ストライク・ザ・ブラッド ー監獄結界の聖剣遣いー   作:五河 緑

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 早くラ・フォリア出したい……。


天使炎上編Ⅲ

 

 

 彩海学園 中等部

 

 キリヲと凪沙の衝撃的な光景を古城が目にしたその翌日、古城は授業が終わると同時に凪沙のいる教室の近くに来ていた。

 

 「じゃあねー!」

 

 級友に元気よく挨拶した凪沙が教室から出てきて、屋上へと続く階段を駆け上がっていった。

 その後を追おうと動き出す古城。

 

 「……何してるんですか先輩?」

 「うおっ!?姫柊!?」

 

 凪沙を追おうとした古城の前に雪菜が立ち塞がってあきれたような視線を向けてきていた。

 

 「いや……ほら、その……心配だろ?凪沙が」

 

 挙動不審な動きをしながら言い訳をする古城に雪菜が疲れたように溜め息をつく。

 

 「はあ………先輩って以外とシス……いえ、何でもありません。分かりました、凪沙ちゃんを追いかけましょう」

 「姫柊も来るのか?」

 

 てっきり止められるものだと思っていた古城は、意外そうな顔をした。

 

 「わたしは、先輩の監視役ですから。……それに先輩一人で行かせた方が面倒なことになりそうですし」

 

 そう言うと雪菜は階段を登り始め、屋上へと向かっていった。

 その後を古城もついていく。

 階段を登り終え、屋上に繋がっているドアの前で二人は立ち止まる。

 ドア越しに屋上からの声が聞こえてきたからだ。

 声の主は、キリヲと凪沙だった。

 妙に甘ったるくも聞こえる二人の声に古城と雪菜は耳を傾けた。

 

 『おっと、暴れるな。……騒ぐなって、頼むから』

 『もう、ダメだってば。そんなに強く抱かないでよ』

 『すまん、こういのに慣れてなくて。……凄い柔らかいな。いい触り心地だ』

 『あっ……くすぐったいよ』

 『あんまり大きな声出すと誰か来るぞ?』

 『分かってるけど……そんな風に舐められたら………あっ、痛っ』

 

 そこが我慢の限界だった。

 聞いていられなくなった古城が勢いよくドアを蹴破って屋上に突入する。

 

 「離れろゴラァ!」

 「ちょっ!?先輩っ!?」

 

 すかさず止めに入る雪菜を振り切って古城は猛スピードで前に出る。

 声を荒げて飛び出した古城は、そのまま勢いをつけて地面を蹴り、飛び蹴りの体勢に入った。

 

 「キリヲ!てめぇ誰に手ェ出したか分かってんだろうなぁ!?」

 

 吸血鬼の筋力でかなりのスピードを出してキリヲに突っ込んでいく古城。

 だがーー。

 

 「おっと、危ね」

 

 あんなに大声出して飛びかかってくれば当然キリヲは気付く。跳んできた古城を必要最小限の動きで回避する。

 目標を失った古城は、そのまま真っ直ぐ飛んでいって屋上を囲むフェンスに激突してようやく止まった。

 

 「……………何やってるんだ、古城?」

 

 フェンスにぶつかってひっくり返っている古城にキリヲが唖然としながら声をかける。

 

 「……っ、何ってお前が凪沙に妙なことをーー」

 

 古城が起き上がり、再びキリヲに先程の凪沙との行為を問いただそうと声を荒げようとして止まった。

 

 「ニャー」

 

 キリヲの腕に抱かれている猫が可愛らしく鳴いた。

 その横では凪沙も猫を抱き締めている。

 抱いている猫の肉球を指でプニプニと揉みながらキリヲが口を開く。

 

 「俺と暁妹がどうかしたか?」

 「あ、あれ?猫?」

 

 てっきりキリヲと凪沙が人目を避けて口には出せないような行為に及んでいると思い込んでいた古城は、予想外の光景に困惑し、何度も瞬きをしていた。

 

 「ちょっと古城くん!?中等部の校舎で一体なにやってるの!?」

 

 突然大声を出して乱入してきた古城に凪沙が目をつり上げて声を張り上げる。

 

 「そ、それはお前が昨日キリヲからラブレターを……」

 「はあ!?ラブレター!?なんの話してるの!?」

 

