ストライク・ザ・ブラッド ー監獄結界の聖剣遣いー   作:五河 緑

9 / 29
 今回、ガルドシュにオリジナル設定をつけています。


戦王の使者編Ⅲ

 〈オシアナスグレイブ〉 アッパーデッキ

 

 潮風が吹き込む大型客船の甲板で古城、雪菜、キリヲ、ジリオラは金髪碧眼の吸血鬼と対峙していた。

 同族を喰らい、ただ強者だけを求めて戦いを続ける旧き世代の吸血鬼ーーディミトリエ・ヴァトラーと。

 

 「それで……結局、何なんだ。なんで俺達を呼び出した?」

 

 威圧的な声音で言う古城にヴァトラーは薄く微笑みながら答えを返す。

 

 「そんなの決まっているだろう?我が愛しの第四真祖に会うためだよ」

 「……それは、どういう意味だ?あんた……アヴローラの知り合いなのか?」

 

 ヴァトラーの舐めるような眼差しを受けて更に不快そうな表情をする古城。

 

 「一言で言うと……愛し合っていた。だから、仲良く愛を語ろうじゃないか。暁古城」

 

 蠱惑な視線を向けながらヴァトラーが歩み寄ってくると、顔をひきつらせながら古城は後ろに後退する。

 

 「待て待てっ!俺はアヴローラじゃない!それに俺は男だっ!」

 「しかし、彼女を喰った。だから、ボクは彼女の血を受け継いだ君に愛を捧げる。……強大な血を前にしたら性別なんてものは些細な物でしかない」

 

 全力で拒否反応を露にする古城にヴァトラーは躊躇うことなく近づいていく。

 そんなヴァトラーを止めたのは先程まで紗矢華に抱き付かれていた雪菜だった。

 

 「アルデアル公」

 「君は?」

 「獅子王機関の剣巫、姫柊雪菜と申します」

 

 雪菜の存在にヴァトラーは少しばかり興味を持ったように歩みを止めた。

 

 「貴方の来訪された目的をお聞かせください。……そうやって、第四真祖といかがわしい縁を結ぶことが目的ですか?」

 「もちろん」

 「即答かよ……」

 

 雪菜の問に清々しい笑顔で答えるヴァトラーにキリヲは呆れたように呟いた。

 そんな中、ヴァトラーは目をつむり更に言葉を紡いだ。

 

 「しかし、別の目的もある」

 「と言うと?」

 「クリストフ・ガルドシュと言う名を知っているかい?」

 「……っ!?」

 

 ヴァトラーの口から出た名前にキリヲが肩を震わせて反応する。

 

 「確か、戦王領域出身の軍人で、黒死皇派の幹部を務めていた男じゃなかったかしら?」

 

 記憶の中にあった名前を掘り下げてジリオラが答える。

 

 「そうだ。欧州じゃ少しばかり名の知れたテロリストでね。同時に刀を扱う剣豪としても名を馳せた男だ」

 「……剣豪」

 

 ヴァトラーの言葉に雪菜がキリヲの方に目を向けながら呟く。

 

 「黒死皇派というのは聞いたことがあるな。でも、何年か前に壊滅したんじゃなかったか?確か指導者が暗殺されて……」

 「ボクが殺した。……少々厄介な特技を持った爺さんだったけどね。……どうやら、その黒死皇派の残党が新たな指導者としてガルドシュを雇ったみたいだ」

 

 自らの疑問に答えたヴァトラーに古城は思わず声を上げる。

 

 「待てよ!まさか、そいつがこの島に来ているとか言うんじゃないだろうな?」

 「察しがいいな。黒死皇派の部下たちと潜伏したらしい。どうやら、連中は黒死皇派の健在をアピールするためにこの島を標的に選んだようだね」

 

 クリストフ・ガルドシュが絃神島に潜伏している。その言葉がヴァトラーの口から出た瞬間、キリヲとジリオラは鋭い目付きをヴァトラーに向けていた。

 

 「……そう言うことか」

 「相変わらず、ふざけたことするわね。戦闘狂」

 

 二人から敵意に満ちた視線を浴びてもヴァトラーが動じることはない。

 むしろ、喜んでいる様にも見える。

 

