スーパーロボット大戦V-希望を繋ぐ者   作:ナタタク

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機体名:EVA零号機
形式番号:EVA-00
建造:NERV
全高:40メートル
全備重量:700トン
武装:パレットライフル、ガトリング砲、スナイパーライフル、専用拳銃、
主なパイロット:綾波レイ

EVAのプロトタイプにあたる機体。
NERVからの説明によると、モビルスーツやアーム・スレイヴとは根本的に異なる設計となるATフィールド展開機能やLCLで満ちたコックピット等の稼働データの蓄積のために開発され、蓄積された機動データが初号機等のEVAの開発につながっているという。
当初はテストおよび初号機の稼働が正式に始まった時点で封印される予定だったが、パイロットである碇シンジのサポートの必要性から、テストパイロットである綾波レイをパイロットとして実戦配備されることになった。
兵装については初号機で運用されている兵装についても使用可能となっている。





第62話 再びの日本

- 日本近海 ヤマト中央指令室-

「…では、各艦の責任者の方に説明します」

中央指令室に集められた、スメラギやルリをはじめとしたこのシチューのような部隊の最高責任者たち。

先日行われたドラゴン達、そしてDr.ヘル一味との戦いでの収穫物がここで披露される。

「まず、着目すべきはドラゴンの存在です。先日、二度にわたって襲来したドラゴン達ですが、我々は当初、それらは西暦世界において戦ったドラゴン達が我々と共にこの宇宙世紀世界に転移したものと考えてきました。しかし、あの場にいた群れの数から考えて、それらは否定されます」

「ではあの連中は、自分たちの力でこの世界に転移してきているというのか?」

「彼らは、転移の際にシンギュラーと呼ばれる次元の扉を開きます。ですが、宇宙世紀世界でのドラゴンとの遭遇の際には、周辺一帯でそのような現象は確認されていません」

テレサの操作により、ディスプレイに表示されるドラゴン遭遇時とその前後における周辺地域におけるデータ情報。

念のためにNERVにも確認をとったものの、シンギュラーの発生によって生じる異変が確認されていないことがよくわかる。

「転移ではなく、通常空間を移動してきた…ということは…」

「確定ではありませんが、ドラゴンはこの世界に生息している可能性が高いと言えます」

「馬鹿な…そんな話は聞いたことがないぞ!?」

真田のいう通りであるなら、ドラゴンの目撃情報は宇宙世紀世界の方が圧倒的に多いといえるだろう。

生息しているというなら、その場所を特定することも、弱った連邦といえど不可能ではない。

だが、目撃情報もなく、生息していると疑われる場所についても何も情報がない以上、オットーには真田の訴える可能性を信じることができなかった。

「落ち着くんだ、オットー艦長。まずは話を続けてもらおう」

「ドラゴンがこの世界に生息していると推測できる理由はもう1つあります。宇宙世紀世界から西暦世界へと転移した例…ダナンとジュドーさんたちガンダムチームの出現…それはドラゴンが出現した時とタイミングも場所も一致していることです。それは、ドラゴンが次元の扉を開いたことで時空間が不安定になった際、その周辺にいた我々がそれに巻き込まれたものと推測されます」

西暦世界へ転移する前に発生した正体不明の嵐、それはドラゴン達がシンギュラーを開こうとした影響だとするなら、西暦世界に突然転移した原因が説明できる。

「あの生物が時空間の壁を突破する力を持ち、それを用いてこの世界から西暦世界への侵攻を行っているというのか…」

「我々はそう結論付けました」

結論づけたとはいえ、なぜドラゴンが生身でそれを為す力を持っているのか、そしてわざわざ次元転移をしてまで西暦世界の、別世界の侵攻を行っているのかまではわからない。

海が赤く染まり、滅びゆく地球に対して見切りをつけて、新天地として豊かな環境のある西暦世界を目指しているのか。

分からないことが増えるが、今求めている鍵を手に入れることができた。

「今回の結論をもって、我々は西暦世界への道を拓くチャンスを手に入れました」

「鍵となるのは…ボソンジャンプです」

「火星での状況から判断して、我々が西暦世界の火星から宇宙世紀世界へ跳ばされたのは…あの場にいたユリカさんの意志であるとみて差し支えないでしょう」

「天河アキトの妻、か…」

「確か、A級ジャンパーとかいう能力を持っていて、そのボソンジャンプとやらを制御すると聞いていたが…」

実際に西暦世界から宇宙世紀世界へ転移した沖田達は納得がいくものの、それを実際に体験したことのないブライトやオットーらは腑に落ちない様子だ。

名前からすると、一種の空間跳躍か瞬間移動のようなもののように聞こえるが、それが世界単位での転移とどうつながるのかよくわからない様子だ。

最も、ボソンジャンプそのものが未だ解明しきれていない要素が存在するため、それを説明しきることのできる人間が存在しないのが大きいが。

「おそらく、ユリカさんも明確な意志をもって、我々を別世界へ転移させたとして思えません。あの場の危機的状況からアキトさんを救いたいという必死の思いがあのようなジャンプを引き起こしたのでしょう」

「並行世界を越えたジャンプか…」

「その理論については、火星の後継者たちも研究中だったと思われます。ジャンプを完全に制御することができるならば、並行世界の壁を越えることも可能だと私も考えています」

