ずっとPSO2と閃の軌跡IIIしてましたごめんなさい許してください。
何度か火をつけては消えの繰り返しで漸く完成しました。
うん、やっぱり戦闘シーン早く書きたい。なら急げ馬鹿野郎ですねわかります。
さて、そういう訳で、久しぶりの本編です。どうぞ。
小さな平穏
誰かが叫んでいる。
誰かが泣いている。
誰かが祈っている。
果たして、それは誰なのだろう。その時はずっと考えていた。
暫くして、あまりにも喉が痛むものだから気がついた。叫んでいるのも、泣いているのも、祈っているのも———全て自分だった。
叩きつけるような雨の中。身体が少しずつ冷たくなっていくのを他人事のように感じながら、別の何かがその小さな掌を暖めていた。
まるで遠い日の温もりのように〝暖かい〟と感じた。何年も感じることのなかった暖かさだった。
けれど、それは暖かいと感じる一方で誰よりも冷たく感じた。雨が降って冷えてしまった身体ではなく、弱々しくなっていく身体の冷たさが、少年の閉ざしていた《心》を動かした。
今となっては昔のことのようにも感じてしまう、あの愚かな日々。憧れ、描いて、絶望した。ハッキリ言って糞食らえな人生の汚点。最初から抱かなければ良かったとすら思う程に、そして同時に創造主とやらがいるのなら問う。
なんで
苦しい。痛い。辛い。
誰よりも機敏となった《心》が、あの日から凍り付いていた少年の〝感情〟も溶かして———発露した〝本音〟は止まることを知らない。
誰よりも冷酷でありたいと願った。
誰よりも卑劣でありたいと願った。
誰よりも〝
けれど、この《心》は泣いている。叫んでいる。まだ諦め切れないからではなく、今の自分を憐れんでいるからでもない。
決してそうではないのは誰よりも分かっていて、だからこそ、この《心》が何を伝えたいかも分かっている。
今、この瞬間にも零れてしまいそうなコイツの命を守りたい。
たったそれだけの為に、凍りついた《心》はまた動き出した。
「……なぁ、お前馬鹿だろ……?」
呆れるように、しかし、そう言う少年の顔は涙に濡れていて。
「俺が死ねばお前は自由だった! いつか……いつか使い潰されるかもしれない! そんな存在なんかじゃねぇ、もっと別の生き方が……それで選べたはずだろうが!」
他ならぬ少年がそれを実感したからこそ、〝分からない〟。〝何故だ〟と問う《心》が、強く〝感情〟を露出させた。
〝英雄〟なんて望まなければ、こんな思いはしなかった! 別の生き方だって出来たはずなのにと後悔し続ける少年の〝
今はただ齢相応とは言えないが、〝らしく〟泣き叫んでいた。
「なのに……なんで———なんで俺なんかを庇ったッ!?」
あの日からずっと凍りつかせてきた足手纏いの《心》は、最早何処にもない。死んでいた〝感情〟も、儚い〝理想〟も、本当なら二度と触れることもなければ、思い出すことも無かったはずだった。
それを見事に変えたのは、全てコイツのせいだ。
だから、今こうしている間にも彼女の身体は更に冷たくなっていく。このまま見殺しにすれば、きっとまた《心》は凍りつくはずだ。これまで以上にもっと冷酷に卑劣に、誰よりも〝
「————死なせ……ねぇ! 死なせるものか!」
その《心》が泣いている。
そうある為の《心》が叫んでいる。
そうあるべき《心》が求めている。
喪ってたまるかと初めて、《心》の底から誓っている。
「お前のせいで……こうなったんだ。責任取りやがれ……無責任のまま逝かせねぇ! こんな俺を庇ったんだろ!? 見捨てれば自由だったのに守ったんだろ!? じゃあ俺もお前を二度と離さねぇ! ……死ぬな! 勝手に死ぬなァッ!」
零れ落ちる〝
溢れ出す〝
忘れていた〝
あの日の憎悪は止まらない。それは決して変わりはしない。
それでも、今ここにいる少年は誰よりも泣き虫で弱虫で。〝
本人は気がついていないだろう。その時の自分が、
「……お前は馬鹿だ。人のこと散々馬鹿だ馬鹿だと貶しておいてお前が一番馬鹿だ……!」
弱くなっていく呼吸を聞き逃さず、適切に傷口に布切れを押さえつけて止血する。着ていたコートを着させて身体を温めさせて、近くに雨風を凌げる所がないか必死で探す。
