仮面ライダーARTHUR 王の名を持つ仮面の騎士 作:名もなきA・弐
ふとしたことで山小屋に訪れた美緒が人の皮をかぶった狼の姿を暴く。それでは、どうぞ。
息が苦しい、胸が張り裂ける…。
もう一歩も歩けないし脚すら満足に動かせない。
それでも呼吸を整えるために深く息を吸い込むと彼女『門矢美緒』はリュックを背負い直して先行く人物に声を掛けた。
「ま、待ってください。小夜ちゃん……!」
「大丈夫ですか?お義姉さん」
前を歩いていた夫の妹である『門矢小夜』は息を切らしている自分に苦笑い気味に尋ねる。
何とか頷いて見せるも調子はすこぶる良くない。
「どうしてこうなった」と美緒は自問自答する。
確か……「山の絶景を一緒に見よう」と旅行好きである小夜から誘われて当然断ったのだがなし崩し的に参加することになってしまい、今こうして山道を歩いているのだ。
だが、インドア派である自分からしたら簡単なコースだろうが息を切らす。
リュックは重いし息子たちと夫にも会えないし脚が痛いし、何より息子たちと夫に会えないのが苦しい。
しかし、ここで折れるのは自分のプライドが許さない。
震える脚を叩きながらも小夜と共に脚を進めた時だった。
「…えっ?」
鼻先に当たる冷たい水滴に顔を上げると、水滴がどんどん落ちてくる…雨だ。
流石にまずいと判断した二人は歩を進めると、目的地の場所でもある山小屋に着く。
安堵した美緒と小夜は山小屋の中へと入って行った。
「ごめんなさい、お義姉さん。こんなことになっちゃって……」
「気にしないでください。山の天気は変わりやすいと言いますし」
落ち込んだ様子で話す小夜に美緒は笑みを作って返す。
タオルで濡れた髪を拭きながら彼女にも同じようにする。
「二人とも、コーヒーはどうですか?…とは言ってもインスタントですが」
「いただきます。『森重』さん」
両手に二つのカップを持ったサラリーマン風の男性から感謝の言葉を述べるとコーヒーを受け取ってそれを飲む。
ミルクがないのは心苦しいが身体を温めるためならやむを得ない。
身体が温まるのを実感すると、美緒は山小屋にいる三人の人物を見る。
一人は自分たちと同じ格好をした登山家の若い女性『鷹田良子』…言動は今時の山ガールだがあまり物に頓着しないのだろう、誰かのお古と思わしきリュックなどからそれが分かる。
二人目は二十代後半で『尼野幸雄』と名乗った男性は森重から渡されたインスタントラーメンを啜り、仏頂面のまま外の景色を眺めている。
チェックのYシャツにジーンズの出で立ちから山を登りに来た人物とは思えないが旅をしているらしく無精ひげが妙に似合う男性だ。
そして三人目は先ほど自分にコーヒーを渡してくれたグルメの調査員をしている『森重一郎』であり車を下の方に停めて幻の老舗旅館を目指していたのだが森に迷ってしまったらしい。
見るからに怪しい三人に対して美緒は高速思考を開始するがすぐに首を横に振る…悪い癖だ、変わった人物を見るとすぐに分析しようとする。
残ったコーヒーを飲み干そうとカップに手を掛けた時、自分のスマホが鳴り響いた。
こんな場所でも電波が通る環境に感心しながらも一度室内から出て電話を掛ける。
「もしもし?」
「姉さんっ!?今何処にいるのっ!!」
珍しい自分の妹…美海の声に驚きながらも自身のいる場所を正確に応える。
「……最悪ね」
「どういうことですか」
「良い、落ち着いて聞いて。今から数時間ほど前。姉さんのいる山小屋から離れた別荘で殺人事件が起こったわ」
「っ!」
その言葉に美緒の目の色が変わった。
続きを促していくと詳しい情報を聞くことが出来た。
その別荘には数人の男女がいたのだが、皆殺しに遭うという事件となっており凶器については具体的なことは分かっていないが鋭利な刃物による犯行なのは分かっている。
そして……犯人は逃亡中とのことであり付近に潜伏中とのこと。
一度室内に戻って適当な言い訳をつけて小夜に合図を送り同行させる…美緒が質問を始めた。
「確かですね?この近くに五人も殺害した『狼』が潜んでいるのは」
「間違いないわ。犯人は逃亡の際、被害者の一人から荷物を奪っているしその中にあるスマホを追跡していたら姉さんたちがいるところで止まった…小夜と山登りするって聞いていたから…嫌な予感が的中したわ」
悔しそうに声をにじませる彼女に対して美緒は今までの情報から一つの仮説を話す。
自分で見たわけではないが山小屋にいた三人から考えられることがある。
「そうなると、犯人は単独犯で間違いなさそうですね」
「えっ、五人もいる被害者を一人で?」
「めったなことがない限り、複数犯は自分たちの服装を統一するものですから」
もちろん例外はあるが、わざわざ山にある別荘を狙い、五人の男女を殺害したことから計画性が見て取れる。
それに、複数犯だったなら人数分の荷物を奪うはずだ。
