スーパーロボット大戦V-希望を繋ぐ者   作:ナタタク

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第37話 疑念

-太平洋 日本領海内 鳥島付近-

伊豆諸島の南、日本列島から離れた場所に位置する鳥島は今日も緑に包まれ、動植物たちが謳歌している。

かつて、江戸時代にペリーとの交渉の立役者となったジョン万次郎が漂流した地として知られるその島は現在も日本政府から天然記念物として指定されており、許可がない限りは上陸すら認められない。

そんな普段なら人が入らない島の西側の海で異変が起こる。

ゴゴゴゴと海底から鋼鉄でできた曲線のアーチが浮上しはじめ、鳥も魚もその場から逃げ出していく。

自然の中では不釣り合いな人類の遺産、マスドライバーが現れた瞬間だった。

既にトゥアハー・デ・ダナンが待機しており、発射カウントも始まっている。

 

-マイトステーション 通信室-

「トゥアハー・デ・ダナン、接続完了。これより、発射シークエンスに入ります」

「まさか、これを使うときが来るとは…」

めぐみと浜田がコンソールを操作し、準備を進める中、青木はモニターに映るマスドライバーにどこか寂しさを感じていた。

元々、このマスドライバーは旋風寺コンツェルンが宇宙への物資輸送の円滑化のために開発されたもので、完成時期と3年前のあの大戦の時期が重なったことから、戦争に利用されることを恐れた舞人の父と裕次郎の判断で海底に秘匿されることになった。

戦争がなくなり、平和に活用できるようになった日に初めて使おうといつも言っていた。

だが、今自分たちは火星の後継者が相手とはいえ、戦争のためにそれを使おうとしている。

裕次郎が許したとはいえ、それでも罪悪感を覚えてしまう。

しかし、これで彼らを送り出すことで、戦いを終わらせることができる。

今はただ、それを信じるしかない。

「頼むよ、舞人…みんな」

「マスドライバー、発射まで3、2、1…発射!!」

発射されたトゥアハー・デ・ダナンがすさまじい加速と共に空へと打ち上げられていく。

そして、ものの十数秒でその姿は空へ消えていき、煙だけが遺された。

 

-ネルガル重工 会長室-

「トゥアハー・デ・ダナンは無事に出航できたみたいですな」

丸眼鏡をかけた穏やかな印象の男性と真ん中に生え際がある、耳を隠れる程度のセミボブな髪の女性がその光景をモニターで見ていた。

男性はネルガル重工の会計係を務める男で、関係者からはプロスペクターと呼ばれている。

事務方の人間にしか見えないが、そのくせ銃が扱える、裏社会の知識に精通している、ルリほどではないがハッキング技術を持っているなど、謎の多い人物だ。

女性の方は会長秘書を務めるエリナ・金城・ウォンで、日本人とベトナム人のハーフだ。

かつては補充要員としてナデシコに乗り、アキト達と行動を共にしていた。

「あとは、衛星軌道上の指定ポイントでナデシコ、マサアロケットマイルド及びトレミーと合流するだけです」

「まさか…宇宙へ行ける潜水艦とは。あれが空を飛ぶことができたら、世界中のどこへでも行ける奇跡の艦になりますな」

「ええ…。なお、例のものは既にナデシコに渡してあります」

「ここからは…ルリ艦長が狙いを定めたターミナル・コロニーのアマテラスに本当に火星の後継者がいるかどうか、だ」

会長室にほっそりとした目をした茶髪の男性が、ワイシャツなしな上に来ている赤いラインの入った白のスーツをボタン全開にしたことで腹部や胸元が丸見えになった、この部屋には似つかわしくない服装で入ってくる。

