ストライク・ザ・ブラッド ー監獄結界の聖剣遣いー   作:五河 緑

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 蒼き魔女の迷宮編Ⅳです。どうぞ、お楽しみください。


蒼き魔女の迷宮編Ⅳ

 二年前 〈監獄結界〉 独房エリア

 

 アルディギアで犯した罪により、この異界の刑務所に投獄されて数か月。九重キリヲは、二十七回目になる独房での夜を過ごしていた。

 本来ならば他の囚人と同様に一般の監獄エリアに居る筈なのだが、脱獄の試みや他の囚人との私闘によりキリヲは度々この独房エリアに放り込まれていた。

 

 「………また、来たのか」

 

 そして、独房エリアに来ると決まって声をかけてくるのが向かいの独房にいる女囚人――仙都木阿夜だった。

 最初の頃は、大して気にも留めていない様子だったが、週に三度のペースで独房に入れられているキリヲに流石に興味が湧いたのか、最近では割と頻繁に声をかけてくるようになっていた。

 

 「今度は何をした?」

 

 「………僵尸鬼の奴と一緒に檻を破ろうとした」

 

 数時間前に試みた脱獄を思い返しながら、南宮那月によって刻まれた傷にを摩るキリヲ。

 もはや、何度も試した脱獄だが一向に上手くいく気配がない。協力してくれた囚人もいたが、彼らの様子から見るに、成功の見込みはかなり薄いようだった。

 

 「……本当にあんたは、いつでもここにいるんだな」

 

 「言っただろう?わたしは常にここに繋がれている」

 

 何度となく繰り返してきた独房通いと阿夜との会話により、少なからず彼女のことは分かるようになってきていた。

 彼女が魔女であること、元は〈L・C・O〉という犯罪組織の指導者だったこと、そして那月が最も彼女を恐れていること。それ故に常に厳重な封印の施された独房に幽閉されていること。

 

 「……あんたは、ここを出ようと思わないのか?」

 

 「無論、チャンスは窺っている。……しかし、お前のように闇雲に暴れようとは思わないな」

 

 独房の床に伏しているキリヲを見下ろして阿夜は愉快そうに笑いながら言った。

 

 「……それに既に手は打ってある」

 

 「手………?」

 

 口の端を釣り上げて不敵に嗤う阿夜にキリヲは怪訝そうに顔を顰める。

 

 「我が娘だ。………あれが脱出の鍵となる」

 

 「………娘がいたのか?」

 

 阿夜の言葉に意外そうな表情を浮かべるキリヲ。

 そんなキリヲから天井に視線を向けて阿夜は言葉を続ける。

 

 「………そろそろ完成する頃だ。アレを使えば、ここから出られる」

 

 「………?」

 

 『完成する』、『アレ』、自分の子供に向けるには、相応しくない言葉を使う阿夜にキリヲは、不可解そうに表情を歪めた。

 脱獄の道具として使える『娘』を語る阿夜の顔は、どことなく自分の体を魔義化歩兵に作り替えた技術者共と似ているような気がするキリヲだった。

 

 「……なにを話している?」

 

 キリヲが阿夜の言動に違和感を感じた直後だった。

 この〈監獄結界〉の看守――南宮那月が音もなく現れて、不機嫌そうに二人に告げた。

 

 「……ただの世間話だ、那月」

 

 憎むべきはずの那月に返事を返す阿夜の声音は、なぜか想い人にあった少女のように明るいものだった。

 

 「……他の囚人と話すな阿夜」

 

 阿夜とは対照的に冷たい声音でそう告げると、今度はキリヲに向き直って無造作に手を振るう那月。

 

 「お前もだ。他の囚人と関わってこれ以上、面倒をかけるな」

 

 那月が言い終わると同時にキリヲの視界が歪み、気が付けば別の独房に空間転移させられていた。

 

 

 

 その後、キリヲが阿夜の姿を見ることはなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暁家 リビング

 

 窓の外で囀る小鳥の鳴き声を目覚ましに、昨晩の鍋の残り香が薄っすらと漂う暁家のリビングでキリヲは目を覚ました。

 テレビの前に鎮座したソファからゆっくりと上体を起こして未だに瞼が半分閉じている目で辺りを見渡す。

 

 「朝か……」

 

