ストライク・ザ・ブラッド ー監獄結界の聖剣遣いー   作:五河 緑

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 遅くなりました。申し訳ありません。
 今回、アルディギア王国と叶瀬賢生にオリジナル設定つけてます。



天使炎上編Ⅵ

 

 金魚鉢

 

 キリヲ達が水浴びをしていた水場での騒ぎから数分後、古城達三人と合流したキリヲはラ・フォリアが乗ってきた救命ポットが流れ着いた浜辺に戻ってきていた。

 

 「それで?結局誰なんだ、あんた?」

 

 キリヲの隣に寄り添うように立っている銀髪の美女に古城が訝しそうに訊ねる。

 

 「ラ・フォリア・リハヴァインです。北欧アルディギア王国国王ルーカス・リハヴァインが長女ラ・フォリア。………アルディギア王国で王女の立場にあるものです」

 

 優雅にスカートの裾を摘まんでお辞儀をするラ・フォリア。

 

 「王女ねぇ……」

 

 優雅な仕草と気品のある服装、更には側にある純金を使われた救命ポットに目を向けて古城が納得したように呟く。

 

 「キリヲ。こちらの御三方をわたくしにも紹介してください」

 「分かった」

 

 ラ・フォリアに言われ、キリヲは頷くとジリオラに指を向けた。

 

 「そこの露出狂がジリオラ・ギラルティ。俺と同じ〈監獄結界〉の囚人だ」

 「誰が露出狂よ。失礼ね」

 

 キリヲの紹介にジリオラが不満そうに口を挟む。

 

 「………ジリオラ・ギラルティ。お会いできて光栄です。噂はお聞きしております」

 「あまり、いい噂ではないのでしょう?」

 

 皮肉気な笑みを浮かべて言葉を返すジリオラにラ・フォリアも僅かに緊張したように顔を強ばらせているのがキリヲには分かった。

 それに気付かない風を装いながら、続いて古城に指を向ける。

 

 「そこの白パーカーが暁古城だ。………噂くらいは聞いてるだろ?極東の魔族特区に出現した〈第四真祖〉だよ」

 「〈第四真祖〉………彼が」

 

 キリヲの紹介を聞いてラ・フォリアが僅かに驚いたように目を見開いた。

 

 「そして、その隣にいるのが、獅子王機関が〈第四真祖〉の監視に派遣した剣巫、姫柊雪菜だ」

 「よろしくお願いします。殿下」

 

 キリヲの紹介を受けて雪菜が敬意を表すように頭を下げるとラ・フォリアが困ったように苦笑を浮かべた。

 

 「殿下は止してください。ラ・フォリアで構いません」

 

 笑顔でそう言うラ・フォリアだが、今度は雪菜が困ったような表情を浮かべる。

 

 「いえ、しかしそう言う訳には………」

 「せめて異国の友人には、身分の隔たりなどなく接して欲しいのです。………あっ、愛称と言うのも良いですね。たとえば………和風にフォリリンと。こう見えてわたくし、日本文化には詳しいのですよ?」

 

 悪戯っぽく微笑むラ・フォリアに雪菜も折れたのか、諦めたように溜め息をつく。

 

 「………恐れながら、ご尊名で呼ばせていただきます。ラ・フォリア」

 

 雪菜の返事に満足したのか、機嫌良さそうに頷くラ・フォリア。

 

 「あの………差し支えなければ教えていただきたいのですけれど、九重先輩とはどう言った御関係で?」

 

 今度は、雪菜が遠慮気味にラ・フォリアに向かって質問を投げかけた。

 雪菜の質問にラ・フォリアは数秒ほど顎に手を当てて考える素振りを見せる。

 

 「………そうですね、色々と複雑ではあるのですけれど。強いて言うなら、永遠の愛を誓いあった仲です」

 

 照れる様子もなく言い切るラ・フォリア。

 

 「「「………………」」」

 

 全員どう反応して良いか分からず、妙に長い沈黙が辺りを包んだ。

 一分近い沈黙が続いた後、全員の視線がキリヲに集まった。

 

 「………否定しないのかしら?」

 

 相変わらず沈黙を保っている古城と雪菜の代わりにジリオラがキリヲに問い掛けた。

 

 「……………………まあ、嘘じゃないからな」

 

