そう、あの男です。
正直、このエピソードをここのR15ではどこまで表現が許されるのかわかりません…。
だったらこのルートを選ぶなよっという突込みはナシでお願いします。
運営さん、読者さん、もしR15でも不適切な表現があったら言ってくださいね。
機体名:アーキバスサリア・カスタム
形式番号:AW-FZR304(SA)
建造:アルゼナル
全高:7.5メートル
全備重量:3.95トン
武装:対ドラゴン用アサルトライフル、アサルトブレーム「ドラゴンスレイヤー」、凍結バレット
主なパイロット:サリア
アルゼナルが所有する指揮官用パラメイルの1機。
固有装備となっているアサルトブレード「ドラゴンスレイヤー」はガレオン級などのバリアを展開するドラゴンに対抗するために装備されており、味方機の攻撃でバリアの隙間や弱くなっている個所に攻撃を加えることで内部に突入し、凍結バレットのゼロ距離射撃でとどめを刺すというコンバットパターンが採用されている。
サリア機に関しては彼女が得意としている長距離狙撃に対応するため、センサー類を強化・調整されており、最新鋭にアップデートされた機体が用意されている。
-アルゼナル 格納庫-
「…」
アンジュがヴィルキスに乗るため、格納庫にやってくる。
近くの整備兵がヴィルキスの整備状況について彼女に報告しようとするが、あまりにも不機嫌な表情なうえににらみつけるような視線におびえてしまい、断念した。
彼女はヴィルキスの近くにあるグレイブの元へ向かい、その近くで時期の整備状況を見ているロザリーに目を向ける。
「何か用かよ?イタ姫」
「ロッカーにあった私の制服、ボロボロになってたけど…」
それは昨日偵察のために出撃し、帰ってきたときに分かったことだ。
アルゼナルの特殊な環境の都合上、ロッカールーム兼更衣室は1つだけで、予算の都合から鍵などのセキュリティ面で不備がある。
ヒルダら3人組の中で、昨日はロザリーが銃の訓練のために1日中アルゼナルにいた。
そして、そのロザリーが用もないのにアンジュの出撃中にロッカールームに入ったことで同じく訓練のために待機していたナオミが教えてくれた。
いや、ナオミが教えなかったとしても、このような陰湿な真似ができる人間は限られているので、分かり切っていたことだ。
「それが何?」
「ネズミでも入り込んだんじゃねえか?っていうか、あたしを疑ってんのか?じゃあ、一緒に訓練を受けてたナオミは疑わねえのかよ?」
クリスもロザリーも知らん顔してあくまで自分たちは無関係だと白を切る。
アンジュがこのような目に遭ったのはこれが初めてではない。
先日はアンジュがシャワー中にクリスがこっそり侵入し、彼女の下着を盗んでさらし者にしようとしていた。
しかし、盗んだ下着がアンジュのものではなく、エルシャのものであり、彼女にばれてしまったことでプロレス技で制裁を受け、結果的に未遂で終わったうえ、なけなしのクレジットで罰金を支払う羽目になったという。
今回のことについては動機や状況証拠からロザリーだと分かっているが、決定的な証拠はない。
だが、アンジュにはそんなことはどうでもよく、こういうことをされたらどうすればよいのか、既に自分なりに答えを出していた。
「ネズミね…じゃあ、さっさと駆除しなきゃ」
そういってライダースーツにハンドガンと一緒に備え付けられているナイフを手にし、ロザリーのライダースーツを斬りつける。
「ひ、ひえ…!?」
斬られたロザリーはびっくりして後ろへ下がり、斬られた箇所を見る。
あえて、なのか運よくなのかは分からないものの、体には傷がないが、ライダースーツに目に見える大きな切れ目ができてしまった。
「言っておくわね…私…やられっぱなしは我慢できないから」
「う、うん!わかった…わかったから!」
「そのナイフ、早く閉まってくれ!」
おびえるようにロザリーとクリスが懇願し、彼女たちのその無様な姿に満足したようにアンジュはナイフをしまった。
「アンジュ!何をしているの!」
今日はアルゼナルで座学を受けることになっていたサリアが騒ぎを聞いて駆けつける。
ロザリー達に原因があるのは分かっているが、ナイフで相手にけがをさせようとするのは明らかにやりすぎに見えた。
アルゼナルでは、自分が隊長を務めている中隊に不祥事があった場合、その責任は隊員だけでなく隊長にも及ぶことになる。
先日もアンジュが起こした騒ぎにより、罰金は免除されたものの、何枚も始末書を書く羽目になった。
「カリカリしてるね、アンジュ」
訓練を終え、小休憩に入っていたヴィヴィアンがキャンディーを舐めながらアンジュに声をかける。
騒ぎがあったことは聞いているが、彼女にとってはどうでもいい話だった。
だが、アンジュにとっては自分を諫めようとするサリアも、フレンドリーに接してくるヴィヴィアンもヒルダらと同じノーマだ。
「別に。コバエがブンブンしてうっとうしいだけよ」
「てめえ!あたし達をハエ呼ばわりかよ!?」
ロザリーの怒りの声はアンジュの心に届かず、ただ食用豚を見るような冷めた目で見るだけで、アンジュは出撃用のバイザーを装着した。
「てめえ、その眼!!あたし達を人間だと思ってねえな!!」
「当然じゃない。ノーマなんだから」
「アンジュ…!」
この前の一件で、アンジュは自分がノーマであることを受け入れたはずだ。
それで少しは壁を薄くすることができるかと思っていたが、結局は逆効果だったようだ。
ノーマを見下す態度は継続していて、おまけに誰も信用していない。
ヒルダ達とのいざこざが絶えず、以前の出撃では仲間との連携などまるで考えずに動いていた。
どうすれば改善するか、サリアも考えているが、いまだに答えが出ず、できるのは自分が書かなければならない始末書の山だ。
本来なら罰金刑になってもおかしくないものを、ジルが減刑してくれてそうなっているから文句は言えない。
頼みの綱は幼年部の少女たちから慕われ、母性のある熟練兵のエルシャとフレンドリーで常に前向きなヴィヴィアンだ。
「まあまあ、アンジュ。ここでクイズです!これは何でしょうか?」
ヴィヴィアンは懐から下を伸ばしたつぎはぎで、両目の大きさが違うクマのキーホルダーを出し、それをアンジュに見せる。
「不細工なクマがついてるけど…?」
「正解はペロリーナです!知らない?」
どこかで見たことがあるかと思っていたが、名前を聞いたことでアンジュはそれについて少しだけ思い出した。
幼少期の頃に始祖連合国で人気を博したマスコットキャラクターで、文具やおもちゃ、更にはアニメにもなったもので、母親と妹のシルヴィアと共にそのアニメやショーを見たことがある。
今ではブームが過ぎていて、始祖連合国で見かけることはなくなったが、まさかアルゼナルでそれを見ることになるとは思わなかった。
なぜアルゼナルにあるのかというと、アルゼナルで店を出している老婆のジャスミンがブームが過ぎたグッズやアニメのDVD、ブルーレイなどを安値で大量に仕入れているからだ。
そのため、幼年部とヴィヴィアンのようなコアなファンが買い込んでいる、もしくはエルシャにプレゼントしてもらっている。
彼女の店はそうした娯楽商品だけでなく、パラメイルで使用する武器や資材なども仕入れている。
どこから仕入れているのかは定かではないが、いずれの商品も信頼性が高いうえにアフターケアも万全ということで、ぼったくりされているのは分かっているもののそこでしか真っ当にキャッシュを使う機会がないこともあって、信頼されている。
「はい、これ1つあげるね!」
同じものを何個か買っていたヴィヴィアンはためらいなく持っているそれをアンジュに手渡す。
「あたしとおそろいだよ!」
自分の愛機であるレイザーにも、いくつかペロリーナのキーホルダーをつけている。
そのため、これをヴィルキスにつけることで、お近づきのしるしになればとヴィヴィアンは思っていた。
アンジュももらえるものであるならと思い、それを手にする。
