形式番号:AW-GBR115(RS)
建造:アルゼナル
全高:7.2メートル
全備重量:3.95トン
武装:対ドラゴン用アサルトライフル、背部2連装砲、凍結バレット
主なパイロット:ロザリー
グレイブをロザリー専用にカスタマイズされたもの。
黄色く塗装された上、中距離支援を重視した設計となっており、バックパックに2連装砲を装備している。
戦場でのリロードは困難であるものの、ハウザーのリボルバー砲以上の射程と安定性を誇っている。
なお、ナインの調査によるとその連装砲の技術はザフトの空戦用モビルスーツ、バビの流れを汲んでいるらしい。
-インド洋 エリアD アルゼナル 格納庫-
「なあ、アンジュちゃん。ちょっとお茶でもどう?」
「…」
なれなれしくナンパを仕掛けてくるクルツを出撃準備中のアンジュはにらみつける。
アンジュ帰還記念パーティー中も酒に酔った勢いでナンパを仕掛け、ビンタして拒否したにもかかわらず、またこうして誘ってきている。
もう相手するだけでも面倒になったようで、こうして無視し続けている。
「そんなふうに睨んじゃ、かわいい顔が台無しだ。女の子には笑顔が似合う。さあ、俺に100万キャッシュの笑顔を…」
「…」
まもなくパラメイルによる模擬戦が始まる。
アンジュは引き続き無視を決め込み、ヴィルキスに乗り込んだ。
手ごわい相手だが、そういう相手をベッドに落とせたときが一番の至福と考えるクルツは困ったような笑みを見せた。
そんな光景を、ロザリーとクリスはイライラしながら眺めていた。
2人とも今日は特に訓練や任務の予定がなく、機体チェックのために格納庫には来ているものの、ライダースーツは着用していない。
「あのクソアマ、男をたらしこむのは本当にうまいな」
「色ボケ…雌豚…」
「こらこら、ロザリーちゃんもクリスちゃんもそういうことを言っちゃダメだってアスランにたしなめられただろ?」
相変わらずな2人にソウジは大人として、2人に矛を収めるように諭す。
だが、事情が事情故にそう簡単にはいかないうえに、ナインの分析ではアスラン以下のソウジでは効果がなかった。
「アスラン様ならともかく、お前に偉そうなことは言われたくねえよ!」
「お前なんかがアスラン様の真似をするな!」
「何なの…この差…」
あんまりなカウンターパンチが効いたソウジは冷や汗をかきながら沈黙してしまう。
ここは何か優しい言葉をかければいいかと、チトセは言葉を考え始めるが、その前にナインの口が開く。
「人間性の差だと思います」
「加えて、やさしさ?」
「も1つおまけに、かっこよさ!」
「ナイン!そんなこと言っちゃダメ!エルシャもヴィヴィアンも、ソウジさんが可哀そうよ!!」
「じゃあ、姉さんはキャップのどのようなところにアスランさん以上の魅力があると思いますか?」
「そ、それは…」
まさかの質問にチトセはソウジをじっと見ながら考える。
救いの天使からの言葉が来ると期待した傷だらけのソウジは口元を緩ませながらチトセを見る。
しかし、いくらソウジを見ても、首をひねっても何も出てこない。
「うーん、うーん…」
「トリプルプレーならぬ、クワトロプレーかよ…」
昔読んだ野球漫画にあった第4アウトルールによる得点すら認められない重い一撃を受けたソウジは一気にテンションを落としてしまった。
「この前のパーティーで、少しは関係の改善を期待していたがな…」
アンジュ帰還記念パーティーでは、確かにメイルライダーだけでなく、整備班や自分たちも加わって大盛り上がりしていた。
しかし、終わって少しでまたこの状態だ。
無人島での生活で、アンジュは少なくともサリアやエルシャ、ヴィヴィアン、ナオミに心を開くようにはなったものの、いまだにヒルダら3人組とは相変わらずだ。
また、基地にいるほかのメイルライダーもヒルダ達ほどではないものの、アンジュを快く思っていない節がある。
「主な原因はアンジュの活躍による、彼女たちの戦果の低下も一因だろう」
ティエリアはスメラギを介してジルから提供されたアンジュ遭難事件から今日までのメイルライダー達の戦果と報酬のキャッシュのデータを手持ちの端末で確認する。
元々、エアリアの選手として活躍していてパラメイルの操縦への適応性が高いうえに、旧型でありながら高性能なヴィルキスとの相性も相まって、新入りでありながらアンジュは多くの戦果を挙げている。
昨日は1人で2匹のガレオン級を始末したうえに、10匹近いスクーナー級も撃ち落としている。
その分、他のメイルライダーの活躍の場が奪われ、本来稼げるはずのキャッシュが稼げなくなるという問題が発生することになる。
「対立、というほどじゃないけど、私たちと第一中隊も連携がうまくいっているとは言えないわね」
マリーはこれまでのメイルライダー達との共闘を思い出すが、彼女たちはスメラギやテレサからの指示を受けるのに消極的な節がある。
誰にも知られずにドラゴン達と戦い続けてきたことで、始祖連合国のノーマへの差別も手伝って過剰に排他的になっているのかもしれない。
「仕方ないさ。あいつらにしてみりゃ、ドラゴン退治の助っ人ということは商売敵だ」
「彼女たちの場合、撃墜数が減れば、その分だけ報酬が減る。問題の根本はそれだな…」
アルゼナルのメイルライダーたちの評価システムでは、基本的にドラゴンの撃墜スコアが反映されることが多い。
そのため、援護攻撃や味方の救援については過小評価される節がある。
評価方法がシンプルで分かりやすいため、迅速に評価できる点はよいが、それではエルシャやロザリーのような後方支援を行うメイルライダーが正当な評価がされにくいという欠点にもなる。
そうなると、是が非でもドラゴンを撃墜しようと無茶な行動をとって、その結果は言わずもがな。
「彼女たちにとっては、命よりも金みたいだがな…」
「スメラギさんとテスタロッサ艦長には頭痛の種みたいだね」
アレルヤは昨晩、スメラギがアニューとマリー、ロックオン、更に自分まで巻き込んで酒を飲みながら愚痴をこぼしてきたことを思い出す。
なお、アンジュや第一中隊のことは半分で、半分は自分の年齢と恋愛についてで、元カレだったという元ユニオンのモビルスーツパイロットで、現在は地球連邦軍の次期主力モビルスーツ開発主任となっている男性、ビリー・カタギリが最近地球連邦政府の宇宙局に勤務する宇宙物理学教授のミーナ・カーマインなる女性から猛烈なアタックを仕掛けていることをグデグデになりながらしゃべっていた。
