身体を駆り立てるのは刻まれた義務のみ。
それでも、私には十分だった。
自分がオーディンとなり果南さんを救う。
その決意から一晩が経った。
覚悟を決めてからずっと、それに至るまでの方法を考えていた。
「とは言ったものの・・・」
正直、何をすればいいのか見当もつかなかった。
この時間のライダー一人からデッキを奪おうかと考えた。
けれど奪うにはそれなりの力が必要なのは確かで、少なくとも大きく力を失った元ガイのデッキでは明らかに力不足だった。
では、力以外に差し出せるものがあればどうだろう。
この世界の果南さん以外のだれもが知らないこと、タイムベントについての情報はどうだろう。
果たして信じてもらえるだろうか。
いや、それより信じてもらえたとして、それが本当に相手にとって有益な情報であるだろうか。
それも、デッキを譲渡するほどの。
とてもそうは思えない。
仮にタイムベントのことを知ったとして、それがどうということでもない。
この時間の人たちは、この時間にしか存在しないのだから。
決定的な案が浮かばないまま時間だけが過ぎていく。
思考は余計なことを次々と連れてくる。
例えば、オーディンのこと。
オーディンに変身している人はいったい誰なのだろうか。
それさえ判れば少しは突破口が見つかるかもしれないと考えたが、仮面を着けた人物の名前を当てるなんて芸当を私は持っていなかった。
いったいそんな芸を身に着けている人がこの世界に何人いようか。
「意外と多いかもしれませんわね」
と独り言を呟いたところで判るなんてことはないと自分でも理解していた。
解決策はひとかけらも見つからず、私たちはまた終わりを迎えた。
鏡の世界でライダーバトルが始まる。
赤いライダー、青いライダー、緑のライダー。
それぞれがそれぞれの願いをかけて戦っている。
他人の願いを蹴落としてまで叶える願いのその先に待っているものは何だろうか。
私はなるべくそれを考えないようにしていた。
残るライダーが半分になった。
ここで、私は大切なことに気付いた。
もしこの時間のガイが最後まで残ったら、私はコンファインベントを使用できない。
私の身体はタイムベント影響を受け、二度と果南さんを追うことはできなくなるだろう。
最後まで残らないにしても、残りが少なくなった状況でカードを狙うことは極めて困難だった。
こんな大切なことをどうして早く気付かなかったのか。
焦りは人をどうしよもなくさせると自覚したうえで、自分自身を嘆いた。
『ねえ。』
焦りは幻聴さえも生む。
一度ちゃんと寝た方がいい考えが浮かぶかもしれない。
『ねえってば。』
ほらまた聞こえた。
こんな調子ではオーディンどころではない。
『いい加減気づいてよ!』
「・・・嘘。」
幻聴ではなかった。
頭がいかれたわけでもなく、睡眠が足りないわけでもなく。
――睡眠は足りないか。
ともかく、それは確かに私の鼓膜を揺らしていた。
自分が正しければ、声の発信源は鏡の中。
私は恐る恐る後ろにある鏡に視線を移した。
『やっと気づいてくれた。』
鏡の中の人物はそう言った。
私はそれが信じられなかった。
幻聴じゃなかったことではない。
自分の身体が思ったよりタフだったということでもない。
鏡の中にいる人物が私には信じられなかった。
「オーディン」
名前を呼ぶ。
仮面でその表情は見えないが、なぜか笑った気がした。
『正解。黒澤ダイヤさん。』
私は力を失ったデッキを構えた。
するとオーディンはそれを見て
『あぁ、変身はしなくていい。あなたを殺すつもりもない。味方でもなければ敵でもない。』
と言った。
「どういうこと?」
私は思ったことを正直にぶつけた。
『言葉通りの意味だよ。ただ、もしかしたらあなたにとって都合の良い人物にはなるかもしれないね。』
オーディンは私の返しを待たず、話し続けた。
『黒澤ダイヤさん、あなたはこの時間の人間じゃないね?』
心臓の鼓動が急に早くなるのを感じた。
1か月分は動いているのではないかと疑うぐらい早く打っている。
オーディンは気づいていた。
私がタイムベントを潜り抜けていたことに。
でもどうして?
