英雄伝説 魂の軌跡   作:天狼レイン

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皆様お久しぶりです? といっても今回は少し早かったりする気がします。えーっと以前はいつだったかな……だいたい二週間三週間ですねアッハイ。
さて、そういう下らないことはさておき、最近閃の軌跡lll5周目を果たしナイトメアも無事クリアした作者です。現在メンタル死にかけてます。いやホント周回させる気ねぇな最新作。
ナイトメアがこれまで以上に全体的にナイトメアし始めてる上にメンタルまで攻めてきますかナルホドナルホド。
ーーとりあえず強く生きろリィン。

そんな雑談はさておき。
今回の話の軽い説明を。
ぶっちゃけると自由行動日です。いやホント忘れてた自由行動日。
とはいえ、前半ギャグ路線、後半シリアス路線です。特に後半苦手な人はキツイかも。想像力高いとかなり精神的に来るはず。あ、グロくないよ? それはまたのちのちだから安心を(安心できねぇよ馬鹿野郎)

さて、それでは本編をどうぞ。




蠢く因縁

 

 

 

 

 

 

 4月18日。

 

 この日はソラとアルティナにとって、初めての自由行動日だった。昨日の小テスト祭りに存分に苦しめられたソラは勿論、その彼に付き合って勉強を教えていたアルティナにもある程度の疲労があった。だから、この日は普段から活発的な分、珍しくのんびりしようと意見を一致させた———はずだったのだ。

 

 

 

 帝都ヘイムダル、ヴァンクール大通り。

 

 

 

 二人の姿は()()()そこにあった。

 

 かつての仕事着でもあり、私服でもあったコートを羽織った、あくまでも動きやすい服装のソラと、あまり着慣れていないはずの白を基調したワンピースに身を包んだアルティナ。何処かチグハグなようで、何処か近いものを感じさせる二人に、通り過ぎる人は不思議と視線を向け———目を逸らしていた。原因は二人が浮かべていた形相にある。

 

「あーチクショウクソッタレ。何が悲しくてこんな連勤明けのボロ雑巾みてぇな(なり)の時にンなとこ来ねぇといけねぇんだ覚えてろよレクター」

 

 ズゾゾ……と先程売店で買った手頃なドリンクをストローで吸い上げながら、誰もが見て分かる程にソラは不機嫌な顔をしていたのだ。額に青筋を浮き上がらせ、今にも激昂しそうな雰囲気からは、誰にも近づくなという意思表示にさえ思える。誰も近づこうとしない所か、彼の座っているベンチから一定の範囲を意図的に避けているのが、その照明だろう。

 

「ええ、全くです。誰かさんのお陰で私も少々疲れを残しているのですが、まさかこのタイミングで招集とは……正直呆れてますよ」

 

 対し、その彼の座るベンチの隣で同じくドリンクを飲んでいるのは、彼の相棒であるアルティナだ。不機嫌な彼に同調するかのように———いや、この場合は更に不機嫌なだけなのだろうが、彼女もまた、不機嫌そうにしていた。こんな二人がベンチに座っているものだから、近くの空いているベンチには誰も座ろうともしない。

そのことに気がついていないまま、二人はいつものように会話を続ける。

 

「なぁ、然りげ無く俺のこと(なじ)ってねぇか? いや確かにお前の疲れの元凶は俺だよ? いやでもこんなことになったのは俺のせいじゃねぇんだが……」

 

「そう思うのでしたら今すぐレクターさんをどうぞバラして来ればいいじゃないですか。その後、ソラさんがどれ程牢獄暮らしするのかは知りませんが」

 

「あのさ、アルティナさん? 俺泣くよ? 泣いちゃうよ? すごく不機嫌なの分かってんだけど、その前にお前さっきスゲェ物騒なこと言わなかった? 今のお前の思考回路一番ぶっ飛んでると思うんだが……」

 

 テロリスト真っ青だよ?とでも言いたげなソラの言動に、アルティナは少し考えた後で溜息を吐くと、自分らしくないと判断したのか、静かにドリンクを飲んで、少ししてからまた口を開いた。

