英雄伝説 魂の軌跡   作:天狼レイン

9 / 9

 皆さま、久しぶりです。
 ええ、ホントどれくらい開けてたんだコンチクショウ(自虐)
 閃の軌跡IIIおよびIVにて、アルティナの尊さ可愛さで熱を取り戻して戻って参りました。つってもあれですよ。ぶっちゃけた話をすりゃあ、リィンアル、或いはアルリィンが尊すぎて作品作り直した方がいいんじゃねぇの?と言われても仕方ねぇんですよね。真面目な話。
 まぁ、それを多少覚悟した上で再開します。
 気軽な感じで書いているので、皆さんも気軽に感想とかどうぞ。




特別実習、始動

 

 

 

 

 4月24日、〝特別実習〟当日。

 その日はいつも通りに訪れた。

 

 

「ソラさん、起きてください」

 

「……んー? どうしたアルティナ……まだ登校には早いだろ……?」

 

 第三学生寮の二階。ソラの部屋では日課の如く、いつもの攻防が行われていた。当事者は勿論、ソラとアルティナの二人であり、いつも起こしに来て貰っているソラのことだから起きられる訳がないだろうと踏んだアルティナがいつもより早く起こしに来ていた。

 そして、予想通りの展開が繰り広げられていた。

 

「昨日あれだけ注意したはずですが、もう忘れたのですか? 今日は学院ではなく、実習地での活動です。なので早起きするのは当たり前———」

 

「……あー、そうだっけ? まぁ、でもケルディックだろ? ンなもん走れば行ける距離じゃねぇかメンドクセェ……」

 

「馬鹿ですか。走って向かう方が面倒に決まってます。これは貴方が早く起きるだけで済む話ですよ」

 

「ンなこと言われてもなぁ……眠いモンは眠いんだよ。そもそも寝るのが遅くなったのは、お前にやらされた小テストの復習のせいだろうが」

 

 シーツを被りながら、ひたすら言い訳を続けるソラは、あろうことかアルティナに責任転嫁して言い逃れようとする。呆れ半分怒り半分といった複雑な表情———はたから見れば、殆どいつもと変わらない無表情だが、アルティナは即座に『ARUCS』を用意し、風属性アーツの『エアストライク』詠唱準備に入る。

 

「小テストの復習をする羽目になったのはソラさんのせいです。そもそもあんな点数さえ取らなければしませんでしたし。何をどう間違えたら、二割を切るんですか。普通はあんな点数取りませんよ」

 

「え、いやあれ普通じゃねぇの? お前やリィンとか、その他諸々アイツらが可笑しいだけだと思ってたんだが……」

 

「可笑しいのは貴方の方ですよ馬鹿ですか」

 

「お前ホント俺にだけはドストレートだよなチクショウ! マジで沈めてやろうかゴルァッ!」

 

「もう起きているじゃないですか。それなら今すぐ着替えてください」

 

「だが断る!「『エアストライク』」すみませんでした許してください」

 

 ベッドの上で手慣れた土下座を披露するソラ。流石に朝一番から『エアストライク』をぶつけられて目覚める朝を繰り返したくないが故だろう。そこに付け入るようにアルティナはソラが手放していたシーツを奪い取り、部屋の隅に投げる。一瞬で没収された後、シーツ無しに二度寝をするのもできるが、そうなると今度こそ『エアストライク』を容赦なくぶつけるだろう。溜息を吐きながら、仕方なくソラはベッドから離れ、クローゼットの中にしまってある紅い制服を取り出す。

 

「……えーっとアルティナさん? 俺今から着替えるんだけど……」

 

「気にしないでください」

 

「いや気にするだろッ!? いくら相棒でもンなモン学院ではただのクラスメイトだぞ!? また連れ込んでるとか前回の騒動でも後でクソ面倒極まりやがったのに、また繰り返す気か馬鹿野郎! マジでストレスマッハだったぞゴルァッ!」

 

「そう言って過去にソラさんが着替えるフリして脱走したことは忘れてませんよ。そのせいで何もかもが遅れた案件をここでも繰り返すつもりはありません。……まさかとは思いますが、忘れたなんて言いませんよね?」

 

「………………」

 

 ああ、もう詰んだわとソラは半ば賢者のように悟ると、大人しくアルティナの監視下で寝巻から学生服へと着替えることにする。一人の男としてかなり情けない姿であったが、積み上げた前科が物語っている。一つだけ叶うのならば、過去の自分を一発殴ってやりたいと心の底から思いながら———。

