インフィニットサムライズ~Destroyer&Onishimazu~   作:三途リバー

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第6幕 情熱は覚えている

自分を見下ろす翡翠の鋼鉄。

操縦者の顔は逆光で見えず、その表情を読み取れないが恐らくはこれ以上ない嘲笑と侮蔑で塗れているだろう。

己にそれを無礼と言う資格はない。決闘を挑み、そして正面から激突し敗北した自分には。

 

「私の、負けですわね…」

 

しかし、セシリアの心はどこか晴れやかだった。あれほど蔑んで拒絶した男に一蹴され、これ以上ない無様を晒して尚、彼女の胸の内は明るい。

 

(私は…この()に抗せるほどに、戦う理由を強く持てていたでしょうか)

 

オルコット家の当主でありながらISの登場により立場を弱くし、常に母や周りの女性に怯えて過ごしていた父。尊敬し、慕っていたからこそ彼が見せたそんな姿に絶望し、セシリアは男という生き物を見限った。

どれだけ誇りを持っていると言っても、世の機運が変わればそんな矜恃はすぐさま折れる。拠り所を亡くした人間の、いや男の弱さを醜いと思ったのだ。

 

だからセシリアは菅野直が、島津豊久が男のIS操縦者として持て囃されるのが我慢ならなかった。どうせ周囲にチヤホヤされて自分が特別だと思い込み、増長していく。そんな姿を容易く想像出来たからこそ、自分はそれに抗わなければと思い込んだ。

 

だが、菅野直は違ったのだ。

彼はISを使いこなせるようになったからと言って喚いていたのではない。誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けていたのではない。

それを、最後の一撃で思い知らされた。

大技を喰らい、地面に縫い付けられた瞬間セシリアの心の中に流れ込んできたのは直が溜め込んでいた怒りや憎しみ、そしてそれの支配を拒絶しようという強い心。

 

『怒りもある、憎しみもある、だがそれに従っちゃあ姉ちゃんを傷付けた連中と同じだ。俺は空を飛んで、飛び続けて、この姿を見せ付けて!菅野麻耶の、菅野直の夢はまだ墜ちてねェと思い知らせてやる!!』

 

ISのコアを通しての心のリンク…。

理論上唱えられているその現象は夢物語と切り捨てていたが、あの時流れ込んできた痛々しいまでの決意は夢などでは決してない。

 

セシリアの感情も、向こうに伝わったのだろうか。

わからない。だが、確かなのは──

 

「なんて顔をしてますの……勝ったのは貴方ですのに」

 

「るせェ、てめぇこそ負けた癖に随分清々しいツラしやがって。ムカつくぞバカヤロウ」

 

倒れたままの自分に向かって手を差し出す少年、菅野直。

彼の手を取りたいと、心の底から思うということだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直とセシリアが激闘を繰り広げ、アリーナが沸きに沸いている頃。

豊久が待つ倉庫には厳重に警備された大型のトラックが搬入されていた。

 

実銃で武装した警備員に囲まれて鎮座する()()はさながら箱入り娘。

 

「……良か!」

 

満足そうに笑んだ豊久の前にあるのは、ISと言うよりかは甲冑に近い緋色の機体だった。

通常のISは搭乗者の手足を延長するようなデザインであるのに対し、この専用機はその主流とは全く逆を行っている。

 

肩、腕部、腰、脚部を密着して覆うような最低限のアーマーと背中と足にそれぞれ2つのスラスター。そして、その左腰には無骨な野太刀。

豊久の為だけに作られた第三世代ISが、とうとう主の前に姿を見せる。

 

「良か、良かISじゃ」

 

ニコニコというには些かギラつき過ぎている笑顔を見せる戦馬鹿に、1人の若い男が声をかけた。

 

「時間がありません。説明は手早く済ませましょう、豊久殿」

 

「おぉ、晴明!お前も来とったんか」

 

「えぇ、開発責任者は私ですから。紫電とは違い、私が自ら生み出して()()()()忌み子…その初陣くらいは目に焼き付けねばと思いましてね」

 

安倍晴明(はるあきら)、通称せいめい。

日本IS協会無き後、「ISの原点に立ち返った開発・運用を」との理念の下設立された十月機関の長である。

男ながらISへの造詣は深く、開発者たるかの天才と渡り合えるほどの知識を持った傑物だ

現在は軍事一辺倒となってしまったISの宇宙開発への転用を推進すべく奔走している。

有り体に言ってしまえば、豊久とは正反対の位置に立つ男だった。

 

