絶対正義の兄が斬る!   作:もちふじ

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帝国最強の恋愛事情

──武芸試合当日。イェーガーズの名を広める為におこなったと言っても過言ではない、先日のビラ配りのおかげで、参加者はそこそこな数がいた。エスデス主催、ということもあって、エスデスや彼女の部下のミラルドを一目見ようと集まった者もいるだろう。

 

司会進行はランとウェイブの外面が良い組が交互に担当している。今は丁度ウェイブの番らしい。

見かけだけならミラルドのほうが花がある、とウェイブは主張したのだが、エスデスの「こいつがニコニコ愛想良く笑えると思っているのか」という一言によりあえなく撃沈。セリューが司会を担当する案も出たが、むさ苦しい男どもの中に可愛い妹を放り込むなんてことはミラルドが許さず、彼の大反対で結局ランとウェイブの二人になったのだ。

 

残りのメンバーはというと、受付や会場整備などを担当し、それが終わると自由行動になっている。スタイリッシュは自分が所有する研究室に閉じこもり、ボルスは家族サービスに自宅へ帰って、クロメは帝都の甘味巡り、そしてミラルドとセリューの二人は見物客として都民に紛れて会場に入っていた。

 

「うーん・・・。あんまり強い人いないねー」

「まあ、元から期待もしていないだろう」

 

もきゅもきゅと両手に抱えたポップコーンを幸せそうに頬張りながら、セリューは言う。

 

一応表向きはただの武芸試合だが、その実態はミラルドが回収した帝具『スペックテッド』の適合者探しである。帝具を使用するにはある程度の実力は必要ということで、こうして各々の戦闘力を見ているわけだが、特別目立った者はいない。ちなみにこの武芸試合の裏の裏の実態はエスデスの恋人探し、という極めて不純なものだったりする。

 

この程度の戦いでは、セリューが退屈なのではと思いミラルドは横目で彼女を見るが、案外楽しそうな顔をしていたので良しとした。セリューにとっては武芸試合云々ではなく、兄とデートしているという事実が嬉しいのだ。

 

「あ、もう次で最後だよ」

 

入り口で配布される対戦表をパラパラ捲ると、二十組中十九組の試合が終了しているので、次の試合で最後。各組の勝者に賞金が配られる仕組みである。エスデス軍に入団して長いミラルドにとってははした金だが、一般市民にとってはそれでも喉から手が出るほど欲しいものだろう。

 

「・・・金は必要だしな。分からなくもない」

 

ポツリとセリューに聞こえないような大きさで呟く。

横にいたセリューが不思議そうに首を傾げるが、彼は何も言わずに妹の口についたポップコーンのカスを拭う。セリューは知らなくていい事だ。これは、彼の意地でもある。

 

彼女が煮え切らない様子で目を瞬いていると、両サイドの入り口から選手が見えて、ウェイブの凛々しい声がマイク越しに響いた。

 

『東方、肉屋カルビ!西方、鍛冶屋タツミ!』

 

方や筋骨隆々とした大柄な男。被り物なのか何なのか、頭部だけ牛のようで、首から上だけ見ると正直人間かどうかも怪しい。

方やまだ成長途中と言える小柄な少年。鍛えられていることは分かる身体だが、それでもこの武芸試合には不釣り合いに幼い。恐らくは、参加者の中で誰よりも。

 

「あの子大丈夫かなぁ。怪我とか、しないといいけど・・・」

「怪我に関しては自己責任だろう。・・・それに、多分問題ない。──弱くはない」

 

少年──タツミを案じていると、横でミラルドが静かに言う。え?、とセリューがミラルドに聞き返す間もなく試合が始まった。

 

先に仕掛けたのは、大柄な男──肉屋のカルビ。振りかぶった拳をタツミに叩きつけようと強く一歩を踏み出す。一般人にしては洗練されたその動きは、彼が選手の中でもトップクラスの実力者である証だ。

 

しかし、タツミは焦ることなく斜め後ろに向かって跳躍し、アッサリとそれをかわす。結果、カルビの拳はタツミに触れることなく、ただ地面を無駄に砕くだけに終わった。初めの一撃だけで、片がつくと思っていたカルビの顔に驚きが浮かぶ。

 

「っ、な」

 

僅かに出来たその隙をタツミが見逃すはずも無く、空中で体勢を変えて、振り向きざまに蹴りを打ち込む。

咄嗟に胸の前で手をクロスさせ、威力を殺したカルビだが、それでも大きく後ろへ下がらされた。彼の巨体がアッサリと吹き飛ばされる様子に会場の皆が一様に驚きの声を上げる。

 

