-ナデシコB ブリッジ-
「…以上が、大気圏内における活動の全容です」
1人、ブリッジに残るルリがモニターに映る2本の角がついたような髪形で紳士のような気取った口ひげのある強面の中年男性に報告する。
彼は地球連合宇宙軍総司令である御統コウイチロウ大将で、蜉蝣戦争時代はASAの宇宙第3艦隊司令官を務めていた男だ。
なお、苗字からわかるように、火星の後継者に誘拐されているユリカの実の父親でもある。
ナデシコBがマイトステーションに収容されており、海底にいることから、映像には若干のノイズがある。
しかし、音声は問題なく、声だけなら通信続行可能だ。
「ご苦労だったな」
「火星の後継者の決起を止めることはできませんでしたが…」
「慰めるつもりも、弁護するつもりもないが、状況は状況だ」
彼らの拠点はヒサゴプランで建造されたコロニー・シラヒメをはじめとしたコロニー群だ。
地球にいるナデシコBでは、それを止めることができないうえ、仮に宇宙にいたとしても、ボソンジャンプで逃げ回られる、もしくは絶好のタイミングで奇襲されるのがオチだ。
おまけに、地球連合軍内部に火星の後継者と同調する動きもあるため、決起を止めるのは難しいことだっただろう。
「だが、確実に信頼できる協力者を得たのは何物にも代えがたい大きな収穫だったと言える」
「勇者特急隊のみなさんですね?」
勇者特急隊の存在は地球連合軍内で賛否が分かれていた。
人助けと犯罪者退治をする彼らの存在を認めるべきという声と、彼らが第2のソレスタルビーイングになりえる存在になるのではないかという懸念だ。
しかし、民衆からヒーローとして強い支持を得ている彼らを攻撃するわけにはいかず、現在は勇者特急隊の活動を妨害することも手を貸すこともしない、黙認という形になっている。
本来なら、軍が守るべき民間人の力を借りるなどあってはならないこと。
しかし、今はそうは言っていられない。
「残念ながら、草壁の言う通り、連合軍の中には連中に賛同する者が少なからずいる。彼らは表立った動きはしないが、ひそかに火星の後継者に支援を行いながら、状況を静観している。そして…」
「戦況が彼らに決定的に傾くことになれば、それに乗って行動を開始すると…」
「プラントとの戦い、蜉蝣戦争、アロウズの台頭…。あの時の傷はまだ癒えていない…ということだ」
数年の間に立て続けに起こった戦争は地球の状況を大きく変えてしまった。
治安維持部隊アロウズの存在と彼らが行った虐殺行為と情報隠蔽は今でも地球連合軍と政府への不信を呼んでおり、コウイチロウの調査によると、アロウズ解体後に雲隠れした元アロウズの軍人やロゴスの残党がその動きの中心になっているらしい。
アロウズ解体後、参加していた生き残りの軍人は軍事裁判にかけられる、降格させられるなど、地球連合軍そのものへのバッシングを避けるために重い罰が課せられることになった。
また、ロゴスに組していた軍人も同じく軍事裁判にかけられ、死刑となった人もいる。
その時の恨みと自分たちの復権が目的で協力しているのだろう。
また、地球と友好関係となり、連合軍に加わった元木連軍人の中には現行のシステムへの不満から火星の後継者と同調する動きもある。
そんな一枚岩ではない地球連合軍では、テロリスト集団である火星の後継者をつぶすことは難しい。
「火星の後継者は…この世界を包む不信感を打破することを自分たちのイメージとしている節があります」
「それが草壁の手だよ…。相も変わらずアジテーションのうまい男だ」
草壁、というよりも木連の上層部は自分たちを正義、相手を悪とする子供でも分かりやすい論理で扇動するのに長けている。
それは彼ら木連がかつて、ファーストコーディネーターであるジョージ・グレンがもたらしたロボットアニメ、『熱血ロボ ゲキ・ガンガー3』の存在が大きい。
なお、そのアニメはジョージ・グレンも大ファンであったらしく、彼の遺品の中にはそのアニメで出てきたロボットのプラモデルやフィギュア、ディスクもある。
地球から月、月から火星、火星から木星へと逃げてきた彼らには何も娯楽と言えるものがなく、逃げ続ける中でようやく見つけた異星人のプラントで、自分たちが生きられる環境を作ることだけを生きがいにしていた。
そんな娯楽のない日々に風穴を開けたのがそのアニメだ。
それだけが彼らの唯一の娯楽となり、いつの間にか聖典として、キリスト教やイスラム教などの宗教のような、木連の価値観の要となってしまった。
だからこそ、草壁のようなアジテーションのスキルを持った人物が生まれたのだろう。
悪の存在、そして自分たちが正義であることは自らを正当化させると思い込みやすい。
だが、現実では、正義と悪がぶつかり合うのはまれ。
正義とぶつかり合うのは別の正義であり、それがぶつかり合うからこそ、悲劇が生まれる。
かつてのイスラム原理主義者が起こしたテロのように。
「まるで、自分たちに任せれば、人々を取り巻く不安が一掃されるかのような強い言葉を使う…。世界はそのような単純なものではないというのに」
それを地球から遠く離れた木星で暮らす草壁が言うのだから性質が悪い。
地球を飛び出し、広い世界を知ったはずの男の言葉とは思えない。
そう考えると、太陽系そのものを超えない限り、そんな考えが残り続けるのではないかと思ってしまう。
しかし、ルリは悲観しない。
「ですが、そのような状況であっても、まったくぶれずに自らの役割を果たそうとする人たちもいます。ナデシコは戦力増強のため、彼らに接触したいと思います」
コウイチロウは彼女の言う『彼ら』が何者かを知っている。
地球連合軍が頼りにならないのであれば、彼らの力を借りるほかない。
やり方は違えど、平和と世界を思う心は変わりない彼らなら信じられる。
「その辺りは部隊発足の時に言った通り、君に一任する。たとえ、彼らの存在が非合法な私設武装組織であったとしてもだ」
「ありがとうございます」
「それでだな…。これから任務を続けていく中で…その…」
こうして通信をする前に、ナデシコBから届いた暗号文のことを頭に浮かべたコウイチロウは口ごもる。
彼の左手にはクシャクシャになった紙が握られている。
上級連合軍人である彼は私情を挟むことは許されない。
だが、その知らせを聞き、1人になったときは号泣した。
「アキトさんのこと…ですか?」
最愛の娘を失ったと思った彼は絶望し、一時期は軍を辞めることまで考えてしまうほどだった。
そんな精神状態だったからこそ、アロウズへの転属命令が白紙になり、今でも健在なのはなんという皮肉か。
時間をかけて、元に戻ろうと努力したものの、どうしても彼女を失ったことが深い傷となって残っており、天然発言や趣味の川柳も鳴りを潜めていた。
だから、暗号文の内容、アキトとユリカの生存はコウイチロウにとっては衝撃的なニュースだった。