ISの軍事兵器化を憂い、本来の宇宙開発用パワードスーツとして用いるよう兵装などの簡略化を推し進める彼が、己の信念を曲げてまで敵を打ち倒すことのみに特化したISを造り上げた。

男性操縦者という存在の大きさがこの一事からも伺えるだろう。

 

ISを戦の為の武具のひとつとしか見ていない──正確には世の中のありとあらゆるものを戦に活かす天才というだけなのだが──豊久に対する言葉には、どこか刺々しいものが含まれていた。

 

「久方ぶりだな。弟が長らく世話になった」

 

「これは千冬殿。ご荘健そうでなにより、此度は納入が遅れに遅れて申し訳ない」

 

「いや、そもそもの発端は愚弟の我儘だ。気にしてくれるな」

 

千冬も、彼と握手をしながらその眼光は端正な顔を貫かんばかり。

 

弟をモルモットに新規ISの開発実験を行い、あわよくばコアについての解析を進めんとする日本政府、並びに十月機関の思惑に気付いていない筈がない。

双方、腹に刃物を呑んでの茶番である。

 

「機体について簡単に説明を。この機体には豊久殿が入学までに乗った打鉄のデータが取り込んであります。戦闘スタイルは無論のこと、本人も気付かぬような細かい癖まで完璧に把握して1歩目から最高速の行動が可能です。また、打鉄搭乗時に仰っていた『空中での斬撃は足腰に踏ん張りが効かない』との点についても、スラスターの取り付け位置を工夫して限りなく自然にこなせるようにしてあります。ご要望に沿って速度を重視し、防具は極限まで廃しました。瞬時に敵の懐に潜り込んで一刀を叩き込む…ISと言うよりかは、貴方がISを相手取るための鎧ですね」

 

滔々と晴明が言葉を並び立てていく。

開発コンセプトが本意でなかろうが、搭乗者の意思を尊重して持てる技術を全て注ぎ込んだのはIS技術者の矜恃ゆえか。

秀才・安倍晴明が造り上げたのは鬼島津の理想を体現した究極のワンオフ機。

 

名を、緋縅(ひおどし)

血よりも赤く、火よりも紅い、まさに緋色の甲冑である。

 

「武装はご覧の通り最低限しか取り付けられていません。メインウェポンとなる野太刀型の近接ブレード、波片(なみのひら)はかつて千冬殿が使われた雪片の後継機。柄の部分には超小型エネルギーコアが内蔵されており、この動力だけでかなりの切れ味を出せます。並の質量兵装なら一撃です。また、予備に同様の機能を有した小太刀を一振、背面には無いよりマシと近中距離用の小型エネルギー銃をマウントしてありますがこれについては……」

 

開発者、それも日本IS界の重鎮直々の説明などいくら金を詰んでも受けられるものではないが聞いている当人はどこ吹く風。

今すぐにでも飛び出したくてたまらないと言った風に、うずうずと忙しなく愛機を眺めている。

それはさながら、年端も行かぬ少年が新しい玩具を前に我慢が効かなくなっているようである。

 

「難しか話しは今は良かっ!飛んでみねば分からんど!」

 

「……姉君に暮桜を渡した時も、全く同じことを言われましたよ」

 

第1回モンド・グロッソに先立って島津千冬の専用機開発に携わり、その納入に立ち合った晴明の顔があからさまに引き攣った。

 

このようなことで姉と弟の血の繋がりを感じさせなくとも…

 

「慌てるな馬鹿者。おい十月、こいつを第三世代と言ったな。一見すると後付武装(イコライザ)を持たせただけに見えるがどういうことだ」

 

ISには第一、第二、実験途上の第三、そして理論上のみの第四と4つの世代が存在する。

兵器としての完成を試みた第一世代は既に殆どが退役し、兵器の換装により戦場での対応力を向上させる第二世代が現在の主流だ。

第三世代は操縦者のイメージ・インターフェイス…つまり脳波によって操作する特殊兵器の搭載を目標としており、現時点ではまだ開発途上。第四世代にいたっては机上の空論である。

 

「最もお伝えしたい緋縅の特徴はそこですよ。これまでのISの概念を根底から覆しかねない単一仕様能力(ワンオフアビリティ)、それが」

 

晴明が説明を続けようとしたその時。

 

「ッ!?伏せろッ!!!」

 

辺り一面を光が覆い、一瞬遅れて爆炎が全てを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだバカヤロウ、糞ッ、糞ッ!なァにが起きやがったあ!!」

 

舞い上がる土煙、そして炎の中直は制御の効かない右脚を引き摺るようにして立ち上がった。

 

