という台詞を無事吐き終えまして、初めての方は初めまして、初めてではない方は、お久しぶりです。
懲りずに帰ってきました、天狼レインです。
以前は“蒼き西風の妖精”という名前で、英雄伝説シリーズに作品を投稿し削除しを繰り返していた無責任者です。
削除する大まかな理由は、文字を打ってもスイッチが入らず諦めた、或いは作品の質が悪い、の二つでした。
そこで、一年ぐらい間を空けて戻ってきた訳であります。決して、他の作品を書こうとしてスイッチがなかなか入らなかったとかではありません。
あと活動報告の方でお知らせした通り、戻ってくる予定はありましたので、そちらがメインの理由でございます。
さて、ここで長ったらしく書き綴るのは流石にモタモタし過ぎなので、ここで締めさせて頂きます。
それでは、小説の方をどうぞ。
歯車は回り出す
七耀歴1203年 12月 某日
顔をあげると、真っ赤に燃え盛るような夕焼けが見えた。
単純にそれは綺麗と表現できるものだった。
沈む直前の太陽は、まるで最後の最後まで足掻くように眩い光を放っていた。
そう、今し方息の根が止まった猟兵団の団長のように。
倒壊した酒場の一角、中途半端に崩れた壁に靠れかかるようにその男は死んだ。手に握られているのは一丁の拳銃。銃口からは硝煙の臭いが漏れていた。
放たれた銃弾は、団長に致命傷を与えた少年の頰を僅かに掠めて明後日へと飛んでいった。掠めた頰からは赤い一線が刻まれ、そこから血が垂れた。
男が最期に浮かべたのは何だっただろう。一矢報いたという満足感だったか。それとも仲間諸共皆殺しにされたことへの憎悪だったか。
どちらにせよ、死んでしまった者に訊ねても帰ってくるのは沈黙だけだ。答えなど知れる筈もない。確認する気も失せて、黒髪の少年は掠めた銃弾に切られた頰を指でなぞり、指に付いた血を辺りに転がる死体の衣服で拭き取った。
十数分前、ここは多くの客で賑わう酒場だった。とはいえ、客は皆猟兵団の一員で、一般人は誰一人も立ち寄らない場所だった。ここに転がっているのは、利用していた猟兵団、その構成員全員
客も店長も店員も。皆総てが猟兵団の構成員。情報を集め、動く側である猟兵団に伝える酒場。それがこの酒場の本来の姿。
だが、それだけで皆殺しにする理由にはならない。猟兵団を生業とする者はまだこのゼムリア大陸にはごまんといる。何故他の猟兵団が皆殺しにされないのに、この猟兵団が皆殺しにされたかは別の理由だ。
それはとても単純なこと。
エレボニア帝国、宰相
しかし、それは確定ではないという場合も含めていた。あくまで狙ったという情報が入っただけである。確実に狙うという確定情報であるかどうかはまだ不明であった。つまるところ、狙おうか狙わないかを思案中だったかもしれないのだ。
けれど、それが皆殺しにしない理由にはならない。狙われたのが国家の存亡に関わる可能性の高い者達なら、口々にこう口にするだろう。
疑わしきは罰せよ、と。
何かが起きてからでは遅い。起きる前に摘み取るべきなのだ。そうやって何十年も無実の者達を処刑し続けた君主も居なくはない。現に今だってそうだった。
本来なら《
「ご馳走様……つっても不味いな。数より質とはよく言うが、これは別の意味で酷い。質が悪すぎる。交流一つ無いだけでこの程度なんだなと再認識できた」
肉でもなく血でもなく、何も口にしていないはずなのに少年は口元を手で乱雑に拭った。
「敵としては……まぁ楽しめたか。そこの
辺りを一瞥し、積み上げた死体の山の上で、得物である太刀についた血を払い、鞘へと納める。返り血塗れの服装は血と鉄の臭いばかりを放つ。とてもじゃないが、慣れていない者以外は近寄りたくは無いだろう。
例え慣れていても全身返り血の奴に近づきたいとは思わないと思うが。
「ざっと五十人か。とはいえ、最初に改造した爆弾で二十人は死んだし、実際戦ったのは三十人程度か。少し物足りねぇな」