 非常に言いづらそうに顔を背けるキリヲ。

 

 「………貴方にそんな関係の相手がいたなんて驚きね」

 「………………俺が誰かと付き合っていたのがそんなに意外か?」

 

 意外そうに言うジリオラに無愛想にそう言うキリヲ。

 

 「………でも、妙な話ね。わたしが聞いた話だと、キリヲは二年前にアルディギアで大量虐殺を行った重罪人よ。アルディギアのお姫様に恨まれる理由はあっても好かれる筈はないと思うのだけれど?」

 

 ジリオラが怪訝そうに目を細めながら言うと、ラ・フォリアが表情を厳しくして言い返す。

 

 「それは違います。二年前にキリヲが手にかけたのは、クーデターで王家に刃を向けた逆賊だけです。………キリヲはアルディギア王家のために戦ったのです。断じて虐殺などではありません」

 

 なら何故殺人犯として投獄された、と聞こうとジリオラが口を開いたがラ・フォリアの有無を言わせない表情を見て何も言わずに口を閉ざした。

 

 「……それで、そのアルディギアの王女がなんでこんな所にいるんだ?」

 

 どことなく険悪な雰囲気が漂い始めた場の空気を変えようと古城がラ・フォリアに話の方向性を変える質問を投げ掛けた。

 

 「……絃神島に来る途中に乗っていた飛空艇が〈メイガスクラフト〉の手の者によって襲撃を受けたのです。わたくしは辛うじて脱出できましたが、時間を稼ぐために戦った騎士達は………」

 

 自分を守るために犠牲となっていった臣下達のことを思い出し、ラ・フォリアは悔いるように目を伏せた。

 

 「襲撃………なぜそんなことに」

 「恐らく狙いは、わたくしの身体でしょう」

 

 驚いたように言う雪菜にラ・フォリアは自身の胸に手を当てて言葉を発した。

 

 「〈メイガスクラフト〉に雇われている叶瀬賢生は、かつてアルディギアの王宮に遣えていた宮廷魔術師です。彼の持つ魔導奥義の多くはアルディギア王家の血筋を媒介に必要とするのです」

 

 ラ・フォリアの口から叶瀬賢生の名が出たことに雪菜は驚いたように目を見開いた。

 古城も困惑したようにラ・フォリアに訊ねる。

 

 「叶瀬賢生は、元々あんたの国の仲間だったのか………。そんな奴が敵に回るなんてことあり得るのか?」

 

 古城の言葉にラ・フォリアも少し悲しげに顔をしかめて返答する。

 

 「王家に宮廷魔術師が仇なすことは珍しいことではありません。………実際、二年前のクーデターは、権力者である貴族と宮廷魔術師が中心になって起こされたものでした」

 

 ラ・フォリアがそう言うと雪菜は、納得したように声を上げた。

 

 「まさか、叶瀬賢生もそのクーデターに加担していた宮廷魔術師の残党なのですか?」

 

 クーデターに失敗した逆賊の残党なら復讐に来てもおかしくないと雪菜は考えたのだ。

 だが、雪菜の言葉をラ・フォリアは首を横に振って否定した。

 

 「いいえ、それはあり得ません。賢生が王宮を後にしたのは五年前です。二年前のクーデターに参加できるはずがないんです。それに………」

 

 不意に言葉を切ったラ・フォリアは、言いづらそうにキリヲを横目で見た。

 そんなラ・フォリアの胸中を察したようにキリヲが残りの部分を話すべく口を開いた。

 

 「………二年前にアルディギア王家に歯向かった宮廷魔術師は全員死亡している。……俺が殺した。一人残らず」

 

 キリヲの放った言葉に雪菜が息を呑む音がやけに大きく響いた。

 

 「……ですから、賢生は何か別の理由があってわたくしの血筋を狙っているのだと思います。………娘の夏音のことも」

 

 夏音の名前が出たことで古城と雪菜は、更に動揺した様子を見せる。

 

 「……そう言えば、あんた随分と叶瀬に似ているな。何か関係があるのか?」

 

 古城の問に数秒間、瞠目した後にラ・フォリアはゆっくりと話し出した。

 

 「………夏音の実の父は、わたくしの祖父です。十数年前、アルディギアに住んでいた日本人女性と祖父が道ならぬ仲になった末に彼女は産まれたと聞いています」

 

