英雄伝説 魂の軌跡   作:天狼レイン

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前回から一ヶ月ほど。お待たせいたしました。

今回は繋ぎですのでそこまでのものではないことをご理解を。
ラストを除いて茶番じみてるのはお許しください。
ソラとアルティナを書いてて楽しかったんです。
ちゃんとリィン達にも視点を向けるつもりなので感想と共にアドバイスあればドシドシお願いします。

ちなみに本作でのアルティナの学生服は基本的に『lll』の分校服装に似ています。帽子とかほぼそれのイメージなのでご了承を。


激動の時代、その幕開け

七耀歴1204年 3月31日 エレボニア帝国帝都近郊都市トリスタ

 

 

 

 あらゆる生物達が待ち焦がれていた、春という季節。

 冬の寒く、厳しい環境で、様々な方法を以て、それを凌ぎ続けた者達。それらを祝福するような歓喜の季節にして、命脈滾る生物賛歌。多くの生物が再び地上に姿を見せ、生き生きとした姿を見せつける。

 

 その前触れたる春の薫風には、多少の冷たさはあれど、訪れを予感させるには丁度良いものであった。

 外を出歩く者達の頰を撫でていき、同時に、街中に美しく咲き乱れたライノの花の優しき香りをも運ぶ。

 繰り返されている出来事とはいえ、それでも感慨深いものは極々普通の者達どころか、()()()()の裏世界に在る者達の心にも届いていた。

 

 そんな時期、ライノの花咲き乱れる、このトリスタには住民以外の多くの者達の姿があった。

 人生の新たな門出、それを迎えた若々しい少年少女達だ。彼らは真新しい学生服を身に纏い、見慣れない街並みへ、一様に目を輝かせていた。

 街の一般区画から坂を上った位置。石畳で覆われた道の先には、何処か荘厳さを醸し出す建物が建ち、緑、はたまた白を基調とした学生服に身を包む彼らが、一人の例外なく、その建物の門を潜る。

 

 

 

エレボニア帝国屈指の名門校にして、様々な可能性創造の場。

『トールズ士官学院』。

 

 

 七耀歴950年、エレボニア帝国史上最大にして最悪の内戦とされた《獅子戦役》。その内戦にて見事勝利を掴み取り帝国を平定した大帝ドライケルス・ライゼ・アルノールが設立した由緒正しき士官学院であり、その歴史は帝都ヘイムダルに存在する名門女子校、『聖アストライア女学院』と並んで長い。

 身分制度の最上位である帝国四大貴族の嫡子から末端は平民の生徒まで、その在校生の内訳は様々であり、卒業先の進路もかつては軍属が大半を占めていたが、今では士官学院で学んだ知恵と技術、十分なほどの経験が生かされ、各々が望んだ道に進むことを後押しした。

 これが、元々士官学院であった『トールズ』の名を低迷させた訳ではなく、むしろ多種多様な価値観が学内に生まれたこともさることながら、あらゆる分野においても『トールズ』の名が出ることにもなり、生徒間に頭の硬い思考をする者が減り柔軟性が生まれたと専らの噂でもあった。

 

 若い身である少年少女、その一人である自身が、在校する二年間の間で何を学び、何を見つけ、何を得るのか。

 何処か簡単そうに見えて何処か難しい、そんな答えを求めて、今年も生き生きとした新入生達が、抱いた希望と一抹の不安、或いは覚悟を胸に、このトリスタの街を訪れていた。

 

 

 

「……やっと朝だな、アルティナ」

 

「そうですね、ソラさん」

 

 帝都ヘイムダルへと続く西トリスタ街道。二人の新入生はそこから帝都近郊都市トリスタを()()訪れた。

 まるで散々だったとばかりに隣に立つ少女———アルティナへ声をかけたのは、黒髪の少年———ソラ。

 背にギョッとするほど大きな黒塗りのケースが背負われており、齢16歳の少年には不相応に思わせていた。

 だが、その大きな背荷物に振り回されることなど一度もなく、彼はポリポリと頭を掻き、酷く退屈だったかのように大きく溜息を吐いた。

 