 「黒死皇派をおびき寄せるためにこんな目立つ船で来たのか。……連中を狩るために」

 

 キリヲの言葉に古城と雪菜が息を飲む。

 ジリオラと紗矢華は予め予想していたようで、忌々しそうにヴァトラーを睨み付けた。

 

 「まさか。そんな面倒臭いことはしないよ。……でも、もしガルドシュの方から仕掛けてきたら応戦しないわけにはいかないよね。彼は、かなりの凄腕だ。ボクの身に危険が迫ったら従えている眷獣が何をしでかすか分からないからね。……この島くらい平気で沈めるよ?だから、最初に謝っておこうと思ってね」

 「てめぇ……」

 

 ヴァトラーの挑発的な言葉に古城が詰め寄ろうと上体を前に傾ける。

 だが、そんな古城を止めたのは雪菜だった。

 

 「せっかくですが、その様なお気遣いは無用でしょう」

 「どういう意味かな?……まさか、古城がボクより先にガルドシュを始末してくれるとでも?でも、第四真祖よりはまだボクの眷獣の方が大人しいと思うけどねぇ」

 「いや、その心配はない。……俺がやる」

 

 雪菜に言葉を返すヴァトラーに答えたのはキリヲだった。

 雪菜を後ろに庇うように立ったキリヲを見てヴァトラーは興味深そうに笑みを深める。

 

 「九重キリヲ……君も剣客だったね?勝算でもあるのかい?」

 「わたしも九重先輩に加勢します!アルデアル公、貴方の出る幕はありません」

 

 雪菜もキリヲに並ぶように前に歩みでる。

 

 「へぇ……〈聖剣遣い〉に〈剣巫〉か。いいよ。まずは二人のお手並みを拝見するとしようかな」

 

 獲物を取られてもヴァトラーは優雅な笑みを崩さない。品定めをするようにこの場に集まった者達の力を測っていく。

 そんなヴァトラーと対峙するようにキリヲと雪菜も鋭い視線を向ける。

 

 〈黒死皇派〉クリストフ・ガルドシュをターゲットにしたハンティングゲームが始まろうとしていた。

 

 ***

 

 彩海学園 執務室

 

 「それで?結局、〈蛇遣い〉の奴は何をしに絃神島までやって来た?」

 

 心底嫌そうにヴァトラーの顔を頭に浮かべながら那月は、自らが釈放した囚人達に訊ねていた。

 二名の囚人ーーキリヲとジリオラも不機嫌そうに昨夜のヴァトラーとの会話を思い出しながら報告をする。

 

 「古城にちょっかい出しに来たって感じだ。あの様子じゃ、よほど暇を持て余しているみたいだな。……きっとろくなことしないぞ」

 

 忌々しそうに言うキリヲにジリオラも同意するように頷き、那月は疲れたように溜め息をつく。

 キリヲの言う通り吸血鬼、それも永い時を生きる旧き世代の吸血鬼が暇を憂いだすとろくなことをしないと言うのは大半の人間の共通認識だった。

 暇を潰すために吸血鬼は面白半分でとんでもないことをやらかすことが多い。本人は面白いからいいかもしれないが、飛び火を受ける周りとしては、たまったものではない。

 特に今回は戦闘狂として有名なあのディミトリエ・ヴァトラーが退屈しているのだ。

 どう楽観的に考えても凄惨な結果しか思い浮かばない。

 

 「……それと、妙なことを言ってたわね。黒死皇派のクリストフ・ガルドシュが絃神島に潜伏してるとかーー」

 「特区警備隊の方では把握しているのか?」

 

 ジリオラの言葉を遮って聞いてくるキリヲに那月も億劫そうに答える。

 

 「もちろん、把握している。先日も黒死皇派の犬を一匹捕まえたところだ。連中、妙なものを密輸していたがな」

 「妙なもの?」

 「古代兵器だ。〈カノウ・アルケミカル・インダストリー社〉というダミー企業を介して密輸していた。……もっとも、すでに回収された後のようだったがな」

 

 那月の言葉にキリヲは僅かに目を見開く。

 

 「回収されていた?だったら不味いんじゃないか?」

 

