スーパーロボット大戦V-希望を繋ぐ者   作:ナタタク

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第52話 メリダ島強襲

-メリダ島 ドック-

ドックではダナンをはじめとした戦艦のメンテナンスが整備班によって行われており、ダナンについては赤い海による影響のチェックも行われている。

かつては船体についた貝殻を落とすという作業もされていたようだが、赤い海の影響で海の生き物が絶滅してしまったため、今ではそのようなことをする必要がなくなった。

オードリーは壁にもたれ、整備を受ける戦艦たちを見つめている。

「オードリー、見つけたわ」

「あなたは…ええっと…」

「ベルナデットよ。どうしたの?こんなところで」

ここはオードリーやベルナデットのような戦争に縁がないような少女のいるべき場所ではなく、いたとしてもやれることは何もない。

ベルナデットが気になったのはオードリーが浮かべる表情だ。

彼女とこうしてしっかりと顔を合わせるのは初めてだが、それでも今の彼女から焦りなどが感じられた。

「そんな難しい顔をして、大丈夫って言うのは無理があると思うな」

「そういう時は、おなかの中にためていないで感情を外に出してしまった方がいいですよ」

ベルネデットについてきたモモカにとって身近な女性のアンジュはまさにそれを実践しているタイプだといえる。

アルゼナルに来てから顕著になったものの、アンジュリーゼだった頃も我慢できないことがあった場合はモモカに愚痴をこぼすなど、何らかの手段で感情を吐き出していた。

たしかにそれが根本的な解決にはつながらないかもしれないが、ため込みすぎて暴走するよりはいい。

「では…お言葉に甘えさせてもらいます。お二人はこことは別の世界から来たとお聞きしましたが、先日の地球連邦軍のやり方をどう思われますか?」

ちょうど、ベルナデットもモモカもそれぞれ別の世界から来ていて、観点もそれぞれ異なるだろう。

それに、軍人でもないため、より率直な考えを持つこともできる。

「…悲しいことだと思うわ。同じ地球人同士の争いが味方同士の争いにまで広がっていくなんて…」

新正暦世界でも、コスモ・バビロニア建国戦争や木星戦役といった戦争が起こり、木星戦役に至っては地球への核攻撃が行われた。

いくら木星で生活しているからといっても、結局のところありとあらゆる人間の故郷は地球であり、地球なしで生まれてきたわけではない。

そのことを忘れて、争いを繰り広げる愚はガミラスによる攻撃があっても止まることがなかった。

「ああいう人たちが力を持つことは危険です。民を率い、民を守る力を持つ者は誰よりも清く正しい心を持っていなければ、それは世界を炎に包むことになります」

今は亡きジュライ皇帝が言っていた言葉をモモカは思い出す。

力を持つもの、富める者にはそれに見合う義務と責任が存在し、それはたとえ皇族であったとしても例外ではない。

それを忘れて、欲望のために力をふるえば、その結果はアロウズなどのような存在を産むことになる。

「やはり…あなた方もそう思うのですね…」

「オードリー…」

「私は悲しさとともに強い怒りを感じます…」

廃墟となった都市、赤く染まった海。

これはかつて、オードリーが母親や世話になった人から聞いた地球の姿ではなかった。

その光景を目の当たりにし、戦闘が身近に行われているというのに、何もできない自分に対しても歯がゆさを覚えてしまう。

怨念返しよりもやるべきことがあるというのに。

もはやジオンにも連邦にも、相手を完全に滅ぼす以外の選択肢が存在しないというのか。

「あのような人たちを放置しておけば、きっとコロニーに住む罪のない人々まで、いずれ戦渦に巻き込まれることでしょう…」

一年戦争開戦時にジオンが地球連邦軍側に立ったサイド1、サイド2、サイド4で毒ガスを使って人々を虐殺したときのように、2年前のグリプス戦役でティターンズが30バンチ事件を起こしたような悲劇が繰り返される。

かつて、オードリーは世話になった人からある言葉を聞いたことがある。

人は過ちを繰り返す。

かつて、まだ人々が宇宙へ出ることのなかった時代に日本は広島と長崎が原子爆弾の攻撃を受け、多くの住民が虐殺された。

核兵器の開発にかかわっていたアインシュタインも、実際に攻撃を行ったパイロット達もそれが何をもたらすか想像することができなかった。

それがもたらした惨劇を目にしても、戦争の早期終結のためには仕方のないことだったという正義を持ち出す者もいる。

だが、それが生み出してしまった惨劇に目をそむけた結果、核兵器は世界に拡散し、使用され、結果として2つの原爆による攻撃で救われたと思われる命以上の命が奪われていった。

