ストライク・ザ・ブラッド ー監獄結界の聖剣遣いー   作:五河 緑

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 更新が大変遅くなってしまいました。申し訳ありません。
 次回は、なるべく早く更新するように努力しますので何卒今後もよろしくお願いします。


蒼き魔女の迷宮編
蒼き魔女の迷宮編Ⅰ


 絃神島国内線空港出発ロビー

 

 〈絃神島〉と外界を繋ぐ空路の発着地である絃神島空港。本来であれば全ロビーが企業関係者や観光客、島の住人の往来により混雑しているが、本日に限り一部のロビーは貸し切り状態になっており、関係者以外立ち入り禁止となっていた。

 それもそのはず。この日は、北欧の大国〈アルディギア〉の王女が空港を利用しているのだから。

 国際線出発ロビーの一角は、白銀の西洋甲冑と直剣で武装した騎士達が立ち並んでいた。

 その騎士達が見守る中で向き合い、歓談に興じる二人の少女の姿があった。

 白銀の髪を持つ少女ーー〈アルディギア王国〉の王女、ラ・フォリア・リハヴァイン。

 そして、彼女の護衛として日本政府が派遣した〈獅子王機関〉の舞威媛、煌坂紗耶香だ。

 

 「ありがとう、紗耶香。夏音の件では面倒をかけました。これでわたしくしも、憂い無く本国に帰れます」

 

 帰国用の航空機に搭乗する直前、見送りに来ていた紗耶香の手を握り感謝の意を示すラ・フォリア。

 

 「いえ、滅相もありません」

 

 苦笑を浮かべながら首を横に振る紗耶香。

 

 「キリヲの顔も見れましたし、もう心残りはありません」

 

 王族専用のスマートフォンを胸元で握り締め、ラ・フォリアが僅かに顔を朱に染める。

 きっと今手にしているスマートフォンには、あの犯罪者ーー九重キリヲの連絡先が登録してあるのだろう、と紗耶香は表情を引き吊らせる。

 

 「王女……………臣下の目もあります。犯罪者とやり取りをしていると聞かれたりしたら問題が………」

 

 慌てふためく紗耶香を尻目にラ・フォリアは、拗ねたように目を伏せる。

 

 「紗耶香………貴女まで堅苦しいことを言わないでください」

 

 そう言ってラ・フォリアがスマートフォンの画面を紗耶香が見えるように向ける。

 そこには、昨晩の通話履歴が映し出されていた。

 

 「…………………………うわぁ」

 

 その内容を見た瞬間、思わずこんな声が漏れた。

 通話開始時間が午後11時。そして通話終了時間………………午前3時。

 通話時間、きっちり4時間。

 

 「………………随分と長電話ですね」

 

 「つい、話が弾んでしまいまして」

 

 照れる様に微笑みを浮かべるラ・フォリアに紗耶香は、夜通し王女の長電話に付き合わされたキリヲに心の中で同情した。

 

 「……………ところで紗耶香」

 

 紗耶香が引きつった笑みを浮かべていると、ラ・フォリアが思い出したように空港に設置されている電光パネルに視線を向けて問いかけてくる。

 

 「〈波朧院フェスタ〉……と言うのは、何ですか?」

 

 首を傾げながら問いかけてくるラ・フォリア。

 

 「〈波朧院フェスタ〉は、この時期に〈絃神島〉で開催されるお祭りで…………………って王女!?」

 

 質問に答えていた紗耶香は、目の前で嬉々とした表情で王族用スマートフォンを取り出したラ・フォリアに思わず思わず大声を上げてしまった。

 

 「まぁ!年に一度のお祭なのですね!?」

 

 新しい玩具を与えられたら子供のように目を輝かせながらスマホで〈波朧院フェスタ〉の画像検索をするラ・フォリア。

 

 「王女!すでに二度、帰国を延期されています!これ以上は……………!?」

 

 遊ぶ気満々、といった表情のラ・フォリアに紗耶香は慌てて窘めるように口を開く。

 しかし、当のラ・フォリアは…………。

 

 「とても、楽しそうなお祭りですこと………………!」

 

 聞く気ゼロである。

 このままではマズい、そう感じた紗耶香は強引にラ・フォリアの手を引くと、搭乗口の奥へと連行していく。

 