「それにしても、ダナンの整備をこっちでやったおかげで、例の物の完成がまた遅れてしまったよ」

「それについては、旋風寺のご老公から怒りの連絡が入っております」

予想通りのプロスペクターからの言葉に彼は鼻で笑い、モニター正面のソファーに腰掛ける。

ダナンは宇宙空間での航行が可能となっているものの、転移やドラゴンとの戦いの影響で船体や各部機能にダメージが生じていた。

特に冷却機能の破損は作戦終了後の大気圏突入に置いては大きな問題となる。

そこで、ネルガル重工が修復を行った。

もちろん、100%善意で行ったわけではない。

勧善懲悪のスーパーロボットよりもリアルロボットを好む彼がそれを許すことはない。

ダナンの修理の際に技術データなどをある程度提供してもらった。

その返礼として、修理だけでなく宇宙で使える隠し玉を搭載している。

それをあの美少女艦長が気に入るかどうかは別として。

ただ、そのために例の物の完成が遅れたのは痛い。

それを完成させることができれば、火星の後継者にとっては大きな痛手になるはずだった。

最も、戦力バランスを計算し、宇宙にいるとされるヤマトという未知数の戦力を奪還できれば、こちらが逆転できる。

もちろん、ヤマトの性能がソウジやチトセ、ナインが言っている通りの物ならばという話だが。

そんなことを考えている中でモニターに憤慨した裕次郎の姿が映し出される。

「こりゃ、ボンボン会長!なんで潜水艦の整備を勝手にネルガルが請け負った!?マスドライバーがあるのはこっちだぞ!?」

「お久しぶりです、ご老公。そんなに怒られると、お体に障りますよ」

「毎日納豆を食っとるワシに大きなお世話じゃ!質問に答えんと、バリカンでその長髪を丸坊主にしてやるぞ!!」

「答えるも何も、おたくは鉄道、うちは艦船。扱う分野が違うじゃないですか」

顔を真っ赤にして起こっている裕次郎に対して、恭しくも冷静に、理路整然と話をする彼がネルガル重工の会長、曉ナガレだ。

クリムゾングループが急速に力を伸ばし、ネルガル重工が衰退したことから表舞台から姿を消しており、今は陰でコソコソと根回しや工作をしている。

すべてはネルガル重工再興のために。

裕次郎とは会社の扱う分野が異なることから、ライバル企業とは言い切れないところがあり、こちらからは少なくとも仲良くしようと話しているつもりだ。

裕次郎にとってはそれが面白くないようだが、そんなことは気にしていない。

それに、そんな言いがかりをつけてくる理由はもうとっくに分かっている。

「それはそうだが…ワシだって、噂のテッサたんに会いたかったんじゃ!」

「そんなことだろうと思っていましたよ。…でも、そちらには星野艦長がいたじゃないですか」

「ワシは電子の妖精もテッサたんもみーんな、独り占めにしたいんじゃよ!!才色兼備、どちらも舞人の嫁さんにふさわしい!!」

「親馬鹿ならぬ、爺馬鹿も相変わらず…」

自分のハーレムを作ろうなどと思っていない分、まだ健全でよいが、それでも女性陣にとっては迷惑な話だろう。

それに、2人を舞人の嫁にしたいと思っているらしいが、無理な相談だ。

ルリはまだそういうことに興味を持っていないことから問題外として、ナガレの目からすると、テレサは今、自分の部下であり、同年代の軍曹に思いを寄せている。

おそらく、その思いは報われないかもしれないが、まだダナンには出向してきたもう1人の、同年代の少年がいる。

もしかしたら、そちらへ流れるかもしれない。

だが、そろそろ裕次郎に黙ってほしい、主導権を取り戻したいと思ったのか、ナガレは彼にとどめの一言を口にする。

「こうなってはかつてのソレスタルビーイングメンバーも形なしですね」

「…!」

「僕が知らないとでも思ったのですか?だとしたら、甘く見られたものです」

ネルガルシークレットサービスが様々な情報を集めており、裕次郎のことも既に耳に入っている。

ただ、さすがは旋風寺コンツェルンの会長というだけあって、中々尻尾をつかむことができず、ようやくそのことを知ったときはとてもそんな印象が感じられなかったこともあって、驚いてしまった。

ここからの主導権はナガレのものだ。

「いずれガンダムによって戦乱が巻き起こると知ったあなたはソレスタルビーイングを脱退…その後、中立のインフラとして戦火の影響を受けづらい鉄道網で世界を結んだのは大いに賞賛すべきことです」

「…昔のことじゃよ」

若いころの裕次郎はソレスタルビーイングに所属し、テストパイロットとしてかかわりを持っていた。

参加したのはナチュラルとコーディネイターの対立や各国で起こる紛争やテロで混乱する世界をどうにかしたいという思いからだった。

しかし、ソレスタルビーイングは彼の思ったような組織ではなかった。

刹那達ガンダムマイスターやトレミーのチームは末端で、水面下では科学者や大企業やかつての国連の重役などがトップに立ち、世界をコントロールしていた。

将来、ガンダムの武力介入を行うことのできる環境を作り出すために。

かつての太陽光発電紛争もその環境づくりの手段の1つで、そのために国連に石油輸出停止させ、軌道エレベーター技術を普及させたことで戦争の火種を作り出した。

それによって地球は4つの経済ブロックに分かれることとなった。

そうしたことに嫌気がさした裕次郎はソレスタルビーイングを脱退し、旋風寺鉄道を立ち上げ、今の旋風寺コンツェルンへとつなげている。

ソレスタルビーイングに入っていたことは誰にも明かしておらず、家族も知らないことだ。

「だが…血は争えんということか。息子夫婦はああなってしまった。ワシにとっては思い出したくない思い出じゃ」

「それは…大変失礼しました」

「だからこそ、せめて孫の舞人にはだれよりも幸せになってもらいたいんじゃ!!その邪魔をする奴は…」

 

「ご老公のお話…長くなりそうですね」

長話に付き合わされるナガレに軽く同情するエリナだが、すぐにそんな同情を切り捨て、次の仕事に視線を向ける。

ナガレにとって、裕次郎とは親の代から付き合っており、無下にはできないところがある。

そんな彼には表舞台からバックレた分の仕事をここでしてもらうことにした。

例の物が完成するまでは、最短でも1カ月はかかる。

それなしでも彼らならば勝てるかもしれない。

しかし、今回の戦いは勝利して終わりとはならない。

「ふうう…疲れたよ」

「お疲れさまでした、会長。それにしても、現在の若きトップお2人は随分と方向性が違いますね」

「当然さ。旋風寺のヒーロー君は、あのままでいい。若さのまま、どれだけ突っ走れるか見てみたい気がするからさ」

「彼の時とは…反応が違いますね」

「変わったんだよ。僕も…そして、天河君も。…悲しいことにね」

「…はい…」

3年前のアキトも舞人ほどではないが、正義というものを信じ、ヒーローにあこがれていた。

そのころのナガレはそんなアキトを馬鹿にし、その思いを否定していたことで、ライバル関係となった時期がある。

今はお互いに主義主張を認めあえるだけ、大人になれたということだろう。

だが、アキトは火星の後継者のせいでユリカとの幸せな時間を奪われた挙句、変わり果てた姿となってしまった。

今のアキトはヒーローにあこがれた彼ではなく、何も守れなかった罪悪感に押しつぶされ、すべてを捨ててでもその原因を作った火星の後継者と北辰をつぶそうと1人で戦う修羅だ。

そんな彼になってしまうことを誰が予想できただろう。

さすがのナガレも最後の一言を言った時は悲しげな表情を見せていた。

だが、すぐに元の調子に戻る。

「で、現実主義の…いわゆるリアル系の僕としては、同じ勝つなら、よりセンセーショナルな勝ち方でネルガルをアピールしたいわけ。ま…こちらからのプレゼントを使うかは、あの快男児君に任せるけどね」

彼ならば使いこなせると踏んでナデシコを介して託したが、それが本当に使える可能性は五分五分だ。

少なくとも、素質の問題はクリアしているが、問題は今の彼の体だ。

それが本来持つはずだった素質を邪魔している。

これも自信作の一つであるため、ぜひとも成功させてほしいところだ。

「クリムゾングループは火星の後継者を支援していますからな。確かに彼らの勢力拡大はわが社にとっても困ることですが…」

「火星の後継者と戦う理由はそれだけじゃないよ」

「…と、いいますと?」

本当は分かっているくせに、相変わらず見透かしたように質問してくるプロスペクターにナガレは余裕の笑みを見せる。

彼と腹の探り合いをして勝った試しはなく、3年前はガブリと噛まれたこともある。

その時は本当に痛くて、彼を敵に回すようなことをしたくないと思っている。

「さすがにネルガルのトップともなれば、この世界の構造が少しは見えてくる」

「旋風寺コンツェルンとは違い、わが社はグレーゾーンなところまで手を出していますからね」

「で…その結論としてだ。このまま連中をのさばらせておくと、世界を取り巻く嫌な空気がさらに蔓延すると判断したわけだ。ここまで末期的な状況を改善するには、本当に世界を一度破壊するしかないとさえ思っているよ」

「では、世界征服をされますかな?」

「言ったろ?僕はリアル系だ」

それに、ネルガル重工会長でもひどく忙殺されるというのに世界の王になるとより一層忙しくなる。

そんな面倒くさいことに付き合うつもりなんてさらさらない。

自分に世界の混乱の責任の一切を集めて、自分が解放者となる英雄に殺されることで世界を救うという自作自演もやるつもりはない。

「だから、現実的な手を使っていくよ。ヒーローらしからぬ、セコくあくどい手でね」

そんな役割を彼らができるとは思っていないし、そんなことをさせる気もない。

こうしたことをするのは、元から憎まれっ子であるナガレが適任だ。

憎まれようが恨まれようが、目的を達成できるならそんなのは蚊に刺された程度の痛みでしかない。

「…ところで、その個性的なお召し物は?」

「悪くないだろう?とっておきの場面のために用意したものさ」

おそらく、そのとっておきの場面はもうすぐ来る。

その時がネルガル重工復権の時だ。

 