そして、広島と長崎を核攻撃した国もまた、戦争の早期終結という正義のために核攻撃を受け、多くの国民の命が奪われることとなり、己が振るった刃が時を越えて自分に突き立てられることとなった。

そのような悲劇は繰り返さないと誓ったはずなのに、結局はそれを忘れて過ちを繰り返す。

その本質は宇宙へ出ても、ニュータイプが生まれても変わることはない。

いつになったらその歴史を学ぶのか。

「でも、そんな人ばかりじゃない。連邦にも、ロンド・ベルのような人たちがいる。戦争を早く終わらせようと頑張っている人たちが」

コスモ・バビロニア建国戦争でコスモ貴族主義に異議を唱えたベラのように、ナチュラルとコーディネイターの絶滅戦争を止めようとしたキラ達、そして戦争の根絶を求めたソレスタルビーイングのように、過ちを繰り返さないために動いた人々が確かに存在する。

過ちは繰り返されてしまったことが強調されているが、影ではそれが繰り返されないように動き、時には防がれた過去もあるだろう。

愚だけが人のすべてではない。

「それは…私にもわかっています」

実際、そうした人々にオードリーは助けられたのだから。

しかし、彼らの手で戦争が終結するのかはわからない。

果てしない戦争の果てに多くの命と物資が注ぎ込まれ、それはやがてアースノイドもスペースノイドも餓死させる。

その終末はもうすぐそこまで来ている。

世界終末時計の針をほんのわずかだけ戻すだけでは足りないのだ。

「あの…」

「なんです?」

「もしかしてなんですが、オードリーさんって身分の高い方ではないでしょうか?」

「え…??」

「言葉や所作の一つ一つから、そういったものが感じ取れます。まるで、アンジュリーゼ様を見ているようです」

今ではそのようなことを一つもすることはなくなったが、アンジュもかつては両親や教育係から皇族としての立ち振る舞いについて教え込まれ、彼女自身も気を付けてふるまっていたのをモモカは見てきた。

だから、オードリーから感じるほかの人々との違いが分かった。

オードリー自身は流浪の日々を過ごしていたことからあまり意識していなかったが、母親であるゼナや周囲からそういったことを教え込まれていたのだろう。

「そのアンジュリーゼ様というのは…?」

「アンジュリーゼ・斑鳩・ミスルギ皇女殿下であらせられます。ご本人は今、アンジュ様と名乗っておられますが…」

「ええ…!?」

(アンジュに似ているといわれたら、オードリーも困るよね…)

アンジュリーゼだった頃の彼女のことは残念なことにモモカしか知らない。

傲岸不遜で好戦的、ズケズケとした物言いはとても皇女だったとは思えず、そんな彼女みたいだと言われてはオードリーも困惑するしかない。

ベルナデットの脳裏に一瞬、アンジュのようなふるまいをするオードリーが頭に浮かんでしまう。

オードリーもベルナデットも身分の高い女性だとはいえ、やむなき理由でそこから離れた暮らしをすることになったが、アンジュのようにはならなかった。

モモカがそう思っているかは不明だが、おそらくは皇女として抑え込まれていたものを吐き出し、正直になったのが今のアンジュなのかもしれない。

「よぉ、生活班のみんな。ここで何をしているんだ?」

訓練を終え、一度ネェル・アーガマの自室へ戻ろうとしていたリディがオードリー達を見つけて声をかけてくる。

「リディ少尉…」

「じゃあ、オードリーさん。私たちはミコットさんたちと合流して夕飯の支度にかかりますね」

「え…?」

「申し訳ありませんが、ゴミ出しはリディ少尉に手伝ってもらってください。さあ、ベルナデットさん!行きましょう!」

「え…う、うん…じゃあ…」

急に腕をつかまれたベルナデットは何が何なのかわからないままモモカに引っ張られていく。

去っていく2人を見送るオードリーの隣に行き、壁を背もたれにしたリディは左腕につけているお守りを見つめる。

第一次世界大戦の頃に使われていたという飛行機が描かれているそれは幼少期からずっと大事に持ち歩いているもので、リディはモビルスーツよりもこうした飛行機にあこがれを抱いていた。