肩を回し、手首を回し、首を回しながら残念そうに告げる。一週間と少し前よりは人数が少なかった。あれぐらいがやはり丁度いい数なのだろうと一考する。
「ま、数多くても飽きる時は飽きるからなぁ。殺り合うなら数より質だよな。じゃないとホントの意味では満ち足りねぇ。そんな奴と殺り合えたのはいつだったか……」
多くの戦闘経験の中から、記憶に強く残っている最近の出来事がいつだったかを思い出そうと思考を巡らす。一週間前、一ヶ月前、と遡る。
漸く、それらしきものに触れたのはだいたい三ヶ月ほど前だった。
「……あー、
脳裏に浮かんだのは獲物を見つけ、嬉々として襲いかかってきた狂気塗れの戦鬼の娘。紅い髪を靡かせる、名のある殺戮者。『赤い星座』という猟兵団の構成員のことである。
名前を出すとまた出会いそうだから出したくないと思いながらも、その名を呟かざるを得なかった。
「《
本名、シャーリィ・オルランドという、小柄ながらもチェンソー付きの大型ライフルを軽々と振るう、親であるシグムント・オルランドの娘にて、親譲りの戦闘狂。危険極まりないことから、見つかった場合は生存重視で援軍を待つか、追撃を振り切るしかないとされるが、後者は大概殺されることが多い。
当然、少年もまた、そんな奴の率いる部隊に襲撃されたのだが———
「……まぁ運が良いのか悪いのか」
———数人を殺害し、この通り生き残っていた。
とはいえ、その場に自分一人であったのなら、無傷では済まなかっただろう。その時は相棒が側に控えていたし、本来の戦闘スタイルを貫き通せたから、無傷で生き残れたのだ。
「全く、アルティナ様々か。俺一人じゃ手練れを確実に殺せないなんてな」
未だ一定の高みにすら届かない自らの未熟さを自虐する。そこに達するためには自らが鍛え上げたものだけでは届かず、生まれ備わった才覚を動員せねばならないという恥まで晒しているのだと自分に強く言い聞かせる。
「感謝の必要はありません。私は貴方の力を最大限に発揮させるだけの〝道具〟ですから」
途端、背後から声がかけられたが、少年に警戒の色は無かった。
ゆっくりと振り返ると、そこに
少女の方は猫耳付きのフードを被り、綺麗な銀髪を丸い髪飾りのようなもので止めているが、目につくのはそちらではなく、感情のなさそうな表情、まるで人形のようだと誰もが感じるだろう。一方の駆動兵器の方はと言えば、今も製造ラインで転がってる機械人形を思わせるソレと酷似しているが、性能は格段に違うものであり、他には存在しないというオリジナルカラーリングとして大体が黒で統一された特別製だった。
《クラウ=ソラス》。 その名は『長腕の輝剣』を意味していた。
「……はぁー。その言い方はやめろと言ったはずだ、アルティナ。俺はお前を一度たりとも〝道具〟だと言ったか?」
「いえ。———しかし、私はそのための〝道具〟です。貴方はそれを理解しているはずですが……」
「そういうお前も理解しているはずだぞ、アルティナ。俺はホントに〝道具〟だと思ってるなら、もっと粗雑に扱う。それこそ、相手の攻撃防ぐためだけの盾にだってする。が、俺がそんなことを一度でもしたか? むしろお前は俺の
「…………」
「次、また自分のことを〝道具〟って言ってみろ。暫くの間、感情が何たるか、を理解しやすいように俺の
「分かりました。……ですが、先程の話、知らない方が聞けば即座に監禁趣味のロリコンだと思われますが」
「よしお前今からでも沈めてやろうか?」
「一応中で反抗が取れるとこの前理解したので、中から攻撃されても文句はありませんよね———ソラさん」
中からは痛すぎるだろうと溜息混じりに呟く少年———ソラは、弱点を看破されたことよりも攻撃するぞと威嚇してきたアルティナを半眼で睨みながら、頭をボリボリと掻く。
「んで、そっちはどうだったんだ?」
「依頼者の方は追跡できませんでした。代理人を寄越したりしていたようで、直接的に足を運んだことは一度もないとのことです」