-地球近海 トゥアハー・デ・ダナン 第1格納庫-

「しかし、ダナンが宇宙を航行できるとは驚きましたよ」

先に宇宙へ上がったナデシコとトレミーをモニターで見つつ、舞人は異世界の潜水艦の驚くべき一面に関心を見せていた。

自分たちの世界にある潜水艦にはそんな機能を持っているようなものはない。

あったとしても、そのようなものを作るくらいならミネルバやアークエンジェルのような航空艦を作った方が有益と判断するだろう。

「俺たちの世界じゃ、戦いは大気圏内外を問わず、いたるところで起きてるからな」

「ダナンは当初は潜水艦だったが、ミスリルが航宙艦として改造して今に至る」

トゥアハー・デ・ダナンそのものは旧型の潜水艦で、潜水艦そのものの戦闘力とモビルスーツをはじめとした機動兵器の母艦としての機能を兼ね合わせたものとなっている。

単艦行動を前提としているためか、ベイロードが大きく、そのおかげでアーム・スレイブだけでなく、大型モビルスーツであるクスィーガンダムを乗せることができる。

なお、舞人がここにいるのは鉄也のグレートマジンガー共々勇者特急隊もダナンに搭載されているためだ。

「最も、マスドライバーがあって助かったよ。あれがなきゃ、簡単にダナンを宇宙へ飛ばせないからね」

「戦艦の建造はネルガルの得意分野です。あちらに整備を頼んで正解でしたね」

「テッサとしては、そうでもなかったみたいだけど」

「ええ、まぁ…」

言いにくそうに困った顔を見せるテレサを見て、舞人は納得したようにうなずく。

ナガレは可愛らしい女性を見つけると、何かと理由をつけてデートやベッドに誘うことが多い。

彼が表舞台から姿を消した理由の中にはネルガル衰退だけでなく、そうした女性スキャンダルもあるようだ。

彼が姿を消す直前の週刊誌は連日のようにナガレの女性スキャンダル記事が第一面を飾っていた。

彼と連絡を取ることができなくなった舞人はそうした軽薄なところは飽きれてはいたものの、やはり同じ経営者の仲間として彼のことを心配していた。

だが、そんな相変わらずな一面を見ることができたため、少し安心した。

彼に翻弄されたテレサには心から同情するが。

「でも、おかげでこうして宇宙へ出ることができました。…ここから見ていると、地球の青さを改めて実感できます」

「そうだね、地球が水の星って言われている理由が分かる気がするよ」

「この子に…トゥアハー・デ・ダナンに青い海を見せることができて…よかったです…」

テレサは感動の余り、つい泣き出しそうになるのを我慢しつつ、モニターに映る青い地球を見つめる。

かなめは何も言わずにテレサの肩に手を置いた。

「すみません、つい…。このトゥアハー・デ・ダナンは人類にとって、見捨てられた海という環境に再び戦略的価値を見出そうとしたものですが…これを開発した人々は失われた過去に思いをはせていたのかもしれません…」

「…そうかも」

テレサ達のいる世界の海は赤い。

ジュドーと行動を共にしていた舞人はそのようなことを聞いた。

それはプランクトンの異常繁殖でできた赤潮とは全く違うもののようで、テレサが『見捨てられた』と表現していることからも何か大きな問題があるのかもしれない。

彼らが積極的に自分たちの世界のことを語ろうとしない理由もその中にあるのだろう。

聞きだしたくても、テレサ達の曇った顔を見ているととてもそんなことを聞きたいとは思えなかった。

 

-トゥアハー・デ・ダナン 第2格納庫-

第2格納庫ではミスリルの技術者たちとアルゼナルから出向してきた整備班の少女たちが集まり、アーム・スレイブやパラメイルの装備の変更を行っていた。

ファルケと2機のガーンズバックには折りたためられたフォースシルエットのような追加のバックパックが装着されている。

主に陸上での戦闘に特化したアーム・スレイブだが、こうした追加装備を施すことで宇宙でも戦闘が可能となっている。

「なぁ、おっさん。本当にパラメイルも宇宙へ出られるのかよ?」

「心配いらん。コックピット周辺の気密フィールド処理を旋風寺重工がやってくれたそうだ。もっとも、その実作業はその下請けがしたらしいがな」

アーバレストの整備を行うサックスが自身のハウザーを気にして声をかけてくるロザリーの質問に答えるものの、手を休める気配はなく、視線はしっかりとアーバレストに向けられていた。

バックパックに放熱板がついているアーバレストにはファルケやガーンズバックにやったような追加のバックパックを装備させることができない。

ただし、ラムダ・ドライバを使う際にその放熱板をスラスターの替わりとしてイメージすることで宇宙での運用も可能だというのはアルの意見だ。

ただし、まだ宗介がラムダ・ドライバを起動させるのに時間がかかるため、出撃するまでにタイムラグが生じるのは避けられない。

また、いざラムダ・ドライバが機能停止したら本当に宇宙で漂流してしまうことになる。

そのため、アーバレストにはほかのアーム・スレイブにはないアポシモーターをいくつもつけており、少なくとも宇宙での姿勢制御はラムダ・ドライバなしでもできるようにはなっている。

「大丈夫なのかよ!?こんなので!!」

ロザリーはフライトモードになっているハウザーのコックピットに展開されている透明なフィルムのような薄い障壁に触れる。

今のロザリーはソレスタルビーイングから支給された、ライダースーツと同じ色のノーマルスーツ姿になっており、宇宙ではそれとフルフェイスのヘルメットを装着して出撃することが義務付けられている。