それを見つめて気持ちを落ち着かせ、改めてリディはオードリーに目を向ける。

「やぁ、オードリー。同年代の友達と話して、気持ちは落ち着いたか?」

インダストリアル7で救助されてからずっと、オードリーはどこか落ち着かない様子で、表情も硬かった。

ベルネデットとモモカのおかげで、少しだけましになったものの、まだ完全になったとは言えない。

こうしたものはお茶とお菓子でもあればほぐれるだろうと考え、誘おうと声をかけようとしたリディだが、その前にオードリーが口を開く。

「リディ少尉…。地球連邦軍の軍人であるあなたにお聞きします。あなたは…今の地球連邦軍をどう思っていますか?」

「先日のGハウンドのことを言っているな…」

「私は…地球連邦軍が想像以上に腐敗していることに失望しました」

ティターンズが崩壊し、地球至上主義者が駆逐されたことでマシになったと思っていたが、たったの1年か2年でGハウンドのような存在が生まれ、そこには元ティターンズの軍人も存在する。

結局外側が変わっただけで本質的にはそのころと何も変わっていないか、むしろ総司令部直属となって地球連邦軍全体の総意となったかのようでむしろ悪化しているといってもいい。

水の油の関係だったとはいえ、同じ連邦軍であるはずのロンド・ベルにまで牙をむくとなるともはや救いがたい。

「それは…一部の連中だよ」

「リディ少尉…」

「地球のことを考えている人間はちゃんといる。少なくとも親父だって、コロニーの連中を皆殺しにすればことが終わるなんて思っちゃいないさ」

少なくとも、ロンド・ベルや自分が軍に入ってから一緒に戦った軍人の中にはそんな愚かな考えにとらわれた人間はごく少数だ。

もしそんな人間ばかりが連邦の軍人にいたら、ロンド・ベルのような部隊はそもそも存在せず、地球もコロニーもとっくの昔に滅んでいる。

オードリーがオーストラリアでの戦闘で連邦に失望してしまったかもしれないが、少なくとも今ここにいる連邦軍人のことは信じてほしいと願っていた。

じっと正面からそう伝えてくるリディにオードリーはよい印象を抱きながら、気になる言葉が頭をよぎる。

「親父…マーセナス。もしかして、あなたのお父様はローナン・マーセナス氏ですか?」

「あ、ああ…」

「ローナン・マーセナス議員…。対コロニー問題評議会議長…」

父親の名前が出されたことで怪訝な表情を浮かべるリディだが、今のオードリーにはそのようなことは関係ない。

保守派の重鎮と称されるローナン・マーセナスは連邦政府内でもかなりの力を持っている。

もし彼に接触することで、今の事態を変えるための手段を得ることができるとしたら。

彼女の脳裏にインダストリアル7でつながりのできたバナージの姿が浮かぶ。

「…リディ少尉、頼みたいことがあります」

「頼み…?」

これはバナージのためにもなる。

そう信じて口を開こうとするオードリーだが、急に感じた蛇のようなプレッシャーに口を閉ざす。

「邪魔するぜ」

気性の荒い海兵よりも物騒でナイフのような声が2人の耳に届き、振り向くとそこにはスーツ姿をした男性が立っていた。

薄黒いスーツが見せるはずの落ち着いた印象はこの男の無精ひげと整っていない髪、そして右目のすぐそばから頬まで続く深々とした切り傷の痕が台無しにしている。

「誰だ!?」

ミスリルの人間ではない。

ミスリルの構成員とは深く接触していないリディにもこの男からは軍人とは別の何かが感じられた。

連邦兵とも、クックタウンで戦ったジオンの軍人とも違う。

危険な感じがして、何かあった時のためにとオードリーをかばうように立つ。

「麗しの姫をさらいに来た…悪漢だよ」

「貴様!ジオンか!?」

「ジオン…?違うな、俺はアマルガム。お前らのお友達のミスリルの…天敵さ」

「アマルガム…。世界の陰で暗躍する私設武装組織…。戦争を望む者…」

アマルガムの存在はミスリルと同盟を結んでいる関係上、ロンド・ベルの面々にもある程度伝わっている。

リディがわかっていることは、彼らが存在してはいけないということだけだ。

「まあ、そんなところだ。今日はクライアントの依頼で憎きミスリルの秘密基地に侵入したってわけだ。しかし、ついているぜ。早速、依頼を片付けることができる」

もしメンテナンス中の戦艦の中にいたとしたら、もう少し骨を折ることになるとは思っていたが、どうやら日頃の行いの良さが招いたのかもしれない。

この目の前の若造は軍人としては日が浅いようで、良くも悪くも生真面目な男である分御しやすい。

それに、愛するあの男にははるかに及ばない。

「この男…私を!?」

「大丈夫だ、オードリー!君は俺が守る!」

「かっこいいねえ、ナイト君。だが、お前じゃあ俺には勝てねえ。士官学校を出たばかりのボンボンじゃあ、覚悟が足りないんだよ。そんなんじゃあ、俺の相手は務まらねえ」