「つまり、あの猟兵団は
「そのようです。一応、撒き餌はしておきましたが、恐らく食いつくことは無いかと」
「変なところで遠慮しやがってメンドクセェ。とっとと撒き餌にかかって刺身になれってのに」
「まるで相手が魚だと言ってませんか?」
「ぶっちゃけた話、釣り人と魚の接戦と何ら変わらねぇよ。つつける餌撒いて食いついたら釣り上げ、煮るなり焼くなり好きにする。そんなもんと変わらねぇよ。まぁ、今回のはただの魚じゃないみたいだが」
「そうですね。ところで、一言よろしいですか?」
突然、何か許可を求めるようにアルティナが視線をこちらに向けた。たまに見せる行動だが、一体どうしたのだろうかとばかりにソラは返答する。
「ん? どうした? 言いたいことがあるなら言ってもいいぞ」
「では———血生臭いです、近づかないでもらえますか?」
「やっぱお前沈めてやろうか!? 出会った頃は〝服とかどうでもいいだの〟〝感情とかどうでもいいだの〟〝環境とかどうでもいいだの〟と三拍子だったクセして、今では「全部重要です、当たり前ではないですか」だもんな、なァッ!?」
「そうなる要因全ては貴方が私に与えたものです。今更文句を言おうと返せるものでもありません。それを理解した上だったのでは?」
「え、いや全然?」
「……馬鹿ですか、貴方は」
「うっわぁー、なんか腹立つけど文句一つも言えねぇー」
「そもそもソラさんは口論で私に勝てたことなんて先程の話に関連すること以外にありましたか?」
「お願いだからマジレスだけはホントやめてぇ!? もうアルティナいないとダメなのは出会った頃から変わってねぇけど、今はもっと酷くなってるからな!?」
「そう言えば先程も「アルティナ様々か」などと言ってましたね。そこまで必要として貰えるのは少し嬉しいことですが、いい加減に私無しでもどうにかなりませんか?」
「取り敢えず胃腸薬くれ。急にキリキリしてきた」
ギブアップを宣言する言葉を耳にし、何処からともなく取り出したポーチの中から胃腸薬と水筒を取り出すと、それをソラに向けて放り投げる。危なげなくそれを受け取りつつ、薬を何錠か取り出して水とともに飲み干した。
視界の端で、先程の仕返しができたとばかりに、小さくガッツポーズを取ったアルティナが見えたような気がしたが、気のせいだと考え直す。
「……ふぅ。この胃腸薬と水筒は俺が持っとけってことだな?」
「ええ、そうですね。流石に返り血塗れの人から物を受け取れる気はしていないので」
「つまり、さっさと身体洗って服着替えろ、と?」
「言わずもがなです」
「今度、レクターに愚痴ろうかな……」
「数分後に鬱憤ばらしに賭け事をする流れと思われますが?」
「デスヨネェー。運要素のスロットなら負けねぇけど、実力必至な心理戦とか絶対無理だわ。アイツに勝てる要素ないわ」
すると、《クラウ=ソラス》に腰掛け、運んでもらっていたアルティナは何かを思いついたかのようにポンっと手を叩いた。
「どちらかと言えば、ソラさんは
「おいコラちょっと待て。今聞き捨てならねぇこと聞こえたんだが?」
「繰り返しましょうか?」
「うんごめん何でもないわ。声から察するに容赦とか考えてねぇだろお前」
「ある人からいざという時は容赦ない方が後で困らないと聞きましたので」
「おのれクレア、あとで覚えてろ……」
今も帝国の何処かで職務に励んでいるだろう仲間の名を忌々しそうに呟きながら、一頻り溜息を吐き続け、アルティナへと振り返る。
「そういや、何か連絡来てないか? 例えば、ギリアスの奴から」
「来ていますよ。どうやら、貴方に関することのようです」
「俺に? 俺なんかにか? なんか胡散臭ぇな」
「帰還してからで構わないとのことです」
「……絶対碌でもねぇことだと思うんだが、アルティナはどう思う?」
「碌でもないのは基本的に貴方も然程変わらないと思われますが」
「……アルティナ、わざとか? さっきから」
