new record   作:朱月望

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決戦開幕

「…………」

「…………」

「ふふ。なに見とるん、小僧?

 ま、うちはいくら見られてもかまへんけどな?」

「……見てねぇ。

 てめぇがオレの前にいるだけだ」

「ふふ。いけずなおひとやわぁ」

 酒吞はいつものような軽口で話す。

「さ、はじめよか。

 もう何度目になるかもわからんけども。

 でも、うちは無粋に争うんは好かんねん。落とすなら力ずくより色じかけや。

 まぁ、あんたはんには通じひんからこの始末やけどな……ああ、いややいやや。首落とさへんと骨抜きにできんなんて、うち自信なくすわぁ」

 酒呑は肩をすくめる。

「……でもしゃあないなあ。だって――戦い(こっち)の方が、小僧に好かれる作法なんやろ?」

「――おう。それがいい。それでいい。

 鬼は邪悪なモンと決まってる。それがテメェとオレの関係だぜ、酒吞」

「よう言うわ。うちの前に一匹、情けをかけて逃がした鬼がおるやろうに。

 ほんま腹立つわ。骨を抜くだけじゃ飽き足らん。骨抜きにした後はうちの金棒でいたぶったるわ。

 それで、これまでの因縁は帳消しやね」

 酒吞との最後の戦いが始まった。

 

「くっ!」

 結局、決着はつかなかった。いつものように五分の戦いをして、オレは地面に膝をついた。

「金時にしては珍しいもん持ってる思たら……」

「!!?」

 酒吞の手には、『神便鬼毒酒』の入った徳利が握られていた。

「察するところ、あんたはんの大将が持たせたゆうところかねぇ」

「…………」

「そないな顔せんといてや。大丈夫やから」

「?」

「短い間やったけど、あんたはんと一緒に居れて楽しおました」

「何を……」

「ほなまたな、金時」

「やめろッ!」

 酒吞は徳利を呑み干した。何が入っているか知っていたにも関わらず。

 そして、酒吞は倒れる。

「やはり教育が必要ですね」

 それを見計らってか、頼光の大将が姿を現す。

「ですが、最後のチャンスを与えましょう

 ……その虫けらの首を刎ね、滅しなさい」

「…………」

「出来ないのですか?」

「いや……やるよ」

 酒吞の頭に近づき、顔が見えない位置に立つ。

「すまねぇ」

 そしてマサカリを振り下ろし、酒吞の首を刎ねた。

「そない悲しそうな顔せなや」

 そう声が聞こえ頭を上げると、首だけになった酒吞が頼光に飛びかかる。

「ッ!? この虫!」

 頼光が刀を構えようとするが、少し遅い。酒吞の牙が頼光の首元に食らいつく。

「なにッ!?」

 しかし、牙は届かなかった。

「我が兜は薄汚い羽虫の攻撃など届きません」

 神より授かった兜により、無傷で済んだようだ。

「しもたなぁ。折角、小僧を縛る女を始末できるおもたのに」

 頼光が刀を抜く。

「ごめんなぁ。もう遊んでやれんで。

 うちはもう相手できんけど、金時、あんたは楽しみや……短い人生を」

 そして、酒吞に振り下ろされる。

「ほな、お先に」

 その呟きを最後に酒吞は両断される。

「バカ野郎。なんだよ、お先にって。勝手に先に逝きやがって」

 最期の瞬間まで笑いやがって――

 最期まで自分の人生、楽しみやがって―― 

 お前の言うことなんざ聞きたかねぇが――

 楽しんでやるよ。今という限りある人生(じかん)を――

 

 

 

「ん……」

「起きたかい? そんじゃ、行こうぜ!」

「そうだな。今日もゴールデンに決めてくれ」

「…………」

 金時はポカンとした顔で慎二を見る。

「へっ、シンジも分かってきたじゃねぇか!

 よっしゃ、望み通り見せてやるぜ。ガチのゴールデンをよ!」

 

「よう、フォックス! 久しぶりだな。少しは(リキ)つけてきたみてぇじゃねぁか」

「それはもちろん。ご主人様にた~くさん愛を注いでいただきましたから」

「へっ、それじゃあ、ちっとは楽しめそうだな」

「酒吞ちゃんともこうして戦い(愛し)合ったんですか?」

「……てめー、酒吞の知り合いか?」

「知り合いもなにもメル友ですとも。なんならこの場に喚びましょうか」

「いらねぇよ」

「そんなに邪険にしなくても、酒吞さんは貴方のこと嫌ってません。むしろ逢いたがっていますけどね

 ……まぁ、目の前でイチャイチャされるのも面白くないので喚びませんけど」

「…………」

 玉藻と金時の会話がそこで途切れる。

「なんだ、逃げずにちゃんと来たんだ」

 白野に対し、慎二はいつものように憎まれ口を叩く。

「ああ、俺にはまだ戦う理由とかよく分からないけど、何も分からないまま全てが終わるのだけは嫌だから」

 それに対し、白野は慎二の目を真っ直ぐ見て、言葉を返す。

「……後悔しても遅いからな」

 以前なら戦う理由が無いという白野を見下しただろうが、その言葉から溢れる意志のようなものを慎二は認めていた。

「大丈夫。そうならないために努力はしたから」

 そして二人の言葉を最後に決戦は開幕した。

 

