「嘘よ、そんな、なんで? なんでよ!?」
暴走した馬から
しかし、悲しんでいる暇はない。
現状、彼がギリギリのところでローマに支配されないよう手をうっていた。しかし、その彼が亡くなったとなるとローマはどう出るか……。
今のローマに弱みを見せる訳にはいかない。
「なんとかしなきゃ……
そう、彼の代わりに
彼は
「ママ、大丈夫?」
昨日、帰還してからずっとブーディカの顔色は冴えない。
「ごめんね。本当は割り切らなくっちゃいけないのにね」
「あの赤いお姉さんと何かあったの?」
「……うん。とても、大事なものを……とられたんだ」
ありすには生前のことは話すまいと思っていたのだが、つい口を滑らす。
「わるもの?」
「……うん、そうだね」
戦争の虚しさ、悲しみを知り、戦いの折の激しさを失っている彼女にしてみれば、過去の因縁は水に流すべきだと頭では理解している。
しかし、心の奥底には僅かではあるが恩讐の炎が燻っていた。
それが、最後のところでネロを赦せない原因となっている。
「そうだ。わるものならね……」
ありすは何か思いついたように声を上げる。
「……首をちょん切っちゃえばいいんだよ」
悪意など微塵も感じさせず、ありすは提案する。
「えッ!?」
「『わるものは首をちょんぎっておしまい!』ってハートの女王さまは言ってたよ。
ママもむかし女王さまだったんだよね」
「なにを……」
「なら、いっぱいむちゃを言ってもいいんだよ」
「やめて」
これ以上聞いてはダメだと本能が訴えかける。
「だからママ……」
だが、ありすは止まらない。
「もっと自分の気持ちにしょうじきになっていいんだよ」
令呪が紅く輝き、その一画が消費される。
ありすは命令した訳でも、強制した訳でもない。ただ、
「何、これ!?」
胸が熱く鼓動する。焼けるように痛い。焦がれるように燃え上がる。
今まで燻っていた復讐の炎が心を埋め尽くす。
『いつまで自分を偽るの?』
頭の中から声が聴こえる。
『本当は憎んでる。恨んでる。殺してやりたいと思ってる』
「やめて……」
『夫を喪った苦痛を、国を蹂躙された苦悩を、愛娘を凌辱された悲嘆を
忘れたとは言わさない。敵は誰だ。怨敵の姿を思い浮かべなさい』
「やめてよ……」
頭の中から聴こえる声を必死に否定しようとするが――
「ママ、がまんしないで」
ありすが辛そうなブーディカに声をかける。
ありすはブーディカの想いは分からない。
ただ、
その一心でありすは願う。
「ママはママのまま、好きなように生きていいんだよ」
そしてもう一画、令呪が消費される。
ブーディカの身も心も黒く染まる。
『――さあ、復讐の時間だ』
つづく