ライダースーツとは異なり、長時間の行動や排せつの利便は考慮されておらず、それと比較するとやや動きづらいところもあってまだロザリーは着慣れていない。

このようなフィルムで本当に空気のない宇宙の無重力空間で戦って大丈夫なのかと心配になる。

そもそもパラメイルは海に落ちると装甲内に水が入ってくるほど気密性が皆無な機動兵器だ。

ロザリーにとって、それは申し訳程度につけたようなものにしか見えなかった。

「小さい町工場だが、技術は確かだと聞いている。なんでも、元ナデシコクルーが関係しているとか…。それに、こいつは実用化もされているぞ」

恐怖を感じるのは分かるが、簡易的な作業機にもこうした気密フィールド処理は採用されており、この世界では一般的なもののようだ。

サックスも最初は不安を感じたが、技術者からの説明で今ではすっかり納得し、安心している。

「でも、もし攻撃を受けてコックピットまわりに穴が空いたら…」

「そん時は一瞬でオダブツだろうね。うまく脱出できたとしても、果たして拾ってくれるかどうか…」

「そんなぁ…」

「俺としては、コックピット周辺を改造してしっかり体が装甲で隠れるようにしたいところだがな…」

そうした改造を行うには、一度コックピットを引き抜いて改造しなければならない。

コックピットに手足がついたような設計となっているパラメイルにとっては一からの改造と同じようなことを意味し、しかもそれの設計図もできていない。

火星の後継者を倒して、余裕ができたらそうした改造をしていきたいとは思っているが、その時にはパラメイルが宇宙で戦うような理由もなくなっているだろう。

「ヒルダ、余計なことを言うのはやめなさい!」

「本当のことだろう?だいたい、そんなのは宇宙での戦いに限った話じゃない。あたしらはロクに装甲のないコックピットに座ってドラゴンと戦わされてきたからね」

「考えてみたらそうね。ヴィヴィちゃんなら、風を受けて飛ぶと気持ちいいっていうかもしれないけど」

ドラゴンとの戦いでも、ヒルダがいっていたコックピットまわりへの攻撃がメイルライダーにとって命を左右する。

刃物のような羽根に口から発射してくるビームや雷など、いずれも受けたら死ぬのは目に見えている。

そう考えると、気密フィールド処理は少なくとも宇宙での活動の安全性を保障してくれる。

むしろ盾が増えてありがたいと思ったほうが良いのかもしれない。

「ま…要するに上の連中はあたしらの…ノーマの命なんて安いもんだと考えてるんだよ」

「でしたら、これからの作戦…出撃拒否しても結構ですよ」

第2格納庫へやってきたテレサがヒルダの言葉が聞こえたのか、さっそくやってきて笑顔で答えてくる。

「来たね、お嬢ちゃん艦長」

闘い続けてきたのは同じようには見えるが、ヒルダとテレサは正反対と言える。

野獣のような粗暴さのあるヒルダに対して、テレサは育ちの良さを感じさせる雰囲気で、野生児と温室育ちのような違いが感じられる。

だから、ヒルダはあまりテレサのことが好きではない。

しかし、さすがはミスリルで大佐としてダナンのチームを引っ張るテレサで、その程度のことは些末事だ。

「あなたたちパラメイル第一中隊はソレスタルビーイングに雇われる形でこの部隊に協力していますが…その契約の中には命令への拒否権もあったはずです」

契約書は全員に控えを発行しており、アンジュ達に保管するように指示を出している。

契約書を一緒に作ったテレサもそれのコピーを持っており、それをサリア達に見せた。

その内容の中には正当な理由があれば、それを雇用主もしくはその代理人に通達することでその命令を拒否することができるという内容もある。

「各パラメイルには宇宙戦闘用のデータは入っていますが、シミュレーションを行っている程度で実戦はまだ行っていません。気密フィールド処理への不安も残っているでしょう。それらは正当な理由に入れることができます」

「じゃ、じゃあ…」

「そうさせて…」

「私は出るよ」

ロザリーとクリスの弱気な発言を吹き飛ばすかのように、アンジュは即座に出撃を志願する。

その眼には一切迷いはなく、闘争心と生存本能がめらめらと燃えている。

「アンジュリーゼ様…」

「ヒルダ、あなた、さっき上の連中はノーマの命を軽く見ているって言ったわね」

「それがどうした?」

「他人がどう考えようと知ったことじゃない。私は自分の命を安く見積もるつもりはない」

ノーマに身を落とし、ソレスタルビーイングやナデシコ隊と共に戦う中で、アンジュなりに自分自身の命の答えを出していた。

ノーマだろうと元皇族だろうと関係ない。

どのような場所で、どのような上司の元で戦うのであっても、自分の命の価値は自分で決める。

他人がゴミみたいに扱ってきたとしても、そんなのは関係ない。

確固とした自我で、自分の命を使い尽くす。

「だから、必ず生き延びて見せる。どんな状況だろうと戦って」

「アンジュ…」

入って数週間程度のアンジュがすっかり自分の決意を仲間たちに伝えている。

彼女なりにはっぱをかけていて、その中には彼女の仲間に対する思いが感じられた。

頼もしいと思う反面、それに甘えてしまいそうな自分を見つけてしまい、少し歯がゆさを覚えた。

「私も出撃するわ。データを持って帰って、ボーナスで借金を返したいし」

「ナオミ…」

「みんな、給料がほしいでしょ?お金がほしいならしっかり働かないと。それに、ボーナスも出るというなら出撃する価値ありよ!」

「そ、そ、それなら…!」

「アンジュとナオミだけにもうけさせねーぞ!!」

「でしたら、全員で戦いましょう。誰一人欠けることなく」

「テスタロッサ艦長の言う通りよ。生きてアルゼナルに帰るためにも、私たち全員の力が必要なの」

サリアの隊長としての言葉にアンジュとヒルダら3人組を除く全員が首を縦に振る。

それに触発されたのは彼女たちだけではない。

「ココ、私たちは私たちのできることで生き残ろう」

「うん!アンジュさん達が生きて帰れるように…」

ココとミランダもシミュレーションは行ったものの、まだまだ新兵であることもあってか、評価が低いことから宇宙での出撃は許可されなかった。

しかし、整備についての勉強は座学でも実技でも行っているため、今はパラメイルの整備を行っている。

「ありがとうございます、テスタロッサ艦長。艦長のお言葉でサリアちゃんも決心がついたみたいです」

「不安なのは皆さん同じです。だからこそ、力を合わせないと…」

「ええ。医務室で戦ってるヴィヴィアンのためにも…」

第一中隊がそれぞれ決意を固める中、鉄也が同じく収容されているグレートマジンガーから降りてくる。

2時間あの中で格闘していたためか、喉がすっかり乾いており、舞人から手渡されたドリンクをあっという間に飲み干していた。

「鉄也さん、いかがでしたか?」

「重量の増加が気になるが、ひとまず宇宙戦闘用のプログラムの書き換えは終わった。推進剤の消耗には注意しなければならないが、どうにかなるはずだ。舞人、宇宙での戦闘は無重力と全方位から迫る敵への対応が生死を分ける。それを忘れるなよ」

