英雄伝説 魂の軌跡   作:天狼レイン

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前回投稿からはや4ヶ月。お待たせしました皆さん。
生存報告すらしない阿呆で申し訳ありません。いや色々あったんですはい。
別に『軌跡シリーズ』全部やり直してた、とか。『PSO2』してた、とか。『ノゲノラ ゼロ』見に行ってた、とか。そういうのじゃありませんーーそういうのじゃないからね!?(確信犯)
と、そんな他愛もない話は置いといて。
ついに九月下旬に出ますね『閃の軌跡III』! いや待ち遠しいですよ。アルティナが可愛すぎて吐血しそう。フィーはすごく成長しましたね。いや、他にも言いたいことはたくさんありますが、それは後書きの方へ。

それでは、久方ぶりではありますが、どうぞ。


場違いな二人

 

 

 

 

 

 

「なあ、アルティナ。俺もう帰って良いか?」

 

 嘆くように呻いたのはどうしてだっただろうか。

非常に面倒臭い任務を遂行しなくてはならなかったからだったか。それとも《遊撃士》よろしく雑務をやれと命令された時だったか。いや、それも大概嫌だが、今回はそうではないとソラは目の前の現状に目をやった。

 金髪の男子生徒と緑髪の男子生徒。その二人による口論———であってるのだろうか。あまりその手のことに興味を抱かなかったことや、血生臭い任務に当たりすぎてたせいか。

 兎も角、面倒なことであるには相違ない。大きく、しかし、口論している二人には届かない程度で溜息を吐いた後、帰宅許可願いに呼んだ相棒の方を向く。

 

「帰るなら手を貸しますよ? 後始末も任せてください」

 

「おう分かったあとは宜し———おいコラちょっと待て。それなんか俺死んでね? なんかコッソリ殺害されてね? 後始末ってまさかお前———」

 

「ソラさん」

 

「ん? なんだよ、肩に手なんて置いて。そもそもお前、俺の肩に手を置け———」

 

「知らない方が幸せなことはたくさんありますよ」

 

「ホント待ってくれ。お前何言ってんの? あのアルティナさん?」

 

 一番マトモなはずのアルティナがどうにも機嫌が悪いことに今更ながら気がつく。何が原因かは何点か思い当たるが、今そこで起こってる口論に時間を取られたくない、であっているのかわからない。

 

「遺書の方は書きましたか?」

 

「質問に質問で返さないでくれ! いやホント冗談だからな? なっ?」

 

「………………」

 

「いや……その……、「私に冗談通じませんよ?」的な目でこっち見ないで? あと気配で分かってるがさりげなく《クラウ=ソラス》近づけんな! 他に見えてねぇからってダメだからな!?」

 

「……仕方ありません、また今度にしましょう」

 

「いやまた今度もダメだからな!? なんでお前に殺されるのが決まってんだ!?」

 

「日頃の揶揄いへの恨み」

 

「ワースッゴクワカルナァー」

 

 訂正。原因は結局自分だった。そんなに揶揄ってたかなぁと自重しようかと考え始めるソラに対し、アルティナは無表情で目の前の現状を見て、呆れ果てたように溜息をついた。

 

「無駄な口論ですね。例えクラスが変更されたとして、互いに望まない境遇を知るのは間違いないと思うのですが」

 

「たんにプライドだろ。どっちもどっちで引きたくない譲りたくない負けを認めたくない頑固者ってことだ。俺達も似たところはいくつかありそうだが」

 

「そうですね。似ていても途中で折れるのは口より先に手が出るソラさんですね。引いてくれるのがすごくありがたいです」

 

「まぁ俺は引き際よく分かって———いや待てさっき馬鹿にしなかったか?」

 

「気のせいですよ。馬鹿に馬鹿なんて失礼ですから」

 

「ソッカァーナルホドォー。お前ホントに一度反省させてやろうか!?」

 

「実力差はあまりないのに、ですか? それに私がいないと全力の「ぜ」の字すらないって言われてませんでしたか」

 

「一戦交える前から削りに来るのやめね? それ卑怯だろアルティナ」

 

「〝勝てば官軍負ければ賊軍〟と教えたのは誰でしたか? 戦いは始まる前から勝者が決まってると教えたのは誰でしたか?」

 