「トリスタについてから早数時間。いざ着いてみれば、まだまだ夜更けで、何処もかしこも開いていない。流石に時間早すぎだろアレ。ギリアスの野郎、巫山戯んなよマジで」

 

「今回ばかりは同意見です。流石に時間を早くにさせすぎだと判断します。ですが、少しばかり聞き捨てならないものが聞こえましたが?」

 

「仕方ねぇだろ、実際そうなんだから。お陰様で、日も昇らぬ真夜中に外で魔獣狩りヒャッハァーする羽目になったんじゃねぇか」

 

「かなり冷えていましたからね。とはいえ、私は焚き火の周りでコートを着ていたのでそこまででしたが。

 それに対して、ソラさんは絨毯爆撃も斯くやという程に大暴れしていましたね。『虐殺だ殺戮だ蹂躙だァー! オラとっとと粉微塵になれやァッ! あ、でも、やっぱすぐに倒れてんじゃねぇぞ立ち上がって一矢報いてみろやゴラァッ!』でしたか。もはや組織一つを束ねている悪党じゃないですか」

 

「数日間はずっと書類仕事で缶詰だったからな。身体動かせる時に動かしておきたかったんだよ。あと一言一句完コピしないでください恥ずかしくて悶えそうです」

 

「レクターさん曰く、『男の羞恥心による悶えに価値なんざねぇだろ、キモいだけだし』とのことですが、軽蔑して宜しいでしょうか?」

 

「普段から毒舌吐きまくってる奴の台詞じゃねぇよな、おい。あとレクターは後でぶっ殺す」

 

 今頃仕事先のカジノでカモ捕まえてフィーバーしているだろう同僚の顔を浮かべ、急激に殺意が湧いてくるも、ここでは晴らすことができないのを理解しているため、今は頭の片隅に捨て置くことにする。

 

「先程缶詰と言いましたね。時間がある時に私と何度か手合わせはしたはずですが、物足りませんでしたか?」

 

「ん? いや、そういう訳じゃない。ただこう……なんていえばいいんだろうな。多数の敵を一人で蹂躙し尽くしたい、って感じか」

 

「要するに大軍に突っ込んで搔き乱したかった、とのことで宜しいですか?」

 

「そうだな、ストレス発散にそれぐらいしたいぐらいだ。———何処かの人に『メーザーアーム』と『ブリューナグ』のオンパレードされたからな。お陰で制服の左肩が煤けたんだが?」

 

「朝から揶揄った貴方が悪いのでは?」

 

「腹ペコ属性は腹ペコ属性だろ」

 

「街中で無ければ、即座に《クラウ=ソラス》に命令してました」

 

「んじゃ好きなだけ煽って———」

 

 カチャン。

 金属質な音と共に首筋に突き付けられた冷たい何か。

 戦場慣れしているソラはすぐさま両手をあげる。

 

「オーケーオーケー落ち着けアルティナ。取り敢えず、第二の得物(サイドアーム)の二丁拳銃を下ろしてくれ、な?」

 

「次、私をそう表現した場合は構えずに撃ちますので、ご理解を」

 

「アッハイ」

 

 黒塗りの二丁の拳銃を後頭部に突きつけられ、多少慌てながら謝罪するソラに、アルティナはいつもの通りだと判断して、二丁の拳銃を腰に巻いているベルト、そこに引っ掛けたホルダーにそれぞれ戻す。

 

「しかし、変ですね」

 

「ん? 変って?」

 

「あそこです」

 

 指差したのはトリスタ駅から姿を見せる新入生達。何処も可笑しくはなく、ソラやアルティナのように特殊な世界にいる者のような気配は少したりとも感じられない。

 

「どう見てもただの平和ボ……新入生だろ」

 

「口が悪いですね」

 

「お前が言うな。で? 何が変なんだ?」

 

「学生服の色です」

 

「あ? ンなモン変も何もないだろ。どう見たって“緑”か“白”の二色ばか———ああ、そういうことか」

 

「漸く気がつきましたか。だから単細胞などと言われるんですよ、貴方は」

 

「お前ホント折檻するぞゴラァッ!」

 