 ラ・フォリアの言葉に古城と雪菜だけでなくジリオラまでもが驚いたような顔をして、キリヲは苦々しそうに顔をしかめていた。

 

 「………あの爺さんか。やりかねないな」

 「あまり、祖父を責めないであげてください。彼の女癖の悪さは今に始まったことではありませんから」

 

 顔をしかめて言うキリヲにラ・フォリアが苦笑いを浮かべながら宥めた。

 そして、表情を再び真剣なものに戻して話を続けた。

 

 「最近になって彼女の存在が発覚して、今王宮は混乱の最中にあります。………しかも、彼女が叶瀬賢生の養女になっていたので」

 

 ラ・フォリアがそう言うと古城は、拳を固く握りしめて怒りを露にした。

 

 「………娘をあんな姿に変えたって言うのかよ」

 

 そんな古城の様子にラ・フォリアも悲しそうに目を伏せた。

 

 「わたくしが絃神島に来た目的も彼女でしたが………どうやら、遅かったようですね」

 

 拳を握りしめたまま、古城は口を開いた。

 

 「俺達が見た時には、叶瀬は翼の生えた化け物にされていて仲間同士で殺し合っていた」

 「………そうですか。やはり、賢生は〈メビウス〉を………それも〈模造天使〉を造っていのですね」

 

 湧き上がる怒りに声を震わせながら言う古城にラ・フォリアが悔恨の念のこもった声で呟いた。

 

 「その〈模造天使〉というのは?」

 

 ラ・フォリアの呟きに反応した雪菜が問いかけると、それに答えたのはキリヲだった。

 

 「高次元有機生体兵器だ。………アルディギアで推し進められていた、ある軍事計画の一環として造られた人工の天使だよ」

 

 キリヲの説明に暫し唖然としていたが、気を取り直した古城が続けて質問を口にした。

 

 「ある軍事計画ってのは?」

 

 これには、ラ・フォリアが答えた。

 

 「次世代型兵器開発プロジェクトの一種です。人の霊格に人為的な進化を促すことにより、人間をより高次元な存在に昇華させて兵器として運用するのが目的でした」

 

 ラ・フォリアが説明を終えると、付け加えるようにキリヲが口を開いた。

 

 「計画は、通称〈メビウス〉と呼ばれていた」

 

 全ての説明を終えてキリヲとラ・フォリアが口を閉ざすと、数秒ほど沈黙がその場を包んだ。

 その沈黙を破ったのは、古城だった。

 

 「………あんたの国では、そんなことが許されていたのか?人を兵器にするなんてことが」

 

 古城の声には明らかに怒気が含まれていた。

 責めるような視線をラ・フォリアに向けるが、当のラ・フォリアに動揺の色は見えなかった。

 

 「…………確かに戦王領域の魔族から祖国を守るためとは言え、我が国が倫理に背いた研究をしていたことは認めます。ですが、聖域条約が結ばれてからは、計画はほとんど機能していませんでした。戦争が終わったのに高いリスクを背負ってまで研究を続ける意味がなかったからです」

 

 ラ・フォリアの言葉に雪菜が怪訝そうに目を細めた。

 

 「………高いリスク?その計画には何か危険な要因でもあったんですか?」

 

 その質問に答えるべく今度はキリヲが言葉を発した。

 

 「失敗作だよ。………あの計画が造った兵器は、どれも欠陥を抱えたものばかりだった」

 

 龍族の生体組織を埋め込んで強化したが理性が保てない後天的な龍種、上位種の獣人の心臓を移植した寿命が短すぎる人工の神獣、そしてまともに制御できない模造天使。

 キリヲの脳裏に浮かんだのは、計画が生み出した欠陥だらけのおよそ兵器とは呼べない代物の数々だった。

 

 「………そして、二年前。計画が造った欠陥兵器の一つが大暴れして大勢が死んだ。それで、計画は完全に危険視されて永久凍結になった」

 

 キリヲが言い終わると今まで黙って聞いていたジリオラが怪訝そうに顔をしかめた。

 

 「二年前?まさか………」

 

 ジリオラが信じられないと言わんばかりに絶句すると、ラ・フォリアが重々しく頷いた。

 

