new record   作:朱月望

3 / 54
決戦まであと―――5日

「しまった。こんな近くにいるなんて」

 羊飼いの男が狼を見つけ、姿勢を低くし茂みに隠れる。

「直ぐに戻って羊たちを避難させないと……あれ?」

 よく見ると狼は雌であり、赤子に乳を与えていることが分かる。

 ただし、それは狼の赤子ではなく人間の赤子だった。

「このままだと喰われてしまうかもしれん」

 自分がやられるかもしれない、逃げ出したいと思いつつも羊飼いは赤子を助けようと奮い立った。

「うっ……」

 一歩進んだところで羊飼いは狼と目が合い固まる。

「…………」

 すると狼は赤子を置いて何もせずに立ち去る。

「た、助かった」

 羊飼いは急いで赤子に駆け寄り、二人の赤子を抱く。

「お前たち双子か?」

 二人の赤子は顔立ちがとても似ていて一目見ただけで双子と分かった。

「このまま、ほっとく訳にもいかないし……うちに連れて帰るか。妻は驚くだろうが、あれは女神のように優しいから受け入れてくれるだろう」

 俺の嫁になったことが未だに信じられんが。そう呟き、羊飼いは双子を連れて家路につく。

 

 

「うっ……朝か」

 慎二は身体を起こし、ベッドから出る。

「目が覚めたかシンジ」

「ああ、まだ少し体がだるいけど」

 昨日、アリーナから帰ると慎二は直ぐに寝た。

 ロムルスの宝具の使用により、魔力が予想以上に奪われたことが原因であろう。

「シンジよ、この部屋には足りないものがあるとは思わんか」

「あ? そりゃあ足りないものなんて沢山あるだろ」

 マイルームは学校の教室に簡易なベッドを足しただけの殺風景な部屋である。

「流石、我がマスターだ。ここには圧倒的にローマが足りない!」

「は? どういう意味だ……ん?」

 不意に無機質な電子音が慎二のポケットから鳴り響いた。

 音の出所である携帯端末を確認すると『2階掲示板にて、次の対戦者を発表する』と書かれていた。

「ふぅん。やっと、予選ギリギリの落ちこぼれの顔を拝めるわけか」

 慎二は携帯端末から目を離し厭らしい笑みを浮かべる。

「おいランサー。僕は次の対戦者の確認に行ってくるから、ちょっとここに残っといてよ」

 慎二はマイルームのドアを開き、外に出る。

「了解した。戻ってくるまでにこの部屋をローマに作り変えておこう」

「今、あいつ変なこと言ってなかったか? まぁ、いいや」

 ドアを閉め掲示板へと向かう。

(「『すべては我が槍に通ずる(マグナ・ウォルイッセ・マグヌス)』! 」)

 ドアの向こうで何が起こっているかも気づかずに

 

 掲示板に着くと先客がいた。

「へぇ。まさか君が1回戦の相手とはね。

 この本戦にいるだけでも驚きだったけどねぇ」

 慎二は先客―――岸波白野の隣に立ち、声をかける。

「慎二……」

 白野は振り返り慎二の顔を見る。

「けど、考えてみればそれもアリかな。

 僕の友人に振り当てられた以上、君も世界有数の魔術師(ウィザード)ってことだもんな」

「格の違いは歴然だけど、楽しく友人をやってたワケだし。

 一応、おめでとうと言っておくよ」

「それはどうも……」

 二人は本当の友達というわけではない。

 予選において一時的に記憶をなくされていた時に慎二と白野は友人であるという別の記憶を刷り込まれていたのだ。

 それは記憶を取り戻した今でも覚えていて、慎二は自然とその時の距離感で接していた。

「――そういえば、予選をギリギリに通過したんだって?

 どうせ、お情けで通してもらったんだろ?」

「確かに……本当なら、予選の最後で俺は死んでいたけど」

「いいよねぇ凡俗は、いろいろハンデつけてもらってさ。

 でも本戦からは実力勝負だから、勘違いしたままは良くないぜ」

「勘違いなんてしてないさ。俺の弱さは誰よりも知ってる」

「ふぅん。けど、ここの主催者もなかなか見所あるじゃないか。ほんと、1回戦から盛り上げてくれるよ」

「?」

「そうだろう? 嗚呼(ああ)! いかに仮初めの友情だったとはいえ、勝利のためには友をも手にかけなければならないとは!