「クソッ」

 

悔しげに毒づき、間合いを一気に詰めたカルビは、タツミに向かって突きの連撃。自分より頭三つ分は背の高いカルビの攻撃に、しかしタツミは怯えることなく、至極冷静に拳をいなしていった。

 

攻撃し、受け流される。この繰り返しに、遂に痺れを切らしたカルビが一際力を込めた拳を放つ。

タツミはそれを待っていたと言わんばかりに、拳を振りかぶったことにより、空いたカルビの腹に重い一撃。更に、流れるような動きで、カルビの側頭部に向けくるくると回転の力をプラスした回し蹴り。

 

鈍い音が聞こえて、一白遅れてからカルビの巨躯が地面に沈んだ。

 

立ち上がって一際大きな声援を送る観客に、タツミは少しだけ照れくさそうに無邪気に歯を見せて笑い、ガッツポーズ。

 

「あ、あの子強いね・・・」

「相手が弱いのもあると思うが」

 

唖然とした様子で零すセリューに、ミラルドは大して表情を変えず平常運転。

しかしミラルドもセリューと同様、彼の実力には驚いた。それが顔に出ないだけで。

 

武闘の経験でもあるのか。彼の実力は、おおよそ普通に暮らしていて身につくレベルではない。何よりミラルドが気になったのは、彼の実戦に対しての落ち着きようだ。

あの若さで、油断や慢心をしている訳でもなく、あそこまで実戦に対して冷静なのは、少し異常だ。ミラルドやエスデスのように死線をくぐり抜けてきた者ならともかく、彼の職業は鍛冶屋。仮に危険種や猛獣相手と戦い続けていたとしても、獣と人では話が違う。

それほどまでに、ミラルドの目から見てもタツミは戦い慣れしていると言えた。

 

(・・・要注意、といったところだな)

 

──そしてそれは、ミラルドにとって警戒に値する。

 

あれほどの実力を見せたのだから、帝具使い候補はタツミで決定だろう。となると彼はイェーガーズの一員、未来の同僚になる可能性がある。

セリューは自分が悪と見なした者以外には、本当に警戒心が働かないので、妹の分もミラルドが注意する必要がある。

妹の為に彼がする事はただ一つ。怪しい素振りを見せたら、斬って捨てればいい。簡単な話だ。

 

「・・・お兄ちゃん?」

「ああ、なんだ」

「もうっ、聞いてなかったでしょ。だから、隊長がリングに下りてきたんだけど・・・。あんな予定あったっけ?」

 

自分の服の袖をくいくいと引っ張るセリューの視線の先を追うと、いつの間にかVIP席からリングへやって来たエスデスが、タツミと言葉を交わしている。司会のウェイブも動きが止まっているし、観客もざわついている。

は?、とミラルドも訝しげに琥珀色の目を細め、上司の意図を探ろうとして、彼女の頬が僅かに赤く染まっていることに気がついた。

──そう、さながら恋する乙女のように。

ミラルドは先日の彼女の言葉を思い出した。エスデスはこう言っていたはずだ。

 

 

『恋がしたい』と。

 

 

「おいまさか」

 

そのまさかだ、とでも言うようにエスデスは懐から金属製の首輪を取り出し──流れる動作でタツミの首につけた。

突然のことに驚き、暴れるタツミをエスデスは微笑みながら、首元に手刀。鮮やかに気絶させる。

 

そのままズルズルと荷物よろしくタツミを引きずって、その場を後にした。

 

 

 

──鍛冶屋の少年、本職は暗殺集団『ナイトレイド』のタツミは、幸か不幸か帝国最強の女将軍に惚れられてしまったらしい。

 

 

 

■ ■ ■

 

──完全に油断していた。

武芸試合に出場したはずが、気がつくと鎖で椅子に雁字搦めにされていたタツミは、硬い椅子の上で居心地が悪そうに何度も尻の位置を替え、そう内心で呟いた。

 

同僚のラバックに勧められ、故郷への仕送り額を増やすためにも、悪くない。そんなふうに思って武芸試合に参加したはずが、気づいたら帝国最強の女に気に入られ、敵の本拠地を置くである宮殿へ連れてこられるなんてどういうドッキリだ。

自分ではなくとも、動揺するし、警戒していたところであの場でどう逃げろと。

 

「という訳で、イェーガーズの補欠・・・、そして私の恋の相手となったタツミだ」

 

どういう訳だ、と心の中でタツミは呟いた。自分が気絶している間に、イェーガーズのメンバーは全員集合してしまい、もはや逃亡など不可能。

 