「なんだもなにも…襲撃ですわね、これは」

 

上空には黒と茶を混ぜた、まさに泥濘の色をしたゴーレムのようなISが3機。ISとは言ったが、フルフェイス装甲でロボットかアンドロイドを思わせる。

 

そしてもう1機、指揮官と思しきIあからさまに派手なISがこちらを見下ろしていた。

銀色に輝く装甲に、頭部だけを露出したアーマー型のIS。

手にした幅広の長剣もあいまり、その姿はさながら西洋騎士でてる

 

「1組の…斑鳩優佳…?」

 

ISのハイパーセンサーを通してその顔を確認し、オルコットが訝しげな声をあげた。傍らの直も眉を釣り上げる。

 

「あァ!?なんだ、どっかの組織のスパイかなんかが紛れ込んでたってことか!」

 

「スパイにしてはやることが派手でしてよ。ISの不当改造を行っているテロリストか何かでしょう。目的はあなた方男性操縦者の身柄か、園専用機か、はたまたその両方か…いずれにせよ狙われていますわよ、あなた」

 

アリーナのエネルギーフィールドをぶち破り、突如として雪崩込んできた謎の敵を、オルコットはそう断じた。

 

直とオルコットは今、最悪の死地にいると言って良い。

ISのエネルギーは双方共にほぼ底を尽き、僅かにエネルギーが残る紫電の右脚部は派手に火花を散らしている。飛んで逃げ回れるのも数分だろう。

そもそも逃げようにしても、エネルギー砲をバリア越しにぶっぱなされたアリーナの観客は大パニックに陥っており我先に外へ逃げようと押し合い圧し合い寿司詰め状態だ。

ジャミングを受けているらしく、管制室から教員の声も聞こえない。

 

暫くすれば暴徒鎮圧のため教員が軍用ISに乗って駆けつけるだろうが、そもそもIS格納庫も襲撃されている可能性がある。

 

保有戦力なし、逃げ場なし、援軍期待できず。

詰みである。

 

と、量産機の腕に取り付けられた銃口が一斉に観客席へ向けられた。

静止する間もなく、無感情に閃光が放たれる。

幸い、観客席を覆う遮断シールドはまだ機能を完全には失っておらず、鈍い音と光を生じてビームを打ち消した。しかし弾かれたビームの余波はあちらこちらに飛び散り、火の手が回り始めている。

人が密集している場所での発火など、考え得る中で最悪の事態である。悲鳴は更に増し、人の波に押しつぶされる生徒の叫びが地獄の怨嗟のように鳴り響く。

 

「テメェ…この野郎テメェ…!!」

 

ギリリと音が鳴るほどに歯を食いしばり、直は遥か上空の元クラスメイトを睨みつけた。愉快そうに肩を震わせ、こちらを嘲るあの女は確実に笑っている。人が苦しみ、怯え、死の淵に立たされるのを見て、面白がっている。

 

やがて、その右腕が高々と掲げられた。それに合わせて再び量産機の銃口が観客席へ向き、悲鳴はより一層大きくなっていく。遮断シールドは先程の攻撃でもう限界だ。次に一斉射を撃たれたら、間違いなく消し飛んで生徒を守るものは何も無くなる。

 

咄嗟に飛び上がり、量産機を叩き落とさんとした直だが、右脚を掴まれたような感覚にバランスを崩してしまう。

一刻を争うこの場において、その動作ラグは致命的。

 

「しまっ──」

 

直の遥か上空を通過し、観客席へ打ち込まれた熱線は絶望を宿した生徒目掛けて殺到し、そして…

 

不可視の防壁、()()()()に阻まれた。

 

「外人ッッ!?!?」

 

凄まじい音を立てて墜落したのは、ビームと観客席の間へ機体をねじ込み、操縦者を守る最後の安全装置を発動させたオルコットだった。

 

「テメェコノヤロウ、おい、おい!なに馬鹿なことしてやがるテメェ!」

 

「言葉……きた、な……」

 

「喋んじゃねぇバカヤロウ!」

 

駆けつけ、抱き起こすが彼女の意識は朦朧として明らかに危険な状態だった。

それも当然だろう。本来はシールドエネルギーが無くなった際、搭乗者の安全を保証するため発動する絶対防御を他人を守る為に無理矢理に使用したのだ。

 

「ノブレス………オブリージュ…それが…オルコット家の……」

 

それだけを言い残し、誇り高き貴族の意識は途切れた。

後に残されたのは満身創痍の紫電と、激情に包まれる直のみ。

 