 

「ところで、ソラさん。レクターさんはいつ来られると?」

 

「連絡通りなら、あと一時間弱か。待ち合わせはヘイムダル中央駅の鉄道憲兵隊の詰所らしいから、少しぐらい観光していいってよ。つっても元々先月まであそこで仕事してたんだから観光もクソもねぇと思うんだが……」

 

 背後に広がる光景———皇城バルフレイム宮を一瞥する。あそこは皇族の住む皇宮の他に帝国政府そのものが内包されている。先月までその一角で仕事をしていたなど普通には考えられないことだろう。

 尤も、その〝普通〟とやらではないからあんな所にいたのだろうと苦笑する。

 

「さて、と。それじゃあ何処に行こうか。特別回りたい所無いしな。アルティナ、行きたい所あるなら言ってくれ。付き合うぞ」

 

「そうですね。では、ブックストア《オルタナ》に行きましょう」

 

「おう。……あ、でも先にドリンク飲み干してからだな。この通りにあるんだ。少し周りを見つつ雑談でもしていくか」

 

 ベンチから立ち上がり、軽く伸びをしてからドリンク片手に歩き出す。果たして飲み歩きはしていいのか、そして本当に行きたいところがなかったのかとアルティナが何やら考え込んでいたが、ソラとの距離が離れ始めたことに気がつき、考えるのを止めて飲み歩くことにする。

 

「それにしてもアレだな。仕事に缶詰にされた挙句、寝床も基本あそこだったせいか、こうやって街に出歩くのも久しぶりな気がするな」

 

「そうですね。外出は任務の際、或いはソラさんのストレス発散に出掛ける程度でしたから、こうして街に出歩くのも新鮮に感じます。悪くない経験です」

 

「むしろ悪い経験とかあんのか?」

 

「———損害賠償の書類の山」

 

「よーし分かった聞いた俺が悪かった全力で謝るからその話はもう止めようか!」

 

 一瞬、その瞳から光が失われようとしていたことに気がつき、即座に謝罪するソラに対し、アルティナは一度思考を切り替えて本来出された意図の質問として返す。

 

「……ええ、そうですね。例外を除けば、悪い経験はありませんね。実際色々な経験は役に立っています。経験は活かすもの、そう言いますから」

 

「アルティナがそういうと一番しっくり来る。———いや別に馬鹿にしてる訳じゃねぇぞ? 経験を活かすって言葉が一番似合ってるっていう褒め言葉だからな? 実際お前がそうやってくれてるお陰で俺は助かってるから」

 

「それなら良かったです。そういうソラさんこそ、いつまで経っても世話が焼かせますね「おいコラちょっと待てお前それどういうことだ」言葉の通りですよ。ソラさんは相変わらずです」

 

 クスリと微笑むアルティナ。安心したような彼女に、ソラは溜息を吐きながら愚痴るように呟く。

 

「俺も努力してるんだけどなぁ……。そんなに変化無いのか?」

 

「変化があっても微弱で分かりにくいだけかもしれませんね。

 ……そういえば、この間は導力狙撃銃(スナイパーライフル)の鍛錬していましたね。ある程度は使えるようになったようですが、進捗の方は?」

 

「ん? そうだな。及第点は行ったな。あとはある程度モノにしておきたいとは思ってるぞ。つっても俺は近距離戦闘の方がしっくり来てるんだがな「猪突猛進の脳筋だからですよ」おいコラ」

 

「それにしても様々な得物に手を出していますが、それは()()()の指示ですか?」

 

「いや、俺の意思でだな。敵の使う得物の特徴を知る、っていう理由もあるんだが、一応第二第三の得物———ってのも考えてるんだよ。まぁアイツらからすれば、器用貧乏になるから一つに絞って極めやがれ!って言われるんだろうがな」

 

 どうせ近いうちに顔合わせそうな気がするけどなと笑いつつ、ソラは言葉を続ける。

 

「まぁ、それを言えば、今俺が使ってるブレードライフルも似たようなもんだろ? アレだって本来俺が使ってる得物じゃねぇからな」

 