「彼は彼なりに思うところがあったのだろうから、義父として私から言うことはない」
できれば、すぐにユリカを探すアキトに会って、あの時何が起こったのかを聞きたいが、地球連合軍宇宙軍総司令である自分が動くことはできない。
かつて、アキトやユリカと共に戦ったルリにすべてを託すしかない。
「ただ…伝えてほしいことがある」
コウイチロウはアキトとのラーメン対決の時のことを思い出す。
蜉蝣戦争後、ユリカはアキトと結婚したいと言ってきたが、コウイチロウは反対した。
幼馴染とはいえ、どこぞの馬の骨とも知らない修行中のコックであるアキトに彼女を託せるとは思えなかったからだ。
そのため、ユリカは家出し、ルリと共に彼が暮らす狭いアパートに転がり込んだ。
しばらくして、ユリカを賭けて1VS1のラーメン勝負をすることになった。
といっても、互いに作ったラーメンの味を競うというものではなく、アキトが作ったラーメンをコウイチロウが食べるというだけのものだが。
そこでアキトが作ったのはユリカとルリと力を合わせて作ったラーメンで、それを食べたコウイチロウは2人の結婚を認めた。
お世辞抜きにしても、その時のラーメンの味が今でも忘れられず、世界一旨いラーメンだったと今でも思っている。
「もう1度、君のあのラーメンを食べたい…と」
「承りました。必ずお伝えします」
通信を切り、艦長席でオモイカネとリンクする。
「オモイカネ、これから長距離通信でハッキングを行います。データ送信。データ内容は…」
正面モニターで次々と項目が表示され、1つの動画が表示される。
幸せそうに男と女の双子の子供が歩いているのを眺める若い夫婦が映っており、それが送信用ボックスに収容された。
-タツさんの家-
「そうか…行っちまうのか…」
少し濃いめの緑茶が入った湯呑をちゃぶ台の上に置いた辰ノ進がつぶやく。
正面には荷物が入ったカバンをそばに置いたソウジが座っており、その隣にはチトセもいる。
チトセは若干2人から目をそらしていた。
「ヤマトがこっちにいるってわかった以上、放っておくわけにはいきませんからね」
ヤマトのこともあるが、ソウジがここを出ることを決心した最大の理由は勇者特急隊の存在だ。
彼らはナデシコBと同行し、火星の後継者討伐に協力することになった。
それだけでなく、その際にはヤマトの救出も作戦項目に入れられることになる。
「ついでってわけではありませんが、ナデシコと一緒にあの火星の何とかという連中も退治してきます」
「俺から言うことぁない。達者でやってくれ、ソウジ君」
「ありがとうございます。タツさん。この御恩は必ず返します」
直角に頭を下げたソウジは彼と過ごした日々を思い出す。
どこの馬の骨とも知れない自分たちを住まわせてくれた彼にはいくら礼を言っても足りない。
できることがあるとしたら、彼のような人々の平和を乱す敵を退治することくらいだ。
軍人であり、戦うことしか知らない自分にできることはそれだけだ。
「しかし、俺も随分とでかい獲物を釣り上げたもんだ…。頼むぜ、ソウジ君。テロをやっといて正義の味方面してる連中に一発食わしてやってくれ」
「了解です…で、一つだけお願いがあるのですが…チトセちゃんはこのままここに置いてやってくれませんか?」
「え…??」
ソウジの提案にチトセは驚きを見せる。
この雰囲気だと、自分もソウジと共に行くものだと思っていた。
だが、今のソウジはナインのサポートもあるため、自分がいなくてもヴァングレイをある程度操縦できる。
自分の助けがなくても、戦えるはず。
「ソウジさん…」
「そういうことだ、チトセちゃん。働き口はいずみさんに頼んでおいたから、どこか見つけてくれるだろう」
「私は…」
「チトセちゃん」
ソウジは彼女の肩に手を置き、安心させるように笑顔を見せる。
「いいんだ、チトセちゃん。君は戦うべき人じゃない。こっちの世界に来たのは何かの縁だ。君はそのまま生きればいい…」
「私…は…」
耐えられなくなったのか、チトセは涙を流し、崩れ落ちる。
まさか泣くとは思わなかったソウジは動揺してしまう。
「おいおい泣くなよ。永遠の別れってわけじゃないだろ?俺も、ヤマトを助けたら、これからどうするか考えるさ。じゃあ、タツさん。チトセちゃんのこと、頼みます」
「ああ…必ず、また顔を見せてくれ」
カバンを手にしたソウジは2人を見た後でタツさんの家を飛び出す。
(どうせ…俺にできることは戦うことだけだけどな…)
ヤマトを取り戻せたからと言って、それで万事解決とはならない。
元の世界へ戻る術が手に入るわけではないからだ。
それに、ヤマトが無事だったからと言っても、クルーが無事かどうかもわからない。
自分たちのように、ヴァングレイと離れ離れになっていることも考えられる。
技術者だったなら、方法を探るというやり方もあるが、残念ながらソウジにはそういう能力はない。
せめて真田か新見がヤマトにいてくれたら、そう思いながらソウジはマイトステーションへ向かった。
-ナデシコB ブリッジ-
マイトステーション内のナデシコBに物資が補給される光景はブリッジの窓から見ることができる。
ネルガル重工から調達したエステバリスとナデシコBの、青戸工場で製造された勇者特急隊とヴァングレイのパーツと弾薬が運び込まれている。
ビーム砲とレールガンについては、新造された予備の装備で補充され、ガトリング砲についても補給が完了している。
その作業が行われる中、集まったソウジとナデシコ隊メンバーによるブリーフィングが始まる。
ちなみに、舞人は勇者特急隊の用事を済ませるため、不在となっている。
「まず、結論から言いますと、現行の私たちの戦力では、火星の後継者を止めるのは不可能です」
「うわ…バッサリと。まぁ、事実だけどなぁ…」
自分たちでは火星の後継者に勝てないということは、例の北辰六人衆と北辰との戦いで嫌というほど理解した。
おまけに、百歩譲って本拠地に攻撃できたとしても、昨日以上の規模の部隊がいるのは確かで、彼らと戦いながら、中核戦力と言える彼らを倒さなければならない。
となると、ルリの発言は認めざるを得ない。
「ですので、まずはRPGの王道といいますか、仲間集めから始めたいと思います」
「とはいうけどよぉ、どうすんだよ?ルリ」
仲間集め、と簡単に言うが、とある酒場で紹介してもらうような簡単な話ではない。
言い出しっぺのルリのことだから、何か手段があるのかもしれないが、まずは聞かなければ話が始まらない。
「いくつか手段はありますが、まずは彼らに接触してみようと思います」
「彼らとは…?」
彼ら、という言葉に三郎太とリョーコらがうなずく中、ソウジとハーリーが首をかしげる。
2人を除いた、全員がわかっている『彼ら』をルリは口にする。
「ソレスタルビーイングです」