 「飛行機の前までお送りします!」

 

 「もう………言われずとも分かっています。興味本位で貴女の国に迷惑をかけるつもりは、ありません」

 

 紗耶香に手を引かれながらラ・フォリアは、不満気に頬を膨らませる。

 そのまま、紗耶香は手を緩めることなくラ・フォリアを連れて搭乗ゲートに入っていく。

 その瞬間だった。

 

 キイィィィン

 

 「え……………?」

 「あら……………………?」

 

 突然、甲高い音が頭の奥で響き渡ったと思った直後、二人の前に広がっていた景色は一変していた。

 清潔に整えられたら空港の中ではなく、瓦礫が至る所に散乱している屋外。

 さっきまでいた場所とは、似ても似つかない所に立っていたのだ。

 

 「……………ここは、サブフロート?」

 

 目の前に広がっていた景色に見覚えのあった紗耶香は、呆然と呟く。

 そこは、数週間前に激戦が繰り広げられたら場所………建設中だったサブフロートの上だった。

 

 「どうして………………」

 

 廃棄されたサブフロートは〈絃神島〉空港の正反対に位置している。

 数秒で移動できる距離ではない。

 魔術などの特殊な力を使わない限りは…………。

 紗耶香が突然の事態に困惑した表情を浮かべていると。

 

 「飛行機に辿り着けないのならば、仕方がありませんね。……………流石は、魔族特区。しばらくは、退屈しないですみそうです」

 

 紗耶香の隣に立つラ・フォリアが妖艶に微笑みながら、そう口にした。

 その表情は、先ほどと同じ新しい玩具を与えられた子供のようであり、同時に獲物を見つけた狩人のようでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 〈絃神島〉 モノレール車内

 

 「………おっと、悪い」

 

 モノレールに乗り合わせて定期的に訪れる振動にバランスを崩したキリヲが、肩をぶつけてしまった雪菜に謝罪する。

 

 「いえ、大丈夫です。九重先輩」

 

 ギターケースを背負った雪菜もバランスを崩さないように手すりを握りながら、気にしていないとキリヲに笑いかける。

 

 「……………大丈夫か、キリヲ?」

 

 モノレールの揺れでバランスを崩したキリヲに古城が心配そうに問い掛ける。

 それは、今のキリヲの姿を案じての事だった。

 

 「ああ。大丈夫だ。これでも、大分良くなってきてるんだ……………」

 

 現在のキリヲは、頭から足のつま先まで至る所を包帯で巻かれ、医療用の大型絆創膏が張り付けられていた。

 数週間前に起きた〈模造天使〉事件………キリヲの傷は、その時に負ったものだった。

 最先端医療による手当てを受けたが、全身に負った複数の銃創、裂傷、凍傷、その他の霊的なダメージと雪菜の〈雪霞狼〉を使った事による反動ダメージは、簡単に治るものでは無かった。

 今も治療の真っ最中である。

 

 「………………そんなことより、今日は人が多いな。いつも以上に」

 

 「島の外からも人が来てるからだろ。明後日から祭だからな」

 

 車内に詰めかけている人々を尻目に不満気な表情を浮かべるキリヲに古城が諦めたように言う。

 

 「〈波朧院フェスタ〉ですよね。……………こんな、大規模な祭とは思っていませんでした」

 

 雪菜も人口密度の高さに少し苦しそうに言葉を漏らす。

 

 「この時期は、来島許可が下りやすいからな。観光客だけじゃなくて、ビジネス関係で島に来たがってた連中も押し掛けてくるんだ」

 

 毎年の事で慣れていると言うように古城がため息混じりに解説してくれた。

 

 「〈波朧院フェスタ〉……………モデルは、ハロウィンか」

 

 「そうみたいだな。…………なんでハロウィンかは、知らないけど」

 

 キリヲが何気なく言った言葉に古城も不思議そうな表情を浮かべる。

 

 「魔族特区には、お似合いの行事だと思います。元々ハロウィンは、魔除けの儀式ですから」

 

 「魔除け?」

 

 雪菜の言葉に古城が首を捻る。

 

 「はい。古代ケルトでは、この季節に霊界との間に道か出来て、精霊や魔女が現世に押し寄せてくると考えられていたんです。それ等から身を守るために仮面を被ったのがハロウィンのルーツになったと言われています」

