ストライク・ザ・ブラッド ー監獄結界の聖剣遣いー   作:五河 緑

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 遅くなりました。申し訳ありません。


天使炎上編Ⅳ

 メイガスクラフト本社

 

 営業をしていない夜間に出入り口を全て封鎖しているシャッターが外部から破壊されたため、社内には耳障りなアラートが鳴り響いていた。

 侵入者を探知した警備用ドローンが破壊されたシャッターの周辺に集まってくる。

 

 「………意外に警備が手薄だな」

 

 シャッターを切り裂いて侵入したキリヲが目の前で陣形を組むドローンを見て呟いた。

 生身の警備員は一人もいなかった。非致死性の武装をした不恰好な小型ドローンが数機だけだ。

 

 「邪魔だ」

 

 〈フラガラッハ〉でドローンを切り裂きキリヲはさらに奥へと進んでいく。

 

 「ちょっと、これどういうことよっ!?」

 

 ドローンが大破する音を聞きつけてきた金髪の女吸血鬼ーーベアトリスが驚愕に満ちた声を上げる。

 

 「………お前がここの責任者か?」

 

 現れたベアトリスにキリヲが冷たい声音で問いかける。

 

 「あんた何者……?こんなことして、ただで済むとでもーー」

 「技術顧問の叶瀬賢生と娘の叶瀬夏音はどこだ?」

 

 〈フラガラッハ〉の切っ先をベアトリスに突き付けてキリヲが低いトーンで言葉を発する。

 

 「いきなり押し掛けてきて一体何をーー」

 「さっさと答えろ。二人はどこにいる?こっちも気が長い方じゃないんだ。………早く喋った方がお互いのためだぞ」

 

 またしてもベアトリスの言葉を遮り、キリヲはポケットから大きめのバッジを取り出して見せつけながら言う。

 

 「〈ゼンフォース〉………CSA 最強の機械化特殊部隊がなんで魔族特区に……」

 

 アメリカ連合と長い付き合いのベアトリスには、キリヲの持っている徽章から所属の部隊まで割り当てることができた。

 

 「こっちも任務で来てるんだ。要求が呑めないなら手段は選ばないぞ」

 

 徽章をしまい、再び剣を構え直したキリヲが鋭い眼光をベアトリスに向ける。

 無論、とっくの昔にCSAを除隊させられているキリヲは任務など受けていない。ただのハッタリだった。

 だが、その事実を知らないベアトリスは唯一の商売相手からの最終通告に動揺し、目に見えるほど狼狽える。

 そして、そのベアトリスに背後から声をかける者がいた。

 

 「………手を貸した方がいいかしら?」

 

 白い狐の面を被った黒髪の少女が両手に呪符を持って控えていた。

 全身から滲み出る霊力と殺気で少女が臨戦態勢に入っているのはキリヲにもすぐに分かった。

 

 「待ちなっ!手を出すんじゃないよ」

 

 だが、狐の面を被った少女を止めたのは、ベアトリスだった。

 

 「………あんた、本物?」

 

 ベアトリスがキリヲに視線を戻して、疑わしそうに言う。

 キリヲは、刀を握る右腕をベアトリスに見えるように掲げる。キリヲの右腕を包んでいた人工皮膚が剥がれていき、赤と黒のメタリックな義手が現れる。

 

 「魔義化歩兵…………なるほど、本物ね」

 

 キリヲがCSA の独占技術の賜物である魔義化歩兵であることを確認したベアトリスは、納得したように頷いた。

 

 「叶瀬賢生は、いないわよ」

 「………どこにいる?」

 「島の外よ。金魚鉢……娘もそこにいるはず」

 

 肩をすくめて言うベアトリスにキリヲは、刀を向けたまま口を開く。

 

 「案内しろ」

 「今から?島外なのよ?」

 

 そう言うベアトリスにキリヲは苛立ったように〈フラガラッハ〉で側にあったドローンの残骸を切りつける。

 真っ二つに両断されたドローンがベアトリスのすぐ横を通り抜けて壁にぶち当たる。

 

 「………会社のプライベートジェットくらい持ってるだろ。さっさと連れていけ」

 

 殺意に満ちた眼差しを向けるキリヲにベアトリスが社用の航空機を用意するのに時間はかからなかった。

 

 ***

 