 キリヲの言葉に心配無用だ、と言わんばかりに那月は微笑を浮かべる。

 

 「あれは、何年も前に多くの研究機関が解読を諦めた難解な制御コマンドを用いる兵器だぞ?テロリスト風情がどれほど集まって知恵を搾ったところで動かせるような代物でない……む?茶が切れたな。おい、アスタルテ!」

 

 会話の途中で空になったティーカップを覗き込んだ那月が隣の部屋に通じるドアに声を投げ掛けた。

 数秒後、執務室の隣にある小さなキッチンから出てきたのは、メイド服に身を包んだ藍色髪の人工生命体だった。

 数週間前ロタリンギアの殲教師と共にこの絃神島に来た眷獣と共生している人工生命体ーーアスタルテだ。

 

 「お前は……」

 「お久し振りです。ミスター 九重、ミス ジリオラ」

 

 両手でティーポットを載せたトレイを持ったままお辞儀をするアスタルテ。

 

 「ああ、貴様ら顔見知りだったな」

 「なんで、ここにいる?……なぜ、メイド服?」

 

 突然現れたアスタルテ、主にその格好に対する純粋な疑問を那月にぶつける。

 

 「アスタルテは三年間の保護観察処分中だ。攻魔師であり教師でもあるわたしが適任だから請け負った。ちょうど忠実なメイドも一人欲しかったところだしな」

 「明らかに最後のがメインの理由だろ……。だったらーー」

 

 那月の返答に呆れつつキリヲは親指でジリオラを指差した。

 

 「こいつにもメイド服とか着せたりしないのか?」

 「はぁ!?」

 

 キリヲの一言にジリオラが顔を僅かに朱に染めて声を上げる。

 那月も白けた目付きでキリヲを見ながら口を開く。

 

 「……なんだ、九重キリヲ。貴様、ジリオラのメイド姿が見たかったのか?元娼婦だからリクエストしたら着てくれると思うぞ?」

 「着るわけないでしょ!」

 

 今度は顔を明らかに赤く染めて抗議するジリオラ。

 

 「なんで、その格好は平気なのにメイド服を恥ずかしがるんだよ……」

 

 ジリオラの今の格好は、いつも通り下着の上にコートを羽織っただけの姿だ。

 キリヲとしては、この露出過多の格好よりかはメイド服の方が幾分かマシだと考えたのだが。

 普段からこんなに肌を露出しているのに、今更メイド服ごときで何を恥ずかしがっているのか真面目に理解できないキリヲだった。

 

 「……まあいい。とにかく、黒死皇派の方はわたしが決着をつけてくる。貴様らの出る幕はない。先程、特区警備隊から黒死皇派の隠れ家らしき場所をサブフロートで確認したと報告があってな。今からわたしも向かうところだ」

 「待てよ。それなら俺もーー」

 「不要だ。貴様らは学校に残って暁古城を見張ってろ。また、勝手に首を突っ込むかも知れないからな」

 

 キリヲの言葉を遮り、転移魔法の術式を起動させる那月。そんな那月にキリヲが声を張り上げる。

 

 「待てっ!契約と違うぞ!ガルドシュの相手は俺がする約束だろ!?」

 「……貴様がガルドシュに固執する気持ちは理解できるが、今回は却下だ。貴様は出てくるな。奴を前にして情に惑わされたりしたら面倒だからな」

 

 一方的にそう告げると那月は転移魔法で執務室を後にした。

 残されたキリヲは、虚空を見つめたまま身動ぎ一つせず、奥歯を噛み締めた。

 

 「……ガルドシュと面識があったの?」

 「…………………昔の話だ」

 

 絞り出すようなキリヲの物言いにジリオラもそれ以上追及はしなかった。

 

 「古代兵器って言ってたわね。結局、なんだったのかしら?」

 「……〈ナラクヴェーラ〉」

 

 ジリオラの呟いた一言にアスタルテが無機質な声で返答した。

 

 「わたしと教官が〈カノウ・アルケミカル・インダストリー社〉で発見した制御コマンドの兵器は〈ナラクヴェーラ〉と呼ばれている物でした」

 