「気のせいです」
アルティナからの辛口な返答を何度も受け、何度吐いたか分からないほどの溜息を繰り返す。
他に達成し損ねたことがないか、何度も確認して、返り血塗れのソラはアルティナと共に漸く帝都ヘイムダルへと帰還することにした。
———*———*———
数ヶ月後
七耀歴1204年 3月31日 未明
帝都ヘイムダル ヘイムダル駅
未だ日が昇らぬ時刻。静まり返った帝都ヘイムダルの駅構内。まだ消灯されているはずの時刻に、駅構内に光が満ちていた。
とはいえ、最低限の光しか灯っておらず、薄暗いと表現するのが適切だった。それでも何一つ見えないのと違い、まだ互いを認識できることが可能なほどであった。
駅には僅かな人影があり、両手の指よりも少なかった。理由は至極簡単だ。そこにいるのが、帝国宰相たるギリアス・オズボーンの息がかかった者だけだったからだ。
「どうぞ、お通りください。特別便の用意は出来ております」
「ああ、こんな夜明けすら迎えてない時間に悪いな」
「いえ、お構いなく。お二人も、お元気で」
彼の息がかかった駅員が、駅を訪れた二人に一礼し、その場を去る。
駅を訪れていたのは、ソラとアルティナの二人だ。顔を判別できるほどの光しかないが、二人は普段なら決して着ることのない、〝真紅の学生服〟を身に纏っており、それぞれ自分のカバンを片手に持っていた。
このような時間に手配してくれたことを考えると有難い限りではあるが、やはりそれもあの男の力が強いのも同時に感じられた。
だが、それよりも強く別のものが口から出た。
「別にこの時間じゃなくて良いだろ、ギリアス。俺は数時間前に漸く仕事片付いて
「私は夜更かし程度に遅れは取らないつもりなので、別にこの程度は何の苦でも……ふぁ〜……」
「おい欠伸出てるぞアルティナ。それ軽くネタだろ」
「生理現象を止めることは無理なようですね。そもそもこの程度に慣れていないのは貴方のせいでは?」
「ほとんど睡眠を度外視したスケジュール立てたりするからだ馬鹿。機械でも無いのに俺がそんなもん許すとでも思ってるのか」
「変に
途端、空気が張り詰めた。
流そうとしたが、どうしてもその言葉だけは聞き流せなかった。
「優しいって言葉だけはマジでやめてくれ。俺はそんな言葉を受けることすら
「……本当に、
「ああ、
「……分かりました。ですが、一言」
微かな怒気混じりの言葉を受け、アルティナは反論をすることなく引き下がる。だが、ただ引き下がるつもりはなかったのか、告げる許可を求める。
それを無言で返すと、彼女は真っ直ぐこちらを向いて口にした。
「貴方は自らを卑下し過ぎていると私は判断します。私のことや今までしてきたこと、その全てが首を絞めているのは、私にも伝わります。いえ、むしろ、貴方の本質に触れている私がそれに気がつかない訳はありません」
「…………」
「それに、貴方は———」
「———もう、いい。言わなくていい。分かってるんだ、
何かを言いかけたアルティナの言葉を、ソラは無理矢理切った。
僅かに震える語尾。微かにその身から溢れる殺気。それはまるで、触れられたくないものに触れられてしまったようだった。
未だ感情を全てを
「……悪い、少し八つ当たり気味だったな」
「いえ、私が少し迫りすぎました。以後気をつけます」
謝罪と共にアルティナは一礼する。
一方で、ソラには後悔の念が再び積もる。アルティナと出会ってから———いや、出会うこととなってからずっと抱えてきた何かがまた膨らむ。それはいつ吐き出されても可笑しくないほどではあったが、それでも尚、彼は耐え続ける。
今も昔もそれは一度も分からない————
「ところで、お腹空きました」
————はずなのだが、アルティナがたまに挟んでくる空気を読まない台詞を受け、張り詰めていた空気は一気に瓦解した。
少しばかり気分を落ち込ませていたソラは、その言葉に思わずすっ転びそうになるほど驚いて、それから自然と笑いを込み上げさせた。