 後に、これも何故か学院内で広まり、ソラの精神がゴリゴリと削られ、またもや平穏から遠ざかることになるのだが、それはまた何処かで。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソッ………何とか間に合ったのに代償が重すぎんだろ。いやもうマジで学院行きたくねぇわチクショウ。またバレスタインのせいで広まってそうで平穏見つからねぇんだけど……」

 

「サラ教官に関しては私もお話ししたいことが多いので構いませんが、元はと言えば、貴方が誰から見ても問題しか起こさない人だからというのもあります。ソラさんさえ厄介事を起こさないなら私も監視することもありませんが」

 

「それ俺に死ねって言ってるモンだぞ死合うなら受けて立つが」

 

「解釈が色々とおかしくないか?」

 

「それぐらい直せると思うんだけど……」

 

「右に同じだ」

 

「あはは……」

 

「いやマジで助けてA班一同。俺のプライバシーが息してねぇんだが」

 

 16歳の少年にとって、黒歴史になる一件をさらに一つ積み重ねた後、アルティナに連れられトリスタ駅へと着いたソラは、駆け込み乗車よろしくと言った具合に何とか乗車し、彼らと合流に成功した。あまりにギリギリだった為に笑い事で済まなくなる手前であったが、すでに何かしらの代償を受けた様子を見て誰も責めようとはしなかった。

 しかし、その反面、A班一同から助け舟が出されることなく、乗車早速日課の如くアルティナに言い負かされる。すでに誰しもが見慣れた光景となりつつあるこれは、内情を知らない周囲から見ても仲の良い光景に見えると思う。事実、確かに仲は良好だと言えるだろう。尤も、常に尻に敷かれている状況であることには変わりないが。

 

「ん? そういや、お前ら仲直りしたのか。いやまぁ、長期間に渡ってそのままってのは考えられなかったが、存外時間かかったな。三週間も落ち込んでるリィンの姿は見物(みもの)だったわメシウマ」

 

「どういう意味かは知らないが、傷を抉りながら煽られてることは分かったから一発殴っていいか?」

 

「メシウマですか分かりました。では今度はリィンさんがメシウマと思えるよう、ソラさんがそういう目に遭いまs「いやホントごめんなさい許してくださいマジでこれ以上はやめてください」チョロいですね「ンだとゴルァッ!」乗車されている皆さんに迷惑なので静かにしてもらえますか」

 

 いつも通りの毒舌を吐き、すぐさま怒るソラを鎮圧すると、アルティナはケルディックに着くまでの時間に何をしようかと数秒考えた後、とあるルートから事前に買っておいた『クロスベルタイムズ』を読み始めた。

 

「………………」

 

「読んでるところ悪いんだが、それって……」

 

「ええ、『クロスベルタイムズ』です。向こうの情勢や出来事は知っておきたいので」

 

「そう……なのか? ちなみに何が載っていたんだ?」

 

「自治州創立記念祭に関することが多数と言ったところです。他は治安、経済など、その辺りでしょうか」

 

 一枚ずつ内容をしっかりと確認するように読み進めていくアルティナ。本人は普通に読んでいるつもりなのだろうが、大きな一面に対して読み進める速度が速い。隣で読み進めている者がいたとしても、半分読み終えるまでに次に進んでいる程だ。尤も、隣に座っているソラは鎮圧された影響で放心状態ではあるが。

 

(クロスベルでは何かが動いているとは思いましたが、少しずつ動きが見えてきましたね。先月のマクダエル市長暗殺未遂ではより顕著に動きがありましたし、近々向こうでも何かあると考えても———)

 

「ねえ、アルティナ」

 

「どうかしましたか、アリサさん」

 

「貴女、さっきもそうだけど、何か考え事でもあるの? 例えば、クロスベルに知り合いがいるとか……」

 

「いえ、特に考え事という訳ではありません。知り合いが向こうにいますが、気にしなくて大丈夫でしょう」

 

「貴女がそう言うなら大丈夫そうね……」

 

「〝アレ〟を見せられた後だからね……」

 

「砂煙で何があったか見えていなかったのが惜しいほどだな」

 