 「………ええ、キリヲの小型精霊炉も〈メビウス〉が造り出した次世代型兵器の一つです」

 

 古城と雪菜も驚愕に満ちた表情でキリヲを凝視していた。

 その直後だった。

 

 「……………なあ、なにか聞こえないか?」

 

 その場にいた全員の視線を集めていたキリヲが突然そう言った。

 その言葉に残りの四人も口を閉ざして周囲の音に耳を傾け始めた。

 

 「これは………」

 

 キリヲと同じように遠くから微かに聞こえてくる音を察知した雪菜がギターケースに入っていた〈雪霞狼〉を取り出して、今いる場所から東野方向に広がる浜辺に向かって駆け出した。

 

 「おい、姫柊!」

 

 突然走り出した雪菜を追いかけるように古城も走り始める。

 

 「………船か」

 

 段々大きくなってくる音が船のエンジンが発する音だと分かったキリヲが海に視線を向けると灰色の外装のモーターボートが海水を掻き分けながら直進してくるのが見えた。

 

 「救助………じゃないよな」

 「船体に〈メイガスクラフト〉って書いてあるわよ」

 

 人より遥かに視力がいいジリオラが接近してくる船の正体を告げた。

 

 「………どうやら、向こうも動き出したようですね」

 

 凛とした表情でそう言うとラ・フォリアは、脚のホルスターから〈アラード〉を抜いて雪菜と古城の後を追った。

 キリヲとジリオラもそれに続く。

 

 ***

 

 金魚鉢

 

 キリヲが金魚鉢に来て二度目の朝日が照らす浜辺に五人は並んでいた。浜辺に着岸した〈メイガスクラフト〉の船から降りてくる人物を迎え撃つために。

 

 「久しぶりですね。叶瀬賢生」

 

 灰色の船体を持つ高速艇から降りてきたのは、白衣にに身を包んだ初老の男だった。その白衣の男ーー賢生をラ・フォリアが忌々しそうに睨みつけながら言った。

 

 「五年ぶりでしょうか。お美しくなられましたね、殿下」

 「………よくも、ぬけぬけと。叶瀬夏音は何処です、賢生」

 

 強い口調で問い詰めるラ・フォリアに賢生は、動じる様子も無く口を開く。

 

 「……我々が造った〈模造天使〉の素体は全部で七体。夏音はその内の三体を倒し、他の敗れた素体の分も含めて六つの霊的中枢を手に入れました」

 

 抑揚のない声で言葉を続ける賢生にラ・フォリアが不快そうに顔をしかめる。

 

 「〈模造天使〉の儀式は、いわゆる蟲毒の応用なのですね」

 

 ラ・フォリアの言葉を肯定するように一度頷くと、賢生は言葉を続けた。

 

 「相手の霊的中枢を奪うことで精霊炉を使わずに人間の容量を超えることなく霊的進化を促すことができる。………言わば、〈メビウス〉の完成形と言えるでしょう」

 

 賢生の言葉が終わると同時に雪菜が悲痛そうに表情を歪めて声を張り上げた。

 

 「そのために仲間同士で殺し合いを………なんてことを」

 

 古城も雪菜と同じく凄惨な仲間殺しを強要された少女を想い、怒りを露わにするように拳を握り締めていた。

 

 「………で、その胸くそ悪いお前の研究に何で〈メイガスクラフト〉が手を貸している?」

 

 今まで黙って話を聞いていたキリヲが竹刀袋から白いカラーリングの機械的な造りの鞘に収められた〈フラガラッハ〉を抜きながら、ラ・フォリアの盾になるように前に立ち、言葉を発した。

 

 「いやーそれがなぁ、うちの会社ヤベェんだよ経営状況が」

 

 その質問に答えたのは、遅れて船から降りてきた若い軽薄そうな男だった。

 キリヲや古城達をこの金魚鉢に送ってきた小型機のパイロットーーロウ・キリシマだ。

 

 「赤字をなんとかしようと戦争用のオートマタなんて作ってみたんだが、これが全然売れなくてなぁ。………そんな訳で新しい商品としてこの〈模造天使〉に社運を賭けているわけよ」

 「……………あの囮にもならない屑鉄か。あんなものを売ってるようじゃ、経営も傾くだろうな」

 