「あたしとアンジュとヒルダでフォワードを組めば、もっといろんなフォーメーションができると思うんだ。だから、あたし達…」
ヒルダの名前を聞いた瞬間、眼の色を変えたアンジュは手に取っていたキーホルダーを投げ捨てる。
「ペロリーナが…!」
「私…一人でやるから…」
「ちょっと!それはないんじゃない!」
謝りもせずにヴィルキスに乗ろうとしたアンジュに格納庫に来たばかりのチトセがしかりつける。
そして、その言葉も無視し、ヴィルキスにまたがったアンジュの腕をつかむ。
「離して」
「拾いなさいよ、キーホルダー。せっかくヴィヴィアンがくれたのに」
「あなたには関係ないわ」
「関係あるわよ。私の視界の中で起こったことなんだから」
平行線をたどり、アンジュとチトセは互いににらみ合う。
「まあまあ、チトセちゃんもアンジュちゃんも落ち着けって」
後から入ってきたソウジがチトセとアンジュの険悪な空気を感じ、2人に声をかける。
彼と一緒に入ってきたのはクルツと三郎太で、彼らは整備兵にナンパをしていた。
そんな中、三郎太はアンジュの髪を見る。
「ほぉー、ショートヘアか。隊長はもっと短めにしてたけど。これもこれでいい」
「そうだ。任務後でもいいから、ここの女の子たちや俺たちと一緒にティータイムなんてのはどうだ?アルゼナルの美少女の皆さんと共に楽しく合コン気分で…」
「邪魔よ。出撃するから、どいて」
舌打ちした後で、アンジュは2人をにらみつける。
そして、チトセの手をもう片方の手ではたき、強引に引きはがした後で、ヴィルキスをゆっくりと浮上させる。
「待ちなさい、アンジュ!偵察任務はロザリーとクリスと一緒よ!」
「1人で行くわ。後ろから撃たれたくないから」
そう言い残して、アンジュはヴィルキスを発進させる。
そして、提示されているポイントへ移動を開始した。
「アンジュ…」
「無理もないわね」
途中から入ってきて、クルツからナンパを受けていたエルシャがヴィルキスを見ながらつぶやく。
アンジュから歩み寄ったとしても、ヒルダ達が簡単に態度を改めたり、嫌がらせを辞めるとは考えにくい。
実際に被害を受けているため、特にその3人に背中を任せることはできないだろう。
「ロザリー達のアンジュに対する嫌がらせ…やめさせないと」
少なくとも、まずはロザリー達の嫌がらせを取り締まることを考えたサリアだが、エルシャから見ればそれはあまりいい策とは思えず、否定するように首を横に振る。
目の前で手を握りながらエルシャに声をかけているクルツのことは完全に無視していた。
「無理もないのはロザリーちゃんたちも一緒よ。ゾーラ隊長のこと、慕っていたから…」
「でも、このまま手をこまねいていたら、戦闘にも影響が出る…(でも、アンジュが死ねば、私にヴィルキスを…)」
一瞬、アンジュが本当に3人のうちに誰かから背中を撃たれる光景を頭に浮かべ、それを自分にとって都合のよい展開に解釈してしまった。
そんな自分を否定し、その考えを吹き飛ばすためにサリアは首を大きく横に振った。
「クソッ!あのイタ姫の奴!!」
出撃し、いなくなったアンジュへの行き場のない怒りをロザリーは空っぽのコンテナにぶつけるように足で蹴る。
しかし、予想以上にコンテナが固かったのか、痛みを感じて右足をさする。
ライダースーツも修理も購入も有料であるため、節約のためにも自分で直さなければならない。
裁縫道具が自分の部屋にあるため、ロザリーは格納庫を出る。
「あいつ…うざい…うざい…」
クリスも後に続き、ブツブツとアンジュの悪口を口にしていた。
そして、曲がり角に行くと、そこにはヒルダの姿があった。
「だから言っただろ?やるんならばれないようにやれって」
まるで格納庫で起こったことを分かっているかのような口調で、しかもその様子を見ると、明らかに2人のことを待っているようだった。
「だけどよ、ヒルダ!!」
「でも、もう大丈夫だよ」
「大丈夫って…?」
ヒルダの意味深な言葉が理解できず、2人は首をかしげる。
ヒルダは何も答えず、ただうっすらと企みの笑みを浮かべるだけだった。
-アルゼナル 司令室-
「部隊を2つに分ける…か?」
「エリアDに来た本来の目的は火星の後継者の拠点探し、そしてオーブの協力者との接触のためです。後者は達成しましたが、火星の後継者の拠点がわからなかった以上、次の手を打たなければなりません」
アサギらとの接触により、アルゼナルとオーブの繋がりを一部は理解できたうえに、可能であれば非公式という形であるが、オーブからの協力を取り付けることもできる。
特に前大戦で活躍した2人のエースパイロットの協力が得られれば御の字だ。
そのうちの1人は現在、プラントにいるという情報をつかんでいるため、その1人との接触については考えるしかない。
また、課題なのは宇宙世紀のモビルスーツの整備で、特にZZガンダムなどガンダムチームのものについてはパーツがない。
この世界とは異なる技術で作られているため、どこまで再現できるかはわからないが、旋風寺重工やネルガル重工と接触してパーツを作ってもらう必要がある。
なお、問題となったのはΞガンダムをどうするかだ。
3つの艦のうち、Ξガンダムを搭載できるのはトゥアハー・デ・ダナンだけで、パーツについてはほかの機体とは違って余裕がある。
また、Ξガンダムそのものは無補給でオーストラリア大陸を横断できるようだが、エリアDから日本までの単機での移動は難しい。
そのため、機体だけを残してハサウェイはジュドー達と共にナデシコBで日本へ向かうことになる。
これは再会できた仲間と一緒にいられるようにというテレサの配慮もある。
なお、トビアとスカルハートも同じくパーツ確保のために日本へ帰ることになる。
「正論だな」
「ですが、対ドラゴンの重要性も理解していますので、日本へ戻るのはナデシコ隊とガンダムチーム、そして勇者特急隊だけです。こちらが契約したミスリルとソレスタルビーイングについてはこちらに残ります」
「幸い…という言葉を使うのは不謹慎だけど、ダナンをはじめとしたイレギュラーな戦力もいるし」
ソレスタルビーイングとミスリルについてはこちらの世界では得体のしれない私設軍隊という点では一緒だ。
そのため、正規の軍隊であるナデシコと大っぴらに行動を共にするにはいくら独立部隊の権限があったとしても限界があり、いろいろと工作が必要になる。
日本へ戻るのはその工作をコウイチロウと共に行うためだ。
彼や地球連合議会内でソレスタルビーイングに理解のある旧カタロンの議員たちの協力を得ておくと、軍と政治の双方でお墨付きを得ることができる。
信念に反するような行動かもしれないが、それでも今の状況を打破するため、使えるものは何でも使うしかない。
「協力をお願いする立場としては、そちらの決定に従うしかない。ただし…」
「分かっています。アルゼナルとドラゴンについては一切口外するつもりはありません」
「それならいい」
ジルは横目でスメラギを見る。
彼女にとって、ソレスタルビーイングが残ってくれるのは都合がよかった。
そんな彼女の目線はスメラギも感じているが、あえて気にしないことにしていた。
(あとは、連中がここに疑問を持ってくれればいい。来るべき時に、同志となってもらうためにな)
「ちなみに、ヴァングレイもアルゼナルに残ります。ドラゴン達が作戦を組むことが可能であるとわかっている以上、特にナインの戦術サポートは重要になりますから」
「了解だ、引き続きの協力に感謝する」
「これは…司令!!」
急に席を立ったパメラは動揺を抑えながらジルに声をかける。
「どうした?」
「偵察任務中のヴィルキスの反応がロストしました!」
「撃墜されたのか!?」
質問するジルだが、アンジュとヴィルキスがドラゴンに撃墜されるようなことはよほどのことがない限りはないだろうと感じていた。
初陣で指輪の力を使ったとはいえ、ヴィルキスを覚醒させた上にほぼ独力でガレオン級を撃破した。
並みのメイルライダーではできない芸当だ。
そして、今は大量のドラゴンの反応もシンギュラーの反応もない。
