-エリアD アルゼナル 幼年部用教室-
「おにーちゃん、こっちこっちー!」
「あたしとも遊んでよぉ、おにーちゃん!」
「ああ、どうしてこうなったんだ…?」
幼年部の子供たちにねだられるシンはその子供の多さとありあまるエネルギーに翻弄されていた。
任務が立て込んで彼女たちに構う時間を作れないエルシャに依頼され、ルナマリアと一緒に彼女たちに付き合っている。
ルナマリアは乗り気だったが、シンはそれができるかどうか不安だった。
しかし、妹がいるためか彼女たちの扱いがやや翻弄され気味なものの、他のメンバーよりも上手な方なためか、直に懐かれた。
2人ともザフトの制服の上に不釣り合いなピンク色のエプロンを着用している。
「ああ、もう!おままごとはもう少ししたら付き合ってあげるから!こらこら、取り合わなくても、一緒に遊んだら…!」
ルナマリアも子供たちの相手をする中、シンが以外と彼女たちに好かれていることに驚いていた。
もし戦争のない平和な世界だったら、きっとシンは幼稚園の先生が向いていたかもしれない。
だが、そうなったらきっと自分とシンが出会うことがなかったかもしれない。
「ありがとうございます、ルナマリアさん。私たちの手伝いをしてくれて…」
一緒に幼年部の世話をする少女が外から来た軍人である2人にこんなことの手伝いをさせていることを申し訳なく思いながらも、任務のせいで人手が足りない中で助けてくれることに感謝をする。
「ううん、私たちも新鮮な体験ができて、うれしいから」
給料の多くを使ってまで彼女たちの世話をするエルシャのすごさをルナマリアは感じていた。
「あの…ルナマリアさん」
「何かしら?」
「その…私たち、男の人を見たことがなくて、それで…男の人と付き合うのって、どんな感じなんでしょうか?」
「え!?ええっと…」
-食堂-
「それでね…宗介とシンって、すっごくおかしいんだよ。かなめとルナマリア、怒っちゃってさ」
ヴィヴィアンは先日に起こったことを思い出しつつ、新しいキャンディーを口に加えた状態で楽しくサリアに話している。
工事中のアルゼナルの一角に宗介が親切心で高圧電流の罠を仕掛け、アルゼナルの作業員が気付かずにそれにはまってしまい、感電して入院してしまった。
治療費はミスリル持ちということになり、その原因を作った宗介はかなめに連れられて直接ジルと入院した少女に謝罪することになった。
宗介とかなめは学校に通っていた時期があるらしく、その中で宗介は数多くの騒動を起こし、かなめがそれで多くのストレスを抱えたという。
不審物が入っていると考えて下駄箱を爆破する、学生に人気のコッペパンを手にするために銃で脅すのは序の口で、弱小で草食系男子の集まりだったラグビー部を山籠もりで敵チームを殺すつもりでキックやパンチを撃ちこむ戦闘マシーン集団に変貌させる(ただし、これは同僚であるマオのマニュアル『マオお姉さんの海兵隊式ののしり手帳(新兵訓練編)』にのっとって教育したようで、100%彼だけが原因ではない…多分)、学校内に知り合いの武器商人から手違いで郵送された奇妙なボトルを持ち込み、その結果学校内でその中に入っていた細菌兵器が流出してバイオハザードを引き起こす(ただし、それの正体はフルモンティ・バクテリア…常温では無害だが、人間の体温付近で爆発的に増殖・活性化し、宿主にしがみつきながら石油製品を喰らい尽くすもので、人体への影響はない)といったわけのわからない騒動まで引き起こしていた。
そのこともあってか、かなめからハリセンで何度も殴られながらこっぴどく叱られていた。
また、シンは幼年部をはじめとして生まれて初めて男性を見るアルゼナルの少女たちから声をかけられ、そのことでやきもちを焼いたルナマリアに怒られた。
宗介とは違い、騒動を起こしたわけではなく、彼にとっては言いがかりだが。
その翌日、なぜかシンはくたくたに疲れていて、ルナマリアは逆に元気になっていた。
「アスランも最初はカッコよかったけど、段々ボロが出てきたみたい」
ロザリーやクリスだけでなく、アスランはアルゼナルで大勢の少女に惚れられてしまったらしい。
その結果、彼女たちから食事や訓練に誘われ、修羅場が生まれる原因を作ってしまった。
更には、彼女たちに誰が一番なのかはっきり言えと言われてしまい、彼女たちを傷つけたくないと思ったのか、優柔不断な態度を取ってしまい、結果として余計状況を悪化させることになった。
騒動を起こした彼女たちは現在、謹慎している。
本当はさらに罰金もとられるのだが、アスランの願い出によってそれだけは避けられた。
「あたしは刹那の方がかっこいいと思うな。だって、なんだか優しそうだし。ソウジとクルツはずーっとヒルダを追いかけてるけど、ヒルダは不機嫌なままで、それを見たマオとチトセが2人をとっちめたの。テッサとスメラギも出て来て、すごいお説教だったの」
その時、ソウジもクルツもアルゼナル格納庫の固い床の上で正座させられ、延々と2人から反論や弁解の機会を与えられることなく2時間以上説教を受けることになった。
おまけにソウジはチトセとナインから、クルツはマオから制裁としてビンタまでされたようで、戻る2人の頬は赤く腫れていて、2人ともお互いに慰めあっていた。
「ソウジって、ナンパばっかりしてるけど、チトセとナインにすっかり頼りにされてるし、2人ともなんだかんだ言ってソウジのこと信頼してるみたいだし、ねえ、サリア。ソウジはどっちと付き合うのかな?」
「…ヴィヴィアン」
「ほえ?」
サリアにとって、外の世界から来た彼らの話はどうでもいい。
彼女にはそんな話に付き合う余裕がない。
もっと深刻な問題を身内に抱えていた。
「…アンジュはどうしてる?」
「うーん…あんまりあたしたちと遊ばないで、あのモモカって子と一緒にいるよ。やっぱり、ロザリーとクリスはまだアンジュのこと、嫌いみたいだし」
「そう…」
だが、モモカに付きっ切りなことでヒルダら3人組とかかわる機会が減り、結果として騒動を起こす機会も減っている。
問題が起こらないだけマシだが、戦闘になり、彼女たちが一緒に戦うことになるとそれが起こらない保証はない。
仲良くなれとは言わないものの、作戦行動中は問題を起こすような真似をしてほしくはない。
「ねえ、サリアも外の人たちと遊ぼうよ。ミレイナとルナマリアは、きっとサリア好きそうな話をしてくれるよ」
「え…?」
好きそうな話というが、一体それが何なのかはサリアには分からなかった。
生真面目なイメージを周囲に与えていることを自覚しており、それなら彼女たちよりも知的なテッサやスメラギ、フェルトの方が適格だ。