見つけてすぐに少女を運び、仲間に救援を要請して。少年は必死にその命を繋ぐ為、自分に出来る全てを尽くす。
「……だけど————お前は俺の『
憎悪する『英雄』というレンズを外して、純粋に《心》からの賛辞を
助けてくれただけではない。一度捨てた愚かな自分も、〝感情〟も、そして、この《心》も。忘れていた全てを開いて取り戻させてくれたのはコイツのお陰なのだと分かっているから。
だから、死なせない。あとで目を覚ましたら普段とは逆に文句を言ってやる。そして———ありがとうって伝えてやる。
お前のお陰で、
———*———*———
「…………夢か」
愚痴るように、しかし、懐かしむように黒髪の少年———ソラは、昼寝から目を覚ました。首を左右に曲げてコキコキと鳴らす。軽く伸びをしてから周囲を見渡す。
特に変わったことはない。すぐ近くに聳え立つ廃校もどきの旧校舎と木々がある、たったそれだけに尽きる。特別何か変なものがあるとかないとか考える必要もなさそうだ。
「…………今何時だ?」
少しばかり嫌な予感を覚えながら『ARUCS』を開き、時刻を確認。その後、項垂れるように溜息を吐いた。
「講義始まってんじゃねぇか……。まーたアルティナにキレられるな。さて、どう言い逃れようか……下手すると《クラウ=ソラス》使って挟み撃ちにしてくるからなぁー」
かつて体験した地獄絵図のかなり軽い内容の一つを思い返し、大きく溜息を吐き直す。まだマシだとは思う一方で、謝罪の気持ちとしてアップルパイ請求されるのは困るなぁとも思う。何度もアルティナに言っているが、あれはあれでかなり手間暇かけているんだぞ。材料だってこっちだと仕入れるのがかなり面倒なんだからな!と。
しかし、現状そう言っても無駄な気もするのは、経験上諦めがつきやすいからなのかもしれない。
「……さて、どうすっかなぁー。このまま講義終わるまで寝直すのも悪くねぇし、適当に近くの街道の魔獣共斬り殺すのも手か。あとは————」
次々といくつかやりたいこと候補があがる中、どれも今ひとつ気が進まない。特別やりたいことがない中ではやはりこんなものだろうか。少し前にアルティナと手合わせしたのが一番高揚したかもしれないと思い返した後、溜息を大きく吐いてから小さく愚痴る。
「全く……ギリアスの野郎、俺をこんな場所に放り込んで何のつもりだ? どうせ教育方針とか云々の報告させるんだろうが、正直テメェなら先に調べてさせてるだろ。———いや、まさか自重しろって無言の威圧じゃねぇだろうな……?」
戦闘や腹の探り合い以外に働かないソラの頭が、出番とばかりに高速回転・思考し、次々と予想を立て数を減らし、最も納得しやすい考えのみを残そうと働く。
あと数個。それで漸く答えが絞り切れる、そう考えた直後———
「———おいまさかッ!?」
———すぐさま昼寝の場所として使っていた木々を蹴り飛ばし、緊急回避を取る。空中に躍り出たと同時に袖の中に隠しておいたワイヤーを伸ばし、少し遠い木々へと飛び移った。
———その瞬間、先程までいた木々の内部が大きく膨らみ爆発した。
「………………」
あまりのことに唖然とし、ゆっくりと思考も呼吸も整える。ワイヤーを袖の中に戻し、手首足首を回して身体を曲げ伸ばす。地面に置いておいた黒塗りのケースから得物であるブレードライフルを取り出し、それから一言だけ言葉にする。
「———あのクソガキ、ぶっ殺す」
おーおーよくも時限式の爆弾なんか仕掛けてくれやがったなアァン!?とばかりに額に青筋を走らせ、恐らく情報をリークした狼藉者の姿を絞りつつも、取り敢えず仕掛けたであろう少女に殺意が芽生えた。悪戯や嫌がらせに関しては軽く愚痴る程度で済ませるつもりだが、流石に時限式の爆弾は限度というものがあるだろう。
「首洗って待っていやがれェェェッ!」
ブレードライフルを片手で数回ほど振るい肩を均す。整えた呼吸を戦闘用の呼吸法へと変え、瞳を少しだけ伏せ開く。
準備はできたとばかりに叫ぶや否や、学院の敷地内であることを忘れ、堂々と旧校舎前からVII組の教室の方へと得物を握って駆け出した。
そして、当然ながら————
「貴方は自分も利用する教室に向けて
「返す言葉がありません……」
過程はさておき、結論を言おう。怒られてます。