そう考えると、撃墜によるロストは考えにくい。
「いえ…前後の状況から判断すると、マシントラブルの可能性が大です」
「また、ヴィルキスはロザリー、クリスと同行せず、単独で任務にあたっていたとエルシャから報告があります!」
オリビエとヒカルの報告を聞き、ジルはこのトラブルの原因が何か、だいたい予想がついた。
しかし、それよりも重要なのはアンジュとヴィルキス、そして指輪の安否だ。
「すぐに捜索隊の編成を行え」
「どうやら…残留組の最初の仕事はあの子の捜索になりそうね…」
(ヴィルキスがアンジュをライダーとして認めた以上、奴はこれからの計画に必要不可欠だ。最悪、ヴィルキスだけでも取り戻さなければならない…)
-アルゼナル 格納庫-
「司令からの連絡よ。これから捜索隊の編成を行うわ。ロザリー、ヒルダ、クリスは私と一緒に…」
格納庫で、サリアは出撃していないメイルライダーたちを集めて捜索隊編成のための命令を出す。
他の部隊は出撃している以上、出ることができるのは第一中隊のみ。
エルシャとヴィヴィアン、ナオミは真剣に聞いているが、例の3人はどこ吹く風というような雰囲気を醸し出していた。
「あなたたち…私の話を…」
「ああ、聞いてる聞いてる。あー、でもあたし達これから34エリアでドラゴンを倒さないといけねーんだ」
「そ、そうそう。ドラゴン退治は行方不明者捜索よりも優先されるから」
「だから、あの迷子の姫様の捜索はお任せするぜ」
3人は自分たちは関係ないと言わんばかりにその場を後にする。
アルゼナルの掟では、使い捨てのノーマとパラメイル以上にドラゴンを倒すことが優先される。
彼女たちの言い分に対して、サリアは何も言い返すことができない。
「サリア、ココとミランダを代わりに加えてくれないかな?2人とも、少しは出撃させないと…。それに、捜索には人手がいるでしょ?」
少し時間が経ち、気持ちの整理がついてきたココとミランダはまだ前線に戻すのは難しいが、捜索及び偵察任務であれば出撃できる状態だ。
何よりも、このまま出撃できない状態が続いたらアルゼナルで生きていけなくなる。
「…そうね、分かったわ。なら、私たちとココ、ミランダで…」
「いやぁー、いい気味だぜ!あのイタ姫」
「うん…ヒルダの作戦、大成功」
サリア達の元を離れ、ヒルダは先に出撃するためにグレイブに乗ってその場を後にする。
そして、彼女たちに聞こえない場所につくと、ロザリーとヒルダは嬉しそうにハイタッチする。
しかし、どこからか最近感じたことのある冷たい目線が感じられた。
「だ、誰か…見てるのか!?」
思わずロザリーが振り返ると、そこにはホログラムのナインの姿があり、彼女たちの様子をじーっと見ていた。
「な、何だよお前!また…!!」
神出鬼没なナインに驚き、詰め寄るもナインは一切口を開かない。
ただ、目の前のロザリーをじーっと見ているだけだ。
「な…何よ?言いたいことがあるなら言いなさいよ」
気味の悪さを感じたクリスもロザリーに加勢するが、何も変わらない。
表情一つ変えない彼女に2人は内心おびえ始めていた。
「言っておくが、チクッても無駄だぜ!?外のことは知らねえが、ここではこの程度のことはよくある話だ」
「最悪、罰金払って終わりだからね」
アルゼナルでは、メイルライダー同士の関係が悪化したことが原因で同士討ちやケンカ、陰湿ないじめが起こることがある。
その結果、死人が出ることがあるが、その場合は逃亡者と同じく首吊りや銃殺刑といった厳しい刑が言い渡される。
しかし、規則でそうなっているだけで内情は異なり、特にメイルライダーに関しては人手不足になることが多く、成績のあるメイルライダーについてはある程度減刑されることが常だ。
なお、彼女たちの会話から実行犯だと思われるヒルダについてはサリアに並ぶエース級のメイルライダーであることから、少なくとも死刑になることはない。
罰金を支払うことになるが、それでもかなりの収入を出しているヒルダにとっては痛くない金額だ。
「そういうことだから…じゃ、じゃあな!!」
逃げるように2人は格納庫を後にし、残されたナインはようやく口を開く。
「憎しみで同族を殺す…それが、人間…」
ナインの眼から一粒の涙がこぼれ、悲しげな表情を浮かべていた。
-???-
「!?こ、ここは…!?」
眼を開いたアンジュだが、広がるのは真っ暗な闇で、何も感じられない。
服装は王女時代に来ていたもので、なぜか捨てたはずの髪も元に戻っていた。
どうしてここにいるのか、アンジュはゆっくりと記憶を探る。
「そ、そう!急にヴィルキスのエンジンが動かなくなって、それで海に落ちて…」
「お姉さま…」
「!?シルヴィア…??」
柔かな座布団がついた豪華な車いすに乗る、アンジュと同じ色の髪でツインテールとなっているドレス姿の幼い少女が目の前に現れ、思わずその少女の名前を呼ぶ。
愁いを帯びた表情を浮かべており、アンジュは走るが、なぜか距離を詰めることができず、それどころがどんどん距離が離れていく。
「シルヴィア…待って、シルヴィア!!」
「もう…お別れなんですね」
「シルヴィア、シルヴィアーーーー!!」
必死に叫ぶアンジュだが、どんどんシルヴィアの姿が遠くなっていき、最終的には消えてしまう。
なおも追いかけようとするが、急に誰かの腕をつかまれる。
「離して!私は…私はシルヴィアを…!!」
振り返り、手を振り払おうとしたアンジュだが、つかまれた部分には血がついていた。
そこには血まみれのゾーラの姿があり、不敵な笑みを浮かべていた。
「お前はアンジュリーゼじゃない…アンジュ、私を死なせたノーマ…」
「い、いや…」
近づいてくるゾーラから逃げようとするアンジュだが、金縛りにあったかのように体が動かなくなる。
そして、血で濡れた部分を中心に着ていたドレスがどんどん破れて消えていく。
「お前は1人で戦って…誰にも助けられずに1人で死んでいく…」
「うるさい…うるさい!!あなたは…死んだのよ!死んだに…ううん、ノーマがしゃべるなぁ!!」
「ハハハハ!!お前がのたれ死ぬか、それともとんでもない馬鹿をやらかすか、あの世で見ていてやるよ!!」
ゾーラが消えていき、あられのない姿になったアンジュの体に赤い液体がへばりついていく。
それは徐々に青いライダースーツへと変わっていく。
「いや、嫌ぁぁぁぁぁ!!!」
-???その2-
「嫌ぁぁ!!…はあ、はあ…」
急に景色が夜空へと変わり、アンジュは夢を見ていたことに気付く。
背中からは王女だったころのものほどではないがやわらかな毛布が敷かれているのが感じられる。
全身が嫌な汗でびっしょりと濡れていて、何かで拭こうと手を動かそうとする。
しかし、両手首がひもで縛られていて、両足を試しに動かそうとするが、それも同じ状態だった。
おまけに全身で冷たい夜風を感じていて、周囲を見渡すと砂浜と海、反対方向には誰かが作ったたき火のある木製のドアがない家が見えた。
アンジュがいる方向の壁がその家にはなく、中にはハンドメイドと思われる本棚とランタン、そして机が置かれている。
そして、海側には木と木の間につるされている紐に掛けられているライダースーツと自分の下着が見えた。
「どうして、こんな状態に!?」
こんな恥ずかしい姿にされたアンジュは顔を真っ赤にし、どうにか立てないか体をばねのようにはねさせるが、まったく起き上がることができない。
どうにか立ち上がり、手と足を自由にして、服を取り戻してあのたき火にそばにある鍋の中から匂うスープを食べたい。
今のアンジュは空腹だった。
そんな欲望を宿したアンジュだが、急に草むらから音が聞こえ、ビクッとしてその方向に目を向ける。
肉食動物が現れたら、手足が封じられているアンジュにはどうしようもない。
(さっきの夢…もしかして…)
自分の死を予言する夢だったのかと思い、涙が出てくる。
しかし、草の中から出てきたのはクマなどの肉食動物ではなく、黒いジャケットとカーゴパンツ、薄緑の長そでシャツを身に着けた茶色い落ち着いた髪をした青年だった。