「ほら…サリアの引き出しの2段目に入ってる~男と女がチュッチュする本みたいな~」
「!?」
最近、自分の引き出しの本の入っている順番が変わっていたことに違和感を感じていたが、これで謎が解けた。
相部屋のヴィヴィアンがこっそりと中の本を読んでいた。
輸送船から運ばれる補給物資の中には本も入っている。
始祖連合国に関する情報が入っていないかどうか検閲したうえで、問題がないと判断された本はアルゼナル内で流通することになる。
ただし、問題となるのはそれだけで、いかがわしい内容の薄い本であっても問題なしと判断されたらコンビニのおにぎりみたいな手軽さで出回っている。
サリアはそのうちの何冊かを、純愛系のものをこっそり購入しており、1人で過ごすときに隠れて読んでいた。
「さあ、見せてごらん。君のすべてを~。あぁ~ん、そんなこと~」
「ヴィヴィアン!!」
この前読み終えた、年頃の王子さまと貧しい家の少女の純愛系漫画のセリフを大声でしゃべり始めたヴィヴィアンの名を叫ぶとともに持っていた食事用ナイフを投げつける。
ナイフはヴィヴィアンの座っている椅子に命中し、あと数センチずれていたら顔に刺さっていた。
さすがにまずいと思ったのか、ヴィヴィアンは口を閉ざす。
幸い、まだ食堂にはほかに誰も入ってきておらず、今の話を聞く人はだれもいなかった。
ただ、サリアは一瞬とはいえその漫画と同じようなことをシンとルナマリアがしていることを想像してしまったことは言えるはずがない。
「今度あさったら…殺すわよ」
「ごめんちゃい」
どうしてこんな彼女と相部屋にならなければならないのか。
一刻も早く隊長用の個室に移りたいと願うサリアだが、今はそれどころではない。
アンジュにソレスタルビーイング、ミスリル。
外の世界の人物が短期間で数多く入ってきたことで、アルゼナルの環境が大きく変化しつつある。
他のメイルライダーたちも外の世界や男性に興味を持ち始めており、いつの間に誰かがここにいる男性たちのブロマイドを作ったようで、既に流通し始めている。
ナオミとメイの調査によると、やはりアスランが一番高値で取引されており、2位刹那、3位舞人、4位アレルヤ、6位ティエリア、7位ロックオンという順番らしい。
なお、一番のお手頃価格なのはソウジとクルツで、クルツの本性を知らない少女はこんなにかっこいい男性のブロマイドがなぜこれだけ安く買えるのかわからないようで、買った時は首をかしげていたという。
また、アスランのブロマイドの6割はロザリーとクリスが手にしている。
(アンジュ…外の世界の人間。このままだとアルゼナルが…)
もうどうなってしまうのかわからないサリアは状況を見守ることしかできなかった。
-アルゼナル 司令執務室-
「…で、アンジュをヴィルキスから降ろせ、と?」
椅子に座ったジルはタバコを吸いながら、目の前に立つサリアが提出した書類に目を通す。
これは入隊後から今日までのサリアの行動が書かれている。
隊長であるサリアは定期的に隊員たちの行動を書類にまとめて指令に提出する義務がある。
これはその隊が機能しているのか、機能していない場合はその原因が何なのかを第三者の眼で見ることができるようにするためだ。
報告書の中にはアンジュとヒルダら3人組との騒動や命令違反の内容などが事細かに記載されていた。
アンジュが他のメイルライダーたちと関係をうまく構築できていないことはジルも分かっており、ヒルダ達のように彼女を敵視するメイルライダーもいることは承知している。
「ヴィルキスに慣れてきたことで、アンジュは増長しています。彼女の勝手な行動がいつか隊を危機に陥れます。その前に…」
「そうなる前に、どうにかするのが隊長の仕事だろう?」
吸っていた煙草を灰皿に置き、書類を机の上に置いたジルはじっとサリアの眼を見る。
隊がバラバラになることを恐れている、それは分かっていることだ。
だが、それ以上にサリアがアンジュをヴィルキスから降ろしたい理由は別にあることも分かっている。
「しかし…」
「それに今、お前たちに直接命令を与えるのはソレスタルビーイングとミスリルだ。もめ事はスメラギやテレサに言え」
先日の契約により、第一中隊の所有権はジルから彼女たちに移っている。
今後のドラゴンに関する任務は彼女たちに依頼し、それを元に作戦を練る形となる。
やることはあまり変化がないとはいえ、主が変わった以上はその主に指示を仰ぐべき。
それがジルの言い分だ。
「…」
確かに、自分が隊長になってからは第1中隊は人間関係を中心に問題を抱えていて、自分はそれを解決することができていない。
自分の力不足を理解しているが、それでも懸命に働いてきた。
だが、今はもはやアルゼナルから所属が外れているうえに傭兵としてスメラギ達に所有権が移ってしまった。
まるで見捨てられたように思えて仕方がなかった。
「そんな顔をするな。時が来たらお前たちはアルゼナルに戻す。それまではうまくやってくれ、いいな?サリア」
「はい…」
重い足取りで、サリアは執務室を後にする。
提出された書類をファイルに閉じたジルは灰皿の上の煙草を見る。
「…戻ってこないものだと思っていたよ。どういう風の吹き回しだ?」
フッと不敵な笑みを浮かべてしゃべる中、ジルの背後には黒い影が伸びていた。
その影の主人はしゃべる気配がないが、ジルにはそんなことはどうでもよかった。
「まぁいいさ。…私に、お前を責める資格がないことは分かっているからな。だが、戻ってきた以上は働いてもらう。覚悟しておけ」
人影はまるで最初からなかったかのように消えてしまった。
-プトレマイオス2改 ブリーフィングルーム-
「始祖連合国がドラゴンを秘密裏に回収している…?」
「やっぱり、知らなかったようね」
スメラギが受け取った写真を見て驚くのを見たアンジュはやっぱり、と予想通りの反応に少し肩を落とす。
ヴェーダを持つソレスタルビーイングなら、もっと情報を引き出せるかと思ったが、始祖連合国に情報収集を任務としたイノベイドを潜伏させることができない以上はどうしようもない。
だが、タスクから預かった写真のおかげで、少なくとも自分の言葉を信じてもらえた。
「ええ…。ジル司令やエマ監督官からの説明にもこのことは触れられていなかったわ」
アンジュ達メイルライダーはともかく、ジル達がそれを知らなかったかどうかは疑問符がつく。
思い出してみると、メイルライダーたちが殺したドラゴンの死体をどう処理するのかは何も聞いていない。