「そういいつつ、あの時ブレードライフルで変な握り方をしていたのは見てましたよ。アレは間違いなく、ソラさん本来の得物の握り方です。一人ほど、そのことに気がついていましたよ」

 

「うっわぁーマジか。ちなみに誰だ? その気がついてた奴」

 

「リィン・シュバルツァー、ですね。あの構えから察するに剣術は《八葉一刀流》。ユン・カーフェイ老師の弟子の一人と言ったところでしょうか」

 

「カーフェイの爺さんか。成程な。確かにそいつは慧眼だな。叩き上げれば、逸材になるのは間違いねぇな。———手伝う気は全くねぇけど」

 

 ところで、と何か気になったのか、ソラがアルティナに訊ねる。

 

「リィン・シュバルツァーって誰のことだ? そもそも自己紹介した覚えが全くと言ってねぇんだが……」

 

「その時ソラさんは寝てましたからね。そっとしておきました」

 

「え″」

 

「お疲れのようでしたので、流石に起こすのは気が引けました」

 

「普段容赦なく叩き起こすクセして、今更親切そうにしないでくれね? つーか、そういう時はキチンと起こしてくれよ。俺だけまだ自己紹介もしてねぇんじゃねぇのか?」

 

「ええ、そうなりますね。代わりにしておくべきでしたか?」

 

「いやむしろそれで助かった。お前に頼んで後悔したことが以前あったんでな。自己紹介って普通悪いこととか言わねぇだろ? なんだよロリコンって。断じて俺はロリコンじゃねぇからな!?」

 

「冗談ですよ。とはいえ、私は兎も角、ミリアムさんや彼女(フィー)にまで懐かれていたのを知らないとでも? やけに小さい女性の方と親密になりますよね、ソラさんは」

 

「お前マジで折檻してやろうか!? ミリアムに関してはいつものことだろうが! つーかアイツ(フィー)に関しては昔の話だろ。今の様子見て、ンなこと言ってみろ。即座にアイツから襲撃かけに来るぞマジで。———どうしてああなったのかは皆目見当ついてねぇんだが」

 

 いざ襲撃されても知らねぇぞ、と警告しつつ目的の本屋———ブックストア《オルタナ》に着くと、ちょうど飲み終えたドリンクをゴミ箱に捨て、店内へと足を踏み入れた。

 

「そういえば、本屋に何か用事でもあったのか?」

 

「以前気になっていた小説がこちらにならあると思いまして、無ければそれで構いませんが、あるのであれば買っておこうかと」

 

「意外だな。お前は小説よりも文献を漁る側だと思ってたんだが」

 

「確かに文献はよく読みます。ですが、たまには息抜き程度に小説を読むのも悪くないかと。時間は無い訳ではありませんが、探すのを手伝ってもらえますか?」

 

「任せろ。ンで、その小説の題名は?」

 

「フェッロブスト著、『アルマ=フォルマ』です。著者の名前も小説の題名も独特なので、探しやすいとは思います。調べたところによると小説にしては一巻だけしかなく、かなり分厚いそうです」

 

「それ本当に小説か? いや場合によったらそうなんだろうが……。ちなみに発行年は?」

 

()()()のようです。それ以降は一度も続刊は出ていません」

 

()()()……か。懐かしいな」

 

「ええ、そうですね」

 

 懐かしみながらも探す手は止まらず、確認を繰り返す。当然ながら店員に訊ねれば早いのではないかとも思ったが、わざわざ手伝ってほしいと告げたアルティナに何か理由があるのかと思い、話題をいくつか振りつつ探し続ける。

 

 それからある程度探したところで、不躾だと思いながらもソラは気になることをアルティナに訊ねた。

 

「ところでなんだが、その小説をなんで探そうと思ったんだ? その聞いた時に気になったからか?」

 

 オススメされた程度ではアルティナは探す前に聞くことが多いし、先に調べることをソラは知っている。しかし、今回は中身がよくわからないのも相まっているのか、アルティナ自身が現物を探そうとしている。中身がわからないものだから一から調べようと思ったのだろうか? その疑問が一番大きく膨らんでいた。