そこまで話すと美緒は美海に「携帯の電源を入れたままして」と指示を出して通話を終了した。
スマホをポケットにしまうと不安気な表情を浮かべる小夜の頭を撫でる。
「大丈夫ですよ、小夜ちゃん。犯人は私が捕まえますから」
「…はい」
安心させるように言った美緒に小夜も少しだけ元気を取り戻した。
室内に戻ろうと踵を返した時だった。
「っ!誰ですかっ!?」
小夜を守るように振り返るとそこには人影があり、それはゆっくりと二人に近づいていく。
やがて、距離を詰めると右手で敬礼をした。
「怪しい者ではありません。自分は『鈴木太郎』…この辺りに殺人犯が逃げ込んだという通報が県警からありまして」
「…お巡りさん?」
小夜が呟いた通り、その人物は両手に白い手袋と紺色の警官服に身を包み頭には警官帽を被っている。
背丈は小屋にいた男性と二人と同じだろうか…妙に間の抜けたような顔をしているがそれでも警察官には違いない。
少しだけ警戒を解くと美緒は自分の身分を明かす。
最初は訝しげだったが美海の名前と階級を話すとすぐさま緊張した面持ちで敬礼をする…顔が顔なのであまり緊張感がなかったが。
鈴木曰く、近くの派出所の警官なのだが殺人事件は初めて担当するらしい…若干頼りなさそうだったが彼の良い経験になるだろう。
そこからは三人への事情聴取が始まったが、大した情報は得られない。
だが、美緒には勝算があった。
怪しまれないように鈴木と小夜を呼ぶと自分の考えた案を話す。
「…スマートフォンを鳴らす、ですか?」
「ええ、犯人は自分の奪った荷物にあるスマホで探知されていることに気づいていないでしょう」
幸いにも美海から被害者の携帯番号は分かっている、それを鳴らせば誰の荷物に入っているかで犯人が特定出来るのだ。
しかし、スマホが鳴った瞬間すぐに犯人を抑えないと危険な作戦でもある。
相手は五人もの人間を躊躇いなく殺害した人間の皮を被った狼…『そいつ』の殺意に火が付いたら間違いなくこの場にいる全員を皆殺しにするだろう。
一か八かの賭けに近かったが手っ取り早い手段でもある。
「いやー、しかし名案ですな!犯人が盗んだスマートフォンを鳴らせば一発で分かります、流石は名探偵殿だっ!!」
「ちょっとっ!犯人に聞かれたらどうするつもりですかっ!!」
感心した様子で大声を出した鈴木に美緒は厳しい声で窘める。
「あっ」と自分で口を塞ぐ彼を横目に室内を覗きこむが変わった様子はない。
二人に合図を送り、美緒はスマホを鳴らした。
【~~~~♪】
「っ!!」
最近のアイドルグループの歌が流れる中、美緒は音の発信源を探り『ある人物』の前で止める。
その人物……鷹田良子は何食わぬ顔で読書をしている。
鈴木が彼女を取り押さえようとするのを制止すると鷹田の元に近寄り言葉を掛ける。
「鷹田さん、携帯鳴ってますよ?」
「えっ?あーしのガラケー?」
「荷物から聞こえたので…違いましたか?」
「あれ、ホントだ。でも着信音が…」
美緒の言葉に自分の荷物に聞き慣れない音が聞こえたのを確認した彼女は疑問符を浮かべながらも荷物の中身を確認した途端。
「きゃああああああああああああああっっ!!?」
恐怖の悲鳴と共に血まみれのスマートフォンを落とした。
全員が騒然となる中、美緒は苦虫を噛み潰したような表情となっている。
携帯電話を持っている人間は聞き慣れた着信音に反応するものだ…しかし彼女はそれを無視していたことから誰かが隙を見て入れた可能性が高い。
いや、もしかしたらそれに気づいてハッタリを利かせたのかもしれない…どちらにせよこれで振出しに戻った。
(……人殺しの分際で中々手強い…!!)
表情を極力表に出さないようにしつつも、美緒はこの状況をどう打開するか考える。
「うぉっ!?何じゃこりゃっ!!」
男性の声でふと我に返る…見れば尼野が血だらけのスマートフォンを触っており驚きの声をあげている。
「すいません」と一声謝った美緒は慌てて彼からスマートフォンを渡してもらう。
そこには凄惨な殺人現場が動画として映っており恐らく被害者が証拠を残そうとしたのだろう。
美緒はそれを静止モードにして写真のように映像を見て行く。
刃だけが写ったサバイバルナイフに黄色いレインコートを着ている犯人の姿…ほんの少しだが黒いシャツの裾が見える。
そこから先は犯人が遠ざかって行く映像だけだったが……途端、周囲は暗黒に包まれた。
困惑してしまった美緒は急に地面に倒れる。
誰かに突き飛ばされたのだ。
冷静に状況を把握する中、パニック状態となったメンバーが叫ぶ。
「何だっ!?」
「一体何がっ!」
「停電っ!?」
「み、皆さん!落ち着い…うぉわっ!!?」
全員が違う言葉を叫ぶ中、鈍い音と共に鈴木の短い悲鳴と共に何かが割れる音が聞こえた。
そして、電気が復旧するとすぐにスマホを探し慌てて拾うが液晶画面が壊れている。
(落とした時に壊れた!?…いやっ!)