エリアDに人が入らないとはいえ、ドラゴンの死体をそのまま放置していたら海の生態系に影響が出る可能性がある上に海流で外海に出てしまって、何らかの形で発見されても大ごとだ。
死体を回収するのはその情報を秘匿するためという意味では正しいかもしれない。
だが、その処理はアルゼナルに任せればいいのに、どうして始祖連合国自らが行うのか。
その理由が分からなかった。
「私の話は以上よ。じゃあ…失礼するわね」
「待って。…なんでこの話を私に?」
「ソレスタルビーイングについてはそれなりに知っている…それだけよ」
自動ドアの向こう側に消えたアンジュを見ながら、スメラギは彼女が写真を渡した理由を察した。
彼女は生まれ故郷に、始祖連合国に、そしてドラゴンに不信感を抱いている。
そして、その2つの正体を突き止めることを願っている。
アンジュ1人では不可能だが、ソレスタルビーイングやミスリルといった外部の組織の力を借りれば可能になるかもしれない。
そして、その真実次第では…。
(戦いを呼ぶのは、あの子の性かしら…)
だが、こちらもこのままアルゼナルに居続けるわけにはいかない。
この問題もそうだが、他にも無人機や火星の後継者の一件もある。
動き出さなければならない時が近づいている。
(彼女にも、連絡を入れるべきかしら)
プラントにいる彼女に話したら、次は彼がここにやってくることになるだろう。
この世界の最強のパイロットの1人であり、唯一無二のスーパーコーディネイター。
この世界の混乱を解決するにはやはり彼の力も必要となる。
再び彼を戦いの渦に巻き込むことになるのはスメラギもためらいを感じずにはいられない。
きっと、彼の身を案じる彼女もそうだろう。
(戦いに魅入られてしまっているのかしら。彼も、私たちも…)
-ジャスミンモール-
学校の体育館位の広さの空間に、下着やお菓子、小型のパラメイル用パーツなどの数多くの種類の商品がまるでドン・キホーテの店内のように陳列されている。
その中を店主であるジャスミンが用心棒として飼っている犬、バルカンと共に見回っている。
ここ、ジャスミンモールはアルゼナルでは唯一の店で、ここでメイルライダーたちはキャッシュを使って物を買っている。
ただし、これらの商品をどうやって仕入れているのかは不明で、ジャスミンも企業秘密として一切明かさない。
執務室を出て、解決しない問題へストレスを感じていたサリアの足は勝手にこちらへ向いていた。
「サリア…お前も買い物に来たのか?」
そこには問題の原因となっているヒルダら3人組の姿もあった。
「いやぁ…スメラギさんは気前がいいぜぇ!」
「うん…お給料制のおかげですごく楽になった…」
3人はどこか上機嫌で、買い物かごにはいつも以上に服や下着、アクセサリーなどが入っていた。
給料制となり、討伐数以外にも評価の対象が増えたことで、後方支援に対する評価もついたためにロザリーとクリスの収入が増加することになった。
おかげで2人とも、念願の追加装備の購入ができたうえにこうしたものを買う余裕もできた。
「これで、あのイタ姫さえいなけりゃ、最高なんだけどな」
「戦闘中のドサクサに紛れて、後ろから撃っちゃえばいいんだよ」
「それ、いいね」
クリスは購入したばかりのパラメイル用レールキャノンを思い出す。
これはアーム・スレイブ用に開発されたレールキャノンとエステバリスカスタムのレールキャノンを参考に新たに開発されたもので、データ収集が必要ということもあり、比較的安く手に入れることができた。
これの射程距離と弾速で、後ろから撃つことができれば、さすがのアンジュでも避けることができないだろう。
「やめなよ」
「だったら、あんたがあいつを止めな」
「…」
「給料制になったから、少しはマシになったのは確かだ。だけどな、撃墜ボーナスはあいつが独り占めだ。今はスメラギが何とかしきってるが、そのうち、こいつらの不満は爆発するぜ」
給料制となり、全員の給料が増加したが、やはり撃墜数の多いアンジュの給料の伸びが一番いい。
今は自分たちの給料が増えたことであまり文句を言っていないが、どんどん開くアンジュとの給料の差はいつか大きな軋轢を生みかねない。
ヒルダにとってはそれは望むところだが、そんなことになるとチームがバラバラになる。
そうなれば最後、自分たちは居場所を失う。
そして、サリアはジルからの信頼を失うことになる。
「そんなこと、分かっているわよ」
「だったら、なんとかしなよ。どうせあいつはあんたの言うことなんて聞きやしないだろうけどね」
「…何が言いたいの?」
「舐められているんだよ、あんた。ゾーラが隊長だったことはあり得なかったじゃん。こんな事…」
サリアとは正反対に、ゾーラは手当たり次第に年頃の少女を食いまくる品行の悪さが目立った。
とはいえ、部下への面倒見がよく、メイルライダーとしての技量が高かったため、部下からの信頼を得ていて、問題は起こらなかった。
しかし、ゾーラが戦死し、サリアが隊長となってからは違う。
ヴィルキスを手に入れ、才能を開花させてドラゴンを次々と撃墜するアンジュが現れ、彼女のせいで手柄を上げられなくなったメイルライダーは少なくない。
おまけにサリアはアンジュとヒルダの手綱を握り切れておらず、いくらリーダーシップを示そうとしても、彼女たちに逆らわれている以上どうしようもない。
「隊長…代わってやろうか?」
ただし、ヒルダが隊長になったら、もうこの問題は起こらない。
1人の生贄を用意するだけで解決する。
ニヤケ面になって迫るヒルダをサリアはにらみつけた。
「これ以上はやめておけ、これ以上は上官への侮辱となり、懲罰房送りだぞ」
「宗介君の言う通りよ。ちょっと言い過ぎね、ヒルダちゃん」
偶然、彼女たちのやり取りを見ていた宗介とエルシャがやってきて、ヒルダを諫める。
エルシャは買い物かごに幼年部の子供たち用のお菓子とおもちゃを入れており、彼女たちのために買い物しに来たことが分かる。
一方、宗介はなぜか段ボールをカートに乗せて運んでいた。
「ちっ…面倒な連中が来やがった」
サリアとのタイマンの邪魔をする2人の登場にヒルダは先ほどのサリアと同じように2人をにらむ。
エルシャはともかく、宗介は自分たちの雇い主の1つであるミスリルのメンバーだ。
おまけに現段階でミスリルでは最高階級であるテレサからの信頼も厚い。
仮に彼に今回のことを報告されたら給料に響く。
おまけに、軍隊であることからこうした問題に対しては連帯責任となることが多い。
巻き添えで給料が減らされたとなると、今度は自分たちが白眼視されることになる。