「テロリストのいうことか!?」

正面から殴りかかるリディの拳を男は何のこともなく受け止める。

やはりまっすぐな男、簡単に頭に血が上る。

「おいおい、そんなにカッカするなよ。甘ちゃんだぜ、周りを見な!」

「何!?」

男に指摘され、少し頭の炎に水がかかったリディは自分とオードリーの置かれた状況をようやく理解する。

周りにはメリダ島で見たミスリルの軍服姿の男が数人いるが、彼らはリディとオードリーが襲われているというのに何もしてこない。

そして、彼らの近くには整備兵や同じミスリル兵の死体が転がっている。

「これは…!?」

「一人で侵入するなんて、スパイ映画のようなことをプロがするわけねえだろ!?」

「くっ…!」

おそらく、ミスリル兵を装って侵入してきたのだろう。

どうやって入ってきたのかはわからないが、それよりもどうやってオードリーを逃がすかがリディにとって大事だった。

この数、そして目の前の男。

とても自分だけではかなわない相手。

「伏せろ!リディ少尉!!」

「何!?」

捕まれているものの、可能な限り態勢を低くすると同時にアサルトライフルの発砲音が格納庫に響き渡る。

侵入者の何人かがアサルトライフルの銃弾に倒れ、男は発砲している男を見るとためらいなくリディを近くのコンテナに向けて投げつけた。

「へっ…さすがはクソッタレのミスリルだ。もう気づいたか」

とはいうものの、まだまだ自分はついている。

アサルトライフルを構える男とはまだまだ赤い糸がつながっている。

「貴様は…!」

リディを助けた男、宗介はアサルトライフルを向けた男を見て驚愕する。

この男は本来、ここにいるはずも、そもそも生きているはずもない男だったからだ。

「ガウルン!!」

「会いたかったぜー?カシムー!」

「貴様は香港で死んだはずだ!!」

ガウルンと呼ばれたこの男と宗介は因縁のある相手で、ガウルンがアマルダムに入るよりも前から戦いを繰り広げてきた。

その最後となったのが香港で、その戦闘で彼の体の多くが消し飛び、虫の息の状態になっていた。

宗介の尋問で多少の情報を与えたものの、最後は宗介にある挑発をしてそれを受けた彼の手によって射殺された。

遺体はガウルンが自ら仕掛けた爆弾によって爆破されて木っ端微塵のため、イカれた魔法やクローンでもない限りは生きているはずがない。

「素直になれよカシムー、俺が目の前にちゃんと五体満足で生きているんだ。喜べよ…」

「貴様!!」

「楽しもうぜ、カシムー。そのために俺は地獄から戻ってきたんだからな」

どんな手段を使ったかはわからないが、こうして愛する男ともう1度殺しあえるチャンスをくれた存在にガウルンは感謝する。

「パラメイル第一中隊は周辺からアマルガムを追い込め!!」

「イエス・マム!!」

「薄汚い泥どもは叩き出してやるよ!」

マオの指示のもと、サリアたちは侵入者と交戦を始める。

相手はアマルガムのテロリスト集団であるものの、サリア達メイルライダーも元々はドラゴンと熾烈な戦いを繰り広げ、生き残ってきた面々。

相手がドラゴンから人間に変わっただけで、あの地獄を知っている以上、負けるはずがない。

「リディ!生きてるか!?生きてるなら、オードリーちゃんを頼むぜ!!」

高い位置から狙撃を始めるクルツの言葉にリディは痛む体に鞭をうって起き上がらせ、オードリーの元へ向かう。

「大丈夫か!?」

「はい…」

リディに連れてその場を離れていくオードリーを見るガウルンだが、宗介がいる以上は下手に動くわけにはいかず、見送ることしかできない。

「なかなかの手際だな。指揮をしているのはカリーニンか…」

「アマムガルはどうやってメリダ島の居場所を突き止めた!?」

侵入者の1人を射殺したクルーゾーが答えが返ってこないことを理解しつつもガウルンにどうしても聞き出したい質問をぶつける。

「へっ…さてな。お前らの中に裏切り者でもいるんじゃねえのか?」

「ぐっ…」

メリダ島はミスリルにとっても重要機密となる情報で、ロンド・ベルにもこのような事態になるまでは知らせていなかった。

アルバルトが通信を送る際にも座標情報などを偽装し、少なくともメリダ島の場所は知られないように工作もしている。

にもかかわらず、しかもロンド・ベルとミスリルが集結しているこのタイミングで侵入に成功しているのはいささか相手にとって都合がよすぎる。

否定したいところだが、内通者の存在は否定しきれないところも大きい。

過去に500万アースダラー相当の金塊によって買収されたミスリル兵によって、クルーゾーの先輩であり、宗介たちの上司であったゲイル・マッカラン大尉が殺害された上、ダナン内部で白兵戦騒ぎを起こす結果となってしまった。