「取り敢えず胃腸薬貰えるか? 今日はいつもより腹の調子悪いみたいだ」

 

 白旗あげて五体投地の降伏。もはや見慣れた光景、もとい手慣れた手段で勝利したアルティナはポケットの中から胃腸薬を、何処からともなく水筒を取り出しソラへと手渡す。何錠か取り出し水筒の中身とともに流し込むと半眼でアルティナを睨む。

 

「お前さ、たまにはこっちの舞台に登ってくれ。なんでお前の舞台に登らされてんだ」

 

「相手を自分に有利な舞台に登らせるのは戦いの基本、そう教えたのも貴方ですよソラさん」

 

「あ、もうダメだわおしまいだ勝てる気がしねぇ」

 

 自分の言葉を使った揚げ足取りの嫌がらせに、思わず過去の己の単純さに右ストレートを叩き込んでやりたいと身に染みた一方、ちゃんと自分の教えたことを覚えてくれていた嬉しさで頰が緩む。

 ソラの様子に気がついたのか、アルティナがわざとらしく目を逸らした。何故逸らしたかなんてそういうものに疎い彼には分かるまい。

 

「なんだ、ちゃんと俺の教えたこと覚えてんのか。なら勝てなくても問題ねぇか」

 

「……珍しいですね。貴方が勝つことを欲しがらないなんて。明日は槍でも降るんじゃないですか?」

 

「褒めてんのに皮肉で返すなよ。槍じゃなくても銃弾とかは慣れっこだ今更だろ」

 

「……まるでもっとタチが悪いのを望んでいるような口振りですね」

 

「タチが悪いのならあの人達が運んで来るからな。もう防ぐのは諦めてる。飛んでくるなら飛んでこいってな」

 

「……馬鹿ですね」

 

「馬鹿で結構。馬鹿に馬鹿は失礼つったのも誰だっけな?」

 

「………………」

 

 意趣返しを受け被った帽子を手に持ち黙り込むアルティナ。その姿に勝った喜びを忘れ、ソラは子供をあやすように彼女の頭に手を置き撫でる。依然として前では激しい口論が起きている中、最後尾では内容は物騒ながら惚気話のような二人の様子に挟まれた他の生徒達は堪らずに口を開いた。

 

「本当に恋人じゃないのか? あの二人」

 

「さ、さあ……? でも僕達より年下に見えるし……」

 

「どっちかと言えば、仲の良い兄妹……であってるのかしら?」

 

「そ、そう……なんでしょうか?」

 

「仲が良いのは微笑ましいことなのだが……」

 

「正直、砂糖吐きそう」

 

「ふむ。俺のいた場所ではそのようなことはなかったが、こちらではそうなのか?」

 

『絶対にこっちも違うから』

 

「おいコラ聞こえてんぞ、下手人共」

 

 黒髪の男子生徒を筆頭に始まった愚痴は異邦の男子生徒の天然を全員で否定するも、小さな声を聞くことすら慣れていたソラの耳にはこれでもかと届き、下手人達を半眼で睨みつけた。

 

「ったく、誰が兄妹だ。そもそも髪や目の色が違ぇだろ。あと俺の妹はもっと素直()()()っての」

 

「そうですね。私もこんな兄妹は御免被ります」

 

「おいコラ」

 

「事実は事実でしょう? それを口にしてはいけませんか?」

 

「正論すぎて何も言えねぇよチクショウ」

 

「ソラさんには正論は早いですから、常識と気遣いから教えましょうか?」

 

「ちょっと俺、近くの街道の魔獣を血祭りにあげてくるわ。なぁに、生態系が変わっちゃうくらいの気晴らしだよアハハ」

 

 目のハイライトが消えた瞳で空笑いと共に、ソラは旧校舎の外へと出ようとする。本来ならば誰も止めようなどとは思わないのだろうが、しかし、彼が口にした言葉をいち早く呑み込んだ黒髪の男子生徒がその意味を理解して駆け出した。

 

「ま、待ってくれ! 名前まだ知らないけど、それだけはどう考えてもやりすぎだから!」

 

「離せェッ! ちょっとだけだから、ちょっと掻き乱して来るだけだから!」

 

「それでも掻き乱しているじゃないか! だ、誰でもいいから手を貸してくれ! 俺一人じゃ止められる気がしない!」

 