「どうして、あんたはそうやってアンジュに突っかかるんだよ?仲間だから、もっと仲良くすればいいだろ?」
「はぁ…?あいつがなか…」
今度はシンまでやってきて、キレそうになったヒルダだが、シンの姿を見て口が止まる。
ヒルダだけでなく、サリアとロザリー、クリスも今のシンの姿を見て何もしゃべらなくなった。
(そりゃあ、そうだよな…今のこのカッコじゃあ…)
「うふふ、ごめんね、シン君。ここにはこういうのしかないから…」
シンがこの姿になった最大の原因であるエルシャは面白そうに笑っていた。
今のシンの服装はザフトの赤服の上にハートマークがいくつもついたピンクのエプロン姿で、そのエプロンは明らかに女性向けだ。
一緒に来ているルナマリアも似たエプロンをつけている。
アルゼナルには女性がいないため、エプロンも女性ものしかない。
幼年部の手伝いを任せられてしまった2人はエルシャに無理やりそれをつけさせられていた。
「…プ、プハハハハハ!!んだよ!?あんた、女ばっかしかいねーから、女になっちまったのか!?」
「だ、黙れ!!これしかなかったんだよ!これしか!!それに俺も幼年部の子たちの買い物の手伝いに…」
「アハハハハハ!!全然似合わねえ!」
「アハハ…まるで、変態だ」
思いっきり笑われてしまったシンは顔を真っ赤にし、キレる寸前まで精神が追い込まれていた。
これからはミスリルの調理係からエプロンを借りようと心に誓った。
「あーーー笑った笑った。じゃあな、シン。このエプロンが似合ういい女になれるといいな」
思いっきり笑ってしまったことで、少し機嫌がよくなったのか、ヒルダはその場を後にする。
「じゃあな、ルナマリア。外の世界のこと、聞かせてくれよ」
「服も見せてね」
「お前ら、あいつらとなれ合うな!」
3人が立ち去り、すっかり笑いものにされてしまったシンは力が入った両拳を見る。
「…その、よく我慢したわね。シン。その…私はそのエプロン、似合ってると思うわ」
「…ありがとうな、ルナ」
恋人である彼女の言葉がボロボロになった精神をかすかにいやす。
「シン…これが問題をうやむやにするための作戦だと言うなら、見事だと言っておくぞ」
「宗介も、ありがとうな…そんなつもりはこれっぽっちもないけどな。けど…仲間だからもっと仲良くすればいいって、俺に言う資格があるのかなって思ってな…」
今は仲間になっているものの、1年前の大戦で自分はアスランやソレスタルビーイングと殺し合いをしていた。
おまけに、2度の大戦を起こし、ナチュラルもコーディネイターも数えきれない人の人を殺してしまった。
そんな自分たちに偉そうに彼女たちに仲間のことを説く資格があるように思えない。
「…千鳥が、俺に良く言うことがある」
「かなめが?」
「彼女に言わせれば、俺は戦場ボケであり、彼女の言う日常においてあり得ないトラブルを引き起こすらしい」
そのトラブルをルナマリアはかなめにいろいろ聞かせてもらっており、それらは軍人である自分たちから見てもあり得ないことばかりだ。
文化祭で正門にゲートを作る依頼を受けた際、150万円も使って治安維持用の鋼鉄製ゲートを作ってしまった。
文化祭実行委員の予算をそれで使い果たしただけでなく、更には銃座やサーチライトラウドスピーカーをも設置し、かなめからはハリセンで何度も攻撃された。
宗介の言い分では、その文化祭のテーマが『保安』で、去年のテーマが『平和』だったためらしい。
その保安の一環として、治安維持用の観測・防衛ポイントを兼ねたゲートを作ったとのことだ。
ちなみに、これは彼のいる世界の北アフリカやオーストラリアの街中にはよくあるらしい。
その話を聞いた時はルナマリアは一瞬、『保安』って何だろう?と考えてしまった。
同時に、彼がこの17年近くのどれだけの時間を戦場で過ごしたのだろうと彼の異常性を感じずにはいられなかった。
「彼女はそのたびに激怒し、時には俺に修正を入れることもあったが…最後は決まって、これから覚えていけばいい、と言ってくれる」
「これから…か…」
これから未来のために戦う道を選んだシンにとって、そして2度も過ちを繰り返してしまったナチュラルとコーディネイターにとっては重い言葉だ。
だが、そのこれからをおろそかにしてしまったら、本当に平和なんて来なくなってしまう。
「人間、誰でも失敗する…。重要なのはそこから何を学ぶのか、だとカリーニン少佐も言っていた」
「そうよ、シン。自分でもそう言ったじゃない。これからのために戦うって…」
「…そうだな、ありがとう。宗介、ルナ」
「じゃあ、その戦いとして、早く買ったものを持って行ってあげよう!みんな待ってるし」
「ちょっと待ってくれよ。その前にせめてエプロンを…」
「そんな時間はないわよ。大丈夫、あの子たちは笑わないから」
シンとルナマリアは一緒にジャスミンモールを後にする。
シン達の話を聞いていたサリアは少し考えさせられた。
これからのために戦う、人間は失敗から何を学ぶのかが重要…。
新米隊長の自分も、彼らみたいにこれまでのことから学び、これから本当に隊長としてこの第1中隊を一つにすることができるだろうか。
「どう?サリアちゃん。面白いでしょ、あの子たち」
「シン達だけじゃないよ!刹那もティエリアも、みーんなだよ!」
サリアの心の動きを察したエルシャだけでなく、いつの間にか話を聞いていたヴィヴィアンも買い物かごいっぱいに入れたペロリーナグッズを抱えながらサリアに声をかけてくる。
そんな彼女たちの言葉にサリアは返事をすることができなかった。
確かに、シン達の考えや価値観は自分たちにとって新鮮で、見習うべきところもある。
だが、その中にはこれまでの自分の考えとは真逆なものもあり、それを飲み込むのには抵抗感があった。
「じゃあ、部屋にペロリーナを飾らないといけないから、まったねー!」
「私も、シン君とルナマリアちゃんに任せてばかりじゃいけないから、また後でね」
エルシャとヴィヴィアンもジャスミンモールを出ていき、宗介もカートを引いてジャスミンモールの裏へ行ってしまった。
そして、入れ替わるように店主のジャスミンが出てくる。
「本当に助かるね。男手があるとこれだけ違うのかい…。ま、少々お堅いけれど。それはあんたも同じだね。サリア」
「…見てたの?」
ここでのみんなとのやり取りを会話に参加することなく、見続けていたジャスミンを一瞬にらんでしまう。
ストレスが溜まっているせいか、少し八つ当たりじみてしまっているが、サリアとは長い付き合いであるジャスミンは気にせず受け流す。