 アリサ、エリオット、ラウラがそれぞれ先日の〝実技テスト〟の光景を思い返す。結局サラが言っていた〝戦術リンク〟の真髄とやらはハッキリしなかったが、砂煙の中で僅かに見えたマズルフラッシュ。あの時点で勝負がついていた可能性が高いと考えれば、彼女の実力は彼らには想像し得ない所にあるのかもしれない。当然、彼の実力も———

 

「いつまで放心しているつもりですか」

 

(いだ)ッ!? アルティナ、テメェ何しやがる! 鳩尾入ったろうが馬鹿野郎!」

 

「ケルディックに着くまで放心してしまいそうだから起こしただけですよ。それとも放っておいた方が良かったですか? 以前、予想を超えて放心し続けて終点駅まで運ばれたことは忘れてませんよ」

 

「あー、いや、うん。まぁそこは助かった。他に起こし方あるとは思うがな」

 

 恐らくアルティナに匹敵すると思うのだが、こうも情けない姿を見せられていると本当にそうなのか分からなくなる。とはいえ、刃物を中々通さなかった〝戦術殻〟のボディに小さな刃物であるダガーを深々と突き立てた技量は間違いなく実力から来るものだ。時折見せる超常的な光景もその実力の一つと考えていいだろう。

 しかし当然、気になることは多い。訊ねることはできるだろうが、はぐらかされる可能性が高いのも事実。リィンを筆頭に二人に関する疑問が浮かび上がる中、ソラは欠伸を噛み殺しながらアルティナに訊ねた。

 

「そういや、アルティナ。ケルディックって何処の管轄地域だ?」

 

「クロイツェン領邦軍なので、『翡翠の公都』バリアハート領主 ヘルムート・アルバレア公爵かと」

 

「あーあのジジイか。ぜってぇ何かあるだろメンドクセェ」

 

「ソラさん自重してください。今は学生だと言うことを忘れないで貰えますか」

 

「学生……なぁ…………。はぁ……メンドクセェ」

 

(………………え?)

 

 二人を除くリィン達の顔が拍子抜けたものへと変わり、何回か先程の会話を脳内で繰り返しながら納得させようと努力する。何度も何度も、実は聞き間違えではないのかと考えてしっかりと。

 しかし、残念かな。今聞こえた言葉がどうやら聞き間違いではないと知ると、驚愕の色を見せる。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ! ソラ、今……!?」

 

「ん? なんか可笑しいこと言ったか?」

 

「あ、貴方、さっき《四大名門》の一人を……」

 

「ジジイって……」

 

「そなた、流石に不敬だろう」

 

「やはり気がつきましたか。ソラさん、向こうではその発言は控えてもらいます」

 

「誰が誰をどう呼ぼうが勝手だr「分 か り ま し た か ?」ハイ、ワカリマシタゴメンナサイユルシテクダサイ」

 

 曲がりなりにも《四大名門》の大貴族を侮辱する発言には、一同が僅かでも過剰反応するに至ったが、この状況に慣れているのだろうアルティナが一喝することでソラは反省の様子を見せる。すでに問題児という面が見え始めている彼がこうも大人しく努めようとしているのは、もしかすると彼女が目を光らせているのではないかとリィン達の思考が巡る。

 一方、もはや恒例なのだろうか、アルティナは小さく溜息を吐きながら『クロスベルタイムズ』を読み進めていく。まるで注意した分の時間を取り戻すかのように一枚二枚を次々と読み進めていく。それから数分も経たずに読み終えた。速読力もかなり長けている様子が拝見できたところから、二人の前歴がいったい何なのかと彼らは疑問を浮かばせるが、当人はそれ以降『クロスベルタイムズ』を軽く折り畳んで仕舞うと、何か考え始めていた。

 

 そんな彼女とは違い、毎度のように叱られたソラは若干不貞腐れ気味で外を眺めるが、自分自身柄にもないことをしていると分かった途端、暫くボーッとしてから腕を組んで目を閉じる。反応らしい反応が無くなったと思っているとスヤスヤと寝息を立てて眠りこけていた。

 

『寝るの早っ!?』

 

 リィン達が声を上げて驚くと、その声が大きかったのかソラは不機嫌そうに唸り声にも似た寝言を立てる。それに気がつき静かにすると、またスヤスヤと寝息を立てた。

 

「なんだか俺達、二人に振り回されてないか……?」

 

「そうね、アルティナは兎も角、ソラには一言言ってやりたいくらいなんだけどね……。でも、なんというか……」

 

「うむ、私も鍛錬に付き合ってほしいと何度か頼んだのだが、のらりくらりと躱されているのだ」

 

