new record   作:朱月望

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決戦開幕

 負けた――ローマに負けてしまった。

 (あたし)たちはカムロドゥヌム、ロンディニウム、そしてウェルラミウム、ローマの3つの都市を滅ぼした。

 しかし、次の都市へ向かう途中――ワトリング街道でローマ軍の強襲を受けた。

 (あたし)たちは数こそ勝っていたが、ローマ軍に熟練の兵士が多かったこと、そしてこちらの武装・戦略が未熟であったために敗走を余儀なくされた。

「ここは、どこ? 娘たち(エスィルトとネッサン)はどこに行ったの?」

 傷ついた身体を起こし、朦朧した状態で近くにいた老婆に声をかける。

「姫さまの娘は二人とも死者の国に旅立ちました。勇敢な最期だったそうです」

 その言葉を聞き、意識が鮮明になる。

 そうだ、(あたし)と共に戦車に乗っていた娘たちは死んだのだ。

 そして負傷した(あたし)は御供に連れられ、イケニの村(こきょう)に戻ったのだ。

 こんなところで時間を無駄にしている場合ではない。まだ、戦わなくては。復讐はまだ終わっていないのだから。

 (あたし)は立ち上がろうと身体に力を入れる――が、老婆がそれを制する。

「姫さま、お帰りなさいませ」

 老婆が慈悲に満ちた笑みで声をかける。

 姫さまという懐かしい呼び名、そして老婆の顔に見覚えが――そうだ、赤子の頃から(あたし)の世話をしてくれた乳母だ。

「これほど傷つくまで戦って……いままで、たいへん辛かったでしょう。

 ですが、もういいのです。姫さまはもう休んでもいいのですよ」

 その声を聞いた瞬間、彼女は、胸の中に熱いものが次から次へ込み上げる。

 (あたし)(あお)い瞳から、いく筋もの涙が頬をつたっていく。

「さあ、姫さまお眠り下さい」

 (あたし)は言われるままに目を閉じる。

 瞼の裏には、懐かしいイケニの村が、楽しげに暮らす民が、(あたし)の足元で遊ぶ娘たちが、それを見守る旦那が――

 ああ、そうだ。復讐に囚われ、戦い続けるあまりに忘れていた――

 (あたし)が願ったものは――

 

 

 

「もう逃がさないよ」

 エレベーターを降りたネロに対して、先に闘技場で待っていたブーディカが話しかける。

「新しい剣を用意したみたいね……忌々しい」

「剣もなしにセイバーは名乗れんからな」

「流石は皇帝、何でも手に入るのね。女というだけで王位を継げなかった私と違って!」

 既にブーディカは目の前のネロを見てはいない。生前の記憶だけが彼女の頭を埋め尽くし、周りのことはまるで見ていない。

「皇帝になり、何もかも奪う貴女。女王になることを認められず、全てを奪われたあたし……教えてよ、同じ女なのにどうしてこうも違うの?」

 悲痛に語るその姿は復讐者というよりも救いを求める亡者のようであった。

「余はそなたが復讐を望むのであれば、その剣をこの胸に受けてもよいと思っておった……

 だが、今のそなたではダメだ」

 ネロは一歩前を踏み出す。

「貴様は余が好敵手として認めた勝利の女王(ブーディカ)ではないのだからな!」

 以前に再会した時とは異なる決意に満ちた瞳で言い放つ。

「……くっ、は、あははは……はぁ」

 スイッチが入ったようにブーディカは(わら)う。

「やっぱり奪うんだ。今度は(あたし)の名まで奪うんだ。あははは!」

 再び狂気を目に宿す。

「ではここから先は剣で語るとしよう」

 ネロは剣を構える。

「殺す殺す殺す……殺す!」

 ブーディカは剣を()り、叫ぶ。

 そして戦闘が始まる。

 

「『復讐に燃える女神の車輪(チャリオット・オブ・アンドラスタ)』!」

 ブーディカは先制攻撃として宝具を展開する。

 今回は八つの車輪すべてがネロに向かう。

「セイバー『move_speed』!」

 それを見越したように、白野は移動速度を上昇させるコードキャストを用いる。

「感謝する。では、行くぞ!」

 ネロは駆け出す。

 強化された動きで、車輪の合間を潜り抜けて、ブーディカとの距離を縮める。

「ブーディカ、貴様は何の為にローマと戦った」

 走りながらネロは問いかける。

「何度も言っている! 復讐のためだ!」

「違う!!」

 八つ目の車輪を躱してブーディカに詰め寄る。

「そなたの戦車は、剣は復讐の道具ではなかった」

 ネロの振り下ろす剣にブーディカは慌てて対応する。

「……それは護る為のモノだったではないか!」

「ッ!?」

 一合、二合と剣を交える。

「民を、家族を、(プラスタグス)が遺した国を、そなたは護りたかったのではないのか!」

五月蠅(うるさ)い! (あたし)は皆を護れなかった……だから、そんな力ない戦車も、剣も、意味は、ない!」

 ブーディカの剣に力が宿る。

「『勝利の女王』なんて呼ばれてさ、勝とうとしたあまりに最後まで戦うことが出来なかった」

 一撃、一撃、次第に剣の重みは増していく。

「最初から復讐することだけを、どれだけ犠牲を出そうとも、ブリタニアを滅ぼそうとも、ローマを殺し尽くすことだけを考えていたのなら、あんな結末にだけはならなかった!」

