その悲惨な運命に、誰も言えることなどなかった。
「果南さん、どうしてここに?」
答えはわかっていた。
ここはデッキを持つものしか入ることの許されない鏡の世界。
私がこれまでに倒してきた人たちと同じ。
つまりは果南さんも――。
けれど、答えは少し違っていた。
それも、悪い方に。
「なんで、どうして。」
果南さんは私の問いかけなど聞こえておらず、自分の世界で何かにおびえていた。
「果南さん!!」
私は強く名を呼んだ。
それに反応したのか、それとも何か答えが出たのか。
焦点の定まっていなかった瞳はいつの間にか私を捉えていた。
「そっか、ここはダイヤが変身する世界だったんだ。」
「『ここは』?どういう意味ですの?」
一生の内に、自分が住んでいる世界とは違う場所へ訪れることはまずない。
旅行や映画鑑賞などの比喩的な表現であればそれは可能ではあるが、言葉通りのこととなると現実では再現しがたい。
けれど、私が今いるここがそれにあたる。
果南さんの言う『ここ』はもしかしたら鏡の世界のことを言っているのかもしれない。
それでも私の耳にそれは違うように聞こえた。
もっと漠然とした、全体を指摘しているような――。
「鞠莉やダイヤのためにってここまで来たけれど、そっか。ついに巻き込んじゃったかー。」
相変わらず瞳は私に向いていたが、もっとどこか別の場所を見ている、そんな気がしてきた。
そう、『ここ』ではないどこかを。
「あなた、さっきから何を言っているのですか?」
「わからなくていいよ、わかろうとしなくてもいい。」
「じゃあ、せめて質問には答えてください。あなたも仮面ライダーなのですか。」
「・・・違うよ。私は変身しない。ここにいるオーディンが正真正銘最後のライダー。これを倒せばダイヤは願いを叶えることができる。」
ライダーではない?
ならばどうしてここにいることができるのだろう。
考えれば考えるほどわからなくなってきた。
「ならばあなたはどうしてここに?」
考えるよりぶつけるが早い。
「それは、戦いが終わってから教えてあげるよ。」
「あなたは戦わないのに?」
「・・・そうだね、それは考えておく。」
ここまでの問答で確信した。
今ここにいるのはつい先日まで笑いあっていた友人とはまるで違う。
何かに取り憑かれているような、追われているような。
私が知りうる限りの松浦果南ではなかった。
「ダイヤ。私からも良い?」
「どうぞ。」
「あなたはここまで幾度となく戦い、数多の犠牲の上を進んできた。すべては願いのために。」
「あまり聞きたい言葉ではありませんわね。」
「そこまでしてあなたは何を願うの。あなたが戦いにかける願いは何。」
その瞬間だけは、確かに私のことを見ていた。
「私の親友二人の救済ですわ。」
口が少し赤く滲むのが分かった。
それをふき取ることもせず、
「やっぱり、私たちは似ているんだね。」
と言った。
その時の寂し気な顔を私は忘れない。
「始めようか、オーディン。」
果南さんの言葉を合図に、オーディンは私に接近した。
戦闘開始から数分の間に、私は起き上がれなくなっていた。
構えればいつの間にか背後にいて奇襲を仕掛けられる。
わかっているうえでやられるのでそれは奇襲ではないのだが、それが一番適切だと感じた。
デッキからカードを選ぶ余裕もなかった。
今まで戦ってきたライダーとは明らかに違う力をオーディンは持っていた。
必死で起き上がろうとする私の目の前にオーディンは現れた。
「オー・・・ディン・・・!!!」
声さえもろくに出すことができない。
きっと内臓器官がやられているのだろう。
すでに右脚と左腕の感覚は消え、口からは声よりも先に赤い液体が流れた。
立ち上がったところで、きっと勝てることはないだろう。
結局、私は何もできなかった。
「ダイヤ、聞こえる?」
果南さんの声が聞こえた。
せめて顔だけでも起こそうとするが左の眼は流れる液体でつぶれてしまっていた。
意識したとたん、口の中が鉄の味で満ちて気持ち悪くなってくる。
この状況でそのようなことを考え始めるのだからまだ余裕があるのではないのかと思ったが、相も変わらず身体は起きない。
「聞こえてはいるようだね。」
また、果南さんの声が聞こえた。
「きっと最後になるだろうから、さっき言ってたこと、話すね。」
私はせめて聞き逃さないようにと全意識を聴覚に集めた。
「この戦いを作ったのはね、私なんだ。」
戦いを、作った?