「助太刀しよう。何処を押さえればいい?」

 

「と、取り敢えず左肩の方を頼む……!」

 

「いやホントちょっと待って! ホントちょっとだけだから! 気晴らしくらいさせてくれェッ!」

 

「気晴らしで生態系壊される相手のことを考えてくれ!」

 

「ま、魔獣だけだから! 魔獣だけ蹂り……狩ってくるだけだから!」

 

「さっき蹂躙って言いかけなかったか!?」

 

「気のせいだから! 気のせいだから離せェッ!」

 

「何やっているんですか貴方は……」

 

 ぎゃあぎゃあと喚く餓鬼を取り押さえる二人の警備員のような光景に、思わずアルティナは今まで以上に憐れむ。

 以前も見た光景だが、より餓鬼っぽさが滲み出ている辺り、彼もまた、本来は年相応なのだろう。

 

 とはいえ、今日会ったばかりの者ばかりの場で恥しか晒さない姿はなんとも見苦しい。呆れ憐れんだ後、少し黙らせるために軽く後ろに下がって、助走開始。取り押さえた二人には当たらないように位置を調整し、直後、ドロップキックがソラの鳩尾に突き刺さった。

 

「とうっ」

 

「グボァッ!?」

 

 想定外の衝撃波に、胃の中が圧縮され反動で口から食べた物がせり上がって来そうな悲鳴をあげながら、ソラは吹っ飛び、冷たい床を何度か転がり、壁へと激突。それから少しの間、全くと言っていいほど動かなくなる。

 対して、ドロップキックを見舞ったアルティナは溜息を()きながら、取り押さえていた二人や他の生徒の方を向いた。

 

「これで静かになりましたね」

 

『今の何!?』

 

「対ソラさん用鎮圧手段の一つです。煩い時や子供のように駄々をこねた際に使うと効果的なので」

 

「効果的っていうか———全く動かなくなってるぞ!?」

 

「いつものことです」

 

『え、いつものことなの……?』

 

 困惑する一同に対し、アルティナは気にせず今も行われている目の前の二人による口論に目をやる。どうやら先程の騒ぎでも気がつかないほどに興奮しているらしい。

 さて、どうしたものかと考えようとした所で、漸く事態は動く。

 

「あー、はいはいそこまで。互いに言いたいこともあるだろうけど、取り敢えず、“特別オリエンテーリング”を始めるわよー」

 

 今の今まで傍観するだけだった女教官———サラ・バレスタインが、言動からも理解できるように面倒臭そうに話を無理矢理切り上げ、次へと移す。無理矢理であったためか、或いは踏ん切りがつきにくいのか、未だに二人は睨み合ってはいたが、漸く矛先を納める。

 一方で、漸く事態が動いたことで流石に起こしておこうとアルティナは伸びているソラの肩を掴み、手加減なしで前後に揺らした。

 

「起きてください、ソラさん。まだ気絶しているんですか?」

 

「………………」

 

「……仕方ありません。起きないなら強引に起こしましょう。《クラウ=ソラ———」

 

「起きた! 今起きた! 起きたから! マジでそれだけはヤメロォッ!?」

 

「起きてましたか。残念です」

 

「残念!? 今お前残念つった!? いやそれ以前にドロップキックとか殺す気かテメェ! 食ったもん全部吐くかと思ったわ!」

 

「貴方ならそんなことはしないと判断して行動しました。後悔も反省もしてません」

 

「んだとゴラァッ! 元々はお前がど直球にディスったからだろうが!」

 

「ええ、確かに事の発端は私ですが、間違った事は言ってません。言われたくないのであれば、先に言っておくのが定石です。しかし、ソラさんは言ってませんよね? 」

 

「………………」

 

「それに他の方々もいる所で知人が恥を晒しているのを、私個人としては見ている訳にはいきません。では、どうすれば鎮圧……失礼、静かにできるかと考えれば、実力行使が一番手っ取り早かった。ただそれだけのことですが、言いたいことはありますか?」

 

「おいちょっと待て、鎮圧って聞こえたぞおい! 俺は暴徒か? 暴徒なのか!? てか俺最近こんな目にしか遭ってな———」

 

「他 に 言 い た い こ と は あ り ま す か ?」

 