「掴み所がない……って訳じゃなさそうだよね。

 もしかしたら、本当によく眠れてないのかな……」

 

『いや、それは無い(な)(わね)』

 

 毎日遅刻ギリギリまで寝て登校する挙句、授業中の八割以上を寝て過ごしているような奴が寝不足な訳がないと彼らは断言する。

 だが、それはあくまで〝授業がある場合は〟であり、今日はその授業も無いにしても、ソラがまたアルティナから夜中に補修を受けていたこともあり、本当のところは睡眠時間がほとんど無かったのだが、それを彼らは知る由もない。

 

「……さて———ケルディックについて説明は必要ですか?」

 

 先程まで一人考え事をしていたアルティナが、話題とは言えないものの話のネタになるものを振る。

 

「アルティナはそういうことに詳しいのか?」

 

「ええ、以前まで活動範囲の一つでしたから。土地勘もあります。———ソラさんが全く覚えないので」

 

「あはは……」

 

 語尾を強めて告げるアルティナに、苦笑するエリオット。今はスヤスヤ寝ることができているソラだが、後々酷い目に遭いそうだなと全員が確信する。

 

「ケルディックは、古来より交易が盛んな地として栄えてきた帝国内でも有名な交易地です。属しているのは帝国東部クロイツェン州———先程も述べましたが、管轄者は《四大名門》の一つであるアルバレア家。ユーシスさんのお家ですね。近郊に広がる肥沃な大地と温暖な気候も相まって農作物が豊かであることから、それらが直接卸される事により商売が盛んとなった歴史もあります。

 とはいえ、現在ではそちらの歴史よりも重要視されているのが、各大都市との中継地点となっていることです。帝都ヘイムダルと東部の大都市バリアハート、国外を含めれば、貿易都市であるクロスベルとの直行便もありますから。この時点でケルディックには産業的価値の高さも窺えますし————」

 

「ごめんちょっと待ってくれアルティナ。饒舌に語ってくれているところ悪いんだけど、もう少し簡潔に教えてくれないか?」

 

「……そうですか。こちらとしてもすみません。皆さんが聞き入ってくれていると思ったので、少し熱が入りました。普段はソラさんとしかこういう会話はしませんし、当の本人は右から左へと聞き流していることが多いですから」

 

『ああ……大変そう』

 

 前歴がなんだったのかは分からないが、それでもアルティナが苦労させられていることだけはハッキリと分かると、皆が一斉に眠っているソラの方へと視線を注ぐ。苦労人の少女には同情を、迷惑をかける人には溜息を。すでに打ち解け始めている一同と、綺麗に放逐された一人の絵面が何とも言えない残念さを引き出していた。

 少しだけでもこっそりとストレスを吐き終えたところで、こほん、と咳払いをし、アルティナは先程とは違って簡略化した説明を口にする。

 

「ケルディックはその土地の都合上、近郊の大都市やクロスベルとの交易もあるため、輸入品などの珍しい品々もよく手に入る場所として知られています。そういう品々は一年中開催されている『大市』にて、店頭に並べられています。……そうですね、あまり帝国では知られていませんが、『みっしぃ』もその例ですね」

 

「『みっしぃ』………?」

 

 聞き慣れない名前に戸惑うアリサに、アルティナは逐一説明を付け加える。

 

「『みっしぃ』というのは、先程述べた貿易都市クロスベル自治州にある保養地ミシュラムのご当地キャラのことです。猫をモチーフとした白と灰色のハチワレ柄のウザ可愛いデザインとして愛されていますね。残念ながら現物は持ち合わせていないので見せることは出来ませんが、恐らく『大市』にあるのではないかと思います」

 

「へぇ。アルティナはそういうのにも詳しいんだな」

 

「クロスベルも以前立ち寄ったことがありますから。いずれまた訪れたいと思っています」

 

 話が逸れてしまいましたね、と即座に軌道修正するや否や、アルティナは残っていた説明をし終えることにする。

 

「ケルディックにおいて、先程説明した『大市』は観光名所の一つでもあることや、まぁ私達には関係ありませんが、地ビールが美味しいという評判もあるそうです」

 

「そうよ〜、あそこはライ麦から造られた地ビールが有名なのよね。ま、アルティナの言う通り、アンタ達は飲んじゃダメよ」

 