「その場合、確実に冷たい目で見られる日々に直行ですね」

 

「うっわぁ殴りてぇ。フルスイングで殴りたいと思ったの久しぶりだわチクショウ」

 

「その怒りはまた魔獣にぶつけてください。

さて、話を戻しますが、私達の学生服の色は“真紅”、控えめに言っても“赤”です。ですが、他の新入生達は“緑”、或いは“白”。恐らくは特別な理由があると考えられますが」

 

「ま、それが妥当だな。こんなことが出来るのつったら、理事長や学院長クラスだろうな。今まで政府に介入されたことのない『トールズ』なら、その二つ以外に有り得ない。学院長はあの爺さんだろ? なら、変に弄ったりはしない。そうなれば、大体しでかすとしたら、な?」

 

「理事長にあたる者、ということですか。それらしい人物に心当たりは?」

 

「あるっちゃあるが、名前呼んだら出てくる訳じゃねぇしな。どうせ職場にいるだろ。なら、そこに突撃した方が早い」

 

「はぁ……治らないようですね、その発想」

 

 呆れた様子でこちらを睨むアルティナに、原因だろう事柄をソラは躊躇うことなく口にする。

 

「力技で解決しようとする輩が多すぎたのが悪い。策を立てようと基本あてにしてないから「バレても関係ねぇ! 勝てばよかろうなのだァッ!」って思考してる奴ばかりだからな、あそこ。何なのホント泣くぞチクショウ。師匠もそうだが、その友人とか軍勢率いて突っ込むからなぁ……あー胃がキリキリしてきやがった」

 

「思い出すだけで胃の調子を悪くする癖、治すべきでは?」

 

「じゃあ、あの人外達どうにかしてくれよ。毎度毎度、「興が乗った!」つったら被害ばかり拡大させて謝罪する気ほぼねぇし」

 

 脳裏に浮かび上がる“達人級”の人外達。高笑いが似合う姿、絨毯爆撃も斯くやという破壊力、それらを見る度に胃に穴が空きそうになるかならないかの瀬戸際を繰り返した日々が思い出される。

 

「あの者達に関してはノーコメントで構いませんか? 関わると碌な目に遭わないと判断しますが」

 

「そうしよう。どうしようも無さすぎる。どうせ今も迷惑かけてんじゃねぇか? 例えば……」

 

「そこまでにしておきましょう。いざ例えると現実の話になりかねませんから」

 

「ああそうしよう。言霊は舐めちゃダメだわホント。俺がそれを言える立場じゃねぇのは重々承知の上で」

 

「ええそうしてもらえますか。私もそれの被害者ですので。可能ならば必要以上に黙ってもらえると————」

 

「お前ホント折檻するぞ」

 

 いつからこんな毒舌腹ペコキャラになったのやらと心の中で愚痴りながら、ソラは溜息を吐く。

 対して、アルティナは分かっていながらも分かってないという(テイ)を装って、首を微かに傾げてみる。

 溜息をいくらか吐いた所で、首を傾げていた彼女に目線が向く。

 いつもの製作者の趣味か何かがこれでもかと溢れている戦闘衣(かっこう)と打って変わったせいか、彼女の雰囲気は違っていた。

 

 〝真紅〟の学生服に身を包んだ姿は、まず格好からして清楚と言える。本来の年相応に見合った服装とは若干違っていながら、それでも未成熟で子供らしい、こうであるのが普通だと思わさせた。

 本人は「そんなはずがありません」などと否定するだろうが、大人しげな雰囲気であるアルティナは思ったよりも学生服が似合ってもいた。当然、他にも似合うものは数多くあるだろう。

 加えて、いつものフードとは違って黒い帽子を被り、控えめにリボンで前に流した髪を整えた姿は長年の付き合いとも言えるソラと言えど、見惚れるものがあった。

 

「どうかしましたか?」

 

「ん? いや、なんつーか。お前綺麗だよな。元が良いってのもあるけど、いつもの格好よりそっちの方が似合ってる。うん、可愛いな」

 

「…………」

 