 古城の口から出た言葉に凪沙が更に声を大きくする。

 

 「……ひょっとして、これのことじゃないか?」

 

 古城と凪沙のやり取りを見ていたキリヲが一枚の便箋を持って二人の間に入る。

 

 「あっ!それだっ!」

 「……これ、猫を飼える生徒のリストだぞ?」

 

 呆れたように言うキリヲ。

 

 「あと、凪沙!お前、キリヲに抱きついてたりもしたろ!?」

 「なっ!?覗いてたの!?信じらんない!別に深い意味とかないんだけど!?」

 

 古城の台詞で怒りのメーターが振り切れる凪沙。

 

 「……まあ、古城が心配しているようなことはないから安心してくれ」

 

 これ以上何か言っても状況がややこしくなるだけだと判断したキリヲが古城の肩に手を置きながら言った。

 その言葉に古城は、相変わらず不機嫌そうな表情を浮かべているがとりあえずは納得したようだった。

 

 「……それで、結局この猫達は?拾ってきたのか?」

 「わたしじゃないよ。夏音ちゃんが拾ってきたの」

 

 古城の疑問に凪沙が答えた。

 

 「夏音ちゃん、というのは?」

 「あっ、わたしでした」

 

 今まで屋上の隅で待機していた銀髪の女子生徒が前に歩み出てくる。

 

 「叶瀬夏音です。わたしのせいで変な誤解が生まれちゃいましたね。ごめんなさいでした」

 

 中等部の男子達に密かに聖女と崇められている夏音の容姿を前に古城もしばらく見とれてしまうのだった。

 

 ***

 

 彩海学園 執務室

 

 「教官。新しい紅茶が入りました」

 

 豪華な造りの部屋の中に、メイド服に身を包んだ藍色の髪の人工生命体の少女がティーカップの載ったトレイを持って入ってきた。

 

 「ん。ご苦労だったなアスタルテ」

 

 執務室の主であるドレス姿の魔女ーー那月は、紅茶を運んできたアスタルテに労いの言葉をかけると優雅な手つきでカップを取り、口に運んでいった。

 

 「また腕を上げたんじゃないか?」

 

 淹れられた紅茶の味を堪能した那月が機嫌良さそうにアスタルテに誉め言葉を送る。

 その直後だった。

 

 ジリリリリッ。

 

 執務室の机の上に置いてあった電話が着信を知らせてきた。

 午後の優雅なお茶の一時を邪魔された那月が少し機嫌を悪くしたように顔をしかめながら受話器を取った。

 

 『もしもし、那月?』

 「……ポリフォニアか。久しいな」

 

 声だけで通話の相手を識別した那月が無愛想にそう言った。

 通話の相手は、ポリフォニア・リハヴァイン。

 北欧アルディギア王国の現王妃だ。

 

 「何の用だ?」

 『相変わらず愛嬌がないですね』

 

 不機嫌そうに喋る那月に受話器の向こうから苦笑するような声が聞こえてきた。

 

 『我が国の飛空挺〈ランヴァルド〉は、もうそちらに着いてるかしら?』

 

 ポリフォニアの言葉に那月は、怪訝そうに眉をひそめた。

 

 「飛空挺?そんな話は聞いてないぞ」

 

 那月の言葉にまたしてもポリフォニアの苦笑する声が聞こえてきた。

 

 『ええ、そうでしょうね。非公式の話ですもの』

 「非公式か……だったら、こちらが知っているはずもないだろ。何かあったのか?」

 

 そう言われるとポリフォニアは、疲れたように溜め息を漏らした。

 

 『どうやら、トラブルが発生したみたいです。昨日より通信が途絶。位置情報も極東魔族特区近海で消失しています』

 「……そうか、そいつは災難だったな。だが、非公式なら我々は関与するつもりはない。そちらで勝手に探すんだな」

 

 那月は冷たく言い放つが電話の向こうでポリフォニアが動揺する気配はなかった。

 

 『……飛空挺に搭乗していたのがうちの愛娘だったとしても?』

 「………………」

 

 ポリフォニアの言葉に那月は口を閉ざした。

 

 『貴女が飼っている〈聖剣遣い〉がこの情報を知ったら、少し不味いことになるのではありませんか?』

 