ヴェーダを使ってそんなことを知ったのか、という突っ込みはさておき、それ故にアレルヤやマリー、アニュー、ロックオンのことを親の仇のように睨みつけもしていた。
スメラギが酔いつぶれる形で解放されるまでは数時間かかった。
「あたしらも金で雇われている傭兵だけど、ジャスミン・モールで買い物することくらいしか娯楽のないあの子たちの守銭奴っぷりには舌を巻くよ」
「そういえば、今日は外部から荷物が届く日ね」
月に数回、ジャスミンが手配した輸送船がアルゼナルに到着し、荷物を運びこんでくる。
始祖連合国もアルゼナルなしではドラゴンに対応できないことを理解しており、消極的ながら必要最低限の物資を送っている。
なお、他にも極秘裏にジャスミンが手配した物資も入っている。
オーブから極秘裏に来る輸送船については始祖連合国の輸送船と鉢合わせすることがないように、ジャスミンが調整をしている。
最も、オーブから支援を受けていることは監査官であるエマは知っているが、ドラゴンから始祖連合国を守るためには致し方ないと黙認されている格好だ。
「その辺にしておけよ!クソ男!それ以上、ロザリーとヒルダにちょっかいだすなら、あたしが黙ってないよ!チトセもだ!」
ロザリーとクリスをかばうように前に出て、キレながら叫ぶヒルダだが、現在重傷状態のソウジには言葉を返す力が残っていない。
「ヒルダ…」
そんなソウジの代わりなのか、チトセがじっとヒルダを見る。
また、自分に説教じみたことでもいうのかとヒルダは身構える。
「私…もっとあなたたちと仲良くなりたいだけなの。…駄目?」
「おお、ストレートに来た!」
「だ、駄目ってわけじゃないけど…」
ヒルダにとって予想外のストレートな言葉で、すっかりしどろもどろになってしまう。
だが、少なくとも彼女が仲良くなることそれ自体を拒否しているわけではないことが分かった。
(あらあら…ヒルダちゃん、ディフェンスに難ありね)
「だったら、もっといろんな話がしたいな。ヒルダとも、ロザリーとも、クリスとも…」
「ちょ…ちょっとくらいなら…」
(さすがチトセちゃん、ちょっとヒルダちゃんと距離が近づいたか…?)
徐々に傷がいえてきたソウジはチトセがたった一言でヒルダとの関係が軟化したことに驚く。
同じ女性であることもあるが、彼女の社交的なところも大きいかもしれない。
これなら、少しは可能性があるかもと思ったソウジは思い切ったことを口にする。
「じゃあ、ヒルダちゃん。俺も仲良くなりたいから、これから…」
「あんた…死にたいみたいだね」
「ソウジさん、邪魔しないでくださいね」
ヒルダとチトセも満面な笑みと共に殺気に満ちた言葉が襲い掛かり、癒えたばかりの傷が痛み始める。
ヒルダに至っては殺すぞと言わんばかりに銃を握っていた。
「め…滅相もない!俺はだれよりも長生きすることをモットーに日々懸命に生きるんだから!!」
いつも以上に饒舌に自分の生き方を宣言するソウジ。
そんな彼を滑稽に思ったのか、エルシャはクスリと笑ってしまう。
「その割に、不器用ですね。ソウジさん…」
「ええ…自分から地雷原にダイブするかの如く」
「要するに頭が悪いんだ!」
「ううーチトセちゃーん、俺のことを慰めてくれよー、俺、もう心が壊れそうだぜー…」
傷口に塩、ならぬ唐辛子を目いっぱい塗り込まれたソウジは意気消沈し、気心知れたチトセに救いを求める。
顔面をチトセの胸を押し付け、抱き着くように背中を撫でる破廉恥極まりない行為にチトセはブルブルと拳を震わせていた。
「そうですか…じゃあ、ちゃんと眠れるようにしてあげましょうか??」
「仕方ないな。如月が叢雲一尉の相手をしている以上、俺が相手をしよう」
「何々?宗介が遊んでくれるの!?」
遊び相手に飢えていたヴィヴィアンは同年代の異性である宗介が知っている遊びが気になって仕方がなかった。
彼女の眼には彼が外の世界のスタンダードな少年に見えていた。
「そうだな…射撃訓練と格闘訓練、どちらがいい?」
「それがあんたにとっての遊びかい…」
想像していたとはいえ、安定感のある宗介の提案にかなめは顔を引きつらせる。
こんなずれのありまくりの男を同年代の男子の普通として認識されないか不安で仕方がなかった。
こうなれば、ハサウェイにいてくれたらとないものねだりをしてしまう。
すべての高校生男子の名誉のためにも、かなめは別の提案をしようと考えた。
「じゃあ、射撃訓練にしようかしら。私、重砲兵だけど、生身での射撃はどうも苦手みたいだから」
しかし、エルシャは自分の不足しているものを頭に浮かべ、宗介に教えを乞う。
アーム・スレイブはモビルスーツやパラメイルと比較するとセミ・マスター・スレイブ形式を操縦法に採用としている都合上、パイロットの身体能力や兵士としての経験・直感に性能が左右される傾向にある。
そのため、宗介らはアーム・スレイブの訓練の一環として歩兵レベル以上の白兵戦の訓練もしていて、エルシャは宗介の訓練を見て、自分と年齢の近い彼がショットガンをはじめとして火器の扱いに長けていることに驚いた。
しかし、狙撃となるとミスリルではクルツが神がかりのレベルで、彼に教えてほしいと思うこともあったが、彼の性格ゆえに断念した。
「それはバストが邪魔になり、射撃時の姿勢の安定が取れないからだと推測されます」
「じゃあ、格闘訓練にしようよ!そっちもおっぱいが揺れ揺れで邪魔になるけど!」
「もう、ヴィヴィちゃんもナインちゃんも!」
自分の胸をいじられ、顔を赤くするエルシャだが、確かにナインの言う通りで、コックピットの常備されているアサルトライフルの訓練もそれが邪魔になって成績が平均的になってしまうことが多かった。
ついでに、一緒に訓練していたサリアに嫉妬深い眼で見られた理由がようやくわかった気がした。
「では、格闘訓練をするとしよう」
「ええっと…そういうときは、イエッサー!!」
ニコニコ笑いながらヴィヴィアンは宗介に敬礼する。
そして、さっそく宗介はクルーゾー仕込みのマーシャルアーツを教え始めた。
「ソースケになじんでる…」
まさか彼の遊びが好評だとは思わなかったかなめは同時にこのアルゼナルと始祖連合国の異常さを実感した。
彼女たちも宗介と同じで、戦場にしか生きる場所がないのだ。
アンジュは格闘訓練をするヴィヴィアンとエルシャを横目で見ていた。
(みんなは…どうしているのかしら?)
