new record   作:朱月望

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決戦まであと―――5日

「嘘よ、そんな、なんで? なんでよ!?」

 暴走した馬から(あたし)を護るため、旦那(プラスタグス)は身を庇って轢かれた。

 (あたし)は三日三晩、看病したのだがその甲斐も空しく亡くなった。

 しかし、悲しんでいる暇はない。 

 現状、彼がギリギリのところでローマに支配されないよう手をうっていた。しかし、その彼が亡くなったとなるとローマはどう出るか……。

 今のローマに弱みを見せる訳にはいかない。

「なんとかしなきゃ……(あたし)がなんとかしなきゃ……」

 そう、彼の代わりに(あたし)が王に――女王になれば、ならなければ。

 彼は(あたし)を護って死んだ。ならば今度は(あたし)の番だ。

 (あたし)は彼の愛したこの国を護る――

 

 

 

「ママ、大丈夫?」

 昨日、帰還してからずっとブーディカの顔色は冴えない。

「ごめんね。本当は割り切らなくっちゃいけないのにね」

「あの赤いお姉さんと何かあったの?」

「……うん。とても、大事なものを……とられたんだ」

 ありすには生前のことは話すまいと思っていたのだが、つい口を滑らす。

「わるもの?」

「……うん、そうだね」

 戦争の虚しさ、悲しみを知り、戦いの折の激しさを失っている彼女にしてみれば、過去の因縁は水に流すべきだと頭では理解している。

 しかし、心の奥底には僅かではあるが恩讐の炎が燻っていた。

 それが、最後のところでネロを赦せない原因となっている。

「そうだ。わるものならね……」

 ありすは何か思いついたように声を上げる。

「……首をちょん切っちゃえばいいんだよ」

 悪意など微塵も感じさせず、ありすは提案する。

「えッ!?」

「『わるものは首をちょんぎっておしまい!』ってハートの女王さまは言ってたよ。

 ママもむかし女王さまだったんだよね」

「なにを……」

「なら、いっぱいむちゃを言ってもいいんだよ」

「やめて」

 これ以上聞いてはダメだと本能が訴えかける。

「だからママ……」

 だが、ありすは止まらない。

「もっと自分の気持ちにしょうじきになっていいんだよ」

 令呪が紅く輝き、その一画が消費される。

 ありすは命令した訳でも、強制した訳でもない。ただ、母親(ブーディカ)を想う気持ちが令呪を励起させる。

「何、これ!?」

 胸が熱く鼓動する。焼けるように痛い。焦がれるように燃え上がる。

 今まで燻っていた復讐の炎が心を埋め尽くす。

『いつまで自分を偽るの?』

 頭の中から声が聴こえる。

『本当は憎んでる。恨んでる。殺してやりたいと思ってる』

「やめて……」

『夫を喪った苦痛を、国を蹂躙された苦悩を、愛娘を凌辱された悲嘆を

 忘れたとは言わさない。敵は誰だ。怨敵の姿を思い浮かべなさい』

「やめてよ……」

 頭の中から聴こえる声を必死に否定しようとするが――

「ママ、がまんしないで」

 ありすが辛そうなブーディカに声をかける。

 ありすはブーディカの想いは分からない。

 ただ、地上(いぜん)の自分は、ベッドに縛り付けられて好きなことが出来なかった。自分の思うように生きられない、ブーディカもそんな風になってほしくない。

 その一心でありすは願う。

「ママはママのまま、好きなように生きていいんだよ」

 そしてもう一画、令呪が消費される。

 ブーディカの身も心も黒く染まる。

『――さあ、復讐の時間だ』

 

 

 

 つづく

 


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