 

 得意気に豆知識を披露する雪菜。

 

 「精霊や魔女か………そんな連中相手にしたくないな」

 

 ここ最近の強敵とのエンカウント率の高さを思い出して古城が苦笑いを浮かべる。

 

 「…………ですから先輩。くれぐれも気をつけてくださいね」

 

 「俺が気をつけるのかよ?」

 

 雪菜の言葉に困ったような表情を浮かべる古城。

 

 「当たり前です。この島で一番危険な魔力源は先輩なんですから」

 

 「頼むから、所構わず眷獣をぶっ放したりしないでくれ」

 

 腰に手を当てて頬を膨らませる雪菜と、これ以上生傷増やしたくない、と愚痴るキリヲ。

 

 「やんねーよ、そんな事。…………明日から友達だって来るんだし」

 

 友人二人からの信用の無さに古城も不機嫌そうに返答する。

 

 「え?」

 「友達………?」

 

 古城の口から出た単語にキリヲと雪菜が同時に疑問符のついた声を上げる。

 その直後だった。

 

 キキィー!

 

 急ブレーキの音と共に車内に大きな揺れが走る。

 突然の事に三人も踏みとどまれずに前のめりに転びかける。

 

 「あっ!」

 

 「先輩!」

 

 転びかけた事により、古城の右手が雪菜の胸の真上に押し付けられる。

 

 「すまん、姫柊!わざとじゃ…………」

 

 慌てて謝罪しようとする古城。

 しかし……。

 

 「いえ、そうではなくて。………………彼女」

 

 雪菜が車内の奥に立つ彩海学園の制服を着た黒髪の少女を指差す。

 

 「え?」

 

 雪菜に言われて、古城もその少女に視線を向ける。

 すると、少女の背後に不審な動きをしている中年の男の姿が目に入った。

 見た所、少女の体を弄っているようだった。

 

 「痴漢か!?野郎………!」

 

 「あっ、待て古城……………」

 

 年頃の妹がいる古城にとって、痴漢は絶対に許すまじき悪だった。

 頭に血が上ったようにキリヲの制止も振り切って、車内の乗客を押しのけながら痴漢に近付いていく古城。

 しかし…………。

 

 ガタンッ………キキィー!

 

 再び大きな振動が車内を襲い、その直後に扉が開いて乗客が一斉に降り始める。

 

 「えっ、えっ、あれ………!?」

 

 勢い良くモノレールの外に掃き出される人波に巻き込まれて車外に押し流されていく古城。

 そして、駅のホームに降りる瞬間。

 

 「はい!痴漢一名、現行犯で確保してみたり」

 

 背後から古城の腕を掴む者がいた。

 振り返ると、そこにいたのはチャイナドレスを纏った若い女。

 そして、女に腕を捕まれたまま数秒ほどフリーズした後……………。

 

 「え?痴漢?は、ハアァ!?」

 

 驚愕の声を上げて腕を振り払おうとする古城。

 しかし、女の予想以上に強い力に腕を振り払うことができない。

 

 「はいはい。話は後で聞くからついて来てねー」

 

 そのまま、連行されそうになる。

 流石に見過ごせないと思った雪菜が慌ててホームに降りて女を呼び止める。

 

 「さ、笹崎先生!待ってください!」

 

 「あれ?姫柊ちゃん?」

 

 雪菜に呼び止められた女ーー笹崎岬は怪訝そうな表情を浮かべて改めて自身の捕まえた相手の顔を見る。

 

 「あれぇ!?暁ちゃんのお兄さんだったり?」

 

 「そうですよ!放してください!」

 

 連行されずに済んだ古城が、勘弁してくれ、といった表情を浮かべながら抗議の声を上げる。

 そして。

 

 「本物の痴漢は、こっちだ馬鹿犬」

 

 古城の腕を掴んでいた岬に背後から声が掛けられた。

 それは、さっき痴漢被害に合っていた黒髪の少女だった。少女の手には銀鎖が握られており、銀鎖の先には雁字搦めにされた中年男が震えながら立っていた。

 

 「南宮先生!?」

 「那月ちゃん!?」

 「南宮那月!?」

 

 制服を着ていた少女の正体を知った古城、雪菜、キリヲの三人が驚きの声を上げる。

 