「また初手から随分濃いことを…」
ご名答だったことは光栄だが、まさか本当に彼らを仲間に入れるのかと思うと高杉は驚きを隠せない。
ハーリーも彼らについてルリ達から話を聞いていたものの、『彼ら』がそれだとは思いもよらず、何を言えばいいのかわからなくなっていた。
「いや、いい選択だと思うぜ」
だが、逆にソウジはその名前を聞いて安心した様子を見せていた。
「2週間前にこの世界に来たばかりの新入りが何言ってんだよ?」
「おいおい、リョーコちゃん。実を言うと俺、そのソレスタルビーイングのガンダムマイスターに会ったことがあるんだよ」
「はぁ!?」
「そいつはいったい、どういうことなんだよ…??」
ソウジ達はこの2週間のほとんどをヌーベルトキオシティと辰ノ進の家で生活していた。
その間、ソレスタルビーイングのガンダムが地球、強いて言えば日本に現れたという情報はない。
彼らは1年前のアロウズ壊滅後、ガンダムが武力介入を行ったという情報は入っておらず、入ったとしても、ユニオンフラッグなどの旧型、もしくは従来のモビルスーツの部隊が介入してきたという話しかない。
ロビンソン政権が掲げる融和政策と戦災復興及び経済再建を行う地球再建計画に配慮するため、ガンダムを使っていないのだと思われる。
そんなソウジが彼らと接触するのはあり得ない話だ。
「実を言うと、あいつらは何かの事故で俺たちのいる世界に来ちまったのさ。まさか、この世界の住人だとはなぁ…」
そのことに確信を持ったきっかけは、現在普及している疑似太陽炉の存在だ。
ラファエルガンダムに搭載されているものと同じもので、それが決め手の一つとなった。
ヤマトがこの世界にいるとしたら、彼らもこの世界に帰ってきていてもおかしくない。
「アクシデントがあったとはいえ、キャップとガンダムマイスターがコンタクトを取ることができたのは幸いでした。ですが…私とキャップはその組織の詳しいことをよく知りません」
ソウジらを探している間、ナインは何度かソレスタルビーイングの情報を探ろうとしていた。
しかし、その組織についての情報は地球連合政府によって秘匿されており、インターネットにある情報はSNSなどによる無責任な書き込みとプロパガンダ映画である『ソレスタルビーイング』そのまんまの内容が多く、役に立たなかった。
ルリが彼らの名前を出し、リョーコと三郎太が反応したということは、彼らはソレスタルビーイングについて、公開されていない情報まで知っているということになる。
「分かりました。まず、ソレスタルビーイングは天才科学者、イオリア・シュヘンベルグが組織した私設武装組織です」
イオリアについては図書館で何度も名前を見ている。
200年前に軌道エレベーターと宇宙太陽光発電システムの基礎システムを開発したというのは有名な話で、世界の根幹を生み出した男と言える。
その功績だけでも、一生それに胡坐をかいて生きていくこともできたにもかかわらず、彼はエネルギーから世界に目を向け始めた。
GNドライブとそれを搭載したモビルスーツ、ガンダムとそれを使う組織ソレスタルビーイングを200年という時間をかけて準備したのだ。
もちろん、既に彼は死亡し、計画は彼の後継者によって遂行され、そこまで準備されてきている。
GNドライブを搭載したモビルスーツの性能は既存のモビルスーツを大きく上回り、地球連合軍やザフトが次々と開発した高性能モビルスーツの多くにガンダムの名前がついているのは、ソレスタルビーイングが持つガンダムに場合によっては対抗できる存在にしたかったからだ。
実際、ヤキン・ドゥーエ戦役のころに地球連合軍のガンダムであるストライクとソレスタルビーイングのガンダムエクシアが交戦した記録があり、互角だったことが証明されている。
最も、ストライクのパイロットが特別であり、ナチュラルが開発したものであるにも関わらず、ナチュラルには使いこなせないという欠陥兵器だったのだが。
「ソレスタルビーイングが所有する4機のガンダムの性能は圧倒的でした。その力によって、彼らは世界から戦争を根絶しようとしていたのです」
「力によって…か…」
ソウジは刹那の言葉を思い出す。
『世界を変えるのは本来であれば、力であってはならない』
良い意味で世界を変えようとしていたようだが、結局は大国と同じく力に頼るしかないというジレンマを感じる。
同時に、なぜ彼がガンダムを超えなければならないと言ったのか、少しだけ理解できた。
「そうですね。力によって…悪く言えば力ずくです。彼らは第三者として介入し、戦争を行う両者を攻撃することで、戦いを終わらせようとしていたのです」
「乱暴な…って、レベルじゃあないな」
「当時はナチュラルとコーディネイターが過剰なほどに憎みあっている時代です。ソレスタルビーイングの武力介入の結果、3陣営の力が弱まり、その結果としてプラントは武装組織であるザフトを結成、地球に対して宣戦布告を仕掛けてきました」
「そいつに、木連というおまけつきだ。おかげで地球側が圧倒的に不利な状況だったぜ」
その当時の戦いをリョーコは今でも覚えている。
ユニオンフラッグなどの既存のモビルスーツを上回る性能を誇るザフトのモビルスーツ、ジンによって次々と味方を撃破され、更に地球にやってくる木連の無人兵器とも戦わなければならなくなった当時は生きた心地がしなかった。
仮にナデシコ隊に配属されていなかったら、今この世にいるかどうかすらわからない。
地球連合軍がようやく量産モビルスーツであるストライクダガーを配備できたのは終盤になってからで、疑似太陽炉を搭載した量産型モビルスーツ、GN-Xについては終戦ギリギリになった。
「地球とプラント・木連連合軍による戦いは混沌を極めましたが、最終的にはソレスタルビーイングと彼らに協力した第三勢力、そしてナデシコによって、地球・プラント・木連は痛み分けという形で終戦を迎えました」
「まさに、勝者なき戦争だな…」
その経緯については、ソウジは既に知っている。
ソレスタルビーイングのやり方は強引だったが、それでも各共同体がいがみ合う地球連合の統一が進み、ナチュラルとコーディネイター、木星による戦争を終わらせたのは事実だ。
しかし、それでも戦いの火種が消えたわけではない。
「地球連合軍は統一された軍隊を持つことが決まりましたが、最終的には治安維持部隊アロウズとそれを操るイノベイド、更に反コーディネイター団体ブルーコスモスの支持母体であるロゴスによって掌握されてしまいました」
イノベイド、という言葉にソウジはティエリアの姿が頭に浮かんだ。
彼は自分をイノベイターではなく、イノベイドだと言っていた。
それがどういう意味か、尋ねたかったのだが、事情により詳しいことについては聞くことができなかった。
「イノベイドは人類を革新に導くため、イオリアが造った人造人間です」