「隊長、市民をそのまま連れてきちゃったんですか・・・?」

「案ずるな。暮らしに不自由はさせない」

「・・・鍛冶屋を営んでいるんじゃないのか。そこはどうする」

 

ボルスの質問にアッサリと答えたエスデスに、ミラルドが追撃を仕掛ける。

しかし、これにもエスデスは迷うことなく瞬時に答えた。

 

「イェーガーズで働くんだ。辞めればいいだろう」

 

何を当たり前のことを、と鼻で笑う姿は女王そのものだ。自分が良ければそれで良し、まさにそれである。

 

「相変わらず自己中心の塊だな、エスデス。自分のことしか考えていない」

「へえ?珍しく、中々愉快なことを言うな。自分とセリューのことしか考えていない、ミラルド」

 

静かに言い合う二人から、いち早くウェイブが距離をとり遅れてボルスやランも逃げ始めた。まさかここでおっ始めることはないと思うが、相手は狂犬集団のツートップだ。何を仕出かすか分からない。

が、二人の一触即発の雰囲気はセリューが窘めるように、ミラルドの手を引いたことと、タツミが言い難そうに言葉を発したことにより壊れる。

 

「あ、あのー・・・お取り込み中のところ悪いんですけど、俺は宮仕えする気は全然ないというか・・・」

 

自身なさげに小さく手を挙げたタツミを顎でしゃくり、「こう言ってるが」とミラルドが言う。

エスデスはミラルドを意図的に無視し、口元に笑みを浮かべた。

 

「ふふっ。言いなりにならないところも、染め甲斐があるな」

 

いや、人の話聞けよ。帰してくれって言ってんだよ。

 

そう思うが、そんなことを言ったらタツミの身の安全が本格的に保証されなくなるので、大人しく口を閉じる。触らぬ神に祟りなしだ。

 

「ふむ。それじゃあまずは、タツミに皆の実力を見せたいところだが・・・」

 

話を無視されながらも、どうにか逃げようとしているタツミがあまりにも哀れだったので、ランが首輪だけでも外すように促した。

エスデスはタツミの首輪を慣れた手つきで外し、顎に手を当てた。そうそう都合よく仕事はやって来ないし、もういっその事一人ずつ組み手でもさせて見るか、なんて考えていると慌ただしくドアが開き、エスデスの前で止まるとビシッと敬礼。

 

どうやら、都合よく仕事がやって来たらしい。

 

「エスデス様!ご命令にあったギョガン湖周辺の調査が終わりました!」

「・・・そうか。タイミングがいいな」

 

エスデスは口の端を釣り上げて獰猛に笑い、部下から丸まった地図を受け取った。それをテーブルの上に広げると、顔を上げて、満足そうにイェーガーズの皆と目を合わせる。視線から何かを悟り、全員の表情がそれまでとは一転して真剣味を帯びる。

 

「──お前達、初の大きな仕事だ」

 

その変わりように、タツミは思わず息を飲んだ。しかし、考えようによっては、この状況は非常に好機。

 

イェーガーズの一人一人の戦闘力や、未だ未知数のミラルドの実力を知れるチャンス。イェーガーズの帝具の情報を掴み、何としてでもナイトレイドのアジトに持ち帰る、それが今タツミのすべき最善の行動だ。

情熱は大切だ。しかし、熱いだけでは生き残れない。タツミの尊敬する彼はそう言っていた。決して焦ってはいけない。自分はヒヨッコとはいえ、暗殺者なのだから。

 

「タツミ、お前も着いてくるんだぞ。よく聞いておけ」

 

お前に皆の実力を見せることが目的なのだから、と付け加えるエスデスにタツミは心中でガッツポーズ。計画通り、という訳ではないが、都合のいい方に話が転がった。

タツミはその事を顔に出さないよう注意し、驚きと緊張が混じった未熟な少年・・・を、演じた。

 

「最近、ギョガン湖に山賊の砦が出来たのは知っているな」

「もちろんです。・・・帝都近郊における悪人達の駆け込み寺・・・苦々しく思っていました」

 

ギリ、と音が聞こえるほど歯ぎしりをするセリュー。

悪の代名詞とも言える賊達の溜まり場だ。一刻も早く根絶やしにしたいと思っていたが、帝具使いであっても、警備隊・・・それも下っ端だったセリューにそんな権限はない。

それを、ようやく殲滅する機会を手に入れたのだ。これがどうして笑わないでいられるだろうか。

 

「あはっ、あははっ。・・・悪を、やっと悪を殺せる。綺麗に出来る。正義を執行出来るんだ・・・!お兄ちゃん、見ててね。私凄く強くなったんだからっ」

「無理しない程度に頑張ってくれれば、それでいい」

 