 

「不思議な話ですが、ふとその題名が浮かんでいました。知らないはずなのに、()()()題名を()()()()()、読んでみたいと思ったんです。本来こういう時は題名が偶然合うことは少ないでしょう。ですが、題名が合っていた直後に著者名も()()()()()()ような気がしていました。私自身、調べるかを少し悩んだのですが……」

 

「結局調べてみようと思った、って訳だな?」

 

「はい。ソラさんはこういう経験をしたことがありますか?」

 

「今のところは無いな。まぁでもお前がそう言う時は何かあるってわかってるからな。存分に手を貸すぞーぶっちゃけ暇すぎる」

 

「暇なら私から課題を出しましょうか? ソラさんは些か勉強が足りないようですから」

 

「手伝うことができる程度の暇な? それ以上でもそれ以下でも無いからな? つーか隙あらば勉強させようとしないでくれますかねーアルティナさん? 前の夜通しテスト勉強で肉体的精神的にも大ダメージ食らってんだからな? アレのせいで危うくバレスタインが吹聴して回るところだったの忘れたか」

 

「確かにアレは面倒でした。被害が予想を上回る可能性が出ましたからね」

 

「予想内なら問題無しとか考えてるお前の方が問題だよ馬鹿野郎」

 

 いつものように毒舌を互いに吐き合いながら確認作業を進めていく二人。小説のコーナーの端から真ん中へと探していく方針だったが、ついに二人が真ん中に辿り着き同じところを探すこととなった。

 そして、結局その小説は見つからず、本屋から出た。

 

「見当たらなかったな。つーかその本、発刊してから6年だろ? 図書館行った方が良くねぇか? あそこなら保蔵してるかもしれねぇし」

 

「ええ、そうですね。やはりそうするべきでした。お時間取らせてしまいましたね」

 

「別に問題ないぞ。どうせ俺の方は暇してたんだしな」

 

 本当は暇だったわけではないことをアルティナは知っている。机の上に置いてあった書類の中には帝都に出掛けなければならないものがあるのはテスト勉強の時に確認済みだった。それでも優先してくれたのをわかっているから、そっと彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 

「今度来た際はソラさんのやりたいこと手伝わせてくださいね」

 

「……気づいてたのか」

 

「———相棒(パートナー)ですから」

 

「そうだな。つっても、終いには行動全て監視されてそうでゾッとするけどな」

 

 軽口を言いながらソラは背を向ける。アルティナに見えないように逸らした顔には嬉しそうに口角が上がっていた。とはいえ、どうせ見透かされてるんだろうなとソラはいつものとは違った敗北感を感じていたが。

 

「ところでソラさん、レクターさんとの合流時間まであとどれくらいですか?」

 

「ん? えーっとな……うぉマジかあと十五分も無いじゃねぇか! 急がねぇと不味い! アイツにだけは煽られたくねぇ!」

 

「私としては煽られて斬りかかりそうになるソラさんを止めるのが面倒なので控えていただきたいですね。遅れるソラさんが悪いとは思いますが」

 

「だったら手を貸せよ!? 俺はスケジュール管理とか苦手中の苦手だっての!」

 

「……情けないですね」

 

「容赦なくディスってくるお前には、ある意味尊敬するぞ馬鹿野郎」

 

 遅れてなるものかと全力で中央駅までの直線を駆け抜けるソラとアルティナ。お互い走りながら軽口を返し合う辺り、余裕はあるのだろう。そんな彼らを見かけたすれ違う人々は不思議な二人組だと思いながら、この帝都を行き交っていた。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

 帝都ヘイムダル、ヘイムダル中央駅、鉄道憲兵隊詰所

 

 

 

 俗に言うブリーフィングルームと呼ばれる一室には、ソラとアルティナ、その二人の他にもう一人の姿があった。

 何処と無く軽い飄々とした態度にしては、分かる者には瞬時に侮れないと判断することができる他、警戒心の隙間に潜り込んでくるような、不思議と不快感を与えない紅い髪の青年。