気になるのはそのようなボソンジャンプを火星の後継者がなぜ求めていたのかだ。

そのようなジャンプを可能にせずとも、西暦世界の各地の地球連合の重要拠点や都市へのピンポイントのジャンプは可能なはずで、むしろ並行世界へのジャンプを可能にすることの方がはるかに難しいはずだ。

ユリカが並行世界を超えるジャンプが可能だったのは制御ユニットに取り込まれ、並行世界が存在することを火星の後継者を介して認知したこと、そして襲来したドラゴン達の存在により彼らの住処があると予測される宇宙世紀世界の存在を知ったからだろう。

「では、それを制御する手段はあるのか?」

「本来であれば、ボソンジャンプを制御したあの制御ユニットを解析すべきでしょうが、この状況では不可能です」

「演算ユニット…火星にはないと草壁が言っていたわね…」

「その真偽を確かめることはできません。しかし、次元歪曲波数をシンギュラーと一致させることができれば、少なくとも西暦世界への転移は可能となります。自由に行き来を制御することはできませんが、少なくとも、この世界と西暦世界をつなぐことはできます」

「この理論そのものは早期の段階で完成させたのですが、問題はその次元歪曲を発生させる手段が我々になかったことです」

真田とルリを中心に行われた次元転移の研究において、アキトのボソンジャンプやダブルオークアンタの量子化を利用した空間跳躍、νガンダムのサイコフレームなどを調査してきたが、それらを利用したとしてもシンギュラーと一致する次元歪曲を生み出すことはできなかった。

機械仕掛けと生物由来の力という力の源泉が違うからか、それとももっと根本的なところからなのか、それはまだ誰にもわからない。

「となると…あのドラゴンを捕獲して、目の前でやってもらうしかないか…」

「その必要はありません。我々はシンギュラーと同等の波形を生み出すことができる存在を既に持っていたのです」

「ヴィルキスか…」

あの赤いパラメイルとの戦いで見せた瞬間移動。

そのデータを入手したナデシコBとヤマトで解析を行い、プトレマイオス2改がエリアDで収集し続けてきたシンギュラーのデータと照らし合わせたことでそれが明らかになった。

「更に、ナインによる計算の結果、ヴィルキスが歪ませた時空間をシンギュラーと同じ次元歪曲波形に形成したボソンジャンプで跳躍することで、並行世界間の跳躍、パラレルボソンジャンプが可能となるという結論が出ました」

「現在、波形の計算をナインが行っています」

「それを使えば、西暦世界への帰還も可能であろう」

ナデシコやソレスタルビーイング、勇者特急隊をはじめとした西暦世界の面々にはあの世界で片付いていない問題が数多く存在する。

宇宙世紀世界においてもそれは変わらないが、だからといって西暦世界を放っておくことはできない。

ヤマトも宇宙世紀世界から偶然来ることとなったガンダムチームやミスリル、アムロも少なからず西暦世界に干渉してしまった以上、もう他の並行世界のことを知らない自分へ戻ることなどできない。

「ちょっと待った…!ナインはヴァングレイのOSのはずだろう!?」

「機体制御用のAIが、なぜ次元転移に関する計算ができるのだ…??」

オットーやブライトの知っている機体制御用のAIはあくまでも、機体とパイロットのサポートのみに機能を集中させており、それとは畑の違う用途に使うことなどできない。

アルのようなAIも存在するが、これは彼らにとってもイレギュラーな存在だ。

生体アンドロイドをこっそりと作り、そこから外の世界を自由に動くことができるうえに機体制御以外の仕事も難なくこなすAI。

そんな存在はあまりにも規格外といってもいい。

「その疑問はごもっともです。ですが、この計画の概要自体、彼女が作り出したものです。彼女は西暦世界へ飛ばされてから、あらゆる転移データを記録、解析し続けていたのです。おそらく、ヴァングレイを開発した機関が、並行世界間の転移について研究していたのでしょう」

「あれはヤマトを建造していた機関の一部だ。ワープの応用を研究していたのかもしれんな」

地球を捨て、地球に相当する別の星への人類移住を目的としたイズモ計画に近い、別世界の地球という安息の場所を追い求めていたというなら、並行世界間の転移の研究を行っていたとしてもおかしくない。

並行世界の存在そのものが既に議論されていたのだから。

「我々はヴィルキスの跳躍を研究し、ナインの理論を応用することで西暦世界への転移の扉を開きます」

「危険な賭けかもしれませんが、まずは準備を進めます」

戦闘中に突発的に行われたヴィルキスの跳躍を今度はパイロットであるアンジュが意図して行い、それを自分だけでなく、周囲の戦艦や機体もろとも跳躍を行う。

そして、アキトが波形を調整する。

二人にとっては大きな負担がかかるうえにどちらも少しでもズレが生じた場合、西暦世界でも宇宙世紀世界でもない、全く別の世界へ飛ばされる可能性もある。

それか、次元断層へ飛ばされ、二度と戻ってこれないこともありえるのだ。

「了解した。こちらで必要な資材は手配しよう。必要であれば、NERVも巻き込む」

「私も、各地のミスリルに連絡を取り、必要な資材を手配できるように手はずを整えます」

「自分たちの世界へ帰れるチャンスだからな、頑張ってくれ」

「ありがとうございます」

時間はないが、協力者と資材の工面についてはどうにかなるだろう。

だが、問題はアンジュとヴィルキスといえるだろう。

 