アンジュはエアリアのチームメイト達に思いをはせる。
特に自分のことを慕っていた同級生のアキホ、そしてメイドとしてプライベートでのつきっきりでサポートをしてくれた少女が特に記憶に残っている。
(…駄目よ。もう私はみんなとは会えないんだから…。もう、忘れないと…!)
今の自分はアンジュリーゼではなく、ノーマのアンジュ。
もう彼女たちと共に生きることができない現実を受け止めようとしていたアンジュの耳に警報音が響く。
「敵襲!?」
「だったら、出撃しないと!シンギュラーの位置は!?」
エリアDで敵襲があるとしたらドラゴンしかない。
即座に司令部と連絡をつなげ、ドラゴンの位置情報を求める。
「いや、ドラゴンではない。侵入者だ」
「侵入者…?」
「総員に告ぐ。アルゼナル内部に侵入者あり!」
「今日の定期便に交じっていたようだな…」
外海から侵入者がいるとしたら、アスランやソウジ達のようなモビルスーツや戦艦の所有者を除くと、今日入港した始祖連合国の輸送艦に紛れるくらいだ。
そうなると、侵入者は始祖連合国の人間ということになる。
「こんな地獄の一丁目にわざわざ来るとは、どんなもの好きだよ!?」
始祖連合国でも、上層部とその関係者くらいしかアルゼナルの存在は知らない。
それに、今までそのような前例はないものの、法律ではアルゼナルに不法に侵入した人物は始祖連合国に送還された後、処刑されることになっている。
そんな危険極まりない行為をするメリットはこのアルゼナルにはどこにもない。
「対象は森に逃走中。第一中隊は直ちに現場に急行し、対象を確保せよ」
「捕まえたら、報酬出るかな?」
報酬、という言葉にヒルダとヴィヴィアンは即座に反応する。
その瞬間から彼女たちはハンターへと変貌する。
「よっしゃあ、やるぜ!とっつ構えて、あたしの新しいスカートとグレイブのパーツのキャッシュになってもらうよ!」
ヒルダ達は大急ぎで格納庫から飛び出し、森へと向かう。
アルゼナルはノーマにとっては庭で、当然土地勘はこちらが上。
ドラゴン退治よりも容易にキャッシュが手に入るという物で、今の彼女たちは積極的だった。
「…何?この胸騒ぎは…?」
理由のわからないその違和感を突き止めるには、逃げている人間を捕まえるのが一番かもしれない。
アンジュはヴィルキスから降りると、彼女たちに遅れて森へ向かった。
-アルゼナル 周辺の森-
「ロザリー、クリス!回り込んで逃げ道をふさげ!」
「了解!!」
3人がかりで巨大な木のところで紫をベースとしたメイド服姿の小柄な少女を追い詰めることに成功する。
服装からして、中々の身分の少女であることはうかがえる。
もしかしたら、かなりのキャッシュがもらえるかもと皮算用してしまう。
「ちょっとおとなしくしてもらうぜ!こういう時は生け捕りが一番だからなぁ!」
ロザリーは拳銃型のスタンガンをその少女に向けて発射する。
本当は脱走兵捕獲用のものだが、気絶させる点は同じだ。
しかし、緑色の光でできた薄い壁に阻まれてしまう。
「スタンガンが効かない!?」
「マナの光…?やっぱり、始祖連合国の」
「や、やめてください!私は…私はアンジュリーゼ様に会いに来ただけです!」
少女は光を消すと、驚いているノーマたちに事情を説明する。
アンジュはその少女の顔を見た瞬間、何を言えばいいのかわからなくなってしまった。
紫色のボブヘアーと左目の泣きぼくろ。
透き通った丁寧で、聞き覚えのある声。
「モモカ…荻野目モモカ!?」
アンジュはなぜ彼女がここにいるのか信じられなかった。
一瞬これは夢なのかと思ってしまう。
そして、モモカと呼ばれた少女は自分の名前を呼んだアンジュに目を向けると、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「あ…アンジュリーゼ様ー!!」
ようやく再会できたことに喜んだモモカはアンジュに抱き着く。
いまだに現実とは思えずにいるアンジュにできるのは、腕の中にいるモモカを抱き返すことだけだった。
-アルゼナル 食堂-
「…あの侵入者、アンジュの皇女時代の侍女だったってな」
「ええ。荻野目モモカ。長年彼女の侍女をやっていたみたいで、マナを使うときは彼女が代行していたみたいよ」
「アンジュがノーマであることを隠すためにか…」
エルシャが作った料理に舌鼓を打ちながら、今回の侵入者の正体をロックオンらソレスタルビーイングとミスリルはアニューから聞いていた。
これはエマから受け取った事情聴取の記録からわかったもので、行ったエマもハキハキと包み隠さず説明するモモカに驚いたらしい。
「ただの主従関係とは違う…彼女はアンジュを心から慕っている…」
マジックミラー越しにその光景を見た刹那は彼女から始祖連合国の人間と比較したうえでの異質性を感じていた。
なぜ、ノーマを差別するのが当然の始祖連合国で彼女はノーマであるはずのアンジュを心から慕うことができるのか。
何か大きなきっかけがあったのかと思うが、余計な詮索になると思い、これ以上口に出すのはやめた。
「確かに、そうだね。そうじゃないとこんな危険な真似はしないよ」
「問題は彼女の処遇ね」
「決まってるぜ、こことドラゴンの存在は秘密だからな」
「侵入者は処刑。噂じゃ明後日の定期便に引き渡して、始祖連合国か海で処刑するって」
マリーの疑問にキャッシュをもらったばかりのロザリーとクリスが笑いながら答える。
笑って話すにはあまりにも血なまぐさく、物騒なものだが、彼女たちにとっては気味のいい話だった。
「何とか、彼女を助ける方法はないのか?」
部外者であることは分かっているアスランだが、そんなことを放っておけるほどできた人間ではないことを自覚していた。
彼は前大戦で出会った少女、ミーア・キャンベルのことを思い出す。
彼女は3年前の大戦後にプラントを離れたラクスの影響力を利用しようとしたデュランダルにそそのかされる形でラクスとうり二つの容姿に整形手術を受けたうえで、彼女の影武者として活動することになった。
本物の歌手になることを夢見て、憧れであったラクスに近づけることから望んでやっていて、アスランとはその活動の中で知り合った。