いやまぁ当然だよなぁー怒られるよなぁーアルティナ怖いわぁーなどと内心考えつつも、その内心を見透かすように睨みつける彼女の視線に怯える小動物の如く萎縮する。
被害額はざっと数十万ミラ。具体的な数を言われた訳ではないが、アルティナの怒り具合からして結構な額なのだろう。当然だろう。ここはかの有名なトールズ士官学院なのだから。一教室の窓枠ごと吹き飛ばせばそうなるに違いない。むしろ飛び散ったガラスの破片で怪我人が出ていないことにびっくりしている。
とはいえ、怪我人ゼロという奇跡的な結果にソラは大体予想できていた。
「えーっとアルティナさん? 直前で『アダマスガード』貼ってくれたんですよね? いやホントお手数おかけしてごめんなさい許してください」
「……流石にこちらも予想外でした。貴方が分かりやすく殺気を洩らしていたので間に合いましたが、もし殺気を洩らさずに突っ込んできていれば、私も対応できませんでした。あとで皆さんに謝罪してください」
「はい……本当に申し訳ございませんでした」
先程から実行中の土下座は崩さず、ただひたすらに反省する。ついこの前、実行犯のフィーを追い詰める為に校内を暴れ回ったばかりなのに、日を開かずの愚行。果たして学院に在籍できるのだろうかなどと、真剣に考えているのだが、どうせアイツが続行させそうだなとも思ってしまう。
「……全く。彼女が時限式の爆弾を仕掛けたことに関しては現在サラ教官が叱責中です」
「そうか。なぁ、アルティナ」
「なんですか?」
「俺の昼寝定位置教えたのお前だよな?」
「私は教えてませんよ」
「……マジで?」
「ええ。私は教えていません。恐らく彼女自身が見つけたのか……或いは———」
もう一つの考えられうる可能性を示唆しようとした時、それは偶然にもサラとフィーが同時に帰ってきたのと重なった。言い切る前に溜息を吐き、ゆっくりと視線をサラへと向ける彼女に漸くソラも察しがついて、納めていたブレードライフルをもう一度握り直した。
「なぁ、バレスタイン」
「なによ、藪から棒に」
「フィーに俺の昼寝の定位置バラしたよな? “はい”か“イエス”で答えろ」
「……それ選択肢無いわよね?」
「むしろあるとでも? 俺は昼寝後に爆殺されるところだったんだ。あと数分遅かったらお陀仏だよチクショウ。ーーで、答えろ。狼藉者はテメェか、アァン!?」
「……フィー、あと頼んでいいかしら?」
「……サラ、人に罪を擦りつけるのやめて」
「……いや、あたしまだ仕事あるから」
「問答無用だテメェら。揃って地獄へ片道直通させてやらァッ!」
———などと放課後、すぐさま二度目の大騒ぎを起こし、更に一躍有名になったソラだったが、やはりアイツの手が回っているのか、訓戒程度で済んでしまっていた。勿論、賠償金はソラが払うことになる。
とはいえ、よく退学を受けなかったものだ。そう思いながら校内を呑気にアルティナと共に回っていた。
「ソラさん、部活動の方はどうするんですか?」
「ん? あー、あれか。うーん、どうすっかなぁー」
「ちなみに無所属は生徒会の手伝い及びサラ教官に馬車馬の如く扱われるみたいです」
「ああそれだけは死んでも御免だむしろアイツが死ね。つーか、そういうお前は決まったのか?」
お前が率先して選ぶとは思わねぇんだけど?とソラがアルティナに聞き返す。記憶にある限り、こいつが得意としている分野の部活なんて一つもなかったはずなんだが……。そんなソラの不安そうな内心を理解しているのか、アルティナは問題なさそうに告げた。
「なにも部活は得意なことだけをするものではありませんから。具体的には身体能力向上を目指せる部活に入ろうかと」
「つまり水泳部とかラクロス部とかその辺りか?」
「そんなところです。《クラウ=ソラス》に頼りすぎないように私自身も二丁拳銃やアーツの高速詠唱などは会得済みですが、やはり体力はあって損はありませんから」
「成程、よく考えてるんだな。「ソラさんと違って頭を使うので」オイコラちょっと待てどういうことだ」
やいのやいのと言い合う二人。それから少し軽口と辛口が交互に投げられ、またもソラが降参したところでもう一度話を戻す。