-ヤマト 万能工作機前-

「よし…データの入れ込みはこれでいいだろう。始めてくれ」

「了解。よし、お前ら!始めろ!資材を投入だ!」

隼人と弁慶立ち合いの元、榎本の指示で甲板部の兵士たちの制御によって万能工作機が新たなパターンの起動を開始する。

内部で解析・解体された資材が加工されていき、排出されたのは真ゲッターで利用されるパーツの数々だった。

あとはそれらのパーツの解析を隼人が行っていく。

「問題ない。これならば、真ゲッターの整備も可能だろう」

「いやはや、助かりましたぜ。これでゲッターの整備もうちでできるというわけです」

「今後も世話になる以上は、な。最も、このデータの大半が博士の物だが…」

データを入れる前、竜馬の協力の元で入力されたゲッターのパーツデータは既に目を通しているが、早乙女の研究資料を抜きで判断するとここまでのデータが隼人でも精一杯といえるほど精巧なものだった。

新正暦世界に多くのゲッターロボの残骸とともに飛ばされ、そこから四苦八苦してゲッター1を組み立てただけのことはある。

17年近く、アメリカでゲッター線の研究をしてきた隼人だが、結局そのすべては早乙女の後追いであり、自分一人で生み出した成果が未だにないことを改めて実感させられる。

なお、肝心の竜馬はここにはおらず、アンジュの特訓に付き合っているという。

「それにしても、ゲッターロボって恐ろしいものです。17年前の機動兵器がここまでグレートマジンガーと渡り合えるなんていうのは…」

「ああ…初めて乗った時の驚きは今も忘れられん。かつてのインベーターとの戦いで俺が乗っていたゲッター2をはるかに上回っていた…」

宇宙世紀世界における一年戦争で活躍してモビルスーツ、ガンダム。

その性能はヤマトのデータバンクやロンド・ベルを介して入手した連邦軍のデータと比較したところ、同じだということが明らかになっている。

違いがあるとしたら、武装のバリエーションに関しては宇宙世紀世界におけるガンダムの方が多いことで、2連装のショルダーマグナムやランドセルに装着するショルダーキャノンといった固定装備や宇宙戦闘を想定した高機動バーニアに換装されたものなどがあり、やはり宇宙世紀世界と新正暦世界は似て非ざる世界だということがそれだけでもわかる。

そして、この17年で急速に兵器の技術が発展していったのはひとまず置いておくとして、それでも異常といえるのが真ゲッターといえる。

名機といわれたガンダムがかすんで見え、現行での最新型のガンダムといえるユニコーンガンダムに対しても対等に渡り合うことができるほどの機動兵器を一年戦争後期で作り上げてしまった早乙女博士の頭脳とゲッター線の力。

一介の技術者がそれを知れば興奮するだろうが、はたから見ると異常なことこの上ない。

まるでそれはライト兄弟が飛行機を発明してすぐにロケットを発明し、実際に宇宙に飛び出して月への着陸に成功するというべきものだろう。

「さてっと…西暦世界の機動兵器のパーツも作っておかないとな…お前ら、少し休憩したら次の作業に入るぞー!」

 

-ヤマト 食堂-

「エルシャ…ごはん、まだ…?」

「お待たせ、アンジュちゃん。スタミナがつく特別メニューよ」

疲れ果てて、机に突っ伏しているアンジュに料理がのったプレートを持ってやってくるエプロン姿のエルシャ。

今回作ったのはガーリックステーキチャーハンで、アルゼナルでは決して出ることのない料理だ。

目を輝かせ、唾を垂れ流しながら手を伸ばすヴィヴィアンをサリアが制止する中、アンジュはチャーハンに口をつけていく。

おなかがすいているというのに、なぜか料理が少しずつしか口に入らないジレンマ。

その様子を焼き魚と漬物、味噌汁とごはんという和風のメニューに舌鼓を打つキラが見かけていた。

「ずいぶんと疲れているみたいだね、アンジュ」

「無理もないだろう、跳躍のデータをとるために、ずっとヴィルキスに乗せられているからな」

キラと同じメニューを口にしているアスランはついさっきまでアンジュに対して行われていた数々の試みを思い出していた。

初めて跳躍に成功したときは赤いパラメイルに追い詰められていたのだから、同じ状況を作ればいいとヒルダ達3人だけ武器を持ち、ヴィルキスは武装なしで実弾模擬戦を行う、長時間の飛行を継続する、さらにはアキトを巻き込んでボソンジャンプを一緒に行って、跳躍を体感させるなど。

特に実弾模擬戦はいくらメイルライダーとして高い技量を持つアンジュであっても心身ともに疲れ果てさせるものであった。

だが、これはあくまでもアルゼナルの面々によって行われたものに過ぎず、彼女たち以外にも協力者たちによる訓練メニューなどもある。

「やってもらうしかない。あのモードと跳躍を使いこなせるようになってもらうためにも」

「他人事のように言わないでよ、刹那。あんたもコーチの一人なんだから…」

「刹那が…?」

「クアンタの量子ジャンプも何かの参考になるかもしれないと、アンジュに協力を申し出たんだ」

1年前、当時はダブルオーライザーに乗っていた刹那が外宇宙航行艦ソレスタルビーイングにおいて、イノベイドの首魁であり、ソレスタルビーイングの3年にもわたる戦いの元凶となっていた男、リボンズ・アルマークとの戦いで偶発的に起こした量子ジャンプ。