「あ、うん、その……俺が悪かった反省してます許してください」

 

『し、尻に敷かれてる……』

 

 本日二度目となる光景だというのに、ソラとアルティナとの関係が大体察せる程になりつつある生徒達とは裏腹に、サラは呆れた顔をしながら、手を叩いてこちらに意識を向けさせた。

 

「そこの二人、いつまで痴話喧嘩している気なのかは知らないけど、さっさと始めないと私も困るのよ」

 

「アルティナ、あいつ痴話喧嘩とか言ったんだが?」

 

「拗れる前に幕を引きましょう———ソラさんを殺って」

 

「ウッワァー矛先コッチ向イタゾォー。———《あとで覚えてろ、バレスタインめ……》」

 

 遠い目をしながら移動し、他の生徒達の()()に並ぶ二人。サラが少しずつ移動する最中で、何回か足で床を押さえた後、互いにしか分からない程の僅かなハンドサインで次に取る行動を統一する。

 そして———

 

「それじゃ、行ってらっしゃい♪」

 

 言うが早いか、旧校舎一階の舞台壁一角の一つに設置されていた、如何にも怪しい赤いスイッチを、何も躊躇いもなく押した。

 直後、ガコンという重々しい音が響くと共に、立っていた位置すら仕組まれていたかのように生徒一同の足元の床が大きく下方向へと傾き始めた。

 

「うわぁっ!」

 

「な、何だ!?」

 

 完全なる不意打ち。加えてかなり速いスピードで直角へと傾く床に、()()()()()()に慣れていない殆どの生徒は抵抗虚しく、階下へと引き摺り込まれていく。

 そんな中で、そういうものに慣れていた銀髪の少女はあらかじめ右腕の袖に仕込んでおいたワイヤーを伸ばし、それを天井に括り付けることで空中に逃げて落下を阻止した———はずだった。

 

「———ッ!?」

 

 カンッ!という金属同士がぶつかる音と共に、真っ直ぐ伸ばしたはずのワイヤーは弾かれ、あらぬ方向へと飛んでいく。加え、そのワイヤーの先は何も括り付けることすら出来ず、阻止できたはずの落下を受ける羽目となった。

 階下へと落ちゆく僅かな間、見上げる形で落下阻止を邪魔した不届き者の顔を睨みつけながら少女は予想外の事態を味わい落ちていく。

 

 その一方、少女の落下阻止を妨害した不届き者は、堂々と睨みつけていた少女が階下に消えるまで睨み返していた。

 

「詰めが甘ぇよ。どうせ落下阻止成功したら俺に食ってかかるのが見えてたからな」

 

「彼女とまた出会うことになるとは予想してませんでしたよ。改めて世間は狭いと認識できました」

 

「みてぇだな。なぁ、そうだろう? 《紫電》のバレスタイン」

 

 直後、面倒臭そうな顔をしたソラの首元に赤紫に輝くブレードが突きつけられた。薄皮一枚斬り裂けそうなぐらいの距離間にある金属が背中に冷たいものを通すが、それを心地良い感覚として嬉しげに笑う。

 

「そうね。またアンタらと出会うことになるとは思っていなかったわよ。《鉄血の子供達(アイアンブリード)》の《復讐鬼(モンテ・クリスト)》と《黒兎(ブラックラビット)》」

 

 忌々しそうにその異名を告げ、サラはブレードを現状生徒として預かったソラに向ける。

 

「ん? やっぱそっちで呼んだか、《紫電》。まぁ十中八九って感じだったから問題ねぇか。んで教官様よ、生徒にンな危ないもん向けちゃダメだろ」

 

「アンタらがそれ言えるかしら……?」

 

「バレた? 流石は〝準達人級〟、お見事」

 

 そう、刃物を向けているのはサラだけではない。ソラの両手にもまた、先程ワイヤーにめがけて投げたものと同じダガーが握られていた。右手に握られたダガーは勿論のこと、首元へ。左手に握られたダガーは————

 

「———心臓、ね。アンタ、本当に容赦ないわね」

 

「当然だろ。殺しに来られてこっちが殺さないとか侮辱でしかねぇだろ。尤も、任務の都合上こっちが先手必勝で殺戮する方が多いがな」

 