「はい…!」

勇者特急隊としては初めての宇宙での戦いで、装備の整った彼らの課題は重力下とは全く違う状況下での対応だ。

スラスターの調整だけでなく、重力下よりも何倍もある行動パターンを把握し、それに対して臨機応変に対応しなければならない。

その対応がわずかにでも遅れたら、自分か仲間が死ぬことになる。

「なあ、ちょっといいか?」

ダナンに積まれていたモビルスーツ用のパーツである程度自分たちのモビルスーツの整備を終えたガンダムチームの1人、ジュドーがグレートマジンガーを見た後で鉄也に声をかける。

「なんだ?ジュドー」

「マジンガーZって…知ってる?」

「…いや、グレートに名前は似ているが…」

「ほら、やっぱり!他人…ならぬロボットの空似だって!」

「でも、鉄也さんは記憶喪失だから、マジンガーZのことも忘れているだけかもしれないぜ」

「そういわれれば、そうだけど…」

日本で出会ったときから、ジュドーはそのことが引っかかっていた。

自分たちの世界の日本で機械獣と戦っている、光子力エンジン搭載スーパーロボットのマジンガーZ。

何度か共闘したことがあり、その機体のすさまじい性能を知っている。

整備そのものはそれを担当にしている研究所で行っているため、そうした深いところまでの知識のないジュドーだが、それでもマジンガーZとグレートマジンガーには繋がりがあるとしか思えなかった。

頑なに繋がりを主張するジュドーにエルも口を閉ざす中、ビーチャが助け舟を入れる。

「ガンダムだって、トビア達の世界やここの世界にもあるだろ?マジンガーだって同じようなものだろ?」

「そういうものなのか…」

そう考えると、そもそもモビルスーツという存在は3つの世界すべてに存在する。

しかし、トビア達のモビルスーツが15メートルクラスなのに対して、ジュドー達のものは18メートルから20メートル以上と大きさに違いがある。

それに、刹那やキラ達の世界のモビルスーツは動力源が太陽光バッテリーもしくは軌道エレベーターの宇宙太陽光発電システムから電力を無線供給する外部電源方式、核分裂炉に疑似太陽炉といった動力源がいくつも存在する。

冠は同じだが、中身は別物と言っていいだろう。

ジュドーもビーチャのその意見については一理あると思えた。

「そのマジンガーZというのは、お前たちの世界に存在するロボットなんだな。いつ出撃になるか分からない。落ち着いたら、話を聞かせてくれ」

「あ、うん…」

「じゃあな、少し食事をとってくる」

戸惑いを覚えるジュドーをよそに、鉄也は格納庫を出ていく。

その彼の後姿を見ているのはジュドーと舞人だけでなく、コンテナの上に座っているナインのホログラムも同じだった。

「…」

何か、疑いの眼差しを見せたナインのホログラムが姿を消し、エルは整備を終えた愛機であるガンダムMk-Ⅱを見る。

背中にミサイルポッドを内蔵した大型ブースターを搭載し、ビームライフルではなくロングライフルを装備したそれは汎用性を追求したMk-Ⅱとは正反対のコンセプトに思える。

「スーパーガンダム復活!これなら、Mk-Ⅱはまだまだ戦えるね!」

「それにしても、こうしてみたらボロボロだよな…」

新しく装備されたそれらと比較すると、コアとなっているMk-Ⅱは損傷の累積や経年劣化が目立っている。

何年も激戦を戦い抜いた名機も限界が近いが、それでもこうした強化装備を施して戦わなければならない。

パワーアップに笑顔を見せたエルだが、無重力を使って宙を舞い、Mk-Ⅱの額に手を当てると、どこか寂しげな表情を見せる。

(Mk-Ⅱ…いつまで、あんたは戦わなきゃならないのかな…?)

 

