インフィニットサムライズ~Destroyer&Onishimazu~ 作:三途リバー
突如として姿を現し、無人機を屠った上訳の分からぬことを喚き始める男を前にして斑鳩は混乱の極地にいた。
「何を…何を言っている!」
ARuMのディスプレイ機器には、眼前の緋色のISのデータが次々と浮かび上がって来るが、その情報がまた斑鳩を混乱させる。
(登録名は緋縅…日本、十月機関製の島津豊久専用機…主武装は近接ブレード2本に小銃一丁…のみ!?と、特殊兵装を何も持たずにここまで来たのか!?)
もしこの情報が正しければ、島津豊久は馬鹿としか言えない近接極振りの武装で、無人機を5機、そして今目の前で3機の計8機撃墜したということになる。あれらはいくらモンド・グロッソ歴代出場者のデッドコピーとはいえ、そこらの学生よりは遥かに洗練された殺戮マシンだ。それを教師の援護もイメージ・インターフェースによる固有兵装もなく、単純に腕だけで斬り捨ててきたのか。
「ふ、ざ、けるなァァァ!!!!」
認められない。男の分際で、ISに乗れるというそれだけで祭り上げられている人間が、このような実力を持っているなど。
「貴様らは、貴様ら男は!地を舐め泥を啜り、ISに乗ることが許された崇高な人間の風下を無様に這いつくばっていれば良い!いや、生きていることすら有難いと思え!世界を変えるのは、守るのは我ら選ばれた人間だ!!」
幼少期から思想、戦闘、潜入など各方面の教育を「組織」によって施され、刷り込みを行われた斑鳩は豊久に過剰なまでの嫌悪を示す。自分自身のアイデンティティを根幹から崩しかねない男性操縦者は、決して許しておけない存在なのだ。
「絶対に…殺してやる!!」
手にした長剣を振りかざし、斑鳩は突っ込んでくる汚物を迎撃した。
▅
ドヒュウッッ!!
意を隠そうともせず、豊久は全力でブースターを吹かした。小細工も何もない全力の一撃を叩きこまんと緋縅は彼我の距離を詰めていく。
「ッッ──!!!」
絶対防御ごと断ち切るつもりで大上段からの一刀を放つが、敵は斜め後方へと飛び退ってそれを躱した。勢いを殺さず咄嗟に片手で切り上げたが、それは敵の長剣に阻まれ、豊久が刀を構え直す頃には敵との距離はまた元のように開いてしまっている。
「
地面に足がついておらず、文字通り360°全方位に動き回れるIS同士の戦闘に豊久はまだ慣れていない。そもそも、一撃必殺を旨とする豊久の刀法と基本的に中遠距離での差し合いが多いIS戦闘はお世辞にも相性が良いとは言えなかった。
「オオオォッッ!!」
だからと言って弱腰になるほど、豊久は
「低脳が…そんな単純な動きでッ!!」
身体ごとぶつかりにいく勢いで突っ込み、相手を下がらせない。滅茶苦茶に刀を叩きつけているようで、全ての動きが次の行動の予備動作。面打ちと見せての地を這うような脛切り、諸手突きからの小手と、嵐のような連撃を叩き込んだ。
しかしその尽くが空を切り、或いは剣に阻まれる。敵は当初の焦りも鳴りを潜め、余裕の笑みを深めていた。そのニヤケ面を潰そうと繰り出した刃も、あえなく火花を散らして弾かれた。その衝撃で波片が豊久の手から離れる。
「他愛なし!!」
勝ち誇ったような声と共に繰り出されたのは、馬鹿正直でこれ以上ない殺意を乗せた渾身の突き。刃で分子振動が起きているのか、微かに駆動音のような歪な音が耳朶を打つ。
小太刀を引き抜く暇はない。豊久の胸に不可避の刺突が迫り、そして──
届くこと無く、真横へ吹き飛んだ。
「ぎィっ……!?」
脚部のブースターを利用して放つ、全力の中段蹴り。
たかが蹴りと侮るなかれ、絶対防御を無効化する『狂奔征葬』を発動した上での一撃は鎧を着た上から爆発的な推進力を得た鉄塊をぶつけるのと同義である。喰らえば肋骨は砕け散り、内臓はその破片に切り裂かれるという地獄の苦しみだ。
我武者羅に見えた連続攻撃も、波片をわざと手放したのも、全てはこの一撃を伸び切った無防備な土手っ腹に叩き込むため。
攻め手を潰し、攻撃手段を奪い取るという誰がどう見てもトドメの一撃を食らわせる機を相手にくれてやるため、豊久は今の今まで動き回っていた。