 ポリフォニアがそう言うと那月は、思わず舌打ちをした。

 ポリフォニアの愛娘、つまりアルディギアの王女と言われれば那月の頭に浮かぶ顔は一つしかな。

 もし、あの女が何か良からぬことに巻き込まれているとあの小僧が知ったら……。

 

 「くそ……」

 

 最悪の光景が頭に浮かび、那月は悪態をついた。

 

 「……分かった。こちらでも、捜索する」

 『助かりますわ』

 「……用件はそれだけか?」

 

 早く電話を切りたい衝動にかられるが、続くポリフォニアの言葉がそれを許さなかった。

 

 『もう一つだけ。叶瀬賢生と言う名の男をご存知かしら?元うちの宮廷魔術師で今は民間企業の〈メイガスクラフト〉の技術顧問を担っている男です』

 「……知らんな。そいつがどうかしたのか?」

 

 頭の中にある犯罪者、重要人物のリストに該当する名前ではなかったのを確認した那月が訊ね返す。

 

 『実は、五年前に彼が王宮を去る時に我が国の機密情報を持ち出していたことが最近明らかになったのです』

 

 那月は、黙ってポリフォニアの話を聞いていた。

 

 『彼が今いるのは極東魔族特区〈絃神島〉』

 「……それで、その男を我々に捕らえろと?それこそ、そっちの不手際だ。自分の尻拭いくらい自分でしたらどうだ?」

 

 挑発的に那月がそう言うが、やはりポリフォニアは焦る様子もなく言葉を続けた。

 

 『……彼が持ち出した機密が何か気になりませんか?』

 「……………」

 

 ポリフォニアの問に那月は答えない。だが、ポリフォニアは構わずに話を続ける。

 

 『彼が持ち出したのは、我が国の軍事計画の詳細。……二年前に破棄された、あの計画です』

 

 ポリフォニアの口からその言葉が出た瞬間、那月はガタンと音を立てて椅子から立ち上がっていた。

 

 「……………馬鹿な。あれは完全に凍結されたはずだぞ」

 『ええ、その通りです。莫大なコスト、大きすぎるリスク、倫理的な問題など様々な理由であの計画は危険視されてきました。……そして二年前、最悪の失敗作を生み出してしまったことであの計画は永久に封印されたのです』

 

 那月の脳裏に蘇るのは血と炎で真っ赤に染まる王都の姿。

 計画が生み出した最悪の欠陥兵器を自らの手で捕らえたあの日の光景。

 

 『しかし計画が凍結される前、五年前の段階で彼は当時の計画の研究データを持ち出していたのです。……試作型の小型精霊炉と共に』

 「最悪だな……」

 

 珍しく焦りの表情を那月が浮かべていた。

 

 「………その男もこちらで探す」

 『お願いします、南宮那月。あの計画を……』

 

 受話器の向こうでポリフォニアも真剣な声音で言葉を紡いでいく。

 

 『……………〈メビウス〉を止めてください』

 

 ***

 

 彩海学園

 

 屋上での騒ぎがあった翌日、古城と雪菜は勘違いで一騒ぎ起こしてしまったお詫びとして夏音の手伝いをしに来ていた。

 キリヲも変わらずに来ていて、チア部に行ってる凪沙を除いた四人で猫の貰い手探しをしていたのだ。

 

 「じゃあ、頼んだぞ」

 「うん、任せてね」

 

 古城がクラスの女子生徒に猫を手渡すと、女子生徒は猫を抱えてこの場を後にしていった。

 

 「今ので最後か……やっと終わったな」

 

 古城が猫を女子生徒に渡すのを見てキリヲも少し疲れた様子でそう言った。

 

 「はい、あとはさっき拾ってきたこの子で最後ですから、わたし一人でも大丈夫です」

 「さっき?また、拾ってきたのか……」

 

 夏音の腕に抱かれている茶色い毛並みの子猫を見て古城も疲れたように溜め息をつく。

 

 「先輩!嫌そうな顔しないでください。猫が可愛そうじゃないですか」

 

 心底面倒くさそうな顔をしていた古城に雪菜が起こったように頬を膨らませていた。

 

 「はいはい……」

 「なんですか、その返事は!?もっとやる気出してください!」

 