 ヘラヘラと笑って言うロウを睨みつけながら、キリヲも挑発するようにそう言った。

 そんなキリヲの挑発を受けてもロウは、相変わらず鬱陶しくヘラヘラと笑っていた。

 だがーー。

 

 「ガキが知ったような口を聞いてんじゃないわよっ!」

 

 ロウに続くように出てきた金髪の女は、表情を歪めて怒鳴り散らし、キリヲの挑発に過剰とも言える反応を示していた。

 出てきた金髪の女を見て、確か〈メイガスクラフト〉の経営責任者だったな、とキリヲは思い出していた。

 

 「ていうか、そこの魔義化歩兵!あんた、よくも騙してくれたわね!」

 「まあ、落ち着けってBB」

 

 金髪の女ーーベアトリス・バスラーは、眼下に立つキリヲに向けて怒鳴り散らし、それを隣にいたロウが宥めていた。

 

 「おい待てよ……………商品って、お前らまさか叶瀬を売るつもりなのか、兵器として」

 

 『商品』と言う言葉がロウの口から出たことにより古城も怒気を含んだ声で言葉を発した。

 

 「正確には、売るのは今使ってる実験用の〈模造天使〉じゃないけどな」

 

 古城の言葉に軽い口調で返事をしたのは、ロウだった。そして、ロウの言葉に続けるようにベアトリスが口を開く。

 

 「わたし達が売るのは、製品用の量産型〈模造天使〉。まあ、要するにクローン技術を使って増やすのよ。…………でも、叶瀬夏音は実験のためにもう〈模造天使〉にしちゃったからね。そんな訳で叶瀬夏音と同じくらい強力な霊媒になる生身の人間が必要なのよ」

 

 言い終わるとベアトリスは、キリヲの後ろに立つラ・フォリアに視線を向けた。

 

 「そういう訳だから、こちらの要求は一つよ。…………そこのアルディギアのお姫様、あんたは無駄な抵抗はやめて大人しく投降しな。そうしたら命だけは取らないであげるわ」

 

 口の端を吊り上げて残忍性を露わにした笑みを浮かべるベアトリス。

 

 「まあ、死んだ方がマシってくらい気持ちいい思いをしてもらうことになるけど。………あんたのクローンなら〈模造天使〉に改造しなくても買いたい奴は大勢いるでしょうね」

 「………………っ」

 

 ベアトリスの全身を舐めるような視線を受けてラ・フォリアが不快そうに顔をしかめる。

 そんなラ・フォリアの表情を見てさらに嗜虐心が刺激されたのか、ベアトリスは声のトーンを上げて言葉を続ける。

 

 「バラバラに刻んで、増やせるだけ増やしてから売り飛ばしてーー」

 「黙れ」

 

 ベアトリスが最後まで続けられることはなかった。

 今までラ・フォリアの前に立っていたキリヲが目にも留まらぬ速さで駆け出していた。

 人工皮膚に覆われた義足が〈空間跳躍〉の能力を発動させて、ベアトリスとの間にあった五メートルほどの距離を一秒と掛からずに走破する。

 肉薄したキリヲは、勢いを緩めることなくベアトリスの腹部に回し蹴りを叩き込んだ。

 

 「グホッ…………!?」

 

 蹴られたことを認識する暇もなくベアトリスは倒れ込むように後方に吹き飛ばされる。

 

 「BB!」

 

 ロウが素早く後ろに回り、ベアトリスを受け止める。

 

 「今口にした言葉、地獄で後悔しろ」

 

 そう言うと、ベアトリスを受け止めたロウごと斬って捨てようとキリヲは、鞘に収められたら〈フラガラッハ〉に手をかけた。

 その直後。

 

 「火雷!」

 

 ベアトリスとロウを飛び越えるようにして船内から人影が飛び出し、キリヲに向かって呪力を纏った拳を放ってきた。

 

 「………っ!?」

 

 突然、乱入してきた者の攻撃を防ぐためにキリヲは〈フラガラッハ〉を鞘に収めた状態で横に構えて、呪力を纏った拳を受け止めた。

 拳が放つ炎にも似た呪力と〈フラガラッハ〉の鞘が激突して火花を散らす。

 ノックバックするようにキリヲと乱入者は互いに後方に下がる。

 