「オラァッ! オラオラッ! なんだよ、逃げの一手か? 成長したのは逃げ足だけか? オラァッ!」

 決戦が始まって、玉藻は攻撃もせずに金時の攻撃を数回躱していた。

「ふーんだ。貴方みたいな脳筋あいてには一生理解出来ないでしょうね……ご主人様!」

「ああ、もう大丈夫。あとは任せて!」

「キャーご主人様カッコ良い! これが初めての共同作業ですね!」

「なに言ってやがる。もう逃がさねぇぞ!」

 金時は玉藻に接近し、逃れられない距離で鉞を大きく振るう。

「『BREAK』!」

 白野が叫ぶ。

「よしキタ。『炎天』よ奔れ」

 炎の柱が現れ、金時の鉞を持つ右腕を焼く。

「なっ!?」

「そこです!」

 そして金時の動きが鈍ったのを見逃さず、玉藻は鏡をボディに当てる。

「なめてんじゃ、ねぇ!」

 金時は鉞を小振りにしてラッシュをかける。

「『ATTACK』!」

「『氷天』よ砕け」

 金時の足元から氷の柱がせり上がり、ダメージと共に動きを止める。

「行きますよー」

 玉藻が接近する。

「ちっ」

 金時はその攻撃を防ぐため、その後カウンターを放つため、身を守る。

「『GUARD』!」

「『密天』よ集え」

 金時の防御を貫くように、大気の渦を巻き襲い掛かる。

「くっ、なるほどな。それがてめぇらの作戦か」

 金時の攻撃を連続して防ぐことは不可能。回避も短時間しか行えない。

 ならば、攻撃が始まる前に攻撃し、その行動自体を崩してしまえばいい。自分が相手の手を読み、それを玉藻に伝える……そう白野は考えた。

「なら、初めの『逃げ』はオレの行動パターンを読むためってとこか」

「ふふん。いかがですか、ご主人様の作戦は。貴方のような脳筋に、その思惑を打破できますか」

 スタン状態の金時に、玉藻は鏡で追撃をかける。

「ちょっと黙ってろよ、お前。『shock』!」

「うきゅっ!?」

 玉藻は横から攻撃を受ける。威力自体大したことはなかったものの、麻痺攻撃のためスタン状態に陥った。

「ゴールデンだぜ!」

 その隙を見逃さず、金時は横薙ぎに鉞を振るう。

「いったーい」

 吹き飛ばされた玉藻がそんな声を上げる。

「お前らさ、僕のこと忘れてない? 超ハラ立つんですけど」

 玉藻にコードキャストを仕掛けた張本人――間桐慎二が腕を組みながら、前に出る。

「たしかに金時(こいつ)じゃ、攻撃の読み合いはムリかもしれないけどさ……

 ゲームチャンプである僕が指示したら、岸波(お前)なんかの平凡な頭で予測できるわけないだろ。

 だから金時、後は僕に任せてくれ」

「へっ、いいぜ。ゴールデンな指示を頼むぜ」

「ああ、任せろ。ゴールデンに決めてやる」

 サーヴァント同士の戦いが、白野と慎二の指示の元、第二ラウンドとして開始された。

 

「キャスター『BREAK』!」

「はいやっ!」

「ゴールデン『ATTACK』!」

「無駄ぁ!」

 白野の予想をまたしても外し、戦局は慎二が優勢になっている。

「ご主人様、このままでは……」

「……分かった。『あれ』を使おう」

 白野が左腕を出す。

「令呪を以って命ずる。キャスター、宝具を開放するんだ。足りない分は僕から持って行け!」

「はい! 頂きますとも、ご主人様の愛!」 

 令呪一画の消費と共に、白野の身体からより濃厚な魔力が玉藻に流れる。

「お? ヤツら切り札出すみてぇだな」

「『宝具』か」

 『魔術師はね、足りないものは余所から持ってくるの』という遠坂の言葉を、慎二は思い出す。

 金時と慎二は様子を見る。本来、相手の宝具を黙って見ているなんて自殺行為だが、彼らはこの先に面白い展開が待ち受けていると信じて疑わず、ただ見守っている。

「出雲に神在り。

 審美確かに、魂たまに息吹を、山河水天(さんがすいてん)天照(あまてらす)