「いけ好かねぇんだよクソ貴族……テメェ……コノヤロウテメェ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっはっはっは!!それが貴族のサマか、セシリア・オルコット!」

 

薄汚い男風情に敗北し、あまつさえその本質を理解しようともしない癖にISを玩具のように楽しむ凡愚共をかばって地に落ちる。

無様、実に無様。

 

専用IS、ARuMを駆る斑鳩優佳は心の底からイギリス代表候補生を軽蔑した。

 

「所詮は専用機を与えられて良い気になっていた凡愚と同じ器か」

 

ISは玩具でもなければ、己の力量を誇る為のアイデンティティでもない。インフィニット・ストラトスとは、純然たる兵器なのだ。

斑鳩は、それを分からずに力を振り回し、また面白がってISに触れ回る世の全ての人間が忌々しい。

 

「テメェ!!!降りてこいコラァ!!!」

 

「ちっ、やかましい野良犬が。馬鹿な犬ほど良く吠えるとは言ったものだ」

 

今回の作戦の最重要目標、霹靂・紫電。そのISを身にまとい、キャンキャンと喚くのは斑鳩が唾棄してやまない男性操縦者。

 

ISは選ばれた実力者に与えられ、そして兵器として運用されて世界に利をもたらすもの。その資格を男の分際で与えられ、尚且つ実力を勘違いして喚き散らすなど不快極まりない。

 

男など必要最低限を残し、速やかに殺すべき。

呪うならばISに乗れない己を呪え。

 

それが斑鳩の、ひいては斑鳩が属する組織の考えである。

 

「菅野直本人に用はない」

 

麾下の3機、ISのデッドコピーである無人機に指示を出す。搭乗者が存在せず、指揮官機から発せられる信号によって動き回る尖兵が長大なランスを構え、その切っ先が野良犬を捉えた。

 

「ここで「オオオオォォオオオォオオオオオオ!!!!!!!!!っ!?!?!?」

 

()()は最早、雷鳴だった。

斑鳩が、菅野直が、生徒達が。居合わせた者全てが、意識を根こそぎ持っていかれた。

 

斑鳩が突き破ったフィールドのエネルギーバリアの隙間を縫うように、何かが一直線に()()()()()

ハイパーセンサーをもってしてもその姿を完全に捉えるのは不可能で、目に映り込むのは鮮烈な緋色のみ。

 

緋色は速度を緩めることなく無人機に激突した。そう思った次の瞬間には、無人機の頭部がちぎれ飛んでいる。

 

「ひとォつ!」

 

今度ははっきりと聞き取れる。理解出来る。男の声だ。何処までも獰で荒々しい、殺意を漲らせた鬼の声──。

 

「な、なにが」

 

「ふたァつ!!」

 

2機目の首元に刀が突き立てられ、またしても頭が飛ぶ。そこで初めて斑鳩は敵の姿を視認する。

 

「みっつゥ!!!」

 

飛びかかった3機目が、いとも容易く唐竹割りになって落ちていった。

 

刀を袈裟に振り切った姿勢から、敵がゆっくりとこちらを向く。

両の肩には十字紋。手にした野太刀は血飛沫のようなエネルギーを迸らせ、背のスラスターはその激情を表すかのように火を噴いている。

 

(絶対防御は!?無人機にもその機能はあった筈、そんな破壊されるなど…いやそもそもなんだ、こいつはなんだ!?格納庫には無人機を5機も向かわせて──)

 

「首置いてけ!大将首だ!大将首だろう!?なぁ大将首だろうお前!!」

 

万全に万全を期し、完璧な強奪作戦を展開した筈の斑鳩。

その最大にして唯一の失敗は、この男をまず最初に殺さなかったことである。

 

「なにを…なにを言っている…こいつは一体…!?」

 

男は、島津中務少輔豊久。

後に世界最強と謳われ、敵対者を尽く恐怖の底へ突き落とす()()()()の伝説の序章が、幕を開けようとしていた。




波片というお豊の野太刀の銘は薩摩国の刀工、波平行安(なみのひらゆきやす)と原作の雪片からもじりました。波平一派はあの笹貫を生み出した刀工集団で、明治まで肥後の同田貫と並んで九州随一の刀匠と讃えられていたそうです。

また、オリキャラ斑鳩さんの専用機ARuMは勿論ドリフターズの騎士武官アラムから。

原作とはだいぶ流れが変わってきましたが、次回から首狩り伝説の幕開けです。よろしくお願いします。




次回


激昂

テロリスト

大馬鹿野郎



『インフェルノ』

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