ダブルオークアンタを開発する中で、その量子ジャンプを安定的に行うことができるように調整が行われ、刹那とティエリアはそれにかかわっていた。

イアンとスメラギもそれに関する情報を可能な限り開示している。

また、アニューからの情報でリボンズは早期に量子ジャンプの理論を練っており、それを可能にする研究を行っていたという。

ただし、それを行うにはオリジナルの太陽炉が生み出すGN粒子が必要であり、疑似太陽炉が生み出しGN粒子ではそれが不可能であることが明らかになり、頓挫したという。

仮に彼のモビルスーツであったリボーンズガンダムにその量子化が組み込まれたいたとしたら、おそらく刹那は勝利することができなかっただろう。

「それにしても、刹那の話ってわかりにくいのよね。もっと上手に説明できないの?」

「す、すまん…」

「あなたって本当に口下手よね。もうちょっと相手の身になって言葉を選びなさいよ」

「ど、努力する…」

イノベイターとなり、人類の新たなステージへの可能性を開いた刹那らしいが、アンジュにとってはそんなのは関係なく、彼は只の人間に過ぎない。

進化したというなら、それくらい簡単にできるだろうとアンジュは考える。

どんなに進化し、逆立ちをしたとしても、人間は人間のままなのだろう。

「珍しいシーンだね」

「押されてるぜ、イノベイター」

「茶化したらだめよ、ライル」

「だいたい、コーチの人選がおかしいのよ。竜馬のアドバイスは勢い任せの根性論だし、アムロの精神集中のやり方っていうのも観念的でよくわからないし…」

その話をもしアムロが耳にした場合、軽いショックを受けたかもしれない。

シャアとの戦いで偶発的に西暦世界へ跳ぶことになり、ロンド・ベルと無事に合流を果たしたのはいいが、連邦軍と距離を置く結果となったアムロは次第に軍人以外の自分の生き方を考えるようになってきた。

その中で、モビルスーツの技術関係の教師なんて夢を考えたこともある。

だが、アンジュにそんなことを言われ、おまけに竜馬と同レベルのようなことを言われたら、きっとその夢をあきらめてしまうかもしれない。

長らく軍人を務めることとなったアムロもまだまだ繊細なところはあり、ブライトから見てもそれは一年戦争の頃から変わらないようだ。

だが、技術ではなくそうした精神論で対応する必要性があることは既に立証されている。

「ともかく、ヴィルキスのあのモードへの移行はアンジュの精神状態に関係していることは判明した」

「だったら、おあつらえ向きのコーチがいるぜ。精神力で論理無用を引き起こす奴が」

「呼んでるよ、宗介」

「いいだろう。ラムダ・ドライバを使いこなすに至った俺がお前に戦技を叩き込んでやる」

使徒との戦いでのダメージから復帰を果たし、再びミスリルの制服にそれを通したばかりの宗介の登場にアンジュは引いてしまう。

戦場では頼もしいことはわかっているが、コーチとしては彼もまたアムロ達と同レベルだ。

「けど、いいの?回復したとは聞いたけど、今日は非番だってテスタロッサ艦長が…」

「かなめと一緒に出掛けるんでしょう?準備をした方がいいんじゃない」

「そうだった…アンジュ。お前へのコーチは次の機会とさせてもらう」

「遠慮するよ、一生…」

食堂を出ていく宗介にほっとするアンジュだが、コーチとなる人間への心当たりがないことは彼女も同じだ。

ただ、ニュータイプもスーパーコーディネイターもイノベイターも、どうして口下手で観念的なことしか言えない連中しかいないのか、それだけは理解に苦しんだ。

 

「宗介君とかなめちゃんって、現役の高校生なんでしょ?」

「まぁ、ソースケの場合は高校生が傭兵をしているというわけじゃなくて、傭兵が高校生をしていたんですけどね」

彼らから少し離れたところで一緒に食事をするミサトとメリッサ。

中学生の男女と高校生の男女とみている対象は少し違うものの、大人の女性である彼女たちにとってはどっちも同じ子供だ。

「ま、それでもこの数か月はずっと戦場だ。ストレスはたまってるだろうぜ」

「あんた…何を企んでるの?」

なぜか隣の席で食事をしているクルツの何か含みのある言葉にメリッサのセンサーが反応する。

非常にスケベで女好き、おまけに何人もの女性に手を出してきた前科持ちのクルツは宗介とは正反対といえる性格で、たまにいさかいを起こすことがある。

だが、お互いの実力と人格については認め合っていることはわかっている。

「企んでるなら聞かせな。場合によっては手を貸してやるよ」

「さっすが姐さん、頼りになるぜ。ま…これは友情の手伝いというやつだよ」

「友情…か…」

ミサトが思い出すのは家でシンジが教えてくれた学校での友人のことだ。

結果として彼らと別れの挨拶ができないまま引き離すことになってしまったことはミサトにとって悔いの残る話だ。

特にシンジにとって、彼らはようやくできた初めての友達なのだから。

本人はそのことを気にしていないそぶりを見せてはいるものの、本心はそうではないことくらいわかる。

(私も、何かすべきかもね…。シンジ君の友情のためにも)

 