「さて、俺の方はどうすっかなぁー。体力増強狙いで水泳部も悪くねぇんだが、他に何か良いのあるもんかねぇ。絶対無所属にはならねぇぞ。あのクソ教官に馬車馬の如く扱き使われたくねぇ……」
「そうですね。取り敢えず一通り回ってみるのも悪くないと思います。私も最終決定の判断材料が必要と考えていますから」
「それじゃ行くか。適当にぶらつくのも悪くねぇしな」
面倒臭がっているようには見える一方で、ある程度は楽しんでいるような様子が伺えたのか、彼の隣を歩くアルティナは何処か嬉しそうに頬を緩める。そんな貴重なシーンが隣で起きているのにも関わらず、全く気がつけない阿呆は呑気にも『ARUCS』に届いていた着信履歴などを確認していた。
(帝国政府からの要請は……無し。関係者からの連絡も……なし。まぁ当然と言えば当然なんだ———ん? 変な着信履歴があるな。あとで確認するか)
「何か気になることでも?」
「あるにはあるが、急ぎじゃねぇだろうからあとで確認だな。変な着信履歴だから嫌な予感しかしてねぇんだよ」
「ソラさん、そういうのは蛇足です。言わない方がいいと思われます。特に貴方はそういうものに関係してますから」
「あー、そうだな。気をつけねぇと。ところでアルティナ」
「なんですか?」
「何処から回るんだ? 正直効率的に回らねぇと時間ねぇだろ」
「そうですね。では———」
頭の中に叩き込んでおいた学院内の地図を展開・演算し、最も効率がいいコースを構築。何度か再試行し、問題なしと判断して、それをソラに伝える。
「現在地から一番近いのは学生会館ですね。そこからギムナジウムなどの位置へ、でしょうか」
「いつになく地形把握が早くて助かるな」
「まぁ数少ない特技の一つですから。ソラさんのお陰で身についたものです」
「へぇ、俺のお陰なのk「具体的にはソラさんがいつまで経っても覚えないからですが」おいコラテメェ」
「覚えないのが悪いんです。私に非はありませんよ。ところで、ソラさん」
「ん? どうかしたか?」
首を傾げるソラに、アルティナは持っていた時計を差し出す。そこの針はあと数十分で夕刻を示しており———
「そろそろ夕刻が近づいています。早く行かないと二人揃って無所属ですよ」
「うぉっ!? マジか急ぐぞアルティナ!」
「全く……ソラさんは色んなところで疎いですね」
「ん? なんか言ったか?」
「何でもありません」
あの教官に馬車馬の如く扱き使われたくないと何回も口にしながらソラとアルティナは部活決定を急ぎ、結果、ソラとアルティナは共に水泳部へと所属することになった。
———*———*———
その夜。
ソラは退屈そうにベッドに寝転んで自室の天井を眺めていた。
「あー暇だー心底暇だー」
一端の学生ならこういう時こそ勉学に励んだりするのだろう。そう思いながらも、ソラは見習うことなくただ暇だと連呼するばかり。普段なら書類の山片付けてるんだなぁーとも呟いた後、暫く考えてから自分の『ARUCS』に嵌めたマスタークオーツ『ニヒト』を手に取る。
「『ニヒト』———虚無か。成程お似合いなのはあの時に分かってたが、色合いまでらしくて泣けるな。時属性とは皮肉なもんだ」
全くエプスタイン財団もラインフォルト社も底意地が悪い。酷く的を射たマスタークオーツの属性に、ソラは呆れたように呟いた。
そういえば、確かアルティナのマスタークオーツ『ザイン』も時属性だったか……などと考えた後、空笑いも溢れた。
「相反する意味が同じ属性とは本格的に底意地が悪いな。つーか、どうせ何処かの誰さんが仕掛けてやがることなんだろうが」
元々特科クラスVII組なんて新しいものを創り出せる者など数が知れている。大凡かなり著名人に違いない。この国で行動に移せる人物など、それこそ皇族と宰相などその辺りだ。
「ま、直に本人から動くだろうし、気にしなくていいか。そもそもそいつが目的果たすのに俺達の存在が吉と出るはずがねぇしな」
卑屈に、そう言い切ると丁度何故か窓をコンコンと叩く音に気がつく。はてさて、こんな時間に何の用だと溜息を吐きながら、窓を開けたところで、あれ?と疑問に思った。
どうして窓をコンコンと叩く音が聞こえるんだ?と。
直後、容赦なく蹴りが顔に入り、目覚えのある少女が部屋へと侵入した。