おまけに買収されたミスリル兵が宗介らと同じくSRT所属であったことも大きな衝撃を与えることになった。

これは元々が傭兵で構成された集団に過ぎず、ソレスタルビーイングのような理念や目的を共有した集団ではないことによる弊害といえる。

「ハハハ!カシム、お前のお姫様もいずれはいただくぜ!!」

ピンッと何かを弾く音が響き、同時に格納庫に置かれたいくつかのコンテナが爆発する。

爆発とともに煙幕が周囲を包み込んでいく。

格納庫各部の換気扇によって煙幕が次第に出ていくが、その時には既にガウルンも生き残りの侵入者の姿も消えていた。

「くそ…まさか格納庫にまで仕掛けをしていたとは!!」

野獣のような外見のガウルンだが、この身なりでもかつては連邦軍やジオンの汚れ仕事を請け負ってきた傭兵で、これまでに30人以上の要人の殺害に成功している。

その成功を裏付けているのは彼の兵士としての技量や用意周到さも大きいが、そんな彼でもメリダ島で堂々とここまでの準備をしていたのは想定外だった。

「大丈夫か!?オードリー…」

アンジュの誘導でどうにか物陰まで移動できたリディはオードリーを気遣いつつ、自分の体に触れて状態を確かめる。

かなり強く体を打ってしまったが、それでも訓練のたまものである程度の受け身ができていたようで、軽傷で済んでいた。

「大したものね。あれほどの目にあって、しかも死体まであるのに顔色一つ変えないなんて」

「そうでもないわ…」

表情には出さないが、オードリーの胸には暗い罪悪感が渦巻いている。

今回のターゲットが自分であることはガウルンの言葉で明らかであり、今回の事態が起こった原因となってしまい、その結果としてこんな災厄が起こった。

これでは、インダストリアル7の時と何も変わっていない。

あの時もどうにかしようと一人で動いた結果、その影響がまわりまわってコロニー内での戦闘に発展してしまった。

戦いを止めたいと行動して、結果として戦いの火種を生む矛盾。

それを抱えるには彼女はあまりにも若すぎるが、そうするしかない理由が存在する。

「あなた…不思議な子ね。モモカが言っていたわ。私に似てるって」

今のアンジュと正反対で、かつてのアンジュリーゼの頃と比べても、オードリーのような冷静さはない。

どうして似ているといわれたかはわからないが、素直にうれしいという感情がある。

「もっとも、こんな暴力女に似ているなんて言われたら、気分が悪いだけでしょうけど」

「そんなことはありません。あなたが…連邦軍の兵士をいさめたという話は聞いています。そんなことができるのは、為すべきことを知っている人間だからです。だから、私も心を決めることができました」

「オードリー…」

「よくわからないけれど、お役に立てたのなら光栄ね。リディ少尉、ここにはバナージがいないんだから、しっかりナイト役をやってよね」

「アンジュ、ごめんなさい!一人抜けたわ!対応をお願い!」

ナオミからの通信が届いたアンジュはすぐにその場を離れ、対応に向かう。

ここからはリディ1人でもどうにかなると判断したのだろう。

近くには侵入者の姿はない。

「オードリー、あのガウルンという男は明らかに君を狙っていた。君は一体何者なんだ?さっき言いかけた頼みというのは君の正体に関係しているのか?」

確かにオードリーはどこにでもいる少女と違う何かが感じられる。

それとアマルガムに狙われたことには関係があるのかもしれない。

それに、リディをローナンの息子であることも頼み事をした理由だろう。

何か大きなことをしようとしていることだけはわかる。

「教えてくれ、オードリー。俺は君の力になりたいんだ!」

まっすぐな目で、純粋に手を伸ばしてくれるリディ。

それはインダストリアル7で助けてくれたバナージと似ている。

「リディ少尉…あなたを信じます。私は…」

 