背丈だけを見ると年齢はアンジュよりも少なくとも2つ以上上に見え、彼の右手にはナイフが、左手には仕留めたばかりだと思われる猪を繋いだ縄が握られている。
「あ…よかった、気が付いたみたいだね。すまないけど、安全のために手足は封じさせてもらったよ」
「は、裸…なんだけど…」
おまけに、その青年は上から下までバッチリと見ているように見えた。
わなわなと体を震わせ、火が出るくらい顔を赤く染めながらアンジュはつぶやく。
「君…この島に流されてきたんだよ。服も、もう乾いてると思うから、これから取ってくるよ。いやぁー、明日のご飯はこれで大丈夫だっと…」
猪を置いた青年はアンジュの発言が聞こえていないようで、干しているものを取りに砂浜まで歩いていく。
だが、砂浜まで歩き、アンジュのそばに来たところで小さな蟹が彼の親指当たりを鋏で挟まれる。
急に足から感じた痛みに気を取られたせいで青年は転倒してしまう。
「!!!!!」
「ごめん…躓いて転んじゃったよ。今どくから…」
「どこに顔、突っ込んでんのよ!?」
タスクが今顔を突っ込んでいるのはアンジュの股間だ。
もし足を縛っていなかったら、その場で彼女に首をへし折られていただろう。
-アルゼナル 格納庫-
「彼女の遭難からもう1週間か…」
ティエリアは海を眺めながら、そのどこかにいるかもしれないアンジュの身を案じる。
ちょうど3機のムラサメが戻ってきて、ヴィヴィアンが下りてきたアサギらにアンジュのことを尋ねているのが見える。
しかし、彼女は首を横に振るだけで、ヴィヴィアンはがっかりした様子だ。
その手にはアンジュが捨てたペロリーナのキーホルダーが握られていて、今でも渡すのをあきらめていないようだ。
現在、アルゼナルではドラゴン討伐をメインの行動にしつつ、手の空いているメンバーによるアンジュとヴィルキスの捜索が行う方針となっている。
ヒルダ達、アンジュと関係の良くないメンバーはドラゴン討伐にばかり参加していて、積極的に助ける動きを見せない。
「1週間…まずいわ…」
タイムリミットが迫っているのを感じたサリアは焦りを見せる。
アルゼナルでは1週間行方が分からなくなった場合、MIA認定されてその時点で捜索は打ち切られることになる。
その場合、自力で帰ってくることを考えて2週間はそのメイルライダーの財産は凍結されることになるが、その後はその財産で墓を購入し、残りは相続という形で同じ部隊のメンバーを中心に分配されることになる。
話によると、アルゼナルの墓地に眠る少女たちのうちの3分の1はMIA、もしくは何らかの理由で遺体すら残っていない状態で、その場合は本人の髪か爪、もしくは所有物を遺体の代わりに埋葬することになる。
「テッサの話だと、ここらの潮の流れは複雑で、かなり遠くまで流された可能性もあるってよ」
ヴィルキスが最後に反応が消えた場所を中心に徐々に範囲を広げて捜索していて、ダナンにあるデータを使って潮の流れを予測しているが、それでも完全に流れを把握することができていないのが実情だ。
宗介と刹那はテレサから受け取った潮の流れに関するデータを読んでいる。
「エリア103、566、423は空振りだ。この流れに乗っているわけではないようだな…」
「ならばこのエリアはどうだ?その流れとは別になっている。調べてみる価値はあるぞ」
「そうだな。南東への潮はまだ調査しきれていないからな」
「…」
ヴィヴィアンはポカンと刹那達の様子を見ていた。
格納庫に入ってきたかなめはそんなヴィヴィアンの姿を見て、声をかける。
「どうしたの?ヴィヴィアン」
まるで珍しいものを、変なものを見たかのような目線で、かなめはそれが気になっていた。
ヴィヴィアンは口の中に入れている棒付きキャンディーを出す。
「クイズです…どうして、みんなアンジュを探してくれるの?」
彼らだけではなく、ソレスタルビーイングもナデシコ隊も勇者特急隊も任務の時間外は手分けをしてアンジュの捜索に全力を注いでいた。
アルゼナルの少女たちはろくに防御機能を持たないパラメイルでドラゴンと戦わされていて、仲間が死ぬのは当たり前の環境の中にいる。
そのためか、死んでもまた新しい仲間が来るだけと割り切ったような感じで、正直に言うと一部のメンバーを除いて行方不明になった仲間の捜索に対しては消極的だ。
だからこそ、ヴィヴィアンには彼らが変わっているように見えた。
「どうしてって…」
「ええ…??」
ソウジとチトセはどうしてそんなことを聞いてくるのかわからず、互いの顔を見合わせて首をかしげる。
「そりゃあ、あんなカワイコちゃんを放っておくわけには…」
「お前は黙ってろ」
クルツや三郎太のような理由を聞かせたら、アルゼナルの少女たちに有らぬ誤解を与えかねない。
この前、クルツはアルゼナルで整備中の自分のガーンズバックに搭載されているAIのユーカリに卑猥な発言をさせて楽しんでいるのをヒルダに見つかっている。
その声があまりにも自分と似ていることから腹を立てたヒルダに叩きのめされていた。
その音声の中には『○ットアップ』などどこかで聞いたことのある(しかし、少なくともヒルダや宗介ら普通の環境で育っていない面々にはわからない)声も含まれていた。
「仲間がピンチの時は助ける。当たり前のことだろ?」
「そんなに不思議がることある?」
「不思議」
「私たち…こういうふうに外部の人に人間として扱ってもらったことがないので」
エルシャやヴィヴィアンにとっての外部というのは当然、始祖連合国であり、それ以外の国や人のことを知らない。
人間であるソウジ達のノーマを一生懸命助けようとする感覚がさらに不思議に思えた。
少なくとも、始祖連合国出身者がそのようなことをするとはない。
「僕も…同じだよ」
「え…?」
「うおっ!アレルヤは史上初の男ノーマか!」
「そうじゃないよ。僕は超兵と言って、戦うためだけに生まれ、兵士として生きるためだけに育てられていたんだ。だから、君たちの気持ちは少しは理解できるんだ」
「そうだったんですか…」
アレルヤは旧人革連が行っていた人体実験に被験者で、彼らは戦争で故郷と家族を失った上に、その実験でそれ以前の記憶さえ奪われてしまった。
超兵とは、脳量子波を用いることによって常人以上の反応速度を手にし、更には肉体強化で高い身体能力を手に入れた強化人間だ。
マリーの場合はアレルヤと違い、デザインベビーにナノマシンを投与することで誕生している、まさに生まれながらの超兵というべき存在だ。
(戦うためだけに生まれた存在か…)
話を聞いたソウジの脳裏に強化人間という言葉がよみがえる。
それは軍の座学で学んだ戦争史の中にあった話で、薬物や暗示によって当時すさまじい力を発揮したというニュータイプに相当する力を発揮していたらしく、最も古い話では1年戦争時代のジオン公国と地球連邦軍のペイルライダー計画のパイロットがある。
人道に反する行いから禁止されているが、キンケドゥが参加していたコスモ・バビロニア建国戦争でクロスボーン・バンガードの軍事部門指導者であったカロッゾ・ロナが自らを強化したケースがある。
「俺たちは始祖連合国の人間じゃない。一緒に戦った奴らをつまらん色眼鏡で見る気はない。アレルヤも、あんたらもな」
「ロックオン…君が言うと説得力があるよ」
イノベイターのアニューを現在進行形で愛しているロックオンだからこその言葉に、アレルヤは笑みを浮かべる。
「別世界から来た俺なんか、差別するどころか、積極的に受け入れちゃうし、俺自身も受け入れてほしいって思ってるぜ」
「あらあら…」
「そういうわけだ。余計な気遣いは遠慮はいらないぜ」
(ソウジさん…ちょっとタイミングが悪いかも…)
エルシャだから笑って受け流してくれたが、もしほかのノーマにこのタイミングでそんなことを言ったら別の意味に聞こえて、逆に拒絶されてしまうかもしれない。
できれば、クルツには黙ってほしかったとチトセは思っている。