 そんな感じでいつものように言い合いを始めた二人に夏音が微笑ましそうに視線を送っていた。

 

 「二人とも本当に仲が良いんですね……………あ、そうだ。キリヲさん、これこの前落としてましたよ」

 

 古城と雪菜を眺めていた夏音が思い出したようにポケットから小さな一枚の写真を取り出した。

 それは、キリヲの数少ない所持品の一つだった。一枚の写真、キリヲがいつも御守り代わりに持ち歩いているものだ。恐らく、この前修道院で那月に引きずられた時に落としたのだろう。

 

 「………キリヲさんが、わたしに似ているって言ってた女の人ってこの人ですか?」

 

 夏音が写真に写っていた女を指差して訪ねてきた。

 

 「いや、違うよ。………ていうか、全然似てないだろ」

 

 写真に写っているのは野戦服を着た幼いキリヲとその隣に立つ同じく野戦服に身を包んだ長身の白人女性だった。

 女性の顔付きは細く、目付きも鋭い。整っていて美しくもあったが、それ以上に怖そうと思うのが普通だろう。

 可愛らしい顔の夏音とは、あまり似ているとは言えなかった。

 

 「この人は………まあ、俺の師匠なんだ」

 「師匠さん…………ですか?」

 

 可愛らしく首をかしげる夏音。

 

 「………ああ、生きる理由も分からなくて一人泣いていた俺を一から鍛え直してくれた人だよ」

 

 過ぎ去ったかつての日々を思い出してキリヲは苦笑いした。

 

 「良い人………だったんですね」

 「いや、良い人ではなかったな。うん、絶対良い人なんかじゃなかった」

 

 自分の命を何度も救ってくれたが、それ以上の回数、ぶん殴ってきた彼女を思い出し、今度は苦々しい表情を浮かべるキリヲ。

 キリヲが浮かべる微妙な表情から、複雑な関係を築いていたと察した夏音は、それ以上は聞いてこなかった。

 その時だった。

 

 「ここにいたか、九重キリヲ。………暁古城も一緒のようだな」

 

 黒いフリルの付いたドレスを纏った那月が不機嫌そうな表情を浮かべてこちらに歩み寄ってきていた。

 側にいる雪菜と夏音には目もくれずにキリヲの元へと一直線に歩いてきた。

 その表情から、よほど面白くないことがあったと察したキリヲは、軽口を叩こうとした口を閉ざして自らの契約相手が用件を言うのを待った。

 やがて、キリヲの前で立ち止まった那月が側に古城がいるのを確認するとゆっくりと口を開いた。

 

 「九重キリヲ、暁古城。貴様ら二人、今夜わたしに付き合え」

 

 あまり楽しくなさそうなデートのお誘いだった。

 

 

 

 

 ***

 

 人工島西部 夜

 

 「……なあ、確か攻魔官の仕事を手伝うって話じゃなかったか?」

 

 人工島西部に乱立するビルの一つ、その屋上で古城が目の前の浴衣姿の那月に呆れたような視線を向けていた。

 

 「……なら、その格好はなんだよ。人をこんなところで二時間も待たせて」

 「この近くの商店街で祭りをやっていてな。アスタルテにも夜店を堪能させてやろうと思ってな」

 

 悪びれる様子もなく、那月はアスタルテに視線を向けていたそう言った。

 アスタルテも那月と同じように浴衣姿だ。

 その隣には、菫色の浴衣を着たジリオラの姿もある。

 

 「……で、お前もお祭りをエンジョイしてきたと?」

 

 古城の隣に立っていたキリヲがジリオラに非難の視線を向けるが当人はまったく堪えている様子がない。

 

 「日本のお祭りって結構楽しいわね」

 

 浴衣姿で嬉しそうに手に持っているリンゴ飴やら水ヨーヨーやらを掲げるジリオラに二時間待たされた身としては文句の一つも言いたくなる。

 

 「それに日本の民族衣装も結構素敵ね」

 「………まあ、いつものお前より全然いいよ」

 

 いつもの下着の上にコートを羽織っただけの露出過多の格好ではなく、肌の大半を隠している浴衣姿を見て疲れたように呟くキリヲだった。

 

 「あら?貴方が誉めてくれるなんて珍しいわね。……ひょっとして口説いてるの?」

 「いつものお前の格好が酷過ぎるだけだ」

 

