new record   作:朱月望

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決戦まであと―――6日

 丘の上で剣戟が鳴り響く。

「見事な剣技だ。さぞや名のある騎士とみえる。どこの国のものだ? 何故、我が領地に足を踏み入れた」

 青年が金色に輝く剣を構え直して訊ねる。

「いえ、私は誰にも仕えておりません。この地に訪れたのも修行のためです」

「そうか……ならば私の元に来ないか」

「なぜですか? この国の人間ではなく、まして領地も持たない旅人です」

「財や権威に興味はない。私は貴方の腕に惚れたのだ」

 青年は手を差し出す。

「だから、私のものになれ」

「は、はははッ」

 思わず笑みが漏れる。

「? そこまで可笑しなことを言ったか」

 青年はむすっとした顔で問いかける。

「いえ、私も同じ気持ちでしたもので嬉しくて」

 剣を交える時間はあまりにも短かったが、私は青年に心底惚れてしまった。

 この方と共に歩みたい、同じ景色を眺めたいと。運命と云うものがあるなら、今がその時だと。

「そうか。ならば、私の城に来てくれ。正式な手続きを行う」

 青年は部下と馬の方へ歩く。

「そうだ。改めて名を交わそう」

 青年は馬に乗ろうとした寸前、こちらに振り返る。

「我が名はアーサー・ペンドラゴン」

「私はランスロット。故郷では湖の騎士と呼ばれていました」

「これからよろしく頼む、ランスロット」

「はい。どこまでも貴方に仕えましょう。我が王」

 

 

 

 突然、携帯端末から電子音が鳴り響いた。

「夢……か」

「どうかされましたか?」

「いや……ふむ、どうやら次の対戦相手が決まったようだ。セイバー少しの間、留守を頼む」

 ダンは教室のようなマイルームから外に出て、2階掲示板へ向かう。

 掲示板の前に着くと、既に人影があった。

「……ふむ。君か、次の相手は」

 注視するとその人物は幼い雰囲気の少年だった。

「若いな……」

 電子ハッカー(ウィザード)は若い者が多いためダンにしてみれば皆子供に見えるのだが、若いとはそういう意味ではない。

「実戦の経験値も無いに等しい。相手の風貌に臆するその様が何よりの証だ」

「それにその目……」

 ダンは少年の目をじっと見据える。

「……迷っているな」

 少年は初めて人を殺した新兵と同じ目をしていた。

「案山子以前だ。そのような状態で戦場に赴くとは……」

 ダンは少年に背を向け、その場を立ち去る。

「……不幸なことだ」

 最後の言葉は誰に向けたものかダンにも分からなかった。

 

「二回戦の対戦相手を確認した」

 マイルームに戻るとダンはランスロットに話しかける。

「まだ若く、未熟なマスターだ。しかし、一回戦を勝ち抜いた以上、油断はできない」

「そうですか。では、前回と同じように全力で挑むとしましょう」

「…………」

「何かありましたか?」

 自身のサーヴァントの慢心を見せない態度に満足しているにも関わらず、ダンの表情は暗い。

「対戦相手の少年が戦う覚悟のない瞳をしていたものでな」

 ダンの脳裏には戦争に縁のない民間人の顔が浮かぶ。そして、あるの女性の悲しげな顔が浮かびそうになり、それを振り払う。

「いや、なんでもない……む?」

 マイルームに電子音が鳴り響く。

暗号鍵(トリガー)が生成された。アリーナへ向かおう」

「了解しました」

 

「深海のステージは同じだけど、地形も景色も一回戦のアリーナとは違うね」

 新たなアリーナに入り、白野が呟く。

「余はこのようなうす暗い所は好かん。早く賑やかで明るい舞台になってほしいものだ」

 ネロはうんざりとした口調でぼやく。

「して、奏者よ。あの老兵は先にアリーナに入ったと思うが、追いかけて敵の実力を……危ないッ!!」

 ネロは白野に向けられた魔弾を剣で弾く。

「狙撃されている。奏者よ、身を屈めよ」

 ネロは辺りを見回し、狙撃地点を特定する。

「あそこか。奏者よ、あの狙撃手を叩くぞ」

「一度逃げて、立て直すのは?」

「ダメだ。初手は運よく対処できたが次はどうなるか分からん。ならば、この好機を活かして敵を倒す」

「無論、リスクはあるがあの程度の弾では余は倒せんよ」

「分かった。行こう!」

 白野とネロは狙撃手に向かって走り出す。

「相手はアーチャーかな?」

「いや、アサシンやガンナーの可能性もある」

 ネロは魔弾を払いのけながら答える。

「(しかし、サーヴァントにしては威力が低すぎる。それに、なぜ居場所を特定されているのに移動しないのだ? 