しかし、戦局が変化し、大戦終盤にオーブに到着したラクスによって偽物であることを暴露された後はデュランダルによって月面都市コペルニクスに送られて幽閉されることになった。
そして、プラントの動きを確かめるためにアークエンジェルと共に月へあがったキラ、アスラン、ラクスをおびき寄せるための餌として利用された。
その中で彼女は初めて間近にラクスと会うことになり、その時はデュランダルに与えられたラクスとしての役割に執着していたことから、ラクスに銃を向けてしまった。
その時にラクスが言った言葉をアスランは今も覚えている。
(名前がほしいなら差し上げます。でも、それでもあなたと私は違う人間です)
その一言が彼女をラクスとしての役割から解放した。
だが、そんな彼女はラクス暗殺のためにデュランダルから送られた暗殺者の凶弾からラクスをかばった。
ソレスタルビーイングも同行していたこともあり、メディカルルームに送られて集中治療を受けたことでどうにか一命をとりとめたものの、現在は元の顔に戻ってどこかで療養生活を送っている。
知られたら、狙われる危険性があることからアスランは今も彼女がどこで何をしているのかを知ることができずにいる。
アスランはその時、ミーアに対して何もできなかったことを後悔し続けている。
だからこそ、処刑されるかもしれないモモカを放っておくことができなかった。
だが、そんなアスランの思いを、彼を慕うロザリーとクリスは知らない。
「アスラン様はあんな奴のこと…気になさらなくてもいいですよ?」
「そうです。悪いのはアンジュなんですから」
「アンジュが…?」
「そうそう、あいつとかかわるとみんな死んじゃうんです」
「ゾーラ隊長…そしてあの女、むごい女ですよ。本当に」
日頃の恨み言を吐き出すかのように、ロザリーとクリスはアンジュによって殺されたゾーラの名前を口にする。
大切な上司であったゾーラが死んだ苦しみを今度はアンジュが味わえばいい。
そして、その苦しみで狂って死んでしまえばいいと。
「…それは違う」
「へ?」
だが、アスランから見れば結果論だ。
そして、その死の原因はもっと根深く、もっとどろどろとしたもので、アンジュ1人によってそれがわずかに見えたに過ぎない。
「君たちの隊長さんのこと、そしてアンジュに会いたい一心でここに来た子が処刑されるのも、みんなここのシステムのためだ!!」
「アスラン様…??」
拳を握りしめ、穏やかなアスランが見せる怒りに2人は一瞬ひるむ。
だが、冷静に考えるとどうして自分たちはマナが使えないだけでここでドラゴンと戦わなければならないのかという疑問がよみがえるのを感じた。
長く戦っていたせいで、どこかその疑問を捨ててしまっていたのかもしれない。
そんなかすかな疑問を浮かべる2人の元にヒルダがやってくる。
「何やってるんだ?ロザリー、クリス。飯を食い終わったなら、さっさと行くよ」
この後はヒルダと共に3人1組での戦術訓練を行うことになっていることを2人は思い出す。
ここでは少しでも迷ったり、疑問を浮かべたら死ぬ場所だ。
アスランの言葉はもっともだが、今はそれを考えている場合ではない。
「う、うん…」
「ではまた、アスラン様。ごきげんよう…」
2人はヒルダについていき、食堂を後にする。
アスランは3人の姿を隠した自動ドアをじっと見ていた。
「アスラン…」
「すまん、刹那。取り乱してしまって…」
ゾーラのことは聞いており、彼女たちがそれが原因でアンジュを恨んでいることは理解できている。
もっと彼女たちの気持ちも考えて言葉にすることができなかったのかと、アスランは自分の口下手さを悔やむ。
だが、刹那達はそんなアスランを責める感情などなかった。
「分かるよ、アスラン。君もコーディネイターとナチュラルの間で悩んだり、迷ったりしていたからね」
「ここの存在をカガリから聞いて、一緒にアスハ家のデータベースを見たとき、俺は…今までにない怒りを覚えました。こんな差別が許されていいはずがない…。だから俺は…自ら望んで、ここの支援に来たんです」
コーディネイターとナチュラルは能力差や偏見から差別を生み、取り返しのつかない過ちを繰り広げてしまった。
アスランも血のバレンタイン事件で母親レノアを失い、父親であり、プラント評議会初代国防委員長であったパトリックがその影響でナチュラル絶滅のためなら手段を択ばない狂人となり果てていくのを見ることしかできなかった。
そして、その差別はクルーゼの計略によって、核とジェネシスという人類最悪の兵器たちによって、プラントも地球も共倒れになる一歩手前まで向かってしまった。
そのような過ちをこの始祖連合国は起こすかもしれない。
それを見過ごすことをアスランのこれまでの生々しい経験が許さなかった。
「そうだね…」
「だが、君が来てくれて感謝している。おかげで彼女たちは我々に心を開こうとしてくれている」
「お嬢さん方のアイドル役には同情するがな」
女性に好かれやすい体質もあるかもしれないが、誠実なアスランが自分たちとアルゼナルの懸け橋となってくれている。
ティエリアは少しずつだが、彼女たちとの関係が改善していくことを喜ばしく思っていた。
「そっちの方は大丈夫です。助っ人を手配しましたから」
「助っ人…?」
「ああ…あいつなら、この状況を何とかしてくれる」
-アンジュの部屋-
「ここが…アンジュリーゼ様のお部屋なんですね…」
アンジュに案内され、部屋に入ったモモカは敬愛するアンジュリーゼの激変した環境に息をのむ。
始祖連合国の平均的な国民の住処よりも粗末なうえに、置いてあるのは棚とベッド、机と椅子だけ。
布団も硬くて薄いもので、とても皇女のものとは思えない。
「適当に座って。明日の定期便が到着するまで、ここで過ごすことは許されたから」
ジルからの許可で、モモカはアンジュに身柄が預けられることになった。
しかし、アルゼナルの不法侵入した人物は処刑されるため、モモカもこの時点で処刑されることが決まっている。
アンジュはそのことをとても彼女に言うことができなかった。