 「…………もう一人いたか」

 

 ベアトリス達を守るように立ち塞がる乱入者の異様な出で立ちを見てキリヲは目を細めた。

 黒い長髪に黒いセーラー服、そして白い狐の仮面。背丈は高校生ほどだが、キリヲに放った拳撃は鍛え抜かれたものであり俊敏な身のこなしは獣のようで、まさしく〈白狐〉と呼ぶに相応しかった。

 

 「……助かったぜ、用心棒」

 

 ベアトリスに肩を貸しながら、ロウが目の前の少女に声を投げ掛けていた。

 ロウの言葉に返事をすることなく、〈白狐〉は背負っていたカメラケースを地面に置いて中身を取り出す。

 出てきたのは、鋼色の先端が二つに分かれた伸縮式の槍だった。

 

 「キリヲ!」

 「九重先輩、大丈夫ですか!?」」

 

 一旦下がったキリヲに雪菜とジリオラが駆け寄る。

 

 「………ああ、大丈夫だ。だがーー」

 

 キリヲが〈白狐〉へと視線を向け、雪菜も同じように〈白狐〉に目を向けた。

 

 「…………今の技、随分と貴女が使うのと似ていなかった?」

 

 ジリオラが怪訝そうに呟くと、雪菜も同意するように頷いた。

 

 「八雷神法…………同じです、わたしの技と。恐らく彼女も〈剣巫〉………」

 「……………………いや、違う」

 

 警戒するように言った雪菜の言葉をキリヲは、〈白狐〉から目を逸らさずに否定した。

 

 「…………あいつの持っている槍………あれは、太史局が正規装備に採用している〈乙型呪装双叉槍〉だ」

 「太史局………まさか………」

 

 左目の義眼で〈白狐〉の武装を解析して言ったキリヲの言葉を聞いて雪菜も驚いたように目を見開く。

 

 「間違いない…………奴は、太史局の〈六刃神官〉だ」

 

 キリヲがそう言うと〈白狐〉は仮面の下で愉快そうにクスリと笑った。

 

 「ご名答よ……………………………九重キリヲ」

 

 槍を構えながら〈白狐〉がトーンの低い声で言う。

 〈白狐〉は、ジッとキリヲの顔を見据えていた。

 仮面で隠れていて表情は読みとれないが、その視線には確かな殺意が含まれているとキリヲは感じていた。 

 

 「……………お前、どこかで会ったか?」

 「………………………………さあ、どうだったかしら」

 

 尋常じゃないほどの殺気の籠もった視線にキリヲは怪訝そうに問い掛けたが、返ってきたのは曖昧なはぐらかすような返事だった。 

 

 「…………なぜ太史局が〈メイガスクラフト〉に協力を?」

 

 理解できないと言った様子で雪菜が問い掛けると、〈白狐〉の横に立っていた賢生がその問に答えるべく口を開いた。

 

 「利害の一致というものだ。彼らが我々の研究を守り、我々は彼らに研究成果の一部を明け渡す。単純なギブアンドテイクだ」

 

 相変わらず抑揚のない声で告げる賢生を不快そうに睨みつけながら雪菜が更に糾弾の声を浴びせようと口を開いたが、雪菜が声を発するより速く喋り始める者がいた。

 

 「よくも……………やってくれたわね…………」

 

 今までロウに介抱されていたベアトリスだ。

 怒りで表情を醜く歪ませたベアトリスが着ている赤いライダースーツのポケットから取り出した小型のリモコンを掲げながら言葉を発する。

 

 「……………プロモーション用に仕留めるのは〈第四真祖〉だけの予定だったけど、もういい!全員まとめてぶっ殺してやるっ!」

 

 躊躇うことなくベアトリスが握っているスイッチを親指で押した。

 次の瞬間ーー。

 

 バアァンッ。

 

 轟音が鳴り響き、賢生達が乗ってきた高速艇の後部格納庫の天井を突き破って一筋の光が飛び出してきた。

 格納庫を破って現れた光、それは眩い閃光を放つ翼を広げて宙に浮かぶ銀色の髪を持つ少女だった。

 

 「叶瀬………………」

 

 変わり果てた夏音の姿を目の当たりにして、古城が悲痛そうに表情を歪めて絞り出すように呟く。

 