 茶化すように言ってくるジリオラだが、キリヲは完全スルーだった。

 

 「……そんなことより、何で貴様がここにいる。転校生?」

 

 今まで古城の後ろに控えていた雪菜に那月が冷たい視線を向けていた。

 

 「わたしは〈第四真祖〉の監視役ですから」

 「ほう?監視には浴衣が必要なのか?」

 「こ、これはお祭りの話を聞いた凪沙ちゃんが無理矢理………」

 

 那月の言葉に浴衣姿にギターケースと言う少々ミスマッチな格好をした雪菜が慌てて言い訳をしていた。

 

 「……まあいい、そんなことより〈仮面憑き〉の情報は送った資料で見たな?」

 

 那月がそう言うと古城と雪菜は頷いて、向かいのビルに目を向ける。

 窓ガラスは全て割れ、所々高熱を浴びたかのように溶解している部分もあった。

 

 「あれが〈仮面憑き〉の攻撃を受けたビルですよね?……魔術や召喚術であれだけの破壊が引き起こされたならわたしも気付くはずなんですけど」

 「……姫柊でも感知できなかったのか」

 「九重先輩も分からなかったんですか?」

 

 キリヲの言葉に雪菜が驚いたような口調で声を上げた。

 

 「俺だけじゃない。南宮那月も気付かなかった」

 

 キリヲの言葉に雪菜も深刻そうな表情で息を呑む。

 

 「どんな術を使うか見当もつかんが…………まあ、本人に聞けば済む話だ。来たぞ」

 

 那月が視線を向けた方角に火花を散らしながら互いに激突し合う光が見えた。

 

 「思ったより早かったな。アスタルテ、公社の連中に花火の時間だと伝えろ」

 「命令受諾」

 

 那月の指示を受けたアスタルテが無線機を使ってそれを伝達する。

 その数秒後、周囲のビルから一斉に花火が打ち上げられ、夜空に光と轟音をばらまいた。

 

 「……いい目眩ましだ」

 「花火が続くのは十分だ。それまでにかたをつける。……跳ぶぞ」

 

 キリヲに無愛想に指示を出した那月が空間転移魔術を行使すると、その場にいた全員の体が一瞬の浮遊感と共に光がぶつかっている付近の鉄塔に移動していた。

 

 「……なんだありゃ?」

 

 側まで来たことによって〈仮面憑き〉の姿がハッキリと見てとれるようになった。

 検査着のような服を着ていて、顔を覆っているのは白いシンプルな造りの仮面。背中からは光を放つ羽が生えていて、その羽から光で構成された剣のようなものを辺りに撃ち出していた。

 

 「あんな術式、わたしは知らんぞ!」

 

 言いながら那月は虚空から銀の鎖を呼び出し、二体の〈仮面憑き〉に向けて放った。

 狙い違わず鎖は二体の〈仮面憑き〉を縛り上げる。

 

 「一気に仕留める。九重キリヲ!剣巫!」

 

 那月の言葉が終わると同時にキリヲは竹刀袋から刀を抜き、雪菜はギターケースから槍を取り出す。戦闘態勢を整えた二人が〈仮面憑き〉を拘束している鎖の上を駆け上がっていく。

 

 「〈雪霞狼〉!」

 「〈フラガラッハ〉!」

 

 白銀の刃が二つの軌跡を宙に描いて〈仮面憑き〉に迫る。

 しかしーー。

 

 「なっ!?」

 「……っ!?」

 

 二つの刃が〈仮面憑き〉を傷つけることはなかった。

 見えない壁にぶつかったかのように甲高い音を立てて弾かれる。

 さらに。

 

 「……〈戒めの鎖〉を断ち切っただと!?」

 

 拘束していた鎖を〈仮面憑き〉達に破られ、那月が驚愕に目を見開いた。

 

 「〈毒針たち〉!」

 

 浴衣の袖から覗くジリオラの腕から血霧が噴出し、空中で無数の蜂に姿を変える。

 

 「疾く在れ〈双角の深緋〉!」

 

 ジリオラに続くように眷獣を召喚する古城。蜂の群れと緋色の双角獣が〈仮面憑き〉目掛けて殺到する。

 だが、またしても〈仮面憑き〉にダメージを負わせることはできなかった。

 まるで、すり抜けるかのように眷獣の攻撃は〈仮面憑き〉に影響を及ぼさなかったのだ。

 