一刀必殺と評される薩摩の剣術は、初動の一撃に全てを賭け、より速く、より力強い最初の一撃を繰り出す為だけに磨き上げられる。
薩摩の剣に二ノ太刀要らず。
誰もが聞いた事があり、誰もがそう認識しているからこそ豊久はその思考の間隙を突くことに力を注いだ。一撃になにもかもを込め、それを外せば潔く敗北を受け入れるという「常識」を根底から覆す。
全身全霊の一撃を外された後の一撃こそ、勝負を分ける一重の紙。
島津家中において、王道にして詭道を謳われる豊久の真髄だった。
「はン、他愛なか」
言い捨てた豊久の視線の先にはひしゃげたISとその隙間に咲く赤い花。それを見つめる瞳はどこまでも冷えきり、寒々としたものだった。
▅
菅野直、セシリア・オルコット、島津豊久によるクラス代表決定戦と予期せぬ襲撃事件の幕切れは、あまりにも唐突で呆気ないものだった。
生徒の中には襲撃の恐怖やその主犯が新入生の1人であることなどにショックを受け、体調を崩すような者も少数ではあるがいた。
これが普通科高校での事件であれば世界規模のニュースになってもなんらおかしくはなく、事実この日から数日間IS学園には警察や軍、十月機関に野次馬のマスコミまで大量の人間が押し掛けた。もっともそれらは世界最強が『生徒に余計な不安を与えたくない故最低限の人数で来い』と凄みながら追い返したが…。
ともかく、新学期の授業など到底言っていられないすったもんだの大騒ぎになる
しかし実際は1週間の全学年休校とアリーナにいた生徒達、そして襲撃の主犯である斑鳩憂佳のクラスメイトである1年1組に事情聴取が行われただけで事態は収束とされた。杜撰な対応と世間から詰られそうな顛末であるが、この短期間の収束に漕ぎ着けたのは1人の功名餓鬼の存在が大きい。
無人機5機を格納庫で瞬く間に破壊し、アリーナへ突入して同じく3機を撃墜。更には主犯を無力化して捕らえるという衝撃の報は、生徒達の恐怖も不安も、ありとあらゆる感情をなにもかもかっさらって爆発させた。
即ち……
「ね、ねね!君があの島津豊久くんだよね、『テロ潰し』の!」
「初めて乗った専用機であんな動きするなんて、どうやったの!?もしかして島津先生の弟さんだからISには慣れてたとか!?」
「こ、怖くなかったの?死ぬかも知れなかったんでしょ?絶対防御があるとは言えさ…」
「すっごいカッコよかったよ!ピンチに助けてきてくれるヒーローみたいでさ!」
「何言っちゅうか分からんわ!いっどに話すな!!」
花の10代の皆様方は客寄せパンダに一段とお熱に御成りあそばしたのである。学園が襲われたという恐怖など吹き飛んで忘れてしまうほどに、豊久の活躍は衝撃的だったということだろう。校長室で事情聴取を受け、のべ10時間以上の拘束から解放された豊久はもうどこに行っても女子生徒に付きまとわれて質問攻めだ。これなら校長室で清明と怒鳴りあっていた方がまだマシと思うほど、豊久の元を訪れる者が後を絶たない。
いつもならそのガス抜きの相手になる直は直で、国家代表候補生から大金星をもぎ取るという快挙で揉みくちゃだ。というか「ナオシーとマンツーマンでお話できる整理券」なるものを配布し始めた同居人のせいで、下手をすれば豊久よりも拘束時間が長い。今日も寮の1945号室からはバカヤロウ本音コノヤロウ、と叫びが響き渡っている。
総評して、IS学園の混乱は男性操縦者2人を人身御供に、当初の見込みより遥かに小規模に収まったと言える。
「なんじゃあ、あん奴ら!!本のこつ
乱暴に自室のドアを閉め、豊久が憤慨する。食堂で夕飯を取ろうにも一歩廊下へ出ればたちまち女子に囲まれ質問攻め。安息の地は最早室内だけなのだ。今日も虚しく購買のパンを部屋で齧る羽目になった。
「それだけお前の仕出かしたことが大きいということだ」
それに巻き込まれ、島津君って部屋ではどんななのー?とかいいないいな部屋変わって欲しいなぁとか言われまくっている箒も、相当フラストレーションが溜まっているようだった。おちおち武道場で剣道に打ち込むこともできず、最近は室内で木刀を振るようになっていた。
「お前はお前で何をそがいに怒っちょる」
「別に怒ってなどいない」
「眉間に皺寄っとるど。まぁ確かにあん金髪の首奪るち約束は守れんじゃったのは俺が悪かが」