 聞き覚えのある声が通路側から聞こえ、今なお眠っているソラ以外の全員がそちらを振り向く。赤紫色(ワインレッド)の髪と、一見呑気そうな為人(ひととなり)。間違いない———サラ・バレスタイン教官だった。

 

「サ、サラ教官!?」

 

「ど、どうしてここにいるんですか!?」

 

 記憶が正しければ彼女は確か同行しないと言っていたはずだが……と思い出す彼らに、アルティナは呆れた様子で核心を突く。

 

「大方最初の実習なので、説明役ということでしょう。流石に初見で説明もなく実践させる訳ではありませんでしたか」

 

「ま、そんなとこよ。宿にチェックインするまでは君達の様子を見てあげるわ」

 

 その言葉から抱えていた不安が少しでも解消されたのは言うまでもないだろう。見知った土地ならまだしも、あまり見知らぬ土地に放り込まれて頑張れなどと言われても何をすればいいのやらといった思いだろう。そもそも、〝特別実習〟の根幹が未だあやふやという者も多いはずだ。当然の措置と考えるべきだろう。

 とはいえ———

 

「あの、俺達よりもB班の方に行った方がいいんじゃ……」

 

 一同を代表するように口を開いたリィンが発したのは、自分達の心配ではなく、向こうの班のこと。未だ入学して一ヶ月も経っていない間柄だが、すでに険悪ムードが立ち込めている者がいることをすぐに思い出していた。実習先で学院内のような喧嘩はないようにするだろうが、それも果たして杞憂に終わってくれるか分かったものではない。最低限の結束力もあったものじゃないと、恐らく今現在においてB班に属することになったメンバーも思っているに違いない。手遅れになる前に教官である彼女が向かうべきなのではないかと示唆するリィンだったが、彼に返された答えは酷くあっさりとしていた。

 

「えー、だってどう考えてもメンドクサそうだしー。あの二人が険悪になりすぎてどうしようもなくなったらフォローには行くつもりだけど♡」

 

『………………』

 

 悪怯れることなく言ってみせた姿は最早清々しいほどだが、彼女の言動からして険悪になると分かっていてあの班分けにしたことが明らかとなっていた。要するに確信犯である。これには、アリサを筆頭に呆れた様子を隠しもしなくなる。特にその様子が顕著だったのは、アルティナだった。溜息をこれ見よがしと吐いた後、躊躇うことなくしれっと言い切る。

 

「ソラさんと同類ですね」

 

「ちょ、なんでアイツと一緒にしてんのよ!?」

 

「いや、今の言動が完全に……」

 

「そうよね……似ているわよね」

 

 メシウマなどと煽られた被害者リィンに続くようにアリサが納得し、エリオットは苦笑いをしながら、ラウラもそれに頷いた。ここ数週間共に過ごしてきただけではあるが、確かに二人は似通った点がいくつかあった。見た目からも全く似ていないはずだが、何かと面倒臭がったり、のらりくらりと躱す辺りは似ていると思えた。

 ふと、彼女が教官になる前歴があったりするのではないかと思考が巡りかける————ところで、眠りこけていたソラが、大きな欠伸を掻きながら目を覚ました。

 

「ふぁ〜………ん? なんでバレスタインがいるんだよ。コイツ確か同行しねぇとか言ってなかったか?」

 

「どうやら説明役として同行したようです」

 

「ふ〜ん? なんだ、うちの師匠よりマトモだったのか」

 

「アンタの師匠のことは詳しく知らないけど、今アタシがおかしな奴みたいなレッテル貼ろうとしてなかった!?」

 

「さらっと教官のことをコイツ呼ばわりしたことはスルーしていいのか……?」

 

 これまでの言動からこの三人が知り合いなのだろうかという推測は立っていたが、例えそれでも教官と生徒の関係柄をぶち壊すようなやり取りにリィンは困惑気味に呟く。どうやらこの気持ちは他の者達も同様らしく、皆揃って何とも言えない顔をしたのち、当人達がスルーを決め込む様子を見て、一度忘れておくことにした。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