 心よりの賛辞。珍しく自分らしくない臭い台詞を口にしたせいか、アルティナが目に見えるほどに驚き、唖然としていた。

 そんなに変なことを言ったつもりはないんだが、と内心思いながらも大事はないと分かっていながら訊ねた。

 

「? どうかしたのか」

 

 すると、漸く現実に帰ってきたのか、或いは思考が回復したのか。恐らく後者であるだろうとは思うが、そこからは地獄だった。

 

「……正気ですか?」

 

「へ?」

 

戦闘狂(バトルジャンキー)で朴念仁で単細胞(バカ)で節操なしで賛辞からは程遠い世界にいるはずの貴方からそんな言葉が出るとは驚きました」

 

「…………」

 

()()()貴方からそんな言葉が聞けるとは思ってもみませんでした。流石の私でも想定外です。()()()貴方の口からそんな言葉が飛び出すとは思ってもみませんでした。明日は天候が荒れても仕方ありませんね」

 

「…………」

 

「念のために訊ねておきますが、熱はありませんよね? 病気ではありませんよね? 偽者だったりしま———」

 

「ヤメロォッ!?」

 

「そもそも偽者でも貴方のことは真似たくありませんね。これは失礼しました。真似されないことがずば抜けているソラさんにそんな心配は一切無用でしたね」

 

「……泣いていい?」

 

「これはあの《怪盗紳士(ヘンタイ)》すら裸足で逃げ出しますね、良かったですねソラさん。存在を誰かに奪われたりはしないなんて良いことじゃないですか」

 

「……泣くよ?」

 

「熱や病気でもなければ、偽者ですらない。そうなるとソラさん、何処かで頭を打ちましたか? 恐らく脳の何処かに損傷があるのでしょう、急いで診てもらいましょう」

 

「……泣いちゃうよ? ホントに泣いちゃうよ?」

 

「とはいえ、それらも確実とは言えませんし、1%にすら満たしませんが、学習したというパターンもなくはありませんね。それでは評価を改めなければなりませんね。————猪突猛進から変人に」

 

「うんごめん悪かった! 調子に乗りましたごめんなさい! 揶揄ったつもりはないんです本当にすみませんでした許してください! 反省していますからその汚物を見るような目はやめてくださいお願いします!」

 

 プライドなど全てを投げ捨て、この瞬間のために空中で何度か回転してから地面に頭を擦り付けるダイナミック土下座開始。

 思いつく限りの謝罪を重ね重ね繰り返し、せめてその見る目だけはどうにかしてくださいと懇願する。

 そもそもアルティナは推定十二歳ほどの少女に他ならない。そんな少女が軽蔑するような目で見る相手がいるとすれば、ソイツの評価は滝壺へと飛び込むかの如く急降下だろう。

 どれだけの善行を働こうと噂や一度ついた評価は改めにくいものだ。だからこそ、せめて社会的に死ぬことだけは回避したかったのだろう。例え情けない姿を晒そうとも。

 

「これからは猪突猛進の単細胞ではなく、ただの変人としてみますが構いませんか?」

 

「見る目だけどうにかしてくれれば、もう何でもいいです……」

 

「分かりました。いい加減にこのくだりも飽きてきました。前にもこんなことがあった気がします」

 

「多分気のせいじゃないと思うんだが……」

 

「それでは二度目ということで———」

 

「ごめんなさい許してください」

 

 土下座が再び行われる。その間、僅か三秒という結構な速さなのだが、それを気にすることなく見慣れた光景としてアルティナは流す。

 

「さて、そろそろ学院の方へ急ぎましょう」

 

「土下座に関して最早ノーコメントですかそうですか」

 

「一々感想述べるほど暇ではありませんから」

 

 土下座を止め、立ち上がりパンパンと膝や頭などを手で砂を軽く払う。何度も態勢を変えたことで少しずれた背中の荷物を元の位置へと戻すと、そこから歩き出す。

 真っ直ぐ進み、ラジオや民家を通り過ぎると、ライノの花が咲き乱れる公園へと着く。

 

「…………」

 

「綺麗だな、あの花」

 

「そうですね。()()()()なら理解できないことでした」

 

「俺頑張ったんだぞ?」

 