 

 ———《帝国軍情報局》特務大尉にして、《鉄血宰相》ギリアス・オズボーン直轄《鉄血の子供たち(アイアンブリード)》の一人、《かかし男(スケアクロウ)》レクター・アランドール。

 

 非公式に行われた会談及び交渉を100%という常軌を逸した確率で成功させてきた若き逸材。その青年が二人の前にいた。

 

「久しぶりだな、二人とも。ソラの方はいつもの仕事着擬きだが、チビッコ(アルティナ)の方は珍しいな。オシャレもできたのか、感心したぜ」

 

「一応褒め言葉として受け取っておきます。そういうレクターさんはその服装はどうしたんですか?」

 

「ん? これか?」

 

 軽く煽られた返しにアルティナが指摘したのはレクターの服装。軍服を殆ど着ないのは予想通り、というより常だが、普段の礼服ですらなく、アロハシャツのような陽気な服装で今から遊びに行くような先入観を持たせていた。

 

「実はこれからクロスベルに行かなきゃならなくてだなァ。礼服とか着てたらバレるだろ? つまりそういうことだ」

 

「その服装の方が逆に目をつけられるに決まってんだろうが馬鹿かテメェ。未だに春真っ盛りの時期にアロハシャツとか頭沸いてんじゃねぇだろうなレクター」

 

「ンなわけねぇだろ。むしろ日頃からブッ飛んだ思考回路してやがるのはお前だろうが。年がら年中、殲滅殲滅ってお前こそ頭沸いてんじゃねぇかァ?」

 

「ンだとゴラァッ! テメェ今すぐ表出ろその(つら)叩き斬ってやらァッ!」

 

「上等だ全力で相手してやるから覚悟しやがれソラ」

 

 対面して十分も経たずにこうして殺意増し増しでお互いの得物を抜き出そうとする二人。蹴飛ばされた椅子。飲みかけの紅茶は倒れ、床に水溜りを作る。ブリーフィングルームの外では今にも鉄道憲兵隊の隊員達が大事な会議室を破壊されないかとヒヤヒヤする一方で、いつ突撃して制圧するかを冷静に判断しているのが目に見える。

 

 今にも斬り合いそうな殺伐とした雰囲気の中、今にも突撃しそうな鉄道憲兵隊という空気が張り詰めた———その臨界点。

 

 

 

 バン!と乾いた音と共に二人の頰を掠めるように二筋の銃弾がブリーフィングルームの壁に着弾し弾痕を残した。突然のことではあったが、二人して壊れたブリキの玩具の如く、ゆっくりと銃弾を放った者へと首ごと視線を向ける。

 

「どうかしましたか? 喧嘩するのであればどうぞご自由に。私も特別止めるつもりはありませんし、後々クレアさんに説教を受ける際に一応仲裁はしてあげます。とはいえ、当然斬り合っているのですから何が飛んできても気にしませんよね?

 ……そうですね、例えば———()()でしょうか」

 

 張り詰めた空気は突然凍てつくような空気へと変わる。気温が急激に下がったと錯覚させられるのにも関わらず、二人は大人しく得物を鞘に納めながら冷や汗を滝のように流している心持ちで、そっと言葉を交わした。

 

「なあソラ」

 

「どうしたんだレクター?」

 

「お前普段から()()()()()なのか?」

 

「たまにはあるな、うん。普段は俺が言葉のサンドバッグ」

 

「オーケー。取り敢えずチビッコ怒らせるのは無しな? 命の危険しか感じねぇわ」

 

「今度マジで時間外手当寄越せ」

 

「前向きに考えてやるよ。つっても担当俺じゃねぇけど」

 

 アルティナ怒らせるなコワイ命アブナイ。そんな片言混じりの教訓を再確認及び認識した二人は大人しく当初の目的へと入るべく、床に零れた紅茶を室内に入ってきた鉄道憲兵隊の隊員たちから雑巾などを受け取りつつ掃除し、漸く最初と同じにした後、全員が座り直してから再開した。