 昨日、雪菜の部屋で空間転移などの異常事態について物議を交わした後、キリヲは古城の住んでいる部屋に身を移していた。

 雪菜の部屋では夏音を始め、アスタルテやジリオラなどの女性陣が集中していたため男のキリヲとしては些か居心地が悪かったからだ。

 夜間の夏音の警護はジリオラとアスタルテに任せて、キリヲは古城の部屋で寝泊まりすることにしていた。

 

 「痛て……」

 

 起きたはずみにズキリと鋭い痛みを訴える体の各所に思わずうめき声が零れる。

 痛む要所に目を向けてみれば傷からにじんできた血で包帯が薄っすらと赤くなっていた。昨日の公園で傷口が開いたのかもしれない。

 

 「………」

 

 本当に生傷が絶えないな、とキリヲは自分のことながら呆れたように傷ついた体を見下ろすのだった。

 痛む体を労わりながら立ち上がると、この家の家主である古城の姿を探し始める。しかし、リビングにはキリヲ以外の人影は見当たらない。

 まだ寝てるのか、と思い古城の寝室に足を向けようとしたその直後だった。

 

 「なんじゃこりゃあああああぁ!?」

 

 突然甲高い声の叫びが暁家の洗面所から響いてきた。

 続いて、ドタドタと慌ただしく走る音が聞こえると茶色い髪をショートにした小柄な少女がリビングに飛び出してきた。

 

 「き、キリヲ!」

 

 茶髪の少女――仙都木優麻は、キリヲを見つけると目を見開いて勢いよく距離を詰めてくる。

 

 「き、キリヲ!やばいっ!助けてくれっ!」

 

 「うおっ!?」

 

 勢いよく飛び込んできた優麻にキリヲはバランスを崩し、さっきまで寝ていたソファーに再び倒れこむ。自然と優麻がキリヲを押し倒す形になり、押し倒した後もキロの腹部の上に優麻が跨っている。

 

 「……なんのつもりだ、仙都木優麻」

 

 突然の奇行に驚きつつもキリヲは冷めた目付きで自分の上に跨る優麻を見つめる。

 

 「優麻?……違うっ!俺は優麻じゃない!」

 

 「………何を言っている?」

 

 自分が優麻じゃないという目の前の優麻にキリヲも訳が分からないといった表情で顔をしかめる。

 

 「だからっ!俺は優麻だけど優麻じゃないんだ!古城なんだよ!暁古城!」

 

 「…………………ふざけているのか?古城をどこへやった?」

 

 「だーかーらー!俺がその古城なんだって!……なんで分かってくれないんだよ!?」

 

 キリヲが理解を示しそうにないと分かると優麻は、キリヲの上から飛び退いてリビングから飛び出していった。

 そのまま、玄関のドアを開けると共用廊下を通って隣の雪菜の部屋に向かい、インターホンを鳴らしまくる。

 

 「姫柊!姫柊!」

 

 ドンドンと玄関のドアを叩きながら雪菜を呼び出す優麻。

 やがて数秒後、慌てた様子で雪菜もドアを開けて外に出てきた。

 

 「姫柊大変なんだっ!俺と優麻が………うっ」

 

 「おはようございます優麻さん。……すいません、こんな格好で」

 

 ようやく出てきた雪菜に迫ろうとする優麻だが、目の前に立つ雪菜の格好を見て思わず言葉を詰まらせた。現在の雪菜の格好は、下着の上に白いシャツを羽織っただけのものだった。白い柔肌も下着も露わになっており、どことなく扇情的な雰囲気を醸し出していた。

 

 「今、みんなで〈波隴院フェスタ〉の衣装を試着していたところで………とりあえず、入ってもらってもいいですか?」

 

 「お、おう」

 

 恥じらうように言う雪菜に優麻も大人しく従い雪菜の部屋に入っていく。

 そして、中の光景を目にして心臓が跳ね上がった。

 部屋の至る所に衣類が散乱しており、そこの中心にいる女子たちも色々な衣類を試着するために着替えている最中だったのか、ほとんど下着だけのような姿だった。

 

 「これは、気に入りました」

 

 着ているシャツのボタンが留められておらず、前がはだけた状態のアスタルテは手に持っている巨大なカボチャの被り物に目を輝かせていた。

 

 「はぁい、動かないの。綺麗な顔なんだから、おめかししないと勿体ないでしょ?」

 

 「う、うぅ~」

 

 鏡の前では、下着姿のジリオラが同じく下着だけの格好をした夏音の顔に口紅やらファンデーションやらを手にしながら化粧を施していた。

 夏音は、慣れない化粧に居心地が悪いのか目をつむってジリオラの作業が終わるのを待っている。

 