-ナデシコB 通路-

「どうしたの?ナイン。あなたから私たちを呼び出すなんて、珍しいわね」

ソウジとチトセは自室で休んでいたところを呼び出したナインを見て、少し驚いた様子を見せる。

作戦以外のことで、ナインからソウジ達を呼び出すことはまれで、その場合はほとんどヴァングレイの近くでやる。

しかし、今回はヴァングレイではなく、今乗っている戦艦であるナデシコの通路が集合場所だ。

「で、どうしたんだ?俺たちに何か聞きたいことでも…?」

「いえ、実は…鉄也さんのことでお耳に入れておきたいことがあります」

「鉄也が…どうかしたのか?もしかして、あいつの記憶が戻ったのか?」

「そういう意味ではありません。実は…」

ナインはダナンの格納庫で見た鉄也の不可解な動きについて、その一部始終を2人に説明し始めた。

マジンガーZという名前をジュドーから出されたときに見せた反応、そして関係を否定したにもかかわらず見せた食いつき。

ナインから見て、そんな反応を見せる鉄也がただの記憶喪失とは思えなかった。

「…つまりは、鉄也が俺たちに何か隠し事をしている…そういうことか?」

「はい…。鉄也さんの顔面の筋肉のかすかな反応…明らかに彼はマジンガーZについて何かを知っていて、それを私たちに隠している」

「も、もしかしてナイン…。あなた、鉄也さんが記憶喪失だというのも嘘だって思ってる?」

「いいえ。少なくとも私たちの世界で出会った鉄也さんははっきりとした記憶喪失者でした。しかし…この世界に転移した影響で、おそらくは…」

平行世界への転移の際の何らかのアクシデントで記憶をなくすことがあるとしたら、その逆も可能かもしれない。

ナインから見ると、自分たちの世界にいたころの鉄也と今の鉄也はまったく異なる動きをしているように見えた。

おそらく、ソウジ達に言えない秘密を思い出していて、それを必死に隠そうとしている。

「今後の行動の指示を頼みます。キャップ、姉さん」

「それは…ど、どうします?ソウジさん」

指示と言われても、何も思いつかないチトセはすがるようにソウジを見る。

現状、鉄也はこちらの裏切るような動きを見せていないが、秘密の内容によってはそうなる可能性もある。

これからヤマトを奪還し、元の世界へ帰る前に不安分子はつぶした方がいいというのがナインの考えだ。

軽薄な一面のあるソウジとはいえ、軍人としての分別はついている。

だから、ここからどう動けばいいのか、時には冷徹な決断をすることもできるはず。

だが、ソウジからの答えはナインにとっては想定外の物となった。

「いいか?このことは決して誰にも言うな。チトセちゃんも、だ。わかったな」

「何故です?ルリ艦長やスメラギさんに報告して監視…またはしかるべき処置をとるべきです」

「監視…処置…。私たちの仲間の鉄也さんに、そんなことしたくないな…」

「だよな。それに、人間にはだれだって、秘密の一つや二つぐらいあるものさ。例えば、チトセちゃんが寝るときはパンイチだってこととか」

あえて場を和ませようとふざけたことを口にするソウジだが、見事に空振りでナインの目つきに変化はない。

おまけにそんな秘密を再び暴露したソウジのことをチトセはゴミを見るような目で見ていた。

「…すみませんでした。冗談です。…ま、まぁ、俺の見立てでは少なくとも鉄也は敵じゃない…それで十分だ。チトセちゃんはどう思うんだ」

「私も…今の鉄也さんからは私たちへ敵意を向けていない…。初めて会った時と何も変わらない」

「理解できません…そんな非合理的な考え方…」

自分たちは1年以内に元の世界へ帰り、イスカンダルへ行き、地球を復活させる手段を持ち帰らなければならない。

その旅のスケジュールはこのようなイレギュラーのせいで大きく乱れてしまい、おまけにヤマトとも離れ離れだ。

そんな状況で、これ以上不確定要素を増やすようなソウジの判断をナインは理解できなかった。

「疑心暗鬼にとらわれちまうのもまずいものさ」

「今、私たちは重要な作戦行動中です。懸念事項は少しでも潰し、リスクを可能な限り減らす方が…」

「リスク…か。そんなに秘密を抱えるのが悪いことかね…なら、俺も同罪だな。そして、あんな秘密をずっと隠していたチトセちゃんも」

「え…?キャップにも秘密があるんですか?」

「ソウジさん、秘密ってもしかして…」

「いや、今チトセちゃんが思っているのとは別の秘密だ。まぁ、そのうち話すさ」

ソウジの体の傷についての秘密はナインも既にチトセから聞いていて、把握している。

それをナインに話せと言ったのはソウジ自身で、ナインの場合すぐに見破るだろうから先に言ってしまえばいいとチトセにゴーサインを出していた。

もっとも、まだ自分の口からそのことを他人に話すことに抵抗感を覚えていたという理由も一つとして挙がるが。

「逆に聞くが、2人は俺のすべてを知ってるか?」

「…いいえ」

「そして、俺もチトセちゃんとナインのことをすべて知ってるわけじゃない。それに…ナイン。コミュニケーションをとるために人間の姿になったって話だが…あれ、嘘だろ?」

「AIが嘘をつくはずがないじゃないですか」

「優秀な…AIなんだろ?」

「こういうときだけ、そんなふうに言って…!!」

年頃の少女のように、怒った表情を見せてしまう。

これだけを見ると、AIではなく普通の少女のように見えてしまう。

そして、その反応こそがソウジの推理が正しいことを証明してしまっていた。

優秀なAIだから持っている感情がソウジの正しさを立証してしまう可能性から考えを切り離していた。

「まぁ、この話はここまでだ。確証もないのに、仲間を疑うような真似はするな。それは…自分自身を殺すことになるぞ」

「…はい」

くぎを刺すように、真面目な口調でナインに強く言う。

だが、ナインも黙ってはいそうですかと聞くつもりはない。

抗議するようにソウジをにらみつける。

「2人とも、ここまでここまで!いったん頭を冷やした方が…キャア!!」

急に船体が揺れ、3人は大きくよろめく。

「外からの攻撃か…!!」

何かが爆発したことによる揺れで、何度も宇宙で戦ってきたソウジにとっては覚えのあるものだ。

デブリと衝突したわけではない。

機雷か、それとも敵の攻撃による爆発の揺れだ。

「でも、敵機接近の報はありませんでした」

「相手が火星の後継者だとしたら、距離を一瞬でゼロにする方法がある」

「ボソンジャンプ…」

「とにかく、急いで出撃準備だ!いくぞ、チトセちゃん!」

「は、はい!!」

ソウジの手を借りて立ち上がったチトセは彼と共に格納庫にあるヴァングレイへ急ぐ。

一人残されたナインは2人の後姿を見ていることしかできなかった。

 

-地球 地球-アマテラス間デブリ帯-

「うわあ!!敵が…ボソンジャンプによる急襲を仕掛けてきました!!」

揺れに耐えながらハーリーは艦長席に座るルリに報告しつつ、迎撃のためにミサイルを発射する。

オモイカネやナデシコのセンサーで確認すると、このボソンジャンプで飛んできたのはマジンやバッタ、積尸気の混成部隊だ。

10数機で、今の数は大したことはないが、これからもボソンジャンプで増援が飛んでくる可能性がある。

「アマテラスへの接近に気付いたみたいですね。いかがします?テスタロッサ艦長、スメラギさん」

「ならば、短時間で敵機動兵器を撃破し、アマテラスへ急行するまでです。ウルズチーム、ハサウェイさん、勇者特急隊とアルゼナル第1中隊は出撃準備を」

テレサの命令により、ダナンの2つの格納庫内は騒ぎとなり、先に宇宙戦闘用の展開ブースターを装着したクルーゾーら3人がΞガンダムとパラメイル部隊と共に出撃する。

「サガラさんはラムダ・ドライバ起動と共に発進です。それまでは待機していてください」

「了解しました。ふうう…」

先に飛び出していく仲間たちを見送った宗介は目を閉じ、深呼吸してラムダ・ドライバ起動を待つ。

それが起動するまでの間、宗助は戦うことができず、命令とラムダ・ドライバの性質を考えると仕方のないこととはいえ、やはりもどかしさを感じてしまう。

アーバレストで初めて宇宙で作戦行動をすることになったときはそうした性質からかなりもどかしく覚え、思わずラムダ・ドライバ起動前に出撃しかけたこともあった。

それの不可解さが余計それを助長させたが、今は落ち着いており、ただ静かに集中して起動を待っている。

「敵ボソンジャンプ確認。さらに6機。艦隊後方に出現」

「どういうことだ…?敵はナデシコの位置がわかるというのか?」

「いいえ。ルリ艦長の説明、およびオモイカネの情報によりますと、ボソンジャンプに必要なのはイメージすることで、演算ユニットにそれを伝達することで可能となります。ゆえに、彼らの場合は場所ではなく…」

「説明は十分だ、黙っていろ」

つまりは、場所ではなくナデシコそのものをイメージしたから、火星の後継者はこのような奇襲攻撃を仕掛けることができた。

ソウジが言っていたヤマトなどの波動エンジン搭載戦艦が行うワープといいこのボソンジャンプといい、別世界にはラムダ・ドライバとは別の不可解なものが存在することを再認識させられた。

そう考えると、ラムダ・ドライバ1つを使いこなせなかった以前の自分は何だったのだろう?