「ん…?戦争の根絶と人類の革新??それって何か関係あるのか?」
「おそらくは…あくまで推測の領域から脱してはいませんが。彼は最終的には人類の革新を求めていたのだと思われます。その体現者が…イノベイター」
(イノベイター…あいつか…)
ニュータイプであるチトセと言葉を交わすことなく理解しあった、この世界のニュータイプ。
誤解なく理解しあえる存在になることが人類の革新。
仮に刹那がそのイノベイターだとしたら、イオリアの人類の革新の意味がそれではないかとソウジは思った。
このようなことを200年前に計画したイオリアにはやり方に異議があるとしても、頭が下がる。
(戦うことしか能のない俺には…一生できなさそうだな)
「ソレスタルビーイングはヤキン・ドゥーエ戦役終結後の地球連合軍のGN-Xを中心としたモビルスーツ部隊による作戦、フォーリン・エンジェルズによって壊滅していましたが、復活してアロウズと戦いました。ですが…その戦いの中で人類は初めて異星人と遭遇しました。彼らはガイゾックと名乗り、人類を滅ぼすために日本を中心に攻撃を行っていました」
「ああ…その年はアロウズやらイノベイドやら、ガイゾックやらデスティニープランやらで滅茶苦茶だったよな…」
小中学生が使う歴史の年表を見ると、1年前の事件としてずらりとそれらが並んでいる。
おまけに近現代史で、それらをどのようにして教えればいいのかという論争は今でも続いており、ソウジとチトセは図書館でその1年間のことを調べるだけで1週間使うほど複雑怪奇なものだった。
(まぁ…壊滅は表向きは、ですが…)
フォーリン・エンジェルズによって、確かにソレスタルビーイングは一度壊滅した。
ガンダム1機は鹵獲され、2機は大破、1機は行方不明で、母艦を失っている。
ガンダムマイスターも1人は捕虜となり、1人は戦死、1人はガンダムと共に行方不明となった。
しかし、クルーについては密かにネルガルシークレットサービスによって、ガンダムマイスター1名と共に救出されていた。
ソレスタルビーイングとつながりを持っておきたいという思惑があったのかもしれないが、その真偽は当事者ではないルリ達にはわからない。
彼らは潜伏生活を送った後で、ガンダムの修理と母艦の新造を行った。
また、ひそかに奪還したガンダムを含めた3機のガンダムを新調し、更に途中から行方不明となっていたガンダムマイスターが彼のガンダム共々舞い戻ってきた。
そして、アロウズの収容所にいるガンダムマイスターを救出したことで、完全復活を果たした。
これはトップシークレットの情報で、この中ではルリしか知らない。
「アロウズがコーディネイターに圧力をかけたことで、ザフトが反撃しました。そのため、再び地球と宇宙を真っ二つに分けた戦争が起こってしまったのです。戦いはソレスタルビーイングと彼らの協力者によって終結し、ガイゾックも壊滅しました」
「で、そのソレスタルビーイングとはどうやってコンタクトをとるんだ?」
長々と話を聞き、ソレスタルビーイングが人類の革新と平和のために清濁併せのんだ組織であることは分かった。
しかし、問題はどうやって彼らに協力を求めるかだ。
彼女の話の中には、彼らの居場所については一言もない。
あるとしても、宇宙のどこかというだけだ。
そんな彼らとコンタクトを取るとしたら、それこそA級ジャンパーによるボソンジャンプを繰り返さない限り難しい。
「彼らは反アロウズを掲げる連合軍と反連合組織カタロンなどと協力して、アロウズとイノベイドを倒した後、行方をくらましました」
「不愛想な奴らだよな。蜉蝣戦争の時からそうだ」
蜉蝣戦争のころは、急に武力介入してきて、急にどこかへ行ってしまう、おまけにコミュニケーションは一切取らないという訳の分からない集団にしか見えなかった。
しかし、衛星軌道上でザフト機に狙われた民間人の乗ったシャトルを救ったというニュースを聞いたこと、そしてブレイク・ピラー事件の時に近隣の全部隊に地上へ落下するミラーの破壊の協力を要請したことから、彼らは悪い集団ではないということだけはリョーコも理解できた。
不愛想な連中、という判断については変わりなしという条件付きで。
「ですが、彼らは決して自らの使命を忘れることはありません。自らの行為によって、世界は混乱し、新たな戦争の火種を生んでしまった。彼らはそれを自らの罪ととらえている節があります」
「やることは過激だが、まじめな連中だな」
ヤキン・ドゥーエ戦役については、ブルーコスモスの差し金で起こった血のバレンタイン事件があるため、ソレスタルビーイングがいようがいまいが、起こっていたことには変わりないだろう。
少なくとも、アロウズというゆがんだ組織を生むきっかけを作ってしまったことへのけじめを自分でつけようとしていることだけは評価でき、刹那とティエリアと話したこともあって、より信用できる存在に思えた。
「あ…でも、それじゃあコンタクトのしようが…」
「いいえ。彼らが火星の後継者を放っておくとは思えません。それに、これまでの作戦記録を確認したところ、火星の後継者は我々の動きを意識していることが見て取れます」
「同感です。故に地球にも基地を用意していたのでしょう」
ナデシコBは日本に来る前、地球へ降りる前も何度か火星の後継者と交戦している。
そして、ナデシコBに対してはほかの地球連合軍以上に攻撃をかけていることについては記録した映像を見ても明らかだ。
「あいつら、蜉蝣戦争で俺たちにやられたことを覚えているみたいだな」
いつまでもねちっこく逆恨みする彼らをうっとうしく感じる。
まだソウジには話していないが、三郎太は元々は木連の人間で、講和が成立したあとは人材交流ということで地球に出向した。
彼のように、過去を完全に水に流すことはできないものの、未来に向かって生きようとしている木連の人間が数多くいる。
そんな彼らを無視して、勝手に代表者面する草壁を許す気にはなれなかった。
しかし、今回だけは都合がいい。
「そういうわけで、きっと彼らは此方に仕掛けてきます」
「で…連中が動けば、ソレスタルビーイングも動く」
「要するに、ナデシコで火星の後継者を釣り上げ、そいつを餌にソレスタルビーイングを一本釣りか…」
辰ノ進の趣味が釣りなこともあり、それに例えるソウジ。
刹那とティエリアのような人間のいるソレスタルビーイングなら、こちらが用意した良質なエサをパクリと食べに来てくれるだろう。
ルリも既に、コウイチロウを通じて地球連合軍准将であるカティ・マネキンと連絡を取り、ソレスタルビーイングの大気圏突入から離脱までの間の行動を見逃してもらえるようにしている。
戦う前のおぜん立ては済ませた。
「もっとも、我々がパクンと食べられてしまったらおしまいですけど」
-ヌーベルトキオシティ 宝石店-
ヂリリリリリリリリ!!!