「再会して3日!ついにアンジュリーゼ様のおそばに…という私の願いが叶いました!」
この3日間、モモカはエマやジルからの尋問を受ける日々を送っていた。
自分の身分やアルゼナルに来た理由などを矢継ぎ早に質問された。
中にはよくわからない質問もあり、それは答えることができない、もしくはどういう意味かを尋ねたが、スルーされ、次の質問に移された。
「あ、アンジュリーゼ様はお召し替えですね。お手伝いさせていただきます!」
「いいから」
「何をおっしゃるのですか!?アンジュリーゼ様の補佐は侍女筆頭であるこのモモカの務めです!」
「要らないって言ってるの…」
「も、申し訳ありません…」
皇女の頃は当たり前のことだったが、今のアンジュにとっては皇女時代のことは思い出すには辛すぎた。
だが、その不満をあろうことかモモカにぶつけてしまったことをアンジュはすぐに反省した。
少ししょげた様子だったモモカだが、すぐに表情を明るいものへ切り替える。
「そういえば、御髪…短くされたのですね。よいと思います。大人の雰囲気というか…これまでの姫様から脱皮されたような、そんな感じがします!」
「脱皮も何も…もうアンジュリーゼはいないから」
今の自分はアンジュリーゼではなくアンジュ。
そう言い聞かせるために断髪した。
大人に成長するためでも、ただの箱入り姫から卒業するためでもない。
「そんな…!アンジュリーゼ様はアンジュリーゼ様です!」
だが、モモカにとっては目の前のノーマはアンジュリーゼであることに変わりはない。
誰が何と言おうと、始祖連合国の皆が手のひらを返したようにノーマであるアンジュを罵倒したとしても、モモカの思いは変わらない。
「私、帰りません!離れません!これからもずっとずっと私がお世話致します!」
そういい返してくるとは思っていた。
そんな思いがなければ、こんな危険な真似をするはずがない。
ずっと幼馴染のように過ごしてきたモモカらしい。
だが、気になるのはなぜノーマである、始祖連合国では人間ですらないアンジュをモモカがここまで敬愛するのかだ。
「ねえ、いつから?いつから知っていたの?私がノーマだって…」
伝えなかったことを責めるつもりはない。
洗礼の儀の前、とある母親がノーマであった赤ん坊を憲兵に連れていかれ、悲しんでいたときに言った言葉を思い出す。
(ノーマは人間ではないのですから。早く忘れる事です。そして、次の子を産むのです。今度はノーマではない『正しい子供』を…)
自分もまた、ノーマを差別する当事者だったから、仮にそんなことをモモカに言われたとしても信じなかっただろう。
「最初っから…でしょ?私にマナを使わせないためにお父様が連れて来た…。そうよね?」
父、ジュライにモモカを紹介されたときのことを思い出す。
話によると、始祖連合国では珍しい孤児で、施設にいたモモカをある程度侍女として教育させたうえで連れてきたという。
身の回りの世話をするだけの役目だったが、今考えるとマナを使うときには必ずと言っていいほどモモカがそばにいた。
そうなると、最初からアンジュがノーマだと知ったうえで仕え続けていることになる。
「誰が何と言おうと、どんなことがあろうと、私の居場所はアンジュリーゼ様のおそばだけです。追いかけて…追いかけて…やっとお会いできたのです!どうか…ここにおいてください!」
懇願するようにアンジュを見つめ、必死に願うモモカにさすがのアンジュも拒絶することができなかった。
でも、ここはノーマの居場所であり、モモカがいるべき場所ではない。
大切なモモカだからこそ、ここにいるべきではない。
「ここは…人間の居場所じゃないわ。この3日間で知ったでしょう!?まずくて粗末な食事、粗悪で不衛生な施設、そして何より…ここはいつも死と隣り合わせ」
「それでも!!」
両拳に力を込めながら、モモカは自分の固い決意を口にする。
ふと、アンジュの眼にはモモカの右腕についている傷跡が映る。
白無垢な彼女には似つかわしくない横一線の切り傷だ。
「その腕の傷…どうしたの?」
「あ、これは…」
「もしかしてそれ…あなたが私の人形を誤って壊してしまった時の…」
それはモモカが来たばかりの頃で、ある程度教育を受けたとはいえ、まだまだ仕事に慣れていなかったのか、モモカはうっかりアンジュが大切にしていた人形を壊してしまった。
その時に飛んだ破片がモモカの腕をかすめた結果、その傷跡ができた。
それを見るまで、アンジュはその時のことをすっかり忘れていた。
だが、モモカにとっては今でも大切な出来事だ。
「マナを使えば、そんな傷跡、消すことができるはずじゃ…」
「これは…アンジュリーゼ様との絆の証です」
「絆…?」
「はい。あの時、アンジュリーゼ様は私の不始末を怒るよりも、まずは私の傷のことを心配してくださいました。私は決して忘れません。今の私は…アンジュリーゼ様をお支えするために存在しているのです。これからも…」
その言葉で、モモカが打算的にアンジュに仕えているわけではないことがようやくわかった。
そんな味方がいる嬉しさのあまり、思わず泣きそうになったアンジュだが、その涙をどうにか押し隠す。
そして、再び目つきを鋭くし、じっとモモカを見る。
「出ていけ」
「え…?」
なぜそんなことを言うのかと、分からないモモカは耳を疑う。
だが、ブルブルと体を震わせ、何かを我慢していることから、自分のために言ってくれているのだということは分かった。
しかし、それでも自分の生き方を変えるつもりはなかった。
たとえそれ故に明日死ぬことになったとしても。
「明日の定期船まではご一緒に…」
「駄目よ!マナを使えば、海を泳いだり潜ったりすることぐらいできるでしょ!?逃げて、モモカ!お願いだから…!!」
我慢しきれず、涙がこぼれ、本心を口にしてしまう。
ハッとしたアンジュはどうにか右手で目を覆い、涙を隠しながら、必死に我慢しようとする。
だが、我慢しようとすればするほど、涙が止まらなかった。
「やっと…モモカって呼んでくれましたね。アンジュリーゼ様」
「モモカ…」
「私は…アンジュリーゼ様の筆頭侍女ですから」
(第一種、遭遇警報発令!各機は発進準備!)
