空しく、ユリウスと獣耳メイドはアリーナを出る。

「奏者よ……必ず救ってみせるからな」

 刻一刻と生命力が抜け落ちる白野を抱き、ネロは保健室を目指す。

「あのリンという魔術師(ウィザード)なら、奏者を助ける手がかりを持っているかもしれんな」

 

 

 つづく

 


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