けたたましいサイレンが鳴り響き、黒い制服とシルクハット、猫耳の付いたピンクの覆面という風変わりな服装をした女性たち、キャットガールズが客と従業員に銃を向けながら拳銃型の小型ネットガンで拘束し、ショーケースの鍵を開けて宝石を奪っていく。
「さあ、どんどん運び出しちゃって!ルビーにサファイア、パールにエメラルドにダイヤモンド!一切合切、根こそぎに!」
口元のホクロ、長い金髪、口紅は上唇が黒、下唇が赤という特徴的な頭部をしており、両肩にウインクした赤い猫が描かれた赤と黒が基調の露出度の高いスーツを着た女性が次々と運び出される宝石を見て歓喜する。
「かしこまりました、カトリーヌ様!」
「お、お前ら…!!」
ネットで拘束されている警備員の1人が床をはいずりながら、カトリーヌと呼ばれた女性に近づいていく。
しかし、その隣にいる水色の蝶ネクタイと緑色のスーツという男装をしている、茶色いショートヘアの女性が彼に向けて拳銃を発砲し、それを受けた彼は気を失う。
「カトリーヌ・ビトン様の邪魔は許されません」
「助かったわ、オードリー!安心なさい、ただ麻酔で眠っているだけだからー。今日は最高に気分がいいから、私に血を見せないでちょうだい?」
「…!お気を付けください、カトリーヌ様。何者かがこちらに来ます」
飛行機が飛ぶ音が聞こえたオードリーは警戒し、店を出て上空を見る。
「ええ!?この一帯は封鎖していて、キャットガールズを配置していたのに!?」
宝石店を襲撃するというだけあって、カトリーヌはオードリーと共に念入りに準備をしていた。
マンホールの中から路地裏までキャットガールズが封鎖し、表通りも武装ロボットで封鎖し、近づいてくるガバメントドッグも撃破している。
しかし、さすがに空から飛んでくるのに対しては警戒できていなかったのか、動揺を見せる。
「そこまでだ!怪盗ピンクキャット!!」
マイトウィングが宝石店に向けて飛んできて、乗っていた舞人が飛び降りる。
店の前で銃をもって警備をしていたピンクキャット2人を持っている銃で撃ち、沈黙させる。
2人とも出血しておらず、そばに転がっている2つの弾頭から、発砲したのがゴム弾であることがわかる。
「現れたわね、勇者特急隊の仮面坊や!」
前にも彼の妨害によって計画が失敗したことのあるカトリーヌは怒りと動揺を露わにする。
彼が来たということは、ガインら超AIの武装ロボットも来ているということになる。
「姿なき怪盗ピンク・キャット!いや、カトリーヌ・ビトン!警察に代わり、この勇者特急隊がお前を捕まえる!」
「んま!相変わらず小憎たらしい!」
「カトリーヌ様…残念なことに、宝石の輸送チームはすべて勇者特急隊の武装ロボットに取り押さえられました」
耳につけている小型の通信機から通信を受けたオードリーは表情を変えずにバッドニュースを伝える。
オードリーの話を聞いた、店内のほかのピンク・キャットたちにも動揺が走る。
店の前にあるもう1台のトラックにはまだ運転手が乗っていない。
「さあ、もう逃げられないぞ!」
「それはどうかしら!?あたくしは…ただの泥棒ではなくてよ!」
カトリーヌは左耳につけているピアスについているスイッチを押す。
すると、爆発音とともに激しい揺れが襲う。
「爆発!?カトリーヌ・ビトン…まさか!!」
「オホホホホ!!来たわね、私の武装ロボットが!」
舞人はヘルメットの左側のコントローラーを操作し、自動操縦で上空を飛んでいるマイトウィングのカメラの映像をバイザーに映し出す。
南からアリクイ型で、20メートル近い大きさの武装ロボットが複数機、4枚の主翼にそれぞれ1基ずつ大型ローターを搭載した、ザフトで3年前から使用されている大型輸送機、ヴァルファウ3隻から降下されていく。
いずれもザフトのものとは異なり、中央に配置されているものにはピンク色でウインクした猫が側面に描かれていて、その下には『Great Catherine』と英語で書かれている。
降下した武装ロボットはピンク・キャットのトラックを破壊したガインと交戦している。
「ヴァルファウ2隻と武装ロボット!?なんで気づかな…まさか、ミラージュコロイド!?」
ユニウス条約によって規制されており、技術も民間に出ていないミラージュコロイドをどうしてピンク・キャットが持っているのか、舞人は困惑する。
実際、映像を少し巻き戻すと、ミラージュコロイドを解除していきなりヴァルファウが出てきていることがわかる。
(泥棒がヴァルファウのような輸送機とミラージュコロイドを所有している…!?どういうことなんだ?)