「一つ確認し忘れたことがあったので失礼します。ソラさん、例の連絡は———ああ、寝てたんですか」
「ああそうだな思いっきり蹴り飛ばされてひっくり返ってたよチクショウ! 窓から入ってくる時点でなんだか想像ついてた俺も大概だがテメェもマジでいい加減にしろよ馬鹿か馬鹿なのか!? あとスカート履いてるの忘れてんじゃねえ!」
「わざわざ確認し忘れたことの為に階段を降りる必要ありますか? 私の部屋も貴方の部屋も一番階段から遠い位置にあります。しかし、部屋が下なら窓からお邪魔した方が効率的ではありませんか? スカートに関しては忘れてました。全部忘れてください今すぐに」
「いやあんなもん見せられたら忘れる訳———分かった分かりましたお願いですから二丁拳銃を
無言で二丁拳銃を突きつけたアルティナの対応に、嫌な冷や汗を浮かべながらソラは本題に移るべく、自らの『ARUCS』のメール履歴を見せた。
「このメールなんだが———ほら、このザマだ。思いっきり文字が化けてるだろ? わざと化かしてるんだろうが、かなり複雑にしてある。どう考えても他人には分からないように仕組んである」
「そのようですね。私が解くことを前提としている時点で、秘匿情報なのでしょう。———《クラウ=ソラス》」
この街に来てから、未だに一度も呼び出していなかった漆黒の戦術殻《クラウ=ソラス》がアルティナの背後から出現。すぐさま、ソラの持つ『ARUCS』の暗号メールの解析を開始し、高速演算が行われる。アルティナもまた、そのサポートを行い、待つこと数分。
解析完了を知らせる合図を受けたアルティナが、少し疲れたような顔を見せた後、《クラウ=ソラス》が解析した暗号メールをソラの『ARUCS』に再送信した。
「いつもながら見事な腕前で助かる。念のため聞いておくんだが、大丈夫か?」
「ええ、少し疲れただけです。しかし、今回の暗号メール。かなり複雑で難解でした。私自身どのような内容かも分かりかねますが、確認してみましょう」
アルティナに促され、解析された暗号メールを開く。こんなことまでして内容を秘匿しているようなメールだ。きっとそれなりの要件なのだろう。何処か期待しているような心境でメールを開封して———
拝啓 我が弟子ソラスハルト、並びにその相棒アルティナへ
ゴルドサモーナとやらを釣り上げてみた。此奴、中々粘っておったからつい興が乗ってしまった。一部地域のゴルドサモーナが壊滅してしまったが、まあ許せ。他にも何箇所かでも同じようなことをしてしまったことも謝罪しよう。
そういう訳だ。お前の方から話を通し———
「———秘匿情報とかじゃねぇのかよ!? つーか何またやらかしてんだあの馬鹿師匠!! ゴルドサモーナ釣り上げすぎて壊滅!? いやマジで今回規模がショボいだけで、いつもやってること変わんねぇじゃねぇか! そもそもなんで側にいる訳でもねぇのに尻拭かされんだ可笑しいだろうが! ……ん? ちょっと待てよ。お前の方から話を通せ? 誰にだ?」
「恐らく、宰相閣下だと思いますよ」
「ギリアスに話通せってことかハッハッハ————死ね。つーか、待てよ? わざわざアイツに話を通すことになるってことは———あの馬鹿師匠、帝国内にいるじゃねぇか!? ハァァァァ!? いい加減自重しろよ! なんでいつも俺の行く先々で迷惑事作ってんだ!? 事後処理する側にもなってみろよ!? そもそも———」
「ソラさん、流石に五月蝿いので黙ってもらえますか?」
「アッハイ」
アルティナの怒気を孕んだ一言を受け、萎縮し黙り込むソラに対し、何か違和感を感じたのか、彼女は再度解析データを確認し始める。それに気がつき、彼もまた、聞き耳を立てている奴がいないか、確認する為に周囲に殺気を放ち、気配を確認する。恐らく、サラやフィーは確実に反応するだろう。それでも一応確認しておかなければいけないと判断したのだ。結果は空振り。誰も聞き耳を立てていない。
しかし、先程の行為で近いうちに二人がここに駆けつける可能性が出てきている。ならば、やるべきこそは早く済ませるべきだった。
「アルティナ。この件はお前に任せる。解析が完了次第、俺に報告してくれ」