「アンジュリーゼ様、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫じゃないと思う!」

疲れ果てたアンジュの様子を見るモモカとヴィヴィアンが一緒のテーブルで食事をとる。

モモカとしてはアンジュのために何か手助けをしたいとは思っているが、今回は要件が要件なため、どうすべきかわからない。

あくまでもアンジュの精神の問題であり、その精神をどうすればあのモードに移行できるのか、誰も的確に言うことなどできない。

「大丈夫じゃないから、あたし発案の作戦を今こそ実行すべき!」

「こちらの準備はできてるわよ、ヴィヴィアンちゃん」

「平田主計長にも、許可はもらっているわ」

原田と森の尽力により、ヴィヴィアンが求める資材の準備は整った。

設備も短時間であれば使う許可が下りているため、あとは実行に移すだけ。

「さあ、モモカ…アンジュのためにもやるよ!」

「はい!あれがアンジュリーゼ様の癒しになるなら…!!」

 

-陣代高校 校門前-

第三東京市から東、小田原の西部に存在する高校、陣代高等学校。

元々は東京都内に本校が存在していたこの学校は17年前のセカンドインパクトの影響で本校を失い、今はこの地域に現存していたかつての分校に本校の機能を移行している。

かつての宗介とかなめが通っていた学校で、そこにシンジ達も宗介らとともに来ていた。

「ここが宗介さんとかなめさんが通っていた学校なんですね…」

「まぁ、今は休校になってるけどね」

「そうなのか…」

「うん…」

こうして誰もいない学校を前にして、かなめは改めて遠くに行ってしまったかつての日常を思い出さずにはいられない。

都会と田舎の中間というべきこの地域は戦略的な価値が薄く、機械獣による攻撃も少ない。

そして、第三東京市からも離れていることから使徒による攻撃の心配も少ない。

にもかかわらず、今この学校が閉鎖されているうえに住民が避難している原因をかなめは自覚してしまう。

(あたしを狙って、アマルガムは陣代高校を戦闘に巻き込むようになった…。この地域は戦闘エリアに指定されて、みんなは各地の高校に散り散りに編入された…)

そして、かなめ本人はもはやどこへ行っても狙われることからテレサの提案でダナンに乗り込み、宗介たちと行動を共にするしかなかった。

学校の勉強については教材があるためどうにかなる。

だが、それから学校の友達と連絡を取ることができない日々が続き、それがかなめにとってストレスになっている。

「かなめさん…」

「ごめんね、ナイン。心配かけちゃって」

「その制服、似合ってますね」

「せっかく、学校に来たからって、ちょっとコスプレみたいだったかな…」

誰もいないが、せっかく帰ってきたのだから、せめて格好だけでもかつての日常に戻りたいと、ヤマトで作ってもらった制服。

データはなく、あくまでもかなめと一度だけ登校経験のあるテレサの記憶を頼りに再現しているため、細部は異なる箇所があるものの、それほど気にするほどの違いはない。

「コスプレ…コスチュームプレイ…原田さんの趣味ですね」

「原田さんって、ヤマトのナースさんよね」

「あの人…そんな趣味があったのか…」

さやかと甲児の脳裏に、不意に制服姿をした原田が浮かぶ。

童顔で小柄な原田には似合ってしまうように思えてしまう。

「ヤマトには、パターンさえ入力すればどんな衣装を作ることもできる設備があるようです」

「そうだったな…転移してきた刹那達の服もあれで作ったからな」

「そういえば、ナインはともかく、ソウジさんたちはどうして一緒に来てくれたんですか?」

「まぁ、非番で時間があったからっていうのが本音だな。それに、チトセちゃんも来たがってきたからな」

「うん…なんだか、懐かしい…」

木星戦役が起こっていた頃はまだ高校生で、今年軍属となったばかりのチトセにとっては学校で過ごしていた時間の方が長く、学校での生活がガミラスによる地球への攻撃が起こる前の日常と言えた。

確かにこの学校はチトセが過ごしていた学校とはまるで違い、人がいないものの、ほんの少しだけ懐かしい日々を思い出せる場所と言える。

「ああ…そういえば、宗介が何か面白いことが起こるから、見に来いって言ってたぜ。あいつ、どこにいるんだ…?」

「そういえば、確かに、宗介さんが乗っていた車は停まってますけど」

「嫌な予感しかない…」

靴箱の爆破、高圧電流の罠、コッペパン要求のための発砲、ラグビー部の洗脳に石油製品を溶かす特殊な細菌兵器によるバイオハザード。

一瞬のうちにかなめの脳裏を駆け抜けていく記憶の数々。

そのすべてがかなめを警告していた。

「みんな!あいつを探して!!いくら人がいない校舎でも、あいつの面白いことってのは、きっとロクなことじゃないから!!」

「お、おう…」

鬼気迫る表情と声色で訴えてくるかなめにソウジも逆らうことができなかった。

 

-ヤマト 格納庫-

「…宗介たちは学校へ行ったのか」

「つかの間の休息だから、いい気分転換になるといいわ…ね!!」

モニターに映る宇宙空間、そしてナラティブガンダムから射出されるサイコプレート。

山本のコスモ・ゼロが飛んでくる質量弾の隙間をくぐるように回避していき、援護しようとするトライスターのジェスタを篠原の加藤のコスモファルコンがけん制する。

「どうです?隊長。新型のハヤブサっていうのは」

「悪くはない。だが…奴と戦うのは、まだ足りない…」

可変機能を手に入れ、さらなる力を手にしてもなお、加藤の脳裏にはあのコルグニスとそれを操るサイキッカーが浮かび、倒せるイメージがわかない。

トビアとキンケドゥでさえ倒せなかった、トビアがクロスボーンガンダムよりも強いと認めたコルグニスに対して、ニュータイプではない加藤とコスモファルコンでは勝てないのは道理だ。