 この時点でサラの敗北は喫していた。そもそもブレードとダガーでは長さが違う。それが堂々と心臓付近、詰まる所、懐へと向けられているこの時点で戦場ならば、距離詰めで敗れている。

 加えて、ソラの得物はこんなダガーなどという暗器ではない。その時点で長さという有利すら取れなかったサラに敗北はほぼ確実となっていた。

 そして、もう一つ。忘れてはならないものがある。

 

「アルティナ」

 

「ええ、手筈通りですよ」

 

 サラの背後から、先程ソラの側にいたはずのアルティナが、無骨ながらも洗練された、漆黒の戦術殻《クラウ=ソラス》と共に出現する。背後を取られたことも重大な問題ではあるが、それ以上に問題なのは自動人形が取っていた行動にある。

いつから向けられていたかはさておき、その右腕は躊躇うことなく、サラの後頭部に突きつけられている。

 つまり————

 

「『詰み(チェック)』だ、《紫電》。お前の敗けだ」

 

 死神が嘲笑うように、ソラは敗北を突き付けた。先手を取ったはずが既に取られていた現状に、憎々しそうにサラは得物を下ろした。

 それに対して、ソラもハンドサインでアルティナに《クラウ=ソラス》を下がらせるように伝え、自身もダガーをベルトに引っ掛ける。

 

「———それで、《復讐鬼(モンテ・クリスト)》がアタシに何か用?」

 

「皮肉しか言えねぇのかよテメェ。まぁいいか。こっちも要件らしい要件なんざねぇよ」

 

「へぇ。《鉄血宰相》から直々に何か命令受けたから手を出すな、とでも言われると思ったんだけど?」

 

「ンなわけねぇだろ。むしろこっちからすれば、喧嘩売ってこいって話だ。端的に言って暇なんだよ。雑魚ばっか相手して、マトモな相手がアルティナとあいつらだけってのは」

 

 別にあの時の猟兵団も弱いと言ってる訳ではない。ただ消化不良が過ぎるのだ。最近そればっかなんだよと目で訴えるソラに、サラは面倒なことになるなと察して今年の教官生活は大変だと溜息を吐く。

 

「それで? アンタ達、本当は何しに来たのかしら?」

 

「ん? 特にないぞ、ここだけの話」

 

「ええ、本当ですよ。宰相閣下からの命令以外には何も」

 

「……しらばっくれてる訳じゃなさそうね」

 

「当然だろ。他に何かあるなら、なんで今頃生徒なんざ堅苦しいことやらなきゃいけねぇんだよ。それ単体しかねぇからこの有様なんだよ」

 

 「ギリアスの野郎、なんでンな命令したんだか……」と愚痴る一方で、大方の理由を察したソラとアルティナは、それを口に出さず飲み込んだ。あの男のことだ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 数年の付き合いから———いや、その前から分かっていたあの男の辣腕からも、それが滲み出ているのを二人はそう理解していた。

 

「ソラさん、そろそろ時間です。これ以上、引き伸ばすと進行に影響が出ます」

 

「俺としてはこのままバックれたいんだが……」

 

「社会的に死にたければどうぞご自由に」

 

「よーし! 俺張り切っちゃおうかなぁー! いや楽しみだなぁー特別オリエンテーリングッ!」

 

「張り切ってもらえたなら幸いです。それでは行きましょうか」

 

「……俺どうしたらアルティナに勝てるんだろうなぁー」

 

 そそくさと先に階下へと身を投じたアルティナに、一部を除いて勝ち目がない自分の現状を呆れながら嘆くと、ソラもまたその後を追う。

 台風一過の如く、場を荒らすだけ荒らして行った二人が漸く階下へと降りて行ったのを確認して、サラはどうか今年が厄年ではないようにと祈るばかりだった。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

「なあ、アルティナ。俺、思ったんだが……他人の不幸ってメシウマなんじゃねぇかって」

 

「そうですか。なら、他の方々のメシウマのためにソラさんを犠牲にするのはどうでしょうか?」

 

「あ、やっぱごめんなんでもねぇわ。人の不幸は悲しいよねウンソウダヨネ」

 