 

「さてと、そんじゃ今回お前らを呼び出した理由から説明するわ」

 

「おうマジでそうしてくれ」

 

「まあ色々な思惑あるんだが、確実に言えることから言うとすればーー《貴族派》に何やら動きがあった」

 

「まーたアルバレアの無能公爵とカイエンの阿呆か? アイツらマジで懲りねぇなオイ」

 

「今回もその例に漏れずって所なんだが、実は問題があってな」

 

「何か干渉しにくい問題でも?」

 

「その通りだチビッコ。ここ最近だが、ヤケにアイツらが軍備増強に力を入れ始めてる。正当な理由を上手いこと持ち出しながらな?」

 

「主にどの貴族ですか?」

 

「———アルバレアとカイエン。特にその二つの軍備増強が著しいな。お互いプライドが高い当主だからってのもあるが、それにしてはやり過ぎてると俺は思う。実際ラインフォルト社製の戦車をかなり配備してやがる」

 

「《18(アハツェン)》ですか」

 

 帝国最大の重工業メイカーであるラインフォルト社の最新戦車。旧式戦車やある時使用された蒸気戦車を圧倒するその性能は、恐らく使い手次第で一騎当千とも言えるだろう。領邦軍にそれ程の使い手がいるかは兎も角、かなりの性能であることは確実に性能差を生み出すこととなる。旧式が未だに数合わせに採用されている正規軍がその性能差に押し負けないとは限らない。

 

 

 そして、レクターの目はそれだけでは終わらないと物語っていた。

 

 

「ここからはお前らに最も関わることだ」

 

 いつになく真剣な面持ちで、彼は二人にとって最も重要な事柄を口にした。彼らにとって悲願とも言える情報を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———《無間奈落》が動き出した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たったそれだけの一言に、最も反応したのはソラだった。手に持っていた紅茶のティーカップを素手で握り潰し、破砕した破片が手に突き刺さるのも構わず、彼は殺意と共に吼えた。

 

 

 

「漸く動きやがったな———あの『英雄(クソ野郎)』!」

 

 

 

 隠すつもりのない殺意がブリーフィングルームどころか鉄道憲兵隊詰所一帯を覆う程に放たれる。握り締めた拳から血が流れ、さらに深く破片が食い込むが、ソラはそんな些末事を一切気にせず、レクターに問う。

 

「アイツは今何処にいやがる! 教えろレクター!」

 

「東ゼムリア大陸の辺境。この情報を掴んだ部下はその後殺された。この情報は事切れる前に何とか伝えたものだ。再度別の部下に確認させたが、今の所在は不明。次はいつ見つけられるか不明だろうよ」

 

 再び行方を眩ませた。その事実を知り、ソラは一度落ち着くことを無意識下に行った。深呼吸をし、呼吸を整え、荒立つ殺意を抑え込み、嚇怒も憎悪も一度忘れて、ただ一言だけ、そうかと呟いた。頭を掻き毟り、苛立つ自分を何とか抑えるが、やはり久しく聞いていなかったせいか、落ち着くことがなかなかできそうになかった。

 

「………………」

 

「他に……情報はありますか?」

 

「ああ、あと一つだけな。これは特にチビッコ、お前やガキンチョに関わることだ」

 

 もう一つの情報。当然これもまたソラも関係あるが、やはり先程伝えた情報の方に意識を取られ集中することすら叶わない。だからこそ、今この場で()()()落ち着いているアルティナが代わりにその情報を求めた。

 

 

 

「———《異端食い(ハンプニーハンバート)》も動き出した。今度はカルバード共和国の辺境だ。特殊な信仰があった村が丸々一つ壊滅したと報告が来た」

 

 

 

 予想はしていた。そろそろ動き始めるだろう。悪い予想が当たってしまったとアルティナは心の何処かで思った。確かにこれは私やミリアムさんに最も関わる重要事項だ。落ち着いたらソラさんにも聞いてもらい、お互い気をつけるべきだとすぐさま決める。

 

「やはりですか。今何処に向かっているか分かりますか?」

 