悲しくもあたたかな空間を切り裂くように、警報音と共にパメラの声が響き渡る。
こんな大事な時になんでドラゴンが出てくるのかと不満を感じるアンジュだが、腕で無理やり涙を拭きとる。
「行かれるのですか…?」
部屋を出ようとするアンジュにモモカが笑みを浮かべながら問いかける。
「これが…今の私だから」
アンジュは振り返ることなく部屋を後にした。
(アンジュリーゼ様…どうか、ご無事で)
アンジュの無事を願ったモモカはさっそく部屋の中の掃除を始める。
ドラゴンと戦うアンジュのために、自分にできることをするために。
-エリアD ポイント320-
徐々に太陽が昇りつつある夜空を8機の機動兵器が飛んでいる。
グレイブ5機にはヒルダ、ロザリー、ナオミ、ココ、ミランダが乗り、ハウザーにはクリスが乗る。
残る2機はヴィルキスとジャスティスだ。
「いいのかな…?私たちだけ出撃して」
「司令とスメラギの指示だ。気にすることはないさ」
アンジュ遭難事件のことから、ジルはヒルダ達3人組とアンジュのチームは許可がない限りは禁止としていた。
それが解禁になっておらず、チーム編成について何も聞いていない。
アスランとナオミがついてくることについては別に文句はないが、なぜアンジュもいるのか。
その点はヒルダは割り切っていて、サリア以外の上の指示は従うだけだ。
そうして一緒にいれば、アンジュへうっぷんをぶつける機会も増える。
「5人…人数が少ないということは、がっぽり稼ぐチャンスだ!こりゃやるっきゃないぜ!」
一方のロザリーは活躍のチャンスが増えることを無性に喜んでいた。
バージョンアップしたパーツの確保や新しい服を買いたいため、どうしても物入りとなる今は少しでもキャッシュがほしいようだ。
「ロザリー、私とココ、ミランダを忘れてるわよ」
「ココとミランダはまだ新兵だからな!お前はそのお守だろ!」
「はぁ…単純な奴ら。死ぬかもしれないのに」
「う…」
「うるせえよ、イタ姫!あたし達とお前の家来を一緒にするな!」
「アンジュさん…すっかり変わっちゃった…」
アンジュの嫌味な言葉に腹を立てるロザリーとクリスを見て、ココは魔法の国の王女のはずのアンジュの変貌っぷりに言葉が見つからなかった。
呼び方が変わっているのはアンジュからの要望だ。
ゾーラの死を自分なりに整理できた2人はナオミと共に今回実戦での出撃をようやく許された。
話に聞いていたとはいえ、ここまで変化してるとは思わず、もしかして別人とすり替わっているのではないかとすら思ってしまった。
「ココ。私たちはナオミと一緒に動くの。アンジュさんのことは今は考えない。いい?」
「う、うん…」
「かわいそうにね。あの子、明日には殺されちゃうんだろ?あんたに会いに来たばかりに」
ニヤニヤ笑いながら、ヒルダはこれ見よがしにアンジュを煽る。
ここでアンジュがキレて攻撃してくれたら、造反者として殺すことができる。
だが、今のアンジュはその程度の言葉は痛くもかゆくもない。
「…言っておくけど、このメンツで出撃したいと頼んだのは私だから」
「え…?いったい何のために?」
「いい加減、あなたたちとの格の違いを見せてやろうと思って」
「なんだって?」
「アスラン、ナオミ!2人は見届け役よ!」
「あ、ああ…」
「な、なんで私まで!?」
部外者であり、公平さのあるアスランはともかく、どうして自分までとナオミは混乱し始める。
(なんで、ナオミまで??)
(まぁ…私たちの中だと公平だから…かしら?)
ナオミは社交性があり、エルシャやヴィヴィアンだけでなく、ヒルダ達ともある程度関係を保っている。
アンジュの見た限りでは最もメイルライダーたちの中でフラットな評価ができる相手だと踏んでいた。
「アスラン様を呼び捨てにするな!」
「やめな、クリス!ドラゴンが来る!!」
ヒルダの言葉とほぼ同じタイミングでシンギュラーが開き、そこから10匹のスクーナー級と1匹のガレオン級が出てくる。
即座にナオミはセンサーが水中を含めてドラゴンの索敵を始める。
「サブマリン級の反応はない!問題はガレオン級ね!」
「ガレオン級…これほどの大きさとは」
無人島での戦闘で、スクーナー級としか戦っていないアスランはガレオン級の大きさに息をのむ。
同時に、先制攻撃と言わんばかりにガレオン級が群がるアンジュ達に電撃を発射し、8機は散開する。
「ちょうどいい!誰があいつを倒すか勝負よ!」
「乗ったよ、その勝負!!」
「もう、アンジュもヒルダも!1機でガレオン級を倒すのは難しいのよ!?」
ナオミはレールガンを構え、ガレオン級に向けて発射する。
弾丸は射線上のスクーナー級を撃ち抜くとともにガレオン級にせまるが、バリアによって阻まれてしまう。
レールガン持ちのグレイブを脅威と考えたスクーナー級はまずはその機体を撃破するためにビームを発射しつつ、接近を始める。
「ナオミはやらせない!」
「引き金を引きだけなら…!」
近づいてくるスクーナー級に向けて、ココとミランダはアサルトライフルを発射して牽制する。
近づいてくるドラゴン達を見て、殺されかけた時のことを一瞬思いだしてしまう。
そして、ゾーラのアーキバスが自爆する光景も見てしまっている分、恐怖は倍増する。
だが、それでも震える手を抑えて攻撃を続ける。
それ以外にノーマである自分たちに生きる道はないから。
アサルトライフルの弾幕でスクーナー級たちは負傷するものの、中には弾幕を突破する個体もいた。
だが、その個体は真上から飛んできたビームで撃ち抜かれて海へ沈んだ。
「新兵たちのカバーをする!問題は…」
ナオミとココ、ミランダに近づいてくるスクーナー級をアスランはビームライフルとビームキャノンで撃ち抜いていくが、問題はアンジュ達だ。
ガレオン級のバリアは脅威とはいえ、様々な方向から攻撃を加えると一点に対するバリアの強度は鈍くなることはロザリーとクリスに無理やりされた対ドラゴン戦術講座で学んでいる。
エース級のヒルダとアンジュがいて、火力のある2連装砲とリボルバーをつけたロザリーのグレイブとクリスのハウザーもいることから、倒すことは難しくない。
だが、それ以上にアンジュと彼女たちの不和が大きくならないかが心配だった。
「3分…3分で片を付ける!!」
ヴィルキスはアサルトライフルの下部に装着されたグレネード弾をガレオン級の頭部にむけて発射する。
バリアで阻まれ、無傷な様子のガレオン級だが、更に側面からロザリーとクリスのパラメイルの2連装砲とリボルバーの攻撃が飛ぶ。