「普段助けているのでお相子です。むしろ私の方が貸している方ではありませんか?」

 

「アッハイ、お相子でいいですアルティナさん……」

 

 ものの見事に返され、何も言えないままソラは大人しくする。

 この関係は基本変わらないだろうなと内心愚痴るように、同時に変わらない方が楽しいままでいられるだろうなとこの一瞬も大切に噛み締めるように、そっとソラは思うことにする。

 花が雅に散る中で帽子についた花びらが気になったのか、それとも気分的に帽子を今だけ外したかったのか、アルティナは黒い帽子を取り、手にしたままライノの花を眺める。

彼女が物を綺麗だと思えるようになったのは一年ほど前だ。二人で同じ所を進むせいか、滅多に綺麗な物がある場所に行けなかったというのもあったし、それ以前の問題でもあったのも言うまでもなかった。

 だからこそ、こうやって彼女が純粋に物を綺麗だと感じられる光景が眩しいようで———

 

「…………何故私の頭を撫でているのですか?」

 

 無意識に、ソラはアルティナの頭を撫でていた。

 撫でる度に綺麗な銀髪は光を受けて輝き、シャンプーに気を使っているのか、散っている花の匂いとは別で良い匂いが微かに香っていた。

 微かに香らせる所が、あまり自己主張の少ないアルティナらしくて似合っていた。

 

「へ? あっ、悪い。今すぐ手を退け———」

 

「別に構いません。不快ではありませんし、撫でたいのであればお好きにどうぞ。今は日頃の恨みを返し切ってスッキリしているので」

 

「うぐっ……。なら、あんまり撫でさせてもらえない頭をこの際撫でておくよ。一応言っておくが後で文句言うなよ」

 

「ソラさんと同じにしないでもらえますか? 食費に関しては成長期だからとあれほど」

 

「いやあれは成長期云々関係が———」

 

「何 か 言 い ま し た か ?」

 

「いえ何でもありません……」

 

 相変わらず威圧されると萎縮し、言い返すことができない自分を恥ずかしいと思いながら、ソラはアルティナの頭を優しく撫でる。

 先程は良い匂いの方に気が向いていたが、撫でている途中で彼女の髪がサラサラしていることに気がつく。

 

「なぁ、アルティナ」

 

「なんですか?」

 

「シャンプーに気を使ってるのか?」

 

「ええ。()()()気にしなかったのですが、一年ほど前、職務を終えたクレア大尉に捕ま……失礼、一緒にお風呂に入ることになりまして」

 

「おいさっき捕まったって聞こえたんだが? クレア何してんの? 職務終わった後の疲れでハメ外れてたの? お前確かミリアムいたよな?」

 

 世間的には完璧なイメージが強いクレアだが、毎年毎年不眠不休の時期がある。軍人であるかゆえの宿命ではあるが、その度に終えた直後は萎れている姿を見かけていたが、今回は無かったので変だと思っていたソラだったが、真実を知った直後、嫌な予感ばかりが脳裏を掠める。

 

「その時、少しだけクレア大尉の目が何故か血走っていたのを覚えています。恐らく一週間以上の不眠不休だったのでしょう。抱き締める手がかなり痛かったです」

 

「よし今度ミリアム生贄に捧げよう。アイツなら大丈夫だ、うんきっと大丈夫……多分」

 

 確証のない結論を一人で叩き出す。元気一杯な分、きっと耐久力はピカイチだろう。そう願いたい。

 だが、この後、生贄となったミリアムがその翌日だけは元気の頭文字一つすら無かったのだが、この時のソラが知る由も無い。

 

「……話を続けますね。その際に気をつけるように指摘され、断ることもできずに続けているうちに気をつけるようになっていました」

 

「成程な。シャンプーに気を使うことになって理由に不安を覚えるが」

 

 思ったよりもマトモに過ごしていることを知り、以前よりも変わったことを理解して安堵する。ソラが良かったと安堵する姿を見て不満を感じたのか、アルティナは彼に問う。

 

「以前から思っていたのですが、ソラさんは私の保護者ですか?」

 

「保護者 兼 相棒だが?」

 

「貴方が保護者を名乗れるとは、世も末ですね」

 