だが、これから先もコルグニスのような強力な機動兵器やパイロットと戦うことになることを考えると、認めたとしてもあきらめるわけにはいかない。

それはコスモファルコン隊やロンド・ベルの面々も同様だ。

「今だ!キンケドゥ!!」

「了解だ!!おおおおおお!!!」

「…しまった!リタ!!」

「間に合わない!」

ヤマトにいるのはコスモファルコンとコスモ・ゼロだけではない。

合流したクロスボーンガンダムのことを加藤達にくぎ付けにされたことで失念していた代償がスカルハートによって振るわれるイカリマルだった。

急いでサイコプレートを終結させようとするが、大型兵器であるイカリマルを防ぎきることができず、そのままイカリマルの直撃を受けることとなった。

「くっ…油断した…」

「ヨナ、周囲の味方の動きを見ろ!一人で戦おうとするな!これが実戦なら、ここで即死だぞ!」

「はい…すみません!」

ナラティブガンダムのシミュレーターが停止し、汗だくでコックピットから出たヨナがその場に座り込み、続けて出てきたリタから受け取ったタオルで顔を拭く。

(強い…コスモファルコン隊の人たちも…。まだまだだな、俺は…)

まだまだ中の上の平凡な実力から抜き出しきれていない自分を思い知るとともに、まだナラティブガンダム頼みから抜け切れていないように思えた。

どうすれば壁を越えることができるのか、やみくもにシミュレーターで特訓するだけでは足りないのか。

悩むヨナの元に刹那がやってくる。

「ヨナ・バシュタ。アンジュは見なかったか?」

「アンジュ?いや…見ていないけど…」

「もしかしたら、逃げちゃったのかも。ずっと特訓ばかりで疲れ果ててたし」

「あの子…元の世界に帰りたいって、自分から言った癖に!!」

「こうなりゃ、見つけ出して倍のメニューを消化させてやる…!」

刹那とメイルライダー達による捜索が始まる様子を苦笑いしながら見つめるヨナ。

昨日アンジュからその特訓にかんする愚痴を聞いていたとリタから聞いており、同時に彼女の言っていた特訓のメニューも知ることになった。

とてもではないが、現役軍人であるヨナも一度やったら二度とやりたくないようなハードなもので、それをやらざるを得ないアンジュに同情していた。

 

(冗談じゃないわ…!このままじゃ、元の世界に変える前に私の体がもたない…!)

コンテナと修理の順番待ちの機動兵器の陰に隠れ、刹那達の会話を聞いていたアンジュはこの慣れない空間であるヤマトの格納庫で隠れつつ逃げ出す手段を考えていた。

ハッチが閉じているため、同乗しているドダイ改やヴィルキスに乗り込んで逃走することはできない。

一日、ほんの一日だけでもいい。

休まなければ、特訓途中で愛する母の元へ旅立つことになってしまう。

足音が聞こえ、すぐに移動をしなければとあたりを見渡す中、半開きとなっているコンテナが目に留まり、その中に飛び込んだ。

「アンジュ…もしかして、ここにはいないのかしら…?」

ナオミが通り過ぎ、一難去ったことに安心するアンジュ。

だが、気になるのはこのコンテナに入っているものだ。

格納庫のため、武装や補修パーツの類かとばかり思っていたが、今アンジュが触れているものはなぜかごわごわしていて、とても兵器とは思えない肌触りだ。

よく見ると、自分よりも若干大きな人型の何かで、とても格納庫に置いておくような代物ではない。

だが、これを使えば、どうにかごまかすことだけはできるかもしれない。

(今は…これを使うしかない!常識や体面にとらわれている場合じゃないわ!!私は生きる…!世界を壊してでも…!)

 

-陣代高校 グラウンド-

「宗介の奴…どこにいるんだ?」

学校に集まっていたメンバーがそれぞれ分かれて校内を探し回る。

かなめから学校の地図をもらっているため迷うことはないが、肝心の宗介の姿がまるで見えない。

どうしてここまでして行方をくらます必要があるのかは甲児にはわからなかった。

「もういいじゃない」

「え…?」

「私たちだって、せっかくのお休みなんだから」

さやかにとって、こうして甲児と2人でいることは久しぶりで、ロンド・ベルと合流する以前は機械獣との戦いの真っ最中で、こうしてのんびりと過ごす機会はなかった。

かなめには悪いが、今は甲児と楽しく過ごしたいと考えるさやかは後のことは任せて、このまま甲児と近くの町でデートしたいと思い始めていた。

「そうだな。じゃあ…ヤマトに戻るか」

「え…!?」

「時間があるなら、マジンガーのことをもっと調べたいんだ。もしかしたら、俺の知らない機能がまだまだ眠ってるかもしれないだろ?さすがはおじいちゃんが造ったマジンガーだ!考えるだけでわくわくするぜ!」

目を輝かせ、これから見つかるかもしれないマジンガーZの新たな力に思いをはせる甲児。

笑顔を見せてくれることはうれしいが、なぜかさやかには今の甲児に恐怖を感じていた。

(どうしたの?甲児君…。まるで、マジンガーにとりつかれているみたいで…)

 