 メイガスクラフト 社内 研究室

 

 「あーもう、怠いっ!」

 

 重い鉄製のドアを力任せに押し開けて、ベアトリスが胸中に沸き上がる苛立ちを隠しもせずに室内に入ってくる。

 

 「よくもやってくれたわね、あの野郎………」

 

 ほんの数分前に押し掛けてきた少年の顔を思い出して静まりかけていた怒りが再燃したベアトリスが八つ当たりするように壁を蹴りつける。

 

 「……少し落ち着いたらどうだ?」

 

 部屋の奥から今までベアトリスの立てていた騒音を聞いていた男が溜め息混じりに声を発した。

 

 「侵入者は?」

 「金魚鉢に送っておいたわよ。あそこに閉じ込めておけば、しばらくは時間が稼げるでしょ。………賢生」

 

 ベアトリスの言葉に室内の奥にいた白衣の男ーー叶瀬賢生は、再び視線をベアトリスから自らの前にある寝台に戻す。

 寝台に横たわっているのは、白銀の髪を持つ少女。賢生の娘、叶瀬夏音だった。

 

 「金魚鉢の近海全域にジャミングを張っといたからすぐに増援は呼べないはず。………でも、まさかあの〈ゼンフォース〉がこんな簡単な罠に掛かるとはね」

 

 愉快そうに笑うベアトリス。

 

 「………その男、本当にCSAの軍人か?」

 「徽章は、本物だったわよ。魔義化歩兵でもあったから、少なくともCSAで機械化手術を受けたのは間違いないわ」

 

 自らの娘に目を向けたまま問いかけてくる賢生にベアトリスが答える。

 

「………元CSA所属だったという可能性は?魔義化歩兵になった後に部隊を抜けた奴かもしれん」

 「それは、あり得ないわよ」

 

 賢生の言葉にベアトリスが大袈裟に手を広げる。

 

 「CSA………特に〈ゼンフォース〉は裏切り者を許さない。部隊を裏切るような奴は指揮官のあの女が直々に血祭りにあげているはずよ」

 

 ベアトリスの脳裏に一度だけ目にしたことがある〈血塗れ〉の通り名を持つ魔義化歩兵の女軍人の顔が蘇る。会ったのは一度だけだが、決して敵に回してはいけない人物だとベアトリスは確信を持っていた。

 

 「…………調べておけ。もしCSAが介入してくるなら、どれ程の戦力を投入してくるか知りたい」

 

 賢生がベアトリスにそう言った直後だった。

 

 「その必要はないわ。あの男はCSAではなくてよ」

 

 たった今、研究室に入ってきた少女がベアトリスと賢生に背後から声をかけた。

 黒いセーラー服に白い狐の仮面。

 太史局が送り込んできた攻魔師だった。

 

 「………太史局は、把握しているのか?」

 「ええ。貴方も名前くらいは聞いたことがあるはずよ」

 

 少女の言葉に賢生が怪訝そうに顔をしかめる。

 そんな賢生に構わず少女は、その名を口にする。

 仮面をつけているから表情は見えないが、声の抑揚から少女が仮面の下で浮かべているのは笑みだろうと賢生は思った。

 

 「第一級魔導犯罪者〈聖剣遣い〉……………九重キリヲよ」

 

 ***

 

 翌日 メイガスクラフト 社宅 

 

 「………ここか」

 

 企業が保有するオフィスビルが建ち並ぶ区画に建設されたメイガスクラフト社のビルを前にして古城は呟いた。

 

 「凪沙ちゃんに聞いたらここだって教えてくれました。………夏音ちゃんの住所」

 

 昨晩、古城達の前に変わり果てた姿で現れた級友の顔を思い出して雪菜が悲痛そうな顔をして言う。

 

 「………なあ、姫柊。あれは本当に叶瀬だったと思うか?」

 

 もしかしたら違うのではないかと、僅かな期待を込めて古城が絞り出すように言う。

 だが、古城の隣に立つ雪菜は唇を噛んで首を横に振る。

 

 「……先輩、あれは間違いなく夏音ちゃんでした。別人のはずがありません」

 

 昨晩現れた翼を持つ少女は、夏音と同様の常人離れした美貌を持っていた。他人と見間違うことなどあり得なかった。

 

 「そう………だよな……」

 