「ホント俺そろそろ泣くぞ……?」

 

「見た目に釣り合わない精神年齢ですね」

 

「ブーメランって知ってるか?」

 

「《クラウ=ソラス》にブーメランになってもらいましょう。的はソラさんで代用できますね」

 

「ごめんなさい」

 

 結論、彼女に口論では勝てない。

 

「この流れも前にしましたね。学習能力が乏しいと窺えますが」

 

「言うな。不可抗力だ」

 

「丁度良いですね。学生生活を送るということはテストがあるはずです。この際、しっかりと勉強しましょう」

 

「日の出を見れたらいいな……」

 

「お墓ぐらいは建ててあげますよ?」

 

「入学前に不吉なこと言うんじゃねぇ!」

 

 悲痛な叫びが周りに響く。

 ぎゃあぎゃあと喚くソラを溜息と共にアルティナは拳銃のグリップで強めに殴りつけ黙らせる。

 本来なら通報不可避な光景ではあったが、周りに人はほとんどおらず、殴られたソラが頭を押さえて少しばかり痛そうにしたせいで、大事はないと判断されていた。

 

 

「あの二人はいったい……」

 

 

 そんな不思議な光景を一人の青年が首を傾げながら見ていた。

 

 

 

 

 

 ———*———*———

 

 

 

 

 

(ぶっちゃけ眠いからオチて———うぎっ!?)

 

(真面目にしてくれますか)

 

(いきなり左足を踏むんじゃねぇ! 遠慮なさ過ぎんだろ!?)

 

 あれから数十分後、講堂入り口付近の席にて、他に迷惑をかけない程度にソラとアルティナの二人は壇上の演説を耳にしていた。

 何故一番後ろの席だったのかということを、まず一番最初に話さねばなるまい。本来なら指定された席を座る、というのが定番であり、最早使い古された常套句ではあったが、何故か手配された紙には二人だけが一番後方の予備席のような位置を示されていたのだ。

 ミスか何かかと思ったのだが、アルティナが瞬時に判断したのは、如何にもありがちな考えだった。

 トールズ士官学院とはそもそも軍人の育成校である。同時に貴族の嫡子が学問を修めるという点でもそうなのだ。

 

 そして現在、帝国は《革新派》と《貴族派》の二分された状況とも言え、ソラとアルティナはその《革新派》の一員である。

 なるべく世間に名前が出ないように測っては貰っているが、流石に四大貴族がそれを知らない訳がない。

 そこから他の貴族達へと洩れる可能性がないなど確信できはしない。そのために視界に入らないように仕組まれたものなのだろうと判断した。

 そこでそれに倣うように後方の席へと座ったのだが

 

(次、そのような行為に走った場合、あとで社会的に抹殺しますがよろしいですか?)

 

(軽くオチるだけで社会的抹殺!? 代価が釣り合ってねぇ!?)

 

(返事は?)

 

(わ、分かった分かった、落ち着けアルティナ。ちなみに聞くが、どうやって殺す気だお前……?)

 

(そこは演技と世間的な常識を駆使してです)

 

(容赦ねぇ!? 容赦なさすぎて即刻刑務所(ブタ箱)かよ!?)

 

 ホント容赦ねぇ……と連呼しながら、諦めてソラは壇上を見上げる。視線の先には一人の老君の姿があった。

 目測2アージュ程、筋骨隆々という極々一般的な老君の姿とはかけ離れた体躯を持ち、数多の戦場を潜り抜けてきたであろう強者の風格。

 戦場慣れしたソラと言えど、視線の先の老君が全盛期より老いているとはいえ一筋縄ではいかないと判断する。

 

トールズ士官学院学院長、ヴァンダイク。

 現在は学院長を務める、エレボニア帝国正規軍名誉元帥の肩書を持つ。今では前述の通り、全盛期より老いたことで鳴りを潜めてはいるが、その身からは未だに闘志が冷め切っていない。

 現役時代にはその怒声が大気を震わせ、遥か彼方に響き渡ったなどという伝説は、聞いた当時は比喩のようなものだと感じていたが、少し甘く見ていたことを反省する。

 

(なぁ、アルティナ)

 

(なんですか?)