「余計なことを言わない方がいいと思っただけさ。…それより、ストレスたまってるね」
サリアがジャスミンモールへ来るとなると、もはや思いつくのは1つだけだ。
それで彼女のストレスが発散され、精神環境がある程度整備されるなら安いものだ。
「いつものものを用意して」
「もうとっくにできてるよ。彼はすぐに外へ出すから、少し時間をずらして倉庫に入りな」
ジャスミンは倉庫のドアを開け、中にいる宗介に声をかける。
そして、2人が倉庫のドアから離れるのを見ると、見られないように気を付けながらその中に入った。
「感謝するよ、宗介君。おかげで手間が省けたよ」
「お気になさらず。男手が必要な時には手伝いに行ってほしいと大佐殿からも言われていますし」
「そうかい…いい子なんだね。ほら、これを。また頼むよ」
宗介はジャスミンから受け取った包みを抱えてジャスミンモールを後にする。
彼女が気にしているのは倉庫の中でストレス発散中のサリアだ。
それは周囲から見るとかなりユニークで、誰にも見られたくないものだ。
そのため、このことを知っているジャスミンも中へ入ろうとはしない。
「やれやれ…ストレスがおかしな方向へ行かなきゃいいけど」
だが、レンタル料と場所代をもらえるため、それを止めるつもりはなかった。
「お客さんつれてきたよ、おばさん」
宗介と入れ替わるように、今度はかなめが入ってくる。
彼女もよくジャスミンモールに来て、店番などで手伝いをしてくれる。
「お姉さんと呼びな、かなめ」
だが、自分はまだおばさんと呼ばれるほど年を取っていない。
確かに見た目は年を取ったかもしれないが、それでもまだ指令をやっているジルや医者のマギーら若い面々には負けるつもりはない。
ただ、勝ち気でずけずけとした物言いと気さくさから、ジャスミンは昔の自分を思い出してしまう。
「ごめん、ごめん。でも、かなりの上客だよ」
謝っているものの、あまり悪びれていないかなめは客としてやってきたアンジュとモモカを入れる。
「おや、アンジュ。珍しいね」
一番の稼ぎ頭といえるアンジュだが、そんな彼女がジャスミンモールに来るのはかなりまれだ。
モモカの買取の時にした借金を返済しなければならない事情もあるだろうが、それでも今の彼女であれば大雑把に見積もったとしても1カ月で返済できる。
稼いでいるくせにあまり店に来ないから、どこでキャッシュを使っているのかとジャスミンは疑問を抱いていた。
「モモカの服を買いに来たの。何かいい服はないかしら?」
「そんな…!アンジュリーゼ様が稼いだお金を私の衣装のために使われるなんて…」
「いつまでも下着で寝かせるわけにはいかないでしょう?」
アンジュに買い取られたモモカは彼女の部屋で一緒に暮らしている。
ただ、ここへ来る際には何も持ってきておらず、服や下着の替えもなかった。
さすがに同じ下着のままにさせるわけにも、着替え無しの状態のままにするわけにもいかない。
お金には余裕があるため、サリア達が来ていないタイミングを見計らってここへ来た。
「それに、ここの夜は…へっくしょん!!冷えるんだから…」
隙間風が入るのは当たり前で、昼と夜の寒暖差の激しい場所であるため、ちょっと気を抜いたら体調不良になってしまう。
体調不良になると出撃できないうえに薬を買ったり治療を受けるのにもキャッシュが必要になる。
しかも、治療を受けるとなると高額で、それなら服などを買って健康管理に気を付けた方が安上がりだ。
「風邪をひいたの?」
「さあ?どこかの誰かが噂をしてるんじゃない?それも悪い噂を…」
そんな噂を流す人間はすぐに思いつく。
こうなったら、彼女たちの獲物を横取りして憂さ晴らししてやろうかと悪だくみする。
「そんな迷信…この世界にもあるんだ…」
「アンジュリーゼ様…」
「私も自分の服を買うから、モモカはかなめと一緒に服を選んで」
「で、どんな服がほしいんだい?」
服の代金をモモカに渡したアンジュを見て、ジャスミンは今店頭にある服を思い出す。
もうすぐ暑くなる時期のため、夏物に入れ替えている。
問題は売れ残りの冬物をどうするかで、ずっと倉庫の肥やしにして次の冬を待つつもりなどない。
「…とりあえず、あったかいものを」
「倉庫の中にあるから見てきな。安くしといてやるよ」
「ありがとう、じゃあ…」
安くするかどうかはともかく、とにかくあることは分かったアンジュは倉庫の鍵を受け取って中に入る。
「よし、じゃあ私も手伝って…あ!」
「どうかしましたか?」
「いや…なんでもないよ」
-ジャスミンモール 倉庫-
先日、入荷した荷物の大部分が段ボールに入ったまま棚に積み上げられている。
常温でも大丈夫な荷物ばかりなのか、冷房の暖房も入っていない。
その殺風景な空間の中には場違いなピンク色のハートをモチーフとした飾りがいくつもついた可愛らしいドレスを着た少女がいる。
「愛の光を集めてギュッ!恋のパワーでハートをキュン!」
ヴィヴィアンがこっそりあさって呼んだ本の中にあるお気にいりのセリフをいくつか混ぜて、普段の生真面目さとはかけ離れた猫なで声を出す。
開放感にあふれているのか、すっかり笑顔になっている。
「美少女聖騎士プリティ・サリアン!あなたの隣に突撃よ!」
空想の中で、プリティ・サリアンは助けを求める人々の声援を聞く。
今、彼女はドラゴン達の攻撃によって崩壊した町の中にいる。
ドラゴン達の前に軍隊は役に立たず、対抗できるのは聖騎士のみ。
人々の希望となるため、プリティ・サリアンはハートスティックを回し、ビームサーベルを発生させる。
だが、現実は無人の倉庫の中。
空想の中でこれだけの光景を作り出すことができることから、どれだけ彼女がプリティ・サリアンを作りこんでいるのかが分かる。
「プリティ・アレクトラに選ばれし、新たな聖騎士の力、見せてあげる!…はぁ、癒される…」
いい年した少女がやるようなことではない趣味で、おそらくこれが男性が誰にも知られたくないような趣味と似たところがあることは分かっている。
だが、こんなバカなことをすることで発散できるストレスは計り知れない。
最近はアンジュとヒルダ、さらに外の世界の人々によってアルゼナルが大きく変化しつつあり、その変化についていくにはサリアは生真面目過ぎた。
おまけに、ヴィルキスがアンジュ専用のパラメイルになり、それで彼女が活躍していることも大きなストレスになった。
(はぁ…もうちょっと声出してもいいわよね…?ていうか、みんな好き勝手言って!私だって好きで隊長になったわけじゃないのよ!)