 アルティナからの愚直なまでに真っ直ぐな脅迫を受け、空笑いを溢しながらソラは片言に意見を変更する。変更したというのに、まだ遠慮なく体重をかけて右足を強く踏んでいる辺り、元からそういう属性が合っているんだなぁと染み染み思う一方、後で腫れた足をどうしようか真剣に考える。

 

「えっと、アルティナさん? いい加減足退けてくれません? スッゲェ痛いんですがあの……」

 

「このまま潰してしまうのもアリだと思いますが、どう思いますかソラさん?」

 

「アッウンソウダネー、って返事すると思ってんの? そこまで馬鹿じゃねぇだろお前」

 

「ええ、分かってて聞きましたよ。 それがなにか?」

 

「もうヤダこの子。スッゲェ怖い。誰がこんな風にしたんだろうなぁー」

 

「主に数人ほど検討つきますね。そのうち一人が近くにいますが」

 

「もうそこストレートにお前のせいだって言わね? オブラートに包んでるつもりだろうが、全然意味ねぇよ? 聞いてますアルティナさん?」

 

 ギリギリとわざと足を捻りながら、人の足の甲を踏み砕かんとばかりに力を込め続けるアルティナに、身内に碌なのがいないと溜息を溢すソラ。それを遠目にそれを見ている落とされた連合軍は、何とも言えない顔をしていた。

 

「なぁ、みんな。アレを見てどう思う?」

 

「足を踏み砕こうとしてるあの子も大概だが、それを痛がる様子も見られないんだが……。いやそもそも、普通に話をしてるように見えるのは俺の気のせいか……?」

 

『いや、その目は間違ってない。可笑しいのはきっと向こうだ(よ)』

 

「聞こえてんぞ『まんまと落とされた連合軍』。あとそこ。さっき落としたのは悪かった、謝るから殺意向けないで貰えます?」

 

「ん、それは無理な相談。あとで覚えといて」

 

「アルティナ。俺って何か因縁つけられるの多くね? 気のせい?」

 

「トラブルメイカーが何を今更言っているんですか?」

 

「うっわドストレート。もうお前、言葉のキレで物ぶった斬れそうなんだけど」

 

「何なら今、ぶった斬りましょうか?」

 

「全力で遠慮します。あと然りげ無く《クラウ=ソラス》こっちに向けんな。分かってんだぞ気配で」

 

「わざと向けてるんですよ分からないのですか?」

 

「もう泣いていい? 相棒もマトモな神経してないんだが」

 

「私よりマトモな神経してない人に言われたくありませんね」

 

 もうダメだおしまいだとばかりに悲嘆に暮れるソラに対し、ずっと溜息しか吐いていないアルティナは、このあと何があろうともアップルパイを作らせて精算させてやろうと、そこまで持っていく手順を頭の中でシュミレートする。未だに足の甲を踏み砕かんとする動きは一切止めずに。

 と、ここで突然制服のポケットの中から電子音が鳴り響いた。音の発信源である、入学証明書と共に届いた導力器(オーブメント)を恐る恐る開く一同に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『全員、無事みたいね』

 

「むしろ怪我人出たら首飛ぶに一票。んで、さっさとしろよ教官。こっちは時間の都合も考えてやったんだぞ」

 

「考えたのは私でバックレようとしたのは貴方なのに何抜かし……失礼、何言ってるんですか」

 

「アッウンソウダネー、っておいコラちょっと待て。さっき抜かすって言わなかった!? お前何か言葉遣いも悪くねぇか!?」

 

「信頼してあげてるんですよ感謝してください」

 

「ウッワァーオレスッゴクウレシイナァー」

 

『何故だが知らないけど泣けてきた……』

 

『アンタ達、早速影響出てるわよ……』

 

「知らんな、ンなこと」

 

「影響出るのは不可抗力です。文句があるならこの人にどうぞ」

 

「お前も道連れだ馬鹿野郎」

 

 通信越しに聞こえるわざとらしい溜息を流して、二人はすでに他の者達が気がついていた、まるで円を描くかのように設置された十の台座に目をやった。その上にあったのは各々が校門前で預けたはずの荷物と、片手に乗るサイズの宝箱が置かれていた。人から物を貰うことが少ないせいか、ソラは勿論、アルティナを含めた全員もまた首を傾げ、或いは怪しみながらその側に近寄った。