 

(得物は何か推測できるか?)

 

(あの体躯なら様々なものが扱えます。なので、確信を持って言えませんが———)

 

 僅かな思考。しかし、答えはすぐに出ていた。

 

(馬上槍(ランス)、斬馬刀、ブレードライフル辺りかと)

 

(そうか、わかった。いつも感謝してる)

 

(襲撃しようだなんて考えないでください)

 

(分かってるよ。流石に殺り合える程の実力なんて持ってねぇ。他ならぬ俺自身が正攻法じゃ弱いのはよく噛み締めてる)

 

(安心しました。貴方は猪突猛進の単細胞ですから止めても吶喊するかと思いました)

 

(ねぇ俺ってそんな風に見えるの? ずっとバカにされてね?)

 

(見えますね。知り合いがいれば満場一致で)

 

(泣き喚くぞチクショウ!)

 

(子供ですか貴方は……)

 

 講堂後方でヒソヒソ声だからギリギリ許される(?)ものだが、気になり始めた新入生達の視線が集まり始める。

 視線が向けられ始めている、ということが悪目立ちに繋がると感じたソラはいくらか言った後に口を閉じた。

 望んだものではないとは言え、入学するならそれ相応に慎ましくいるべきだろう。面倒だと心底うんざりしながらも再び壇上へと目線を向けた。

 それは丁度締めに入っていたところ。

 

「最後に諸君には、かの大帝が遺したある言葉を伝えたいと思う」

 

 《獅子心皇帝》ドライケルス・ライゼ・アルノール。

 獅子戦役終結の功労者。ノルドという辺境の地からの進軍。《槍の聖女》リアンヌ・サンドロットと共に駆け抜けた皇子。現在に至るまでの帝国皇帝の祖。トールズ士官学院創設者。

 

 そして———歴史に名を轟かせる()()

 

(英雄……なぁ。————心底下らねぇ。英雄なんざ、ただの虐殺者だろうが)

 

 嫉妬ではない。

 純粋に、彼は英雄など認めない。

 英雄。子供ならば目を輝かせてカッコいいと感じる単語。誰だってそういうものになれたらいいなと思うことだろう。

 だが———そんなものは総じて虐殺者に過ぎない。

 一人を殺せば人殺し、百万人殺せば英雄? そんな訳はないだろう。

 

 誰かに求められるままに殺し続ける姿が、

 

 自らの守りたいもののために他人の大切なものを奪い続ける姿が、

 

 一人を殺せば大勢を救えるからと後悔しながら殺し続ける姿が、

 

 それが総じて英雄(ヒーロー)だと?

 

 

 そんなものは

 

 

(———総じて塵芥(ゴミ)だ。畜生の糞尿より薄汚ねぇ汚物にすぎねぇ。絶対に認めてなるものか、()()()!)

 

 無意識に手の甲に爪を立てる。皮膚が破れ血が滲み痛みが脳へと走る。けれど、それすら気がつかず、歯を噛み締め殺気は洩れ出し憤怒が血を滾らせ駆け巡る。

 

「『若者よ、世の礎たれ』———〝世〟という言葉が何を示すのか。何を以て“礎”とするのか。その意味を、考えて欲しい」

 

 最後を締めるに相応しいその言葉を以て、拍手喝采のうちに入学式は終了する。

 だが、その中で二人。異質な反応を悟られぬように返したのだ。

 

 一人は殺気と共に断固としての否定を、

 

 もう一人は静かに彼と同じく否定した。

 

 

 『若者よ、世の礎たれ』。

 その言葉は、彼らにとって———いや、彼にとって禁句(タブー)に大きく触れるものであったことを、誰も知る由はない。

 

 

 

 そうして———今ここに、激動の時代が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 




前回に引き続き

今回の登場キャラ
リィン・シュバルツァー
→リィン

ヴァンダイク学院長
→ヴァンダイク

今回名前だけの登場キャラ
(原作で未だに登場しないキャラも)
ドライケルス・ライゼ・アルノール
→ドライケルス

リアンヌ・サンドロット
→リアンヌ

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