そして、予想通りに下種な意味に聞こえてしまったノーマがすぐ近くにいた。
「下心丸出しですり寄ってくる男を信用できるかよ!」
任務から帰ってきたばかりのいつもの3人組の中のヒルダがギロリとソウジとロックオン、そしてクルツをにらむ。
特に自分の似た声で嫌な遊びをしていたクルツには殺意のこもった目線を向けており、さすがの彼もビクリとおびえてしまった。
「失礼だな、ヒルダちゃん。これでも、その辺りはオブラートに…」
「ソウジさんは黙ってください!(結局、そういう意味で言ってたのね…。ちょっとでもいいなと思って私が馬鹿だった!!)若干2名そういう人がいるけど、そんな言い方はないんじゃない?」
ソウジとクルツはともかく、アレルヤとロックオンは純粋にアンジュのことを心配し、助けようとしている。
ノーマがどれほど人間として扱われていないか、どれだけ傷ついているかはノーマではないチトセには分からない。
しかし、そんな好意を邪推するヒルダが許せなかった。
一方、クルツも何か言おうとしていたようだが、マオに口をふさがれ、しゃべれなくなっていた。
「あんた…男の中でチヤホヤされていて、いい気になってないかい?」
「チヤホヤってどういう意味よ?」
「カマトトぶってんじゃないよ。男に頼り切りのメス犬が」
「おい、ヒルダちゃん。さすがにその発言は聞き捨てならないな」
ヒルダのあまりの暴言にチトセが拳を握りしめる中、ソウジはヒルダをにらむ。
「へっ、なんだよ。私は事実を言っただけだ」
「何が事実だ。チトセちゃんのことを何も知らないくせに…知ったような口をきくな!取り消せ!!」
先ほどの軟派なソウジとは思えない剣幕にヒルダはひるみ、1歩後ろに下がってしまう。
チトセとなぜかその場にいるナインもソウジの意外な一面を見て、驚いた表情を見せていた。
「ちっ…だから、男は信用ならねえんだ!」
言い返せなくなったヒルダはその場を立ち去ろうとするが、ナインに腕をつかまれてしまう。
「おい、離せよ!!」
「キャップの言う通り、姉さんへのその発言の取り消しを要求します」
「ナイン…」
「ありがとう、ソウジさん、ナイン。言っても聞くような相手じゃないから」
ソウジとナインが自分のために怒ってくれたことをチトセは感謝している。
しかし、頑ななヒルダが簡単に聞いてくれるとは思わないうえに今はアンジュの捜索が重要だ。
こんなことで余計な問題を増やすような真似をしたくなかった。
「ご理解いただき、ありがとうございます」
ニヤリと笑いながらヒルダはわざとらしい恭しさで上っ面な感謝の言葉を述べる。
これで帰れると思ったようだが、そう簡単に問屋はおろさなかった。
「では…今はその話を保留とします。そのうえでヒルダさん…あなた、アンジュさんに何をしたんですか?」
「知らないね」
即座に答えたヒルダだが、その発言と共にナインを内心警戒し始めていた。
ロザリーとクリスからナインのことは聞いており、彼女がアンジュのことを嗅ぎまわっている可能性があることは容易に予想できた。
「では、合理的な解決方法としてロザリーさんとクリスさんに聞いてみます」
「え…?」
「あ、あたしたち…!?」
ナインに目を向けられたロザリーとクリスが驚きと共に声を上げてしまう。
その反応から、あの2人が犯人、もしくは何かを知っていることは誰にでも悟ることができた。
「ロザリーとクリスに手を出したら私が許さないよ!!」
焦ったヒルダはギロリとナインをにらみながら叫ぶ。
しかし、アンドロイドであるナインにはそのような脅しは無意味だった。
これでヒルダ達がアンジュのことで何かをやったことは発覚した。
あとは証拠を探せばいいだけだが、ナインはそのヒルダの言動の中でもう1つのものを感じていた。
「優しいのですね、ヒルダさんは」
「な、何だよいきなり!?」
いきなりヒルダにとっては心外な発言が飛び出し、腕を無理やり振りほどくことを忘れてしまう。
しかし、アンドロイドであるナインでもヒルダのロザリーやクリスを守ろうとする思いは理解できる。
「その優しさをどうしてアンジュさんには向けられないんですか?」
「あいつは…隊長を殺したんだぞ!」
自分が慕っていたゾーラを殺したアンジュを許すことができない。
ゾーラと同じ目に遭わせてやりたいという思いがヒルダを支配していた。
「でも、アンジュはゾーラ隊長のお墓を買ったよ」
「少なくともアルゼナルのルールでは、償いを果たしているわ」
確かに、墓を建てることで償いを果たしていることはヒルダも分かっている。
しかし、現実に法の裁きを受けたとしてもその犯人を許せない人がいるように、感情をそのような論理で抑えることができない人もいる。
ヒルダがその1人だ。
それが決して悪いことではないのは確かだが、どこかで折り合いをつけなければ、先へ行くことができない。
ついにヒルダの怒りの矛先がアンジュを弁護するエルシャに向けられる。
「わっかんないねえ、なんであんな奴を助けようとしてんのか?エルシャお得意のおせっかいって奴か?」
「ヒルダちゃんがアンジュちゃんを許せないのは分かるわ。機体に何か細工をしたくなるのも」
「…」
何か口答えしようとしたら、墓穴を掘るだけ。
自分がそんな利口な生き物じゃないとわかっているヒルダは沈黙する。
「でも、誰かが受け入れてあげないと彼女は永遠に独りぼっち…。そんなの悲しいじゃない?同じノーマとして」
人間としての尊厳を奪われたノーマがその傷をいやすことができるのは同じノーマだけ。
そのノーマ同士が憎みあい、傷つけあうのはそんな始祖連合国の人間たちを楽しませるだけだというのをエルシャは理解していた。
ノーマだからこそ、マナを使わなくても人間以上に結束できるはずだ。
だが、そんな考えをヒルダは理解できない。
「知るかよ。こっちを否定したのはあのイタ姫だろうがよ」
「…それにね、アンジュちゃんって似てるのよ。昔のヒルダちゃんに…だから、お姉さん…放っておけないの」
「ハハッ!似てる?あんなクソ女と…?殺しちゃうよ…あんたも」
2度目の心外な発言だが、今回のそれはあまりにも不快だった。
隊長殺しで、おまけに自分達ノーマを仲間としてみていないアンジュと自分が似ているわけがない。
だが、どこか思い当たる節があったのか、殺意を示すことでしか否定できなかった。
とげとげしい発言に慣れているエルシャは怒りもせず、やんわりとヒルダの言葉を受け止めていた。
沈黙が流れる中、格納庫の扉が開き、サリアが入ってくる。
「やめなさい、ヒルダ。隊長命令よ」
「ちっ…またうるさいのが出てきた」
「あなたも副隊長として、自分の立場と責任を自覚しなさい」
ゾーラ戦死により、副長だったサリアが隊長に昇進し、その後釜としてジルがヒルダを指名した。
副長としては彼女以上にエルシャがふさわしいのではという声もあったが、ヒルダのメイルライダーとしての技量が買われる形で通ることとなった。
そんなヒルダだが、そのような他人からつけられる肩書は嫌いだった。
ノーマなどという他人が勝手につけた方が気のせいで今はここにいる。
そんな肩書に翻弄される人生はもうたくさんだった。
「さすがに司令の飼い犬は聞き分けがいいね」
それに、生真面目なサリアとは馬が合わない。
あんな女の下について戦うのはヒルダにとって不快でしかない。
サリアもヒルダの自分から敵を作り続け、問題を起こし続ける態度が嫌いだった。
「その言葉…取り消しなさい」
「嫌だね」
「やめろって二人とも、こんなところで争ってどうすんだよ!?」
さすがにこれ以上は放置していられないとソウジは仲裁に入ろうと割って入る。
だが、ヒートアップした2人には当然逆効果だ。
「部外者は…」
「黙ってなさい!!」
一斉に2人はソウジのそれぞれの足を踏んづける。
指先から伝わる痛みに耐えながらも、ソウジはその場を動かなかった。
「もう部外者じゃないわよ!だから、言わせてもらうわ…」
ソウジの行動に喚起されたかのように、チトセもついにため込んでいたものを吐き出そうとする。