そんなことを考えていると、ラムダ・ドライバが起動し、放熱板が青く発光する。

あとはその放熱板を推進機とイメージすることで、宇宙で飛び回ることができる。

「ラムダ・ドライバ起動。アンスズ、ハッチを」

「了解。ウルズ7、出撃します。ハッチオープン」

「アイ・アイ・マム!ハッチ、オープン!」

マデューカスの復唱とともに格納庫のハッチが動き始め、その前に整備兵たちは所定に場所まで退避する。

「軍曹、ウルズチームは正面の機動兵器と交戦中、合流し、奴らを叩け」

「了解です。ウルズ7、アーバレスト出る!」

放熱板の光が強くなるとともに、アーバレストが跳躍する。

漆黒の虚空の中、光を推進剤代わりにしてバッタのように飛び回りながら、アーバレストは仲間の元へ急ぐ。

 

「やはり、ボソンジャンプ相手では後手となってしまうか…」

ダイターン3のコックピットの中で、万丈はギャリゾンから作戦行動前にということで水筒のコーヒーを口にする。

いつの間にそれを用意しており、まさかこのことを見越していたのかとさえ思ってしまう。

そして、彼の手元には携帯型の端末があり、飲み終えた万丈はそれを見つめる。

(暁会長から提供されたプレゼント…果たして、今の僕に使えるものなのか…?)

「万丈、ダイターン3の出撃準備完了よ」

「了解、ダイターン3、出撃する!」

ダイターン3がハッチから飛び出し、さっそく接近してくる積尸気に向けてレッグキャノンを発射する。

高速で飛んでくる巨大な弾丸を10メートルにも満たない機動兵器が耐えられるはずもなく、爆発すら許されずにバラバラになった。

「やるぞ、ナイン、チトセちゃん。ヴァングレイで突破口を開く!」

「はい…!」

相手はディストーションフィールドを展開できる期待で、ビーム主体の機動兵器では相性が悪い。

ガトリング砲とレールガンを持つヴァングレイなどの実弾持ちでなければ対抗が難しい。

自分たちの動きがこの戦局を左右することを意識し、チトセも気合を入れる。

一方、何らかの返答をするはずのナインに関しては何も反応を見せない。

「どうした、おい」

「…」

「ソウジさん、さっきの言葉…言い過ぎたんじゃないですか?」

「ああ、そうだなぁ…」

このような緊急事態となったために考えることができなかったが、先ほどの言葉はナインには強すぎたかもしれない。

優秀なAIだから、飲み込めるだろうと思っていたが、ナインはそうであると同時に年頃の少女だ。

すっかりへそを曲げてしまった今の彼女のサポートを受けるのは難しい以上、チトセに頑張ってもらうしかない。

(あとで、ナインに謝らないとな…)

(アマテラスに…あの向こうにヤマトが、みんなが待ってる…)

玲をはじめとした仲間たちがヤマトとともにいるとは限らない。

事実として、ヤマトの格納庫の中にいたはずのソウジ達は愛機もろとも転移してしまい、この世界ではバラバラになってしまった。

それと同じことがほかの乗組員におこらないとは限らないが、少なくともヤマトが彼らを呼び戻すためのかがり火になる。

「さあ…行くぜ!」

ガトリング砲を右腕に装着し、正面の機動兵器たちに向けて連射する。

装甲の薄いバッタや積尸気はガトリングの弾幕の中で穴だらけになって沈黙するが、それよりも大型で分厚い装甲を持つマジンは突破してくる。

だが、そのマジンも頭上から降ってきたレールガンの鋭い弾丸を頭部に受け、大きく下へ吹き飛ばされるとともに爆散した。

「うう…宇宙だと、余計反動が来る…!!」

グググ、とレールガンを撃ったグレイブの右腕が後ろへ動く感じがし、その負担が耳で聞くだけで分かってしまう。

レールガンに耐えられるよう、右腕のみは専用の堅いフレームを用意したとメイが言っていたが、あくまでもそれは重力下での話。

重力下と無重力では反動にも違いが生じる。

場合によっては右腕が吹き飛んでしまう可能性だってある。

(極力レールガンは使わないようにしないと…!!)

「ったく、ナオミの奴、先に大物を1機倒しちゃうなんて!!」

そのマジンを狙っていたアンジュはそれを仕留めたナオミに悪態をつきつつ、バッタが飛ばしてくるミサイルをアサルトライフルで撃ち落としていく。

バッタの動きについては交戦経験のあるリョーコから聞いている。

ありったけのミサイルを撃ち、そのあとでディストーションフィールドを展開して体当たりし、それでも目標が沈黙しない場合は自爆する。

かなりシンプルなコンバットパターンで、元木連の三郎太曰く、戦場ではディストーションフィールド搭載の新型バッタが主流とのことだ。

ビーム主体の機動兵器にとってはこのようなシンプルな動きでも脅威だが、実弾主体のパラメイルにとっては大したことはない。

それに、ミサイルのスピードもドラゴンが発射してくるビームや電撃よりも遅く、発射中のバッタの動きは鈍くなる。

「ソラソラァ!まずは雑魚で小銭を稼いでやるぜ!!」

「これなら…ドラゴンと戦うよりも楽かも…」

アサルトライフルを連射し、その弾丸の雨の中で4機のバッタが爆散する。

通常のグレイブよりも機動力の低い2機だが、数が少し多い程度でスピードの遅いミサイルはよほどのへまをしない限りは容易に回避ができる。

(あの程度なら問題ない…。けど、数が来たらまずいわ…)

凍結バレットで至近距離に飛んできた積尸気を撃破したサリアはこれから次々とボソンジャンプで飛んでくるであろう部隊のことを頭に浮かべる。

総力を挙げてこちらを攻撃してくるかどうか不透明で、実際火星の後継者がどれだけの力を持っているのか見当がつかない。

それに、当然奇襲を仕掛けてくるため、そうした戦術への対応ができないという弱点は自覚している。

「今は可能な限り数を減らす…!少なくとも、母艦を守ることくらいは…!」

「敵増援、来ます!!」

ハーリーの通信と同時にさらに増援がボソンジャンプで飛んでくる。

数は15、いずれも積尸気で、そのうちの8機は見慣れない大型のコンテナを2機がかりで抱えている。

そして、3機の積尸気がナデシコ周辺に向けて弾速の遅い大型の弾丸を発射した。

「この弾丸は…!!」

「ミサイルで撃ち落とします!!」

「待ってください、ハーリー君、あれは…」

ルリの言葉が届く前にナデシコからミサイルが発射され、飛んでくる弾丸を撃ち落とす。

しかし、それと同時に紫色の煙幕が拡散していき、それがナデシコ周辺を包み込んでいく。

「なんだ…?ナデシコ、応答せよ!何があった…!?」

「軍曹殿、ナデシコとの回線が開きません」

「Nジャマー付きの煙幕だというのか…?」

この世界におけるミノフスキー粒子の役割を果たすニュートロンジャマーについてはキラ達から話は聞いている。

3年前の大戦で、プラントは血のバレンタイン事件の報復措置として地球に向けてNジャマー拡散装置を数多く発射した。

それはもともと、核分裂を抑制するためのもので、その副作用として通信電波が妨害されるという。

軌道エレベーターの存在により、大規模な太陽光発電とそれの地球への供給が可能となっているとはいえ、原子力発電所に頼っているような地域も多く、火力発電については石油や石炭などの化石燃料由来のものを中心に下火となっている。