 アスタルテの報告に数秒ほど考える素振りを見せるキリヲ。

 

 「……一応、姫柊にも伝えておくか」

 

 ポケットからスマホを取りだし、同じ対ガルドシュの共同戦線を張っている雪菜のアドレスを出すと、黒死皇派の持つ古代兵器〈ナラクヴェーラ〉のことを書き込み送信する。

 この事を数分後に後悔する羽目になるのだが、キリヲはまだそれを知らない。

 

 ***

 

 彩海学園付近のビルの屋上

 

 「な、なんて破廉恥な……」

 

 彩海学園の向かいに建つビルの屋上で怒りに肩を震わせる女性の人影があった。

 髪をポニーテールに結って、キーボードケースを背負った少女ーー獅子王機関の舞威媛、煌坂紗矢華だ。

 今、彼女が式神を通して見ていたのは、向かいに建つ彩海学園の生徒会室の中の様子だった。

 件の生徒会室の中では二人の生徒がパソコンを置いているデスクの下で密着するような体勢で隠れていた。

 昨夜出会った吸血鬼、〈第四真祖〉暁古城。もう片方の女の名前は知らないが、親友の姫柊雪菜ではないのは確かだ。

 

 「雪菜に付きまとっているくせに……」

 

 昨夜、雪菜と共に姿を表した古城のことを思い出して、奥歯が音を立てるほど噛み締める。

 何より許せないのが、あのパーティーが終わった後に自らの護衛対象であるディミトリエ・ヴァトラーが言った言葉だ。

 

 『古城が使った眷獣〈獅子の黄金〉。獅子王機関の剣巫からあの眷獣と同じ匂いがしたね。恐らく、彼女が〈獅子の黄金〉の霊媒となった血を捧げたんだろうね』

 

 恋敵が出来ちゃったよ、と笑いながら言っていたアルデアル公の言葉を紗矢華は昨夜、爪が掌に食い込むほど拳を握りしめ、奥歯が欠けるほど歯を噛みしめて、胸中で幾億もの呪詛を唱えながら聞いていた。

 

 雪菜の血を吸った。

 

 アルデアル公の言葉を裏付ける証拠はないがその光景を想像しただけで、もはや紗矢華の中で古城をこれ以上生かしておくという選択肢は消えた。

 否、もし暁古城が噂に聞くほどの真祖らしい振る舞いをし、気高く、品位のある行動を取って雪菜を己の命以上に大切に扱う覚悟があるのを見せれば紗矢華は血の涙を飲んで堪えただろう。

 しかし。

 

 「他の……女と……あんなこと……」

 

 紗矢華が見たのは、雪菜ではない他の女と授業をサボって乳繰りあう古城の姿だった。

 これを見て紗矢華は万に一つ、いや、億に一つくらいはあったかもしれない古城を生かして雪菜を預けるという可能性を完全に放棄した。

 

 「絶対に許さない……暁古城っ!」

 

 手にしているキーボードケースから銀色の剣ーー六式重装降魔弓〈煌華麟〉を取りだし、殺意を全身に纏う。

 

 獅子王機関の暗殺者、舞威媛が本気でブチ切れた瞬間だった。

 

 ***

 

 彩海学園 高等部A棟 廊下

 

 執務室で那月への報告を終えた後キリヲは中等部に続く道を歩いていた。

 那月からは手出し無用と言われたが、キリヲとしてはここで引き下がるつもりはない。

 今後、どの様に動くか予定を擦り合わせたかったキリヲは雪菜のいる教室を目指していた。

 

 (姫柊もこんなところで引き下がるような奴じゃないはずだ……)

 

 根拠はないが漠然とそう考えていたキリヲが中等部へと進める足を早めようとしたその時だった。

 

 キイイィィィンッ!

 

 突如、鳴り響いた大音量の甲高い音がキリヲに襲いかかり、たまらずキリヲは耳を塞いだ。

 高周波音の影響で廊下の窓は粉々に割れ、周りには音に耐えきれずに倒れる生徒の姿も見受けられた。

 

 (この魔力…………古城かっ!)