 「そんな……」

 

 こちらの攻撃を全て凌ぎきった〈仮面憑き〉を見て雪菜が絶句する。

 

 「まさか、こいつら……」

 

 キリヲがそう呟いた直後だった。

 攻撃を受けた〈仮面憑き〉の片割れが古城達のいる鉄塔目掛けて無数の光の剣を翼から撃ち放ったのだ。

 

 「不味い!」

 

 〈仮面憑き〉の攻撃を受けて大きく鉄塔が揺れると那月は、空間転移でその場から姿を消した。

 その間にも〈仮面憑き〉の攻撃は続く。

 光の剣の乱射に耐えられなくなった鉄塔が轟音を立てて傾き始める。

 だが、鉄塔は完全に倒壊する前に空中で動きを止めた。鉄塔の周囲に現れた無数の銀鎖が鉄塔を縛って支えたのだ。

 

 「南宮那月か……!?」

 

 たった一人で数十トンの鉄塔を、一人で支える那月にキリヲが驚いたように目を見開く。

 

 「くそっ、疾く在れ〈獅子のーー」

 「ダメだっ!ジリオラ、古城を下がらせろ!魔族がアレを食らったら一発で終わりだ!」

 

 眷獣を再び召喚しようとする古城を遮ってキリヲが叫ぶ。

 

 「……っ!」

 

 キリヲの指示を聞いたジリオラがすぐさま霧化して飛んでいき、古城を掴まえて鉄塔の隣にあるビルにまで待避する。

 

 「………………」

 

 目の前から攻撃対象が三人も消えたことで、〈仮面憑き〉も一旦攻撃の手を止めた。

 そのまま空中に滞空した状態で、〈仮面憑き〉が視線をキリヲに向ける。

 キリヲも刀を構えたまま、〈仮面憑き〉を睨み返す。

 

 「………………お前、誰に造られた?」

 「……………」

 

 キリヲが〈仮面憑き〉の目を睨んだまま訊ねる。だが、〈仮面憑き〉は答えない。無言で宙に浮かび、キリヲを見つめている。

 その次の瞬間。

 

 グサッ。

 

 キリヲの目の前で滞空していた〈仮面憑き〉が上から降ってきた光の剣に背中を貫かれた。

 撃ったのは、今まで戦闘に参加せずに上空で待機していたもう一体の〈仮面憑き〉。

 貫かれた〈仮面憑き〉は力尽きたように地上目掛けて落下していく。

 

 「ーーおいっ!」

 

 突然の事態にキリヲが思わず声を上げるが、片割れを撃墜した〈仮面憑き〉は止まらない。

 落下していった片割れ目掛けて降下していき、勢いに任せて手刀を突き立てる。

 

 「……っ!!」

 

 叩き落とされた片割れも一方的にやられているわけではなかった。状況を打破すべく、自分に馬乗りになる〈仮面憑き〉の仮面に覆われた顔面を殴打する。

 仮面が砕けて、片割れの上に乗っかっていた〈仮面憑き〉の素顔が月明かりに照らされて露になる。

 

 「馬鹿な………どうして……」

 

 月の光を反射して輝く銀色の髪、肌は雪のように白く幼さを残すその顔は聖女の如く精錬された美しさを持っていた。

 顔を露にした〈仮面憑き〉は、自分の下敷きにした片割れの〈仮面憑き〉の腹部に歯を立てる。

 ブチッと肉を断つ音が響き、後には肉を咀嚼する音だけが残る。

 

 「叶瀬………」

 

 目の前で肉を喰らう見知った少女を見てキリヲは力なく呟いた。

 やがて、肉を喰い終えた夏音は背中の翼を広げて飛び上がる。

 

 

 

 飛び去っていく天使の表情のない顔は、紅い鮮血と瞳から零れた涙で濡れていた。

 

 ***

 

 南宮那月の保有マンション キリヲの私室

 