「ホホホ!すごいでしょう?あたくしには旋風寺コンツェルンにも負けないビッグスポンサーがついたんで、これだけフロマーシュを用意できたのよー!」
「スポンサーだって!?」
「残念だけど、プロであるあたくしはそのスポンサーの名前を口にできないの。じゃあ、仮面の坊や!今度はあなたの素顔を見せてちょうだーい!」
「待て!!」
カトリーヌに発砲しようとした瞬間、表にあるトラックから煙幕が発生し、舞人の視界が黒く塗りつぶされてしまう。
「く…!」
急いでヘルメットについているサーモグラフィーを起動するが、その時には店内にピンク・キャットの姿はなかった。
店の中央にできた穴から脱出したのだろう。
宝石については逃げることを優先したためか、すべて放棄されている。
「みんな、急いで北へ逃げろ!!ここは危ない!」
舞人は彼らからネットを取り、逃げるよう促すとダイヤグラマーでマイトウィングを店の前におろすと、それに飛び乗る。
気絶している警備員を含め、全員が逃げているのをモニターで確認した舞人は離陸させ、ガインの元へ急いだ。
-ヌーベルトキオシティ メガロステーション周辺-
「まさか、ピンク・キャットがこれほどの機動兵器を用意するとは!!」
ガインショットでフロマーシュを攻撃するガインは複数機のフロマーシュへの対応に苦慮する。
しかし、対ビームコーティングが施されているのか、フロマーシュはガインショット程度の火力のビームを受け付けていない。
ダイバーズは住民の避難や救助作業を行っており、ボンバーズはほかの方面から来たフロマーシュへの対応に忙殺されている。
先ほどは言った通信によると、ボンバーズはあと1分から2分でそちらへ向かう準備ができるらしい。
「ならば、接近戦で!!」
フロマーシュの武装は頭部のビーム砲のみで、懐に入り込みさえすれば、レスキューナイフで破壊することができる。
ガインはフロマーシュが発射するビームを避け、レスキューナイフを抜いて接近戦に入ろうとする。
幸い、フロマーシュのビーム砲は火力はあるものの、それと引き換えにビームライフルほどの連射はできない。
「甘い!!受けろ、カトリーヌ様直伝!スペシャルダイヤモンドアタックを!!」
「何!?」
フロマーシュの胸部装甲が展開し、そこに内蔵されている棘付きの鉄球が発射される。
鉄球の後部についているブースターが火を噴き、一直線にガインを襲う。
「うわああ!!」
両腕でガードに入ったガインは大きく吹き飛ばされ、後ろのビルにぶつかる。
即座にガードをしたおかげで、胴体や頭部への損傷は免れたものの、両腕にダメージが発生し、レスキューナイフは落としてしまった。
「見ろ、あのガインをあと一撃で…!!」
「ケーブルががら空きだ!!」
上空からバルカンの弾丸が振ってきて、戻そうとしている鉄球の後ろについているケーブルが破壊される。
「しまった…!!」
ケーブルは有線式で鉄球のブースターを操作するだけでなく、何度でも使えるように胸部へ戻すことができるように備え付けられている。
それが破壊されたことで、フロマーシュご自慢のスペシャルダイヤモンドアタックはもう使えない。
「おお、舞人か!!」
起き上がったガインは上空のマイトウィングに目を向ける。
「俺だけじゃないぞ、ガイン!」
「私たちも来ましたよ」
後方から、マイトウィングに続いてナデシコBが到着する。
舞人からの連絡を受けたことで、ここまで駆けつけた。
-ナデシコB ブリッジ-
「あの武装ロボット…舞人さんが追いかけていた窃盗団のものみたいです。でも、こんな数を用意するなんて…」
「この前の奴らと同じく、火星の後継者に協力している可能性があるな」
「窃盗団が…ですか??」
「金を積んだら、首を縦に振るだろうさ」
副長席を立った三郎太は出撃のため、ナデシコBのブリッジから出ていく。
「では…ロコモライザーを出撃します。そのあとで機動部隊も出撃してください。なお、ナデシコBは上空で待機。そちらへの援護が行えませんので、ご了承ください」
ナデシコBのグラビティブラスト、そしてディストーションフィールドは都市で使用すると大勢の人や家屋を巻き込んでしまう危険性がある。
そのため、ディストーションフィールドによって被害が発生しない高度までナデシコBを上昇させ、そこで各機への情報発信をするしかない。
-ナデシコB 格納庫-
「行けーーー!!」
整備兵のGoサインと同時に、ロコモライザーが開放された前方ハッチから発進する。
そのあとで、ヴァングレイがカタパルトに乗る。
「ったく、ただの窃盗犯が武装ロボットに輸送機持ちだぁ?うらやましいくらいのボンボンだぜ」
「ガインさんからの連絡で、敵武装ロボットは対ビームコーティングを施してあるうえ、胸部には発射可能な鉄球が装備されています。予備動作に注意して、くれぐれも当たらないようにしてください」
「了解だ、ナイン!叢雲総司、ヴァングレイ、出るぜ!!」
カタパルトが動き、ヴァングレイがナデシコBを飛び出した。
そのあとで三郎太とリョーコのエステバリスも発進した。
-ヌーベルトキオシティ メガロステーション周辺-
「ロコモライザーだ…。ガイン、合体するぞ!」
「了解!」
発進したロコモライザーとガイン、マイトウィングが合体し、マイトガインへと変形する。
「待て待て待てぇ!!ボンバーズ、ただいま到着だぜぇ!」
別方面のフロマーシュを片付けてきたトライボンバーが駆けつけ、フロマーシュめがけてボンバーミサイルを発射する。
「トライボンバー!!まずい!!キャアアア!!」
彼の到着で顔を青くしたピンク・キャットだが、ミサイルがフロマーシュの頭部に飛んでくる。
フロマーシュはスラスターがなく、頭部の一番上のあたり、ビーム砲スレスレのところに設けられており、このミサイルを受けたらただでは済まない。
やむなく、脱出装置を使って脱出し、そのあとでミサイルがフロマーシュの頭部に命中、爆発した。
「オラオラァ!そんなトロい攻撃なんて、オレのエステバリスの敵じゃあねえぜ!」
「右に同じく!ホイ、ホイっと!」
リョーコのエステバリスカスタムは2機のフロマーシュから飛んでくるビームと鉄球を持ち前の機動力を生かして回避していき、三郎太が伸びきったケーブルをイミディエットナイフで切断する。
そして、鉄球を戻せなくなったことで低下した胸部の耐久性をつく形でディストーションアタックを決め、真っ二つにした。
「ヘヘッ、パワーだけの奴だぜぇ」
「みなさん、注意してください!敵増援が来ます!!」
「敵増援?あいつらか!?」
「いえ…それが、未確認機です!!」
「はぁ?未確認機??」
レールガン2発でフロマーシュの両足を吹き飛ばし、うつ伏せに転倒させたソウジがハーリーの通信に驚く。