「ホラホラぁ!よそ見してんじゃねえぞ、木偶の棒!」
「さっさとバリア…壊れてよ!」
次々と弾丸がバリアに着弾し、うるさい子虫たちにストレスが溜まっているのか、ガレオン級は咆哮する。
「…!?ロザリー、クリス!上昇しろ!!」
「え…!?」
急にアスランから通信が入り、どういう意味か分からなかった2人だが、愛するアスランの言葉ならと攻撃を辞めて高度を上げる。
すると、ガレオン級の尻尾が2人のいた場所を通過し、空を切った。
「あ、あぶねえ…」
「アスラン様が言ってくれなかったら…」
あの尻尾の攻撃を受けたら、パラメイルだと一撃で粉々になってしまう。
突出し過ぎてそういう末路をたどったメイルライダーたちを見てきた2人はぞっとした。
攻撃に集中していたせいで、ガレオン級の動きをよく見ていなかった。
「こいつで…砕くぜぇ!!」
ヒルダはグレイブの足に備え付けてあるアーム・スレイブ用シュツルムファウストを手にする。
トゥアハー・デ・ダナンに積んであった装備で、ガレオン級のバリア突破の手段としてテレサとサックスに交渉して融通してもらったものだ。
使い捨てなうえに誘導性がないものの、破壊力は高く、〆の一撃には最適だ。
予想通り、バリアに着弾すると同時に大爆発が起こり、大きな穴が開く。
「よし!こいつで…」
「遅いわよ!」
新しく買ったパトロクロスを構えるヒルダだが、横から割り込んできたアンジュに押しのけられる。
そして、ラツィーエルを構えたヴィルキスはそのままバリアの中へ突っ込んでいく。
「アンジュ、てんめえ!!」
また手柄を横取りする気かと叫びたかったが、そんなことを言っている間にとどめを刺されてしまう。
やむなく機体制御を戻したヒルダもバリアの中に突っ込んでいく。
「これでも…くらいなさい!!」
アンジュは電撃を放つために口を開きかけたガレオン級の口の中にグレネードランチャーを撃ちこむ。
爆発によって口の中がボロボロになり、口の下半分から下は粉々に消し飛んだ。
さらに追い打ちをかけるように頭頂部にラツィーエルを突き立てられたことで、制御できなくなった電撃が暴発するとともに頭部が消し飛んだ。
頭を失ったガレオン級のバリアが消え、その巨体は海へ転落する。
そして、ガレオン級の赤い血で濡れたヴィルキスがラツィーエルを握ったままグレイブ・ヒルダカスタムらに目を向けた。
「これで分かったでしょう?あなたたちとの格の違いが」
「何が格の違いだ!バリアを突破したのはヒルダだろ!?」
「ヒルダの手柄を横取りして…!」
勝ち誇るアンジュに納得がいかないロザリーとクリスは操縦桿を握りしめる。
アンジュが邪魔をしなければ、ヒルダがガレオン級を討ち取ることができた。
そんなに相手の手柄を奪うのがうれしいのか?
今すぐにでも彼女を撃墜したくなっていた。
だが、そんな険悪な雰囲気を吹き飛ばすかのように、警告音が響く。
「何か来る!?」
「この反応…ドラゴンじゃねえぞ!?」
「熱源反応…各機散開!!」
アスランの指示が聞こえるか否かのタイミングで、固まりかけた各機は散開し、一筋の赤いビームが飛んでくる。
「何よ!?あの出力のビーム!!」
パラメイルではありえない出力のビームにアンジュ達は先日攻撃してきたアールヤブを思い出す。
しかし、その機体のビームと違い、先ほどのビームの色は赤い。
「この火力…モビルアーマー級だ!」
「そんな…エリアDに機動兵器が来るなんて…」
モビルアーマーをモビルスーツと同じ機動兵器の一種と考え、戸惑うクリスだが、アスランは出撃前にスメラギとテレサから聞いた話を思い出す。
(彼らはエリアDに来たとき、正体不明の機動兵器部隊に襲われたと言っていた…)
トレミーに録画されていた映像を閲覧し、それらの機体がGN-XⅢやアヘッド、トリロバイトといった連合軍やアロウズが使用していた機体で、どれもカラーリングが白に近い肌色やオレンジに変更されていた。
アスランはビームを逆探知し、敵機の位置を割り出す。
「やはりか…」
先ほどのビームに見覚えがあったアスランは予想通りの相手にため息をつく。
ビームが飛んできた西の方角から、ジェットストライカー装備で例のトリロバイトらと同じカラーリングをしたウィンダム10機と4本脚の蟹というべき姿のモビルアーマー1機を確認できた。
500トンクラスの重量、そしてそれを空中・宇宙で飛ばすことができるだけの出力。
前年の大戦で地球連合軍が投入した巨大モビルアーマー、ザムザザーが再びアスランの前に姿を見せていた。
-インド洋 エリアD付近-
戦闘がなく、静かになったインド洋をけたたましいローター音を響かせながらヴァルファウは飛行する。
側面に描かれている所属証はザフトのものではなく、オーブに変更されているうえにカラーリングも白と青を基調としたものに変更されている。
その中には2機のモビルスーツが格納されており、その中のパイロットはモニターでヴァルファウに映るインド洋の景色を見ていた。
「もうすぐエリアDか…」
「きれいね。でも、ドラゴンがそんなところに出てきてたなんて…」
ザフトの赤いノーマルスーツを身に着けた、赤いショートヘアの少女、ルナマリア・ホークは昨日送られてきた写真を見る。
それにはパラメイルとスクーナー級が交戦する様子が映っており、これはアスランから送られたものだ。
「ったく、オーブに出向して半年。ようやく3人で暮らせる部屋も見つけたってのに。いきなり呼び出しかよ」
「シン。もう文句を言うのはやめなさい。私だって…楽しみにしていたのに」
ルナマリアの恋人であり、同じ赤いノーマルスーツを着た、赤い瞳で黒い髪をした、少し幼さの残る顔立ちの少年、シン・アスカはオーブに残してきた家族のことを頭に浮かべていた。
彼女は悲しい思い出があるとはいえ、ようやくオーブに帰ることができることに喜んでいた。
また、最近黒いシャムネコを拾い、育て始めたことで徐々に元気を取り戻しつつある。
そんな彼女のためにルナマリアと一緒に可能な限り共に過ごしたい、そのための準備を終えてすぐの呼び出しであるため、シンが腹を立てる気持ちもルナマリアには分かる。
だが、ナチュラルとコーディネイターの遺恨、ロゴス壊滅による地球の世界的な経済的・政治的混乱、そして火星の後継者の登場。
混沌としている中、もう1つの世界の危機の可能性のあるドラゴンもまた無視できない存在だ。
出向先のオーブからの、首長であるカガリの頼みでもあるため、断るわけにもいかなかった。