ミラルドは胸の前で小さな拳を固めて、気合十分なセリューの頭を撫でる。一人で突っ走りがちなセリューは、色々心配なことが多い。無理するな、と言ってもどうせ聞かないだろうから、無理させる状況に追い込まなければいいのだ。

 

暗に、躊躇いなく殺せる発言をするセリューにエスデスはどこか嬉しそうに笑い、対照的にタツミやウェイブは顔を引き攣らせる。

 

「出陣する前に聞いておこう。一人数十人は倒して貰うぞ。これからはこんな仕事ばかりだ。きちんと覚悟は出来ているな?」

 

エスデスら地図上のギョガン湖付近をぐしゃり、と握り潰す動作をした。『倒す』なんて生ぬるい言い方をしたが、ようは大量殺人の覚悟があるかを聞いているのだ。セリューやミラルドの行動原理は、もう分かっている。セリューはそれが悪だと思えば、躊躇いなく・・・むしろ嬉々として行うだろう。ミラルドは妹がそれを是とすれば、悪だろうが善だろうが、殺すことも、もっと酷いことでもしてみせる。

 

一番最初に、答えたのはボルスだった。

 

「私は、軍人です。命令に従うまでです。このお仕事だって・・・──誰かが、やらなくちゃいけない事だから」

 

覆面の上からでも分かる、暗い雰囲気を見せたボルスだが、それでも戦う覚悟はあるのだろう。エスデスはそう判断した。

 

「同じく・・・ただ命令を粛々と実行するのみ。今までも、ずっとそうだった」

 

次いでクロメが自身の帝具、八房を撫で静かに答えた。言葉は短いが、そこにはミラルドと同じように感情の乏しい彼女なりの覚悟が見えた。

 

「・・・俺は、大恩人が海軍にいるんです。その人にどうすれば恩返し出来るか聞いたら、国の為に頑張って働いてくれればそれでいいって・・・・・・。だから、俺やります!もちろん命だってかける!!」

 

今回の招集に答えたのもそれが原因だろう。

エスデスが一番殺せる覚悟を疑っていたのがウェイブである。帝国の闇を知って心優しい彼がどう出るか分からないが、この分だと寝返るようなことはないはずだ。

 

「私はとある願いを叶えるために、どんどん出世していきたいんですよ。その為には、手柄を立てなくてはいけません。こう見えて・・・やる気に満ち溢れていますよ」

 

手に持っていた本をパタンと閉じて、ランは怪しい笑みを浮かべた。エスデスのように絶対的な覇気を纏っている訳でもないのに、何故かタツミは背筋が寒くなる。

 

野心を堂々と語るその姿は、エスデスにとって好感が持てる。そこまで聞いて、まだ黙ったまま我関せずを貫いているスタイリッシュに声をかけた。

 

「ドクターはどうだ?」

「フッ、アタシの行動原理はいたってシンプル。それはスタイリッシュの追求!!・・・お分かりですね?」

「いや分からん」

 

胸に手を当てて、キラリと目を光らせるスタイリッシュをエスデスはバッサリ切り捨てる。

元より彼のことは、自分やミラルドとは方向が違えど、同じ狂人だと思っていたので、そこまで心配してはいない。

彼は意気揚々と続きを語りだすが、いつ終わるか分からないのでエスデスは「もういいぞ」と話を止めた。

 

「ともあれ、皆迷いがなくて大変結構」

 

スライディングの体勢に移ろうとしていたスタイリッシュを放置して、エスデスは帽子を目深に被り直した。

 

 

「──それでは出撃!」

 

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

「・・・着きましたね」

「あら、結構素敵な場所に住んでるのね。スタイリッシュじゃない」

 

タツミと二人で観戦と洒落こんだエスデス達を除いた七人はそびえ立つ砦、そして目の前に広がる長い階段を前に馬から降りた。階段も馬で登れないこともないが、自分の足で歩いたほうが圧倒的に早いし、そもそもこのメンバーだと戦闘になると馬が邪魔になる者のほうが多いからだ。

 

作戦は既に道中に決めた。正々堂々、正面突破。セリューが提案した作戦とすら言えないものだが、山賊程度正面から戦って勝てなければ、特殊警察なんて名乗れない。反対の声は聞こえなかった。

 

皆落ち着いた様子で階段を登っていると、上から仮面でくぐもった男の声が聞こえる。仲間を呼んでいるらしい。

 

「敵だ!皆集まれ!!」

 

その瞬間、正門からバタバタと音を立てて各々の武器を持って数十人の男が出てくる。

 