 「さっきの中等部の子、那月ちゃんだったのか!?」

 

 今の那月が身に纏っていたのは、彩海学園の中等部に属する生徒が着るセーラー服だった。

 そして、その更に後ろには…………。

 

 「ハァイ。こっちも大漁よ」

 

 那月同様に中等部のセーラー服を着たジリオラが立っていた。

 ……………手にした鞭型眷獣〈ロサ・ゾンビメイカー〉の先に大量の中年男を巻き付けながら。

 

 「…………………一応聞いておくが、何やってんだ?」

 

 冷え切った視線をジリオラに向けるキリヲ。

 

 「なにって、痴漢退治よ。最近、この車両で痴漢被害に合う生徒が多いみたいだから、わたし達が囮になって痴漢を捕まえていたのだけれど」

 

 「………………………」

 

 キリヲは、相変わらずの冷え切った目でジリオラと彼女が捕まえた痴漢達に視線を走らせる。

 そして、最後はジリオラの着ているセーラー服に目が止まる。

 

 「……………お前こそ、痴女の現行犯じゃないか?」

 

 ジリオラの着ているセーラー服……………サイズが合っていないのか丈が足りずにお腹のへその部分は露出しており、胸部もサイズ不足により締め付けられて胸の形がくっきりと浮かび上がっていて、おまけに下着まで透けて見えている。

 スカートの方も丈が足りておらず、太股の付け根が見えかねないほど足を晒していた。

 どう見ても現役の学生ではなく、いかがわしいコスプレにしか見えない。

 …………………これでは、痴漢でなくとも男なら劣情を刺激されるだろう。

 

 「これでも、一番大きいサイズを選んだのよ」

 

 「…………………………」

 

 人選ミスも甚だしいな、と思ったが口にはしないキリヲだった。

 

 「………人手が足りなかったからな。わたしの方も無理を承知で囮捜査のために変装していた」

 

 不愉快そうな表情を浮かべながら歩み寄ってくる那月。

 

 「無理……………ていうか、那月ちゃんは、むしろ中等部の制服の方が似合ってるぞ」

 

 苦笑いを浮かべながら古城が言うと、那月の顔が更に不機嫌さを増していく。

 

 「教師をちゃん付けで呼ぶな。……………というか、何でそこの馬鹿犬と変態は先生呼ばわりされて、わたしはちゃん付けなんだ」

 

 側に立つ岬とジリオラに八つ当たりめいた非難をぶつける那月。

 

 「誰が変態よ。誰が」

 

 「威厳と風格の差だったりしてぇ?」

 

 「触るな、貴様等!」

 

 身長差を利用して那月の頭を撫でる岬と軽いチョップをお見舞いするジリオラ。二人の手を不愉快そうに振り払う那月。

 ちょっとした教師三人のコントが眼前で繰り広げられると、疲れたように古城が口を開く。

 

 「…………あのー、俺等もう行ってもいいっすかねぇ?」

 

 「俺は先に行ってるぞ」

 

 許可を取ろうとする古城と、端っから許可など求めないキリヲ。

 さっさと立ち去ろうとしていたキリヲに古城と雪菜もついて行こうとする。

 すると。

 

 「暁古城」

 

 「はい?」

 

 教師コントを切り上げた那月が背中を向けた古城を呼び止めた。

 

 「もうすぐ、〈波朧院フェスタ〉だな」

 

 「そうっすね」

 

 那月に生返事を返す古城。

 その後、数秒ほど沈黙を保った末に那月がゆっくりと口を開く。

 

 「週明けからは、普通に授業を再開するからな。遅れずに、ちゃんと来いよ」

 

 そう言い残し、ジリオラと岬を連れて立ち去る那月。

 

 「はあ」

 

 古城は言葉の意図が分からず、再度生返事を口にし、去っていく那月の背中を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 〈絃神島〉港付近の倉庫街

 

 

 「相変わらず、ここは醜い街ね。お姉様」

 

 「ええ。本当に」

 