「あのなぁ、そういうことではないのだ!」
「じゃあどけんこつだよ」
本当に分からないという風に小首を傾げる戦馬鹿に、箒は溜息を吐きながらも上がる口角を抑えきれなかった。
怒りはともかく、箒が内心モヤモヤとしたものを抱えていたのは事実である。しかも当の豊久絡みのことだ。
(あの戦いぶりを見て…正直、恐ろしいと思った。変わっていないと、昔のままだと確かめた筈の豊久が全く別の人種になっている気がして…)
異様なまでに勝利に執着するのは昔からだったが、この一連の騒動で豊久が見せたそれはかつての箒の記憶にあるものとは一線を画していた。アリーナから遠目で見ても分かるほど楽しそうに、嬉しそうに笑って刀を振るうかと思えば、一転して氷のような冷たさで相手を圧殺する。幼馴染の忠豊と、入学以来共に過ごしてきた豊久、そしてISに乗る豊久。そのどれもが僅かに合致しないような、微妙な違和感を感じてしまっていた。
(だが文句を言いながらも
「なんじゃ、怒ったい笑ったい。おかしか奴じゃな」
心中で文句を垂れつつも、箒はこの感覚に安心していた。幼い頃に感じた空気感そのものだったからだ。豊久の言動ひとつに心をときめかせ、そして勝手に裏切られ、一喜一憂してそれを豊久に笑われる。心が擽られるようなこの感覚が恋だと気付いたのはいつだったろう。
(全く、この馬鹿者は…心配などでは決してなく、本気で不思議に思っているのだ。本当にタチが悪い大馬鹿者だ。だ、だが…ぅ……そ、そこが、こいつの良いところ、だが………)
その大馬鹿者に首ったけな自覚がある分、箒の頬は際限知らずに紅潮していくが豊久がそんなことに気付くはずも無い。相も変わらず不思議そうに首を捻るだけである。
「はぁ、なんでもない。もう今日は寝るか。明日から授業も再開だ」
「応、そうするか。俺は金髪と直と
「暫くアリーナは使用禁止だろうっ!?大体お前も菅野も専用機を精密検査で回収されたろう!」
「したらば打鉄でんなんでん引っ張り出してやり合えば良か」
「どうしてそうなるっ!?」
心の靄が吹っ切れた箒と豊久、幼馴染の夜は慌ただしく過ぎていった。………………………………………部屋の扉に耳をへばりつかせる生徒達に気付くことなく。
▅
一方、もう1匹の客寄せパンダはげんなりとしながら屋上で夕食のメロンパンを齧っていた。
豊久があの斑鳩をぶちのめした後、2人して事情聴取を受け、それが終わったと思ったら女子に囲まれあの騒ぎだ。食堂にいるとろくに食事も出来ないし、校外に出れないため食材を買い込んでの自炊も不可能。部屋には整理券を配布してがっぽり儲けている不思議パジャマがいるし、直はもうこの屋上だけが安息の地なのだ。
本来なら立ち入り禁止のこの屋上だが、施錠されていた鍵をぶん殴ってこじ開けたためかえって誰にも邪魔されぬ悠々自適の場と化した。
ここで冷えきった菓子パンを齧り、持ち込んだ小説を読むこの時間だけが直を癒してくれる。
「やはりここでしたわね」
そんな安息も、たった今壊されたわけだが。
「……」
声をかけてきた女に見向きも答えもせず、空を夜空を眺めたまま直はパンを食べすすめる。相手も端から返事など期待していなかったようで、断りもなく隣へ歩を進めてきた。この金髪はシールドエネルギーがほぼ尽きている状態で観客席の生徒を守るために絶対防御を発動し、全身打撲の傷を負った筈だがそやな素振りは全く見えない。IS学園のナノマシン治療の技術力か、はたまた貴族様の精神力か。
「罵倒しませんのね。この哀れな敗北者を」
相手も直を見ない。ただ空を、遠くを見ているようだった。
「どこかの誰かと違って、何かを踏みつけてなきゃあ気が済まねぇほどガキじゃねぇんだよバカヤロウ」
「そうですか。では私も存外子供ではないというところをお見せしなくてはなりませんわね」
そう言って、金髪のイギリス人は流麗に膝を折り、頭を下げた。
ひねくれてあらぬ方向を見ていた直が思わず視線を向けてしまうほど、その動きは深い。
「このセシリア・オルコット、あなたに働いた無礼の尽く、心よりお詫び申し上げますわ。あなたの怒り、あなたの国、そしてあなたの戦う理由。それらを勝手な色眼鏡で見た挙句の暴言の数々、謝って許して頂けるとは思いません。ですがどうか、謝罪させてくださいまし」