 「〈波隴院フェスタ〉用の衣装をジリオラ先生が用意してくれたんです。………ただ、お洒落するならお化粧もした方がいいって張り切りだしちゃって」

 

 かれこれ一時間ぐらいこの調子です、と苦笑交じりに雪菜が言う。

 

 「……ひょっとして、姫柊も?」

 

 「あっ、はい。わたしもさっきまで捕まっていました」

 

 普段とは違う雪菜の顔の変化に気付いた優麻に雪菜も恥ずかしそうに顔を赤く染める。今日の雪菜の顔は、目の周りのアイラインや唇を紅く染めるルージュにより、普段の様子からは考えられないような色気と大人っぽさが滲み出ていた。

 

 「………似合っていませんか?」

 

 「いや、そんなことない。凄い綺麗だとおも………って、そうじゃない!姫柊、大変なんだ!」

 

 思わず普通に誉め言葉を送ろうとして当初の目的を思い出した優麻が慌てた様子で、雪菜に向き直る。

 

 「俺は、優麻じゃない!古城だ!暁古城なんだっ!」

 

 真剣な顔でそう叫ぶ古城にその場にいる全員が、

 

 「「「「は?」」」」

 

 間の抜けた表情でそう口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪菜の部屋

 

 

 女性陣が着替えや化粧を済ませた後、凪沙と古城を除く全員が一度雪菜の部屋のリビングに集まって優麻の言葉に耳を傾けていた。

 

 「すいません、もう一度言ってもらえますか?」

 

 理解できないといった様子で雪菜がこめかみを抑えながら、目の前の優麻に言う。

 

 「だから、俺は優麻じゃないんだ!朝、目が覚めたら優麻の体になってたんだよ!」

 

 優麻の姿をした少女の、自身は古城である、という言葉にその場にいる全員が懐疑的な目を向ける。

 

 「暁先輩……なんですか?」

 

 「朝から、こんな調子のことを口にしている」

 

 疑わしそうな視線を向ける雪菜とキリヲ。

 

 「……質問。わたしと初めて会った場所は?」

 

 全員が突然の事態に困惑する中、アスタルテが平常通りの無表情で冷静に質問を問いかける。

 

 「えーっと、うちの近くの倉庫街だ。オイスタッハのおっさんと一緒にいたな」

 

 「………正解」

 

 難なく答えた自称古城の優麻にアスタルテは静かに頷く。

 

 「わたしと初めて会った場所は?」

 

 「中東部の屋上だ。たしか、捨て猫の飼い主探しの真っ最中だった」

 

 今度は、夏音が問いかけるがそれにも難なく返事が返ってくる。

 

 「……俺とジリオラが〈彩海学園〉に来る前にいた場所は?」

 

 「那月ちゃんの持ってる刑務所だ。名前は、えーっと……」

 

 「〈監獄結界〉だ。……………間違いない、古城だ」

 

 最後にキリヲが質問をし、それに対する答えで全員が納得したのか、改めて優麻と入れ替わった古城を見つめる。

 

 「で、なんでそんなことになったの?」

 

 ジリオラが問いかけると古城は、顎に手を当てて昨晩の記憶を掘り起こそうと思案を巡らせる。

 

 「たしか………昨日の夜、優麻が俺の部屋に来て……それで突然、優麻にキスされて……なんか、青い騎士みたいなのが見えて、そのまま眠って朝気が付いたら……」

 

 記憶が曖昧なのか、断片的な出来事を一つ一つ呟いていく古城。キリヲがそれ等を繋げて内容を理解しようとしていると、

 

 「……キスしたんですか」

 

 「え?」

 

 「………優麻さんとキスしたんですか」

 

 冷ややかな視線を古城に向ける雪菜と自分の失言に気付いて慌てふためく古城。

 

 「………〈剣巫〉のジェラシーは置いといて」

 

 「別に嫉妬なんてしてませんっ!」

 

 「真祖の体を乗っ取るなんてあり得るの?」

 

 顔を羞恥で主に染める雪菜をスルーしつつジリオラが感じた疑問を問いかける。

 

 「……まずあり得ないだろうな。仮にも神々が直接掛けた呪いだ。どんな術を使おうと上書きなんてできない」

 

 キリヲも首を横に振って否定した後、この不可解な現象の原理について考えを巡らせていた。

 

 「……おそらく、優麻さんは暁先輩の体を乗っ取ったわけではないと思います」

 