線路をまたいだ東隣のメインストリートに赤と緑、黄色のトリコロールで、はさみのようなマニピュレーターを2本つけているシュウマイのような形の武装ロボット数機が、全身から出てくる触手を使って車などの金属を取り込みながらこちらへやってきていた。
「火星の後継者…じゃねえな」
「車とかを飲み込んでやがる!?なんなんだ??」
見た目は15メートル級の、クロスボーン・ガンダムに近い大きさのものから20メートル級のものまでバラバラで、統一性など皆無だ。
-カトリーヌ専用輸送艦 グレート・カトリーヌ ブリッジ-
「何々?あのヘンテコな武装ロボットは??」
ヌーベルトキオシティ上空で待機している3機のヴァルファウの内の中央の物に乗ったカトリーヌはモニターに映る大きさが全く統一されていないシュウマイ型武装ロボットに困惑する。
このような武装ロボットはピンク・キャットが持っているわけでもなく、警察や地球連合軍がそんなものを手に入れたという情報はない。
「カトリーヌ様。アジアマフィアの首領、ホイ・コウ・ロウから通信です」
「アジアマフィア?もしかして、あれはアジアマフィアの?」
「ホッホッホッ、久しぶりネ、ピンクキャット。義によって、助太刀するネ」
モニターに白いカンフー服を着た白い眉毛とブツブツのある大きな鼻をした、ニコニコとしている老人が映る。
人革連を得意先とした武器生産で財を成し、その財でアジアマフィアを結成し、20年前からは勢力を問わずに武器の密輸や違法売買を行っている死の商人、ホイ・コウ・ロウだ。
近年ではロゴス滅亡の影響で体制が崩壊し、果てしない内戦に明け暮れている中国の軍閥に武器を売っており、内戦激化の原因を生み出している人物とされている。
「助けてくれるのはいいけど、びた一文払うつもりはないわよ」
「構わないネ。私の方はスポンサーから依頼を受けて、部隊を送ってるネ」
「で、当のあんたはどこに?」
「私は歳ネ。今は家でのんびりとみてるネ」
モニターには赤を基調としたフカフカのベッドや高級感あふれる家具のある贅沢な部屋が背景として映っている。
そして、ホイ本人はソファーの上に腰掛け、テレビでヌーベルトキオシティでの戦闘の光景を見ており、カトリーヌとはテーブルの上に置いてある通信機を使って通信している。
「ハッ、たいそうなご身分ね」
「今回の戦いはウチの新型武装ロボット、パオズーの宣伝になるネ。一石二鳥とはこのことネ」
「相変わらず、商売熱心ですこと」
「世界中に武器を売って、巨万の富を得るのが、アジアマフィアのやり方ネ」
「ホイ様。勇者特急隊と共に、ネルガルのナデシコがあります」
色黒で黒いポニーテールをつけた、青いカンフー服の青年、チンジャ・ルースが空っぽになったホイのコップに酒を注ぎながら、テレビに映る戦艦の名前を耳打ちする。
ネルガル、そしてナデシコという名前を聞いたホイは上機嫌となり、酒を飲む。
「これはビッグチャンスネ!ネルガルを叩けば、我が組織とパオズーの評判はうなぎのぼりネ!正規軍にも負けないこのパオズー…いいベストセラーになるネ!では、ピンク・キャット。存分に戦うといいネ!」
上機嫌なままホイは通信を切る。
存分に戦え、という言葉が面白くなかったのか、カトリーヌは顔をしかめていた。
-ヌーベルトキオシティ メガロステーション周辺-
「火星の後継者の宣戦布告で世界が混乱しているときに、お前たちの好きにはさせないぞ!」
マイティスライサーを投擲し、フロマーシュの首を切断する。
以前戦ったウォルフガングの一味とは異なり、ピンク・キャットは武装ロボットを量産して間もないためか、練度が低い。
フロマーシュそのものの実弾に対する耐久性も高くないことは既にトライボンバー1機で4機以上のフロマーシュを撃破できたという事実が証明してくれている。
「…!舞人!あれを見るんだ!」
「逃げ遅れた人か!」
マイトガインのカメラがメインストリートの離れにあるビルの近くにいるけが人を捉える。
戦闘の規模がどれだけになるかわからない以上、舞人は迷わずマイトガインをそこへ行かせる。
「舞人さん、前に出過ぎです!」
「でも、放っておくわけにはいかない!!」
「俺がカバーに入る!!」
マイトガインに狙いを定めるフロマーシュにヴァングレイが接近しつつ、レールガンを連射する。
「く…邪魔をするな!」
「お前らこそ、ヒーローの邪魔をすんじゃねえ!」
ビームサーベルを抜き、ソウジが叫ぶ。
ヴァングレイに敵の警戒が集まり、マイトガインはけが人の元に到着する。
「あのロボット…。あの人が…」
「けが人…君のことだったのか、サリーちゃん」
モニターにサリーと青いTシャツを着た、黒い坊主頭の小学生が映っており、その少年は足にけがをしている。
「大丈夫だよ、姉ちゃん!!こんなのに、負けるものか!!」
足の痛みに耐えながら立ち上がろうとする少年だが、立つのがやっとで、歩こうとすると痛みが激しくなってしまう。
「テツヤ!!」
「君は弟さんに肩を貸すんだ!その間はマイトガインが盾になる!」
サリーの名前を口に出すことができない舞人はそう促すと、2人に背を向け、動輪剣を構える。
「この一撃で、マイトガインを!!」
「まずい、避けろ!!」
フロマーシュの1機がわずかな隙を突く形で鉄球を発射する。
ヴァングレイはケーブルを破壊するためにビーム砲を発射するが、その前にマイトガインに鉄球が命中してしまう。
これを受けたら、フェイズシフトで装甲へのダメージはないかもしれないが、内部のパーツに大きなダメージを負って、最悪の場合、ロコモカイザーが機能停止してしまう。
また、衝撃で倒れたり、後ろへ下がるようなことがあったら2人を巻き込んでしまう。
「はあああ!!!」
サリーとテツヤが後ろにいることから、避けることができない舞人は左側のコンソールを動かし、動輪剣を調整する。
刀身がオレンジ色に発光した動輪剣を腰に納める。
「居合一閃斬り!!」
「とぉぉ!!」
鉄球が届くギリギリのところで動輪剣を抜いたマイトガインが斜め上に刃を振るう。
すると、鉄球が真っ二つとなって、マイトガインの目前で落下した。
「はあ、はあ、はあ…」
舞人は全身から汗が流れるのを感じる。
一歩間違えば、2人を守れないギリギリなタイミング。
かなりの集中力をここで使ったことを実感する。
「ヒュウ…さっすがだぜ、我ら勇者特急隊の隊長!」
一方、鉄球を発射したフロマーシュはヴァングレイの両肩から発射されたミサイルを受けて、沈黙していた。
-タツさんの家-
「これはアニメでもドラマでもありません!実際に起こっています!ヌーベルトキオシティのメガロステーション周辺で犯罪者が使用していると思われる武装ロボットと勇者特急隊が交戦しています!!」