-陣代高校 教室-

「ここにも、いないみたいだね」

「そうね」

レイと共に教室内を捜索するシンジは念のために教卓や掃除道具入れの中も探したが、宗介を見つけることができなかった。

窓からはグラウンドが見え、そこから甲児とさやかの姿を見るが、二人とも宗介を見つけた様子はない。

「教室って、高校も中学もそんなに変わらないんだね」

「そうね」

「綾波はずっと、あの中学に?」

「ええ…」

2人きりとなる機会がなく、同じEVAのパイロットという関係性ができてからもこうして話をすることもなかった。

せっかくだから、綾波のことをもう少し知りたいと思ったシンジが話しかけるものの、綾波の態度はそっけない。

「クラスでは、誰と仲が良かったの?」

「特にないわ」

(会話が…すすまない…)

次に何を話せばいいのか、もっとトウジとケンスケから学ぶべきだったと後悔するとともに、2人のような友人のありがたさを感じるシンジ。

彼らのようにはできないが、ちょっとだけでも綾波と友達のようなことをしたいと思っていた。

 

-陣代高校 部室棟-

「高校の部室ね…いいねえ、青春って感じで」

若干手狭な感じのする部屋にロッカー、ホワイトボード。

おそらくここは文化系の部活の部室で、高校生をしていた当時のことをソウジは思い出していた。

「いいの?ソウジさん。宗介君を探さないで」

「まあな、俺は航空隊の所属隊員だ。陸戦隊員とかくれんぼっとかいう最初から負ける戦いはする気はないさ」

木星戦役やガミラスとの戦争の都合上、地上でモビルスーツを駆る機会が実戦ではヴァングレイに乗るまでは得られなかったソウジだが、軍人間の交流のために陸戦部隊と模擬戦を行ったことがある。

その時はジェガンに乗り、サブフライトシステムであるセッターの上から地上にいる陸連部隊を探していた。

彼らは高低差や迷彩を利用してうまく隠れており、とった手段は隠れている可能性の高い地点にビームライフルで攻撃することだった。

その中で一瞬、陸連部隊の反応を拾ったが、その時には時すでに遅し。

セッターの真下にまでやってきていた陸連部隊のジェガンにライフルの一撃で負けてしまった。

また、模擬戦でも何度も宗介と戦ったことがあるが、宙域戦ではともかく地上においては負け越している。

「私のセンサーの有効範囲を広げれば、探知は可能かと思いますが…」

「いいって、ナイン。それより2人とも、今はゆっくりしようぜ。ナインはジャンプの解析で働きづめ、チトセちゃんは主計課の仕事も兼任で大変だったろ?」

「ソウジさん…」

「私はAIです。疲れることはありません」

「それでもだ。優秀なAIだってオーバーヒートを起こすことだってあるだろ?」

「わかりました。パラレルボソンジャンプ解析を遂行するためにも休みます」

この場においても解析を行っていたのか、ゴーグルを操作してデータを保存し、解析を休止する。

ナインなら、たとえヴァングレイやヤマトから離れていてもそれくらいできるだろうと思っていたソウジだが、その予想は当たっていたといえる。

「ねえ、ナイン…あんまり頑張りすぎないようにね」

「なぜです?姉さん。西暦世界への帰還を望む人がいるのに…」

「確かにそうだけど…それでナインが犠牲になる必要はないと思うの」

「AIは人間に奉仕する存在です。そのためにも…」

「でも、あなたがいないと私とソウジさんが困るの。あなたは…大事だから」

ポンポンとナインの頭を撫でるチトセとそんな2人の様子を笑って見つめるソウジ。

その光景とチトセに手のぬくもりに何かが暖かくなるのを感じた。

「キャップ…姉さん、ありがとうございます」

わずかに動くナインの口元。

口角が上がり、かすかに笑っているようにソウジには見えた。

「今…お前、笑ったか?」

「笑ってません。気のせいでしょう」

顔を赤くしたナインは否定しきることができなかった。

 

-陣代高校 廊下-

「ここにも、宗介さんはいませんね」

「そうだね」

ルリと共に廊下を歩き、宗介を探すアキト。

シンジと綾波と同じように、二人もまた会話が少ない。

かつてはアキトが会話の起点となることの方が圧倒的に多かったが、今となっては立場が逆転していると言えた。

「意外でした…。アキトさんが同行してくれるなんて」

「サブロウタにルリちゃんの護衛を頼まれたんだ。どうも、あいつは苦手だ…。頼まれると、断れない」

「サブロウタさんも元は木連の人間です。押しの強いところがあります」

「あいつは、いい意味でゲキ・ガンガーの呪縛から解き放たれたみたいだ…」

過酷な木星においてジョージ・グレンからもたらされたゲキ・ガンガーは確かに彼らにとっては希望の光となったかもしれない。

ジョージ・グレンもそれを木星にもたらしたこと、そして自らがファースト・コーディネイターであることを告白したのは、人類の可能性、人類の明るい未来を思ってのことだということは否定できない。

だが、結果としてゲキ・ガンガーは木連の聖典となり、戦意高揚の道具として利用されたことで草壁のような怪物が生まれ、そしてコーディネイターとナチュラルの能力的、肉体的な格差が血のバレンタインから始まる一連の血なまぐさい戦乱の原因ともなった。