 夜の帳が降り、暗闇に包まれた倉庫街に二人の女の声が響き渡った。

 海に面した倉庫街と向かい合うようにして海上の上空に浮かんでいたのは、黒いドレスと赤いドレスにそれぞれ身を包んだ妙齢の女達だった。

 そして、二人の女達と相対するように倉庫街に展開していたのは、特区警備隊の一個中隊だった。

 全員が対魔術の術式が付与された防弾チョッキとフルフェイスヘルメットを身に纏い、対魔族用弾頭が装填された軽機関銃を装備している。

 特区警備隊隊員達が警戒するように海上の女達を睨みつけていると………。

 

 「…………来るぞっ!」

 

 中隊を指揮している特区警備隊の隊長が叫ぶ。

 その直後、巨大な物体が海水を押しのけて水面から姿を表した。

 大きな波音と水柱を作りながら海中より出現したのは、赤黒い胴体を持つ巨大な触手だった。

 

 「撃てぇ!」

 

 隊長の指示で一斉にそれぞれが構えているライフルの引き金を絞る特区警備隊隊員達。

 眩い銃火光が瞬き、一瞬だけ倉庫街が昼間のように明るさを取り戻す。

 奏でられる銃声と共に吐き出された対魔族弾頭が出現した触手に殺到する。

 しかし………。

 

 「ぐあっ!?」

 「うおっ……!」

 

 銃弾の嵐など、まるで無いように触手は動きを緩めずに特区警備隊に襲いかかる。

 特区警備隊隊員も大型の軍事車両も紙屑のように、なぎ払う触手。

 その光景に特区警備隊隊長は、唖然とするしかなかった。

 

 「この程度ですの?興醒めですわね、お姉様?」

 

 菫色の朧な燐光を放つ本を手にした赤いドレスの女が愉快そうに隣にいる黒いドレスの女に問い掛ける。

 

 「十年ぶりにわたし達が帰還したのだから、もっと華々しく出迎えて頂きたいものだわ」

 

 黒いドレスを着た女も愉快そうに口の端を吊り上げながら、優雅に微笑んで返答していた。

 その間にも、二人の召還した触手による蹂躙は続いていた。

 倉庫街に散開する特区警備隊隊員達を吹き飛ばし、締め殺し、叩き潰していく。

 

 「くそっ!なんだ、こいつら!人間の使役できるレベルの使い魔じゃない…………」

 

 長年、肩を並べて戦ってきた戦友が成す術なく圧殺されていくのを目の当たりにし、特区警備隊隊長が半狂乱になりながら叫んだ。

 その直後に、特区警備隊隊長の疑問に答えるようにインカムからオペレーターの声が流れてきた。

 

 『侵入者の術紋を照合完了!一級犯罪魔導師、エマ・メイヤーとオクタヴィア・メイヤーと一致!魔導犯罪組織〈LCO〉、第一隊〈哲学〉所属の魔女、メイヤー姉妹です!』

 

 「メイヤー姉妹だと!?まさか………アッシュダウンの魔女かっ!?」

 

 オペレーターの分析結果を聞いた特区警備隊隊長が茫然と眼前の触手と二人の魔女を見上げた。

 

 「ご名答。わたし達の事を覚えていてくださったのね」

 

 宙に浮遊しながらケラケラと笑う赤いドレスの魔女ーーオクタヴィア。

 

 「偉いわ。…………これは、ご褒美よ」

 

 そして、オクタヴィアと同様に自らの魔導書を呼び出す黒いドレスの魔女ーーエマ。

 エマの指示を受け、倉庫街を蹂躙する触手が更に激しさを増して暴れ出す。

 

 「糞がっ!これ以上…………好きにさせるかっ!」

 

 部下がオーバーキルとも言える虐殺の対象にされているのを尻目に特区警備隊隊長は、触手によってなぎ倒された軍事車両に駆け寄る。

 

 「こいつで…………吹き飛ばしてやるっ!」

 

 軍事車両のトランクから車内に積まれていた武器収納用の大型アタッシュケースを取り出す。

 

 「あれは……………」

 

 特区警備隊隊長がアタッシュケースから取り出した物を見て、オクタヴィアが怪訝そうに表情を歪める。

 特区警備隊隊長が持ち出したのは、携帯型対戦車ロケットランチャー。

 しかし、エマとオクタヴィアが注目したのは、ロケットランチャー本体ではなく、先端に装填されている弾頭だった。

 表面は、純金でコーティングされたような金色。そして、神を象徴する十字架と聖なる御言葉を意味するラテン語の刻印が刻まれている。

 