 悲しいな、なんと過酷な運命なんだろうか。主人公の定番とはいえ、こればかりは僕も心苦しいよ」

 慎二は陶酔した顔で叫ぶと、いつものにやついた表情に戻って白野の肩を叩く。

「ま、正々堂々戦おうじゃないか。大丈夫、結構いい勝負になると思うぜ? 君だって選ばれたマスターなんだから」

「…………」

「それじゃあ、次に会う時は敵同士だ。僕らの友情に恥じないよう、いい戦いにしようじゃないか」

 慎二は笑いながら白野の側を離れる。

 

「ほんと、僕は運がいい。強いサーヴァントを引き当てるだけじゃなく、対戦相手にも恵まれてるんだからな」

 慎二はマイルームのドアを開ける。

「うわっ!? どうなってんだ!?」

 マイルームに入ると、殺風景だった教室は赤と金を基調とした絢爛豪華な王室に生まれ変わっていた。

「これでこそローマである」

 ロムルスは部屋の中心にある大きな玉座に鎮座している。

「凄い……けど、こんなチカチカした部屋じゃ落ち着けないよ! 元に戻せ!」

「ははは、案ずるな直に慣れる」

「いや、だから言うこと聞……今度はなんだ」

 慎二のポケットからまたしても電子音が鳴り響く。

 携帯端末を確認すると

第一暗号鍵(プライマリートリガー)を生成、第一層にて取得されたし』と書かれていた。

「たしか二つの暗号鍵(トリガー)がないと決戦に出れないんだよな。よしランサー、アリーナに行くぞ。この部屋のことは帰ってからにする」

 二人はアリーナに向かう。

 

「ははっ、思ったより簡単だったね。まぁ、僕にかかればこんなものかな」

 慎二とロムルスは第一暗号鍵(プライマリートリガー)を取得し、帰路についていた。

「あれ? ちょうどいいや」

 慎二たちの目の前に白野とサーヴァントの姿が見える。

「おいランサー、ちょっと遊んでやろうぜ」

「…………」

 ロムルスは白野のサーヴァントを見て、固まる。

「どうしたんだよ?」

「いや……シンジよ、あの者たちと話がしたいのだがよいか?」

「ははっ、いいぜ。お前もあいつのことからかいたいんだな」

 慎二とロムルスは白野たちに近づく。

「遅かったじゃないか、岸波。

 僕はもう暗号鍵(トリガー)をゲットしちゃったよ!

 あははっ、そんな顔するなよ。才能の差ってやつだからね。うん、気にしなくていいよ!」

「ふむ。奏者よ、あれが此度の対戦者か? 友人と言っておったが、友はもう少し選んだ方がよいぞ」

 白野のサーヴァント―――赤い舞踏服(ドレス)に身を包んだ少女剣士が口を開く。

「あ? なんだよそいつ口が悪いな。まぁ、弱い犬ほどよく吠えるっていうしね。岸波のサーヴァントとしてはぴったりだね」

「そなたの方がよく吠えていると思うのだが……奏者よこやつは道化かなにかか?」

「ちっ、ほんとむかつくな。

 まぁいい。ついでだ、どうせ勝てないだろうから、僕のサーヴァントを見せてあげるよ」

 ロムルスが前に出る。

「ほう、これは素晴らしい。英霊といっても海賊や盗賊といった華のない者もおったが、こやつは良いな。全身にほど よく散りばめられた黄金、そして赤い武具……全て余の好きな色だ。

 ……しかし、どこかで見たことがあるような」

「ははっ、僕のサーヴァント見てブルってんの? なぁ、ランサーも何か言ってや……」

 慎二の言葉を遮り、ロムルスはさらに前に出る。

「そなたローマであるな」

「!? いかにも余はローマに連なるものだが……」

「隠さずともよい。そなたからは皇帝気(ローマ)がにじみ出ているからな」

「お前、余計なこと言……」

慎二がロムルスを静止させようとしたが手遅れだった。

「我が名はロムルス! 愛しい子よ、そのその輝きを見せてくれ」

 ロムルスが樹槍を構える。

「ちょ、お前! なに真名ばらしてんだよ」

 予想外のことに慎二は声を荒げる。

「そ、そんな……神祖さまが相手なんて……」

 だか、慎二よりも驚く者がいた。

「セイバー、どうしたの?」

 セイバーの顔は真っ青に染まり、震えている。

 白野が名前を呼んでも耳に入らないようだ。

「む? これでは話にならんな。帰るぞシンジ」

「はぁ!? なに言ってるんだよ、ここは戦うとこだろ!? こっちの情報だけ渡して何もしないとか意味わかんないよ!」

 慎二は叫んで止めようとしたが、ロムルスは白野とセイバーの横をすり抜けて出口へ歩く。

「ま、待ってください。余の……私の名は……」

 セイバーは振り返ってロムルスに話しかける。

「よい。今のそなたから聴くべきローマの名などない」

「次に会うときまでにその瞳に『原初の火』が灯っていることを願う」

 そう言ってロムルスはアリーナをあとにする。

「ちょ、待てよ! 勝手なことばっかしやがって」

 

 

 つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。