だが、サブロウタのようにそんな過去から脱した彼のような存在が増えていき、かつてジョージ・グレン達が夢見た未来を実現させることができれば、きっと数多の犠牲に報いることができるだろう。

「アキトさん…」

「なんだい?」

「私たちの世界へ帰る手段が発見された今、改めて聞きます。アキトさんは帰りたいですか?」

「あいつが無事かどうかを知りたい。だが…」

「いいんです、帰りたいという意思が確認できれば…」

元の世界に帰り、ユリカの無事を確認できたアキトはおそらく、北辰と決着をつけるだろう。

そして、その後のアキトがどうするかはもうルリにはわかっていた。

きっとそうなった時、ルリには彼を止めることができないだろう。

 

-陣代高校 グラウンド-

「キョーコ…みんな、ごめん。あたしがいなかったら、もしかしたら今でも陣代高校に通っていたかもしれないのに…」

探しつかれたかなめは倉庫の壁に背中を預け、日本のどこかにいるであろうクラスメートたち、そしてここに通っていた時の思い出に思いをはせる。

かなめは中学まではアメリカで生活しており、父親は地球連邦政府の高等環境弁務官で、妹であるあやめと共にニューヤークで生活していたが、中学2年の頃に単身日本へ戻った。

きっかけとなったのが母親の病死で、その時父親は多忙さから死に目に立ち会うことができなかった。

そのことから父親と確執があり、それが時が経過するとともに大きくなったからだ。

日本の中学に転入してからはアメリカでの生活が長かったことでなかなか適応できず、白黒はっきりさせる歯に衣着せない習慣から抜け切れずに最悪な日々を送っていたが、それでも父親と一緒に暮らすよりはましだった。

普通の生活を送れるようになったのはこの高校に入ってからだった。

ここで本来であればありえた楽しい未来、それを壊したのはアマルガム。

だが、アマルガムがターゲットとしているのはあくまでもかなめであり、ここを襲撃したのは自分を捕まえるため。

ウィスパードでさえなければ、ささやかな日常までもが奪われることなどなかっただろうに。

(どうして、私…ウィスパードなんかになったんだろう。でも、ウィスパードだから、ソースケに会えた)

最初は厄介者とばかり思った宗介だが、何度も彼に助けられ、彼のまっすぐな姿に次第に心を奪われていった。

彼と出会えたことに対してだけは、かなめは後悔していない。

ガサガサと物音が近くから聞こえてくる。

「ソースケ…?」

時折物陰から警護をすることがある宗介のため、そうかもと声をかけつつ物音が聞こえた場所へ向かう。

だが、そこにあったのは舌を垂らしたツギハギの熊といえる奇妙な着ぐるみの姿だった。

「ぎゃあああああああ!!!って、ペ、ペロリーナ…??」

驚きすぎて腰を抜かしたかなめだが、よく見るとアルゼナルでヴィヴィアンや幼年部の少女たちが見せた奇妙なマスコットキャラの名前が思い浮かんだ。

「な、な、な…なんなのよ、あんた!!」

まだ立ち上がれないかなめが指をさして相手に尋ねる。

いくら着ぐるみとはいえ、しゃべれないことはないだろう。

まさかとは思うが、着ぐるみ姿で潜入した趣味の悪いアマルガムの雇われ傭兵かとも思えた。

もしそれが正しければ、1人きりのこの状況は非常にまずい。

「…ち…て…。今…脱ぐ…」

「え…その声…」

聞き覚えのある少女の声が聞こえ、ペロリーナの中の人がどうにか脱ごうとしているようだが、初めてこういう着ぐるみを着ていることもあり、全く脱げない。

数分間格闘が続くが、脱げる気配が見えない中、ピョコピョコとかわいらしい足音が聞こえてくる。

「え、ええ!?」

「ふもも、もふー!!」

軍人用のヘルメットと防弾ベストを身に着けた、鋭い目つきのボン太くん。

その手にはなぜかアサルトライフルが握られていた。




宇宙世紀世界と西暦世界におけるボン太くんについて
ボン太くんはとあるおもちゃメーカーが遊園地とのタイアップのために作ったマスコットキャラであることはどちらの世界においても共通している。
かわいらしい見た目などから人気となったことで、彼を主人公とした子供向けアニメの『ふもふも谷のボン太くん』が制作された。
ヤマトのデータバンクにも保管されており、15年前に制作されたアニメとは思えないほどの質だったが、それを追求しすぎたことで予算を使い果たし、わずか8話で打ち切りとなった。
そのあおりを受けたことでメーカーも倒産し、その後の複雑な法廷闘争の末にボン太くんの版権はなぜか『おおかわ豆腐店』というおもちゃやアニメとは縁もゆかりもない個人事業主のものとなった。
そうなった経緯は今も不明であり、当時担当していた裁判官はすでに亡くなっていることから、現在も法律研究家や弁護士を中心に首を傾げ続ける案件となっている。
ただし、大川店主の意向により実質的に著作権フリーとなったことで、グッズの販売や動画サイトの作成などで今でも使われており、同人イベントである『ふもっふマーケット』では毎回出席するおおかわ豆腐店の絹ごし豆腐を買うことが愛好家のステータスとなっている。

宇宙世紀世界においても、同じ理由で混乱によって打ち切りの憂き目にあったものの、視聴者たちによる大規模なクラウドファンディング活動によって企業ともども存続しており、現在でも放送が続いているうえに年に一度の劇場版アニメの制作も行っているという。

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