急に心の中で身勝手な仲間たちに毒づいてしまう。
あくまで隊長であったゾーラが死んだときに、副隊長として経験を積んでいたうえに適性が認められた結果だ。
決してジルにえこひいきされたわけではないし、実力も少なくともアンジュを除いては自分が上だという自信もある。
そうでなければ、最新鋭機であるアーキバスを任されるわけがない。
「よぉし、続けるわよーー!直伝、シャイニング・ラブエナジーで、私を大好きになーれ!」
スティックから発生するハート形のエネルギー弾を大量に発射して相手の戦意を失わせる聖騎士の必殺技。
これでドラゴンによって殺されるはずだった人々がすくわれる。
だが、妄想の世界に入りすぎたプリティ・サリアンは足音が近づいてくることを失念していた。
急に視線を感じ、現実に戻ったサリアはその視線の主であるアンジュに目を向ける。
無表情な状態でじっとこちらを見つめられ、それが逆にサリアの羞恥心を掻き立てる。
「ア、アンジュ!?」
なぜ彼女が倉庫に入ってきたのか?
ジャスミンはどうして自分がここにいるにもかかわらず、アンジュを中に入れたのか?
見られたくない趣味を見られたサリアの思考が凍り付く。
「…探し物、ここにはなさそうね。店に戻るわ」
サリアがなぜこんな悪趣味なことをしているのかは知らないが、少なくともここには冬物の服はない。
だったら別の場所を探すだけだと、サリアに背を向けようとする。
「ま、待って!これは…!」
「あなたの趣味には興味ないわ」
サリアが魔法少女のコスプレで変なセリフを口にしていようが、死んだゾーラが同性愛者だろうが、今のアンジュにはどうでもいい。
頭の中にあるのは自分の服を探すことだけだった。
こんなことを誰かにしゃべるつもりは毛頭ない。
だが、サリアにとってはメイルライダー生命にもかかわる恐ろしい事態だ。
どうにかしてこれが広まるのを避けなければならない。
仮にジルやヒルダに知られたら、笑いものにされるうえに隊長の座から引きずり降ろされてしまう。
これまで積み上げてきた優等生のイメージが粉々に砕け散ってしまう。
「見られたからには…!」
ヒルダらに注意した手前、こんなことをすることは気が引ける。
だが、自分の将来のためにはやるしかない。
幸いそばにある制服の中にはナイフと拳銃がある。
背中を向けたらすぐにナイフを手にし、後ろから襲えばどうにかなる。
それに、今来ている衣装は少なくとも足の動きが制服と比べると自由だ。
サリアはナイフを手にし、背中を向けたアンジュに突っ込む。
「殺す!」
「え…!?サ、サリア!!」
急に感じた殺気に驚いたアンジュはギリギリ体をそらしてナイフを回避する。
そして、鬼の形相となってナイフを握るサリアに内心ブルッと震えてしまう。
「ま、待って!こんなこと誰にも言うつもりはないわ!」
「信用できない!」
日頃の自分の行いのせいか、バッサリと両断され、再びナイフで切り付けられる。
わずかにナイフの刀身が制服の上着をわずかにかすめる。
「言う相手なんていないし、あなたがどんな趣味を持っていようと私には関係ないもの!」
「関係ない…?こっちはあなたに迷惑かけられてばっかりなのに、関係ないですって!?」
怒りのスイッチが入ってしまったサリアのナイフを持つ手に力が入る。
第一中隊に、自分の隊に入っているのにもかかわらず、独断専行を繰り返し、隊長である自分の命令に従わないうえに問題ばかりを繰り返す。
周りに多大な迷惑をかけているのに、我関せずな態度を見せるアンジュが許せなかった。
「私たちはチームなの!なのに、あなた一人だけ好き勝手して!」
「後ろから狙ったり、戦闘中に邪魔をしてくる連中の何がチームよ!連中を止められないってことは、あなたも私に落ちてほしいんでしょう!?」
一方的に言いまくられ、堪忍袋の緒が切れたアンジュはサリアへのたまりにたまった不満を爆発させる。
自分を殺そうとしたうえに邪魔をしたり、陰湿ないじめをするヒルダ達を止めることができないサリアをアンジュは隊長としてもチームメイトとしても認めることができなかった。
「それは…」
今後はアンジュが攻勢に回る番だった。
言い返せないサリアの右手にけりを入れ、彼女の手にあるナイフが宙を舞う。
サリアの後ろにナイフが転がり、自分を殺す武器が手元からなくなったため、アンジュは息を整え、斬れてしまった制服に手を当てる。
「あなたたちに殺されるなんてまっぴらごめんよ!だから、私は一人で戦うの!」
「好き勝手なことばかり!いい加減にして!」
「そっちこそ!」
「私が隊長にされたのも、みんなが好き勝手するようになったのも、秘密を見られたのも…ヴィルキスを奪われたのも…全部あなたのせいよ!」
「そんな八つ当たり…!」
ゾーラが死んだことについて、原因は自分にあることは認めている。
だが、ヒルダ達の好き勝手な行動は隊長であるサリアが止めるべきことであり、そもそも自分はヒルダ達とかかわるつもりはない。
秘密を見られたことについてはわざとではないうえに、何度も言っているが秘密をしゃべるつもりは毛頭ない。
だが、ヴィルキスについては勝手に乗せられた上に勝手に生体認証までされてしまった。
降りたくても降りられないし、好きでヴィルキスに乗っているわけでもない。
自分の気持ちを理解しようとせず、ギャーギャー叱るだけのラッパ女の言い分を聞くつもりはない。
こうなったら、一発殴らないとわからないだろうと右拳に力を籠めようとするアンジュだが、なぜか腕に力が入らない。
おまけに視界がぼやけて見えてくる。
「あれ…?なんで、だろう…?サリアが、何人も見えるし、力が抜けてく…」
「ア、アンジュ!?」
体をふらつかせるアンジュに駆け寄ったサリアはまさかと思い、彼女の額に手を当てる。
「熱い…!アンジュ、あなたすごい熱じゃない!」
体感では40度近い熱で、よく見るとアンジュの顔も赤くなっている。
追い討ちをかけるように、倉庫内に警報音が響く。
「こんな時にドラゴン!?」
これだけの熱を出してしまったアンジュはおそらく、出撃できないだろう。
敵の規模が分からない状態で、大きな戦力であるアンジュが抜けるのは痛い。
だが、メイルライダーとしてドラゴンを仕留めなければならない。
「行かないと…」
アンジュは倉庫のドアへ向けて歩いていこうとするが、高熱で疲れ果てた体ではまっすぐ歩くこともできず、棚に体が持たれてしまう。