 それから導力列車に揺られ続ける間は賑やかなものだった。突然サラが徹夜明けで眠いと告げて別席で居眠りを決め込んだことを除けば、それこそ遠足を楽しみにしている子供のようなはしゃぎっぷりが多少あったことだろう。その理由となったのが、リィンが〝ブレード〟というカードゲームを持ち込んだことにある。いったい何処から手に入れたのかは皆目見当がつかなかったが、一同はそれを使った遊戯へと興じていた。中でも一番勝利を掴んでいたのは———というより、一度として敗北を刻まなかったのはアルティナだ。どうして一人勝ちになってしまったのかと言えば、それは明らかだった。彼女の表情は変化が乏しく、そのせいか顔を見て様子を探ると言った手が使えなかったのだ。それこそ正面切って殴り合えたのはソラくらいのもので、曰く「お前らの思っている以上にアイツは感情豊かだぞ?」とのことだが、それは付き合いの長さから来るものだろう。現時点では、リィン達にはどうすることも出来ないのは言うまでもなく、漸くケルディックに着いた時には、それはそれは見事な敗者の山が積み上がっていたという。

 

「………あークッソ、マジで最後の最後で負けるの何とかならねぇかなぁ。つーか、マジでミラー何枚持ってんだアルティナテメェ」

 

「自然と手札に入ってました。イカサマはしてませんよ」

 

「だよなぁ……ンな訳ねぇよな、レクターじゃあるまいし」

 

 ケルディックに着いた後も、ソラとアルティナの会話は先程のブレードに関するものだった。あまりにも惜しい試合が何度かあったのはリィン達もよく覚えているし、互いにカードの切り方が絶妙だったことや上手いタイミングで切り返されたこともあって、何となく二人が日頃から勝負をしていることがよく分かるものばかりだった。とはいえ、現地に着いてなお、その話を引き摺るのもどうかと思われた。当然サラから注意が入るが、二人はさして気にすることなかった。

 

 そうして、全員の意識が今度こそケルディックに向く。

 

「へぇ、ここがケルディックかぁ」

 

「のんびりした雰囲気だけど、結構人通りが多いんだな」

 

「あちらの方にある大市目当ての客だろう」

 

「外国からの観光客や買い物客が多いのも理由でしょう」

 

「なるほど、帝都とは違った客層が訪れているのね」

 

「ま、あんま変わってねぇ様子で一先ず安心した。これで何か問題起きてやがったら、それこそ間が悪いとしか言いようがねぇしな」

 

 何やら物騒なことを言っているソラはさておき、先頭を突き進んでいたサラがこちらに振り返る。

 

「さてと、それじゃあ早速、今日の宿を案内してあげるわ。

 ———と言ってもすぐそこなんだけど」

 

 説明役らしい姿を見せる彼女の後を、リィンを先頭に一同は付いていく。その前歴を知っている者からすれば、教官という仕事をちゃんとしている姿に感涙を覚える輩もいなくはないだろう。現にソラは、感涙とはいかなくとも不思議なものを見るような目で彼女を見ていた。小さな声で「ちゃんと教官やってんのかアイツ……」と呟いているほどにだ。それをアルティナは咎めることなく、「ソラさんもきちんと生徒らしくしてくれませんか?」と別方面からちくりと刺した。

 

 相変わらず反省する様子も見せないソラだったが、ふと周囲に意識を傾ける。()()()()()()()()———

 

「——————」

 

「ソラさん、()()()()()()()()()()()

 

「……分かってるっての。下手に突くとまたアホほど絡まれるのが想像に難くねぇしな」

 

 酷く覚えのある気配を感じ取ったソラとアルティナが密かに言葉を交わす。それが誰の気配であるか、それを断定した上で交わされた会話は、かつての経験を思い出してすぐさま終息していく。脳裏に浮かんだ男の姿が、別段嫌いではないが面倒臭い分類の人物であるが故の判断だったが、その選択は間違ってなかったのだろう。目的の宿に着く前にその気配は何処かへ消えていた。———が、今度は逆に、今夜泊まる予定の宿の中から、別の気配を感じ取った。これまた覚えがあると互いに顔を見合わせたソラとアルティナは、()()()()()()()()相手がここを訪れていることを確認し、僅かながらも安堵する。

 

 そうして、宿の扉が開かれ———目に飛び込んできた光景を見て、〝ああ、やっぱり貴女か〟と呆れた様子でその名を呼んだ。

 

 

 

 

 

「まーた、在庫潰しやってるんですか、シュヴィさん」

 

 

 

 

 

 






 次回、最後に出てきたシュヴィさんについての言及や軽い導入をする予定です。以前からご愛読してくださっていた方々は、これからも何卒よろしくお願いします。

 ちなみにシュヴィといっても、涙を誘う《機凱種》の彼女ではありません。由来も含めて、後々明かしていこうと思います。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。