-トゥアハー・デ・ダナン 艦橋-

「基地に侵入したアマルガムはすべて基地外へ駆逐しましたが、連中はアームスレイブを展開しています」

「展開が早すぎますな…」

「ええ。基地だけではなく、密林の中にも仕掛けていたのかもしれませんね」

次々とキャッチしていく敵部隊の反応。

そして、守備部隊は彼らと交戦を始めていた。

相手の数は今は互角だが、ここからおそらくは増援もやってくるだろう。

もしかしたら、ここまでメリダ島のミスリルも泳がされていたのかという嫌な予感がテレサの脳裏をよぎる。

メリダ島の位置はずっと前から知られていて、作戦のための仕掛けを念入りにされていた。

それだけのことができた原因を今は論じている場合ではない。

「目標は千鳥かなめでしょうか…?」

「そうかもしれません。けれど、メリダ島の位置が知られたことは大きな打撃です」

「ええ…既に通達は済ませています。基地の人員及び資材の搬入を開始しています。ルオ商会も協力してくれています」

「遺憾ながら、我々はこの基地を放棄せざるを得ません…。ですが、我々の大切な家を土足で踏み込んだ者を許すわけにはいきません」

「イエス・マム」

「ウルズチームおよび第1中隊に出撃準備を!Ξガンダムは!?」

「改修は完了、出撃可能です!!」

 

-トゥアハー・デ・ダナン 第1格納庫-

「だいぶ様変わりをした…。Ξガンダム」

初めてそれを見たジュドーから悪役みたいと言われたことを思い出す。

グレーに近い白をベースとしたカラーリングとなっていて、ブレードアンテナと両腕が大型化している。

胸部にもガンダムヘッドがついたかのような様相はこれまで開発されたガンダムとはかけ離れたものといってもいい。

「ハサウェイ、フライトモードの再調整も行ったわ。相手のミノフスキークラフト搭載機と比べても素早く変形できるわ。シールドもより頑丈になって、いろいろ隠し玉も用意しているから、信頼していいわ」

「ありがとうございます、チェーンさん!」

メリダ島に到着してから、νガンダムともども付きっ切りで面倒を見てくれて、ヤマトの整備兵や万能工作機の助けも借りたことで損傷したΞガンダムは生まれ変わったかのように調子を取り戻した。

「でも…大丈夫なの?こんな設定…」

Ξガンダムを整備している際にハサウェイから要望されたこと、それはAI関連のことで、サジェストや補助を削るようにと言われた。

確かにそうすることで、玄人ならより速い反応速度を実現できるだろう。

だが、ハサウェイの実力はそこまで行っていない。

「使って見せますよ。そうじゃなきゃ…生き残れない」

ハサウェイの脳裏に浮かぶのはペーネロペーで、そのモビルスーツにしてやられたことは強烈に記憶に残っている。

後ほんの少しでも早く動ければ、もっと早く反応すれば、ペーネロペーに対抗し、上回ることができる。

おまけにコックピットも手を加えられ、もうすでに廃止が決まっているアームレイカーが変更されている。

最初はそれらの変更をチェーンは反対したが、アムロのとりなしによって採用されることになった。

「気を付けて、ハサウェイ。少しでも変になったらすぐに引き上げるのよ」

「わかりました」

「ハサウェイさん」

チェーンを入れ替わるように、モニターにテレサの姿が映り、ヘルメットをかぶったばかりのハサウェイはバイザーを下げずに彼女を見る。

「…気を付けて」

「はい。ありがとうございます、テレサ艦長」

「…テッサ」

「え?」

「テッサって、呼んでください」

確かにテレサが親しい人々からテッサと愛称で呼ばれていることはハサウェイも知っている。

そう呼んでほしいといわれたことに驚きを覚えるが、不思議と嫌だと思わない。

「…じゃあ、行ってきます。…テッサ。ハサウェイ・ノア、Ξガンダム行きます!」

バイザーを上げ、天井が開いたのを確認したハサウェイはΞガンダムを飛翔させた。

 

-トゥアハー・デ・ダナン 艦橋-

「艦長…」

飛んでいくΞガンダムの姿をモニター越しに見送るテレサの先ほどの言葉はマデューカスにとって、少々嫌な予感がした。

以前、テレサは同年代である宗介に思いを寄せていて、そのことから彼に対してはかなり警戒していた。

ある時、ダナンの整備で暇のできたテレサは短期間だけ宗介とかなめが通う学校に登校したことがある。

おまけに宗介の日本での住処で寝泊まりする形となったのだからマデューカスはより警戒心をあらわにし、宗介にはもし彼女に破廉恥な真似をしたら、八つ裂きにしたうえで魚雷発射管に詰め、300キロの爆薬とともに射出するとまで宣言していた。

その上に妊娠させたというなら、さらに精神崩壊するまで馬鹿歩きを核爆発によって消し飛んだジャブローの廃墟でやらせ、訓練キャンプではバナナとラズベリーで武装した敵からの護身術の教官をさせたうえで最後はカミカゼ・スコットランド兵としてア・バオア・クーに特攻させることを本気で考えていたようだ。