 

 高周波の原因が魔力だと気付いたキリヲは、その魔力の持ち主をすぐに割り出す。

 魔力の発生地が頭上、校舎の一番上だと察知したキリヲは即座に駆け出して屋上に続く階段を駆け上がる。

 

 「古城っ!」

 

 勢いよく屋上の扉を開けたキリヲの目に飛び込んできたのは、高周波音を撒き散らして苦しそうに呻く古城と剣を構えたポニーテールの少女ーー煌坂紗矢華、そしてドアのすぐ側に倒れて意識を失っている浅葱の姿だった。

 

 「やめなさいっ!暁古城!」

 

 紗矢華が〈煌華麟〉で高周波音を受け止めながら怒鳴るが古城の放つ音波は一向に収まる気配を見せない。

 

 「くそっ、古城!」

 

 徐々に破壊されていく校舎を見てキリヲは古城に向かって駆け出す。

 なんとか古城の前に辿り着くと、古城の体を掴んで床に引き倒す。

 そのまま、押さえ付けるように拘束しながらキリヲも怒鳴る。

 

 「古城っ!魔力を止めろっ!」

 「無理だっ……!止まらないっ……!」

 「くそっ!」

 

 魔力を放出し続ける古城に悪態をつきながらキリヲは祝詞を口にする。

 魔力や霊力を押さえ込む封印術の一種だった。

 だが、真祖の膨大な魔力を簡易術式の呪術が押さえ込めるはずもなく、古城の魔力を塞き止めることはできない。

 

 「九重先輩!」

 

 魔力を押さえきれない、とキリヲが古城から手を放しかけた時だった。

 新たに屋上に現れた雪菜が雪霞狼を構えて走ってくる。

 

 「獅子の巫女たる高神の杜の剣巫が願い奉る!雪霞の神狼、千剣破の響きをもて楯と成し、兇変災禍を祓い給え!」

 

 霊力を纏った雪霞狼が古城の足元に突き刺さり、放出されていた魔力が一気に消失する。

 魔力の消失と共に古城の暴走も止まったようで、古城は徐々に息を整えていった。

 

 「大丈夫ですか!?」

 「悪い姫柊。助かった」

 

 荒い息をつきながらキリヲは雪菜に礼を言った。古城を押さえ付けていたキリヲの右腕は高周波音で表面の人工皮膚が少し破れて内側の白銀の義手が覗いていた。

 キリヲが無事なのを確かめると雪菜は古城と紗矢華に向き直った。

 

 「……二人とも、こんなところで何をしていたんですか?」

 

 その声音は明らかに怒気を孕んでいた。

 

 「いや、それはこの嫉妬女が……」

 「違うのっ、この男が雪菜を裏切るような破廉恥なことをするからっ!」

 

 古城と紗矢華が同時に言い訳をしようと口を開くがーー。

 

 「……何をしてたんですか?」

 

 雪菜の冷たい声音と倒れている浅葱の姿を見て古城も紗矢華も押し黙る。

 

 「二人とも反省してください」

 

 すっかり大人しくなった古城と紗矢華にそう言うと雪菜は大きく溜め息をつくのだった。

 

 「な、なにこれ。どうしたの?あっ、浅葱ちゃん!?」

 

 騒ぎを聞き付けてやって来た古城の妹ーー暁凪沙が屋上の惨状を見て驚愕の声を上げる。

 

 「わたしは、藍羽先輩を保健室に運びます。九重先輩、手伝ってもらってもよろしいですか?」

 「ああ。浅葱は俺が背負ってく」

 

 雪菜に返事をしたキリヲは倒れている浅葱を担ぎ上げる。

 

 「二人はここで反省していてください。雪霞狼は任せましたよ」

 

 雪菜は二人に屋上での待機を命じると雪霞狼を古城に押し付けてキリヲ達の後を追うのだった。

 残された半壊の屋上には静かに押し黙った古城と紗矢華だけが残された。

 

 ***

 

 彩海学園 保健室

 

 「診断完了。軽いショック症状と確認。後遺症はありません。ただし、本日中は安静にしておくことを推奨します」

 

 保健室のベッドに横たわってアスタルテに診断を受けていた。

 アスタルテの診断結果を聞いたキリヲ、雪菜、凪沙の三人はホッと胸を撫で下ろした。

 