「おいお前たち、ここがどこだか知ってて来てんのかぁ!?」

「正面からとはいい度胸じゃねぇか!!」

「生きて帰れると思うなよ!!?」

 

威勢よく罵声を浴びせる男達の後ろで震えている者たちがいるのは、ミラルドの軍服がエスデス軍のものだと分かっているからだろうか。

 

何れにせよ皆殺しには変わりないか、と考えていたミラルドの脳内が、次の瞬間真っ赤に染まった。

 

 

 

「うっはーっ、可愛い女の子もいるじゃねぇか。・・・たまらねぇな。連れ帰って楽しもうぜぇ」

 

 

 

セリューのことを言っていたのか、クロメのことを言っていたのか、あるいはその両方か。いや、挑発のつもりかもしれない。

どちらにせよ、男の言葉はミラルドの逆鱗に触れるには充分過ぎた。

 

 

連れ帰って、楽しむ?何を?誰が?

セリューで、()()セリューで何を考えているというんだ、この男は。山賊風情が、図に乗るなよ。

 

 

──どうやら、余程死にたいらしい。

 

 

 

「俺の妹を、汚い目で見るなよ」

 

 

 

鮮血の花が咲いて、男達は断末魔を挙げる時間すら与えられずに事切れた。

 

 

 

 

 

 

「っ、何が起こったんだ・・・」

 

離れた崖に腰をかけて、目を凝らして彼らの様子を見ていたタツミは、突然のことに目を見張った。

山賊が下衆な顔で数言話したかと思えば、次の瞬間にはいつの間にか虚空から取り出した、金の大剣を持ったミラルドを中心にして男達が倒れふしていたのだ。あの出血では恐らく、命がある者はいまい。

 

たったの数秒で数十人の成人男性を屠った彼の速さは、もしかするとあのアカメよりも速いかもしれない。

 

(アレが、帝国の副将軍かよ・・・っ!)

 

血溜まりにいるミラルドが、一瞬こちらを見た気がしてタツミはぶるりと身体を震わせた。

カタカタと震える手を無理やり押さえつけるタツミに、エスデスが疑問符を浮かべる。

 

「どうした?タツミ」

「・・・ぁ、いや、何でもないです・・・」

 

ビビってる場合じゃない、そう自分を奮い立たせて、彼らの様子に目を向ける。ミラルドが斬り殺したおかげで開いた門へ、いつもの義手ではなく大砲を腕に付けたセリューが穴を開けた。広がった道をセリューとクロメの二人が我先にと中へ滑り込み、遅れてウェイブやミラルドも突入する。

残ったラン、スタイリッシュ、ボルスで中から逃げ出した者を片付けているようだ。

 

しかし残念な事にランやボルス以外、ろくに帝具の能力を使わないため、情報も中々集まらない。

ミラルドやクロメは帝具を使っているのだろうが、能力は使用していないし、ウェイブに至っては体術で片付けてしまうので、帝具の形状すら分からない。

 

そうこうしているうちに、イェーガーズが攻め入ってからあっという間に砦は地獄絵図と化した。逃げ惑う人やら、痛みに転げ回る人やらで、まさに阿鼻叫喚。

 

「すげぇ・・・」

「タツミ。お前は、私が育てる。これくらい出来るようになるぞ」

 

エスデスは座っていた岩から立ち上がり、長い髪を後ろへはらった。

 

正直、ナイトレイドの皆から聞いていたイメージとは大分違う。もっと凶悪な人を想像していたが、会ってみれば部下にも優しかったしタツミ自身にはもっと優しい。

これは革命軍側に勘違いがあるのではないだろうか。自分に好意を抱いているのなら、もしかすると、案外話し合えば革命軍に引き込めるかもしれない。そうすれば、戦力はぐっと上がるし、逆に味方の被害は大幅に減る。

そしてあのエスデスの説得が可能なら、きっとミラルドだって分かってくれるかもしれない。

話し合いの余地があるかもしれないのに、ただ殺し合うなんて愚の骨頂。

今までのことを反省し、新国家誕生に尽力してくれればいい。

 

 

 

(俺はやる。やるぞ・・・!必ずこの人達を説得してみせる・・・!!)

 

 

 

そんなふうに誓い、拳を小さく天に突き上げた。ナイトレイドの皆が驚き、そしてタツミを賞賛する様子が今から想像出来る様だった。

 

──暗殺者として未熟なタツミは、まだ知らなかった。エスデスやミラルドが、どれほど手遅れな狂人なのかを。

 

 

 




勝手ながら、しばらく更新を中断させていただきます。
詳しいことは活動報告のほうに書きましたので、そちらをご一読ください。

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