今時のスマートフォンが落とした程度で壊れるわけがない、恐らく犯人が証拠隠滅に踏んで割ったのだろう。
舌打ちしたくなる気持ちを抑えて、簡易ソファに座っていた小夜の安否を確認する。
「大丈夫ですかっ!?小夜ちゃん」
「はいっ、でも…お巡りさんが…」
尻もちをついている鈴木は腰を擦りながらも「大丈夫です」と笑みを見せると周囲を見渡してある物を発見する。
「み、見てください!探偵殿っ!ま、窓がっ!?」
「…あの時、割れたのはこれですか」
美緒と鈴木の目の前には大きな窓ガラスが割れており人ひとり分なら余裕で潜れるだろう。
すると何かを閃いた鈴木は彼女に話しかける。
「探偵殿っ!もしかして犯人は逃げたのではありませんか!?」
「……というと?」
「つまり!犯人は我々の見えない場所で隠れており、停電になったの『これはチャンスだ』と思った。だから、慌てて室内に入ってあの窓を破って逃走したのであります!!」
自分たちの確認出来ない『犯人X』が潜んでおり停電になったから逃げた…確かに彼の推理には筋が通っているが解せない部分もある。
なぜ犯人が山小屋に隠れたか、そしてなぜ今の今まで逃げなかったのか?そもそもそれなら迷い込んだ人間として合流した方がはるかに合理的だ。
それに、このアホ警官は忘れているがスマホを入れるタイミングとも矛盾している。
そうなるとあの窓はフェイクだ……。
だが、おかげで推理に必要なヒントは揃った。
第一に犯人の居場所…これは単純にこの山小屋にいるメンバーの内の誰かだ…血まみれのスマホを入れたタイミングとスマホにあった犯人の姿から、道中で着替えた可能性が高い。
第二に凶器…これもシンプルにスマホにあったサバイバルナイフだ、フェイクの可能性も考えたがあの映像を考えるとあれが凶器で間違いない。
しかし、そうなるとナイフは何処にいったかだ…あれだけ大きめの奴が隠せるとは思えないが……。
「皆さん、これから荷物検査を行います」
全員が怪訝な様子を見せるが気にせず言葉を続ける。
「鷹田さんのように、妙な物が入っていないか確かめるだけですので…お願いします」
「私からも…お、お願いします」
頭を下げた美緒に並ぶように小夜も頭を深々と下げる。
流石に女性二人にお辞儀されたことでメンバーたちは了承してくれたのですぐに荷物検査へと入った。
「あーしのはこれぐらい」
鷹田の荷物はタオルと山の地図、そしてマイカメラ。
「ほらよ」
尼野は鷹田とほぼ同じだったが焼肉のタレとペットボトルが数本、シャツの胸ポケットには財布…本人曰く「願掛け」とのこと。
そして最後の一人、森重の荷物を確認する。
「ど、どうぞ」
書類の束とネットの情報を印刷した物と地図と筆箱、そして魔法瓶とインスタントラーメンがあるが中には何も入っていない……全員分をくまなくチェックをしたが凶器は見当たらない。
「犯人はもう、凶器を…」
増々不安になる小夜だが反対に美緒は凶器が見当たらない理由を考えた。
血まみれのサバイバルナイフならすぐに見つかる、それなのに山小屋を探しても荷物検査をしてもない。
そこにタイミング良く美海からの電話が入る。
「…もしもし?」
「警官隊が到着したわ…それと、凶器らしき血まみれのナイフも山道で発見された。写真で送っておいたから」
「ありがとうございます……やはり、そうでしたか」
「ええ、だからそこで大人しく…て、ちょっと待って。今何て…」
「私が時間稼ぎをします。急いでくださいね」
そこまで言い切ると、美緒は通話を終了させてスマホで写真を確認する。
血まみれのスマートフォンに映っていたのと同じ種類だと分かると、改めてスマホをポケットに入れる。
そして、深く息を吸い込むと周囲を見渡した。
全てのピースが揃い、そして『事件の全貌』というパズルも完成した。
(……さぁて、久しぶりに始めますか)
ある推理漫画の事件をアレンジしましたが犯人は誰でしょう?一応ヒントは全てそろっています。ヒントは…『なぜ凶器を捨てたのか』
回答編を、お楽しみに。ではでは。ノシ