「分かりました。では解析に一週間の猶予を貰います。恐らく報告は特別カリキュラム中になるかもしれません」
「ああ、全く問題ねぇ。期待させてくれ」
お互い長い付き合いだからこその信頼関係に、二人は言葉を交わした後、仕事柄としての表情を一度捨てて———
「ところでお前、今からアイツら来るかもしれねぇのに、どうやって自室に帰るんだ? 下手したら鉢合わせになるよな? そこのところ考えてるんだよな?」
「ええ、ちゃんと考えてますよ」
「へぇ、じゃあ教えてもらっていいか?」
「ドアから帰りますよ?」
「は? いやお前そこは窓から帰るだろ? そもそも行きは窓から来てるのに帰りは普通に帰るとか意味がわからねぇよ!」
「ドアから帰るのは常識だと思いますよ?」
「だったら行きもドアから来いよ! なんでそこだけ常識外れてんだ! 俺ちゃんとお前に常識を教えたりしたよな!?」
「それでは一つ聞きます。立て篭もった敵がいて人質を盾にしています。さて、どうし———」
「———奇襲し混乱させて武力制圧」
「………………」
「ん? 何か間違ってたか?」
「いえ、一応答えとしては間違ってませんよ。人質の安全性がどれだけ保証させるかはさておきますが」
大きく溜息を吐くアルティナに対し、ソラは何かおかしなことでも言ったのかと自分の言葉を反芻しながら首を傾げる。
その後、結局おかしな所に気がつかなかった為、無しと考えて、話を元に戻す。
「あーもうなんでもいいかメンドクセェ。ドアから帰るも窓から帰るも好きにしろー。俺はもう寝るぞ。さっきのメールのせいで胃に穴開きそうなんだよチクショウ」
「分かりました。それではおやすみなさい、ソラさん」
ドアの前で一礼し、ドアノブに手を掛け回す。ゆっくりとドアが開いていき、廊下の方へアルティナが歩き出した。
「そういえば」
何か思い出したように、アルティナはドアを閉める前に一つだけ気掛かりだったことをソラに訊ねた。
「明日は二科目ほど小テストですが、わからない所などありませんか?」
「…………は? 小テスト? 二科目? 明日? ……ハッハッハ、ナニヲイッテルンダダイジョウブニキマッテルダロ?」
「………………」
バタン。
部屋にもう一度入り、出口を塞ぐようにドアを堂々と閉じる。それから室内だから見られないだろうと《クラウ=ソラス》を出現させ、窓の前に配備。ソラの机の上に置いてあった参考書を選別する。明日の小テストの二科目を探し終え、それを片手に持ってアルティナは無表情で宣言する。
「ソラさん———少し勉強しましょうか」
「い、いや、俺これから寝るんだが———」
「———普段から講義中に惰眠を貪ってる分際でよくそんな甘えたことが言えますね」
「いやそれはその……成長———」
「成長期が何ですか? 普段私に成長期で言い訳するなと言ってるのに自分の時は関係ないと。そんな都合の良い話がありますか?」
「いやそれはその確かに都合良すぎるよな! うんそうだよな! 俺が間違ってた! でも待てお前そろそろ就寝時刻迫ってるから自室に戻らないとマズイだr———」
「一向に構いません。例え変な噂が立ったとしても、気にする必要なんてありません。そもそも寝食共にするくらい以前はよくしていたじゃないですか。学院だからといって気にするなんてこと今更ですよね?」
「いや俺が困るんだが!? いくら知人とはいえ一晩一緒の部屋にいたとか、ンな噂立てば俺の平穏何処にも無くなるだろうが!?」
「私からすれば、ソラさんがただの問題児でしかないという認識をされることが一番困るんです! 今日みたいなことが続けば、流石に何度も特例で許される訳ではないんです。最低限問題児ではないことだけはしっかりと見せてなければいけません。平穏はそこからでも保てます———何か反論は?」
「いやでもお前———」
「何 か 反 論 は あ り ま す か ?」
「イエ、マッタクナイデス」
「では、早速始めましょう。まずこちらの基礎から———」
アルティナには勝てない。
いつも以上に強く確信し、ソラはこれから先の学院生活が幾分かマシであってほしいと一生懸命願いながら、アルティナ先生の講座を夜通し受けることとなった。
次回は多分実技テストになるかなぁ……なるといいなぁ……(白目)