 姫柊の言葉に力なく古城は頷いた。

 その時だった。

 

 「あら二人とも、こんなところで奇遇ね」

 

 古城達が通ってきた道から聞き慣れた声が投げ掛けられた。

 

 「ジリオラ先生………」

 

 古城が、名前を呟くとジリオラは機嫌よさそうに笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。

 

 「ここに来ているってことは、貴方達も〈仮面憑き〉の正体を知っているみたいね」

 「ひょっとして、ジリオラ先生も……?」

 

 ジリオラの言葉に雪菜が驚いたように訊ね返す。

 そんな雪菜にジリオラは、首を横に振って口を開く。

 

 「いいえ、わたしは知らなかったわよ。………でも、キリヲは知っていたみたいね」

 

 ジリオラが言った言葉に古城が怪訝そうに顔をしかめる。

 

 「………そのキリヲは?」

 「もう、乗り込んでいったわよ。昨日の夜中に一人で」

 

 呆れたように肩をすくめながら言うジリオラに雪菜が驚愕に満ちた表情で声を上げる。

 

 「昨日の夜中!?なにか連絡は!?」

 「ないわよ。昨晩から音沙汰なし。あの馬鹿、しくじったのかもね」

 

 嘲笑するような表情を浮かべるジリオラに古城も雪菜も唖然とする。

 

 「あの………心配じゃないんですか?」

 「わたしが心配?どうして?」

 

 雪菜が言ったことに今度はジリオラが驚いたような顔をする。

 

 「いえ、その………九重先輩とジリオラ先生って仲がいいじゃないですか」

 「あら、そう見える?」

 

 ジリオラは、意外そうな顔をして口を開いた。

 

 「………ねえ、剣巫。一ついいこと教えて上げるわ」

 

 雪菜の瞳を真っ直ぐに見つめながらジリオラが微笑を浮かべて言葉を発した。

 

 「確かにわたし達、犯罪者にも友情はあるわ。………わたしにだって気の合う奴はいるし。もちろん、キリヲのことも嫌いじゃないわよ」

 

 キリヲと今も監獄結界の中で暇をもて余しているであろう友人の顔を思い出しながらジリオラは、言葉を続ける。

 

 「………でもね、もし死んだとしてもわたしは涙一つ流さないと思うわよ。せいぜい、お気に入りの道具が壊れた程度にしか思わないでしょうね。……どうしてだと思う?」

 

 ジリオラの問に古城も雪菜も答えない。

 

 「いつ死んでもおかしくないからよ。……わたしもキリヲも、人の恨みを買いすぎた」

 「恨み……ですか?」

 

 雪菜が怪訝そうに聞き返す。

 

 「そう、恨みよ。………誰もが生きているうちに何かしらの過ちや罪を犯す。でも、その大半は償うことができる。いつかは赦される。……けれど、どんなに悔い改めても許されないこともあるのよ」

 「………殺人ですか?」

 

 雪菜の導きだした答えに満足そうに頷くジリオラ。

 

 「その通りよ。誰かの命を摘み取れば、そいつの仲間や親族は絶対にわたしのことを赦さない。たとえ、どれ程長い時を檻で過ごしてもね。わたしの首が繋がっている限りは………だから、わたしも他の犯罪者も自分を殺そうとする連中を恨まない。彼らには、わたし達を殺す権利があるから。まあーー」

 

 一瞬、慈しむような表情を浮かべるジリオラだったが、その表情はすぐに豹変を遂げた。

 

 「ーー素直に殺されるつもりもないし、向かってくる奴に容赦するつもりもないけどね」

 

 獰猛な笑みを浮かべるジリオラ。その表情は、犯罪者と呼ぶに相応しいものだったのかもしれない。

 普段、那月の監視下に置かれて大人しくしているから忘れそうになるが、目の前の女吸血鬼は凶悪な殺人犯だと言うことを再確認する雪菜だった。

 

 「………だから、わたしもキリヲもお互いの身を心配したことなんてないわよ」

 

 そう言って、ジリオラはメイガスクラフトのオフィスビルの入り口へと足を進める。

 

 「………でも、キリヲも簡単に死ぬような奴じゃないし、わたしとしては押しかけられたメイガスクラフトの連中の方が心配ね」

 