だが、宗介自身がテレサ本人に自分の想い人はかなめであることをはっきりと伝えたことでその心配はなくなったのだが、今度はΞガンダムのテストパイロットという名目でハサウェイが悪い虫になった、

宗介とは違う穏やかでごく普通の少年のように見える彼で、ネオジオン戦争時に彼の身に起こったことについてはある程度ブライトから聞いている。

大切な人を失った心の傷、異性の心をもしちゃんと知っていれば、クェスを失うことにつながらなかったはず。

そんな彼のために、次元転移する前にかなめとテレサは2人でハサウェイにそれについてのレクチャーをした。

そこでの多くの時間を宗介への愚痴で費やしたかもしれないが、そのことがテレサとハサウェイが近づくきっかけになったのかもしれない。

そして、現在はテレサとのマンツーマンで指導が継続している。

(トラウマをある程度克服した恩をまさかこのような形で仇にして返すとは…ハサウェイ・ノア。貴様を徹底的に監視させてもらうぞ…)

ピリピリと伝わるマデューカスのプレッシャーに艦橋の面々は沈黙していた。

 

-ラー・カイラム 格納庫-

「くそ…!ここでも敵が来るなんて!?メリダ島は安全じゃなかったのか!?」

ナラティブガンダムにリタとともに乗り込んだヨナはいきなりの事態に動揺を隠せない。

ウルズチームとの模擬戦である程度操縦のやり方などは理解できたが、まだ完全にものにできたとは言い難く、このタイミングでの出撃に不安を抱く。

もちろん、自分1人だけが被害に遭うならまだいいが、問題なのはサブパイロットとしてリタも一緒に乗ることだ。

撃墜されたら、自分だけの問題では済まなくなる。

自分のミスがリタへの危険と直結してしまう。

「文句は敵に言いな!敵がこちらの事情を理解して動いてくれるはずがないだろう!?」

先にリ・ガズィに乗り込んだケーラから言い捨てられ、ぐうの音も出ないヨナがナラティブガンダムをカタパルトに異動させる。

戦闘によって既にメリダ島ではいくつも火災が発生している。

「ナラティブガンダムの出撃準備、完了です!」

「ヨナ少尉、まだ君はナラティブガンダムに慣れていない。後方支援に徹してくれ」

「…了解です、ブライト艦長」

「大丈夫。ヨナなら、できるよ。私も頑張るから」

「…。ヨナ・バシュタ、リタ・ベルナル…ナラティブガンダム、行きます!」

できるとは思わないが、やるしかない。

カタパルトから射出されたナラティブガンダムは森林に降りていった。

 

-メリダ島-

「うわっ…!!」

飛んできたミサイルをシールドで受け止めたバナージは撃ってきた相手の探知を急ぐ。

頭がない代わりに背中から頭に当たる部分までミサイルランチャーを取り付けたアームスレイブ、ミストラルⅡ3が存在し、これらは現行のアームスレイブの中では旧型だ。

だが、対戦車ミサイルやグレネードランチャーを装備するなど、火力については現行機とも渡り合えるもので、複数機によるミサイル攻撃は新型モビルスーツでも撃破されてしまう可能性がある。

これはかつての一年戦争でザクⅡが戦車部隊による集中攻撃で撃破された複数のケースと似ている。

バナージはミストラルⅡに向けてリゼル用のビームライフルを向ける。

(ビームマグナムじゃ、加減が効かない。ここはビームライフルの方が!!)

発射されたビームが2機のミストラルⅡを焼き払うが、残り1機が密林に紛れて姿をくらます。

「隠れた…どこに!?…後ろ!?」

生き延びた1機に気を取られている間に、別のミストラルⅡの部隊が攻撃準備を整えていて、ユニコーンガンダムのバックパックを捉えていた。

今すぐ振り返って攻撃しようにも間に合わない。

「集中しろ、バナージ!!」

ジュドーの声がコックピットに響くと同時に、バナージを狙っていたミストラルⅡをミサイルの雨が襲い掛かる。

ミサイルを受けたミストラルⅡは爆散していき、ユニコーンの背中を守るようにZZが立つ。

「ジュドー…」

「オードリーにはリディ少尉がついているわ。私たちは艦が攻撃されないように、あいつらを叩き返せばいいのよ!!」

偵察機替わりとして、上空にはドダイ改や赤い4本足の亀のような形をしたサブフレイトシステムであるギャルセゾンが飛んでいて、飛行しているヴィルキスに向けてビーム砲やメガ粒子砲で攻撃を仕掛けてくる。