 部屋の持ち主があまり物を買わない性格のためか部屋の中には私物と呼べるものがあまりなく、簡素なパイプベッドとデスク。必要最低限の家電だけが設置されていた。

 その部屋のデスクについてキリヲは手元のノートPCを操作していた。

 調べているのは、叶瀬夏音の住民情報。那月に限定的に与えられている攻魔官と特区警備隊の権限を使って絃神島の住民情報を閲覧していた。

 

 「キリヲ。入るわよ」

 

 キリヲがキーボードを叩く手を止めて顔を上げると、そこにはジリオラがいつもの格好で部屋の中に入ってきていた。

 

 「………鍵はかけたつもりだが?」

 「かかってなかったわよ。………ちょっと、いいかしら?」

 

 ジリオラが訊ねるがキリヲは、聞く気がないと言わんばかりに視線をパソコンに戻す。

 

 「忙しい。後にしてくれ」

 

 だが、ジリオラは構わずに室内に入ってきた。

 ヒールのついた靴でコツコツと音を立てて室内を進んでいき、キリヲのデスクの前で止まる。

 

 「……………今日の敵の正体を知っていたわね」

 「………いや」

 

 ジリオラの言葉を首を振って否定するキリヲ。

 だが、それでジリオラが納得するはずもなかった。

 ガンッと足をデスクの上に置いてキリヲを睨み付ける。

 

 「とぼける気かしら?」

 

 低い声音でジリオラが言うがキリヲは何も答えない。

 

 「敵の攻撃を知っていた。………それに、気になることを言っていたわね。……『誰に造られた』、だったかしら?」

 「………………」

 

 依然として口を閉ざしたままのキリヲにジリオラは更に言葉を続ける。

 

 「あの仮面の下にあった顔にも見覚えがあったみたいね。………南宮那月には伝えたの?」

 

 そこまで言われてようやくキリヲも口を開いた。

 

 「………今教えたら、あの女が問答無用であの子を殺しにいくだろ」

 

 そう言うキリヲにジリオラが冷たい声音で言葉を発した。

 

 「……殺されたら困るの?」

 「困るから教えてないんだろうが」

 

 苛立ったようにそう言うとキリヲは立ち上がり、部屋の隅にある棚に向かって歩いていった。

 

 「……これから、どうするつもり?」

 「民間企業〈メイガスクラフト〉の社宅に行く。叶瀬………〈仮面憑き〉の住所はそこだった」

 

 ジリオラの問に棚を漁りながらキリヲが答える。

 

 「………こんな時間に行ったところで入れてくれると思ってるの?」

 

 ジリオラが呆れたように言うがキリヲは、相変わらず棚の中身を物色し続けながら返事を返した。

 

 「〈メイガスクラフト〉は産業用オートマタを造っていることで知られているが、裏でネクロマシー技術を応用した軍事用オートマタも造っている。あの会社の主な収入はそれだ」

 

 キリヲの言葉を聞いてジリオラは、怪訝そうに目を細める。

 

 「ネクロマシー……死霊術ね。わたしの記憶が確かなら、それは聖域条約の規定に明らかに反しているのだけれど………………というか、なんでそんなこと知ってるのよ?」

 

 ジリオラの問に返事はせず、キリヲは話を続けた。

 

 「……その条約違反の商品を買っている不正取引相手が〈アメリカ連合陸軍〉だ」

 

 棚の中から目当ての物を見つけたキリヲが振り返って、手に持っているものをジリオラに見せながら言った。

 キリヲが手に持っていたのは金色の細工が施された大きめのバッジだった。真ん中には、CSAーーアメリカ連合と彫られている。

 

 「CSA を名乗れば、向こうもこっちのお願いを聞かざるを得ない。………唯一の商売相手だからな」

 「………なんで、CSA の徽章なんて持ってるのよ」

 

 ジリオラの言葉にキリヲは、苦笑で返事をすると壁に立て掛けておいた竹刀袋に包まれた〈フラガラッハ〉を手に取って玄関に向かっていった。

 

 「……一人で行くつもり?」

 「CSA がどういう国か忘れたのか?お前がいたら信憑性が薄くなる」

 

 魔族廃絶を掲げるCSA が吸血鬼と行動を共にすることはあり得ない。故にキリヲは、ジリオラを連れていかなかった。

 

 拳を握りしめ、キリヲは一人で夜の帳が降りた街へと出ていった。

 

 

 

 「………待ってろ、叶瀬」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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