「やめろ、如月。2人と同じことをしてどうする」
宗介の冷静な言葉を聞き、チトセは自分の中の熱に気付く。
このままでは2人と共に不毛な火遊びを始めていたかもしれないと思い、宗介に感謝するとともに吐き出そうとしていたものを腹に戻した。
「で、サリア。あんたが来たということは、今日の捜索プランが決まったってことだろ?」
ソウジに2人の意識が向いている今がチャンスと、マオはサリアに本来の仕事の話を始める。
そんなつまらない言い争いよりもそちらの方が有益だ。
サリアはソウジから足をどかすと、気を取り直して話し始める。
「司令は捜索範囲拡大のために外部への協力を依頼しました。我々は彼らの連絡を待って動きます」
「このアルゼナルに協力者が…?」
「私も初耳でしたが、そことは以前から交流があったとのことです」
(以前から交流…彼らか…)
アサギらの存在、そしてパラメイルに使用されている発砲金属などの技術。
ティエリアにはその協力者の正体が見えていた。
-アンジュが漂流した島-
「…どうなの?」
木陰に立ち、警戒するように砂浜にいる青年を見ながらアンジュは口を開く。
砂浜には漂流したヴィルキスがアサルトモードのまま横たわっていて、青年がバックパックのあたりにあるエンジンを調べていた。
この1週間、どうにか島から出られるよう青年と一緒に整備を行っていた。
アサルトライフルは紛失したものの、ラツィーエルと凍結バレットがまだ使える。
あとはエンジンの不具合をどうにかしたら、いつでも飛ぶことができるが、生憎アンジュは座学で学んだ程度の整備知識しかなく、パラメイルの中でも複雑な箇所であるエンジンに手を付けることができなかった。
そのため、今はパラメイルについて知らないはずの青年が1人でエンジンの修理にとりかかっている。
そんな中、青年はエンジンから何かを取り出し、それをもってアンジュの元へやってくる。
「君のパラメイルのエンジンがおかしい原因がわかったよ」
あんまり触りたくないのか、タスクは排気口のあたりで見つけたボロボロの衣類を置く。
海水で濡れていて、排気ガスを間近に受けたせいで悪臭を発しており、よく見るとそれは女性用の下着ばかりだった。
よく見るとどれも派手ながらや気取った飾りがついている。
「悪趣味な下着…やっぱり、あいつらの仕業ね…」
こんな下着で、ねちねちとした仕掛けをする人間は1人しか思い浮かばない。
その人間の笑い顔を思い浮かべ、アンジュは怒りをあらわにする。
もし無事に帰ることができたら、あの女のパラメイルを八つ裂きにしてやる。
そんなことを考えて、アンジュはヴィルキスに乗る。
アンジュの登録情報を読み取ったヴィルキスのエンジンが動き出し、安定した状態になる。
「やっぱり…あれのせいでエンジンがオーバーブローを起こして飛行不能になったんだと思うよ」
「随分と詳しいのね…」
見た目は優男で、このような技術とは無縁な無人島で生活する彼がどうしてアルゼナルにしかないパラメイルのことをここまで知っているのか。
しかも、自分の手で家を作り、更にはどこかで学ばなければ仕留めるのも難しい熊を1人で仕留めていた。
ただの無人島暮らしの世捨て人には思えなかった。
「…ここにはパラメイルの残骸が流れ着くからね。そのパーツを拾っていたら、なんとなくだけどわかるようになったんだ」
彼の言う通り、このエリアDでパラメイルのパーツが漂流することはあり得る話だ。
この1週間生活している中で、ずっと前に撃墜されたと思われるパラメイルの残骸が流れてくるのが見えた。
また、彼の家から見える少し小高い崖にはそうしたパラメイルの中にあったというノーマたちの遺体が彼の手で埋葬されている。
アンジュが見た残骸の中にはそういった遺体がなかったのは彼女にとっては幸いかもしれない。
白骨化、もしくは腐乱していたり、人の形をとどめていないような遺体を見たら、きっとアンジュはおかしくなっていただろう。
だが、アンジュは彼の答えが納得できなかった。
「タスク…そろそろ聞かせてもらおうかしら?」
青年、タスクをにらみながら、アンジュはもう1度尋ねる。
ここまで追及されるとは思わなかったのか、タスクは表情をゆがめる。
「あなたはパラメイルのことを知っている。…始祖連合国の人間なの?」
「…」
「あなたはマナを使わない。でも、男のノーマは存在しない。一体、この島で何をしているの?」
この1週間、アンジュはタスクがマナを使ったのを見たことがない。
マナがあれば、パラメイルの修理のここまで時間がかからなかっただろうし、使えるならすぐに使っていたはずだ。
マナが使えない男の時点でエリアDや始祖連合国の人間としては異常過ぎる上にパラメイルの整備知識やサバイバルの技量を持ち合わせている。
そんなタスクの正体をアンジュは知りたかった。
だが、青年は気を取り直して、少し間をおいてから答える。
「只のタスクだよ、俺は…」
「そうじゃなくて…!」
「バカンスってことじゃ…駄目かな?」
「ごまかさないで…!」
またはぐらかそうとするのかと、アンジュはホルスターから銃を出し、タスクに向ける。
弾が入っているのか、それに海に使ったこれが発砲できるかは知らない。
とにかく、彼の正体を知るためなら使える手段は何でも使うつもりだった。
だが、タスクの手を上げておびえる表情、そして始祖連合国では見たことがない温和な彼であること、そして自分の命を救った恩人であることも手伝って、これ以上追及するのが馬鹿らしくなった。
「…いいわ、それで」
「本当!?」
銃をしまうアンジュを見て、タスクは半分安心、半分警戒した様子で確認するように尋ねる。
「誰でも言いたくないことはあるわ。だから、あなたが答えたくないなら、それでもいい。貴方の世話になったのも事実だしね」
「よかった!君のことだから、殴ったり、威嚇射撃したり、拷問したりしてでも白状させるのかと思ったよ!」
「な…何を言ってるのよ!?」
まるでアンジュが目的のためなら手段を択ばない凶暴な女、某悪役をパッケージに堂々と配置するゲームに登場する狂気に満ちた悪役のような言い草にさすがのアンジュも動揺する。
確かに自分は暴力を振るうことがあるが、故無くそんなことをした覚えはない。
あくまでも彼女の基準で、だが…。
「だって、この1週間…俺、何度殴られ、何度簀巻きにされ、何度殺されかけたかわからないもの…」
体の節々から感じる、その時の痛みがよみがえってきて、苦笑いをする。
その時の状況を思い出したアンジュは顔を真っ赤にする。
「それは全部あなたのせいでしょう!?私を裸にしたうえに胸を触って、股間に顔を突っ込んで、挙句に股間にキスまでして…!!」
王女としての生活でも、ノーマとしての生活でも男にそのような破廉恥な真似をされたことはない。
おまけにそれが毎日のように発生していたら、たとえアンジュでないとしてもタスクは多かれ少なかれ傷を負うことになっただろう。
「誤解だって、それは!!最初に裸にしたのは服を乾かして、体が冷えないようにするためで、胸を触ったのと股間に顔を突っ込んだのは転んだ時の不可抗力で、股間のキスは蛇に噛まれた傷口から毒を吸い出しただけじゃないか!」
ラッキースケベはともかく、少なくともアンジュのためを思ってそうした行動をとったというのがタスクの言い分だ。
確かに、そのおかげで体が冷えずに済んだし、蛇の毒で死ぬこともなかった。
それについてはアンジュも納得している。
「ふーん…でも、内心は何を考えていたんだか…」
「はぁ、女の子が気を失っている隙に豊満で形のいい胸の感触を存分に確かめようとか、無防備な肉体を隅々まで味わおうとか、女体の神秘を存分に観察しようとか、そんなことをするような奴に見えるっていうの?」
饒舌すぎるタスクのスケベの心理を代弁するかのような言葉の後、波と風の音だけが周囲を包んでいく。
少し考えるそぶりを見せたアンジュだが、この1週間一緒に生活したこともあり、タスクがそのようなことを故無くするはずのない、誠実な男に思えた。