どういう訳か、ソラかアルティナの台座がなく、二人纏めて置かれている辺り、気が利いているのか、或いは嫌がらせなのか。疑問を浮かべ、まぁいいかと無視しようと腹を決める。

 

『あ、そうそう。アンタ達は一緒の台座にしておいたわよ』

 

「テメェの仕業かよクソ教官ッ!」

 

「………………」

 

「えっとアルティナ……さん? あのそのドス黒いオーラ、みたいなの引っ込めて貰えません? 俺怖すぎて得物取れないんですが……」

 

「サラ教官……後日時間を頂いてもいいですか?」

 

『……えーっと、時間取れたら、ね?』

 

「………………」

 

 教官の粋な計らい(?)のせいで周囲が凍りついた一方、サラはおふざけ無しに、渡されていた導力器(オーブメント)の説明が行う。

 

 かのエプスタイン財団とラインフォルト社が共同で研究・開発して制作した第五世代型戦術オーブメント『ARCUS(アークス)』。

そもそも“戦術オーブメント”とは、一般的に“魔法”と称される導力魔法(オーバルアーツ)の使用や所持者の身体能力の向上などの機能が備わった、その名の通りの戦闘用の導力器(オーブメント)の総称。現時点で大陸各国の軍隊や警察、遊撃士協会などにも普及している代物である。

現状、最も戦術用オーブメントとして知られているのは『ENIGMA』と呼ばれるエプスタイン財団が中心となって開発された機器であったが、どうやら軍事大国であるエレボニアは、それだけでは満足いかなかったらしい。その結果がこれだと言えるのだが、元よりそれに頼らない戦い方をしていたソラには無用の長物と言えた。

 これを踏まえて戦術オーブメントに興味が無かったソラだったが、それを使用しているアルティナのお陰か、完全に疎くはならなかったためにある程度は分かるがすでに欠伸が出始める。

すると、先程の非ではない程に力を込められたアルティナの足により、足の甲が悲鳴をあげる。

 

「ンギィッ!? 痛い痛い痛いッ! マジで痛ぇわアルティナ! いい加減に足退けろッ!?」

 

「じゃあ寝ないと誓ってください。———金輪際」

 

「わ、分かった分かったから! 寝ないって誓———ちょっと待てお前今なんつった?」

 

「金輪際ですが、何か可笑しいでしょうか?」

 

「いやすでに可笑しいのだろテメェ! 俺はまだ人間だぞ!? あの人災共じゃねぇんだからな!? 一緒くたに扱わないでくれ!」

 

「じゃあ少しはそれらしくして貰えますか? 今の貴方の行動がそれとかけ離れているのですが」

 

「お前のその行動が同年代の女の子らしくねぇんだよ理解しろよ馬鹿野郎!」

 

 大切な説明の最中に喧嘩を再び始める二人に、サラはついに二人との通信を躊躇いなく切る。加えて、あの二人のことを気にしなくていいと補足し、説明を続行。ある程度噛み砕いた上で説明し切ると、二人を除いた全員に小さな宝箱を開けるように告げた。

 一方のソラやアルティナも、通信は切られたものの他の者達の行動からやるべきことを判断し、宝箱を開けた。

 

 そこに入っていたのは、小さい球状のクオーツ。それもただのクオーツではなく———

 

「マスタークオーツ、ですか」

 

 〝進化するクオーツ〟と称される、次世代型『ENIGMA II』より実践された代物であることをアルティナは看破する。すでにその次世代型を使用していた、ということもあるのだが、それよりも何かが違っていると判断したのか、興味を示した。

 それに対しての説明をするためか、アルティナとの通信を再開し、詳しい詳細を語るサラだが———

 

「なんで俺との通信切ったままなんだろうなぁー」

 

 唯一人、蚊帳の外に放置された哀れな男が空笑いを溢して、隣で話をしっかり聞いているアルティナへと視線を注ぐ。

 すると、それに気がついていたのか、いや気がついていたアルティナは瞳を伏せ、ハンドサインを出す。反応してくれたことに若干嬉しそうにしながら、ハンドサインの意味を理解して———ソラは座り込んで遠くを見つめることにした。

 

 彼女が出していたハンドサインの意味は『五月蝿いので黙って大人しくしていてください』である。相手をするのすら疲れた、という時に使われるそれをここで使われたせいか、ソラが目に見えて大人しくなる。それが視界に入っていたのか、一部他の者達が何とも言えない顔で視線を向けた後、気にしないように話へと集中することにした。