 「……………貴方は本当にこれでいいのですか、賢生」

 

 ラ・フォリアも無表情を顔に貼り付けた賢生に問いかけるが、賢生の表情が動くことはなかった。

 

 「…………やれ、XDA-7。最後の儀式だ」

 

 賢生が厳かな口調でそう告げると、翼を広げる天使は耳を刺すような甲高い声を張り上げる。

 

 「kyriiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!」

 

 天使の絶叫と共に光輝く翼から無数の光の剣が撃ち出される。狙いは、神聖な神が最も忌み嫌う存在。吸血鬼の真祖ーー古城だった。

 

 「古城、逃げろっ!」

 

 高次元から流れ込んでくる神気をそのまま攻撃力に変換している〈模造天使〉の特性を知っているキリヲは、〈模造天使〉の放つ剣が魔族を一撃で殺し得ると判断してすぐに古城に向かって声を張り上げた。

 

 「うおっ!」

 

 だが、放れた剣の数が多すぎた。弾幕を張るかのように撃ち出された大量の剣によって古城は、まともに動くことすら叶わない。

 

 「先輩!」

 「そこを動くんじゃないわよ」

 

 雪菜とジリオラが動けなくなっている古城を助けるべく、駆け寄る。

 しかしーー。

 

 「行かせないわよ」

 「あんた等の相手はこっちだよっ!」

 

 二人の行く手を阻むようにベアトリスと〈白狐〉。

 〈白狐〉は、二つの刃を持つ槍〈乙型呪装双叉槍〉を構え、ベアトリスは血霧の噴出する右腕を掲げる。

 

 「来なっ〈蛇紅羅〉!」

 

 ベアトリスから漏れ出した血霧が徐々に形を成して、一振りの槍に姿を変える。

 

 「…………意志を持つ武器。同族相手は気乗りしないのよねぇ」

 

 ジリオラも自身の従えている眷獣〈ロサ・ゾンビメイカー〉を召喚しながら忌々しそうに呟いた。

 雪菜と〈白狐〉も互いに槍を突きつけあっている。

 古城への救援は完全に足止みを食らっていた。

 

 「くそっ、古城!」

 

 見かねたキリヲが古城目掛けて駆け出すが、またしてもそれを邪魔する者が現れた。

 

 「邪魔はさせん」

 

 高速艇のデッキに立っていた賢生が白衣の内側に隠すように提げていた、純白の銃身を持つマスケット銃を取り出してキリヲに銃口を向ける。

 

 「……っ!」

 

 キリヲの右目の義眼が数秒後の賢生が引き金を引く未来を予測して、推定される弾道を網膜に投影した。

 義眼の予測に従ってキリヲは、弾道から外れた場所に向けて跳ぶ。

 これで賢生の放つ弾丸は外れる…………筈だった。

 

 「ガハッ!?」

 

 鮮血が宙を舞った。

 自分の胸が撃ち抜かれたと気付くのに数秒掛かった。

 

 「馬鹿な………」

 

 浜辺の砂の上に倒れ込みながら、キリヲは驚愕に目を見開きながら言った。

 

 (弾道は完全に読めていた………)

 

 絶対に避けられると確信していた場所に跳んだのに、賢生の放った銃弾は正確にキリヲを撃ち抜いた。

 未来を予測していたキリヲに弾を当てる方法は二つしかない。

 予測していても避けきれないほどの銃弾を浴びせるか、もしくはーー。

 

 「まさか……お前も未来を………!?」

 

 弾道を予測したキリヲを予測して撃つしかない。

 

 「…………………六年前にアルディギアに亡命してきた君の身体の情報が役に立った」

 

 そう言う賢生の右目が眼鏡の奥で瞳の光彩を黒から金色に変えていた。

 間違いなく、キリヲと同じ魔義化歩兵の義眼だった。

 

 「キリヲ!」

 

 倒れるキリヲにラ・フォリアが駆け寄る。

 かろうじて脈があることを確認するとラ・フォリアは、鋭い目つきで賢生を睨みつける。

 

 「よくも…………」

 

 ラ・フォリアの怒りに満ちた眼差しを受けても賢生は、眉一つ動かさない。

 手にしているマスケット銃を再び地に伏したキリヲに向ける。

 