「…………人を見下す以外に、その頭が使い道あったのかよ」
「そう言われても仕方ありませんわ。私は知った…いえ、知ってしまったのです、
頭を下げ続ける金髪に、それを見つめる直。重い沈黙が二人の間に流れるが、それを断ち切ったのは直だった。
「勝手に人の心の内覗きやがってコノヤロウ」
「それは…いえ、申し訳次第も…」
「そこはお互い様って言い返すとこだろうがバカヤロウ」
くつくつと、悪戯が成功したように笑う直。ぽかんと口を半開きにする金髪をよそに、ツボにハマったのか次第にその笑い声は大きくなっていく。
「だっはははははは!!なんだそのマヌケ面!だはははは!!」
「な、あなたの冗談は分かりにくいんですの!と言うかお互い様とは…」
この学園に入ってから一番の清々しい気分に、直の笑いは止まらない。抗議の声もむなしく、夜空に楽しそうな声が響き続けた。
▅
ずどん。
自分の心が撃ち抜かれる音を、生まれて初めてセシリアは聞いた。
切れ長の瞳の流し目に、怒りや恨みを飲み込んだ涼やかさと子供っぽさが同居する不思議な笑顔。目だけで此方を見て笑う菅野直に、セシリアの胸に大きな穴が開いた。
「お、お互い様とはどういうことです!」
その穴に流れ込むかのように全身の血液が目まぐるしく回りはじめ、身体中が熱っぽくなる。夜でなければ顔の赤さをもろに見られてしまっていただろう。夜の帳に感謝しつつも、セシリアは己に芽生えた感情に必死に抗いながら言葉を紡ぐ。
「あぁ?俺もテメェの親事情やらなんやら見せられちまったんだよ。お互い墓場まで持ってくぞコノヤロウ」
あぁ、駄目だ。
一言会話を交わす度に、彼の一言一句を聞く度に、空いた穴から温かさが零れる。セシリアの全身を包み込んでいく。
(もう認めるしかない。私は、セシリア・オルコットは、この方のことが………)
直が踵を返し、非常階段の扉を開ける。セシリアが咄嗟にその背に声を投げたのは、半ば無意識のことだった。
「あ、あの!」
振り返ることなく、しかしノブを掴んだその姿勢のまま直は続く言葉を待つ。
「その、えと…あ、あなたの輩に相応しき淑女となるべく、精進いたしますわ!それではおやすみなさいませ、菅野さん」
何を言ってるのだろうとは自分でも思うが、それでも今のセシリアにはこれが限界だ。誤魔化すように別れの挨拶を告げて髪を弄るが、忙しなく体をゆすって落ち着かない様子は誰がどう見ても恋する女の子である。
「菅野ってな、姉ちゃんと紛らわしいンだよ。別の呼び方にしやがれコノヤロウ」
「え」
それだけ言い残し、今度こそ直は暗がりに姿を消した。
屋上に残るのは、完全に不意をつかれて固まるセシリアのみ。その口から滑り落ちるのは、蕩けたような甘い声音。
「…直、さん……」
オルコット家13代目当主、セシリア・オルコット16歳。
その赤い実が、極東の地で弾けたのだった。
「新聞部の号外、号外ーッ!男性操縦者島津豊久、同室の篠ノ乃箒と深夜の痴話喧嘩!夜遅く寮に響く2人の声の原因は!?更に夜が耽け、熱っぽく島津氏を呼ぶ篠ノ之氏の声!幼馴染の間に何が!?」
「うわぁぁあぁぁぁああぁぁぁッッッ!?!?!?そんなもので号外を組むなっっ!!というかあらぬ事を書くなぁっっっ!!」
「じゃっどん箒、お前ん寝言はうるさかぞ。俺の名ぁばっかり呼んじ、毎度起こされるど」
「だだだだまればかもにょぉぉおっっっ!!」
代表決定戦だったナニカはこれで終了です。
次回は襲撃の後始末やらISやら人間関係の掘り下げやらで一服おいて、その次で遂に第2章突入です。ここまで来るのに死ぬほど時間をかけてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
今後の執筆速度の目標としては、この夏までにシャルロット出したいです…(弱気)
※オルコット家について、セシリアが何代目の当主なのか調べても不明だったため自己裁量で「13代目当主」としています。正確な情報をご存知の方がいましたら、一報下さると幸いです。
次回
お片付け
兵器か翼か
不退転
『BLACK OUT』