 「ロタリンギアの宣教師共が輸出している対魔術弾頭……………」

 

 「…………しかも、魔導書の効果を打ち消して対象を破壊する特別仕様ね」

 

 魔女にとっての天敵ともいえる聖なる物質を限界にまで濃縮した兵器を前にエマとオクタヴィアの顔から余裕の色が消える。

 

 「これで、終わりだ!」

 

 仲間の無念を晴らそうと、魔女を討ち滅ぼし得る特殊弾頭を撃ち込む為にランチャーの照準をメイヤー姉妹に合わせる特区警備隊隊長。

 

 「消し飛べっ!」

 

 「まずい…………………!」

 

 照準を合わせた特区警備隊隊長がランチャーの引き金を引こうと指に力を込めた瞬間、エマの顔にも焦りの表情が一瞬浮かび上がる。

 しかし。

 

 「…………ガハッ」

 

 ランチャーの引き金が引かれる事はなかった。

 特区警備隊隊長の胸からは、防弾チョッキを突き破って二つの鋭利な刃が突き出ていた。

 

 「…………悪いわね」

 

 背後から特区警備隊隊長を突き刺した人物ーー黒いセーラー服を纏い、白い狐の仮面を被った少女が囁くように謝りながら、突き刺した二股又の槍を引き抜いた。

 

 「………………貴女が〈太史局〉の〈六刃神官〉かしら?」

 

 「…………ええ。そうよ」

 

 エマの問い掛けに抑揚のない声で返答する〈白狐〉。

 

 「………………随分と遅かったみたいね?予定通り、三十分前に来れば、特区警備隊の監視を掻い潜って余計な戦闘をしなくて済んだのに」

 

 〈白狐〉が周囲に転がっている特区警備隊隊員達の遺体を横目に非難するように言う。

 

 「あら、攻魔師風情が随分と偉そうね。格上の魔女を出迎えるのに、その態度は無いんじゃない?ねぇ、お姉様?」

 

 〈白狐〉の態度が気に入らないのかオクタヴィアが高圧的な口調で言い放つ。

 だが…………。

 

 「格上?…………それは誰の事を言っているのかしら?」

 

 〈白狐〉も挑発的に嘲笑を含んだ口調で言い返す。

 

 「あ?」

 

 「ひょっとして、自分達の事を言っているなら、ごめんなさいね。……………わたし、お世辞って苦手なのよ」

 

 それを聞いた瞬間、オクタヴィアの表情が一変した。

 

 「…………いい度胸ね、小娘がっ!」

 

 倉庫街を破壊していた触手がオクタヴィアの指示を受けて、〈白狐〉の前に現れる。

 〈白狐〉も臨戦態勢を整えるように手にしている霊槍を構える。

 

 「戦うつもり?……………わたしは、別に構わなくってよ」

 

 〈白狐〉の声音から余裕の色が消えることはない。

 一方でオクタヴィアの顔は、怒りで真っ赤に染まっていた。

 

 「貴様ぁ……………!」

 

 しかし。

 

 「落ち着きなさい。オクタヴィア」

 

 「お姉様!?」

 

 冷静にオクタヴィアを止めるエマ。そして、止められたことに驚愕の声を上げるオクタヴィア。

 

 「…………今回は、〈太史局〉と組むのよ。殺しては、マズいわ」

 

 〈白狐〉を見下ろして言うエマの表情は、どこまでも冷静だった。

 

 「でも、お姉様!〈太史局〉などいなくとも、わたし達だけで……………!」

 

 「忘れたの、オクタヴィア?……………この街には、那月がいるわ」

 

 エマの口から那月の名前が出た瞬間、オクタヴィアも口を噤んだ。

 

 「奴を倒すためにも必要なのよ、〈太史局〉が」

 

 〈白狐〉を見下ろすエマの目は、静かに怒りの炎を灯していた。

 何としてでも那月を倒す、その意志が〈白狐〉にも見て取れた。

 

 「あの忌々しい空隙の魔女を………………………今度こそ、確実に殺すのよ」

 

 怨念に満ちた魔女の声が夜の海に静かに響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ジリオラのセーラー服、書いてて楽しかったです。
 近いうちにまた、何かコスプレさせようと思っちゃってます。

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