 「……………この銃もただの武器ではありません。〈メビウス〉の副産物の一つです。銃身の内部に小型精霊炉が搭載されています。呪式銃に匹敵する威力を持っていますので、そこの魔義化歩兵でも長くは持たないでしよう」

 

 胸から血を流して倒れているキリヲに向けられている賢生の視線はどこまでも冷たかった。

 

 「さて、こっちも仕事をするかな」

 

 倒れているキリヲの側に寄り添っていたラ・フォリアにロウが近づく。自身の体を獣人の姿へと変えながら。

 ロウは、ベアトリスと同じ登録魔族だったのだ。

 

 「………っ」

 

 キリヲを守るように掻き抱きながらラ・フォリアは息を呑む。

 ロウは構わず近づいていき、右手をラ・フォリアに向かって伸ばす。

 ロウの手がラ・フォリアに届く、その時だった。

 

 「疾く在れ〈双角の深緋〉!」

 

 横から飛んできた緋色の双角獣が撒き散らす高周波振動がロウを数メートルも先に吹き飛ばした。

 

 「暁古城!」

 「大丈夫かっ!?」

 

 キリヲとラ・フォリアに古城が駆け寄っていく。ラ・フォリアも礼を言おうと顔を上げて、そこで表情が固まった。

 

 「暁古城、伏せてくださいっ!」

 「えっ?」

 

 必死の形相でラ・フォリアが叫んだ次の瞬間だった。

 

 ドスッ。

 

 刃物が分厚い何かを貫く音が響き渡った。

 

 「なっ……………」

 

 古城は、自分の胴体に視線を下ろした。

 そこには、〈模造天使〉が放っていた光の剣の内の一本が背中を貫通して腹から突き出ていた。

 急に視界が暗くなっていき、古城の意識はそこで途絶えて、体はゆっくりと倒れていく。

 

 「先輩っ!」

 

 キリヲと同様に地に伏した古城を見て雪菜が絶叫に近い叫び声を上げて古城に向かって走って行った。

 

 「…………随分と呆気なかったわね」

 

 ジリオラの鞭を赤い槍で打ち払っていたベアトリスが歪んだ笑みを浮かべてそう言った。

 そして、倒れた〈第四真祖〉に視線を向ける。

 〈模造天使〉が最後の止めを刺すのを見るために。

 しかしーー。

 

 「……………………」

 

 空中に滞空している〈模造天使〉ーー夏音は動く気配を見せない。

 ただ、虚ろな目で倒れた古城とキリヲを見つめている。

 だが、その次の瞬間。

 

 「aaa………aaaaa……aaaaaaaaaaaaaa!!!」

 

 

 突然、夏音は空中に浮いたまま頭を抱えて人ならざる声で絶叫を迸らせた。

 両目から涙を溢れさせて。

 同時に周囲に強い風が吹き荒れ始めた。肌を刺すような冷気を伴っている風だった。

 風は次第に強くなっていき、最後には吹雪と化した。

 

 「ちょっと、どうなってるのよ!?」

 

 不測の事態にベアトリスが賢生に向かって叫ぶ。

 だが、賢生も事態を把握できていない様子で顔をしかめていた。

 

 「分からん。まだ、飛翔点には達していないはずだが……………」

 「とにかく一旦退くわよ!あんなのに巻き込まれるなんて冗談じゃないわ!」

 

 竜巻すら巻き起こし始めた吹雪にベアトリスが焦った様子で走り去っていく。賢生とロウ、〈白狐〉もそれに続いていく。

 

 「先輩………!先輩……!しっかりしてくださいっ!」

 

 〈雪霞狼〉で神格振動波の結界を張りながら雪菜は倒れた古城に必死に呼びかけていた。

 

 「わたし達も逃げるわよ!」

 

 ジリオラも血を流して倒れているキリヲを担ぎながら雪菜の張った結界に向かっていく。

 そんな中、ラ・フォリアは、夏音を中心に徐々に大きくなっていく吹雪の竜巻に目を向けていた。

 

 「〈模造天使〉……………いえ、叶瀬夏音。貴女は…………」

 

 哀愁を含んだラ・フォリアの呟きは、白く冷たい風に呑まれて消えていった。

 誰の耳に届くこともなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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 本当にすいません。
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