 ……まさかッ!?)」

 広いエリアに差し掛かったところで、ネロは立ち止まり振り向く。

「これは罠だ! 奏者よ、帰還し……」

「よい判断です。しかし、気付くのが少し遅い」

 ネロの死角から斬撃が奔る。

「くぅ」

 ネロは間一髪、それを防ぐ。

「見かけによらず、強いのですね。美しいお嬢さん(レディ)

 襲撃者は漆黒の剣と紫紺の鎧を身に纏った、騎士風の男だった。

「狙撃に不意打ち……騎士然とした見た目のわりには随分卑怯な手を使うのだな」

「弓を用いる者が剣の射程外から攻撃するのは卑怯ではありませんし、不意を突かれたのは貴方たちが油断したためでしょう」

 男は剣を構え直す。

「それでは仕切りなおして死合いましょうか……二対二で」

 男の突撃と共に、銃弾が白野の頬を掠める。

「くっ」

「奏者!」

「貴女の相手は私ですよ」

 ネロと男が剣を交える間、銃弾は一定間隔で白野に襲い掛かる。

 白野はそれに対抗する術も見当たらず、回避することに専念する。

「貴女とマスター、どちらが先に決着がつきますかね」

 男は挑発するように言う。

「させぬ!」

 ネロは白野を護るため、早くけりをつけようと剣に力を入れる。

「隙ができましたね」

 大振りとなったネロの手薄になった体を狙い澄ます。

「セイバー!」

 それに気付いた白野が銃弾をものともせず、ネロに駆け寄る。

「『release_mgi』!」

 銃弾が頭上を掠めたが、気にせずに礼装・空気撃ち/一の太刀を使い、ネロに対し擬似的な魔力放出を付与した。

「はあッ!」

「むう」

 魔力放出により加速した斬撃は男の剣より速く、その鎧に一太刀を与える。

 と、そこでSE.RA.PHより戦闘が中断される。

「今の一撃は効きました。貴方たちを過小評価していた……油断したのは私の方だったようですね」

 損傷した部位に手を当てながら、ネロと距離をとる。

「では、私たちはこれで」

 そして騎士は強制退去(ログアウト)する。

「セイバー、大丈夫か?」

 白野はセイバーに駆け寄る。

「…………」

 セイバーは黙ったまま俯いている。

「ど、どこか怪我でも……」

「馬鹿もん!! そなたは自分自身を守らんか!」

 銃撃の中、助けに来たことを怒っていた。

「撃たれなかったから、良いもののそなたが死んでしまったら、余は、余は……」

 ネロは涙を目に溜め、訴えかける。

「……ごめん」

「分かったならよい」

 ネロはそのまま先に進む。

「……だが、助けてくれたのは嬉しかった。ありがとう」

 ネロは呟くように言う。背を向けていた所為で表情は見えなかったが、頭に浮かぶ。

「ふふふ」

「何をしておる、早く行くぞ」

「はいはい」

 確かに白野の行動はマスターとして軽率な行動だったが、ネロを守れたことに後悔はない。

 彼女の笑顔を守り通せるなら、また無茶をしてもいいと白野は思った。

 

「只今、戻りました」

 アリーナから帰還したランスロットがマイルームに入る。

「……彼らの評価を聞きたい」

「セイバーの実力は相当なものと感じました。マスターの危機に動揺しなければ付け入る隙はなかったでしょう」

「……ふむ。では次は本気で挑むとしようか。そのような(がんぐ)ではなく、聖剣で」

 ランスロットが持っていた漆黒の剣が音もなく砕ける。それもそうだろう、その剣は彼の宝具でなく魔術礼装の剣を彼の能力で作り変えた擬似宝具なのだから、彼の技量に着いて行かずにに壊れるのは無理もない。

「いえ、それには及ばない。時間の限られた戦いでは取り逃がす可能性がある。その上で真名を晒すことは敗北に繋がりかねない」

「分かった。では、先程の(もの)より強力な礼装を手配しよう」

 ダンはそれを最後に話を切ろうとする。

「ダン、貴方の評価がまだですよ」

「む? そうだな。聞いたわしが喋らないのはフェアではないな」

 ダンはもう一度、席に座る。

「……あのマスターはもっと臆病だと思っていた。自分の身が大事で、不測の事態に陥ると逃げ出してしまうような者だと」

「だから私は最後に彼が駆け出した時、逃げ出したと思い出口に狙いを定めていた。しかし、彼は窮地に陥ったセイバーを助けるために動いていた」

「わしは誤っていた。彼はまだ未熟で力もないが、困難に立ち向かう勇気と大切なものを守ろうとする意志があったのだ」

「……羨ましいかぎりだ」

 最後は自分に言いかけるような小さな呟きだった。

「すまない。もっと具体的なことを話せばよかったな」

「いえ、ダンの言葉で彼も注意すべき存在と認識しました。現に少年(かれ)には一太刀いただきましたし」

 白野のかけたコードキャストを思い出し、破顔する。

「そうだな。では後日、具体的に彼らの対策を考えよう。強敵として」

 ダンはどこか満足げな表情で言った。

 

 つづく


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