 ジリオラにからかわれて取り乱していた雪菜がようやく落ち着いたのか、息を整えながらそう口にした。

 

 「どういう意味だ?」

 

 「暁先輩の精神や魂は、まだ元の体に残っているはずです。多分、優麻さんは空間を歪めて暁先輩と優麻さん自身の体を動かしている神経をすべて入れ替えて、感覚や動作を制御しているんです」

 

 「……つまり、自分の体を動かしてるつもりで優麻の体を動かしているだけってことか?」

 

 「はい」

 

 雪菜の解説により意味を理解した古城が自分の体を見下ろして感心したように溜息をつく。

 

 「でも、そんなことできるのか?全身の神経を入れ替えるような空間制御なんて」

 

 「先輩……わたし達の周りにも一人いますよね。息をするように空間転移を操る人物が」

 

 「那月ちゃんか……」

 

 那月が普段見せる空間転移を思い返して、古城も納得したように頷く。

 

 「間違いありません。優麻さんは、おそらく魔女です………それも南宮先生と同じタイプの」

 

 「ちょっと待ちなさいよ」

 

 神妙な顔で言う雪菜にジリオラがストップをかける。

 

 「魔女って簡単に言うけど、南宮那月クラスの魔女なんて世界でも数えるほどしかいないわよ?」

 

 あんな化け物がそんなゴロゴロいたらたまったもんじゃないわ、と肩をすくめながら言うジリオラ。その言葉に雪菜も納得したように難しい顔をする。

 

 「確かに、それほど高レベルの魔女ならばもっと名前が知れ渡っていないと不自然ですね」

 

 雪菜の知る限り、優麻のような少女が世界有数の魔女と同レベルに達しているという話は聞いたことがなかった。

 しかし、そこにキリヲが割り込むように言葉を発した。

 

 「いや、そいつは魔女だ」

 

 「なんで言い切れるのよ?」

 

 「その女の名前………仙都木優麻だぞ」

 

 疑うような表情を浮かべていたジリオラだが、キリヲが発した答えを聞いてその表情を凍り付かせた。

 

 「………………仙都木?」

 

 「……あの女の娘だよ」

 

 キリヲの言葉を聞き、目を見開いたジリオラは古城に歩み寄り、その顔を手で掴みながらじっくりと見定めた。

 

 「…………嗚呼、面影あるわ。っていうか、ほとんど同じ顔ね」

 

 「………?」

 

 やがて納得したように顔から手を放して頷くジリオラに古城が怪訝そうに顔を顰める。

 

 「あの……二人ともなにかご存知なんですか?」

 

 二人だけで勝手に納得のいく答えに辿り着いたキリヲとジリオラに雪菜が尋ねる。

 

 「……まあ、なんていうか」

 

 「………そいつの母親と面識があるんだ」

 

 古城を指さしながら言うキリヲに雪菜と古城は、ますます意味が分からない、といった様子で首を傾げた。

 

 「母親……というのは?」

 

 「〈監獄結界〉にいた頃の話だ」

 

 そして、キリヲは二人にかつて〈監獄結界〉で知り合った捕らわれの魔女の話をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 欧州に住まうすべての魔族が恐れた魔女――南宮那月が最も警戒していた最悪の咎人――仙都木

阿夜について。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈絃神島〉ラブホテルの一室

 

 「………なんでこんなことに」

 

 小鳥のさえずりの聞こえる気持ちの良い朝、一人で寝るには些か広すぎるダブルベッドの上で目を覚ました紗耶香は、自分の体を見下ろして震える声で呟く。

 

 「………なんで裸?」

 

 一糸まとわぬ自分の体を見つめながら昨晩の記憶を掘り起こす。

 確か、初めてのラブホテルにテンションが異常なまでに振り切った護衛対象であるラ・フォリアが悪戯で部屋の各所に収納してある卑猥な物品を並べ始めて、それを必死に奪い取って元の場所に片付けつつもラ・フォリアの執拗な悪戯に妨害されまくって結局、疲れて寝落ちした………はずである。

 ベッドの周りの床に転がる大人の玩具(振動する奴とか信じられないくらい太い奴とか)を尻目に、思い出さなければよかった、とこめかみを押さえる紗耶香。

 と、そこまで思案を巡らせていた時だった。

 

 「ん、んぅ……」

 