「駄目よ!今のあなたが行っても…」
「もう…もう誰も、殺させない…。私の目の前で、誰も…」
「え…?」
その言葉を発するので力を使い果たしたのか、アンジュは前のめりに倒れてしまう。
アンジュを運び出さなければならないが、今の服装で出るわけにはいかないサリアは急いで制服に着替える。
頭の中で、アンジュの言った言葉をひっかけながら。
-エリアD ポイントB445-
「トレミー、ダナン、目標ポイントに到達を確認です」
「ここでドラゴンを迎え撃つわよ、機動部隊、出撃準備いい?」
「ああ、アンジュがいない分、しっかり稼いでやるさ」
トレミーではパラメイル部隊の出撃準備が整い、2つのカタパルトから随時発信していく。
「せっかくの新装備だ。思いっきり稼いでやるぜ」
「うん…それで、今度のマーメイドフェスタでいっぱい買い物するんだ…!」
クリスのハウザーには中折れ式のレールキャノンが右のリボルバーの代わりに装備され、ロザリーのグレイブのバックパックはガトリングスマッシャーに換装されている。
ガトリングスマッシャーは4連装ガトリングガン2基を組み合わせたもので、連射性能は低いが、1発1発の威力はアサルトライフルを軽く上回っている。
こちらもクリスのものと同じく、試作兵器ということでデータ収集を条件に安く手に入った。
これらをアンジュを後ろから討つために使いたかったが、残念ながらアンジュは病欠だ。
なお、クリスが言っているマーメイドフェスタは年に1度ある始祖連合国の誕生記念日で、その日はアルゼナルもすべての訓練や任務が免除される。
土日がないアルゼナルでは唯一の公休日であり、おまけに基地内に作られたカジノや遊園地、露店を自由に利用することができる。
なお、いつごろ始まったかは定かではないが、伝統としてノーマたちは全員水着で参加することになっている。
その日にたくさん楽しむにはキャッシュがいる分、クリスは本気だった。
「ま、病欠なんていい気味だぜ。どうぜパンイチで寝てたんだろ!?」
「パンイチ…」
ソウジの脳裏に真っ白なパンツ1枚の状態でベッドで横になるアンジュが浮かんでしまう。
元お姫様であるためそれはないだろうと信じたいが、どうしても想像すると頭から離れない。
「合理的に解釈すると、パンツ一丁の意味であると考えられます。姉さんと同じですね」
「マ、マジで!?」
あの真面目なチトセがまさかそんな破廉恥な姿で寝ているというのは寝耳に水だ。
その姿が頭に浮かぶ前に、頭に衝撃が走る。
「想像しないでください!!ナイン、あなたねええ!!」
「申し訳ありません。機密事項のようですね」
顔を真っ赤にするチトセを見て、言うべきでなかったと判断したナインが無表情のまま詫びを入れる。
おそらく、この話は少なくともトレミー中で知られることになっただろう。
日本に帰ったら、必ずパジャマを買っておこうと心に誓った。
「イタ姫の奴、いかなる理由であろうとも出撃の拒否は罰金だ」
「それらのルールはアルゼナルと同じでいいんだろ?スメラギさん!」
「病欠や機体の故障などのやむを得ない理由の場合は罰金はないわ」
「ちっ…。なら、ドラゴンをぶっ殺してアンジュよりも稼いでやるだけだ!」
パラメイル第1中隊が出撃し、その後でヴァングレイとガンダム達も出ていく。
ダナンからはドダイ改に乗ったウルズチームが既に出撃している。
「給料制になっても、この点は変わっていないみたいだな…」
「モチベーション維持のため、彼女たちには撃墜報酬ボーナスが設定したことが仇になったようだな」
撃墜の補佐をした場合にもボーナスがあるが、それでも実際に撃墜したメイルライダーの方がボーナスが多くなければ不公平になる。
また、アンジュやヒルダなどの場合は数多く撃墜しているのに給料が他の仲間とあまり変化がないと気力を落とすことになりかねない。
彼女たちを全力で戦わせるためにはどうしても撃墜報酬ボーナスをつけるしかなかった。
だが、そうなると逆に手柄にこだわり、他の仲間の足を引っ張ることになりかねない。
今はアンジュが出撃していないため、修羅場になっていないだけで、ここを根本的に解決しなければ第一中隊はチームとして成り立たない。
「仲間同士で争うなんて…そんなバカなことをまだやるつもりかよ…?」
彼女たちの身に起こったことはエルシャから聞いているが、それでもいまだに足を引っ張り合うような彼女たちのことをシンは許せなかった。
「うるさいよ、シン。外の世界のお前が口出しするな。それに、あんたもその仲間同士の争いをしてたくせによ」
「昔のことはもう忘れた」
「こいつ…」
あっさりと開き直るシンにヒルダは舌打ちをする。
ヒルダの言う通り、シンは過去の対戦で一時的とはいえ仲間だったアスランと殺しあった。
彼だけでなく、キラや刹那らともデスティニープラン実現のために戦った。
その過去は決して消えない。
だが、その過去に縛られていては前に進めない。
「何とでも言えよ。とにかく、お前らのくだらない争いをこれ以上、放置するつもりはないからな」
「くだらないだと…ピンクエプロンのおかま野郎が!」
頭にくるヒルダだが、グレイブでは不完全とはいえ1年前の名機であるデスティニーにどうやっても勝てないことは分かっている。
ブルブルと腕を震わすヒルダはこの怒りをドラゴン達にぶつけてやることで晴らそうと考えた。
「シン…」
一言多かったが、それでも彼女たちの争いを止めようとするシンの話を聞いたアスランは彼を連れてきたことが正解だったと感じる。
「アスランはそれを見越してシンを助っ人に呼んだんだね」
「ええ…今のシンは他人の意見を受け入れて、そこから何かを見つけることのできる男ですから」
「でも、俺はまだまだですよ。アスラン様みたいにモテませんからね」
「へえ…シンは女の子にキャーキャー言われたいんだ」
「そういうわけじゃ…」
女の子に人気があることは男にとって別に悪いことではない。
だが、シンにとってはルナマリアが世界で一番の女性であり、彼女がそばにいるなら別にもてる必要もないと考えている。
まるで自分が浮気願望があると疑うような言い草に焦ってしまう。
「ちっ…うっとうしい野郎だぜ」
シンもそうだが、自分からロザリーとクリスを奪ったアスランを含め、外の世界から面々は全員ヒルダにとってうっとうしい存在だ。