考えがまとまりきらないまま、私はその場の最適解だと思われる返答をした。
「確かに。私は二つ前の時間の黒澤ダイヤ。それで間違いありませんわ。」
『あぁ、もう気付いているんだ。あの人が何をしようとしているのか。』
「予想でしかありませんが。」
『じゃあ、次の質問。あなたはどうしたい?』
この答えは決まっていた。
「初めてライダーになった時から変わっていません。二人の救済です。」
『次。そのためにあなたが今願うことは。』
これも決まっていた。
「私がオーディンになること。」
それまでずっと言葉を連ねていたオーディンが黙った。
緊張でにじむ汗を感じながら、返答を待つ。
『そっか。オーディンになる、か。ねえ、オーディンに選ばれる人物ってどういう人だか知ってる?』
「それがわからないから今まで何もできなかったのです。」
『そりゃあそうか。あのね、オーディンに変身する人は特別な人じゃないんだ。』
「特別じゃない人・・・?」
『ライダーバトルは願いの戦い。誰かを想いがために生まれた戦い。誰かに認められたい。誰かに振り向いてほしい。憧れの人と付き合いたい。あの人の未来を取り戻したい。とかね。』
私は黙って聞いていた。
『で、特にその想いが強かった人たちが仮面ライダーに選ばれる。そして殺しあう。殺しあうまではあの人も望んでいなかったんだけどね。』
今までの赤い記憶が駆け巡った。
『私があなたに気付いたのは、そのルールがあったから。本来であればあなたは仮面ライダーに選ばれる素質を持っていたのに、デッキが渡らなかった。すでに一つ持っていたからなんだね。』
手の中のデッキは身体と反対に冷たくひんやりとしていた。
『オーディンに選ばれるのはその逆。特別大きな想いを持っていない人たち。その中から無作為に選ばれるんだ。それが私。』
「なるほど、あなたが話しかけてこなければわからないことでしたわね。」
『オーディンになるということは、特別に持つ想いを失うってこと。それでもあなたはなりたい?』
その質問は酷く重かった。
二人のために二人を想うことを捨てる。
矛盾しているとはわかっていた。
でも、私の答えは決まっていた。
「ええ。二人を救えるのであれば。」
『きっとあなたは何のために戦うのかわからなくなるよ。それでもいいの?』
「私の決意は変わりません。それが私の償いで、二人に対する想いですから。」
『そっか。』
オーディンは少し空を仰いだ後、
『わかった。あなたをオーディンにしてあげる。』
「あなたは、どうなるのですか。」
『うーん、どうなんだろう。もうかなり鏡の世界にいるからなあ。きっともう駄目だね。』
「それでも、私にオーディンを?」
『あら、質問されちゃった。でもそうだね。あなたと一緒。私はあなたに託すよ。』
オーディンはそう言うと、デッキをベルトから外し、変身を解いた。
「それがあなたの元の姿なのですね。」
『恥ずかしいぁ。あ、あのね。3つお願いしてもいい?』
「ええ。なんでも。」
『ありがとう。やっぱり願いなんて、戦って叶えるものじゃないよね。』
「それさえも叶わないから、願いなのかもしれません。」
そうして、私は3つの願い事を聞いた。
「確かに。絶対に忘れません。必ず行うと誓いましょう。」
『頼もしいなあ。それじゃあ時間だ。よかったね、果南ちゃん。じゃあ、あとは任せたよ。』
記憶が流れ込んでくる。
今まで巻き戻した時間すべての記憶。
およそ400の記憶を受け止めるには不十分で。
血が溢れ、視界はなくなり、胃の中のものはなくなった。
でも、これ以上の痛みを果南さんは400も堪えてきた。
それに比べればこれぐらい。
最後の記憶を読み取った後、私は私であることを捨てた。
いつもありがとうございます。
定時更新です。
それでは内容のお話から。
ダイヤさんオーディンゲット。な回です。
前から言っていたように、オーディンに選ばれるのは無作為に選ばれた誰かです。そんな通称「無作為さん」のお話もいずれまた。
これ以降のダイヤさんは誰も想うことなく、ただ使命のためだけに本編に至るまで戦い抜けます。
次回未熟DREAMER編ラストです。物語終盤云々ってずっと言ってる気がしますが・・・。
近況です。
仲良しマッチ怖いってめちゃくちゃ緊張する。
それではまた。