「あの時からずっと私は思ってたの。ダイヤと鞠莉の幸せを。でも、またダメだった。何度繰り返してもうまくいかないの。それどころかあなたまで巻き込んじゃって。これじゃ何のために戦ってるのかわかんないよね。ごめんねダイヤ。でも、もうこんなことはないから。さよなら。」
言葉の意味を理解しようとするも思考を巡らせれば激しい痛みに襲われる。
残る右目に映ったのは、時計の描かれたカードだった。
悪い予感がした。
この状況の中でもなお感じる最悪の予感。
私は痛みで飛びそうな意識を必死で防ぎながら、右手をバックルに忍ばせた。
思えば、この時にはもう痛みを感じていなかったのかもしれない。
いつ目を閉じてもおかしくない中、一枚のカードを探し当てた。
あとはこれが間に合えば・・・。
そこで私の意識は途切れた。
気付くと私は教室に立っていた。
通いなれた自分の教室。
代り映えのないクラスメイト達。
そして――。
「だから、なんでもって言ってるでしょう?」
目の前に、鞠莉さんがいた。
鞠莉さんはそのまぶしい笑顔を私に惜しげもなく向けていた。
恥ずかしい気もするが、心地がいい。
この太陽が白旗を挙げてしまうような笑顔が私は大好きで。
「・・・!違う!果南さんは!?」
違う、違う、違う。
私は今までオーディンと戦っていた。
果南さんが私に言ったことだって思い出した。
けれど、鞠莉さんの返答は意外なものだった。
「何言っているの?さっきドリンクを買ってくるって出て行ったばかりじゃない。」
ドリンク?さっき?
慌てて身体を確かめる。
いや、その必要もなかった。
立っている、ということがあり得なかった。
記憶では確かに、つい先まで私は動けなかったはずだ。
それが今は当たり前のように立ち、当たり前のように会話をしている。
少しだけ、当たり前のありがたさを実感した。
そんなこと考える余裕ができたところで、簡単に整理をした。
まずは身体。五体満足でここにいる。
次に環境。あれだけのいざこざがあったはずなのに、鞠莉さんが目の前にいた。
それに、どうやら果南さんもいるらしい。
そしてもう一つ、気になることがあった。
「鞠莉さん、今日は何月の何日でしたか。」
「さっきからどうしたの?ほら、これでわかるでしょう?も~ほんとにダイヤはおばさんなんだから~!」
鞠莉さんから差し出されたスマホの画面を見る。
デジタル時計はお昼休み真っただ中を知らせている。
その上に小さく表示された、今日この時の日付。
それは、私たちがスクールアイドルを辞めることになった、その1週間前だった。
わざわざ鞠莉さんが狂った日付を常に見ているとは考えにくい。
もしそうだとしたら友人として治してあげるべきだろう。
とにかく、これで私の違和感が間違っていないことが証明できた。
私は、この会話を知っていた。
日付を聞いたりするもっと前。
したいことを言ってみてといきなり鞠莉に言われたあの会話。
私がちょっと考える時間が欲しいと真面目に考えようとして、果南さんは飲み物を買いに行ったこのシチュエーション。
・・・関係ないけれどこれだけは言わねば。
「おばさんじゃありません!!!!」
と否定したところで。
覚えている。私が出した答えを。
結局思いつかなくて、ならばいっそと叶いそうもないことを言った。
「それと鞠莉さん、さっきの話ですが。なんでもって・・・オーケストラで踊るダンスパーティーとか? ふふ、まさかね。」
こう言うと、次はきっと。
「あ!そういえば船の上でパーティーってやってみたかったんだ!」
果南さんはいつの間にか飲み物をもって横にいた。
これで確信した。
ここは、私が一度通過した過去だ。
いつもありがとうございます。
定日より遅れての投稿です。すいません。
それでは内容のお話から。
この時点のライダーバトルはまだ、めっちゃ早く傷治ったりしません。また、モンスターも契約したモンスター以外いません。その理由はまた本編で。
3年生の日常会話、Gデレのそれです。前回の冒頭にあったあの会話が、ダイヤの思い出した会話です。あとこの時果南ダッシュで自販機行ってダッシュで教室戻ってます。息一切切らさず。
近況です。
アニメ2期もいつの間にか折り返し。
本当に最近時の流れが速いです。
それではまた。