彼らが来てからのことはヒルダにとって面白くないことのオンパレードだ。
まるでこれまでの自分を否定されているように思えて仕方がなかった。
「集中しなさい、ヒルダ。シンギュラーが発生するわ」
「ちっ…」
「返事は?」
「了解であります。隊長殿」
「それでいいわ」
アサルトモードにアーキバスを変形させたサリアの脳裏にアンジュのあの言葉がよぎる。
その言葉が正しければ、アンジュは自分たちが死なないようにするために常に前に出ていたことになる。
結果的にそれが大量の撃墜数とほかのメイルライダーの撃墜数減少につながっているだけ。
(メイも言っていた…。アンジュがヴィルキスで戦うようになって、他のパラメイルの修理が減ったって…)
周囲に無関心と言っていながら、その周囲の命を守ろうとする。
そのギャップが何なのかを考えたいところだが、シンギュラー反応がそれを許さない。
中から20体近くのスクーナー級が飛び出してくる。
「スクーナー級23確認!」
「多いわね…陽動かしら?」
相手は作戦を立てることもできる知性の有る生き物。
その可能性はあり得るが、少なくとも他にシンギュラーの反応はない。
「なぁ…」
「何だ?」
接触回線で、同じドダイ改に乗っているクルツのガーンズバックからの接触回線に宗介は答える。
「あの穴を通れば…俺たち、元の世界に帰れるのか?」
自分たちがこの世界に飛んできたのとシンギュラーが現れたのはほぼ同時だ。
それはガンダムチームが現れたときも同じで、もしかしたらシンギュラーと別世界に繋がりがあるかもしれない。
「冗談じゃない。多分、穴の先はドラゴン達の世界だ」
「我々が転移してきたのは不安定になった時空壁の崩壊に巻き込まれたものと推測されている。ダイレクトに、あの穴を通ったわけではないということだ」
説明するクルーゾーだが、彼も正直に言うと意味が分かっていない。
あくまでオモイカネで分析したルリとテレサの言っていたことを引用しているだけだ。
ただ、ラムダ・ドライバやニュータイプといった自分にとっては非現実的なものが実在することから、もしかしたらその時空壁というのも存在するのではないかと思ってしまう。
それに、ジャスミンモールでこっそり買ってきた、複数の世界を旅しながら愛する少女の記憶を取り戻す少年の度を描いた作品など、これまで見たアニメの中にはこうした異世界物はよくある。
「でもよ、俺たち…いつまでもこの世界にいるわけには…」
「気持ちは分かりますよ。ウェーバーさん。ですが、どうすることもできない以上、今は目の前のことに集中してください」
「了解だ…」
本当に居ても立っても居られないのはテレサだろう。
彼女は人一倍、元の世界で起こったとある事件とその解決への思い入れが強い。
そのことを戦友であり部下である自分も分かっているため、クルツはこれ以上は何も言わず、狙撃用ライフルを構える。
「ロックオン、クルツは狙撃攻撃の用意。それを合図にソウジ、ロザリーとクリスが、アレルヤ、ティエリアが弾幕を張ってスクーナー級の数を減らして。そして、弾幕を突破したドラゴンを刹那と宗介君、クルーゾー、マオが攻撃よ。全員、生きて帰るわよ。攻撃開始!」
スメラギの言葉とほぼ同時に、サバーニャのGNライフルビットⅡとクルツのガーンズバックと狙撃用ライフルが火を噴く。
長距離から飛んでくる実弾とビームに2体のスクーナー級が撃ち抜かれる。
攻撃が来たことに気付いたスクーナー級たちは攻撃してきたと思われる機動兵器と戦艦に向けて飛ぶ。
「よっしゃあ、釣れたぜ。あとはあたしらの仕事だ」
「1匹でも多く、近づく前に落とさないと…!」
「サリア!スメラギさんの指示には従うが、それ以外は好きにさせてもらうぜ!」
ラファエルがGNビッグキャノンを発射するとともに、ハルートはMA形態に変形した状態でそのビームの修理を飛びつつ、GNソードライフルで撃ち漏らしたスクーナー級たちを攻撃する。
「よし…!」
新設してもらったゴーグル型の照準器でクリスは狙いを定め、レールキャノンを構える。
クリスのハウザーの右耳あたりには追加のスティック状のセンサーが増設されており、これでより遠くの相手を正確に感知することができるようになった。
照準が合うと同時に、クリスは引き金を引くと、レールキャノンから弾丸が高速で発射され、それがスクーナー級の体をバラバラにした。
「ソラソラソラぁ!落ちやがれドラゴン!!」
ロザリーもアサルトライフルとガトリングスマッシャーを撃ちまくり、スクーナー級をその弾幕で撃ち落としていく。
そして、うち漏らした敵をヒルダがパトロクロスで両断した。
サリアはこの光景を唇をかんで見守っていた。
「サリアちゃん…」
「サリア…」
エルシャとナオミは好き勝手動く3人に対して何もできずにいるサリアを憐れむ。
それが余計にサリアを傷つけることは分かっているが、自分たちでもあの3人を止めることができない。
(私は…何をやっているの…?)
隊長であるにもかかわらず、手綱を引けないばかりか命令も聞いてくれない。
もはやお飾りで、いてもいなくても同じだ。
そんな自分がここにいる理由を見つけられなかった。
(後ろから狙ったり、戦闘中に邪魔をしてくる連中の何がチームよ!連中を止められないってことは、あなたも私に落ちてほしいんでしょう!?)
(はは…アンジュの言う通りよ。こんなチーム…)
こんな体たらくとなったチームと自分自身を嘲笑する中、スクーナー級が動きを止めているサリアのアーキバスを見つける。
しかし、死角からパトロクロスで貫かれていた。
武装名:パラメイル用レールキャノン
使用ロボット:ハウザー・クリスカスタム
エステバリスのレールキャノンとアーム・スレイブの狙撃用ライフルを参考にしてメイらアルゼナル整備班が試作したもの。
レールガンと比較すると全長が長く、威力が低いものの、長距離の敵ドラゴンへの命中率が高く、ブレも少なくなっている。
また、バックパックから制御するため、両手が自由なままになっている。
ただし、機体全体で反動を抑える設計になっていることと照準を合わせなければならないことから僚機の必要性は変わらない。
クリスが増加した給料を元手に購入したことで、彼女がデータ収集を行うことになっており、今後はそのデータをもとに量産するかを検討する模様。