「そんなこと…しないと思う…」
「分かってくれたならいいよ」
「うん…」
「パラメイルの通信機も直ったよ。さあ、仲間に迎えに来てもらいなよ」
タスクはヴィルキスの通信機に触れようとするが、アンジュはうつむいた表情を浮かべつつ、それに目をそらす。
「どうか…したの?」
「直したって、無駄よ」
「え…?」
「連絡したって、誰も来ないし、帰ったって、誰も待っていてくれないもん…」
ノーマたちを拒絶し続け、ゾーラの死因を作ったことでヒルダ達に憎まれている。
そんな自分のことを心配する人はいないし、助けてくれるはずもない。
自分がまいた種だということは分かっている。
だが、アルゼナルに帰ったとしても、仲間として受け入れられるか、そして自分が仲間として受け入れることができるか、その自信はなかった。
「そっか…」
アンジュに共感するかのように、タスクも悲しげな表情を浮かべたが、何かを思いついたかのように表情を明るくする。
「じゃあ、ここにいればいいよ。このままずっと…」
タスクの提案にアンジュはハッとする。
ここにはタスク以外に誰もいないし、彼は自分を受け入れてくれる。
王女時代に会ったような豪華なご飯も、アルゼナルでエルシャが用意してくれるようなおいしいご飯はそこにはない。
しかし、少なくともボロボロな人間関係を引きずることなく暮らすことができ、戦うことでしか生きることができないアルゼナルと比べると天国だ。
「ここでの暮らし…楽しかったし…」
「じゃあ…」
「あ、もう宵の明星が見える…」
ヴィルキスから降りたアンジュは砂浜で腰掛け、空に浮かぶきれいな1つの星を見る。
ヴィルキスの修理をして、話し込んでいたらすっかりまた日が暮れようとしていた。
まだ仕留めた熊の肉と木の実、水が残っているため、今日の食事の心配はいらない。
「空の一番高くで輝く、たった一つの星…きれいね…」
ノーマとして、アンジュとしての生を歩み始めてから、アンジュはこうして夜空の星を見る余裕を失っていた。
そんな余裕を取り戻してくれたタスクとの無人島生活に静かに感謝しつつ、アンジュはそれを見つめ続ける。
「…君の方が、きれいさ…」
「え…?」
空耳かと一瞬疑い、タスクに目を向ける。
タスクもヴィルキスから降りて、アンジュの隣でその星を眺めていた。
だんだんドキドキしはじめ、アンジュはゆっくりと手をタスクの手の上に置く。
このような気持ちはアンジュリーゼとして生きていたときでも感じたことがなかったが、心地よいものだった。
2人はゆっくりと顔を見合わせる。
「君が良かったら、ずっと俺と…」
「タスク…」
アンジュは目を閉じ、ゆっくりと顔をタスクに近づけていく。
タスクもその空気に従うように、眼を閉じてアンジュに顔を近づけていった。
そして、互いの唇が振れるか触れないか、そんなところで後ろの森から草をかき分ける音が響いた。
「誰!?」
即座にアンジュはホルスターの銃を抜き、音が聞こえた方向に向ける。
こんな心地よいムードを台無しにしたのはどんな動物か。
出てきたら泣いて許しを請うまで何度でも発砲してやる。
引き金の指をかけながら待っていると、草むらから出てきたのは紫をベースとしたオーブのノーマルスーツを着用した青い髪の男だった。
彼は両手を上げていて、戸惑った様子で2人を見ている。
「脅かすつもりはなかったんだ…銃を下してくれ」
星空の下、年頃の男女が2人っきりでロマンチックな時を過ごしているのに水を差してしまったことに気付き、男は即座に詫びを入れる。
さすがに人間を撃ち殺したら目覚めに悪いと思い、発砲はやめたものの、こんなところにノーマルスーツ姿で来るような人間は普通ではないため、警戒を辞めない。
「何者!?」
アンジュが銃を向け続ける間、タスクはそばにあったランタンに火をつけてその明かりで彼の顔を見る。
しかし、その顔はどこかで見覚えがあり、タスクは記憶の中からその顔の人物を引っ張り出す。
「アスラン…アスラン・ザラか!?」
「2年ぶりだな、タスク。まだこの島にいたとは思わなかった」
タスクの声を聞いたアスランは既知の人物にあいさつをする。
彼の知り合いだと知り、それなら問題ないと判断したアンジュは銃を下した。
「知り合いなの?」
「君と同じだよ。3年前、トラブルに遭って、この島に流れ着いたんだ。そこで島の裏の洞窟で女の子と一緒にいるところを僕がお邪魔しちゃって…」
「俺はその時の借りを返せた、というわけか」
3年前、プラントと地球連合の戦争の際、プラントに所属していたアスランはアフリカから当時に地球連合、というよりもユニオンの本拠地であるアラスカ基地へ向かう戦艦、アークエンジェルの追撃の任務に就いていた。
そんな中、戦闘によって乗っていた輸送機が沈み、アスランは乗っていたモビルスーツと共に海へ転落し、そのままこの島に流れ着いた。
その時、輸送機を撃墜した少女ともみあいになるも、なし崩しでこの島で助けを待つことになった。
タスクがお邪魔するときまでは誰かがこの島にいるとは思っておらず、しかもそこがエリアDの一部だということは後になって分かった。
ちなみに、その時であった少女が今のオーブ連合首長国のオーブ五大氏族の1つであるアスハ家の養女であるカガリ・ユラ・アスハで、アスランの婚約者だ。
なお、アスランとカガリの結婚については現在は混とんとした世界情勢の立て直しを優先したいというカガリの意向からまだ未定となっている。
「い、い、言っておくけど、私とこいつ…そんな関係じゃ…じゃじゃじゃ、ない、から…!!!」
あわやキスをする半歩手前の状況を見られた挙句、置いていかれそうになったアンジュは真っ赤になったままアスランの誤解を解こうとするが、そのような真っ赤な顔とかみまくりの発言では解く方が難しい。
だが、ここで何か聞くのは野暮だと考えたのか、アスランは突き詰めて聞くのを辞めた。
「じゃあ、この1週間のことはアルゼナルに報告してくれ」
「あなた…何者?」
なぜ、アルゼナルのことと自分がアルゼナル所属であることを知っているのか。
再び現れた謎にまた警戒心を強めていた。
「俺はオーブの軍人だ。アルゼナルのジル司令の依頼で君を探しに来た」
「司令の…!?」
オーブとアルゼナルの関係を聞こうとしたアンジュだが、それを遮るかのようにドラゴンの鳴き声が聞こえる。
「ドラゴン…!?こんなところまで来たのか!?」
「あなた、ドラゴンを知っているの!?」
「オーブは秘密裏にアルゼナルに協力してきたからな。一通りのことは聞いている」
「ヴィルキスの修理は終わってる!早く乗るんだ!」
「分かったわ、でも…タスクは!?」
おそらく、自分の機体を持ってきているであろうアスランは別として、問題なのはタスクだ。
彼が所有している黒いエアバイク以外、彼にはドラゴンと戦うための武器があるように見えない。
スクーナー級であれば、ビームやカッターのような翼に注意さえすれば、ナイフでも倒すことができるかもしれないが、ガレオン級となるとアーキバスのようなパラメイルがないと無理だ。
「大丈夫。どうにかするさ!」
タスクは家に向かって走っていった。
「タスク…」
「あいつなら、どうにかするさ。俺は機体を取りに行く。君はパラメイルで!」
「ええ!死ぬつもりなんてないもの!」
そう叫ぶとともに、ヴィルキスは浮上を開始する。
そして、納刀していたラツィーエルを抜いた。
家についたタスクは上空に飛ぶヴィルキスをじっと見ていた。
(ヴィルキス…そして、それに乗る者…。俺は、それを守らなければならない…)
タスクが視認できるだけで、スクーナー級が5匹から6匹。
そのうちの1匹で浮上したヴィルキスに向けてビームを発射するが、ラツィーエルでビームが両断される。
ビームを撃ったばかりで、動きが止まったところをどこからか羽のようなユニットが2つ飛んできて、ビームの膜を作った状態で両翼を貫く。
飛ぶ手段を失ったスクーナー級は叫び声を上げながら海へ転落した。