「くそ…こうなったら、さっさとその問題を片付けて、マユのところへ帰るんだ!」
「2人とも、そろそろエリアDよ。発進準備はできてる?」
通信用モニターに茶色い耳元が隠れる程度の長さの髪で、とび色の瞳の女性の顔が映る。
彼女は2度の大戦でアークエンジェルの艦長を勤めた女性、マリュー・ラミアスで、現在はオーブ軍のエースパイロットであるムウ・ラ・フラガと結婚し、家庭を優先させたいという思いから艦長の座を降りて、現在は予備役となっている。
前大戦では敵味方に分かれることになったが、今はともにこの混迷の中にある世界を少しでも平和に向かわせるために力を合わせる同志だ。
「はい、いつでも行けます!」
「シン。あなたのデスティニーは本調子ではないわ。無理はしないで」
「大丈夫ですよ、ラミアス艦長。ちゃんと私がシンの世話をしますから」
「ル、ルナ…」
「フフ、ごちそうさまね」
ハッチが開き、2機のモビルスーツがゆっくりと前に出る。
大型対艦刀アロンダイトと高エネルギー長射程ビーム砲を背負った赤い翼状のバックパックをつけた、白・青・赤のトリコロールのガンダム、デスティニーガンダムはシンが乗っているモビルスーツで、前大戦で大破したのをオーブが修復したものだ。
これは今年になって明らかになったことだが、前年のザフトは少数精鋭による最強のモビルスーツ部隊を編制しようとたくらんでいて、デスティニーはその最強のモビルスーツとして扱われていた。
そのため、少数生産されており、それらのOSをそれぞれのパイロットに合わせて調節されていた。
シンのデスティニーを修復する際に使われたデスティニーのパーツは元々、当時のエースパイロットであるハイネ・ヴェステンフルスが使う予定だったもので、彼はダーダネルス海峡での戦闘で戦死したことで、その計画も白紙となった。
そんな彼専用のデスティニーのパーツを使用し、OSも一から作り直しとなったことから、シン自身もオーブで試験運転をした際に若干の反応の鈍さを感じた。
一方、ルナマリアが乗っているモビルスーツはデスティニーに似たカラーリングをしたガンダム、インパルスガンダムだ。
元々、シンが搭乗していたもので、この機体のデータがデスティニー開発につながっている。
しかし、バックパックはオーブが開発したものに変わっており、2本の小ぶりの対艦刀と2連装レールガンがついたもので、更にはスラスター節約のためにグゥルに乗っている。
ルナマリアが聞いた話によると、前大戦の最中にあった火星軌道以遠領域探査・開発機関で、国家や所属の垣根無しに集めた人員で構成された組織、D.S.S.Dの宇宙研究開発拠点であるトロヤステーションが地球連合軍非正規特殊部隊(正確に言うとロゴスの私兵)ファントムペインに襲撃された際、連合軍側が使用したモビルスーツ、ストライクノワールのデータが元になっているらしい。
「2人とも、これ以上はこちらは入ることができないわ。無事を祈っているわよ」
「ありがとうございます、ラミアス艦長。シン・アスカ。デスティニー、行きます!」
「ルナマリア・ホーク、インパルス、出るわよ!」
2機のガンダムがヴァルファウから出て、指定されたポイントに向けて急行する。
2機の姿が見えなくなると、ハッチを閉じたヴァルファウは反転し、その場を後にする。
(ドラゴン…地球に住んでいながら、このことも知らなかったなんて…)
元々、地球連合軍に所属していて、アークエンジェルでインド洋を横断したことがあるものの、その時もエリアDを通ることがなかった。
地磁気の影響で機械類が正常に動かないためと説明を受け、その当時は特に疑問を抱かなかったが、まさかそういう事情があるとは思わなかった。
(カガリさんは始祖連合国に行っている…なんだか、嫌な予感がするわね)
2度の大戦を戦い抜いた歴戦の艦長としての勘がマリューにささやく。
彼女は前方の窓から空を見る。
その空に先にはプラントがあり、そこには3年前から腐れ縁が続くあの少年がいる。
(キラ君…あなたは望まないかもしれないけど、またあなたに戦ってもらわないといけない時が来てしまうわね…)
機体名:インパルスガンダム(LH)
形式番号:ZGMS-X56S/Δ
建造:ザフト(バックパック及び武装のみオーブ)
全高:18.41メートル
全備重量:85.7トン
武装:、20mmCIWS、73式ショートビームライフル「サミダレ」×2、試製2連装リニアガン「タネガシマ」、小型試製対艦刀「ムサシ」×2
主なパイロット:ルナマリア・ホーク
ルナマリアと共にオーブへ出向したインパルスガンダムを近代化整備するとともにバックパックを換装したもの。
トロヤステーション襲撃事件でファントムペインが運用したモビルスーツ、ストライクノワールのコンセプトがオーブの技術によって再現されており、カラーリングは黒に近いストライクノワールと異なり、明るい赤と青がベースとなっている。
近接戦闘能力の高さから、接近戦を軸にした装備となっているが、バックパックの2連装リニアガンと2丁のショートビームライフルによって元々フォースインパルスにあった汎用性をある程度残している。
しかし、あくまでオーブの技術を元に開発されており、ザフト側との調整を済ませる前に出撃しなければならなくなったため、バックパックそのものはシルエットフライヤーでのけん引が不可能となっている。
なお、LHはパイロットであるルナマリア・ホークのイニシャル。
HP4700 EN200 運動性120 照準値140 装甲1200 移動6
タイプ空陸 地形適正空A 陸A 海B 宇宙A サイズM パーツスロット2 VFS装甲
カスタムボーナス 小型試製対艦刀「ムサシ」の攻撃力+200 射程+1
射撃 20mmCIWS 攻撃力2300 射程1~2 SP属性 命中+30 弾数10 CT+5 地形適正すべてA 運動性ダウン
射撃 73式ショートビームライフル「サミダレ」×2 C属性 攻撃力2400 射程2~5 B属性 命中+10 CT+10 弾数12 地形適正 海C それ以外A
射撃 試製2連装リニアガン「タネガシマ」 攻撃力3400 射程3~6 命中+10 CT+15 弾数5 地形適正 海B それ以外A
格闘 小型試製対艦刀「ムサシ」 PB属性 攻撃力4000 射程1~3 命中+25 CT+20 EN25 気力110 地形適正 海B それ以外A バリア貫通
(ザフトレッド・コンビネーションの性能はフォースインパルスと同じ)