居間に置かれている古いテレビに戦闘と救助活動を行う勇者特急隊の姿が映っている。
チトセは両手に握りしめたまま、その映像を見ていた。
「ソウジ君のことが、心配かい?」
洗い物を終え、台所から戻ってきた辰ノ進がチトセに尋ねるが、彼女は沈黙している。
ソウジが出ていったことが原因か、今のチトセは元気がなく、先ほど出した昼ご飯もそんなに食べていない。
「大丈夫さ。ソウジ君はタフな男だ。こんな奴らなんて、あっという間に退治するさ。…いや、ああ…そうじゃあない、か…」
頭をかき、やっぱりそうかと小声でつぶやいた辰ノ進はテレビを背にして、テーブルの前に座る。
「タツさん…?」
「多分…多分だが、今のチトセちゃんは後悔してる。さっき、ソウジ君と一緒に家を出なかったこと、そして一緒に戦えていないことに」
「…」
「図星だな。まぁ、仕方ないな。君たちのいた世界のことを考えると…」
ソウジが勇者特急隊として戦っている中、チトセは辰ノ進の買い物の手伝いをしつつ、就職活動を行っていた。
あと1年で地球が滅びてしまう、過酷な世界から来たこともあり、19歳という多感な時期の少女であるチトセにとっては、それはいいことなのかもしれないと思っていた。
しかし、そんな平和な日々を送っているチトセだが、夜中に家を抜け出し、庭先で1人泣いているところを辰ノ進は見てしまった。
そして、先ほどのニュースを見ているときのチトセの手の動きを見て、ようやく彼女の本心を理解できた。
「でも…私には何もない。私1人頑張ったって、何も…」
「できるかできないか…それは、あまり問題ではないように思えるなぁ」
「え…?」
辰ノ進はテーブルの上にある急須の中の緑茶を湯呑に入れながら答える。
「俺はさぁ…青戸工場に勤めていたんだが、実を言うと、入ったときはただの不良の高校生で、機械に関する知識なんぞ、これっぽっちもなかった。おまけに、毎日毎日ケンカばっかりして、成績もからっきし。先生には匙投げられてたな…」
思い出しながらそんな話をする辰ノ進にチトセは驚きを隠せなかった。
恰幅の良い体で、おまけに穏やかで釣り好きな彼がそんな元ヤンキーというべき経歴の持ち主にはとても思えなかったからだ。
「まぁ…そんなんだから、高校は中退。当然、大学にも入れねえもんだから、就職したのが旋風寺鉄道会社の鉄道工場、今の青戸工場だ。だが、機械なんてゲーム機かパソコンといった遊びでしか使ったことがねえもんだから、失敗しまくって、何度怒られたか思い出せないくらいだ。んで、先輩にも、こんな出来の悪い作業員は初めて見た、なーんて言われちまった」
アハハと笑いながら、当時のことを振り返る。
若いころで、とてもつらい時期だったかもしれないが、こうして笑える思い出に変えられたのは時の力のおかげなのだろう。
「じゃあ、どうして…その、青戸工場を辞めなかったんですか?」
「大した理由じゃないさ。ただ、出来の悪い作業員なーんて言われたから、カッとなってしまっただけさ。とんでもなくできる奴になって、先輩の鼻を明かしてやろうってな。それからは必死に勉強して、休日返上して働きまくって、5年かかったが、少なくとも車両のメンテナンスの指揮を任せられるくらいにはなった」
懐かしそうに言った辰ノ進は一服するため、湯呑のお茶を飲む。
空になった湯呑を置いた彼はチトセの眼を見る。
「チトセちゃん…。結局は意思の問題、自分が何を本当にしたいのか、さ。俺は理由がひどいもんだったが、鉄道づくりに一生懸命だった。本当はそんなことをしなくても、別の選択肢があったかもしれない。だが、俺はこの道を選んで後悔したことは1度もない」
「タツさん…」
「チトセちゃんにとって、後悔しない選択肢は…何だろうな?」
「私は…」
チトセはこの世界に飛ばされる前までのことを思い起こす。
ガミラスの遊星爆弾で家族を失い、仇を討つために軍に志願した。
そして、ソウジとヴァングレイに出会い、とあるトラブルがきっかけでヤマトに乗り、イスカンダルへの旅に出ることになった。
たった1年で14万8000光年先のイスカンダルからコスモリバースシステムを持ち帰る。
地球で初めて、波動エンジンを搭載し、ワープが可能となったヤマトでも、それは至難の業。
しかし、沖田や古代、真田や玲など、決してあきらめず、ただひたすらにイスカンダルを目指す彼らを見た。
彼らにはそんな強い熱があり、その中にいる自分にも同じ熱を持っていた。
チトセは腰にぶら下げているキーホルダーを見る。
これは妹の優美がくれたものだ。
それを握りしめたあとで、チトセは立ち上がる。
「タツさん、私…行ってきます!!」
直角になるほどの頭を下げたチトセは家を飛び出していく。
外へ出て、彼女の後姿を見送った辰ノ進は笑みを浮かべる。
「すまんな、ソウジ君。彼女を巻き込みたくないっていう君の思いは無駄になりそうだ。だが、チトセちゃんは強い。きっと、お前さんと俺の心配は杞憂になりそうじゃ…」
機体名:エステバリスカスタム(リョーコ機)
建造:ネルガル重工
全高:8.23メートル
武装:ラピッド・ライフル、大型レールガン、イミディエットナイフ、重力波ビームライフル、ディストーションフィールド
主なパイロット:昴リョーコ
ネルガル重工が開発した機動兵器、エステバリスの量産型であるエステバリスⅡを改良したもの。
改良とは言うものの、蜉蝣戦争時代のリョーコの「重力波コントロールを2個にすれば出力も2倍」という想い月に等しい意見をそのまま採用しただけで、重力波コントロールの増設とそれに合わせたフレームの改良がおこなわれただけで、武装についてはフェイズシフト装甲搭載モビルスーツに対抗する目的で作られた重力波ビームライフル以外何も変化がない。
しかし、出力増加という目的は達成しており、それによって後のGN-Xに匹敵するともいわれる性能を獲得したが、それによってIFSがあったとしても熟練パイロットが乗ること前提の機体に変化した。
蜉蝣戦争時代に3機作られ、大きな戦果を挙げたことから一時はこれをもとに量産型エステバリスが建造される予定だったが、戦時中に起こったXエステバリスの事故と地球連合軍がストライクダガーやGN-Xをはじめとしたザフトに対抗できる量産型モビルスーツの配備に成功したこと、ネルガル重工の衰退によって見送られた。
現在のリョーコ機は蜉蝣戦争時代に使用していたものをネルガル重工の元、バージョンアップしたもので、当時よりもフレームが強固になったうえ、特にディストーションフィールドの出力もアップしている。
それができたのはエステバリスの整備や改良に関するノウハウがネルガル重工にしかないため。