 鋭い刃物で切り裂かれた後のあるメイガスクラフト社のシャッターを見て呟くジリオラの横顔は僅かに笑みを浮かべていた。

 そしてそれは、キリヲが死ぬはずがないと確信を持っている顔でもあった。

 

 「ほら、行くわよ。………〈仮面憑き〉の小娘、死なれたら困るんでしょう?」

 「……ああ、そうだな。行こう」

 

 ジリオラを追い越すようにして古城は、メイガスクラフト社の中へと入っていった。

 

 ***

 

 金魚鉢

 

 メイガスクラフト社は、絃神島近海に存在する無人島を会社の実験施設として保有している。金魚鉢と名付けられたその島の浜辺でキリヲは、水平線付近に見える人工島、絃神島を見つめていた。

 

 「………やられた」

 

 無気力に呟いたその一言は、周期的な音を立てる波によってかき消されるのだった。

 そろそろ、夜明けだった。

 数時間前、メイガスクラフトの連中に無理言ってこの島に案内させたが、島についた途端、ここまで運んできた小型機はキリヲを置いて飛び去っていった。

 何も言わずに飛び去ったのと去る時の操縦士の顔に浮かんでいた笑みを見て、キリヲも嵌められたというのは即座に理解できた。

 

 「……せめて、拳銃でもあれば撃ち落とせたのにな、あのボロい飛行機」

 

 飛び去っていく小型機に攻撃しようとしたが、近接兵器の刀しか持っていないキリヲに手が出せる筈もなかった。

 

 「……どうしろってんだ」

 

 夏音のことも気掛かりだが、契約相手である那月に黙ってここに来たことも心配だった。

 一応、正当な事情はあるが黙って出てきた以上、逃亡したと那月に思われても文句は言えない。

 放し飼いにしている犯罪者が逃げ出したと知れば次に顔を合わせた瞬間、有無を言わさず殺しにかかってきても不思議じゃない。あの女だったら十分にあり得る。

 そう思うと今から那月に会うのが憂鬱だった。

 

 「はあ………」

 

 疲れたように溜め息をついて、キリヲは島の浜辺を歩き始めた。波打ち際に沿って。

 それほど大きな島ではないから、三十分ほどで一周できるとキリヲは考えていた。

 その途中。

 

 「……なんだ、あれ」

 

 浜辺を五分ほど歩いた所で波打ち際に妙なものを見つけてキリヲは怪訝そうに顔をしかめた。

 白色の球体。形状から救命ポットなのはすぐに分かった。

 だが、妙だった。

 本来、消耗品であり非常時くらいにしか使わない救命ポットだが、目の前にある救命ポットはあまりにも豪勢だった。

 サイズも大きいし、表面には金色の細工もしてあるのが見てとれた。

 明らかに通常の救命ポットとは違った。

 一般的な庶民が使うようなものではなく、それなりに財力があって身分の高い者が乗っているはずの物だった。

 一体誰がーー。

 

 「動かないでください」

 

 図らずもキリヲの疑問はすぐに解消されることとなった。

 救命ポットに近づこうと足を一歩前に踏み出した瞬間、背後から声をかけられた。

 女だった。

 同時に聞こえてきたチャキッ、という金属音から背後にいる女が今銃口をこちらに向けていることをキリヲは感知していた。

 

 「武器を捨てて、ゆっくりとこちらを向いてください」

 

 言われた通りにキリヲは、左手に持っていた〈フラガラッハ〉の入った竹刀袋を砂浜に落とした。

 その後に両手を挙げてゆっくりと時間をかけながら背後を振り返る。

 そして、自分の背後で銃を構えていた人物の顔を見てキリヲは驚きで目を見開いた。

 

 「……お前……どうして、ここに……?」

 

 驚いたのは、背後にいた女の方も一緒だった。

 驚愕に目を見開き、構えていた豪華な装飾をされた黄金色の単発式拳銃が手から零れ落ちて砂浜に転がった。

 

 「キリヲ………なのですか?」

 

 背後に立っていたのは、一人の少女だった。

 北欧神話の美の女神フレイヤと称しても遜色ない美しい顔立ちをした銀髪の少女。

 

 「ラ・フォリア………」

 

 震える声でキリヲは、少女の名を口にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 やっと……やっと、ラ・フォリア出てきた。

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