「この攻撃…もしかして!」
北側に目を向けると、そこには赤いガンダムが飛行して此方にやってきていた。
関節部分が銀色に輝き、背中に搭載レている大型のリフターには戻ってきた2枚を含めて4枚の羽型のユニットが搭載されている。
「アスラン・ザラだ。これより援護する!」
通信機にアスランの声が響くとともに、そのガンダムはビームライフル2発でスクーナー級を1匹ずつ撃ち抜いた。
だが、アンジュはどこか不機嫌そうに彼のガンダムを見ていた。
そんな彼女の顔をアスランは通信用モニターで見えていた。
「どうした?邪魔をしたことを怒っているのか?」
「そうじゃない。でも今は…その機体の色を見るとムカムカするのよ」
「はぁ…?」
ヒルダのグレイブの色と比較すると、アスランのガンダムの色は暗い赤で、厳密にいうと若干色が異なる。
しかし、アンジュにとっては赤であることは変わりなく、こうなった原因を作ったヒルダへの怒りが徐々に高まっていった。
「こうなったら、ドラゴンに八つ当たりよ!」
アンジュはヴィルキスをドラゴンに向けて突っ込ませる。
ラツィーエルと凍結バレットしか使えない状況では、こうして懐に飛び込まなければドラゴンを倒せない。
スクーナー級が翼を巨大化させ、それで両断しようとするが、それをラツィーエルで受け止める。
一番小さいドラゴンだがやはりドラゴンで、両手を使わなければヴィルキスが競り負ける。
もう片方の翼がアンジュに迫るが、その前にアンジュはコックピットを開き、拳銃をスクーナー級の頭に向けて発砲する。
突然、銃弾を頭に叩き込まれたスクーナー級が動揺で体をぐらつかせ、翼に与えている力が弱まった隙にアンジュは距離を取り、コックピットハッチを閉じてそのスクーナー級の真上へ飛ぶ。
そして、そのまま海面と垂直になるように落下していき、スクーナー級をラツィーエルで真っ二つに切り裂く。
両断されたスクーナー級の血がべっとりとヴィルキスの装甲とラツィーエルの刀身を濡らす。
(あのまま…あの島で一生過ごしてもいいって思ってた…)
戦う必要がなく、タスクもハレンチなことをしてくるが悪い男ではない。
王宮ほどではないが、ここで暮らすのも悪くないと思っていた。
しかし、アルゼナルでメイルライダーとして生きてきたせいか、ドラゴンを見ると眠っていた闘争本能が燃え上がる感じがした。
それを偽ることはできない。
「私は…戦って生きる!!」
タスクとの生活へのささやかな未練を吹き飛ばすようにアンジュは叫ぶ。
「カガリから聞いたとはいえ、本当にドラゴンがいるとは…」
アンジュの援護のため、ビームライフルとビーム砲でドラゴンを射撃しながらアスランは生まれて初めて見るドラゴン達への驚きを漏らす。
カガリもこの話は3年前の大戦終了後、オーブの復興を行う中で養父であるウズミ・ナラ・アスハが残したデータバンクを調べる中で初めて知ったとのことだ。
そして、秘密裏にアルゼナルに支援を行っていたことも。
なぜウズミが彼女たちの支援を行っていたのかは彼がもうすでに死んでいることからわからない。
だが、そのことはアスランにとってはどうでもいいことだった。
「もしドラゴンが人類の敵ならば、やってみせる。このインフィニットジャスティスで」
新たなリフターであるファトゥム02に搭載されている羽型ユニット、ブレイドドラグーン2基が分離し、それらがビームを発射しながら残ったスクーナー級へ接近していく。
スクーナー級がそのユニットを破壊しようとビームを発射するが、まるでそれを読んでいたかのようにブレイドドラグーンは回避し、死角に回ってから再びビームを発射する。
避けようと試みるが、更に牽制射撃としてジャスティスがビームライフルを発射しながら接近してくる。
複数の方向からの同時攻撃を受け、ボロボロになったスクーナー級にとどめを刺すかのように、アスランはビームサーベルでそれを切り裂き、絶命させた。
「これで一安心ね」
ブレイドドラグーンを戻したアスランにアンジュは通信を入れる。
増援のドラゴンはないようで、無人島に再び静寂が戻ってきていた。
「そういえば、さっき俺のジャスティスを見てムカムカしたと言っていたが…」
「ええ。知り合いの機体と同じ色をしていたから…」
「仲が良くないみたいだな。実は俺も、君の機体を見て、友達の機体を思い出したよ」
アスランは今はプラントにいる親友と彼が乗っているモビルスーツを思い出す。
何を考えているのかわからない、甘ったれだが友達想いな男で、手の焼く弟のように思えた。
彼がプラントにいるのは恋人であり、現在のプラント最高評議会議員であるラクス・クラインを守るためだ。
アスランは反対にオーブでカガリを守っていることから、直接会うチャンスが少ないが、それでも良好な関係を保ち続けている。
「ヴィルキスに似た機体…?」
アンジュは王女としてミスルギ皇国で暮らしていたが、その中では外の世界の話を聞くことがなかった。
むしろ、アルゼナルの方がそうした話が入ってきていて、詳しいほどだ。
事実として、アンジュは前大戦の英雄であるはずのアスランのこともジャスティスのことも知らなかった。
だから、アスランからそのような話をされてもピンと来ない。
「白と青のボディと翼…戦い方はともかく、機体はあいつとよく似ている」
「そ、そう…」
「…!?何か来るぞ!」
ジャスティスのセンサーが別方向からの熱源反応を感知し、ジャスティスの向きを転換させる。
「新手…!?」
「なんだ、あの機体は…!?」
白とライトブルーを基調としていて、下部にビーム砲付きブースターを取り付けた戦闘機のような機動兵器が20機以上ジャスティスとヴィルキスに向けて接近してきている。
見たこともないその機体の軍団にアスランとアンジュは驚きを隠せなかった。
機体名:インフィニットジャスティスガンダムリペア
形式番号:ZGMF-X19AR
建造:オーブ軍モルゲンレーテ社
全高:18.9メートル
全備重量:79.69トン
武装:14mm2連装近接防御機関砲、17.5CIWS、グリフォンビームブレイド×2、シュペールラケルタビームサーベル×2、高エネルギービームライフル、ビームキャリーシールド(グラップルスティンガー、シャイニングビームブーメラン内蔵)、ファトゥム02(ハイパーフォルティスビーム砲×2、ブレフィスラケルタビームサーベル、シュペールラケルタビームラム、ブレイドドラグーン×4内蔵)
主なパイロット:アスラン・ザラ
1年前の大戦でファトゥス01喪失などの損傷を受けたインフィニットジャスティスガンダムを終戦後にオーブ軍が改修を行ったもの。
機体そのものの改修がわずかであったため、基本的に性能面に変化はないものの、新たに地球連合とザフト、オーブの否戦派の集まりであるターミナルとつながりのある秘密工房、ファクトリーが試作したファトゥム02がバックパックとして装備されている。
01では両翼に装備されていたグリフォンビームブレイドを廃し、切断能力とビーム砲の2つの機能を兼ねた4基のブレイドドラグーンが搭載されている。
刃となる個所に薄いビームの膜を纏うことでビームサーベルとしての機能を併せ持つことが可能だが、本来はGN粒子がその役目を果たすことと実験武器としてのニュアンスが強いうえ、オーブでも地球連合でもGN粒子を使わずにビームと実弾の特性を併せ持つ技術が確立されていないこともあり、その膜を展開させることができる時間が30秒足らず。
更に、展開中はビーム砲の同時使用ができないといった課題がある。
なお、ニュートロンジャマーキャンセラー搭載モビルスーツの保有についてはユニウス条約が事実上破棄された状態であることとオーブが現在地球連合に入っていない(2度の大戦に巻き込まれた経験から、アメリカのような孤立主義の考えが国内世論で出ているため)こと、疑似太陽炉搭載モビルスーツの登場によってニュートロンジャマーキャンセラー搭載モビルスーツの価値が相対的に落ちていることもあり、黙認されている。