「はは。ったく、しょうがねぇな。ほら、一応ここに来る前に作ってきておいた」
アタッシュケースを思わせるカバンを下ろし、その中から布に包んだ弁当箱を二つ取り出す。そのうち片方をアルティナへと差し出す。
「……変なもの入ってませんよね? 例えば睡眠導入剤とか」
「ンなもん入れるかッ!! 食材を冒涜する気なんざねぇっての! ……ったく、ごちゃごちゃ言う前に食っとけ。お腹空いたって言ったのお前だろうが」
「そうですね。貴方に限ってそんなことは無いと信じてますので」
「なんかグサグサと痛いのがやけに刺さるな今日は」
「気のせいです。兎も角、それを頂く前に乗車しておきましょう。折角特別便を用意してもらった側である私たちがずっと乗らないのも無礼ですから」
そう言われてソラは一度弁当箱を布で包み直してからカバンに戻す。
「そうだな。乗車してから食べるか———いや本来はマナーとして大丈夫か疑いたくなるが」
「特別便だから気にしなくても大丈夫でしょう。恐らくそれぐらいは許されるのでは無いのでしょうか?」
「昔のお前なら絶対そんなこと言わねぇよなぁ。いやまぁ俺としてはこっちの方がまだ楽だが」
「お互い様です。私も昔の貴方は少し苦手でしたから」
「はは、違いねぇ。ところで、今は?」
「以前よりマシと判断してますが?」
「うっわ辛辣。文句もマトモに返せないとか、もはや完全に尻に敷かれている件について」
「そもそも主従の関係は無いと告げたのは貴方ですから」
「まぁ、そうだな。そういや、《クラウ=ソラス》の調子は大丈夫か? ここ最近、調整とかしてないが」
「現時点ではそれらしい修正点はないので必要はありません」
「なら良かった」
安心したようにソラは頷く。
「さて、それじゃ乗るか」
「そうしましょう」
用意されていた特別便———普段からも帝都市民や使用されている通常車両に遠慮なく乗り込む。特別、変わったことはないが、それでも誰もいない列車の中というのは少しばかり新鮮に感じた。いつ発車してもいいように、適当な座席に座ると、カバンを他の隣の座席に置いた。
普段なら手で持っているのが当たり前だろうが、こうも伽藍としていれば、別に文句は言われまい。そもそも二人っきりなのだから。
「
「その気持ちは分からなくはありません。アップルパイもさぞや美味なのでしょう……」
「ヨダレ出てるぞ、拭いとけ」
「……指摘は感謝しますが、少しは伝え方を考慮してはくれませんか?」
「?」
「いえ、気にしないでください。貴方には恐らく無理だと判断したので」
「なんか馬鹿にされた気がするんだが、その辺りどう思ってるんですかねぇ、アルティナさん……?」
「気のせいです。それよりも早く弁当箱を渡してください。お腹が空きました」
「あーはいはい、弁当箱な」
先程カバンに戻した布で包んだ弁当箱を、再度布を取ってからアルティナに差し出す。それを彼女は何も言わず自然と受け取った。
「…………」
「へぇ」
「一人で納得しないで貰えますか、気持ち悪いです」
「お前からは暴言しか返ってこねぇのか!? いや、ちょっとな。普段は何か考えてるか分からないような雰囲気なんだが、こうやってご飯食べる時は無表情なお前が少し嬉しそうだなって」
「うるさいです。嬉しそうになんてしてません」
「嘘つけ、嬉しそうな顔が全く隠せてねぇぞ」
「…………」
「まぁそれで良いんだよ、お前は。俺としては少しずつ
「嬉しい……ですか?」
「ああ。俺はお前と長年一緒にいるから無表情でも違和感なんてものは無いが、他からすれば、やっぱお前は元が良いんだから笑える方がいいだろ? クレアだってそっちの方が嬉しいだろうし、さっきも言ったが俺だってそうだ」
「しかし、それはわたしが元々……」
「
「はい」
「そもそもだ。俺がそうしろって命じたことあったか?」
「……無いですね」
「それで良い。実際、無表情のままでいると困ったことなかったか? 例えば……身分証明書とか」