 是自在にして禊ぎの証、名を玉藻鎮石(たまものしずいし)神宝宇迦之鏡也(しんぽううかのかがみなり)

 ……なんちゃって」

 玉藻が宝具の真名開放の言霊を紡ぐ……最後に冗談のような言葉が聞こえたが。

 そして辺りは一変する。

「ゴールデン」

 玉藻の放った呪符が鏡に呼応し輝きだし、辺りを紫紺に染め上げる。そして、どこからか鳥居が現れ、それが無数に立ち並ぶ。

「さて、これからはずっと私たちのターンです」

 いつのまにか、辺りが呪符で埋め尽くされる。

 玉藻の宝具――水天日光天照八野鎮石により、常世の理を遮断する結界を展開され呪力行使に制限がなくなった。

「さあ、この呪術の中で何秒持ちますかね」

 玉藻が攻撃系の呪符を金時に向ける。

「へっ、楽しくなってきたじゃねぇか!」

 この苦境でなお、金時は笑みを絶やすどころか、ますます笑顔になる。

「『黄金衝撃(ゴールデンスパーーク)』!!」

 向かってくる呪術を打ち払う。打ち払い続ける。

 無尽蔵とも思える呪符をことごとく無効化する。

 しかし、金時の雷撃は無限ではない。鉞に充填されたカートリッジを消費して威力を高めているのだから。

「ッ!」

 金時の様子を見て、慎二が思わず右腕を出す。

 いま有効なコードキャストはない。ならば自分も令呪を使えばと思ったのだ。

「(でも、何に使えば……魔力の回復? 身体能力の強化?)」

 遂に鉞のカートリッジが尽きる。

「いや、そうじゃないだろ!