「検討は幾つかな。恐らく次はクロスベル周辺だ。近づくことはあまりねぇとは思ってるが、気をつけろ。特にお前とミリアムはな」

 

「ええ、分かっています」

 

「俺から言わせて貰えば、今年は二年前の《リベールの異変》以上に厄年だ。ここでお前らを喪うわけにもいかないのは勿論のこと、掻き回されるわけにもいかねぇんだ。だから間違っても死ぬなよ」

 

 それだけをしっかりと念押しし伝え切るとレクターは、次の仕事があるから急がせてもらうとだけ告げ、ブリーフィングルームを後にした。そうして、二人きりとなったその空間は、暫くの間、沈黙に包まれていた。

 

 

 

 

 

 それから数時間後。

 帝都ヘイムダルでのアルティナの要件を終え、()()()()()()()()を済ませた二人は近郊都市トリスタへと帰って来ていた。すっかりと日が暮れた景色を一度として眺めることはないまま、アルティナはあれから一度も口を利かないソラを心配していた。

 

(無理も……ありませんね)

 

 アルティナは知っている。———ソラの身に起こった悲劇を。

 彼の《心》を通じて知った全てに偽りは当然ありえない。同時にそれは彼女自身が彼の記憶を追体験したことにも他ならない。

 だから彼女は最もソラの心境を理解している。それ故に、彼にかける言葉が見当たらない。下手に声をかけて刺激すればどうなるかなど、アルティナは経験してしまっている。深く傷つけ過ぎる訳には当然いかないのだ。

 

(私は———私達は()()ですね)

 

 それは実力だけではない。精神的にも未だに至らず。未熟なのは誰よりも分かっている。きっとそれはソラも分かっている。だから今こうして自分の意思で一区切りをつける場所を探している。今焦っても意味がないことを一番身に染みているのは彼だと断言できるから。

 そして、それ以上にアルティナは彼に影響され過ぎたことを分かっている。彼と最初に出会った頃の自分と今の自分が似ても似つかないことなど比較するまでもないと自己分析はできていた。

 

「———アルティナ」

 

「はい」

 

 そうして、束の間だろうか、或いは少し時間がかかった頃。あの話を聞いてから口を利かなかったソラの沈黙が破られた。

 ただ一言、アルティナを呼び、確かな声音で答えを出していた。

 

「今はただ待つぞ。待って、待って待って、待って待って待って———そして、確実に殺す。あの目障りで鬱陶しい『英雄(ひかり)』を葬り去ってやる」

 

「分かってます」

 

 その瞳には明らかな殺意と憎悪、赫怒が揺らめいていた。深く、深く。濃く、濃く。闇そのものに近いとすら思える程に昏い。間違いなくこうなった原因は一つだ。

 しかし、こうなるまで放置したのは一つではない。その一つに確実に自分もそうなのだろうとアルティナは分かっている。

 そして、ソラは確かに告げる。

 

 

 

「俺はきっと地獄の底まで堕ちる。それが何処までかは分かったもんじゃねぇ。

 ———それでもお前は付いてくるか? アルティナ」

 

 

 

 分かっていた。きっとそう言うのだろうと分かっていた。彼はこのまま破滅するだろう。奇跡のような救いさえなければ、きっと戻ることはできない。その救いを齎すのは、決して自分ではないのだとアルティナは何処か寂しく思いながら———確かな声音で答えを返す。

 

 

 

「———はい。何処までも一緒に堕ちますよ、ソラさん」

 

 

 

 ———私はなんて弱いのだろう。

 導くことも出来ず、支えることも出来ず、共に堕ちることしかできないのだから。

 幾つもの後悔を胸に、アルティナはソラと共に()()深く闇へと沈んでいく。

 

 

 

 

 

 




今回の要点
・とある謎の小説探し。

・ソラとアルティナの因縁の相手 《無間奈落》行動再開。

・アルティナとミリアムの天敵 《異端食い》行動開始。

・ソラはさらにシリアス路線へ。アルティナもシリアス路線へ。

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