 ブーディカの猛攻を剣で防ぎ切ることが出来ず、左腕で防ぐ。

「そうすれば、(たと)えこの身が滅びようとも、復讐の炎がローマ(おまえら)を焼き尽くしただろう」

 その左腕のようにね、とブーディカは言った。

 ネロの切り付けられた左腕から漆黒の炎が燃え盛る。

「治療するよ『cure』!」

 車輪ではなく、剣で炎が燃え移ったのは予想外だったが、白野は状態異常を治すコードキャストを用い、冷静に対処する。

 しかし

「なんで!?」

 漆黒の炎は消える気配を見せず、むしろ更に火力を増す。

「この炎は(あたし)の憎悪そのもの……故に消すことは不可能」

 漆黒の炎は毒や火傷といった状態異常ではなく、宝具として昇華された呪いに近い。それ故、解除するには対象者の死亡又は術者の死亡、もしくは対象への憎悪が消えるしかない。

「破滅してでも戦えば勝てた、と言ったな。それは違うぞ」

 ネロが言う。

「そなたが復讐にはしっておったら、ただ一つの勝利も得られなかったに違いない」

「なにを……」

「ましてやローマの敵にすらならなかった!」

 今も燃え続ける左腕をものともせず、ネロは右腕だけで剣を振り下す。

「そなたの力の源は怒りや憎しみに起因するものではない。思い出してみよ、そなたが剣を執った理由(わけ)を」

「…………」

「夫を喪い、国を奪われ、娘を凌辱された、そなたの胸にあったものは―――護りたい。という気持ちではなかったか」

「…………」

「これ以上、何も失いたくない、皆をこれ以上悲しくさせたくない――そう思って剣を執ったのではないのか」

「お前、に、(あたし)の、何が分かる!」

「分からん! だが分かる!

 最期まで民から愛されたそなたは――復讐者などではなく、皆の“母”なのだったと」

 ネロの最後の斬撃がブーディカの胸を裂く。

「それでも、(あたし)、は……」

 しかし、ブーディカは止まらない。

 保有スキルの戦闘続行によるものか、それとも恩讐の念がブーディカの身体を動かしているのかもしれない。

「あれを見よ」

 致命傷を負いながらも再び剣を構えるブーディカにネロは指さす。

「ママ……」

「あの(わらし)にあんな顔をさせるために、そなたは戦っているのか?」

「…………」

「違うであろう。そなたは大切な者の笑顔の為に戦う、強い女なのだから」

「……そう、だったね」

 瞳から狂気は消え去り、衣装も元の白に戻る。同時にネロの左腕を焼いていた炎が消える。

「『約束されざる勝利の剣』――決して星の聖剣ではなく、勝利も約束されない。完全ならざる願いの剣。

 でも、この剣に願ったことは復讐なんかじゃなかったな……」

 ブーディカは強く握っていた剣を落とす。

「なんで忘れてたのかな」

「ママ!」

 ありすがブーディカに駆け寄る。

「ごめんなさい。私がへんなこと言っちゃったから……」

「ううん。お母さんが弱かったからいけないの。だから謝んなきゃいけないのは(あたし)の方……

 ごめんね、ありす。あなたのことちゃんと見てあげられなくて、本当にごめんね。

 でも、これからはあたしが最期まで護るって約束するから」

 ブーディカはありすを抱きしめる。

「ネロ、あんたにも迷惑かけたね。バカな(あたし)に正面から向き合ってくれたこと感謝するよ」

「ブーディカ……」

「もう、なんて顔してんの。勝ったのはそっちでしょ。なら、しっかりしなきゃダメだよ」

 ブーディカはとネロの間に勝者と敗者を別ける壁が立ち塞がる。

「そろそろお別れだね。もし次に逢えるとしたらさ、今度は仲良くできたらいいな……」

 だって、とブーディカは続ける。

「ネロ、(あたし)はあんたみたいな子は大好きだからさ」

 そう言い残して、ブーディカとありすは消えた。

「……余はそなたに憧れておった。

 死ぬまで民から慕われ、愛されておったそなたに。

 余は最期まで愛されていると勘違いしていただけの小娘だったからな」

「セイバー……」

「ただの独り言だ、気にするでない」

 ネロは前を白野の方を向き、言葉を続ける。

「さあ、戻ろうか」

 そして、二人は歩き出す。明日へ続く希望の道を

 

 




エピローグ




「ここどこ?」
 光も音も匂いも重力も感じない空間にありすはいる。
「まっくらでこわいよ」
「大丈夫だよ」
 独りで泣いていると、どこからともなく声が聞こえる。
「だれ?」
 辺りを見回すとありすを中心に八つの車輪が現れ、光が差す。
「最期まで護るって約束したからね。ありすに寂しい思いはさせないよ」
 光は人の形となって、ありすを抱きしめる。
「ありがとう……ママ」
 ありすはそのまま目を閉じる。
 
 行き場もなく、人と触れ合うことが出来ず、永遠に彷徨うはずだったサイバーゴーストは安らかな眠りについた。
 彼女は暖かい、母の夢を見続けるだろう。

 おわり

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