 紗耶香の隣でシーツに包まって丸くなっていた人物――ラ・フォリアが目を覚まして、ゆっくりと上体を起こしていた。

 無論というか当然というべきか、ラ・フォリアも服を着ておらず色白い柔肌をさらしていた。

 そして、寝ぼけた目で辺りを見渡し、隣にいる紗耶香を見つけるとおもむろにシーツで体を隠して頬を紅潮させ、艶やかな声で

 

 「紗耶香……昨晩の貴女は素敵でした」

 

 と、口にした。 

 

 「そういう誤解を招くようなことを言わないでくださいっ!」

 

 目にもとまらぬ速さでベッドから飛び退いて、怖気が立つと言わんばかりにラ・フォリアから距離をとる紗耶香。

 

 「あら、日本では同じベッドで夜を共にしたものに対する挨拶は、こうだと聞いたのですが……」

 

 「それ間違ってます!……いえ、ある意味合ってますけど、普通は使いませんっ!」

 

 全力で否定する紗耶香にラ・フォリアは首をかしげながら尋ねる。

 

 「では、どういう時に使うものなのですか?」

 

 「そ、それは……なんというか……まあ………大切な人というか、パートナーというか……こ、恋人とかに使うんです」

 

 羞恥に頬を染めながら言いづらそうに口にする紗耶香に、ラ・フォリアは表情を輝かせて更に言葉を続ける。

 

 「つまり、キリヲと夜を共にしたら使えば良いのですね?」

 

 「まあ、そうです。王女の場合ならそうなり……………って王女!?ダメですよっ!犯罪者となんて!?」

 

 話の流れ的につい頷きかけたが、冷静になって考えればスキャンダルどころか国際問題に発展しかねない光景が脳裏に浮かび、紗耶香は全力で否定するように首をブンブンと横に振る。

 しかし。時すでに遅く。

 

 「これは、良いことを聞きました。……やはり、日本の文化は奥が深いですね」

 

 嬉々とした表情で頷くラ・フォリアに、やってしまった……、と紗耶香は頭を抱える。

 紗耶香が一人で自分の犯してしまった過ちを後悔して悶々としているとラ・フォリアが満足したように笑みを浮かべながら充電していたスマートフォンを手に取り、その画面を紗耶香に向けた。

 

 「紗耶香、どうやら上手くいったようです。昨晩、我が国の宮廷魔術師達に依頼しておいた空間転移現象に対する調査と転移パターンの解析が無事に終わりました」

 

 ラ・フォリアの言葉を聞いて紗耶香も表情を真剣なものに戻しつつ、どこか嬉しそうな表情を浮かべる。

 ラフォリアの言う空間転移の調査とパターンの解析というのは、昨日の夜のうちにラ・フォリアが〈聖環騎士団〉と共に来日していた宮廷直属の魔術師達に調査するように指示したものだった。

 類まれなる才能を持っていた叶瀬賢生ほどではないが、彼の教えを受けていた魔術師もおり、そういった者の中には空間転移に関する知識を有している者もいる。

 彼らの手を借りて正しい順に空間転移を繰り返し、目的地に辿り着こうというのがラ・フォリアと紗耶香の立てた作戦だった。

 

 「これで、問題なく空港まで戻れますね」

 

 「ええ。……ですが、悪いニュースもあります」

 

 ようやく任務を達成できると歓喜を露わにした紗耶香にラ・フォリアは言葉を続ける。

 

 「二日前に〈絃神島〉に侵入した魔導犯罪者……メイヤー姉妹が現在キーストーンゲートの屋上に陣取って特区警備隊と交戦中のようです」

 

 ラ・フォリアの言葉に思わず紗耶香は顔をしかめる。

 

 「数では勝っていますが、相手は〈アッシュダウンの魔女〉……かなり苦戦しているようですね」

 

 「このままでは不味いでしょうけど……………でも、これは日本国内の問題です。王女が身を危険に晒してまで関わることではありません。一刻も早く〈聖環騎士団〉と合流すべきです」

 

 暗に救援に向かおうと伝えてくるラ・フォリアに紗耶香は首を横に振りながら返事を返す。

 

 「………確かに、わたくしが関わる必要性は無いのでしょう。しかし、同盟国の危機です。手を貸すのは自然なことでしょう?………それに、我が国としても〈アッシュダウンの魔女〉には少なからず因縁があります。ここで決着を着けることに意義はあります」

 

 「しかし、王女――」

 

 凛とした口調で言葉を続けるラ・フォリアに紗耶香が異議を唱えようとするが、ラ・フォリアはそれに被せるように言葉を続ける。

 