「撮り直しすることになったことはあります。流石に何度もすると向こうが諦めてしまいましたが」
「いやまぁ当然だろ。時間は無限じゃねぇし」
「そうですね。それと何か関係が?」
どういう関連性があるか分からず、アルティナは困惑していた。
それに対し、ソラは説明を付け加える。
「直接的なもので言えば、意思疎通が取りづらいってこと。他は———まぁ、俺がお前にはそうしてほしいってだけだな」
「そうなのですか?」
アルティナがキョトンと首を傾げて、こちらを不思議そうに見た。
「あとはお前がどういうものが好きとか嫌いとか分かりやすいしな。前、手料理食べさせたことあっただろ? ほら、書類仕事終わった後で」
「ありましたね」
「その時に、妙に食べるのが遅かった時があってな。体調悪い訳でもなければ、食欲がない訳でもなさそうだったから、大方苦手な食べ物だったりしたんだろうなぁーと」
「気がつきませんでした」
「まぁそういう所も含めてだな。兎も角、いろんな面でもお前にはそうなってほしいってことだ」
「……分かりました。まだ理解し切れてはおりませんが、少しは変化を受け入れることにします」
未だ困惑してはいたが、アルティナは小さく頷いた。それを受け、ソラは少しばかり嬉しそうにした後、こうも付け加えた。
「あと、お腹空いた時とかすぐにご飯に出来るようにしておきたいしな。ほら、だってお前腹ペコキャラ————
「———《クラウ=ソラス》」
「ごめん俺が悪かった謝るからそれだけはやめてくれ」
突如として何もない空間から黒塗りの
「以前から言っているはずです。私は貴方が言う腹ペコキャラではない、と。そもそも私は貴方のサポートとして、ほとんどの場合に行動を共にしています。そのはずの私が腹ペコキャラなどという存在であっていいはずが————」
「———弁当箱の唐揚げ、少しやろうか?」
「是非お願いしま———、あ……」
瞬間、会話で賑わっていた空間が沈黙した。
車両内は物音一つ立たないほど静かになり、次に、ソラかアルティナが口火を切るか、という状態に陥った。
果たしてどちらが口火を切るか、そして————
「———やっぱ腹ペコキャラだよな、お前。可愛い奴め」
「《クラウ=ソラス》、この男を真っ二つにしなさい」
「ちょまッ!? いやマジで悪かったごめんもう言わないから!」
『Ë・Vжёйа……?』
「特に問題はありません。車両一つが血の海になるだけです」
「それ大問題だろうが! え、ちょ———いやマジで待てって!? ライトアームを垂直に構えるなって!? 絶対に振るんじゃねぇぞ、《クラウ=ソラス》。振りとかじゃねぇからな!? 三回も同じ台詞なんざ吐かねぇからな!?」
「心配ありませんよ。———問答無用で
「落ち着け! マジで落ち着け!」
「私は
「お前絶対嘘下手だろ!? 誰が聞いてもさっきの嘘だと見抜けるぞ!?」
「兎に角、そこに直ってください。動くと痛いだけですから」
「ぶった斬る気だよなお前! 誰がそんなの『はいそうですか』で従うと思ってんだ!? 全力で逃げ回ってやるに決まってるだろ!?」
「そうですか。なら全力で貴方を斬るまで————!」
「本気過ぎだろお前ッ!? いやマジで落ち着け、な!?」
「問答無用————!」
その後、特別便の列車が発車し、帝都近郊都市トリスタに着くまで、列車内が騒がしかったのは言うまでもない。
今回登場したキャラの名前一覧(名前のみも含め)
下段は基本は愛称など、文章での名前
今回の登場キャラ
ソラスハルト・アナテマコード
→ソラ
アルティナ・オライオン
→アルティナ
今回名前だけの登場キャラ
レクター・アランドール
→レクター
クレア・リーヴェルト
→クレア
ギリアス・オズボーン
→ギリアス etcetc……
シャーリィ・オルランド
→シャーリィ etcetc……
シグムント・オルランド
→シグムント etcetc……