 令呪を以って命ずる……」

 慎二の右手の令呪が紅く輝く。

「我がサーヴァント、金時よ……よりゴールデンに!!」

「!!?」

 本来、このような抽象的ともいえない理解不能の言葉に令呪が力を発揮するわけがない。

 しかし――

「オーケー、シンジ。ゴールデン漲ってきたぜ!」

 肉体のダメージは修復され、カートリッジは再充填、さらに今まで以上の神気(オーラ)を見に纏っている。

「そんじゃあまぁ、ここからはフルスロットルだ!」

 鉞を握る両腕が赤く、紅く染まる。

「全力で行くぜ、フォックス!!」 

 金時は鉞――黄金喰い(ゴールデンイーター)のカートリッジに装填されている全ての雷撃を開放し、玉藻に向かって駆け出す。

「奔れ――砕け――集え――」

 玉藻は駆ける金時の左右、後方にそれぞれ炎天、氷天、密天を束ねたものを放つ。

 単純に攻撃の意味合いも持つが、逃げ場を無くすために放ったものだ。

「いざや散れ、常世咲き裂く怨天の花……『常世咲き裂く大殺界(ヒガンバナセッショウセキ)』!」

 そして、金時の前方に玉藻の所有する最大の呪法を放つ。

「喰らい尽くせ、黄金喰い(ゴールデンイーター)!!」

 『常世咲き裂く大殺界(ヒガンバナセッショウセキ)』を打ち払い、身を翻して三方から押し寄せる炎天、氷天、密天も薙ぎ払う。

 さすがに全弾は撃ち落とせず、何発か呪法を受けたがものともせずに駆け寄る。

「なんですと!?」

 そして、玉藻の方を向き直し、黄金喰い(ゴールデンイーター)を大きく振りかぶる。

「触れないでくださいます?」

 しかし、冷静を取り戻した玉藻が『呪層・黒天洞』を八枚展開する。

「ウラァーーーッ!」

「!!?」

 二枚あれば並の宝具すら防げる黒い盾を、金時はガラスを割るように砕く。

「ラァーーーーーーッ!!」

 三枚、四枚、勢いはまだ止まらない。

「ァーーーーーーーーーッ!!!」

 五枚、六枚、雷撃は既に尽きている。

「ーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

 七枚、八枚、最後は手を血で滲ませて振るい、全てを破壊した。

「はぁーっ!!」

 そして、もう一度振り上げる。

「しま……」

 展開していた呪符は切れ、新たに呪法を発動させるには遅すぎる。

「っしゃー!」

 さらに玉藻の宝具発動時間までもが終了する。

 そして、金時は――

「えっ!?」

 玉藻は頓狂な声を上げた。

 なぜなら、金時は両腕を伸ばしながら、後ろに倒れたのだ。

「負けだ負け。もう指一本、動きゃしねぇ」

 仰向けに倒れたまま言う。

「ったく、なんだよその様は」

 慎二が金時に歩み寄る。

「すまねぇな、シンジ。無理だったわ」

「たく、カッコつけといてこれじゃあな。でも……」

「ああ、楽しかった」

 金時と慎二はお互いの顔を見合わせ笑う。

「でも、お前に負けるのはすげー悔しいな」

 慎二は白野を見る。

「慎二、令呪(それ)を使えば勝てたんじゃ」

「あ? お前に二回しか使えない最後の令呪を使えって? それは無駄遣いもいいとこだよ。

 頭が良いヤツはこう使うんだよ」

 慎二の令呪が輝く。

 慎二の令呪が二画消え、白野の令呪は三画に戻る。一つは令呪を移植する行為に消費され、最後の一つが白野に譲渡された。

「え、これは……なんで?」

 白野が訊ねる。

「お前はさ、まぐれで僕に勝ったんだ。でも、次からはそうはいかない。それなのに大事な令呪が一個なくなってちゃさ、勝ち抜けるワケないだろ。だから、僕が助けてやろうってワケ」

慎二はいつものような憎まれ口で言う。

「だから、お前が優勝したらさ。みんなに言ってよ、僕に助けられたから勝ったんだって」

「慎二……」

「じゃないとさ、ここで死ぬに死ねないからさ」

慎二は涙を流して訴えかける。

「分かった。俺は慎二のことを忘れない」

「よかった」

そして二人の間に勝者と敗者を分ける壁が立ちはだかる。

 敗者は令呪を全て失った慎二。

「ゴールデンだったぜ、シンジ」

「ふん。どっかのゴールデン馬鹿に当てられただけだよ」

 慎二は金時にそっぽむく。

「この一週間、楽しかったな……」

 金時と居た時間を思い出す。

「でも、死にたくないな……」

 慎二は再び涙を流す。

「ああ? 誰がお前を死なすって?」

「えっ!?」

 既に力尽きたはずの金時が立ち上がり、黄金喰い(ゴールデンイーター)を構える。

 黄金喰い(ゴールデンイーター)には雷電を纏っている。

「お前、全弾つかったんじゃ」

「なんかポッケに一個だけ入ってたもんでな」

 悪戯が成功した子供のように金時は笑う。

「まぁ、残ってたもんはしょうがねぇ。ここで使っちまう、か、よ!」

 黄金喰い(ゴールデンイーター)を振るい、雷撃がSE.RA.PHの生み出した空間を破壊する。

「おら、行け。シンジ」

 できた穴に向かって慎二の背中を押す。

「金時!」

「さっさと行け! ここはオレが食い止めるから」

 金時は背中を向けたまま慎二に言う。金時のいる空間では異常を察知したSE.RA.PHがなにかをしているようだ。

「でも……」

「ガキを守んのは当然のことだ。」

「金時……」

「シンジ、てめーは生きろ。この一週間みたいな楽しい人生(ひび)をな」

 金時は首だけ振り向き、サムズアップする。

「んじゃ、お先」

 金時は背を向き駆け出す。

 そして、慎二の意識は遠のく――

 最期の金時の姿は子供を守る英雄のそれであり――

 また、夢を叶えた子供の様であった――

 




 エピローグ



「金時ッ!?」
 目を開けると慎二は霊子ダイブ用のポットにいた。
「帰ってきたのか?」
 身体中を触って異常がないか確める。
「地球に戻ってきたんだな」
 アバターではなく、元の8歳の姿に戻っていることを確認し安堵する。
「生存者は……今のとこ僕だけみたいだな」
 ネットで月の聖杯戦争に参加して脱落した者たちの末路を知る。
「ったく、なんだよ。お先って、勝手に先逝きやが……」
 どこかで見た光景が重なる。
「あいつもこんな気持ちだったんだな……僕にもできるかな……」
 金時の笑顔を思い出して呟く。
「楽しい人生か……」
 慎二は西欧財閥の同い年の子供たちを思い浮かべる。
 そして遠坂凛の言葉を思い出す。子供たちにの笑顔が消えていると。
「なら、変えなくっちゃいけないな」
 その結果が、自らが所属する西欧財閥を敵に回しても。
「パパもママも怒るだろうな」
 自分に構ってくれたことのない、血の繋がらない小心者の両親を思い浮かべ、薄く笑う。
「まずやることは……」
 これから行う独りぼっちの革命にすべきことを思い浮かべる。
「バイクに乗れるようになることかな……」
 冗談めかしたような本気の言葉を呟き、立ち上がる。
 そして少年は踏み出す――
 子供の笑顔を取り戻すという英雄が歩んだ道を――
 黄金の朝日を背に――



 おわり


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