 「なにより、戦いの場に行けばキリヲに会えるような気がします。…………戦いが起これば彼は必ず現れる。彼に会えるのならば、この身を危険にさらす意味もありましょう」

 

 有無を言わせないラ・フォリアに紗耶香も反論しようと開いた口を閉じる。

 代わりに呆れたように溜息をついてラ・フォリアに苦言を言う。

 

 「……明らかに最後の一つがメインの目的になっていましたよね?」

 

 「ええ、勿論」

 

 悪びれる様子もなく即答するラ・フォリアに、紗耶香は何も言えなくなってしまう。

 そんな紗耶香にラ・フォリアは姿勢を正して厳かに告げる。

 

 「師子王機関の舞威媛――煌坂紗耶香。アルディギア王国王女ラ・フォリア・リハヴァインの名の元に〈アッシュダウンの魔女〉討伐の助力を要請します。……ついてきていただけますか?」

 

 もう何を言っても無駄だろうと悟った紗耶香は、諦めたように嘆息すると大きく頷き、承りました、と返事を返すのだった。

 

 「ありがとうございます、紗耶香」

 

 今や友と呼んでも差し支えることのなくなった紗耶香に優しく微笑むラ・フォリア。

 

 「ところで、王女」

 

 「はい?」

 

 「………わたしの服はどこにあるのでしょうか?」

 

 未だ一糸まとわぬ姿をしている紗耶香がシーツで体を隠しながら問うと、ラ・フォリアも服を纏っていなかったことを思い出したかのように側にあったタンスから二着の衣類を取り出す。

 

 「皺になるといけないので、昨夜のうちに脱がせて畳んでおきました」

 

 悪戯っ子のような笑みを浮かべて言うラ・フォリアに、やはり苦手だこの人、と改めて思う紗耶香だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キーストーンゲート屋上

 

 〈絃神島〉全土が〈波隴院フェスタ〉に沸く中、島の中心地に位置するキーストーンゲートでは銃弾と魔術の応酬による攻防戦が繰り広げられていた。

 

 「本当に他愛ないですわ。ねえ、お姉さま?」

 

 「ええ、そうね。オクタヴィア」

 

 キーストーンゲートの屋上の真ん中に座り込み、ケタケタと笑う赤い装いの魔女――オクタヴィア・メイヤーと黒装束の魔女――エマ・メイヤー。そして二人の周りには、魔女の眷属にして最大の武器である守護者が姿を露わにしている。

 メイヤー姉妹の使役する守護者は、これまでに数多の無辜の命を貪ってきた膨大な量の触手の姿をしている。かつて、姉妹が森一つを代償に生み出した〈アッシュダウンの守護者〉である。

 大量の触手が二人の周りを蠢き、襲い掛かる銃弾の嵐から主を守っていた。

 二人を包囲する特区警備隊は、二個大隊分の人員を導入して魔女討伐に臨んでいるが、圧倒的質量で猛威を振るう〈アッシュダウンの守護者〉により目的を成せずにいた。

 

 「どうなってる!?こちらの攻撃が全く効いてないぞっ!?」

 

 「いいから撃てっ!これ以上、奴らの好きにさせるな!」

 

 二人の人間を包囲殲滅するには過剰ともいえるほどの火力を浴びせているにも関わらず、一向に好転しない状況に自動小銃を持つ特区警備隊員たちが浮足立つ。

 

 「哀れなものね。力のない者は、頭も弱いのかしら?これだけやって、まだ相手との力の差を理解できないなんて」

 

 「うふふ、それは仕方のないことですわお姉さま。だって、あいつらは生きる価値のない下等生物なんですもの」

 

 わざとらしく嘆息するエマにオクタヴィアも品のない笑いで応じ、最後は二人そろって口を開けて笑いながら目の前で触手に磨り潰されていく特区警備隊員たちを見ていた。

 

 「…………」

 

 その光景を姉妹から一歩離れた場所に立って見物する者の姿があった。

 黒いセーラー服に長い黒髪、右手には二股の霊槍を携えて顔には白い狐の面を被っている。〈太史局〉より〈図書館〉の援軍として派遣された〈六刃神官〉の妃崎霧葉だ。

 目の前で下品に笑う二人の魔女と必死に〈アッシュダウンの守護者〉に応戦する特区警備隊を交互に見やり、不快そうに霧葉は鼻を鳴らす。

 相手の実力を測れず無駄な抵抗を続ける特区警備隊をエマは嗤うが、霧葉から見れば、応戦しつつ相手の情報を随時無線で本部に送り、次に繋げようと決死の威力偵察を続ける特区警備隊員の姿は称賛するに値した。