 

 いくらか時間を要した後、説明を終えた所で一同がマスタークオーツを各々の『ARCUS』に填める中、肩をトントンと叩かれ、ソラは漸くそちらを向く。

 

「ソラさんのです。早く填めてください」

 

「……たまに思うんだが、ツンデレも悪くないよな」

 

「サラ教官、ソラさんはいらないそうなので返却して宜しいでしょうか?」

 

『いいわよ。どうせ使わないでしょうし』

 

「おいコラちょっと待てやテメェら。ちょっと思ったこと口にしただけだろうが」

 

「そのちょっとが原因なのを理解していないのですか?」

 

「………………」

 

 相変わらず勝ち目なし。そう判断するとアルティナからそれを受け取り、自らの『ARCUS』の中心に填めた。

 マスタークオーツの名は『ニヒト』。その意味は————

 

「虚無、か。ある意味、俺には()()()()だな」

 

「……私のも大概だと思われますが?」

 

 半ば呆れたように、アルティナは与えられたマスタークオーツをソラへと見せる。自分のものを見て大概だと言う彼女の発言からした碌でもないネーミングなんだろうなと思いながら、その名を知る。

 

「存在———『ザイン』か。これちょっと皮肉効きすぎちゃいねぇかなぁ! エプスタイン財団とラインフォルト社襲撃してやろうか担当者誰だゴルァッ!って」

 

「傍迷惑だから本当にやめてくれ!」

 

 金髪の女子生徒に顔を張られたらしい黒髪の男子生徒からまたも、先程同様に悲鳴に等しい嘆きが聞こえた。流石に金融機関を麻痺させるのは後が面倒なので絶対にしないが、冗談に聞こえなかったのだろう。彼には後でキチンと謝ることにしたソラだが、確かにこれは()()()()

 誰だこんなことしやがったのは、と今にでもサラを問い詰めてやりたいが、どうせ時間の無駄だろう。仕方ないと胸の奥に怒りを鎮め、二人はお互いの得物を手に取ることにした。アルティナが第二の武器である二丁拳銃を手に取り、スカートの横に引っ掛けたホルスターに戻す一方で、ソラは校門前で預けた不相応な大きさのケースから、〝それ〟を取り出した。

 

 取り出したそれは常識的に考えれば———いや、一般的に考えれば目にすることもないはずの得物。しかし、裏の界隈に身を置く者ならば、目にすることがあり、使いこなす者はかなりの手練れであることが必至である代物。正式な型番が存在しない予想外のそれはこの場の全員を唖然とさせた。

 

「アイツ、在学中は何でも良いって言ってたよな、アルティナ」

 

「ええ、そうですね。しかし、何故それを?」

 

「『鞘』としては上出来だろ?」

 

「成程。()()()()ことですか」

 

「ああ、()()()()ことだ」

 

 ニシシと笑い、ソラはその得物を見せつけるように振るい、床へと突き刺した。齢16の少年が持つには相応しくない———『ブレードライフル』という得物を。

 

 

 

 

 

「やりすぎないようにしてください。後が面倒です」

 

「わーってるよ。んじゃあ———軽く遊ばせてもらうか」

 

 

 

 

 

トールズ士官学院の歴史史上初めての、最も場違いな二人が、ここに特別オリエンテーリングを開始した。

 

 

 

 

 

 




以前、こちらの方では呼び名云々のことを書いていたのですが、毎度書いてるとネタが尽きそうなので割愛することにしました。

ぶっちゃけますと作者の興味ある話題、次回がどんな感じかになりそうです。興味ないって方は小説の次回をお楽しみくださいな。

ところで、腕が飛んで行きそうな名前の兄貴とそっくりな人や、お前死んだはずじゃね?状態のルドガーパパと出会ったフィーの顔がどうなるかが楽しみですね。
きっと多分結社が碌なことしてないんだと思われますが。

さて、次回ですが、特別オリエンテーリング・階下での戦いになります、お楽しみに。
次回に関しては熱が入り始めたので早いと思います。進捗をちょこちょこtwitterの方に載せるつもりです。忘れてたらごめんなさい。

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