 「よかった~。それにしても、キリヲ君がいてくれて助かったよ」

 

 凪沙が満面の笑顔をキリヲに向ける。

 

 「この前ご馳走になった晩御飯の細やかな礼だと思ってくれ。暁妹」

 

 キリヲは、何度か暁家で夕食を共にしたことがあり、凪沙ともその時に知り合っていた。

 その時。

 

 「う、うぅん?……あれ、ここは?」

 

 今までヘッドで横になっていた浅葱が意識を取り戻したようで、上体をゆっくりと起こした。

 

 「あっ!浅葱ちゃん起きた!大丈夫!?どこか痛くない!?古城君になにかされた!?」

 「……起き抜けでその質問攻めは辛いわね」

 

 意識が戻った浅葱に質問を畳み掛ける凪沙に苦笑すると浅葱はベッドの側に立つ雪菜で視線が止まった。

 

 「あれ、古城は?古城は大丈夫なの?わたしが最後に見た時、刃物を持った変な女に襲われてたんだけど!?」

 「えっ!?刃物!?」

 

 浅葱の言葉に凪沙も目を見開いて反応する。

 そんな浅葱に雪菜が気まずそうに口を開く。

 

 「ええっと……すいません、藍羽先輩。彼女はわたしの友人です」

 「友人?なんで古城を襲うわけ?」

 「それは……嫉妬したからではないでしょうか……」

 「嫉妬?わたしと古城が一緒にいたから?」

 

 怪訝そうに目を細める浅葱。

 

 「そうですね……それも一つの要因だと思います……」

 

 気まず過ぎて目が泳いでいる雪菜。

 だが、浅葱の口は止まらない。

 

 「あのさ、貴女と古城はどういう関係なの?二人で何をコソコソやってるの?」

 「そ、それは……」

 

 浅葱の質問に答えられなくて、いよいよ言葉が詰まってしまった雪菜。

 その直後だった。

 

 「警告。校内に侵入者を確認。移動速度と走破能力から魔族と推定されます」

 「魔族!?……まさか、暁先輩を狙って」

 

 雪菜が声を潜めて訪ねるが。

 

 「否定。予想される目標地点は、現在地彩海学園保健室です」

 

 アスタルテの言葉が終わると同時に保健室の扉が強引に開け放たれた。

 同時に雪崩れ込んでくる複数名の獣人達。

 その獣人達を視認した瞬間ーー。

 

 「いや……いやぁ!!来ないでっ!来ないでよっ!来ない……で……」

 「凪沙さん!」

 

 凄まじい恐慌に襲われたように凪沙は蹲り、やがてショックで意識を失い、その場に崩れ落ちた。

 

 「……なんなの、こいつら」

 

 浅葱もパニックこそ起こしていないが顔を真っ青にして口を手で押さえていた。

 そんな中。

 

 「藍羽浅葱。君に仕事を任せたい。従えば危害は加えないことを約束しよう」

 

 立ち並ぶ獣人達が道を開け、軍服に身を包んだ初老の男が前に歩み出てきた。

 男の顔には大きな切り傷があり、腰には黒い鞘に納められた日本刀が下げられている。

 

 「……あんた、誰?」

 

 浅葱が怯えた表情で口にする。

 軍服の男は、浅葱の問に余裕の笑みを浮かべたまま答える。

 

 「我が名はクリストフ・ガルドシュ。戦王領域の元軍人で今は革命運動家だ。……テロリストとも言われているがね」

 「ガルドシュ……」

 

 軍服の男ーークリストフ・ガルドシュの姿を見たキリヲは浅葱の前に立ち、ガルドシュと対峙する。

 

 「……キリヲか。久しぶりだな」

 

 ガルドシュが口元を吊り上げ笑みを浮かべる。

 キリヲは、腰を落とし臨戦態勢を取る。

 

 「……もう八年になるか。随分と背が伸びたな」

 「………………あんたは、変わらないな」

 

 キリヲとガルドシュの応酬を見ていた雪菜が驚きに目を見開く。

 

 「こ、九重先輩。彼がクリストフ・ガルドシュなのですか?……九重先輩は彼と面識があったのですか?」

 「………………」

 