 霧葉と同じく、国家に雇われて逃亡を許されない戦いに身を投じる彼らには正直なところ、同情を禁じえなかった。

 

 「どうかしら、〈六刃神官〉?これがわたし達の力よ。貴女の助力は、不要だったみたいね」

 

 先ほどから沈黙を守り続けている霧葉を煽るようにオクタヴィアが言葉を投げかける。

 そんな彼女の手には、燐光を纏う一冊の本が抱えられている。

 

 (No.139……能力は確か〈予定調和〉だったかしら)

 

 メイヤー姉妹の扱う魔導書を冷静に分析する霧葉。

 彼女たちが使役している〈アッシュダウンの守護者〉は圧倒的質量と巨体がもたらす重量が最大の武器である一方で魔術的な特殊能力は一切持っていない。それを補うためにオクタヴィアが使っているのが、魔導書――No.139である。

 この魔導書がもたらす効果は〈予定調和〉。すべてをあるべき自然の姿に止め、不変のものとすることができる。具体的に言うならば、こちらの攻撃は強化され、自然の摂理から外れる敵の攻撃はすべて無効化するというものだった。

 

 (確かに強力な魔導書だけど………〈師子王機関〉の〈六式重装降魔弓〉辺りなら有効でしょうね)

 

 〈アッシュダウンの守護者〉とNO.139の特性を見比べて、いくつかの対処法を頭の中で組み立てる霧葉。結果、些か面倒な相手ではあるが、自分でも対処可能な相手だという判断を下し、改めて見下すような眼差しを目の前の魔女姉妹に向ける。

 と、そこまで霧葉が思案した直後だった。

 

 「へえ?それが噂に聞く〈アッシュダウンの守護者〉と〈図書館〉の魔導書か」

 

 軽薄そうな男の声が聞こえてくると同時に、想像を絶する大きさの魔力の塊がキーストーンゲートの屋上に叩きつけられた。

 

 「っ!?」

 

 「なっ!?」

 

 「嘘っ!?」

 

 突如襲ってきた暴力的な魔力の塊に、No.193によって守られていたはずの〈アッシュダウンの魔女〉の触手の群れがゴッソリと削られ、その場にいた霧葉とメイヤー姉妹の二人が驚愕に満ちた声を漏らす。

 

 「噂じゃあ、そこそこ強いと聞いていたんだけどネ。……でも、一発でこの様じゃあ大して期待はできそうにないカナ」

 

 「ディミトリエ・ヴァトラー……」

 

 荒れ狂う魔力の塊――巨大な蛇の眷獣を従えた金髪の青年――ヴァトラーを苦々しい表情で睨みつけるエマ。

 その間にもヴァトラーの呼び出した眷獣は、その強大すぎる魔力で魔導書の効果もろとも〈アッシュダウンの守護者〉を次々と喰い破っていく。

 

 「ちょ、ちょっと……!」

 

 「やめなさいっ!」

 

 自分たちの守護者が蹂躙されるのを目の当たりにして、慌てて触手の群れを退避させるエマとオクタヴィア。二人の目には、欧州で悪名を轟かせる旧き世代の吸血鬼に対する恐怖が浮かんでいた。

 

 「り、〈六刃神官〉!あいつを倒しなさい!こんな時のための護衛でしょう!?」

 

 「……わたしは、増援であって貴女たちの護衛ではないのだけれど?」

 

 それ以前にさっきまで散々不要だなんだと言っていたくせに今になって助けてくれとかプライドはないのか、と霧葉は呆れ果てたように溜息をつくと、霊槍の矛先をヴァトラーに向けて臨戦態勢を整える。

 

 「へえ?君がボクの相手をしてくれるのカイ?」

 

 「………仕事なので、アルデアル公」

 

 新たな獲物を前に再びボルテージを上げていくヴァトラー。

 

 「……それは魔力や霊力を貯める〈乙型呪装双叉槍〉カ。今はどんな魔力が貯めてあるのカナ?」

 

 「………さあ、なんでしょうね」

 

 霧葉が挑戦的に言い放つと同時に眷獣を霧葉めがけて解き放つヴァトラー。

 そして、それを真正面から迎え撃つ霧葉。

 人間には到底抗いようのない絶対強者たる眷獣を前に一切怯む素振りを見せずに〈乙型呪装双叉槍〉を構える霧葉に、流石のヴァトラーも驚いたように目を見開く。

 メイヤー姉妹、ヴァトラー、この場にいるすべての人物が眷獣の巨体に跡形もなく吹き飛ばされる霧葉の姿を予想した。

 しかし。

 