核分裂が抑制されることで、地球は原子力発電所を使うことができなくなった。

それによるエネルギー不足が発生し、それを解消するまでの間の二次・三次被害によって、軌道エレベーターの恩恵を受けることのできない地域を中心に多くの犠牲者が出た。

現在は地球連合発足と軌道エレベーター由来の電気のライフラインが勢力の垣根を越えて拡散していっており、Nジャマーキャンセラーの登場もあって通信阻害効果以外での価値が薄まっている。

それに、抑制しているのは核分裂のみということで、ZZなどが使う核融合炉やアーム・スレイブのパラジウム・リアクターに対しては効果がない。

「軍曹殿、おそらく相手の狙いは…」

「わかっている!奴らはナデシコを直接攻撃するつもりだ!!」

ボソンジャンプの特性を考えると、敵が使う手段はそれ以外に考えられない。

すでに対艦ミサイルを積んだコンテナを持った積尸気が背中についている装置を使って再びボソンジャンプを開始しており、おそらくナデシコのブリッジをつぶすつもりだ。

煙幕でナデシコ周辺が見えなくなっている以上、遠距離から攻撃することができない。

「奴らは俺が仕留める!」

「刹那!!大丈夫なのかよ!?」

「やってみせる…!」

ダブルオークアンタが煙幕の中へ突入していき、GNソードⅤをライフルモードに変形させる。

以前にも刹那はこうした煙幕の中で戦った経験があり、イノベイターとして覚醒している彼にとってはその程度の煙幕は子供だまし程度だ。

(あそこに敵がいる…!)

Nジャマーと煙幕の中で、目と耳が封じられる中、コンテナもちがブリッジ正面にいることを察する。

そして、刹那はそれを持つ2機に向けてビームを発射する。

死角からの攻撃で、ディストーションフィールドを展開できていなかったことからあっけなくビームで大穴を開ける。

そして、爆発するまでのタイムラグの間にダブルオークアンタは握っていたコンテナを奪い、ナデシコから見て後ろ側に向けてそれを投擲する。

飛んで行ったコンテナは後方のエンジンを破壊しようとしていたもう1組にコンテナに直撃するとともに爆発を起こした。

爆風が煙幕の一部を吹き飛ばし、そこで別のコンテナ持ちの姿が見えた。

「馬鹿な!?なぜこんな煙幕の中でも我らを見ることができる!?」

「隙だらけだ…!」

まさかの事態に動揺し、動きを止めた2機をティエリアが見逃すはずがなかった。

巨大なGNクロー2機が遠隔操縦で飛んでいき、2機を握りつぶしていった。

そして、残されたコンテナをGNビームライフルで打ち抜き、中に入っている対艦ミサイルを爆発させることで煙幕を吹き飛ばした。

「すごい…刹那さん…」

「これがイノベイターの力…」

「…」

イオリアが提唱していた、潜在能力を覚醒させた進化した人類の力。

その力の一部を感じたハーリーは感嘆の声を上げ、ルリはじっと自分たちを守ってくれたダブルオークアンタを見つめる。

再び敵機を倒すためにナデシコから離れる彼をルリは見送る。

(イノベイター…スメラギさんやティエリアさんが言った言葉とダブルオークアンタ…それが正しければ、もしかしたらその力の本質はもっと別のところに…)

「艦長!更に敵の増援です!数は…2、24!?」

ボース粒子の反応を拾ったハーリーの悲鳴にも似た報告にルリは火星の後継者の戦力の大きさを感じる。

モビルスーツよりも安価とはいえ、これだけの量の積尸気やバッタなどの機動兵器を持つとなると、その背後のスポンサーの大きさを考えずにはいられない。

このまま次々と相手がやってくることを考えると、そろそろこちらの機動部隊の残弾も考えなければならない。

「…!これは、みんな避けて!!」

「何!?チトセちゃん!!」

チトセの叫びがそばにいたソウジだけでなく、ジュドーやトビア、ハサウェイといったニュータイプ、そして刹那とティエリアの脳裏を駆け抜ける。

「今のは…如月の声!?」

「軍曹殿…?」

「ダナン、聞こえるか!?ビーム攪乱幕を展開しろ!!来るぞぉ!!」

次の瞬間、四方八方から青いビームが次々と飛んできて、そのビームは無差別に襲い掛かる。

トレミーやナデシコやそれぞれが持つバリアを展開して防御し、ダナンもビーム攪乱幕を発射する。

「ななな、なんだよ!?こんなビーム、どこから!?」

「見覚えのあるビーム…まさか、アールヤブなどという無人兵器のものか!?」

容赦なく襲い掛かってきたビームは火星の後継者の機動兵器たちを葬っていく。

チトセの声を拾い、そこからすぐに動いたことが幸いし、ソウジ達は多少の被弾はあるものの、少なくとも撃墜された機体や戦艦はなかった。

だが、ビームが収まると同時に接近してくる機体の反応にフェルトとミレイナは言葉を失う。

「この数…あまりにも突然すぎる…」

相手はアールヤブ。

その数は40以上で、唐突な大軍の登場にさすがのスメラギも冷や汗を流した。

そして、接近してくるその大軍の中にはアールヤブそっくりではあるものの、ビーム砲付きの2本腕があり、足のような追加ブースターに赤いブレードアンテナをつけた見たことのない機体も1機存在した。

「敵の新型…奴らを突破しなければ、アマテラスに行けないわね…」




装備名:宇宙空間用展開ブースター
ミスリルが所有するアーム・スレイブであるガーンズバック専用に開発された追加装備。
ガーンズバックを中心に、現存するアーム・スレイブは宇宙空間に対応した機体が一部を除いて存在せず、モビルスーツの存在からその対応能力そのものが必要とされていない節があった。
しかし、戦局の変化やミスリルが宇宙での活動も必要となったことでそうした装備の必要性が迫られ、この装備が作られることになった。
その名前の通り、バックパックとして装着し、宇宙空間ではそれを展開して稼働させることで、宇宙空間での機動性を維持している。
ガーンズバック本体も、ハードポイントを外付けで追加するだけで済むことから手間がかからないものの、大型な上に現状はガーンズバックやファルケ以外の機体に対応していない。

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