 キリヲは雪菜の質問には答えず、正面のガルドシュの目を睨んでいた。

 

 「……何が目的だ?」

 「藍羽浅葱という少女に仕事を依頼しに来た」

 「人にものを頼む態度には見えないな?」

 「これが我々の流儀だ」

 

 キリヲの皮肉を微笑で流すガルドシュ。

 二人の間で見えないな火花が散ったように雪菜には見えた。

 

 「……悪いが、ここはテロリストの来る場所じゃない。帰ってくれ」

 

 竹刀袋に入っていた白銀の刀、聖剣〈フラガラッハ〉を抜き放ちながらキリヲが言う。

 一方でガルドシュも刀の柄に右手を添えて左で鞘の鯉口を切っていた。

 

 「久しぶりの再会だと言うのに随分と冷たいな。お前のことは息子同然に想ってきたつもりなのだが」

 

 ゆっくりとした動作でガルドシュは鞘から刀を抜き放つ。昔ながらの長太刀の造り。黒い柄から伸びる刀身は血のように透き通った赤だった。

 

 「妖刀〈血斬り《ちぎり》〉か……」

 

 ガルドシュの刀の深紅の刀身を見てキリヲが呟く。

 

 「対吸血鬼用に打たれた銘刀だ」

 

 妖刀〈血斬り〉。刀身に斬った相手の血液を大量に奪う呪術がかけられた刀。吸血鬼の力の源である血を奪う吸血鬼殺しの武器だった。

 

 「キリヲ。……藍羽浅葱を素直に渡してはくれないか?」

 「断る。分かりきっていることを一々聞くなジジイ」

 「……まったく、反抗期か。まあいい。久しぶりに稽古をつけてやろう」

 

 〈血斬り〉を正眼に構えるガルドシュ。対するキリヲも〈フラガラッハ〉を横に水平に向けて構えを取る。

 

 「ッ!」

 「シッ!」

 

 刹那、ほぼ同時に前へ飛び出した二人は互いに刀を相手に降り下ろす。

 自らに迫る刃を刀で弾き、返す刃で相手に再び斬りかかる。

 数秒の間に空を無数の斬撃が飛び交い、キンキンッと甲高い金属音を奏でる。

 

 「我流か……悪くないな」

 「基礎を教えたのはあんただ。もう、見切ってるんだろ?」

 

 素直に賞賛の言葉を贈るガルドシュにキリヲが忌々しそうに返事をする。

 

 (凄い……速すぎて全く見えなかった)

 

 端から見ていた雪菜は、霊視を使っても目に留まらない二人の剣技に目を見開いていた。

 

 「剣速は悪くない。だが……一撃が軽いな」

 

 そう言うとガルドシュは再び動き出し、キリヲに向けて連続で刀を降り下ろす。

 人間を凌ぐ獣人種の筋力によって繰り出される剣技にキリヲが徐々に押されていく。

 

 「……だから、押し負けるのだっ!」

 

 裂帛と共に放たれた刃がキリヲの右腕、上腕部を捉える。

 しまった、とキリヲが声に出す前にガルドシュの刀は振り抜かれていた。

 深紅の刀身が横切り、キリヲの右腕ーー人工皮膚に覆われていた義手が切断され宙を舞う。

 腕を失って動けなくなったキリヲの隙を逃さず、ガルドシュはキリヲの腹部に左拳を叩き込む。

 

 「九重先輩!」

 

 雪菜が叫ぶ。同時に側にいたアスタルテが前に出て自身の眷獣を召喚しようと魔力を引き出す。

 

 「特例第二項に基づき自衛権を発動。執行せよ〈薔薇のーー」

 「ふんっ」

 

 しかし、アスタルテが眷獣〈薔薇の指先〉を顕現させる前にガルドシュの刀がアスタルテの体に食い込んでいた。

 赤い鮮血を吹き出し倒れるアスタルテ。

 

 「連れていけ」

 

 ガルドシュの命に従い、数人の獣人が雪菜、凪沙、浅葱を保健室から連れ出していく。徐々に意識が薄れていくキリヲが最後に見た光景がそれだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。