 「なっ!?」

 

 驚愕の声を上げたのは勝利を確信していたはずのヴァトラーだった。

 霧葉の持つ霊槍――〈乙型呪装双叉槍〉の矛先が触れた途端、膨大な魔力を纏っていたヴァトラーの眷獣が塵も残さずに消滅したのだ。

 眷獣を貫き、滅した霧葉は改めて闘志を漲らせた視線をヴァトラーに向ける。

 

 「今のは………〈七式突撃降魔槍〉の神格振動波カナ?」

 

 「ええ、その通りよ。………最近、実物を目にする機会があったから、ついでに少しばかり頂戴してきたわ」

 

 青白い神格振動波を放つ〈乙型呪装双叉槍〉を手に得意げに笑みを深める霧葉にヴァトラーも愉快そうに笑い始める。

 

 「ハハハッ、イイネ!最高だっ!」

 

 ここからが本番だ、と言いたげに大量の魔力を全身から放出させるヴァトラーに霧葉も冷や汗を禁じ得なかった。

 

 (強いのは知っていたけど………まさか、ここまでとはね。早まったかしら……)

 

 戦わずとも伝わってくる強者の風格に霧葉も一瞬、戦いを挑んだことを後悔しそうになるが、

 

 (……………逃げるのは無しね。この程度の窮地を切り抜けられないなら……絶対に兄さんには追いつけない)

 

 霧葉脳裏に浮かぶのはつい先月戦う姿を目の当たりにした〈聖剣遣い〉と呼ばれる少年の雄姿だった。彼の見せた自分の想像を遥かに超える絶技は今でも脳裏に焼き付いている。

 

 「殺す………貴方も………兄さんも……必ず」

 

 「………イイネ。いい目だ」

 

 ここにはいない人物に向けて殺意を燃やす霧葉の目を仮面越しに見て、ヴァトラーも心の底から嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

 「じゃあ、始めようカ」

 

 「いざ………参る」

 

 ヴァトラーが眷獣を放とうと魔力を放出し、霧葉は〈乙型呪装双叉槍〉を振りかぶり、今まさに戦いの火蓋が切って落とされると思われたその時だった。

 

 「アルデアル公、お待ちを」

 

 何の前触れもなく声が響き、次いで声の主が実体のない蜃気楼のように霧葉とヴァトラーの間に出現する。

 

 「君は、古城………じゃ、ないみたいだネ。誰だい、君?」

 

 現れた者の姿には霧葉も見覚えがあった。〈太史局〉も要注意人物としてマークしている世界最強の吸血鬼――暁古城だ。

 しかし、今彼が纏っている物静かな雰囲気は以前霧葉が見た時のものとは明らかに異なっていた。

 まるで、全くの別人が古城の体を乗っ取ているかのように。

 

 「わたしの名は、仙都木優麻。〈図書館〉の総記、仙都木阿夜の娘にございます」

 

 そう名乗る古城の体を借りた存在――優麻の言葉にヴァトラーも霧葉も驚いたように目を見開く。メイヤー姉妹だけが忌々しそうに視線を横に逸らしていた。

 

 「仙都木阿夜……彼女の噂は聞いているけれど……」

 

 「娘っていうのは、初耳だネ」

 

 各々反応を見せる二人に優麻は、恭しく頭を下げて応じていた。

 

 「……で、ボクたちの戦いを止めた理由を聞いてもいいカナ?」

 

 笑顔で優麻に問いかけるヴァトラー。しかし、その声音は楽しみを中断させられた事に憤っているのが分かるほど低く、冷たかった。

 

 「先ほどのご無礼、謹んでお詫び申し上げます。………僭越ながら、我々の真の目的を閣下にもお伝えしておこうと思った次第でございます」

 

 「真の目的?」

 

 怪訝そうに表情を歪ませるヴァトラーに優麻は、暗い笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

 「……きっと、閣下もお気に召されるはずです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優麻の口から語られたソレは、計画と呼ぶには余りにも突飛で常軌を逸しており、なにより暗い悪意に満ちたものであった。

 それを聞いたヴァトラーは心底愉快そうに笑い声を上げ、霧葉は驚愕に目を見開き、慌てて〈太史局〉本部に向けて連絡用の式神を飛ばすのだった。

 




 

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