いずれも装甲の薄いパラメイルには脅威となるもので、特にメガ粒子砲はサブフライトシステムとしては過剰な火力といえる。

「そんなの、ドラゴンと比べたら!!」

自動操縦のせいか、これらのサブフライトシステムの動きは単調であり、時には羽根を巨大化させてカッターのように切り裂いてきたり、口から緑の炎を発射してきたりもする変幻自在なドラゴンと比べると、相手にならない。

ビームをかいくぐったヴィルキスはアサルトライフルでまずはギャルセゾンのメガ粒子砲を破壊し、真上にとりつくとラツィーエルを一刺しした。

ラツィーエルで貫かれたギャルセゾンは火を噴きながら地上へ落ち、続けてアンジュは回頭するドダイ改にアサルトライフルに搭載されているグレネードランチャーを撃ち込んだ。

「アンジュ、バナージにそんなことを伝えても逆効果になるんじゃ…」

「アンジュにそういう気を遣えというのは無理な話だ」

アンジュらパラメイル第1中隊とともに上空の敵機の対応に当たるトビアとアスランの脳裏に、バナージに気を使って言葉を選ぶアンジュの姿を思い浮かべるが、即座にあり得ないことと切り捨てる。

そんなことが仮に起こったなら、おそらくこの海はすぐに青く戻ることだろう。

「聞こえているわよ!!」

「す、すまない…!」

「おびえなくっていいよ。別に怒ってないから」

「おおっ!なんかアンジュ、機嫌いいじゃん!」

「アンジュ、何かいいことあったの?」

「まあね」

気になっているルナマリアには申し訳ないが、これはあくまでも自己満足で自分だけの喜び。

これをほかの人に伝えるつもりなど毛頭なかった。

「そしてぇ…あたしもあたしでご機嫌そのもの!!」

怪我が治り、メイやイアンのおかげで修復が終わったレイザーに乗るヴィヴィアンはきれいになった上にパワーアップした愛機を思い切り飛び回らせる。

「ヴィヴィアンちゃん、久しぶりの出撃なんだから無理に動いちゃだめよ」

「大丈夫大丈夫!さあ、さっそく新武装、いっくぞー!!」

低空飛行を始めるレイザーの後ろ越しに追加されたケーブル接続の刃が分離して、地上で対空ミサイルランチャーを発射しようとしているサベージを襲う。

刃部分にもスラスターが搭載されていることからスピードはファンネルに匹敵し、上空に気を取られていたことも相まってサベージの胴体を刃が貫通した。

「うーーーん…いいじゃんいいじゃん私の尻尾!!」

 

「艦には近づけさせるかよ!!」

ヴァングレイが上空からレールガンを発射し、地表からヤマトに向けて攻撃を仕掛けようとしたブッシュネルをスクラップに変える。

小型機との戦闘は西暦世界で経験し、新正暦世界でもガミラスの戦闘機と戦闘しているため、ソウジには慣れっこだ。

「ナイン、敵機の数は!?」

「密林内に40機以上…いえ、待ってください!さらに援軍が!!」

「そんな…!!」

モニターに表示されているのは太った胴体に2枚の巨大な羽根がついた紫の大型航空機、ガウ複数機がドダイ改に乗るギラ・ドーガとギラ・ズールの混成部隊に守られて飛行している姿だった。

「妙な部隊と一緒に、ジオンも相手にするのかよ!?」

「ナイン!ジオンが到着するまであとどれくらいかかるの!?」

「ガウの予測スピードから計算すると…あと10分!!」

「10分か…くそっ、これじゃあ収容が間に合わねえぞ!?」

安全地帯と思われていたメリダ島が獣の狩場へと変貌と遂げていった。




機体名:ギャルセゾン
形式番号:なし
建造:アナハイム・エレクトロニクス社
全高:不明
全備重量:不明
武装:ビームガン、機銃、メガ粒子砲×2
主なパイロット:アマルガム兵、ジオン兵

アマルガム、およびジオンで運用されるサブフライトシステム。
モビルスーツの大型化に対応するように、従来のサブフライトシステムから大型化しており、メガ粒子砲の採用によって火力も増強されている。
また、ランディングギアを展開することによって2機までモビルスーツを縦列配置することが可能となっている。
アマルガムではアームスレイブを搭載させることもあるが、それ以上に上空からの偵察支援で運用されることが多いようで、これはアームスレイブを運用する傭兵部隊でのサブフライトシステム運用とほぼ同様なものとなっている。

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